語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【原発】愛媛県知事の、再稼働の条件 ~廃炉計画~

2012年06月30日 | 震災・原発事故
 中村時広・愛媛県知事は、6月18日の定例記者会見で「いまの経済やエネルギー情勢からすれば、条件を整えたうえで再稼働は必要」と述べた。事実上の再稼働容認か、と大きく報じられた。
 <「原発に関する発言となると、報道が大きくなります。従来と同じことを言ったつもりだったのですが、あたかも再稼働に同意のように報じられた。確かに再稼働は必要ですが、条件がある。そこが大切なのですよ」>と中村知事は語る。

 <「福島原発事故後の国の政策を見ていると、安全対策に疑問がある。個々の原発で立地場所など条件が異なるはずなのに、なぜ国は画一的にやろうとするのか。伊方原発は立地的に、福島のような大津波の可能性はありません。一方で大切なのは、地震の揺れ対策です。国の示す基準はクリアしていましたが、四国電力には県独自の補強を追加で求め、応じてもらいました」>
 独自対策は7つ。
  ・高松市にあった四国電力原子力本部を松山市へ移転させる。
  ・地域の住民を個別訪問して原発の現状を説明する。
・・・・などだが、中村知事の考える「条件」は、独自対策とは別に3つ。
  (1)原発とエネルギー政策に係る国の方針。
  (2)四国電力の取り組み。
  (3)立地自治体の同意。
 
 <「現状で(1)は、その場しのぎでビジョンがない。それが(2)と(3)の前提になる。もし、いま国から再稼働の同意を求められても、すぐにはハイとは返答できない」>
 国に廃炉のビジョンを求め、それを再稼働の条件とするとは、実質的に、現時点では再稼働を認めない、ということだ。
 <「原発はいずれ廃炉【注1】になる。国は40年ルールを打ち出している。伊方原発1号機は稼働から35年【注2】。ルールに従うとあと5年。しかし、なぜ今もっって廃炉の話し合いがないのか疑問だ」>
 <「伊方原発が廃炉になった場合、私は県民を代表して、更地の状態に戻すことを求めます。廃炉には30年とも40年ともいわれる長い年月がかかる。廃炉作業では、放射能に汚染された膨大な廃棄物も生じる。だから、いますぐにでも協議を始め、国に廃炉も含めたビジョンを示してもらいたい」>
 <「個人的には、地元と電力会社が結ぶ安全協定を改定して、廃炉協議の規定を盛り込むのも一考だと思っている」>

 廃炉となれば、地元経済は落ち込む。その対策案は、中村知事によれば、
 (a)廃炉技術確立の一環として、例えば、高経年化した原発を研究現場に使えば一定の雇用が確保される。
 (b)原発の広大な敷地は、再生可能エネルギーの研究にも使える。
 (c)福島原発事故の収束作業に不可欠なロボットを伊方の現場で開発する。

 だが国は、廃炉についてはビジョンを全く示していない。それどころか、3党談合によって「40年ルール」の歯止めも反故にされそうな気配だ。
 <「二度と福島のような事故を起こしてはならない。原発を語ろうとすると『反原発』か『推進』かに二極化されますが、知事として地方を預かる立場からすると、そんな単純なものではありません。現実と将来を見据えて廃炉に言及するのです。経済だけを優先した再稼働はあり得ません」> 

 【注1】国内で、廃炉になった原発は試験炉のみ。商業炉では東海原発が廃炉作業中だが、これは黒鉛減速炭酸ガス冷却炉だ。
 【注2】伊方原発は、1977年に1号機、1982年に2号機、1994年に3号機が稼働。3号機はプルサーマル方式だ。

 以上、記事「中村時広・愛媛県知事が本誌で重大発言 伊方原発「再稼働するならば、まずは廃炉計画だ」」(「週刊朝日」2012年7月6日号)に拠る。
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【原発】無責任体質は変わらない ~原子力規制庁~

2012年06月29日 | 震災・原発事故
 地に墜ちた原子力安全行政の信頼を回復するため、原子力規制庁という新しい役所が発足する。しかしそこで働くのは、途方もない危険性を抱える原発について情報公開をためらってきた経済産業省原子力安全・保安院や文部科学省の官僚たちだ。
 彼らに原発の安全を委ねていいのか。原発事故対応をめぐる官僚組織の隠蔽体質をこじ開けようとしてきた私の答えは「否」である。

 事故直後、米国が空から放射線を実測して「汚染地図」を作製し、日本政府に提供したのに、日本政府は公表せず、住民避難に生かさなかった――。そんな情報をつかんだのは昨年10月だった【注1】。私は政府高官ら数十人に取材し、今年1月、汚染地図は保安院と文科省の内部に死蔵されていたことを突き止めた。そこからが大変だった。
 文科省科学技術・学術政策局の次長は1月19日と2月28日の2回取材に応じた。事実関係は認めたが、避難に生かさなかった理由を尋ねると、精度が不明だったなどと釈明を続けた。汚染実態がわからず不安いっぱいで逃げていた住民たちの切迫感には、思いが至らない様子だった。
 保安院は「調査中」と繰り返し、3カ月以上たって取材に応じたら「確認中」という回答だった。朝日新聞が朝刊1面で報じた18日【注2】、保安院は記者会見でやっと事実関係を認めたのである。

 だが、保安院の説明は驚くべきものだった。汚染地図は一室に設けられた緊急時対応センターの「放射線班」に届いたが、同じ部屋にある「住民安全班」に伝えなかったというのだ。しかも放射線班の主なメンバーは文科省職員だったという注釈付きである。一方の文科省も「保安院が公表すると思っていた」と開き直った。

 隠蔽体質、縦割り意識【注3】、責任の押しつけあい――。ここには官僚組織のひずみが凝縮されている。
 規制庁は、縦割り行政のほか、推進、規制部門が同じ役所にあることが無責任状態を生んだという批判に応えた組織だ。職員は出身官庁に戻らない「ノーリターン・ルール」を適用するともいう【注4】。
 だが、同じ部屋にいても異なる「班」には情報を伝えない人々が、ひとつの「庁」のなかで国民の生命を守るという使命を共有できるだろうか。組織をいじっても、染みついた無責任体質はそう簡単には変わるまい。記者として監視を続けたい【注5】。

 【注1】以下、事実掘り起こしの流れを時系列的に整理すると、
   昨年10月、米国作成の汚染地図が日本政府に提供されていたという情報を掴んだ。
   1月、汚染地図は保安院と文科省の内部に死蔵されていたことを突き止めた。
   1月19日、2月28日、文科省科学技術・学術政策局次長、取材に応じた。保安院は「調査中」と繰り返した。
   上記の3ヵ月後、保安院が取材に応じ、「確認中」と回答。
   6月18日、朝刊1面で報道。保安院は記者会見でやっと事実関係を認めた。

 【注2】くだんの記事は次のとおり。
   記事「米の放射線実測図、政府が放置 原発事故避難に生かさず」(朝日新聞デジタル記事2012年6月18日03時00分)
   記事「事故直後、米は情報共有言及」(朝日新聞デジタル記事2012年6月18日03時00分)
   記事「命守る情報、黙殺 文科省、自前測定に固執」(朝日新聞デジタル記事2012年6月18日03時00分)
   記事「避難先は高線量地域」(朝日新聞デジタル記事2012年6月18日03時00分)

 【注3】蛸壺的なタテ割り意識の結果、住民の生命・健康が粗末にされる。次はその一例(記事「連絡ミスで空からの放射能測定できず 震災翌日」朝日新聞デジタル記事2012年2月24日03時00分)から引用)。
 <東京電力福島第一原子力発電所の事故をめぐり、行われるべきことが行われていなかった実例がまた一つ明らかになった。航空機で放射能の広がりを早期に把握するための準備があったにもかかわらず、事故発生当初に使われなかった。
 福島第一原発の周辺では昨年3月11日、地上にあった固定式の放射線測定器(モニタリングポスト)の大部分が使用不能になった。翌12日、車を使った地上での計測が始まったが、点と線をつないで汚染を探るしかなかった。
 風向きや地形データをもとに面的に汚染の広がりを試算する文部科学省のSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測システム)や東京電力のシステムが動かされた。が、どのくらいの量の放射能がいつ放出されたかが不明だった。しかも、それらは事故当初、公表されず、避難に生かされた形跡もなかった。
 航空機モニタリングは、予測ではなく実測。おおまかだが、汚染の広がりの方向を探ることができる。現に米国は3月17~19日、40時間以上の飛行で、放射能汚染地図を描いた。その分布の様子は、後に明確になってきた現実の汚染の広がりとほぼ一致している。
 米国が機材と要員を本国から日本に送り込み、当然のように行ったのに比べると、当事国である日本政府の機能不全ぶりがくっきり浮かび上がる。
 福島原発事故を検証している「民間事故調」の調査担当者は「縦割り行政と官僚機構のたこつぼの底で資源が生かされず、情報が滞留していた」と指摘する。近くまとめる報告書で「日本の『国の形』が問われた」と結論づける見通しだ。>

 【注4】ノーリターンルールも骨抜きにされつつある。(「【原発】秘かに進行する全原発再稼働計画」)

 【注5】18日の記事の続報も挙げておく。
   記事「保安院、福島で謝罪行脚 米提供の汚染地図放置」(朝日新聞デジタル記事2012年6月29日03時00分)
   記事「米提供の汚染地図「避難に生かさず反省」 保安院」(朝日新聞デジタル記事2012年6月19日08時01分)
   記事「米提供の汚染地図放置 閣僚「おわび」「反省」口々に」(朝日新聞デジタル記事2012年6月19日23時21分)

 以上、砂押博雄(特別報道部)「〈記者有論〉原子力規制庁 無責任体質は変わらない」(朝日新聞デジタル記事2012年6月27日03時00分)を全文引用し、注を付した。
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【原発】秘かに進行する全原発再稼働計画

2012年06月28日 | 震災・原発事故
 原発の安全基準はデタラメで、ゼロから作り直さなければならない(斑目原子力安全委員長の証言)。
 野田総理が「安全」と言っても、国民が信用するはずはない。
 政府もそのことにようやく気付いて、やむを得ず、安全基準は暫定的なものだ、と白状した。これを最初に認めた細野原発担当大臣は、5月30日、関西広域連合の会合で、暫定基準のまま動かすのは大飯原発だけで、あくまで例外だ、という趣旨の発言をした。

 しかし、そのわずか1週間後、6月8日の記者会見で、野田総理は正反対の宣言を行った。大飯原発と同様に、他の原発も暫定的な安全基準のまま再稼働させていく、と。
 この記者会見は、一般には、大飯原発3、4号機の再稼働に係るものとして報じられた。他の原発については、これを取り上げた報道はほとんどない。
 しかし、総理ははっきりと宣言した。
 <大飯同様に><個別に安全性を判断して参ります。>

 「出来そこないの安全基準」のまま「素人政治家四人組」が何の根拠もなく安全宣言することで、伊方も玄海も泊も動かせる、と宣言したのだ。
 こんな重要なことを、総理会見の中にうまく紛れ込ませたのは、むろん、経産省の原子力ムラ官僚たちの仕業だ。

 それだけではない。新たに作られる原子力規制機関では、引き続き経産省の原子力ムラ官僚がその業務を担うことも決まった。
 これを取り上げたのは、テレビ朝日の報道ステーションくらいだから、ほとんどの国民は気付いていない。
 新たにできる「原子力規制委員会」は、いわゆる3条委員会で、独立した組織にすることが自公民だけの法案修正協議で決まった。
 しかし、ここでも、さまざまな骨抜きが、原子力ムラ官僚と環境省の官僚たちによって行われているのだ。

 (1)「原子力規制委員会」とは別の組織「原子力防災会議(仮称)」を新設し、ここが規制委員会にさまざまな注文をつけることができることにする。しかも、会議の事務局を別につくり、そこには経産省の官僚が自由に出向できる。
 (2)「原子力規制委員会」には、経産省原子力ムラ官僚が出向した後、再び経産省に戻れる。本来は、古巣には絶対に戻れない厳格な「ノーリターンルール」を適用し、経産省と断絶させるべきだ。が、官僚たちはこれを骨抜きにする。「推進官庁への配置転換を認めない」として「ノーリターンルール」を適用するように見せながら、一旦それ以外の役所を経由すれば経産省に戻れる道を残す。
 (3)その他、例外はいくらでも作れるようにする。
 (4)その上、そもそもルールの適用は「給料アップ」等の処遇充実策を実施するまで先送りにする。要するに、やらない、ということだ。

 以上のようなことが、自公民の裏談合で決められた。
 民自公の、官僚主導による政治で、日本は本当に破滅への道を歩んでいる。

 以上、古賀茂明「秘かに進行する全原発再稼働計画 ~官々愕々第23回~」(「週刊現代」2012年6月30日号)に拠る。

    *

 <今の民主党は政権交代前より官僚主導に舵を切っています。今回の再稼働でそれがはっきりしました。記者会見で野田総理は、
「豊かで人間らしい生活を営むには原発が必要だ」
 と言いました。まさに原発のために、豊かで人間らしい生活を奪われた方が十数万人、広く見積もれば数百万人います。もし総理が以前のように毎朝駅頭に立って国民の声を聞いていれば、ああは言わなかったでしょう。毎日毎分毎秒、官僚から話を聞かされているうちにコントロールされてしまったのです。>

 以上、「禁原発」を訴える衆議院 平智之/佐藤秀男(本誌)・構成「大飯再稼働に反対して離党届」(「週刊朝日」2012年7月6日号)から引用した。
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【政治】自民党の「4つの大罪」、それを引き継いだ民主党 ~「失われた20年」~

2012年06月28日 | 社会
 自民党の失政による「失われた20年」。その間、日本は確実に没落の道を歩んだ。
 自民党の大罪は4つ。

 (1)900兆円の財政赤字を積み上げた。
   そのかなりの部分が、官僚たちの生活を守るための埋蔵金となった。

 (2)少子・高齢化への対応をしなかった。
   (a)人口増加を前提とした仕組みの抜本的改革を怠り、社会保障の持続可能性をなくした。
   (b)少子・高齢化はずっと前から分かっていたのに、100年安心プランなどという寝言を言い続け、子育て政策も皆無だった。

 (3)成長できない日本を造った。
   (a)世界最高水準の技術、世界でも有数の勤勉で教育水準の高い労働力、民間企業に余っている資金・・・・日本には技術とカネが揃い、しかも世界の成長センター、アジアの中にある。成長の要件はそろっている。
   (b)にもかかわらず、不思議なことに成長させられない。
   (c)その原因1・・・・デフレ・円高政策を変えられない日銀。
   (d)その原因2・・・・日銀を放置する政府。
   (e)その原因3・・・・モノづくり偏重で新たな産業構造への転換を阻む産業政策。
   (f)その原因4・・・・何よりも、新たな成長分野におけるがんじがらめの規制。
     ①農業、医療、再生可能エネルギーという3大成長分野で企業が自由に活動できない。この資本主義、自由主義の日本で。
     ②加えて、各分野に必ず官僚たちの利権がある。

 (4)原子力ムラと原子力の安全神話を作り、福島第一原発事故を招いた。
   (a)事故の責任は、民主党ではなく、自民党にある。
   (b)これも官僚の利権が絡み、彼らが支える世界だった。

 2009年、自民党政治に国民がレッドカードを突き付けた。政権交代だ。民主党は、自民党と違ってクリーンでしがらみがない。官僚とも闘える。思い切った改革ができる。・・・・国民は、そう信じた。 
 しかし、違った。野党時代は、単に権力がないから誰もすり寄ってこなかっただけだ。
 政権に就いたとたん、農協、医師会などの既得権グループが陳情の窓口に並んだ。彼らの支えで選挙を戦う体制ができていき、アッというまに自民党化した。もっと悪いことに、彼らには労組というしがらみがある。「しがらみだらけの民主党」になった。
 新幹線、高速道路など、自民党長老もびっくりするバラマキで財政赤字の累積もスピードが加速した。自民党はやっかみ、自分たちの過去を忘れて民主党のバラマキをブーたれた。
 社会保障の抜本改革も自民党の微修正先送り路線に乗る。
 さらに、郵政をはじめ改革と真逆の政策で成長を妨げる。
 極めつけは、脱原発政策の放棄だ。安全神話の復活に手を貸し、原理力ムラの一員になって利権に食い込もうと必死だ。

 いずれも自民党の4つの大罪を拡大する路線だ。
 しかも、この路線は官僚のシナリオ通りに進む。官僚とは闘えない民主党なのだだ。最大の看板が羊頭狗肉と化した。

 かかる路線を民主党が採るのだから、自民党は自らの罪を反省するどころか、認める必要すらない。
 お互いさまということで、公明党も加わって、仲よし3党の密室協議により消費増税が決まった。
 事実上の連立が実現した。「民自公大罪連合」だ。
 かくて、国民の前には、「失われた30年」が待ちかまえている。

 以上、古賀茂明「「4つの大罪」を引き継いだ民主党 ~官々愕々第24回~」(「週刊現代」2012年7月7日号)に拠る。
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【政治】野田佳彦・ザ・財務省の傀儡、民主党の来るべき凋落 ~歴史はくり返す~

2012年06月27日 | 社会
 野田民主党に民主主義の素養はない。消費増税法案の修正をめぐる無様な醜態を見ると。
 もともと寄り合い世帯だから、政策的な議論を積極的にやって互いの意見をすり合わせ、相手を説得する努力をすべきだ。
 ところが、そうしない。党内で議論する前に、執行部がまず官僚の言うことを受け入れ、それをそのまま党内に下ろす、という政策決定プロセスになってしまっている。議論の過程では少数派の意見に耳を傾け、多数派も妥協するのが民主主義のルールだが、はじめに結論がありきだから、いくら異論や反論があっても聞く耳を持たない。期限を区切って「時間切れ」で無理やり押し切ろうとする。<例>TPP、原発再稼働、消費税。

 菅政権における野田佳彦・財務相(当時)は、閣僚が議論しなければならないときでも、いつも官僚が作ったペーパーを読んでいた。
 そして、野田は、閣僚会議でいったん合意したことを、次の会議で平気で蒸し返した。役所に戻ったら、受け入れてもらえなかったのだろう。またペーパーを持たされて、それを閣議で読みあげていた。
 さすがに、ある閣僚が見かねて、「野田さん、あんた財務大臣なんだから、もっとしゃんとしなさい」と、たしなめたこともあった。

 閣議では、こんなこともあった。
 東日本大震災の復興をどうするか、という議論で、本来、理屈からすれば国債で財源を調達して速やかに補正を組むべきだった。災害復興でも戦時でも国債で財源を調達すればいい。これは財政運営のイロハだ。
 野田はしかし、このときも官僚の作ったペーパーを読み上げていた。「財源がないのに、補正予算は組めません」
 官僚たちは、国債ではなく増税を前提とした議論に誘導しようとしていたのだ(復興構想会議にも根回し)。
 その結果、被災地の復興のための補正予算の成立が11月までズレ込んだ。被災地の自治体は、復興の青写真を描くために必要な補正予算ができるまで、ただ手をこまねいているしかなかった。

 片山義博・総務相(当時)は、4月の段階から、菅総理にも早く補正予算を組むべきだ、と進言したが、菅総理は苦渋の表情を浮かべつつも、決断しなかった。結局、増税プラン(2.1%び所得増税25年間、一律1,000円住民増税10年間など)ができるまで7ヵ月間も待たされた。
 「増税が決まるまで予算を組まない」は、政治の大失敗だ。

 政治家が官僚に籠絡されすぎる。各省の役人が、いつも議員会館などをウロウロしていて、国会議員への根回しに余念がない。官僚が根回しに来るのは、何か筋が通らないことがあるからだ。誰が見てもまともなことであれば、根回しなどいらない。それをコソコソ根回しするのは、表で言えないこと、裏で隠したいことがあるからだ。
 自民党政権時代は、派閥の長/族議員らが官僚の要望を聞く見返りに自分たちの要求を押しつけた(「取引」)。だから、官僚側も慎重に身構えた。ここで借りを作ったら後で何を要求されるか分からない・・・・。民主党はウブだから、官僚の言うことを鵜呑みにし、取引の発想もない。
 野田は、政権交代選挙で「消費税を上げない」とご本人も大見得を切っていたのに、政権の座に着いたら、いつのまにか消費増税が大義に変わっていた。
 滑稽だったのは、野田が2009年の「所得税法等の一部を改正する法律」の付則で消費税の引き上げが義務づけられている、という小賢しい理屈を持ち出したことだ。だとすれば、総選挙で「消費税を上げない」と主張して政権交代を果たした民主党は、法律違反を唱えていたことになる。そういう矛盾にちっとも気付いていない。

 野田は、もともと自民党が主張していた消費増税のために、民主党の主張をほぼ捨てた。消費増税したい財務省の野望を達成するために、民主党のマニフェストを反故にした。
 国民は、もう民主党の言うことは何も信用しまい。
 かつて村山富市首相が誕生したとき、社会党は長年の党是「自衛隊違憲論」と「消費税引き上げ反対」をあっさり捨て、その後社会党は無惨に崩壊した。野田は、少しは歴史に学ぶべきだ。「民、信なくば立たず」

 以上、片山義博(慶應義塾大学教授)「閣議で私は見た 民主党政権「そのあまりの低能」」(「週刊現代」2012年7月7日号)に拠る。
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【政治】小沢一郎の謎がすべて解けた ~「離縁状」の衝撃~

2012年06月26日 | 社会
 和子夫人からの「離縁状」【注】は、誰がどう読んでも、小沢は政治家失格だと確信する。それほど衝撃的な手紙だった。
 自分の選挙区を大震災が襲ったというのに、なぜ被災地に10ヵ月も入らなかったのか。誰もが不思議に思っていたはずだ。「離縁状」によって、すべてが氷解した。小沢は、「放射能恐怖症」に陥って、家に閉じこもり、一歩も外に出なかったのだ。
 小沢(70歳)の世代は、少年だった1954年、米国がビキニ環礁で水爆実験を行った。第五福竜丸の久保山愛吉さんが半年後に亡くなり、連日多くのマグロが廃棄処分になった。「離縁状」は記す。<千葉の漁協で風評がひどいと陳情を受けると「放射能はどんどんひどくなる」と発言し、釣りを中止し、漁協からもらった魚も捨てさせたそうです。風評で苦しむ産地から届いた野菜も放射能をおそれて鳥の餌にする他は捨てたそうです。>
 あの頃、少年たちは、雨に濡れると放射能で頭が禿げる、と騒いだ。確かに、小沢の世代には放射能恐怖症の素地がある。ただし、きちんと勉強し、それなりの地誌委を身につければ、放射能を「正しく恐れる」ことができたはずだ。料理のみならず、洗濯まで買ってきた水でやらせようとする小沢は、サイエンスに関する知識レベルの低さから、過剰な放射能恐怖症に罹ってしまったのだ。

 小沢のもとに、ある種の特別な情報が入っていたらしい。東京都が「金町浄水場の水道水から1kg当たり210Bqの放射性ヨウ素を検出した」と発表する2日前に、書生が<東京の水道は汚染されている>と言いに来た、とある。自衛隊幹部や文科省の役人に情報収集した、とあるから、様々な断片的情報が入っていたのだろう。
 しかし、小沢はその情報を国民全体のために利用しようとせず、自分の病的妄想をふくらませた独善的利用に使っただけだった。
 国家的苦難の時にあたって、国民の先頭に自ら立とうとする気概も気力も全くない。落第政治家だと、「離縁状」からわかる。こういう政治家には早く退場してもらいたい。

 「離縁状」が公表されると、永田町にはコピーが一挙に出回り、小沢はもうおしまい、の空気がパッと広まった。小沢が党を割っても、ついていく人間はほとんどあるまい、との見立てが多数になった。「離縁状」は、確実に小沢の政治生命を奪った。
 実は、野田総理は、雑誌発表のかなり前に「離縁状」を入手していた、という噂がある。地元支持者に「離縁状」が送られたのは昨年11月だから、その可能性は高い。最近、野田総理が優柔不断の「ただのデブ」から自信に満ちた様子で次々に懸案処理にとりかかった。場合によっては「小沢斬り」も辞さずの構えも示すようになった。「離縁状」を入手し、「小沢は終わり」と確信したからだ、とも言われる。 

 「離縁状」の記事一発で、政治家小沢は死んだ。この男には未来がない、と見られたとたん、つるべ落としの政治力喪失過程が始まる。政局は、「小沢抜き」の方向に加速しつつある。
 事情はちょっと違うが、これに近いケースは、ロッキード裁判を田中有罪の方向に決定づけた「ハチの一刺し」か。田中元首相の筆頭秘書だった榎本敏夫の前妻・三恵子さんの証言だ。
 「離縁状」の記事は、ジャーナリズムと政治の歴史を考える際に、極めて大きな意味を持つ。ところが、大新聞、大テレビは、ほぼ沈黙したままだ。立花隆が「田中角栄研究--その金脈と人脈」(「文藝春秋」1974年11月号)に発表したときと同様に。「文藝春秋」11月号は、あっという間に売り切れたように、今回の「週刊文春」6月21日号もあっという間に売り切れた。
 米国ならば、あの記事は他のメディアに直ちにクオート(引用)に次ぐクオートで、たちまちジャーナリズム全体の共有資産になっていただろう。日本では一流メディアのプライドのために、ニュースを共有するためのクオートという社会装置が働かない。

 39年間連れ添った夫人に、なぜこれほどの「離縁状」を書かれてしまったのか。
 それは、小沢が他人を心からバカにしてきたからだ。自分のみが常にこの世で一番正しい判断ができると思い込む傲岸不遜。「神輿は軽くてパーがいい」・・・・1989年当時、自民党幹事長だった小沢が時の総理、海部俊樹を評して言った台詞だ。誰と接しても、このような気持ちが出てしまう。だから、長年使えた秘書も、側近と言われた議員も、小沢から離れる。夫人も例外ではない。

 この一件は、小沢の裁判にも深刻な影響を及ぼす。
 「週刊文春」2011年6月10日号に、元側近秘書による実名証言が掲載された。それによれば、細川政権ができる前年の1992年、金丸信・元自民党副総裁の佐川急便ヤミ献金事件に端を発する経世会の跡目争いで小淵恵三・元首相(故人)に敗れた小沢が、秘書に命じて、経世会の金庫から現金13億円を運び出させた、という。勝手口を開けて秘書を廷内に招き入れ、運搬を手伝ったのが和子夫人だった、という。
 和子名義の土地や不動産は、小沢の周辺に多々存在する。小沢の資産形成過程を熟知しているのは、小沢本人と和子夫人をおいて、ほかにいない。
 小沢の控訴審は、今秋にも始まる。和子夫人が、その知る不動産取引の裏側をすべて証言すれば、裁判の結果は簡単にひっくり返る可能性がある。

 【注】「【原発】放射能から逃げ回る小沢一郎 ~妻からの「離縁状」~

 以上、立花隆「小沢の謎がすべて解けた」(「週刊文春」2012年6月28日号)に拠る。
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【政治】小沢一郎、妻からの「離縁状」の波紋 ~古い自民党の復活~

2012年06月25日 | 社会
(1)ハチの一刺し
 6月14日発売の「週刊文春」の記事【注】が、静かだが確実に政界の地殻変動を加速させている。 
 小沢の妻の手紙は、過去に政界を揺るがした雑誌報道と二重写しになる。
 (a)1974年、児玉隆也「淋しき越山会の女王」(「文藝春秋」)は、田中角栄・元首相の金庫番の存在を明かし、立花隆「田中角栄研究-その金脈と人脈」(同誌)とともに田中の首相退陣の引き金となった。
 (b)1989年6月、「サンデー毎日」は宇野宗佑・首相(当時)の女性スキャンダルを報じ、その1ヵ月後、参院選で惨敗した宇野は在任期間わずか69日で退陣に追い込まれた。
 (a)(b)とも、雑誌に報じられた直後には政治問題化していない。その後の展開が両首相を追い詰めていったのだ。
 田中は、外国人特派員協会で外国人記者の(雑誌報道に基づく)厳しい質問をきっかけに行き場を失った。
 宇野は、「サンデー毎日」の記事を「ワシントン・ポスト」「ヘラルドトリビューン」などが相次いで報じたのを受け、衆参院の本会議で野党議員が取り上げて政治問題化した。
 ちなみに、ロッキード裁判で、田中の元秘書の元妻が5億円の授受を認める爆弾証言をし、その後の記者会見で元妻は証言の動機を語った。「ハチは一度刺して死ぬ。私もその覚悟です」
 小沢の妻の「離縁状」も、イメージダウンは計り知れず、「ハチの一刺し」になる可能性がある。

 【注】「【原発】放射能から逃げ回る小沢一郎 ~妻からの「離縁状」~

(2)「大角連合」の復活
 「週刊文春」の記事は、「小沢斬り」を迫っていた自民党に意外な波紋を投じた。「小沢抜き」で勢力を大幅に減らした民主党との連携が自民党の基本戦略だったが、目算が狂って、割れ方が小さくなる可能性が残ったのだ。ただし、自民党も、ここまで来れば引き返すことはできない。
 有力な側近やブレーンはいないし、党内少数派グループの野田が、一体改革関連法案をめぐる国会審議をここまで持ち込めた鍵は、自民党にあった。
 野田は、自民党の有力者に電話をかけまくったのだ。その相手のうち、
 (a)額賀福志郎・額賀派会長の背後には、青木幹雄・元官房長官の存在がある。青木は、消費税を導入した竹下登の秘書から国政に駒を進めた。輿石東・民主党幹事長と太いパイプがあり、青木の個人事務所には斎藤勁・官房副長官らが出入りしている。
 (b)古賀信・古賀派会長は、戦後日本で初めて大型間接税の導入を試みた大平正芳・元首相の最後の弟子だ。岸田文雄・自民党国対委員長は古賀の側近だ。
 要するに、野田との修正協議を実質的に主導したのは、かつての①旧経世会(現額賀派)と②宏池会(現古賀派)だった。長く保守本流として君臨してきた①と②は、小泉純一郎・元首相による「排除の論理」の前に、党内野党に転落した。
 しかし、今、①②の源流、田中と大平による「大角連合」が復活、野田との守勢協議で再び党運営の主導権を握りつつある。逆に、小泉政権で国対委員長を務めた中川秀直らは、修正協議に異を唱えて党内反主流派に押しやられた。

(3)財務省と与党のスクラム
 「大角連合」に、小渕恵三政権時代から与党入りした公明党が、最終的に加わった。
 民自公に財務省の野望が加わってできあがったのが、一体改革に係る3党合意だ。合意形成の手法と合意文の構成には、自公政権下の財務省と与党がスクラムを組んで政策を推進する旧態依然の政権運営が反響する。
 事実、消費税率2段階引き上げしか、合意では明確に結論が出ていない。他の重要課題はすべて先送りされた。増税だけでも実現したい財務省には都合がよい(「増税食い逃げ合意」)。
 もっとも、先送りは同時に今後の強力継続を意味する。わけても年末の税制改正を共同作業で行うならば、事実上、大連立に向けた「準備協議」に入るに等しい。今回の修正協議を経て、小沢抜きの「疑似大連立」ができた、と見てよい。
 しかし、現段階では、野田の独り勝ちだ。野田が解散に動かなければ、自民党は参院の法案採決に「待った」をかける。
 政局は、解散総選挙をめぐる攻防に移った。

 以上、後藤謙次「幕上がる政界再編劇 小沢自滅で“議事大連立”」(「週刊ダイヤモンド」2012年6月30日号)に拠る。
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【旅】一口八態妖怪天井画 ~大山・「圓流院」の水木しげる~

2012年06月24日 | □旅
 「からす天狗」は、大山のシンボルです。水木しげる先生が「米寿」を祈念し、「圓流院」のため絵筆をとられた渾身の作です。
 天井画は、水木先生がまず原画を描き、拡大してシルクに移し、天井に貼ったものです。

 妖怪は、もともと神さまであり、仏さまでした。この神さまたちは、万物に憑依し、子どもたちだけでなく大人も、規範、規律、教え、戒め、たしなめなどの喩えとして、怖いもの、恐ろしいもの、または大事にしなければならない畏敬の対象でした。身近な存在でした。
 しかし、時代とともに忘れ去られました。おじいさん、おばあさんのいない核家族では、むかし話も対話もなくなって、ゆとりのない社会、人々の心の荒廃の中で、立場、行き場をなくし、さ迷っていました。
 ところが、水木先生の「幸福菌」で妖怪たちは蘇り、まちを活性化し、多くの人に元気、しあわせ、よろこび、えがお、うるおい、癒しを与え、まさに神さま、仏さまの世界に復活しました。
 神さま仏さまの世界は、神仏習合です。本地垂迹説によれば、日本の神々は、実は様々な仏さまが化身として日本の地に現れた権現なのです。徳川家康が亡くなると、日光東照宮に祀られて神さまになる。その神さまは、仏さまの化身である。そういうことです。

 妖怪さまは、開運のご守護です。
 本堂で大の字になり、開運の妖気シャワーを浴びてください。

 天台宗別格本山角盤山大山寺塔頭「圓流院」の陽気な(妖気な?)坊さんは、こう語った・・・・。

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【官僚】年金で利権を拡大 ~年金積立金管理運用独立法人(GPIF)~

2012年06月23日 | 社会
 1990年代の官民癒着の経済事件に、野村證券の損失補填事件がある。野村證券のTBSへの損失補填が明るみに出たのを契機に、総会屋への利益供与などが証券取引法(現・金融商品取引法)違反に問われた。

 じつは、この事件で真っ先に野村の損失補填先として名が挙がったのは、旧・厚生省所管の年金福祉事業団だった。年福同事業団は、
 (a)1961年に設立。当初、年金制度普及のための啓蒙活動だけを行っていた。
 (b)公的年金の積立金が貯まってくると、運用に手を出した。1980年~1988年、年金受給者の保養施設と称する「グリーンピア」を13ヵ所に設置した。うち8ヵ所は歴代厚生大臣の地元で、建設利権の疑惑が生じた。
 (c)その後、同事業団は住宅ローンの貸付業務に乗り出した。名目は被保険者への貸付だったが、実質的に住宅金融公庫(現・住宅金融支援機構)と同じ業務への進出だった。 
 (d)さらに、1986年から、大蔵省資金運用部から財政投融資を借り入れ、年金運用事業を開始。株式などの運用に手を染め、本格的財テクを始めた。
 (e)大蔵省は、(b)(c)に批判的だったが、理事ポストを餌にぶら下げられると、コロリと一転、(d)の財政投融資貸付を認めた。
 財テク事業運用開始直後の運用成績は、まずまずだった。しかし、これにはからくりがあった。年福同事業団は、運用に失敗すると、「俺たちは役人だ、カネを持ってこい」と強圧的な態度で、臆面もなく補填要求をしていたのだ。野村證券は、役人に睨まれてはまずい、とせっせとカネを貢いでいたが、最終的には大蔵省を巻きこむ大スキャンダルに発展した。

 この事件後、証券会社からの補填がなくなると、年福同事業団の運用成績は急降下した。1986年度~2000年度の15年間の各年度の損益実績は黒字5回、赤字10回、累積損失は1兆7,025億円にのぼった。年福同事業団は、「満腹事業団」と揶揄されるに至った。
 途中から自治体に運営を委託したグリーンピア事業も、膨大な赤字を垂れ流し続けた。2001年の財政改革でグリーンピアの売却・譲渡が決定されたが、投じられた1,953億円のうち48億円しか回収できなかった。
 年福同事業団は解散した。が、解散前に年金運用業務だけ切り離され、2001年度から「年金運用基金」に更衣された。所在地も職員もすべて同じ。単に看板をすげかえただけだった。
 組織の名称を変えただけだから、基金の運用実績もさんざんなままだ。2002年度までの累積利差損は6兆717億円にも達した。

 厚労省は、ふたたび看板を書き換え、年金積立金管理運用独立法人(GPIF)を設立した。これまた、ヒト、モノ、カネを横滑りさせただけで、実態はまったく変わっていない。
 国が年金運用業務をやるにしても、年福同事業団も年金積立金管理運用独立法人(GPIF)も必要がない。実際に運用しているのは民間金融機関だからだ。運用に回されているのは国民が納めた年金保険料の一部(1割以内)だが、GPIFはその資金の大半を信託銀行や投資顧問会社など民間金融機関に外部運用委託=丸投げしているのだ。間に介在するGPIFは、厚労官僚の天下り先としてだけ存在している。
 運用実績をあげられない無用の機関がしぶとく存在し続けているのは、厚労官僚がかばっているからだし、民間金融機関が(黙っていれば運用委託され手数料が入る以上)黙っているからだ。

 以上、高橋洋一(元大蔵相理財局資金企画室長)『財務省が隠す650兆円の国民資産』(講談社、2011)に拠る。
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【原発】しわ寄せは家庭と中小零細に ~偽装計画停電(2)~ 

2012年06月22日 | 震災・原発事故
 (承前)

(4)計画停電あり、電力使用制限令なし
 (a)5月13日、前原誠司・民主党政調会長はフジテレビの番組で、大飯原発が再稼働しない場合には「計画停電」は避けられない、という見通しを示した。他方、政府は、5月17日、電力使用制限令の発動を見送る方針を固めた。
 電力使用制限令は、契約電力500kW以上の使用最大電力を制限する措置だ。関電は、電力需要が逼迫した際に大口需要家に削減義務を負わせる代わりに料金を割安にする「需給調整契約」をほとんどしていない。
 「計画停電」は、家庭や商店などの小口需要家だけに地域を区切って行うものだ。
 要するに、「計画停電あり、電力使用制限令なし」は、大口契約者にやさしく、家庭や小口の消費者に厳しい措置だ。

 (b)(a)は、(1)の世論調査の結果に対応している。過半数の人々が「電力が不足するなら、安全が確認された原発は再稼働させてもよい」としているのだから、電力不足を体感させることで、安全が確認されていなくても原発を再稼働しよう、というのだ。

 (c)関東は、昨春の「計画停電」で、不便と被害を強いられた。高層の高齢者や障害者もエレベーターが使えない、人工透析患者の透析時間が短縮された、在宅酸素療法患者に死者が出た、列車のダイヤが間引かれた・・・・。
 これだけの被害を生む「計画停電」を、原発を再稼働するための恫喝として、家庭や小口需要家に押しつけようとするのだ。

(5)「計画停電」は効果があったか
 (a)電気は貯められない。不足するのは、最大消費ピーク時だけだ。

 (b)東電も、昨年は節電協力だけで夏場の最大ピークを乗り切った。東電が「計画停電」を行ったのは、事故直後の3月14日から28日までの間の8日間だけだ。春には夏場のような日中のピークは出ない。電気が逼迫したのは、震災直後に発電所が停止していた1週間で、しかも時間帯は平日の10~12時、土日の18時だった。

 (c)土日の消費量は、平日より2割少ないから逼迫する可能性はないのに、「計画停電」で脅された。
 1日の中で消費ピークが出るのは8~12時、18~22時だけなのだが、「計画停電」の予定時間は6時20分~22時と長く設定されていた。
 実際の「計画停電」は、わずか8日間だけで、その後は節電努力だけだったが、東電管内の住民には1年中続いたかのような印象を与えた。電車の間引き運転、混雑、暗い車内、街灯の夜間消灯・・・・ピークの出ないはずの夜間に街灯が消され、不必要な不便を強いられた。

 (d)実際の需給を見ると、最初の3月16日、17日を除けば、「計画停電」の効果はあがっていない。16日は18~22時、17日は8~10時まで「計画停電」すれば足りるのに、6時20分~22時まで、1日のうち14時間も過剰な停電をした。その後の節電も不要不急な時間帯に多かった。 

(6)「偽装計画停電」の夏を許さない
 (a)家庭の電気消費は少ない。1年間でわずか22%にすぎない(2010年)。しかも、足りなくなるのは、ピーク時の「夏場・平日・日中・13~16時」だが、家庭はその時間帯に3分の2が不在だ。
 資源エネルギー庁は家庭内電気消費量の25.2%をエアコン消費としているが、これは過大な見積もりで、同庁が委託調査した「住環境計画研究所」の結果では、わずか7.4%にすぎない。
 ピーク時電気消費量における家庭消費の割合は、1割程度にすぎない。
 節電すべきは、家庭ではなく事業者だ。

 (b)橋下徹・大阪市長は、「安全はそこそこでも快適な生活を望むのか、不便な生活を受け入れるか、二つに一つだ」と、大飯原発再稼働の問題を人々のライフスタイルの問題にすり替えている。それは、橋下市長が、2月に、経産省や民主党幹部と隠密裡に意見交換した後のことだ。

 (c)電気の半分を消費する大口需要家は守られ、家庭と中小零細にしわ寄せされる。偽装停電が起これば、不便・不都合に音を上げ、原発再稼働は生命線だ、と言い出すだろう。かくして「原発神話」は復活するだろう。

 (d)私たちに今できることがあるとすれば、近い将来の電気の自立に向けて準備することだ。今や太陽光発電は電力会社から電気を買うより安くなった。それよりもっと儲かるのは、省エネ家電を選ぶことだ。ついで可能ならば自然エネルギーを導入し、近い将来に高性能なバッテリーを床下に於いて自給する。さらに自動車もその電気で走らせれば、私たちはどこかの奴隷ではなくなる。

 (e)多くの人たちに実態を知らせてほしい。後になってから「検証」するだけのメディアではダメだ。しかし、今の私たちにはインターネットとSNSがある。彼らが偽装停電ができなくなるくらいに多くの人に知らせよう。市民の小さな伝達が何度も繰り返し行われることで、推進側の偽装停電を止められることになるかもしれない。

 以上、田中優(未来バンク事業組合理事長)「偽装計画停電をくいとめよう」(「世界」2012年7月号)に拠る。
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【原発】関西電力のご都合主義 ~偽装計画停電(1)~

2012年06月21日 | 震災・原発事故
(1)原発推進派の魂胆
 (a)脱原発に「賛成」44%、「どちらかといえば賛成」36%、合計80%。停止中の原発は「電力需給に応じ必要分だけ再稼働を認める」54%。現在の福島第一原発に「不安」および「ある程度不安」92%。【日本世論調査会調査、2012年3月】 
 (b)「電力が不足するのなら、安全が確認された原発は再稼働させてもよい」51.5%。【FNN世論調査、2012年5月21日】
 (c)(a)と(b)からすると、人々の意識は脱原発に傾いているが、30%は「電力不足で停電するのは困る」と考えている。してみれば、曖昧な脱原発意識の30%を停電という事態に追い込めば、「いやいやながら原発再稼働を容認する」人たちを脱原発の人たちと拮抗させることができる。関西電力の夏場の電力需給逼迫を利用して電力不足の怖さを感じさせれば、キャスティングボードを握る曖昧な30%を「いやいやながらの容認派」に仕立てることが可能になる。

(2)関西電力の電気は足りるか
 関西電力は、もっとも原発依存度が高い電力会社で、発電量の4割以上を原発に頼る(2009年度)。しかし、原発の設備量は26%にすぎない。他の発電所を停めてでも原発を優先させているだけだ。

 関電は、大飯原発の再稼働を求めるため、夏場の電力需要ピーク時に不足する電力量を過大に見積もっている。
 経済産業省によれば、他の電力会社の節電を前提とした融通などがあれば不足は5%程度だ(5月15日、大阪市エネルギー戦略会議)。しかし、共同通信社の調査によれば、経産省の融通電力の数値は同日同時に各社の消費ピークが来ることを前提としており、実績に基づいたうえで、西日本の電力6社が5%強の節電をして融通すれば、原発を再稼働しなくても電力は不足しない。

 関電のご都合主義データは、他にもある。関電は、それまでは大飯原発3、4号機が再稼働しても5%不足する、としていたのに、政府の需給検証委員会では一転して「再稼働すれば夏の電力確保に余裕ができる」と述べている。

 明らかなことは、「大飯原発の再稼働を企画して、恣意的にデータを変えている」ことだ。当初の関電の推計データは、
 (a)需給量が過大だ。猛暑だった2010年の数値を用い、2011年の数値も過去5年平均の数値も使わない。
 (b)節電効果を織り込まない。
 (c)ピークシフト契約や時間帯別料金制度を導入しようとしない。
 (d)冷房過剰の抑制や老朽エアコンの買い換えを予定しない。
 (e)節電すれば安くなる料金形態を導入しない。逆に、「はっぴeポイントクラブ」でオール電化を推進し、消費を促進している。

 供給量の側には、過小評価がたくさんある。
 (a)震災から1年以上経つのに、休止中の火力発電所の手入れをして発電設備を増やそうとしていない。
 (b)揚水発電所を肝心な時に十分使おうとしていない。
 (c)太陽光など自然エネルギーをほとんど計算に入れていない。
 (d)企業の持つ自家発電設備の余剰分買い上げを検討していない。
 (e)他の電力会社からの融通電力が不十分だ。

 要するに、怠慢のうえにあぐらをかいた電力会社が作るシナリオが「電力不足」だ。

(3)何のための再稼働か
 (a)追い詰められた関電は、原発再稼働を電気需要のせいだと言い訳できなくなり、「再稼働は電気需要の問題とは別」だと述べた。
 (b)停電と再稼働がからまないにも拘わらず、再稼働を求め続ける理由は、原発の不良債権化だ。再稼働せず、脱原発すれば原発は資産から負債になる。企業会計上、債務超過に陥る。それは困るので、再稼働して時間を稼ぎ、その間に利益を上げて引当金を積み、債務超過にならないようにしよう、というわけだ。
 (c)しかし、国民の命と単なる「時間稼ぎ」が比較になるか。それならば、企業会計に例外を設けたほうが、まだマシだ。しかも、今の政策のままでは、負債の増加が避けられない。これまで、再処理して使うという偽装シナリオによって、使用済み核燃料=「負債」を「資産」扱いにして、有害物質を資産計上してきた。そのために動かさなくても維持費だけで毎年1,100億円かかる六ヶ所村再処理工場や、同じく200億円以上かかる高速増殖炉「もんじゅ」を資産計上させてきた。
 (d)原発を止める総発電コストが上がるのは、火力発電の燃料代のせいではなく、再処理工場や「もんじゅ」の維持費のためだ。

 (続く)

 以上、田中優(未来バンク事業組合理事長)「偽装計画停電をくいとめよう」(「世界」2012年7月号)に拠る。
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【原発】原子力ムラの弱点 ~再稼働~

2012年06月20日 | 震災・原発事故
 「週刊文春」6月21日号は、発売の翌日に完売、公表部数70万部が売れたらしい【注1】。
 「週刊現代」6月30日号は、小沢夫婦の犬でも食わぬ話【注1】より公共性に富むから、100万部売れてもおかしくはない。80万部は河野太郎と小熊英二の対談で、20万部は古賀茂明のコラムで【注2】。
 ここでは河野・小熊対談を取り上げる。
 3・11の原発事故は、まずもって自然科学的、その技術的問題で、端的には、事故の直接の原因が地震によるものなのか津波によるものなのか、といった問題だ。
 これだけでも厄介で解明が困難なのだが、さらに社会科学的問題が加わる。端的には、原発事故の原因が究明されていないのに(暫定的という冠をかぶせるにせよ、いや、暫定的であること自体が問題なのだが)、「安全」と宣言する奇怪な素人(つまり野田佳彦ら4人組)が存在することだ。
 原発事故の後、原子力ムラの人脈、産官学に加えて政治とマスコミの癒着が、この1年間余のうちに次々に明らかになってきた【注3】。
 「原子力ムラ」について、小熊は<国民の多くは、今回明るみに出た原発の実情を知って、これは30年前の日本だと思ったはずです。こんな旧い日本がまだ残っていたのかと。>と指摘する。<原子力の問題は、日本という国のありようの縮図であると思った人は少なくないでしょう。>と。
 この指摘は重要だ。だから、反原発/脱原発/脱原発依存の気運が国民の間に高まったのだ。「安全」は、事の一面にすぎない。
 国民は、原発という物体そのものだけではなく、それ以上に、原発を取り巻くカネと権力の亡者に注目している。ついでに言えば、原発を再稼働させたい連中は、まず何よりもカネや票が欲しいからハッスルしているのだ。

 【注1】「【原発】放射能から逃げ回る小沢一郎 ~妻からの「離縁状」~
 【注2】古賀茂明「秘かに進行する全原発再稼働計画 ~官々愕々第23回~」(「週刊現代」2012年6月30日号)
 【注3】最近では、例えば記事「「原発再稼働」を推進するこれが国会議員リスト」(「週刊現代」2012年6月16日号)。

   *

(1)反原発の考え方の変化
 3・11以前にも反原発運動があった。彼らは、主として「危ないからすぐ止めろ」と唱えていた。「危険派」の運動は左翼のレッテルを貼られ、あまり広まらなかった。彼らには、原発を止めて産業文明をやめよう、という論じ方が多かった。貧しくてもいいから、安全な有機農産物を食べるのか、それもともビル街で電気を消費するのか、といった選択肢の提示だ。これは「正義の我慢」論になりがちで、一定以上には広まらなかった。
 いま、原発はコストが高い、新エネルギーのほうが経済成長できる、といった議論が出ている。エコ家電やスマートメーターで節電できる、我慢ばかりが能ではない、とか。こちらのほうが広がっていく。多数が納得できる提案をして、原発を上手にフェイドアウトしていこうというコンセンサスができれば、たぶん脱原発の流れは相当加速するはずだ。
 ところで、反原発のデモに来ている人は、非正規労働者が多い。彼らは、原発の下請非正規労働者の境遇に同情している。東電の正社員は汚れ仕事には就かず、競争にもさらされないで高給をとり、定年後も多額の企業年金をもらっている。これは許しがたい、と。こういう怒りや「正義感」がいまの反原発のベースにある。しかも東電(の正社員)は、独占市場で高い電気料金をとり、カネをばらまき、政治家と結びついている。非正規労働者は厳しい労働条件にあえいでいる。うまい汁を吸っているは許せない・・・・こういう感情がいまの反原発・反東電の背景にある。

(2)原子力ムラの旧態依然
 (a)再稼働にあたって、経済産業省と関西電力は姑息な手を打った。関電の需給調整契約(企業との間で電力不足の場合には節電に協力する代わりに料金を割り引く契約)は、昨年3月末には260件あったが、今年3月末にはわずか24件。今夏に電力不足になることが去年から分かっていたのに、需給調整契約を増やすべきところを逆に減らした。「再稼働しないと大変なことになる」とアピールするための瀬戸際作戦で、経産省も関電もわざと手を打たなかった。原子力行政の信頼性がさらに失墜した。
 これまでずっと関係業界と霞が関と永田町の中の手続きだけでやってきたせいか、原子力行政が社会からどう見られているかとか、社会全体がどう変化しどう動いているかということまで、見通しと計算が働いていない。要するに、ガバナンスが喪失しているのだ。

 (b)原子力ムラは、本当に内向きの社会だ。
 原子力の専門家は、たいていが格納容器など部分ごとの専門家で、原発というシステムをトータルに把握できる人や、原発の経済的・社会的位置を理解して方向を決められる人がいない。そのため転換できず、結果として旧態依然とした手続きで動き続けている。

 (c)原発は、初期投資が大きく、30年間は安定的に運転しないとペイしない。ところが、1997年以降は経済が伸びず、原発建設も停滞している。再稼働を強行しても、廃棄物の貯蔵があと7~8年しか持たない。いまさら新規に廃棄物を引き受ける場所はないし、どう見ても先がない。もともと政府の補助がないと運営できない産業だから、国際的にも原発は行き詰まりつつある。いま原子力を推進している国家は、露・中・印など、核兵器を維持したい発展途上の権威主義国家だ。先進諸国が原子力から徐々に離れつつある中、日本がまだ原子力に引きずられているのは時代錯誤だ。

 (d)そのうえ、日本は原発を海外に輸出しようとしている。福島第一の事故は原発の老朽化も一因だが、最大の原因は全体のシステムやマネジメントが悪かったことだ。そんな原発を輸出しようとするのは、原子力ムラがまさにムラの利益を守るためにやっているにすぎない。

 (e)最後は国が穴埋めしてくれるからと、コストに見合わない事業を継続してきた。国は、結局、業界や地元にカネを配ってカタをつける。採算がとれない事業を「国策」という理由づけで続けて大赤字を残す。ダム、道路、新幹線など、日本社会のいろいろなところに存在する構図だ。

 (f)曖昧なままずるずると引き伸ばすやり方は、例えば、国は青森県に対して2045年までに最終処分場に移すという約束で使用済み核燃料の中間貯蔵を行ってきた。ところが、最終処分場が約束の期限までにできないことは明白なのに、国は「最後まで頑張ります」などと曖昧な言葉で誤魔化す。結局、原子力行政は、こうやって地元との約束をこまかし、それを取り繕うために国民に対しては情報公開しないでやってきた。膿がたまりに溜まって、3・11を契機に多くの人がそのことに気付いた。膿を取り除かなければならないのに、原子力ムラは以前と同じことを繰り返している。

 (g)これまで、政治と電力のズブズブ関係に国民は無関心だったが、いまでは世の中に危機感が蔓延していて、政治が役割を果たすことを当然視している。にもかかわらず、永田町の中には、ほとぼりが覚めたら電力会社との関係を元通りにしようとか、電力の労組から票をもらおうと考えている連中が依然として多い。永田町の中と外で、意識がズレてしまった。

 (h)3・11以後の最大の変化は、国民の政治リテラシーが格段に上がったことだ。政治に対する危機感と関心、知識が急上昇した。原子力の問題は日本という国のありようの縮図だ、と思った人は少なくないだろう。
 国民の政治参加が増えた。デモ、政府の広報を信用せずに自分で放射線量を測ってみた人、役所に働きかけた人。広い意味で自発的な政治行動を起こそうとする気持ちは、間違いなく上がった。

 (i)原子力ムラは現実対応能力を失っている。潰されることが決まっている原子力安全・保安院や衣替えする原子力安全委員会が再稼働決定に加わっている。美浜原発の稼働延長もそうだ。九電のメール事件も、これまでの惰性のままだ。そんなことをやったら逆効果だ、ということに気付く能力が失われている。
 国民の多くが原発再稼働に反対しているのも、単に安全性を危惧しているだけでなく、こんな無能な連中に任せておいたら危なくて仕方ない、しかも無能なくせに既得権にあぐらをかいているのは許せない、というのが国民的な合意になっているからだ。

 (j)国民の多くは、今回明るみに出た原発の実情を知り、これは30年前の日本だと思ったはずだ。こんな旧い日本がまだ残っていたのかと。
 日本の原子力政策は、初めから矛盾だらけだった。10年以上前から、使用済み核燃料プールがやがて容量限界に達することはわかっていた。六ヶ所村の再処理工場はいつまでたっても本格稼働しない。仮に稼働しても、プルトニウムを燃やすはずの高速増殖炉「もんじゅ」はトラブル続きで止まったまま。こんな辻褄の合わないことにずっと口をつぐんできたのが原子力政策だ。そのことが去年の事故で明らかになったのに、既定路線を続けようとしている。原子力委員会なぞ、いまだに関係者だけの秘密会議でお手盛りの原子力政策大綱を作ろうとしていた【注4】。時代錯誤の極みだ。

 【注4】「【原発】非公開会議による報告書の書き換え ~核燃料サイクル~

 以上、対談:河野太郎(衆議院議員)/小熊英二(慶應大学教授)「この国のかたちを考える」(「週刊現代」2012年6月30日号)に拠る。
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【原発】蠢き始めたNHKの原発再稼働派

2012年06月19日 | 震災・原発事故
(1)数土文夫の後足で砂
 数土文夫は、NHK経営委員長辞任の記者会見で、「東電に対する国難だという気持ちがますます高まってきて、東電がもし何かの条件で止まれば本当に壊滅的、悲惨的状況になるという重いが強くなってきた」と語った。
 <要するに、公共放送の仮面を捨てて、原発再稼働派の素顔を露わにしたにすぎない。この人物が、この1年あまり、もっと危機的な状況下でNHKの最高意思決定機関のトップにあったことは、それでなくとも発表ネタを垂れ流す放送局と揶揄されてきたNHKに対する不信感をさらに深めることになった。>

 松本正之・NHK会長は、後足で砂をかけられたかたちになったわけだが、「数土経営委員長が熟慮されて、みずから結論を出されたことだと思う」と、いっこうに痛痒を感じていない口調なのだ。
 <ジャーナリズムを与る者なら、ここは「報道の公正・中立を危うくした」と一言あるべき場面だ。>
 <このところ、NHKは(中略)ジャーナリズムのイロハもわきまえないような経営陣を次々に戴いてきた。そのほころびをいよいよ隠せなくなった。>

(2)検証という名の修正
 NHKは、今年3月22日に「NHKと東日本大震災 ~より多くの命を守るために~」(放送記念日特集)を放送し、1年前の地震・津波と原発事故に係る初動について組織的に検証した。ことに原発報道については、昨年7月から局内に「原子力災害報道検討会」を設置し、緊急災害に備えたマニュアル作りを始めた、という。ここでもっとも議論になったのは、SPEEDIの情報がなぜ早く公表されなかったか、だった。番組の検証によれば、
 (a)事故の翌日からNHK記者は国に対してSPEEDIの予測データを公表するよう求めた。しかし、データが発表されたのは、事故発生から12日も後だった。NHKはさらに10日以上後になってから公表した。①国の情報の遅延、②NHKのそれをどう考えるか。これが検討会の重要課題だった。
 (b)しかし、議論は①にはまったく触れず、②に集中した。判断を鈍らせた要因として番組でもっとも重視されたのは、斑目春樹・原子力安全委員長の発言だ。すなわち、「この試算については、限定的な情報しか得られていない状況下で試算されたものであり、こういうところではこれくらい危険になっているというふうには是非使わないでほしい」。
 (c)「試算」の情報を伝えるべきだったか否か、意見が分かれた、という。NHkが出した結論は、「検討会では、最終的に今回のSPEEDIのような不確かな情報でも、一定の科学的根拠があれば、住民の安全に関わるものとして、いち早く伝える」というものだった。
 (d)この結論と結論の導き方は不自然だ。事故の翌日からNHK記者は国に対してSPEEDIの予測データを公表するよう求めていた。SPEEDIが緊急避難の参考になることを知っていたからだ。国がSPEEDIの情報を出してこなかった12日間、情報開示を求めた当の記者たちは、現実の放射能の拡散状況についてどんな取材をしていたのか。その空白については検証されていない。
 (e)【批評】NHKは、国の発表の10日以上後になって報道した、とあるが、この番組は、斑目委員長の「念押し」にNHkが惑わされたとも受け取れるように構成されている。SPEEDIの機能を知っている記者がいたのなら、国の発表直後に間髪を容れずに公表できたはずだ。躊躇や抑制の理由を斑目委員長の念押しだけに帰するのは無理がある。
 (f)(d)や(e)のように、この検証番組は、核心部分に切り込まず、むしろ事実を見えなくしている。

(3)あの番組が隠された
 (a)(2)の検証番組には、外部の賞を総なめにした「ネットワークでつくる放射能汚染図」(ETV特集)のシリーズが一度も登場していない。検討会議には、「ニュースに携わるスタッフが集まった」とある。してみれば、ETV特集の取材者たちは「ニュースに携わるスタッフ」とは見なされていない、ということだ。視聴者からすれば、ETV特集こそ「防災報道」の模範なのに。
 (b)ETV特集が放送されたのは5月15日だ。それとほぼ同じ情報(ホットスポットの存在と危険な場所に避難する住民)が4月3日の「原発災害の地にて ~対談 玄侑宗久・吉岡忍~」(ETV特集)の中で扱われている。4月3日という日付は、NHKがSPEEDIの情報を国の発表から10日以上遅れて放送した時期と合致する。もしこのグループが「ニュースに携わるスタッフ」として認知されていたら、NHK版SPEEDI情報をもっと早く出せたはずだ。
 (c)「ネットワークでつくる放射能汚染図」は、その後もシリーズとして海洋汚染、河口の汚染、初期のヨウ素被曝など、本来行政が調査公表しなければならない領域を次々に独自の取材によって明らかにしてきた。
 (d)しかし、「情報の垂れ流し」に歯止めをかけた画期的な番組シリーズが、どうやら内部では評判がよくないらしい。毎日新聞が、ETV特集取材班『ホットスポット ネットワークでつくる放射能汚染地図』(講談社)出版後、取材班へのインタビューを申し込んだところ、広報から断られた。また、記者が5月10日の定例記者会見で、ETV特集について松本会長に所感を訪ねると、「そういう賞を受ける内容のものだったと思っている」と素っ気ない回答、局内での表彰は「特にない」と述べた。前記の本の中で、担当者が同僚や上司を批判する記述をしたことに対して、口頭で注意があったらしい。<NHKでは、番組の内容が良くても、作り手の行儀が悪いと賞どころか罰を加えられるらしい。>
 (e)松本会長の古巣、JR東海のグループ会社が発行する雑誌「WEDGE」の目次は壮観だ。「それでも原発 動かすしかない」「賠償スキーム 東電だけが悪者か」「政府は前面に立ち、原発を動かすべきだ」「風力発電 空回りの理由」「食品セシウム基準強化は世論迎合」「原発再稼働から逃げ回る政府の大罪」「年間1ミリシーベルト 高すぎる壁」・・・・。
 (f)<今のNHKの危うさは、番組作りにまでコンプライアンスが過度に適用されているところにある。前述の放送記念日特集はその典型例で、NHKの“正規軍”を自認するグループに、責任を他に転嫁し、自らの判断ミスを省みることが少ない保身の体質を見た。使われる言葉の端々に上目遣いの怯えのようなものを感じるのは筆者だけだろうか。>

 以上、神保太郎「メディア批評第55回」(「世界」2012年7月号)の「(1)蠢き始めたNHKの原発再稼働派」に拠る。
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【原発】放射能から逃げ回る小沢一郎 ~妻からの「離縁状」~

2012年06月18日 | 震災・原発事故
 編集部によれば、「週刊文春」6月21日号の発売は14日。翌日夕方までに完売した(公表部数70万)。同誌としては、09年夏の「酒井法子逮捕」の内幕もの以来、3年ぶりの記録。文春の公式ウェブサイトは、17日夕方までに1.5万回以上ツイートされ、Facebook上では「いいね!」ボタンが4万回以上押された。
 しかし、テレビの情報番組はちっとも触れない。小沢系の国会議員が圧力をかけていたのだ。

 以上、山田孝男「風知草:手紙の波紋」【毎日新聞 2012年06月18日 東京朝刊】に拠る。

    *

 便箋11枚の「離縁状」とは、小沢一郎夫人の和子が選挙区(岩手県奥州市)の支援者に送った私信だ。発信時期は、昨年11月初旬。震災以来の不義理を詫び、既に元代表と離婚した経緯を伝え、離縁を決断するに至った胸中を明かす。
 私事(不倫)は、ここでは割愛する。公人(政治家)としての小沢を細君がどう見たか、さわりを引いてみる。

 <このような未曾有の大災害にあって本来、政治家が真っ先に立ち上がらなければならない筈ですが、実は小沢は放射能が怖くて秘書と一緒に逃げだしました。岩手で長年お世話になった方々が一番苦しい時に見捨てて逃げだした小沢を見て、岩手や日本の為になる人間ではないとわかり離婚いたしました。>
 隠し子がわかって以来、別棟を立てて別居。DVもどきの暴言を浴びせかけられたらしい。用事は小沢自ら伝えるのではなく、秘書が代わって伝えた。かかる夫婦関係にも拘わらず離婚しなかったのは、小沢が郷里と日本に政治家として役立つかもしれないのに水をさしてよいのか、と我慢した、と和子は書く。

 <ところが3月11日、大震災の後、小沢の行動を見て岩手、国の為になるどころか害になることがはっきりわかりました。/(中略)そんな中、3月16日の朝【注1】、北上出身の第一秘書の川辺が私の所へ来て、「内々の放射能の情報を得たので、先生の命令で秘書達を逃がしました」と胸を張って言うのです。あげく、「先生も逃げますので、奥さんも息子さん達もどこか逃げる所を考えて下さい」と言うのです。/福島ですら原発周辺のみの避難勧告しかでていないのに、政治家が東京から真っ先に逃げるというのです。私は仰天して「国会議員が真っ先に逃げてどうするの! なんですぐ岩手に帰らないのか! 内々の情報があるならなぜ国民に知らせないのか」と聞きました。/川辺が言うには、岩手に行かないのは知事から来るなと言われたからで、国民に知らせないのは大混乱を起こすからだというのです。>

 和子は、政治家にあるまじき振る舞い、と激怒して避難を断った。
 <小沢は「じゃあしょうがない。食料の備蓄はあるから、塩を買い占めるように【注2】」と言って書生に買いに行かせました。その後は家に鍵をかけて閉じこもり全く外に出なくなりました。復興法案の審議にも出ていません。女性秘書達と川辺の家族は1ヶ月余り戻ってきませんでした。2日遅れで届いた岩手日日には3月15日国会議員6人が県庁に行き、知事と会談したとありました。/彼らと一緒に岩手に行こうと誘われても党員資格停止処分を理由に断っていたこともわかりました。知事に止められたのではなく放射能がこわくて行かなかったのです。>
 3月21日、書生は和子に言った。「東京の水道は汚染されているので買った水で料理してください」と。和子は、そんな情報は一切発表されていないから他の人と同じように水道水で料理する、と断った。それ以来、書生たちが料理し、洗濯まで買った水でやろうとした。東京都が、乳幼児には水道水を避けるように、と指示したのはその2日後だ【注3】。
 <3月25日になってついに小沢は耐えられなくなったようで旅行カバンを持ってどこかに逃げだしました。去年、京都の土地を探していたようですのでそこに逃げたのかもしれません。/その直後、テレビやマスコミが小沢はどこに行った? こんな時に何をしているかと騒ぎだし、自宅前にテレビカメラが3、4台も置かれ、20人位のマスコミが押しかけました。それで、あわてて避難先から3月28日に岩手県庁に行ったのです。ご存知のように被災地には行ってません。>

 4月に入ってからも家に閉じこもり、連夜、岩手議員を集めて酒を飲みながら菅内閣打倒計画をたて始めた。菅・前総理が放射能情報を隠していると思ったらしく、自衛隊幹部や文科省の役人から情報を収集しようとした。
 <この大震災の中にあって何ら復興の手助けもせず、放射能の情報だけが欲しいというのです。/本当に情けなく強い憤りを感じておりました。実は小沢は、数年前から京都から出馬したいと言い出しており後援会長にまで相談していました。/もう岩手のことは頭になかったのでしょう。【注4】>
 5には月、放射能からの避難先として長野の別荘地に土地を買い、設計図を書いている。<オフィスOという会社名義で土地を買い、秘書の仲里が担当しているということでした。>
 天皇・皇后が岩手に入った日は、風評被害の視察と称して千葉に釣りに出かけた。<千葉の漁協で風評がひどいと陳情を受けると「放射能はどんどんひどくなる」と発言し、釣りを中止し、漁協からもらった魚も捨てさせたそうです。風評で苦しむ産地から届いた野菜も放射能をおそれて鳥の餌にする他は捨てたそうです。>

 手紙の後に付された松田賢弥「和子夫人の手紙を支援者はどう読んだか」から一部引こう。
 <大震災以降、小沢がことあるごとに原発について言及してきたのは周知の事実だ。例えば昨年3月28日、達増拓也岩手県知事との会談後に小沢は、「原子炉の制御不能状態が2週間以上放置されるのは世界で例がない。最悪の事態を招けば日本沈没の話になる」などと語っている(「岩手日報」3月29日付)。このような言動に違和感を持った人は少なからずいた。(中略)結局、小沢が初めて岩手の被災地に足を運んだのは、今年1月のことだった。>
 東京電力から後援されていた小沢が、東京電力がしでかした原発事故によって撒き散らされた放射能を恐怖して逃げ回るのは、皮肉な構図だが、それだけ事態の重大性がよく分かっていた、とも言える【注5】。

 【注1】3月16日、菅首相は「本当に最悪の事態になったら、東日本がつぶれる」と発言した【注6】。「近藤メモ」の内容は、官邸のみならず小沢にも伝わっていたらしい。あるいは、「米軍機密文書」【注7】の内容が米国側から伝えられていたのかもしれない。
 【注2】昨年3月16日頃から、広東省、浙江省など沿岸部を中心に、突然、食塩を買い求める人々がスーパーや商店に殺到し、売り場から塩が消えた。日本の原発事故で海水が放射線に汚染された、放射線予防にはヨウ素が有効だ、ヨウ素を含む食塩は放射線の害を防ぐ、これから手に入る食塩は危険だ、云々といった一連のデマがネットなどで流れたためだ。思惑や投機により需要が急増、通常500g入りの1袋1.2~1.5元の食塩価格が、一時は1袋10元以上に跳ね上がった。【宮家邦彦「放射能で海洋汚染? 塩買い占めに走る中国人やはり起きたこの騒動~中国株式会社の研究(103)」、JBPRESS】
 【注3】3月23日、東京都は、「金町浄水場の水道水から1kg当たり210Bqの放射性ヨウ素を検出」と発表した。
 【注4】「【震災】岩手を見捨てた小沢一郎/岩手に見棄てられた小沢一郎
 【注5】「【震災】原発>小沢一郎を後援する東京電力 ~東電&電事連の政界支配~
 【注6】「【震災】原発>250km圏内は避難対象 ~機密文書「近藤メモ」~
 【注7】「【震災】原発>東電・政府の情報操作を明らかにする「米軍機密文書」
     「【震災】原発>津波だけが原因ではない ~「米軍機密文書」~
     「【震災】原発>3号機も4号機も危機的状態 ~「米軍機密文書」~

 以上、松田賢弥/本誌取材班「小沢一郎 妻からの「離縁状」全文公開」(「週刊文春」2012年6月21日号)に拠る。
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【原発】「原発の終わり」に至る現実的なステップ~再稼働の論理の破綻(6)~

2012年06月18日 | 震災・原発事故
 (承前)

(6)「出口」の議論を進めよう
 (a)核燃料サイクルの完成は、もはや不可能だ。高速増殖炉の完成は夢物語だ。

 (b)大量の放射性物質を撒き散らし、危険なプルトニウムをつくりだすだけの再処理も、環境的・経済的・核リスク的な点から早急に断念すべきだ。

 (c)六ヵ所村、各原発サイトにある使用済み核燃料プールも満杯が近づいている。仮に再稼働させたとしても、あと5、6年程度の余地しかない。
 使用済み核燃料プールは、危険な構造(「剥き出しの原子炉」)だ(<例>福島原発4号機)。水冷式ではなく、空冷式の乾式貯蔵に切り替えていくことが望ましい。
 しかし、何の事前合意もなく乾式貯蔵を開始した場合、使用済み燃料を出す余地が広がるから、電力会社はこれ幸いと、また原発に向かって突き進むだろう。

 (d)使用済み核燃料は、我々が半永久的に向き合い続けなければならない難題だ。即座に脱原発を達成したとしても、この問題は残り続ける。
 過去、政府は、各原発からは使用済み燃料を持ち出し、再処理工場で有価物のリサイクルをする・・・・といった二重、三重のウソを重ねてきた。
 こうした幻想を払拭し、16,000トンの使用済み核燃料とどう向き合うのか、現実に基づいた議論をしなければならない。

 (e)日本における「原発の終わり」を設定するよう提唱したい。現状の16,000トンを含めて、最終的に何トンまで使用済み核燃料を積み重ねるのか、総量を確定する議論を行いたい。
   ①議論1・・・・これ以上1トンたりとも増やさない。
   ②議論2・・・・青天井だ(原子力ムラ)
の両極があり得よう。
 ドイツでは、発電量の総量によって脱原発への行程を整えた。
 日本では、使用済み核燃料をあと何トン生み出すのか(現実に直面する問題)、という点で脱原発へのコンセンサスができる可能性があるのではないか。
 総量が確定されれば、脱原発を前提として、その総量に応じた使用済み核燃料の乾式貯蔵施設をつくることになる。

 (f)貯蔵施設をどこにつくるか。
 各原発の敷地内につくる。・・・・だが、立地地域に拒否される可能性が高い。
 青森県知事は、現時点でも、六ヵ所村での再生処理をやめるなら直ちに持ち帰れ、と主張している。
 それでは、消費地である東京や大阪か。
 シビアな議論が必要となる。

 (g)その議論を経て、乾式貯蔵施設ができても、今度はさらに長期的に必要となる最終処分の方法と場所について議論を行わなければならない。
 そこまで本気で見据えたとき、とんでもないことに手を突っ込んでしまった、ということが、改めて国民の共通理解となるだろう。 
   ①使用済み核燃料の処分
   ②事故原発の廃炉作業
 いずれも難しい問題だが、国民は引き受けるしかない。
 そこに初めて、日本において究極的な脱原発が政治的リアリティをもって確定するのではないか。 

 以上、飯田哲也(環境エネルギー研究所長)「破綻した原発再稼働の論理 ~反省なき原子力ムラの暴走をどう止めるか~」(「世界」2012年7月号)に拠る。

    *

 日本が原発大国になり、原発ムラができあがったのは、一言でいえば思考停止のせいだ。すべての人が目先の仕事を盲目的に達成しようとした結果、壮大な日常性とビューロクラシーの積み上げで、一番中心にいる人、上にいる人は何も考えていないのに、そこを問うことなく、日常を突き進んだ結果だ。
 内部でパーソナルなコミュニケーションを持っている人たちは、高木仁三郎のように外部から批判を投げかけられても、「自分は誇り高い仕事をしているのに外から何だ」と、批判の中身に入る前に、批判されていること自体に反発してしまう。内部に入っていかないで外部から批判しても、壮大な日常にレミングのように突っ走るこの群は変わらない。
 原発社会への批判はしていたが、反原発というレッテルを貼られることには慎重だ。脱原発にしても、その言葉がもつネガティブインパクトがあって、社会を変えようとしているときにそれがノイズとして入ると困る。

 スウェーデンやデンマークでは、人口2~3万人の街であれば、必ず一つはエネルギー会社がある。地域暖房と電気の供給を請け負う。90年代にどんどん民営化された。地方自治体の議員が理事に入って運営している。まさにエネルギー自治だ。日本の水道と同じ感じで、暖房と電気を自治体が売っている。
 電気は、その会社で発電しているわけではなく、大きな電力会社から買って配っている。電気宅配会社みたいな感じだ。デンマークでは、もっと素朴に、風力協同組合を作って、自分たちの電気は自分たちで賄う仕組みを作った。参加者が電力を分け合っている。このような自給のモデルが80年代にどんどん広がった。
 エネルギー自給は、金の流れがそこにくっついてくる。例えば、秋田県40万世帯の光熱費は年間1,000億円。あきたこまちの年間売上げと同じくらいだ。この金は、県外に出て行く。仮に秋田県内にエネルギー公社があって、それを自分たちで生み出していたら、1,000億円は県の中で回る。エネルギー自治は、お金の自治、経済の自治でもある。
 もう一つ大事なことは、エネルギーには必ず環境負荷がある。自然エネルギーを使えばその地域の自然が使えるが、原発を作ったら必ず原発のインパクトがある。化石燃料には環境負荷がある。
 北欧のエネルギー政策を調べると、環境、エネルギー、マネーがすべて表裏一体で、それを地域の中でどう閉じていくか、という大きな構造が見えてくる。
 日本でも、市民出資によるエネルギー自治がモデル的に誕生している。NPO法人北海道グリーンファンドしかり、「おひさま進歩エネルギー」(長野県飯田市)しかり。

 以上、宮台真司(首都大学東京教授)/飯田哲也(環境エネルギー政策研究所長)/神保哲生(ビデオニュース・ドッコム代表)「緊急討論 原発ムラという怪物をなぜ我々は作ってしまったのか」【注】(「創」2011年9・10月号)から飯田哲也所長の発言要旨を抜粋した。

 【注】「【震災】原発立地を住民が決める根拠 ~エネルギーの共同体自治~
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