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2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】遠距離ナショナリズム ~ウクライナ紛争の構図~

2016年11月03日 | ●佐藤優
 (1)第二次世界大戦中、ウクライナの民族主義者でステファン・バンデラという人がいた。ウクライナの独立運動を率いた人物だ。
 バンデラの運動を見て協力を申し出たのがナチスだ。「それはいい考えだ、われわれナチス・ドイツはウクライナ独立を断固支持する」と言ってウクライナ軍団を作り、バンデラもウクライナ軍団指揮下でユダヤ人やポーランド人、チェコ人、スロバキア人の虐殺に積極的に加担した。特にガリツィア地方はユダヤ人が多かった。イスラエルを建国した人びとの相当部分はガリツィア出身だが、実はその陰にウクライナ軍団によるユダヤ人虐殺がある。
 ウクライナ軍団の戦いはウクライナ解放戦へと発展し、最終的にソ連軍を追い出したところでナチスは「独立を支持すると約束はしたが、約束を守るとは言っていないよな」と、手のひら返しを行って、ウクライナ人を奴隷化し、ドイツの工場や炭坑で働かせだした。バンデラは怒って、今度はナチス・ドイツに抵抗してウクライナ独立国家を旗揚げしたんだが、これは3日ぐらいしか持たなかった。彼は逮捕されてドイツの強制収容所に入れられ、バンデラなきバンデラ軍はナチスの下でユダヤ人やスロバキア人たちの殺戮を続けた。だから、ウクライナ人はナチス・ドイツとソ連の両方に別れてあの戦争を戦ったことになる。

 (2)1945年にガリツィアにソ連軍が入ってくると、ナチスと協力した連中の幹部は家族を含め皆殺しにされ、幹部より下、真ん中ぐらいの連中はシベリアの強制収容所送り、末端の兵隊たちはウクライナの東のほうに移住させられた。
 ユニエイト教会は、ソ連の公式発表によると1946年に「自発的に」正教会に合同した。ユニエイト教会側はスターリンの指示による強制合同だったと主張しているけれど、こうしてユニエイト教会は消滅し、信者はシベリア送りになった。
 戦後もウクライナ西部の山岳地帯では1950年代半ばまで10年以上にわたって反ソ・ゲリラ闘争が続いた。米軍によって強制収容所から解放されたバンデラは西ドイツに行って、反ソ運動とウクライナの武装抗争を支持するが、1959年にミュンヘンの自宅近くでKGBの刺客によって暗殺された。暗殺したKGBの刺客が後に米国へ亡命したために、バンデラを殺したときの話が表に出てきたのだ。
 ソ連の支配を潔しとしないガリツィア地方のウクライナ人たちは、カナダに亡命した。今もカナダには、エドモントンを中心に120万人のウクライナ人が住んでいて、ユニエイトを信仰しながら、ウクライナ人の自己意識を失わずに生活を続けている。カナダで一番話されている言語は英語で、次がフランス語だが、その次が実はウクライナ語だ。

 (3)1980年代末、ゴルバチョフのペレストロイカ政策で、ソ連人の外国人との接触条件が緩和されると、カナダのウクライナ人はガリツィアの親戚や知人が展開するウクライナ独立運動に資金援助を行い始めた。最近は沈静化したが、北アイルランドの独立運動も、米国のアイルランド系移民の資金援助によって行われていた。自分のルーツとなる国に一度も住んだことのない人たちほど、母国に過剰な思い入れをしがちだ。これを〈遠距離ナショナリズム〉と呼ぶ。
 国際紛争はこの遠距離ナショナリズムが強く関係してくる。2014年のウクライナ紛争に際しても、カナダは強い抗議の念を表すために、真っ先に駐露大使を本国に召還した。それはこうした事情があったからだ。
 紛争は、西ウクライナの反ロシア・親欧米政権がロシア語を公用語から外して、ウクライナ語だけを公用語とした結果、大変な混乱が起きたことが発端だ。自分たちがウクライナ人なのかロシア人なのか区別がつかないくらいロシアに同化している東部・南部の人たちにとっては、とんでもない出来事だったのだ。
 ウクライナ語ができない公務員はクビになる。企業と役所がやり取りする文書も全部ウクライナ語になる。ウクライナ語がわからないと仕事にならない。結果として、ウクライナ人だけれどもロシア語しかしゃべれない人は二級市民に転落して、肉体労働かそれに準ずる低賃金労働にしか従事できなくなってしまう。あの、ステファン・バンデラを旗印に掲げて、火炎瓶を投げているような西ウクライナのお兄ちゃんたちが東ウクライナへやってきて、役所の幹部になって、国営工場の幹部になるだろう。そんなのは冗談じゃないと。
 普段はあまりデモなんかに参加しないウクライナ人tqあちも、これだけ生活基盤が脅かされれば立ち上がるしかない。そこでロシアがウクライナの安定化を口実にクリミアへ侵入した・・・・そういう構図だ。

□佐藤優『君たちが知っておくべきこと 未来のエリートとの対話』(新潮社、2016)の「戦争はいつ起きるのか 2014年4月5日」
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 【参考】
【佐藤優】近代の矛盾が凝縮するウクライナ ~イエズス会が播いた種~
【佐藤優】安倍政権が日本を壊しつつある ~反知性主義~
【佐藤優】健康志向はナチスが始めた
【佐藤優】民主政治はフランス革命をなぞる ~アベノミクスはジロンド派~
【佐藤優】出世頭の外交官が書いた間違いだらけの外交教科書 ~権威に惑わされるな~
【佐藤優】ギリシャ的伝統を引き継いだドイツ ~ライプニッツと帝国主義~
【佐藤優】民主制の起源 ~中学や高校の教科書が教えないこと~

 

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【佐藤優】近代の矛盾が凝縮するウクライナ ~イエズス会が播いた種~

2016年11月03日 | ●佐藤優
 (1)ウクライナ紛争でポイントになるのは、西ウクライナのガリツィア地方だ。ここは、1945年までソ連もしくはロシア帝国の版図になったことは一度もない場所だ。古くはハプスブルク帝国、つまりオーストリア=ハンガリー帝国の支配地で、第一次世界大戦後はポーランドに属していた。歴史的に反ロシア、ウクライナ独立運動の中心で、ここの人たちはウクライナ語をしゃべる。
 同じウクライナでもロシア帝国支配下におかれた地方は、19世紀の徹底したロシア化政策によって、ウクライナ語での教育や出版が禁止され、ロシア語を話す。
 それに対してオーストリア=ハンガリー帝国は多言語主義を採用して、少数民族の言語を尊重したので、ガリツィア地方ではウクライナ語が生き残った。中心のリボフではウクライナ語の新聞、雑誌、書籍も刊行され、ガリツィア地方はウクライナ・ナショナリズムの大きな拠点になっている。

 (2)ガリツィア地方のもう一つの特徴は、周囲がみんなロシア正教なのに、ここだけカトリック信者が圧倒的に多い。
 ただし、「ユニエイト教会」という特殊なカトリック教会だ。
 宗教改革が起こったとき、ポーランドとチェコとハンガリーは、強力なプロテスタント軍によって席巻された。中世の軍隊は、基本的に傭兵ばかりだったから規律が緩く、兵は状況を見て「負けそうだ」となったら逃走して、勝ちそうな陣営に加わるというのが戦争のやり方だった。でも、プロテスタント軍は信仰に裏打ちされているから規律も厳しくて、また強かった。
 それを見たカトリックは、これは敵わんということでイエズス会を作った。イエズス会はローマ教皇直轄の軍隊なのだ。カトリックは伝統と規律の厳しさで徹底した訓練をできる組織だから、軍隊を作らせたらこれまた非常に強かった。カトリック軍は、まずポーランドでプロテスタントを蹴散らした。チェコでも蹴散らし、スロバキアに進み、ハンガリーに入ってもまだ勢いがある。それで正教の世界だったウクライナまで到達した。
 でも、ウクライナで困ったことになった。正教の連中はどんなに脅しをかけても改宗しない。それで妥協案として東と西の教会を統一したユニエイト教会を作りましょうとなったわけだ。儀式に関しては「香を焚いて〈イコン〉という聖像を拝む。その正教のやり方を続けてもらって全く問題ないです」と。カトリック教会では神父は独身をとおすけれど、正教は下級司祭の結婚を許している。これも「そのままで結構です」と。
 ただカトリックが断固譲れない点が二つあった。まず教皇が一番偉い、と認めること。そしてフィリオクェ(Filioque)という教義上の解釈を受け入れること。

 (3)キリスト教は、父・子・聖霊の三つが一体となったものを唯一の神であるとする宗教だ。しかし、この聖霊がどこから発出すると考えるか、その解釈についてカトリックと正教の間で違いがあった。カトリックは、父なる神から子なる神キリストを通して聖霊を知ることができるという解釈。これをフィリオクェという。フィリオは子で、クェはアンド(も)だから、フィリオクェとは「子からも」という意味になる。キリストは亡くなっているから、キリストの機能を果たすのは実際には教会となる。つまり聖霊を知るには教会を通す必要があり、これがカトリック教会に権力を集中させる根拠になるわけだ。
 対して正教会は、聖霊は父成る神から現れ出で、神の意思さえあれば、別に教会とは関係のない、キリスト教徒じゃない人のところへもストーンと落ちてくるかもしれないという解釈。
 教会を重視するのか、しないのかで、救済観や組織観が全部変わってくるから、カトリック側にとって、ここは絶対に譲るわけにはいかなかった。
 その結果、教義はカトリックだが、見た目は正教会という変な形の教会ができあがった。
 ロシア人はこのイエズス会のやり方を非常に汚い手口だと嫌悪していて、ロシア語では「イエズス会」っていうとペテン師とか嘘つきという意味になった。ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の中にも「それはイエズス会士だ」なんてセリフが出てくる。ペテン師のやり方だという意味で、その語源がまさにこの西ウクライナにある。

□佐藤優『君たちが知っておくべきこと 未来のエリートとの対話』(新潮社、2016)の「戦争はいつ起きるのか 2014年4月5日」
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【佐藤優】安倍政権が日本を壊しつつある ~反知性主義~

2016年11月03日 | ●佐藤優
 (1)今の日本の問題は何か。
 東京大学法学部をトップで卒業したら、そのまま首相になれるか、政界の中で力をつけることができるか、と言ったら、そうじゃない。だって今の総理大臣と官房長官は、通っていた大学の偏差値で言ったら50台前半くらいの人たちだ。
 となると、今の日本の状況から考えて、彼らは普通の民間企業に就職したならば、おそらく年収500万円に届かないような地位にいる人たちということになる。学歴やキャリアが大きく影響する一般社会とは違う原理が、政府首脳たちのいる世界では働いていることが分かる。
 ひと昔前までは、エリート高校出身の人間って選挙へ打って出るには非常に不利だった。商業高校や工業高校、偏差値が50台半ば以下の高校のほうが圧倒的に有利なのだ。そういう学校は、自分たちの仲間の中からぜひ代表を送りたいと、同窓会のネットワークの結集が固い。
 ところが、灘高のようなエリート高校の場合、同窓生が選挙に出ようと「別に」って感じだ。自分たちの仲間を送り出すことによって、なにか母校のためにプラスになるわけでもないし、汚職でもやって学校の名誉を傷つけたりしないといいけどな、くらいの眼で見ている。それでは応援活動につながらない。

 (2)とすると、ここですごく深刻な問題が出てくる。エリートによる国家の運営と、いわゆる民主主義的な選挙制度が、必ずしもうまくかみ合わないわけだ。
 旧来の自民党政権のときは、うまくごまかしていた。内閣総理大臣は「選挙を通じて選ばれた内閣総理大臣」の顔と「資格試験を合格してきた官僚の指揮命令をする最高責任者」の顔、二つの顔を持つわけだが、エリート官僚は政治家に日本の舵取りを任せたら国が沈没すると思っているから、政治家に口出しをさせない。それでこれまでは「名目的な権力者は総理大臣、実質的な権力者は官僚」という形で、使い分けながらうまくやってきた。

 (3)でも今、その使い分けがうまく機能しなくなった。安倍首相の反知性主義が日本を動かし始めているからだ。
 反知性主義は必ず決断主義という形で現れてくる。実証性や客観性を無視して、とにかく決められる政治が強い政治なんだ、という発想だ。つまり、「細かいことはいいから、俺の言うとおりにやれ!」ということ。
 〈例〉憲法改正をめぐる問題。安倍首相は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成と、国民投票で過半数以上の賛成がなければ憲法改正ができないと規定した憲法96条は改正する必要があると、何度も熱心に言っていた。でも、あっさり引っ込めちゃった。その代わりに解釈改憲をやろうとした。9条の解釈改憲をやって9条を無力化しようとしている。
 ポイントになっているのは集団的自衛権だ。集団的自衛権を行使したいがために言い出したわけだが、議論したのは現行憲法で限定された条件下での集団自衛権だ。それは本来の集団的に当てはまるか? 憲法の縛りがある状況での集団的自衛権は、個別的自衛権になる。
 それは論理が崩れている。しかし、安倍首相は論理が崩れていることに気づかない。
 これは与党だけでなく、野党だってそうだ。特定秘密保護法は治安維持法の再来だと野党は主張したが、それは違う。
 治安維持法の目的は日本の社会体制を変革しようとする特定の団体を押さえ込むことだった。強いて言えば、現在の破壊活動防止法が近い。
 一方、特定秘密保護法は国家機密を官僚が独占するための法律だ。戦前で言うならば、軍機保護法や国防保安法に近い。適正評価というものがあって、適正評価を受けた人しか特定秘密を扱うことができない。しかも、政治家は適正評価を受ける対象にならないので、法案成立に奔走した政治家自身が特定秘密から締め出されることになる。
 けれど、この論理が政治家にはまったく分かっていない。これも論理力が欠如している結果だ。

 (4)治安維持法と同時に行われたのは男子普通選挙法だ。戦前、男子普通選挙法が施行された時、もし共産党が勝って権力を奪取した場合には、国体変更で天皇が排除されるかもしれない・・・・そんな議論になった。
 〈例〉天皇制を廃止するなどして皇室をなくし、天皇が普通の市民になるという仮説で考えると、一般市民になった天皇を党首とする天皇党といった政党をつくることが可能になる。それでもし、帝国憲法への復帰を謳う王政復古なんて政党を作って、その政党が議席の3分の2を取ったとしたどうなるだろうか?
 突き詰めて考えてくと憲法改正の限界をどこで見るかとか、いろんな議論が出てくる。
 『未完の憲法』という本がある。まだ30代半ばの木村草太・首都大学東京准教授と、治安維持法や表現の自由の研究で名高い奥平康弘・東大名誉教授の二人の憲法学者の対談だ。
 前記の〈例〉は、この本に出てくる木村准教授の発言を引用、発展させたものだ。
 <かりに、民間人となった天皇が選挙で「私は自民党を支持します」と公言したとしたら、そのことがどの程度の影響力をもつのか、まったく予測不可能です。天皇制を是としない政治勢力にとっても、そのほうがよほど怖いのではないでしょうか>
 と木村准教授は言っている。こういう発想は、やっぱり独自の視点を持ち、自分の頭で思考する訓練をしている人からしか出てこない。

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【佐藤優】健康志向はナチスが始めた
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【佐藤優】健康志向はナチスが始めた

2016年11月02日 | ●佐藤優
 <佐藤優/(前略)添加物の入っているようなパンはイヤだから胚芽パンが好きだとか、自然食品屋で買った有機野菜しか食べないとか、そういう健康志向の人ってけっこういるね。あれはナチスのときに始まったんだ。
 草思社から出ている『健康帝国ナチス』が面白い。なぜナチスが健康志向なのか? ナチスにとって自分の身体は自分のものじゃないの。総統のものなんだよ。だから常に総統のために戦えるよう、国民は健康でいなければならないわけ。
 だから健康に悪いタバコや着色料を使っているような食品は駄目。見た目と味はイマイチだけど、栄養バランスの良い胚芽入りのパンを食べましょうとなって、健康診断が義務化された。それと同時に、人間の体のガン細胞と同じように人類にもガンがいる。ユダヤ人とかロマ人(いわゆるジプシー)はガンだから、隔離して排除しようと、平気でそういう発想になるわけです。>

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【佐藤優】民主政治はフランス革命をなぞる ~アベノミクスはジロンド派~

2016年11月02日 | ●佐藤優
 (1)フランス革命の頃、もう人びとが圧倒的にホモ・エコノミクス、つまり、経済最優先、利益最優先の考え方になって商品経済ができあがっていた。だから、経済状態を改善することが政治の第一の課題となった。
 すなわち、フランス革命がどうして起きたかというと、当時の王政では国民が経済状態に対して抱いていた不満を改善することができなかったからだ。それゆえに革命が起きた。
 まず最初に権力を取ったのはジロンド派だった。ジロンド派の政策のポイントはブルジョアに優しくて、王様の首を取って、王様、貴族、教会の持っていた財産を市民層に再分配した。
 これは民主党政権がやった事業仕分けと一緒だ。日本の民主党政権は基本的にジロンド的だった。「今までは政治家・官僚・実業家の間に癒着があった。そのせいで、われわれは豊かじゃなかった。豊かにするためには子ども手当、高校無償化、さらに事業仕分けをして、埋蔵金を吐き出させて国民を豊かにするんだ」というジロンド政策の論理なのだ。
 しかし、ジロンド政策は二つの問題点から長くは続かない。
  (a)贅言の壁。ジロンド派が政権を握ったときも、没収した教会財産を担保にした国債紙幣(アッシニア紙幣)を大量に刷った。
  (b)非常事態。フランス国王の首を取ったら、恐慌をきたした周辺国が第一次対仏大同盟を組んだ。同盟国は、オーストリア、スペイン、プロシア。これらによって囲まれて、戦争を仕掛けられた。ジロンドは基本的に平和主義だから、戦争という非常事態に対応できなくなった。

 (2)そこで生まれてきたのがジャコバン党だ。
 貧困に優しくて、規律の厳しい政治。
 ジャコバンは公安委員会を作り、貧困に優しいと同時に再分配をしていくために、その根本になる「新しい公共」という概念を打ち出した。それから最高価格で物価の上限を決めて緊縮財政。さらに国民皆兵制度。全国民を武装化し、規律を強化していく。実はこれらは戦争に対応し、財源に対応していく政策だったわけだ。
 「新しい公共」とは、個人の利益ではない公共心。ブルジョアは個人の利益だけを追求しているけれど、世の中には貧しい人もいる。それに〈国家を守る〉という点でも公共心を持つということを非常に重視した。
 これは3・11の東日本大震災以降の民主党政権、さらに今の自民党政権にも見られる。国民に愛国心を求めるとか、対外的な緊張関係を力で処理していくとか、ジャコバン的な要素は明らかにある。
 ただ、ジャコバンも長続きしない。厳しすぎて息切れする。

 (3)そこで登場したのがナポレオン。
 ナポレオンの政策は、「国内では、そこそこに自由にやりましょうや。生活水準は上げてあげますから」と言って国の外から収奪してきた。だから帝国主義政策はナポレオン政策なのだ。
 ナポレオン政策を具体的に日本にあてはめると、「原発はおっかないから日本国内では新たに作りません。しかし原発を買いたいという外国があるなら、喜んで売ります。その利益で国内を豊かにします」・・・・これって帝国主義的、ナポレオン的政策だ。
 「武器輸出三原則を緩和します」と言った結果、例えば、そうりゅう型潜水艦をオーストラリアに売ることが可能になった。これもそうだ(ただし、2016年4月26日、フランスDCNS社の受注が決定した)。
 日本は今まで武器の輸出、いわゆる「死の商人」はやらないということだったけれども、中国の軍事力が高まっている状況の中で、中国に脅威を感じる国に潜水艦を売ることによって中国の封じ込めを強化できるし、金儲けもできる。すると日本経済は豊かになる。
 この帝国主義的、ナポレオン的な政策の要素は、明らかに民主党政権の後半から入ってくる。ただ、まだこの政策の潜在力は十分に使われていないので、今後また違う形で出てくるかもしれない。

 (4)帝国主義は良いとか悪いとかいう話とは別に、この資本主義社会において危機に直面したとき、国家はいろんな可能性を試すのだ。
 最初は「再分配」というジロンド的な言葉を使う。ところが、それがもう限界に来ちゃった。ジャコバン的な方法はまだ十分に使ってない。
 ちなみに、安倍政権のほうが野田政権や菅政権の後半と比べると、ジロンド的だ。アベノミクスは、お札をどんどん刷って公共事業をどんどん増やしていくことで景気を回復させようとしている。基本的に痛みを伴わない改革だ。強いて言えば、10年後、20年後にツケが全部、若い世代に回ってくるわけだが、これから死に絶えていく世代(50代とか)には関係ない。アベノミクスが20年続けば、その上に乗っかって、ツケを全部後ろの世代に回して、死んでいけばいいという組み立てだ。
 ということは、ジロンド的な政策をやっても、やっぱり無理が出てくる。根本的な解決は難しい。そすうると、帝国主義的な方針が出てくると見ていい。

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【佐藤優】出世頭の外交官が書いた間違いだらけの外交教科書 ~権威に惑わされるな~

2016年11月01日 | ●佐藤優
 (1)内閣官房副長官補をやっている兼原信克【注】という人がいる。1959(昭和34)年1月22日生まれだから、高校までの学年は佐藤優より1年先輩だ。外務省の超出世頭だ。
 で、問題は兼原の書いた『戦略外交原論』という本だ。この中にこういう記述がある。
 <宗教改革は、イタリアから始まった。15世紀には、スフやサヴォナローラという改革者が火炙りにされた。しかし、一度燃え上がった宗教的覚醒の火は消えない。やがて16世紀になると、ドイツにルターが出て、フランスにカルヴァンが出る。この2人が当時の欧州に与えた衝撃は大きい>
 これはおかしい。宗教改革はドイツから始まっている。これは多分ルネサンスと宗教改革を混同している。それから「15世紀には、スフやサヴォナローラ」とあるが、「スフ」はおそらくフスの誤植か誤記だ。
 ヤン・フスはチェコ、ボヘミアの人。イタリアとは関係ない。
 サヴォナローラはルネサンスを弾圧して、その反動で火炙りにされたドミニコ会の修道士だ。火炙りにされたところは合っている。さらに次のところ。
 <ロックの活躍した17世紀の英国では、清教徒革命以降に政治が混乱していた。日本では、徳川幕府が立ち上がる頃である。当時英国では、宗教改革のうねりの中で、ヘンリー8世の国教会創設があり、清教徒革命があり、それに対する反革命が生じ、ついに名誉革命によって頑迷なジェームズ2世を追放して大陸からオランダのオレニエ公を迎えるという事態に発展した>
 名誉革命は1688年から89年だ。続ける。
 <英国貴族議会は、王位に就けたとはいえかつての宿敵であるオランダ領主を兼ねた新英国王の権限に厳しい制約を課し、マグナ・カルタを作成した>
 <今日から見れば、民主主義の奔りであるが、当時の常識からすれば下克上もいいところである>
 マグナ・カルタは1215年だ。すると、1688年から89年の名誉革命の結果、1215年のマグナ・カルタができたと書いてあることになる。日本の感覚で言うと、明治維新1868年のあと、御成敗式目1232年ができたっていうような記述。
 この本の信用性はゼロだ。
 しかし、この人は現実に、今の日本の外交戦略を立てている人だ。内閣官房副長官補で、安倍総理の一番のブレーンだ。

 (2)この状況を国際的にどう考えたらよいだろうか。宗教改革がイタリアから始まり、名誉革命のあとにマグナ・カルタができたと考えている人が、日本の外交戦略を立てている。しかも、彼はこの本を教科書にして早稲田大学で講義をしている。早稲田の学生は、こういう講義を聴いて国際政治について勉強した。この本は日本経済新聞社から出ているから出版社の校閲を通っているはず。なのに、どういうことか。
 東京大学を卒業して優秀な成績で外務省に入ったような、日本でもトップクラスのエリートが間違えた記述をするはずがないと考えて、出版社はチェックしていないのだ。権威に惑わされているのだ。
 実はこれ、外国人が指摘した。「大丈夫か?」と言っていた。
 これは歴史認識が異なるとか、解釈が違うとか、そんな問題じゃない。事実関係の間違いだ。400年も時代を間違えるっていうのは、相当難しいことだ。でも、この本は現実世界では権威あるものとして通用してしまっている。

 (3)以上は、なぜこんなことがまかり通るのかという一例として挙げた。高校や大学で勉強したことが、何の意味も持たない。でも、これが今の日本の一つの側面なのだ。こんなふうに知識をいい加減にとらえ、軽く見ることが、今の日本の外交や知性の弱さに繋がっているんじゃないか。
 そういう人が「地政学的に沖縄に米軍は絶対に必要だ。海兵隊の辺野古新基地も必要なんだ」と言ったって説得力がない。官僚はまず結論を決めておいて、それに合うように都合のいいデータをパッチワークしていく。あとは、自分の優秀なキャリアを見せつければ説得できると、そうタカをくくっているわけだ。 

 (4)どうしてこういうことが起きるのか? 人はなぜ権威を信用してしまうのだろうか?
  (a)ニクラス・ルーマンは『信頼-社会的な複雑性の縮減メカニズム』という本の中でこのメカニズムを説明している。複雑なシステム、つまり複雑系の中でわれわれは生きている。この自分を取り巻く複雑な事柄を一つ一つ解明するために割く時間やエネルギーはない。でも、複雑性には縮減するメカニズムがある。法律を作る、あるいはマニュアルを作るなんていうのもその一つ。そして人間が持つ、一番重要かつ効果的に複雑性を縮減するメカニズムは「信頼」だというのがルーマンの仮説だ。信頼によって、相当程度、判断する時間と過程を省略できる。ワイドショーのコメンテーターがなんであんなに力を持っているのか。それは視聴者から信頼されているからだ。
  (b)ユルゲン・ハーバーマスも『晩期資本主義における正当化の諸問題』の中で「順応のメカニズム」ということを言っている。世の中の複雑さを構成する一つ一つの要素を一から自分で集め、理屈を調べ、解明していくと時間が足りなくなってしまう。もちろん、面倒くさくもある。だから、自分に納得できないことがあるとしても、「誰か」が発した「これはいいですね」「これは悪いですね」という意見をとりあえず信頼しておく。それが続くと「順応の気構え」が出てきて何事にも順応してしまう。
 順応と信頼はコインの裏表だ。一度信頼してしまうと「これ、おかしいんじゃないの?」と思っても、なかなかそこを突き詰めることができなくなってしまう。なぜかというと、信頼した人に裏切られたという意識を持つことによって、なんてつまらない人を信頼してしまったのかと自分で自分が情けなくなるからだ。

 【注】2012(平成24)年から内閣官房副長官補。2014(平成26)年から国家安全保障局次長兼務。 

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