語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】堀田善衛の、続・日本人スペイン移住計画批判 ~『天上大風』~

2010年10月01日 | ●堀田善衛
 雑誌「ちくま」に連載された堀田善衛の時評は、4冊の時評集『誰も不思議に思わない』『時空の端ッコ』『未來からの挨拶』『空の空なれば』に収録された。この4冊の時評に、単行本未収録の時評を加えて『天上大風』が没後に刊行された(1998年)。
 ちくま文庫版『天上大風』は、単行本『天上大風』150編のうち、71編を精選したものである。

 ところで、“シルヴァー・コロンビア計画”批判は続く。
 約13件の書類を整えることができて、お役所に受理されたとしても、すぐに居住許可が下りるわけではない、当然。
 書類が窓口から中央に進達され、中央から窓口に下りてくるまでに、まず1年はかかるだろう。1年で済まない場合も珍しくはない。その間は、仮居住許可のスタンプをもらいに行かねばならない。3か月に一度ずつ、居住許可を申請中である・・・・と。
 居住許可申請中の外国人は、常時何千人、何万人といる。したがって、警察の外事課の窓口には、つねに何十人、何百人かが行列をして、自分の番が来るのを待っている。
 スペインのカンカン照りの日射の下では、日射病になっても不思議はない。
 居住許可証が出るまでは、自動車を購入することができない。自動車がなければ、特に田舎の場合、買物さえ不自由する。

 スペイン政府が“シルヴァー・コロンビア計画”を歓迎しても、現地の警察が歓迎するとは限らない・・・・と堀田は不気味な指摘をする。
 さらに、日本大使館または領事館は本来的に在留日本人の世話を焼くために設立されているものではない・・・・という事実にも堀田は注意を喚起する。
 ヨーロッパの役所は、事務の受付はだいたい午前中だけだし、ヴァカンスの7月、8月は人員が半減し、事務処理能力もだいたい半減する・・・・。
 かくて、紙切れ一枚のために、マラガからマドリードまたはバルセローナの領事館まで、泊まりがけで通わなければならない。
 「ただでさえ気のせく、何でもワンタッチになれた日本の御老人たちや定年退職者諸氏に、言葉が不充分である場合、これだけの面倒にたえることが出来るものであろうか」

 書類の煩雑きわまる手続きがすべて円満に解決したとしても、日本の御老人たちはいったい何をするのであろうか。
 日向ぼっこをするには、南欧の日差しはあまりに強烈すぎる。夏は30度を超す。
 畑いじりをするには、土質があまりに違いすぎる。
 読書してすごすには、日本国の郵便料が世界最高の水準に達している。
 どこかで働くには、労働許可証も必要だ。
 夫のほうがまだよいとしても、夫人は毎日の食事に追われるだろう。マラガ近郊の観光地などでは、ヴァカンスのシーズンには物価は平素の3倍になる。
 医療の問題もある。ヨーロッパはおおむね医薬分業体制をしいている。風邪をひいて熱が38度あっても、受診し、医師の処方箋をもって薬屋に出むかねばならない。注射は、原則として注射の専門家のところへ行かねばならない。それに、ヨーロッパの薬は、だいたいにおいて日本人の体質には強すぎるから、解熱剤などほどほどに飲んでおかねばないと、熱が下がりすぎてしまう。発熱して水風呂に浸けられ、肺炎になりかけた日本人もいた・・・・。

 こうした実状、逢坂剛のスペインもの冒険小説には書かれていない。
 異国に暮らすとは、それだけで一大事業という気がするが、堀田が伝える1987年のスペイン事情が21世紀においても同じかどうかは定かではない。

【参考】堀田善衛『天上大風 同時代評セレクション1986-1998』(ちくま文庫、2009)
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【読書余滴】堀田善衛の、日本人スペイン移住計画批判 ~『天上大風』~

2010年09月30日 | ●堀田善衛
 停年退職者たちが老後を外国ですごす、という計画が進行している。経産省が積極的に後援している。すなわち、“シルヴァー・コロンビア計画”である。すでにマラガ地方では、日本の地上げ屋が土地を買いあさっている。
 ・・・・というような噂が耳にはいってきて、堀田善衛は次のように書いた。いまはむかし、1987年のことである。
 堀田は、次のように注意を喚起する。
 日本国内の移住でも、住民票の異動届をはじめ、わずらわしい手続きが必要だ。外国となると、少なくともスペインの場合には煩瑣きわまる手続きが必要なのだ。

(1)三か月期限の居住許可がしるされたヴィザのあるパスポート【オリジナル&コピー2通】。ヴィザは、入国スタンプがあるか、日本のスペイン領事館が発行したもの。パスポートは、所轄の警察の外事課へ提出し、記入するべき用紙をもらう。
(2)日本領事館の在留証明書【オリジナル&コピー2通】。ちなみに、スペインの日本領事館はマドリードとバルセローナにしかない。
(3)日本国内における犯罪歴証明書(無犯罪証明書)【オリジナル&コピー2通】(日本領事館の保証書が必要な場合もある)。
(4)居住予定地の警察の発行する犯罪歴証明書(無犯罪証明書)【オリジナル&コピー2通】。
(5)当地居住のスペイン人2人の身柄保証書【コピー2通】。そして、そのスペイン人の市民証【コピー2通】。
(6)銀行預金の残高証明書【オリジナル&コピー2通】。
(7)定期的に日本から送金がある由を記した証明書【オリジナル&コピー2通】。
(8)1か月に1人につき10万ペセタ(約850ドル)ずつ以上引き出しているという証明書【オリジナル&コピー2通】。
(9)住む家、アパートの買収あるいは賃貸の契約書【オリジナル&コピー2通】。 
(10)当地の医師会の発行した健康診断書【オリジナル&コピー2通】。
(11)当地において有効な、何らかの健康保険に入っているという契約書【オリジナル&コピー2通】。
(12)(夫人同伴の場合)夫人と確かに結婚しているという証明書(戸籍抄本と、これが間違いないものであるという当地の日本領事館の保証書)。
(13)(夫人同伴の場合)夫人に収入がない場合には夫である男子がその夫人を確かに養っていくものであるという誓約書。

 ということで、約13件の書類が必要となる。「約」と断るのは、(3)のように保証書が追加して必要な場合があるし、(5)や(12)のように異なる複数の書類をここでは1件と数えているからだ。
 これだけの書類をそろえるだけでも3か月は充分にかかる。
 ということは、到着直後からこの手続きにかからねば間に合わない。
 しかも、警察、銀行、医師会などに出頭して、質問にも答えることができる程度にスペイン語を操ることが前提となっている。
 (旅行ではない)外国居住経験のない停年退職者たちに、「果たしてこれだけの煩雑かつ面倒なことが出来るものであろうか」というのが堀田の結論である。

 書類だけではない。
 まず住む土地の近くに火葬場があるかどうかを確かめておかなくてはならない・・・・と、聞きようによっては物騒きわまりない話を堀田は付け加える。
 老人ならそのうちに(若者より近いうちに)死ぬ。死体を空輸するには莫大な手間と費用がかかる。非キリスト教徒を埋葬させてくれるほど教会は寛容ではない。「人間の死体ほどにも始末におえぬものはないのである」

【参考】堀田善衛『天上大風 同時代評セレクション1986-1998』(ちくま文庫、2009)
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【読書余滴】エッセイの定義、モンテーニュ、パレスチナ 

2010年06月16日 | ●堀田善衛
 『文学のレッスン』は、短編小説、長編小説、伝記・自伝、歴史、批評、エッセイ、戯曲、詩の8章仕立てになっている。
 エッセイについては、ジョン・グロスという英国のジャーナリスト的批評家が編纂した『オックスフォード・ブック・オブ・エッセイズ』の序文に次のように書かれてあるよし。

 「エッセイは、いろんな形で、あらゆるサイズで現れる。人間の理解力についてのエッセイもあれば、自分がこのあいだの休日に何をしたかというエッセイもある。真理について書いたエッセイもあれば、ポテト・チップスについて書いたものもある。書評の形で始まるエッセイもあれば、お祈りで終わるものもある。たいていの文学形式と違って、エッセイは定義に挑戦する」

 ここでモンテーニュにふれないわけにはいかない。
 「キリスト教社会の窮屈さに困りはてて、そのなかで何とか自分の本音を吐くためにどうすればいいか、さんざん苦心したあげくにつくったのがエッセイという形式だった」
 ヨーロッパ文学全体からすると、モンテーニュが案出した方法のおかげで人間は非常に楽になった。キリスト教の戒律や世間体を恐れず、それまでの文学の約束(形式美・起承転結・統一感)を捨て、そもそも韻文で書くのが正式な表現という窮屈な約束事を投げうった。「そのとき文学という世界の窓が大きく開けられて、非常に気楽な、自由闊達なことになった」
 セクシュアルなタブーをあっさりおかす一方で、ものすごいこと平気で書いてのける。「公共の福祉のためとあらば、裏切ったり、嘘をついたりすることも必要やむをえぬ。だがこういう仕事は、もっと従順な、融通のきく人々におまかせする」(原二郎訳『筑摩世界文学大系14』)
 「こういう途方もない率直さというか、自分のずるさをこんなふうにすっきりと表現できるというのは、大変な精神だと思うんです。偽善的じゃない。そういうところがモンテーニュという人で、だからエッセイという形式の発明者になれたんでしょうね」

 堀田善衛『ミシェル城館の人』(集英社文庫)の三巻は、まさにモンテーニュが困りはてた「キリスト教社会の窮屈さ」を説ききたり、説き去っている。
 モンテーニュが直面した旧教と新教との対立構造は、現代ではなかみを変えて、イスラエル国家とハマスのような対立構造に見てとることができる。
 イスラエルのアモス・オズのような作家の、あるいはパレスチナから米国に移住したエドワード・サイードのような批評家のエッセイが気にかかるゆえんである。

【参考】丸谷才一『文学のレッスン』(大進堂、2010)
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書評:『若き日の詩人たちの肖像』

2010年04月27日 | ●堀田善衛
 昭和11年2月、「北陸の小さな港町」の古い廻船問屋の息子がK大学予科受験のため上京する。
 これが発端で、昭和18年、応召するまでが描かれる。
 戦さ、徴兵、限りある命、という意識が終始つきまとい、ために政治科から文学部へ転科した。楽しからん者は今を楽しめ、明日は定かならねば。いや、むしろ、少年は生のあるうちに人生を洞察したかったのだろう。当時少年や友人が愛唱した詩が随所に幾つも引用される。たとえば田村隆一「一九四○年代夏」、あるいは地中原中也「冬の長門峡」である。

 限りある生、という意識が全編をおおっているにもかかわらず、不思議と切迫感はない。特高に挙げられても召集の報が入っても、おお、そんなものか、といった調子だ。茫洋たる、のんびりとさえ言ってよい口調で語り続ける。
 この口調は、堀田文学のすべてにおいて見られる。
 堀田善衞の文体は、断定してしまわない。割りきらない。こう言うか、なんと言うか、といった調子で、断定せず、割りきらず、漏れがないように目くばりする。詩人は全体性を志向するのだ。

 ところで、少年は文学の枠内にとどまらなかった。一方ではレーニンを耽読して社会を腑分けする知的装置を開拓し、他方ではアランに共感する。「人を信ずべき百千の理由があり、信ずべからざる理由も百千とあるのである。/人はその二つの間に生きねばならぬ」
 交遊も型にはまっていない。学友はもとより、下宿の隣人から旅の一座(北海道まで興行に同行する)まで。文学の密室にこもってノホホンとしている人物ではなかった。

 本書は、自伝的小説である。
 堀田善衛は、1918年7月7日、富山県の伏木町という港町に生まれた。生家は廻船問屋「鶴屋」の屋号をもつ旧家だったが、今は残っていない。1931年に金沢第二中学へ進学。ここから慶應義塾大学へ進学。伏木町は、1942年に高岡市と合併した。後に堀田は高岡市名誉市民となる。1998年9月5日没。

 自伝(自伝的小説を含む)は、本人みずから定義する自分である。
 エリック・ホッファーはいう。「人は、自分自身が顧慮するに価するときだけ、みずからのことを心にかけるもののようである。自分のことが顧慮するに価しないとき、彼は他人のことに気を回して、無意味な自分から心をそらすのである」
 他人の本を評する者のはしくれとしては、首筋がちょっとひんやりする洞察だが、堀田善衛が自分自身を顧慮するに値する者と見ていたのは確かだ。

□堀田善衞『若き詩人たちの肖像』(新潮社、1968。後に集英社文庫(上下)、1977)
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書評:『めぐりあいし人びと』

2010年02月04日 | ●堀田善衛
 堀田善衛は、1918年生、1998年没。大正から平成までの三代を生きた。
 二人の聞き手を前に、80年ちかくの生涯を回想して語ったのが本書である。
 話題は多岐にわたる。しいて整理すると、次の五点をあげることができる。

 第一に、時代とともに生きた自らの回想がある。
 富山県の伏木港(現高岡市)の廻船問屋だった生家と父親、慶応予科入試の当日に遭遇した2・26事件、戦犯ないしスパイ容疑を問われた李香蘭(山口淑子)の救出、1956年からロータス賞受賞の1979年まで関与したアジア・アフリカ作家会議、ヴェトナム戦争の米兵の脱走支援。

 第二に、豊富な交友録がある。
 大学の保証人である小泉信三にはじまり、ネルー父娘、茅盾、フルシチョフ、ヒクメット、エフトシェンコ、宮沢喜一、ミラン・クンデラ、ソルジェニーツィン、等々。名だたる詩人、作家、哲学者、政治家とがっぷり四つに組んでたじろがない。名声に溺れぬ雑談の名手、サルトルの知られざる側面を紹介して懐かしむくだりもある。

 第三に、日本の作家をめぐるエピソードがある。
 戦中大陸で交際した武田泰淳やら草野心平やら、枚挙にいとまがない。一例だけ引こう。戦後まもない頃、音楽好きの仲間の一人に太宰治がいた。線の細い青白きインテリと想像されがちな人だが、刺身を一度に4枚食べる豪快な一面があった、という。

 第四に、重層的な歴史感覚による文明批評がある。
 百年前はもちろん、千年前の過去と現在とを自在に往復する教養と柔軟な発想が見られる。たとえば、EC統合による国境廃止を中世に戻った、という視点からとらえる。あるいは、中国の文化大革命を歴代王朝の交替と重ねあわせる。

 第五に、日本の歴史や古典の独自な解釈がある。
 たとえば、平城京の人口の半数が外国人だった奈良朝は今より国際的だったが、鎌倉幕府には外交感覚が欠如していた、と指摘する。外交感覚の欠如は、現代に至るまで続いている、とも。あるいは、鴨長明を怒れる若者と定義し、『方丈記』は一種の住居論であり、方丈とはキャンピング・カーのことだ、と奇抜な、しかし唸らせるたとえを持ちだす。

 第4回大佛次郎賞を受賞した『ゴヤ』をはじめとする多数の著書のさわりを満載している本書は、格好の堀田善衞入門書だ。

□堀田善衞『めぐりあいし人びと』(集英社文庫、1999)
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