語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】沖縄の全基地閉鎖要求・・・・を待ち望む中央官僚の策謀

2016年06月16日 | ●佐藤優
 (1)沖縄と日本の乖離がかつてなく広がっている。直接のきっかけは、米軍属による「殺人」女性遺棄事件だ。沖縄県うるま市の女性会社員(20歳)が4月末から行方不明になっていた事件で、沖縄県警は5月19日、沖縄県内に住む米軍軍属の男(32歳)を死体遺棄容疑で逮捕した。同日、軍属の男の供述に基づき、沖縄県恩納村の山中で、女性会社員の遺体が発見された。
 日本の報道では、死体遺棄事件とされているが、容疑者の米軍軍属は、殺害をほめのかす供述をし、関連する報道を総合的に判断すると、本件は「殺人」事件だ。
 さらに、米軍属が死体となる前に女性を遺棄した可能性があるので、死体遺棄と断定するのは時期尚早だ。
 したがって、ここでは事柄の本質がよくわかるように「殺人」女性遺棄事件とする。

 (2)まず、日米両国のエリートがこの「殺人」女性遺棄事件を矮小化しようとしていることに対して、沖縄の世論は激怒している。日本政府が「徹底的な再発防止などを米側に求め」ても、再び殺人事件や強姦事件、暴行事件が繰り返されるという現実を沖縄は冷静に認識している。
 日本の陸地面積の0.6%を占めるに過ぎない沖縄県に在日米軍基地の73.8%が所在しているという不平等な状況が、今回の「殺人」女性遺棄事件が発生した構造的要因だ。米軍基地を抜本的に縮小する以外に、沖縄を納得させる方策はない。

 (3)この事件によって、辺野古新基地建設強行に対する沖縄の反発は、飛躍的に高まった。今回の事件を起こした米軍属は、米空軍嘉手納基地に所属する元海兵隊員だ。
 沖縄の民意は、辺野古新基地建設阻止、普天間飛行場の閉鎖・返還にとどまらず、沖縄からの全米軍基地撤去に傾きつつある。
 米国は、容疑者が現役の軍人ではなく軍属であるという理由で、責任を回避しようとしている。その姿勢も、沖縄の住民感情を著しく刺激している。
 1995年の沖縄における少女暴行事件を上回る米軍に対する反感が、沖縄で高まっている。沖縄では自己決定権の確立と行使を求める声が急速に高まっていく。

 (4)5月23日、首相官邸で翁長雄志・沖縄県知事が安倍晋三・首相と会見した。
 <翁長氏は「今回の事件は絶対に許されるものではない。綱紀粛正や再発防止などのと(ママ)はこの数十年間、何百回も聞かされた。しかし、現状は何も変わらない」と述べ、日米両政府の責任で日米地位協定の見直しを含め実効性のある抜本的な対策を講じるよう求めた。また、自身がオバマ氏に直接話す機会を設けるようにも要求した>【注1】
 翁長知事が、安倍首相に、オバマ米大統領に直接話す機会を設けるように要請したのは、日本の中央政府経由では沖縄の民意が正確に米国に伝わらないという強い危機意識からだ。
 しかし、翁長知事の要請を菅義偉・官房長官は、外交は政府の専管事項であるという紋切り型の対応で一蹴した。
 首相官邸が外務省に対して「沖縄県知事とオバマ大統領が面会する時間を20分作れ」と指示すれば外務省は米国側と調整して時間を捻出することは可能だ。つまり、首相官邸も外務省も沖縄の民意を翁長知事が米大統領に伝えることを妨害した。
 中央政府は、沖縄の底力を軽視している。このような沖縄に対する侮辱的で冷淡な対応に対して、中央政府は相応のツケを払わせられることになる。

 (5)沖縄に対する認識がずれているのは、安倍政権中枢だけではない。主観的には沖縄に「寄り添う」報道をしているつもりであろう「朝日新聞」の報道が酷い。
 <例>6月5日に投開票が行われた沖縄県議会選挙(定数48)関する6月2日の報道。
 <(自民党は)今回の県議選では現在の13議席から伸ばそうと19人を公認した。党本部も地方選としては異例の支援をした。
 そのさなかに起きた事件。逮捕後、県連幹部が集まり、事件への抗議を決める一方、「事件と選挙は別」と確認した。各陣営からは「県議選は地縁血縁」「影響はない」との声が多いが、県連幹部は「基地は嫌だという感情は、簡単に政府、自民党への批判につながる」と懸念する>【注2】

 (6)選挙戦について、自民党にはそれなりの立場があるだろう。
 問題は、<各陣営からは「県議選は地縁血縁」「影響はない」との声が多い>という内容を「朝日新聞」の記者が客観報道として報じていることだ。
 保守であろうと革新であろうと、沖縄人が今回の「殺人」女性遺棄事件について、「県議選は地縁血縁」「影響はない」と認識していると、この記事を書いた記者はほんとうにそう思っているのだろうか。そうだとすると、この記者はかなり鈍感だ。沖縄人の心理がわかっていない。
 選挙は戦いだ。自陣営に対してフリになるようなことは、マスメディアに対して言わない。しかし、20歳の沖縄人女性の命が奪われたのだ。「殺人」は他のいかなる事件とも位相を異にする。殺された人の人生は二度と戻ってこないのだ。このことから衝撃を受けていない沖縄人は1人もいない。これは保守とか革新とかいった政治的立場とは関係のない沖縄人の名誉と尊厳、アイデンティティの問題なのだ。

 (7)選挙結果は、翁長知事を支持する県政与党が現有の24から27に議席を伸ばした。
 <翁長雄志知事は5日の沖縄県議選で県政与党が過半数を占めたことを受けて「24(議席)でほっとする、25で勝利宣言、26(議席)以上は大勝利と考えていた。1年半の県政運営にご理解いただけたかと思う」と述べた>【注3】

 (8)翁長知事の権力基盤が強化されたことは好ましいとして、懸念される事項がある。
 首相官邸、外務官僚、防衛官僚は、翁長知事が「沖縄の全基地閉鎖を要求する」と主張することを心待ちにしている。
 沖縄から正式に全米軍基地閉鎖要求が出てくれば、「そんなことは非現実的だ。日本の国益のために沖縄を力で押さえる」という政策を取ることが可能になると考えている。そうした場合、保守系の世論は、中央政府を断固支持し、大多数の日本国民は「面倒なことに関わりたくない」と消極的に支持するだろう。
 米軍属による「殺人」女性遺棄事件と沖縄県議会選挙の結果によって、辺野古新基地移設の強行は難しくなったと外務官僚も防衛官僚も考えている。
 ここで沖縄から全米軍基地閉鎖要求が出てくれば、日本世論の後押しを背景に徹底した強硬策を取るという選択肢が生まれ、辺野古新基地も建設できるというのが、外務官僚、防衛官僚の論理だ。
 この現実を客観的に分析した上で、翁長知事は日本との外交交渉に臨まねばならない。
 米軍基地があるかぎり、この種の事件が繰り返される。最終的には沖縄から全ての米軍基地を出ていかせる道筋を現実的にどうつけるか。これについては、種々の政治的、外交的駆け引きが必要とされる。

 【注1】記事「安倍首相が翁長知事と会談 「オバマ大統領に厳正対処求める」 翁長知事は大統領との直接対話を要求」(産経ニュース 2016年5月23日)
 【注2】記事「元米兵事件、沖縄県議選に影 「反基地」世論にらむ」(朝日新聞デジタル 2016年6月2日)
 【注3】「琉球新報」電子版、2016年6月6日

□佐藤優「沖縄の全基地閉鎖要求を待ち望む中央官僚の策謀 ~飛耳長目 第120回~」(「週刊金曜日」2016年6月10日号)
     ↓クリ「元米兵事件、沖縄県議選にック、プリーズ。↓
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 【参考】
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