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2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

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【読書余滴】野口悠紀雄の、消費税増税による財政再建は可能か

2010年08月31日 | ●野口悠紀雄
 『日本を破滅から救うための経済学』第5章は消費税増税による財政再建は可能か、を問う。以下、要旨。

1 消費税引き上げ前にインボイスが必要
 2010年度予算の実質的な赤字は、55兆円である(国債44兆円+「その他収入(大部分が埋蔵金)」10兆円超)。
 55兆円すべてを消費税増税で解消するためには、税率を22%上げる必要がある(したがって27%になる)。
 赤字半減を目的にするなら、税率を11%上げる必要がある(したがって16%になる)。
 現在の国税は、所得税が15兆円、法人税が10兆円(ただし、2009年度の補正予算では5兆円、2010年度予算では6兆円弱)と消費税が10兆円だ。消費税の税率が20%なら税収は50兆円になり、最重要の税目になる。

 しかし、現在の日本の消費税は不完全なものであり、高税率になればきわめて大きな問題を引き起こす。
 最大の問題は、インボイスが存在しないことだ。消費税のモデルとなったヨーロッパの付加価値税は、取引の各段階で売上高に課税する(多段階売上税)。累積課税を避けるため、前段階税額控除が必要になる。付加価値税は、これをインボイスによっておこなう。売上伝票のようなものだ。購入者は、インボイスに記載されている消費税額を控除して納税する。
 インボイスは、累積課税を解消するのみならず、脱税を自動的に防ぐ。
 インボイスは、零細業者にとっても有利だ。インボイスがあると、消費税額を次段階に転嫁できる。

 日本の消費税には、インボイスがない。過大な控除がおこなわれる点で不都合なのだが、それ以外にも問題がある。
 (1)合法的な免税要請が高まる。
 (2)零細事業者が税を転化することが難しくなる。
 (3)生活必需財を非課税にできない。最終段階で非課税にしても、仕入にふくまれている税まで控除できないから、消費者はそれを負担することになる。ことに問題になるのは、住宅だ。住宅建設に要する大量の資材(木材、鉄、セメントなど)に取引において課税され、それを建築事業者が住宅購入者に転嫁することで、その分住宅価格は上昇する。
 住宅のような耐久財に負担軽減ができないと、世代間の負担不公平という問題も生じる。すでに住宅を購入している世代は、今後消費税が高くなっても、消費税の負担なくして居住サービスを享受できるからだ。
 日本の消費税は、インボイス不在の欠陥税である。それでも何とかやってこれたのは、税率が低かったからだ。

2 福祉目的税は議会の自殺行為
 消費税を「福祉目的税」にするアイデアは、無意味か、危険な結果をもたらす。
 支出自然増が税自然増より大きい場合、増税が自動的におこなわれることになる。社会保障関係費の自然増は、税自然増より大きいから、基本的にはこういう結果をもたらす。増税が自動的にできるので財務当局にはつごうがよいが、制度の見直しは不十分になり、納税者は自動的な負担増を押しつけられることになる。

 目的税化の意味を明確にみるためには、社会保障費を一般会計から隔離して別勘定で経理する必要がある。
 そして、消費税収の全額をこの勘定の歳入にする必要がある。消費税だけでは不足する部分は、「その他歳入」をあてる必要がある。他方、歳出には国債費も計上する必要がある(過去の社会保障費の一部は国債でまかなわれてきた)。

 (1)この勘定に何もルールを定めない場合、消費税を目的税化して別勘定としても、何の違った結果も生じない。福祉目的税に何の意味もない。
 (2)この勘定にルールを定める場合、たとえば社会保障関係費に係る「その他歳入」を現在より増やさないとした場合、勘定の収支をバランスさせるために、消費税が自動的に増税される。この結果、既存の支出の見直し、新規事業の抑制がおろそかになり、社会保障費が際限もなく膨張する危険がある。
 (3)さらに危険なのは、「その他歳入」が現在よりも減ることを認める場合だ。この場合、歳出増加を上回る消費税増税が可能になる。「その他歳入」を減額した分は、他の勘定に充てられる。つまり、増加した消費税の一部は、他の目的に使用されることになる。福祉目的税と称しながら、実際にはそれが守られないことになる。

 以上、(1)は無意味だし、実際に意味をもつのは(2)か(3)だが、いずれも財務当局にはつごうがよく、納税者には危険だ。

3 全額税方式という欺瞞
 <略>

4 消費税増税では財政再建できない?
 現在の財政赤字を解消するには、前述のように税率を30%近くに引き上げる必要がある。
 このような規模の増税は、政治的に難しいだけではなく、経済的にも問題がある。とりわけ、次の点が重要だ。
 
 (1)増税すれば単年度の赤字は解消され、新発債の発行は楽になる。しかし、既発債借り換えの問題は残る。利子負担と償還の問題は残る。
 (2)税率が除々になされる場合には、将来の物価水準が高くなるという予想が形成されるので、名目金利は上昇する。このため、金利負担が重くなる。また、それまでの金利では既発債の借り換えができなくなり、利上げが必要になる。これは国債の時価の下落を意味し、国債を大量に保有している金融機関に多額の損失が発生する。

 インフレは、財政再建のひとつの方法である。最近では、ロシアでも同じことが起きた。財政赤字に悩むギリシャでインフレが生じていないのは、ユーロに加盟しているため、金融政策の自由度を奪われているためだ。
 コントロールされた物価上昇も可能かもしれない。
 実質財政赤字縮小の方策として、消費税増税とインフレのどちらが害悪が少ないか、必ずしも自明ではない。

【参考】野口悠紀雄『日本を破滅から救うための経済学 -再活性化に向けて、いまなすべきこと-』(ダイヤモンド社、2010)
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【読書余滴】躍進するスウェーデン企業

2010年08月30日 | □スウェーデン
(1)スウェーデンの国民性
 個性と精神的自立心が強いのがスウェーデンの国民性である。しかも、その個性は、社会民主党政権の自由・平等・共生の理念に裏打ちされている。

(2)スウェーデン企業の戦略
 したがって、企業がスウェーデンで成功するためには、顧客の個性を尊重し、顧客の生活意識の高さに応える企業戦略を展開しなくてはならない。しかも、すべての国民を顧客とする戦略である。
 ここから商品の多様化が生まれ(画一的な商品はつくらない)、商品の低価格が実現する(特定の層のみをターゲットとする商品をつくらない)。
 多様化と低価格とのバランスをはかりながら、全国民を顧客とする・・・・それがスウェーデン企業の戦略である。

(3)企業の社会的責任
 スウェーデンの企業は、社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)をはたすことに熱心である。社会的責任とは、厳格な品質管理と生産過程の監視、企業の説明責任と透明性、被雇用労働者の環境整備、地球環境に対する配慮などである。
 CSRをはたすことで、国民に商品の安全と安心を提供する。
 と同時に、商品のクォリティを高めている。
 CSRによって商品のクォリティを高めることで、商品の競争力を高めている。
 スウェーデンは、CSRで世界第一位、環境分野でOECD加盟国第一位、社会の持続可能性分野で世界第一位の評価を得ている。

(4)H&M
 H&M(Hennes & Mauriz)の創業は、1947年である。婦人服専門の店からスタートして、今日の巨大企業に成長した。2009年度通期決算では、売上高は衣料品専門店で世界第一位(165億8,600万ドル)、世界37か国に1,988店舗、7万6,000人以上の従業員をかかえる。
 H&Mの商品は、世界で支持されている。
 H&Mは、老若男女すべての人の個性に合わせたさまざまなデザインの商品を提供しようとする。一部の金持ち層にのみ受け入れられるようなセレブ志向の商品展開はおこなわない。
 顧客は、H&Mの商品によって、自分が自分であることを主張し、自分らしさを発揮できる。自分の個性を外にむけてアピールできる。
 H&Mの品質のよさ、多様なデザイン、納得のいく価格は、すべての顧客の受け入れるところとなる。
 品質のよさは、高い素材を使って高級仕様の商品をつくることではない。厳しい品質管理と正しい生産工程の構築のみならず、環境への配慮も商品のクォリティを高めている。また、労働者の権利を守り、コスト削減のしわ寄せが労働者に向かうことのない環境づくりも配慮している。
 低価格ではあるが、画一的ではない商品のため、H&Mは、商品構成の企画、仕入生産、物流・配送、店舗のアレンジメント、エネルギー消費など、さまざまなところで工夫をこらし、コストを削減している。
 H&Mの経営陣は、定期的に売り場にでて、顧客にじかに接する。ファッションをリードするのは個性を知る顧客であり、企業側ではない、という認識が底にあるからだ。
 日本のユニクロは、人件費や流通コストを大幅に削減し、低価格商品を展開する。ユニクロに経済的メッセージはあっても、社会的メッセージ性は薄い。また、ユニクロは、最近顧客セグメントの手法を取り入れ、若い女性客をターゲットにした商品開発や店舗展開をおこなっている。他方、H&Mはすべての顧客をターゲットとする。 
 スペイン国内で生産していたZARAの商品展開のコンセプトは、ファッション・トレンドの追求だ。ひとつのアイデアが商品化されるまでのスピードの速さがZARAの特徴である。他方、H&Mも商品化のスピードの速さを競うが、ZARAとちがってトレンドを追わない。個々の顧客のライフスタイルにあった商品展開が基本である。

(5)イケア
 H&Mとならんでスウェーデン・ヴァリューを体現しているイケアは、1943年、イングヴァル・カンプラードが17歳のとき始めた雑貨商に端を発する。2009年度末現在、世界25か国に267店舗、従業員数10万人超、売上高2兆4,000億円の巨大企業に成長した。
 カンプラードは、平等と個性の尊重、共生などの価値を経営の基本においている。いまなお社会民主党を支持し、元首相ハンソンの「国民の家」の理念に共鳴している。競争・効率・株主至上主義の米国的企業経営を痛烈に批判していることでも名高い。
 現在、オランダに本社をおくスティヒティング・インカ・ファウンデーションがイケアの持ち株会社インカ・ホールディンッグスを所有している。イケア・グループは、この持ち株会社インカ・ホールディングスの傘下にある。
 スティヒティング・インカ・ファウンデーションは、カンプラードが1985年に設立した慈善団体だ。慈善団体に最終的に会社の支配権を委ねるやり方は、欧米ではよく見られる。「誰にも支配されない会社」をつくろうというわけだ。
 イケアの商品コンセプトは、H&Mと酷似している。イケア製品の特徴は、デザイン性、機能性、廉価にある。
 デザインの多様性は、イケアのセールス・ポイントである。多様なデザインの家具やキッチン用品は、自分らしい生活空間の演出を可能にする。自分にあったファッションは個性の主張だが、自分にあった暮らしの演出も個性の発揮である。
 フラット・バックは、イケアの特徴だ。つまり、商品を分解して販売し、顧客が組み立てる販売方式だ。顧客は、家具の組み立てという能動的な行為によって、みずからの個性を表現するわけだ。
 イケアは、1974年に日本に進出したが、1986年に撤退した。当時の日本では、DIY(Do It Yourself)、自分で家具などを組み立てる販売方法が受け入れられなかったのである。顧客自ら生活空間を演出する楽しさより、組み立てる煩わしさのほうが、当時の日本人には大きかった。国民性のちがいというべきか。
 イケアは、2006年、再度日本に進出した。その後順調に店舗を拡大し、成功をおさめている。日本人も変わりつつあるらしい。

(6)個性と平等
 H&Mやイケアの企業戦略の根底に、徹底した個性の尊重がある。人には、外見のみならず内面的にも異なる価値観、美意識、習慣があって、それらを個性と目するならば、個性の尊重は人間を平等に扱うことを意味する。
 個性の尊重による自由・平等・共生の社会の実現は、戦後、社会民主党政権が推進してきたことだ。こうした長い歴史をへて形成されたスウェーデンの個性的で自立心の強い国民性、そのスウェーデン人を顧客として成長してきたのがH&Mやイケアである。
 H&Mやイケアの商品は、世界共通仕様で、とくに日本向けにアレンジした商品はない。
 イケアは、顧客自ら家具を組み立てるところに価値がある、と考える。しかし、その考えは欧米人には受け入れられても、日本の顧客にはなかなか通用しないようだ。イケアは、「家具を自らつくりあげ、生活空間を演出することの楽しさ」「インテリアを創造することの面白さ」を体感できるイベント、セミナーなどを開催し、日本の顧客を啓発している。
 H&Mやイケアの企業戦略は、現在の世界企業のスタンダードではない。むしろ、株主至上主義の企業経営からすれば異端である。
 しかし、安心で安全な商品の追求、さまざまなレベルで企業の社会的責任をはたすことが企業利益の増大につながる・・・・との認識が先進諸国で広まりつつある。H&Mやイケアが注目されるゆえんだ。

【参考】北岡孝義『スウェーデンはなぜ強いのか -国家と企業の戦略を探る-』(PHP新書、2010)
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【読書余滴】スウェーデンの社会政策ミニ年表

2010年08月30日 | □スウェーデン
 注:○はスウェーデンの制度、●はスウェーデンの政治・社会・経済状況、

1397 ●カルマル同盟(デンマーク・ノルウェーと同君連合)
1523 ●グスタフ1世、即位(ヴァーサ王朝開始、スウェーデンの独立)
1734 ○スウェーデン王国法典
1766 ○出版の自由に関する法律
1809 ○統治組織法改正(カール13世、王権と議会との妥協、権力の分立)
        ※「憲法」=統治組織法+王位継承法+出版の自由に関する法律+表現の自由基本法
     ○議会オンブズマン設置 → 1915 2人体制 → 1976 4人体制
     ●フィンランド、ロシアへ割譲
1814 ●対ノルウェー戦役(以後、対外戦争は皆無)
     ●キール条約(スウェーデンとノルウェーの同君連合成立の契機、~1905)
1818 ●カール14世ヨハン、即位(ベルナドット元帥、ベルナドッテ王朝開始)
1819 ○医療任意保険制度(国庫補助あり)
1850 ●人口350万人
1842 ○義務教育制の始まり
        ※各教区(ソッケン)に国民学校、初等教育の義務づけ。
1843 ○救貧令
1853 ○救貧法
1854 ○最初の保育所(託児所:基金や民間団体による慈善事業)     
1862 ○勅令・地方自治規則:
       ランスティング、市/スタード、町/シェッピング)、村/コミューン、教区/ソッケン
       → 1991 新地方自治法(ランスティング、コミューン、ソッケン)
1865-66 代表制改革(身分制議会→近代的二院制議会)
1868 ○国民高等学校
        ※生涯教育の考え方のモデル。
1871 ○救貧法改正
        ※コミューンの救貧対象を孤児から労働不能な高齢社・障害者に拡大。
1874 ○公衆衛生法
     ○建築法
1881 ○児童労働禁止法
1882 ○義務教育制の完成
1884 ○都市計画法
1889 ●社会民主党結成
1891 ○友愛組合法
        ※相互扶助が目的。
     ○最初の健康保険制の萌芽
1894 ○ランスティング議会議長:政府任命、ただし議会議員から選出
1897 ●スウェーデン労働組合全国連合(LO)結成
1900 ○婦人年少者労働法、女性に係る労働安全規則
1901 ○労働者災害補償法 cf.日本の労働者災害補償保険法は1947。
1902 ●スウェーデン経営者連盟(SAF)結成
     ○里子法
1905 ●ノルウェー、分離。
1906 ○全国労使代表による労使関係の協定
1909 ○選挙法改正
        ※下院の男子普通選挙権、比例代表制。
1912 ○労働者教育協会(ABF)
        ※労働組合と社民党との共同。
1913 ○一般国民年金法
        ※「普遍均一の原則」に基づく最初の老齢年金。
     ○アルコール中毒ケア法 → 1980 社会サービス法
        ※患者の強制介護。

 ☆第一次世界大戦(1914年~1918年)

1914 ○「酒類購入帳」制度
        ※一般市民の酒類購入の制限、~1955年。
     ○社会民主党、第一党に。
1917 ○議院内閣制
        ※グスタフ5世、組閣に係る国王制限を放棄。
     ○社会民主党と自由党の連立内閣
1918 ○救貧法改正 → 1957 公的扶助法
        ※救貧院の改善、老人ホームの義務化、コミューンの責任。
     ○週48時間法
1919 ○コミューン:男子普通選挙権実施、人口1,500人超の村まで議会設置義務
     ○女性参政権
     ●エレクトロラックス設立
1920 ○統治組織法改正
        ※女性の選挙権、被選挙権、男性並みに。
     ○最初の社会民主党内閣
        ※選挙で樹立された世界初の社会主義単独政権。
     ○産業民主主義委員会
     ○労使関係法
     ○限定的な児童扶養控除制度
     ○ランスティング議会議長:ランスティング議会自ら任命
1921 ●最初の女性国会議員
1923 ○団体協約法
1924 ○児童福祉法
        ※親による虐待、酷使の防止、子どもの強制労働の禁止。
     ○ランスティング:レーンへの服従義務廃止
1929 ●ボルボ設立
1928 ●社民党首相ハンソン、議会の一般討論のなかで「国民の家」建設構想を演説。
     ○医療制度法(国民の医療に係るランスティングの責任と義務)

 ☆世界大恐慌(1929年~)

1931 ○任意の健康保険制度 → 1946 国民年金法
     ○予防的母子保護システム
        ※一部の地域、以後段階的に拡大。
1932 ○社会民主党の第一次単独内閣
1933 ○住宅社会調査委員会
     ○一般アパート建設に係る国の貸付金。
1934 ○住宅建設に補助金
1935 ○任意の失業保険組合認可、補助金交付
     ○基礎年金法
        ※国の補助金増額、保険方式の廃止。
     ○家族手当(児童手当)創設(ミーンズテストあり)
     ○都市部の低所得者多子家族に対する特別住宅のための融資および補助制度
1937 ○先払養育手当(児童扶養手当)
1938 ○個人住宅建設に係る国の貸付金。
     ○「サルッショ(サルトシェ)-バーデン協定」
       ※LOとSAFによる労使の基本協約。
     ○コミューン:人口700人超の村まで議会設置義務
     ○予防的母子保護システム(全国に拡大)

 ☆第二次世界大戦(1939年~1945年)

1941 ○児童に対する限定的な現物給付制度
     ○家賃補助創設
1942 ○職場の安全に関する全国労使協定
1943 ○高齢者向け在宅ケア、ホームヘルパー制度導入
1944 ○公的保育施設の制度化(保育所と幼稚園に補助金交付)
     ○保育所に公的補助
1945 ○アルコール中毒患者のリンク運動、設立。
     ○住宅の質に係る公衆衛生法と住宅建設資金融資基準の内容が建築法に移行
1946 ○国民年金法(国民基礎年金の原型) → 1947法施行
     ○労使協議会を各企業に設置することに関する全国労使協定
     ○全国の村コミューンの地域区分変更に関する新法 → 1952 法施行
1947 ○児童手当法(16歳以下のすべての児童が対象) → 1948 法施行
     ○同一職種、同一賃金の原則、確立。
1948 ○労働研究に関する全国労使協定
     ○子ども手当(所得審査なし、16歳以下全員)
     ☆チェコスロバキア政変 → 北大西洋条約機構(NATO)、ワルシャワ条約機構(WTO)
1949 ○労働者保護法(労働安全法)  cf.日本の労働安全衛生法は1982。
     ○児童ケア委員会、「社会政策としての保育政策」提言
     ●高齢化率:10%
1950 ○9年制基礎学校の抜本的改革
1952 ●第一次コミューン統合
     ●北欧理事会創設
1953 ○コミューン関連法規の改正
        ※コミューン:全市町村、ランスティングに議会設置義務。
1954 ○高齢者の住宅手当支給
     ○ランスティングについても自主性の拡大
     ○難民の地位に関する条約(1951国連採択)批准
1955 ○国民医療保険(健康保険法)施行 → 1970 「7クローナ改正」
        ※所得喪失原則給付。
1956 ○生活保護(公的扶助)法 →1957 法施行 ←救貧法改正
        ※ノーマライゼーションに基づく子ども・高齢者・障害者支援。
1959 ○病院法改正
        ※高齢者医療の展開の契機。
1960 ○国民付加年金法
        ※ATP制度、所得比例給付、「補助と付加の制度」の付加に係る制度。
     ○児童福祉法
        ※子どもの養育に地域が責任をもつことを強調。
     ○旧型売上税の導入(税率4.2%) → 1969 付加価値税に改組(11.11%)
       → 1988 20.6% → 1980 23.46% → 1990 25%
1962 ○地方医務官をランスティング所属に統一。
     ○国民保険法
        ※医療保険、年金保険の充実。
     ○医療サービス法
        ※老人ホーム建設中止。
     ○学校教育体系の基本
     ●高齢化率:13%
     ○市町村「高齢者福祉計画」(ケア付き住宅増設、ホームヘルプ拡充)
1963 ○社会保険法(国民基礎年金、国民付加年金、医療保険の枠組み)
     ○女性の労働力化率55%
1964 ○コミューンに対し国庫補助金、ホームヘルプ事業の拡大
1966 ○均等化制度 → 1993 交付金改革 → 1996 新しい均等化制度
1968 ○コミューン運営の成人教育の開始
        ※コンブックス=成人のための学校。
     ○知的障害者援護法
1969 ○統治組織法改正
        ※二院制から一院制へ。
     ○プレス・オンブズマン設置
        ※プレスクラブ、議会オンブズマン、弁護士会の協議任命。
1970 ○「7クローナ改正」
        ※医療費自己負担上限、当時約530円。 
     ○普通科高等学校および各種の職業学校を総合性高等学校に一本化
       ↑ 1955 健康保険法施行 ←1928 医療制度法
1990 ●労働力率(15~64歳)は、女性80.4%、男性84.9%。
1971 ○消費者オンブズマン設置
     ○市町村→コミューンに単一化 → 1974 278 → 1977 277
     ●一院制議会の誕生(定数350)
1972 ○サービスハウスの指針
        ※老人ホームの代替物。
     ●第1回地球サミット「国連人間環境会議」(ホスト国)
1973 ☆第一次オイルショック ←第四次中東戦争
     ○国会、児童ケアサービスを大幅に拡張する法案、可決。
1974 ○健康保険制度の抜本的改正
        ※両親手当/親保険の導入=親手当+一時看護手当。
     ○就学前学校法
        ※全日制保育所、時間制の幼稚園。
     ○統治組織法改正
        ※国家の基本構造、市民の権利。
     ○雇用保護法
        ※解雇を規制し、雇用の安定を図る。
     ●第二次コミューン統合
     ○分割法
        ※コミューン統合の修正。
1975 ●国会決議・・・・居住を許可された外国人はスウェーデン人と同じ権利を有する。
     ○児童ケアに関する法律
     ○6歳児すべてを収容する一般幼稚園の開設。
     ○建築法にバリアフリー条項を盛りこむ(車いす利用者にアクセシブルな住宅)。
1976 ○共同決定法 → 1977 法施行
     ○児童保護(児童保育)法 → 1977 法施行
        ※学童保育を含む全保育体系。
     ○一院制議会の定数変更(定数349 ←350)
     ○新外国人法 → 1989 現行法に改正
     ●選挙:ブルジョア・ブロック3党連合政権
1977 ○統一地方自治法
     ○年金給付開始年齢67歳→65歳、部分年金制の導入
1978 ○24時間在宅ケア制度導入
     ● 選挙:3党連合政権崩壊 → 国民党単独政権(社民党、44年ぶりに下野)
     ☆第二次オイルショック ←イラン革命
1979 ● 選挙:3党連合政権
1980 ○社会サービス(社会福祉)法 → 1982 法施行
     ○雇用平等法/機会均等法施行(機会平等委員会)
     ○機会均等オンブズマン設置(男女機会均等法適用状況の監視)
     ○新外国人法
1981 ☆国連「国際障害者年」 → 国連「障害者の十年」(1983-1992)
1982 ○保健・医療サービス法(医療サービス法の改正) → 1983 法施行
     ○労働者基金
     ○社会サービス法施行
        ※24時間対応ホームヘルプ、補助器具センター、デイサービス拡充。
     ●高齢化率:16%
     ●選挙:社会民主党単独政権
1983 ○女性の就労制限撤廃。
1984 ○人工授精法 →1985 法施行 →2003 法改正施行
1985 ○知的障害者等特別援護法(知的障害者はGHに居住が主流)
1986 ○人種差別オンブズマン設置(人種差別法の適用状況の監視)
     ●パルメ首相暗殺
1987 ●財政支出、黒字転換
     ○同性愛者の同棲に関する法律
     ○自然資源の管理等に関する法律
1988 ○体外受精法 →1989 法施行 →2003 法改正施行
1989 ○外国人法改正
1990 ○歳入中立の税制改革
        ※付加価値税25%、所得税率の原則フラット化、炭素税の導入。
1991 ○地方自治法改正(均衡予算原則撤廃、「健全な財政維持」要請へ) → 1992 法施行
     ○教育法改正(権限を中央政府から市町村へ分権化、、「教育バウチャー」制度の導入)
     ○住民登録業務、教会から切り離し。
     ●選挙:4党連合政権
     ☆ソ連解体。
1992 ○エーデル改革
     ○エーデル改革に伴う社会サービス法一部改正
        ※GH増設、介護付き特別住宅増設、サーラ条項、要介護認定、バウチャー制度。
     ●高齢化率:18%
     ☆「アジア太平洋障害者の十年」(1993~2002)
1993 ○地方交付金制度改正 → 1996 新しい均等化制度
     ○障害者福祉改革
     ○機能障害者を対象とする援助およびサービスに関する法律(LSS法) → 1994 法施行
     ○パーソナル・アシスタンス補償金に関する法律 → 1994 法施行
     ○児童オンブズマンの設置(児童の権利に関する条約の履行状況の監視)
     ○エコサイクル法
        ※物資の循環、再利用を社会の目標に。
     ●失業率:8.2%(ピーク)
1994 ○障害者オンブズマン法
     ○精神医療のエーデル改革
        ※精神障害者への支援もコミューンの責任。
     ●選挙:社会民主党政権
     ●高齢化率:17.6%
1995 ○精神保健福祉改革
     ○学級編成基準の廃止
     ○社会サービス法改正
        ※両親が就労・就学している1~12歳児童に対する保育の保障。
     ○財政法 ← 1994 憲法の財政関係規定の改正
        ※新たな予算編成システム。
     ●欧州連合(EU)に加盟
     ○統治組織法改正(EU加盟に伴うもの)
1996 ○新しい均等化制度 ← 1993 交付金改革 ← 1966 均等化制度
     ○児童手当:減額
     ○多子加算制度の廃止
1997 ○親保険給付率の引下げ
     ○国会、移民政策から統合政策へ、可決
1998 ○幼稚園と保育所、就学前学校に一元化(エデュケア=エディケーション+ケア)
     ○新年金法 → 1999 法施行
        ※任意所得比例保険+基礎保険で全失業者がカバー。
     ○社会保険料被用者負担(年金についてのみ負担)7%に引上げ
     ○児童手当:引上げ(750クローナ)
     ○多子加算制度の復活 → 2000 増額 →2001 増額
     ○社会統合庁設置
1999 ○歯科保険制度改革(歯科医が自由に価格設定、定額を社会保険事務所が歯科医に補助)
     ○性的傾向による差別防止オンブズマン設置
     ○職場における障害者差別禁止法
     ○ランスティング20に。 ← 23
        ※ゴットランドにランスティングはないが、コミューンがランスティングの業務も行う。
2000 ○社会サービス法改正(高齢者・障害者の家族支援策義務づけ)
     ○脱施設化完遂
     ●出生率:分娩する女性、50%が30歳以上に。
     ○児童手当:引上げ(850クローナ)
2001 ○市民権法改正(二重市民権の取得可)
     ●失業率年4.0%(知識集約産業における顕著な雇用)
     ○児童手当:引上げ(950クローナ)
     ○就学前学校:親が失業中の子どもは最低1日3時間、週15時間通学可
     ●養子:831人(うちスウェーデン市民は125人、国際養子は706人)
     ●難民受け入れ約23万人(1992~)
2002 ○就学前学校:親が親休暇中の子どもは最低1日3時間、週15時間通学可
     ○就学前学校:保育所その他の児童ケアの料金に上限を設定するマックスタクサ制度導入
     ○保育料上限措置の導入(子ども一人:所得の3%、二人、三人:追加費用それぞれ2%、1%)
     ●女性国会議員:国会議員349人中158人(45.3%)
2003 ○親子法改正施行
     ○人工授精法改正施行
     ○体外受精法改正施行
     ○早期年金・医療手当の廃止
       → <所得保障>活動補償金(19~30歳未満)・疾病補償金(30~60歳未満)
         <介助支援>介護助成金(障害・病気のある子ども)、障害補償金(19歳~)
         <移動支援>自動車購入・改造費助成
     ●乳児死亡率:3.1%
     ●出生率:1.75
     ○就学前学校:すべての4歳児および5歳児は、年間最低525時間、無料で通学可
     ●家族ヘルパー、全国で2,100人
2005 ○児童手当:引上げ(1,050クローナ)
     ○多子加算制度(第三子以降→第二子以降に拡大)
2006 ●社会統合・男女平等省設置
        ※初代大臣:N.A.サブニ。
2008 ●人口930万人。
     ●1月1日現在、総人口の21%が外国生まれである。
     ☆リーマン・ショック。世界的な金融危機。
2009 ●金融危機において財政赤字はGDP比2%程度。
2010 ●早々と不況克服。成長率3%台を達成する見こみ。財政は黒字(2010.8.1.付け朝日新聞)。
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【読書余滴】野口悠紀雄の、「失われた15年」で拡大した所得格差 ~ニッポンの選択第28回~

2010年08月29日 | ●野口悠紀雄
 1990年代中頃からの「失われた15年」の間に、日本の世帯所得は低下した。世帯あたりの平均所得は、659.6万円(1995年)から556.2万円(2007年)へと、約100万円、率では15.7%ほど低下した【注1】。

 世帯所得の分布をみると、中間所得世帯(Y:300~700万円)の比率がほぼ不変だった反面、それより所得の高い世帯(Z:700万円以上)の比率が減り、より所得が低い世帯(X:300万円未満)の比率がほぼ同じだけ増加した【注2】。
 「Xの比率が増加して、Zの比率が低下する」という現象は、各所得階層の所得が等しい率で減少しても生じる。この場合、物価の変化はどの家計でも同じなので、実質所得の変化率はどの家計でも同じである。何の問題も生じない。
 しかし、実際に生じたのは、こんなことではなかった。ジニ係数が上昇したからだ【注3】。

 1995年と2007年の所得分布をみると、平均所得以上の階層では、どの階層でも所得が12年間に100万円ほど低下した(と解釈できる)。
 同じ率ではなく、同じ額だけ低下したので、低所得ほど低下率は高くなる。
 物価下落は誰にとっても同じだ。したがって、低所得では実質賃金が大きく下落したが、高所得では実質賃金はさほど下落しなかった。
 高所得世帯(Z-2:1,000万円以上)の比率もあまり変わっていない。1995年が18%、2007年が12%である。
 なお、1995年から12年間に世帯総数が増えている。増加率は人口増加率(2%)よりも大きい。つまり世帯は細分化されたことになる。特にXにおいて、高齢者や若年層の単身世帯が増えた(可能性がある)。

 Xでは、YやZとは異なる現象が生じている。600~700万円以下では増加している。ことに。400~500万円以下で顕著である。これは、生存に必要な水準以下に所得を減らすことはできないからだ。生活保護や最低賃金レベルの年間150万円程度が世帯所得の一応の下限であり、これより世帯所得を下げることは困難である。
 そこから300万円程度までの所得水準において、「底だまり」「吹きだまり」的現象が発生することになる。
 実体面では、それまでは正規労働者によって担当されていた仕事が非正規労働者に変わることによって、こうした現象が生じるのであろう。

 高度成長期の日本は、しばしば「一億総中間階層社会」とか「平等社会」と言われた。正確には、所得格差は存在していた。ただし、すべての階層の所得がほぼ比例的に上昇したので、格差が拡大することはなかった。
 しかるに、1990年代後半以降、底辺所得世帯が増える反面、高額所得世帯はあまり影響を受けなかった。
 つまり、二極分化が進み、格差が拡大したわけだ。

 こうなった背景は、外需依存のための新興国との競争である。競争のために低賃金労働が必要となり、他方で企業利益は増加したのだ。
 これまで日本社会に存在した階層間の安定は破壊され、貧しくなった低賃金・低所得階層とあまり影響を受けなかった上流階層に分解した。
 このような日本社会の変化は、消費動向、資産動向などにも大きな影響を与えた。自動車保有率の低下なども、これによってもたらされた(可能性がある)。

 【注1】「国民生活基礎調査」(厚生労働省)による。
 【注2】Xの比率は、22.4%(1995年)から31.3%(2007年)に増加した。他方、Zの比率は、37.2%(1995年)から27.5%(2007年)に低下した。Yは、40.4%(1995年)と41.4%(2007年)で、あまり変化していない。
 【注3】総務省統計局の「全国消費者実態調査」によれば、2人以上世帯の年間収入のジニ係数は0.297(1994年)から0.308(2004年)まで上昇した。つまり、この間の所得の変化は、一定率の縮小ではなく、格差を拡大させるようなものだった。

【参考】野口悠紀雄「経済危機後の大転換 ~ニッポンの選択第28回~」(「週刊東洋経済」2010年8月28日号所収)

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【読書余滴】野口悠紀雄の、日本企業は経済危機を克服できたのか? ~『「超」整理日記No.525』~

2010年08月28日 | ●野口悠紀雄
 東京証券取引所の一部上場企業522者の2010年4~6月期決算で、経常利益が前年同期比約4.3倍になった。
 しかし、これをもって国内企業の復調が鮮明になった、とすることはできない。
 利益の前年同期比が高かったのは、2009年4~6月期の水準が非常に低かったからである。この期には、製造業はほとんどが赤字だった。電機は5,000億円、自動車は1,664億円の赤字だった。日本経済は文字どおり「奈落の底」に落ちこんでいたのである。
 だから、この時点と比較した伸び率は、きわめて高い値になる。そのため「順調に成長している」という錯覚に陥るのだ。

 今年は、これが黒字に転換した。しかし、黒字といっても、電機で6,494億円、自動車で7,260億円である。経済危機前、トヨタ自動車1社で年間2兆円を超える利益があったことを思うと隔世の感がある。
 前述の上場企業利益でみると、リーマン・ショック前に比べてまだ92%の水準でしかない。つまり、まだ経済危機前には回復していない。

 しかも、電機と自動車は、政府支援の特需に支えられている。また、雇用調整助成金の支援もある。
 しかし、この施策は需要を増加させたのでなく将来の需要を先食いしただけだ。自動車の購入支援策が9月に、電機の支援策が今年中に終了すれば、需要は急減する。
 また、2009年には中国に対する輸出が急激に伸びたが、今後は同じようには伸びないだろう。
 だから、よくてピークの8~9割の水準を維持できるだけで、それを超すことは当分のあいだはできないだろう。平均株価は、ピーク時(2007年7月頃)の52%程度の水準でしかないが、これが利益の長期的見通しを示している、とみてよい。

 日本の企業は、黒字になったというものの、利益率は非常に低い。
 利益率は、事業モデルが経済の構造変化に対応しているか否かを示す。
 総資本利益率(ROA)を見るのがよい。「1単位の資本投入でどれだけの利益が得られるか」
 通常用いられる自己資本利益率(ROE)は、借入を増やせば事業の実態が変わらなくとも上昇してしまう。ROAは、こういう操作の影響を受けない。
 2010年3月期連結決算においける日本企業のROAは、次のとおりだ。ホンダ2.3%、トヨタ0.7%、日産0.4%、ソニー▲0.3%、東芝▲0.4%、日立製作所1.2%。

 主要企業のROAは、ホンダを除けば国債の利回りよりかなり低い。しかも、政府による購入支援策が与えられている状況での数字である。
 ホンダの場合、2008年のROAは4.9%だったから、半分以下に低下したことになる。
 これは経済危機後、需要の動向が利益率を引き下げる方向に変わったことを示している。
 それは、新興国シフトだ。新興国向けの伸びが高いということの実態は、「利益の高い先進国が伸びないので、利益率の低い新興国に向かざるをえない」ということだ。

 アメリカ企業のROAをみると、次のとおりだ。マイクロソフト18.8%、アップル18.4%、グーグル14.1%、IBM11.5%。
 日本企業の利益率とは隔絶的な差がある。しかも、これは政府の支援に支えられたものではない。また、外需に依存するものでもないので、為替レートの変動によって動いてしまうものでもない。新しい技術に支えられたものだ。だから、将来の動向にあまり大きな不確実性はない。日本企業とはまったく異質の事業を展開しているとしか考えようがない。
 ここでみた先端的企業以外の企業もふくむダウ平均株価でみても、現在の水準はピーク(2007年7月)の77%である。日本の52%と比べると、だいぶ高い。

 今回の決算をみて日本企業が順調に回復していると考えるのは、大きな誤りだ。
 「基本的な方向転換をしなければどうしようもないところに追い詰められた」と考えるべきである。

【参考】野口悠紀雄『「超」整理日記No.525』(「週刊ダイヤモンド」2010年8月28日号所収)
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書評:『マネートレーダー 銀行崩壊』

2010年08月28日 | ノンフィクション
 世界でもっとも古い歴史をもつマーチャント・バンク、英国のベアリングズ銀行は、創立233年目で歴史を閉じた。たった一人の若者のせいで。
 若者の名はニック・リーソンという。
 1995年のことである。

 ニックは、ロンドンで左官の子として生まれた。18歳で中途退学し、1985年、女王陛下の銀行、クーツ・アンド・カンパニーで働きはじめた。仕事の単調さに倦み、1987年、アメリカでも屈指の投資銀行、モルガン・スタンレーに移った。さらに、1989年にはベアリングズ銀行へ移る。
 インドネシアで負債1億ポンドのほとんどを減らす功績をあげて1991年にロンドンへ戻ると、先物・オプションの事務管理の専門家と目されていた。1992年3月、ジャカルタで知り合ったリサと結婚。その直後、新設のベアリングズ・フューチャーズ・シンガポールの責任者として赴任した。
 1992年夏から、極東の証券取引の重心が大阪からシンガポールへ移りだした。ニックは毎日真夜中まで残業する。
 どんな取引システムでもミスが起こりえる。過誤は、コンピュータにエラー・アカウントを設けてロンドンへ送っていたが、ロンドンは事務処理の煩瑣を嫌い、シンガポール専用のエラー・アカウントを設定せよと指示してきた。ニックは、その番号を88888と名づけた。
 同年7月17日、採用したばかりのキム・ウォンが2万ポンドを失うミスをおかした。即座に東京またはロンドンの上司へ報告しておけば、通常の事務処理が可能だった。しかし、ニックは報告しないで、損失を88888へほうりこんだ。本来キムのミスであったものが、ニックの処理ミスに転化した。
 市場の変動により、2万ポンドの損失は6万ポンドにふくらんだ。1992年の暮れには、88888に30件のエラーが累積していた。
 部下のジョージ・ソウが離婚し、集中力を失った。1993年1月、ジョージはキムと同じミスをおかし、15万ポンドの損失を招いた。ミスがロンドンにばれたら、ジョージはただちに馘首され、ニックも今の仕事を続けることができなくなる。トレーダーたちのチームを指揮するボスの立場をニックは失いたくなかった。大型の顧客をつかんだばかりでもあった。またしても、88888が利用された。
 ニックは、相場上昇に賭け、勝った。これまでの損失を埋め、儲けがでた。

 この時点で88888を閉鎖するべきであった。
 しかし、大型の顧客からの無理な注文に応じたため、またもや損失を抱えこんだ。相場の変動が損失額を増大させた。ニックは、感覚が麻痺しはじめた。市場が向かう方向を見通すことができなくなり、自分の秘密のポジションに照らして市場がどちらへ向かってほしいかを希求するばかり。
 このあと、損失が雪だるま式にふくらむばかりだった。最終的には、6.5億ポンド(一説によれば8.3億ポンド)に達した。ベアリングズ銀行の自己資本5.4億ポンドを軽く上まわる額である。破産も当然の額である。
 損失が法外にふくらんだ原因は、ベアリングズ銀行が管理上の単純かつ徹底さるべき原則を守らなかった点にある。
 すなわち、取引の現場(フロント)と後方事務部隊(バック)のそれぞれに別々の責任者を置いて相互牽制させるという原則を。上司も監査役も、ニックが報告する架空の利益、しかも莫大な利益に目がくらんで、矛盾を追求すればすぐさま明らかになったはずの事実を究明しなかった。

 ニックは書く。「私はたぶん世界でたった一人の、バランス・シートの両側を操作できる人間だった」と。
 その異常さが気にならなくなっていた・・・・と続けるが、じつは大いに気になっていたはずだ。爪かみで指先はボロボロになり、やたらと甘いものを食べるから急速に太っていった。バランスを欠いた精神が身体に反映したのである。妻リサに対する愛が繰り返し語られるが、その愛妻のほうではニックの異常なふるまいに気づいていなかった。
 破滅寸前に逃亡したニックは、ドイツはフランクフルトで逮捕され、シンガポールで懲役6年半の判決を受けた。

 本書は、組織上の欠陥が組織をつぶす一例として、銀行に限らず、経営にかかわるすべての人に教訓を与える。
 と同時に、組織の中ではたらく個々の人にも教訓を与える。
 すなわち、小さな失敗を糊塗すると傷はだんだんと広がって手に余るようになる、と。あるいは、野心は情勢を正確に判断する目を曇らせるのだ、と。
 リーマン・ショックを知る私たちは、懲役6年半というニックの刑期を長いとは思わないだろう。

 本書は、『私がベアリングズ銀行をつぶした』(新潮社、1997)の文庫化である。

□ニック・リーソン(戸田裕之訳)『マネートレーダー 銀行崩壊』(新潮文庫、2000)
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書評:『無法投機』

2010年08月28日 | 小説・戯曲
 米連邦準備制度理事会(FRB)前議長チャールズ・ブラックは、バーゼル空港に到着するやいなやスイス国境警察に逮捕された。容疑は、インサイダー取引。すなわち私的利得のための公職利用の疑いである。
 身に覚えがないだけにいきりたつが、意外なことに証拠が次々に目の前につきつけられる。
 罪が確定したら、軽くて20年、重くて30年の重労働が課される。
 同僚ともいうべき各国の中央銀行総裁たちは、はやばやと彼に背をむける。雇い主であった合衆国政府も、我関せずの態度を決めこむ。
 孤立無援。
 唯一の味方は、妻サリーのみ。

 というようなカフカ的状況が、全体の4分の1を占める第1部である。
 第2部であっさりと真犯人が明らかにされる。
 犯罪をおかすまでの流れと犯行を隠蔽する工作は、第1部よりも生彩をはなつ。悪の楽しさとでもいうべき背徳の美学があって、この部分をとりだせばピカレスク・ロマンと見てもよい。

 だが、悪が栄えると、主人公は救われない。
 だから、本書は、倒叙ものミステリーの王道をたどる。つまり、読者がすでに知っている犯人は、物語が展開するうちに当局によって追いつめられていく。読者は、この過程にスリルを味わえばよい。

 もっとも、主人公は結構したたかだから、容易に共感的感情移入すると、足許をすくわれる。
 罠を抜け出すため知力をふりしぼり、偶然をがっちりとつかんで利用するひとなのだ。生き馬の目をぬく抜け目なさがあったからこそ、官界のトップにのぼりつめたのだ。

   *

 著者ポール・アードマンは、若干37歳でバーゼルのユーナイテッド・カルフォニア銀行(UCB)の初代頭取に就任した。
 しかし、この銀行は、ココア投機に失敗して破産、5千万ドルというスイスの銀行がこうむった最大級の損失をだした。
 アードマンは、現地責任者として、数か月間投獄された。
 獄中でものした『十億ドルの賭け』が米探偵作家クラブ最優秀新人賞を受賞し、以後、作家として立つ。

 本書の随所に、著者の豊富な金融の知識と経験が披露されていて、おおいに学ばされる。
 巻末には、42ページにわたり、訳者による金融用語集が付されている。さまざまな事件の過中にあった人物20名の短評も含まれ、用語集だけでも十分に一読する価値がある。
 要するに、本書は、小説の体裁をとった金融入門である。本書に目をとおしていたひとは、リーマン・ショックの激震をかわすことができたはずだ。

□ポール・アードマン(森 英明訳) 『無法投機』 (新潮文庫、1999)
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書評:『珍姓奇名』

2010年08月27日 | エッセイ
 日本人の名字は、十万種もあるよし。
 宇宙という名字もあって、気宇壮大だが、マユツバな印象を与えて、本人は災難だろう。
 本書は、簡単には読めない名字や珍しい名字を3千種も紹介し、併せて珍しい地名もとりあげる。

 3部構成である。
 第1部では、全国的に多い名字2百傑(1位鈴木、2位佐藤、3位田中)をあげ、さらに地域ごとに多い名字を列挙する。
 出典は電話帳らしい。
 ちなみに、風紋の本名は37番目に多い名字である。

 第2部が本書の核をなし、珍姓奇名をこれでもか、というほど枚挙する。
 たとえば、数字だけの名字。
 五六(ふのほり)、九(いちじく)、十(もぎき)、百百(どど)、萬(よろず)、エトセトラ。「一二三(ひふみ)一二(かつじ)」という姓名の方もいらっしゃる。「一二三」が姓だ。
 かくも判じ物めいた名字がずらりと並んぶと壮観というほかはない。
 四月一日(わたぬき)、八月十五日(なかあき)あたりは説明されると納得いくが、小鳥遊(たかなし)、栗花落(ついり)、月見里(やまなし)となると謎々である。
 鷹がいないがゆえに安心して小鳥が遊ぶ、よってタカナシ。いっせいに栗の花が落ちると梅雨入りする、よってツイリ。山がないから月見ができる、よってヤマナシ。

 第3部は、珍姓、難姓、奇姓をひたすら列挙する。
 軽く書き流しているから、興味半分で読んでも面白いが、じっと眺めつづけていると、言葉に対するいとおしさみたいなものが湧いてくるから不思議だ。
 日本の各地で伝統ある地名が地名変更されて次第に消滅していく今日、言霊はかろうじて姓に宿って生き延びているのかもしれない。

□佐久間英『珍姓奇名』(ハヤカワ文庫、1981)
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書評:『盲人の国』

2010年08月26日 | ミステリー・SF
 SF短編集である。
 たとえば、表題作の『盲人の国』では、主人公ヌネスはアンデス山脈の某所に迷いこむ。
 そこでは、代々すべての住民が盲人であり、壁の塗り方や衣類の繕い方にチグハグな一面があるものの、総じて安定した社会生活が営まれている。この国では、見える人とか盲人という言葉はない。ヌメスは、目で見えるものを住民に解説すると、正気ではない、劣っている者とみなされた。恋におちるが、視覚を取り除く手術を受けることが結婚の条件とされた。ヌメスは、「盲人の国」から脱出する・・・・。

 わが国に似た噺がある。落語『一眼国』は、『盲人の国』よりももっと辛辣である。
 ある香具師が一眼国のうわさを聞きつけ、教えられた方角へ道を辿った。数日歩くと、果てが知れない原っぱにさしかかった。大木が一本、どうやら例の場所がここらしい。木の下まで行くと「おじさん」と声がかかる。見ると、一眼の子どもだ。シメタ、と追いかけ、捕まえたと思ったら、真っ暗な穴に墜落してしまった。正気づいたところはお白州。「面をあげよ」の指図に顔をあげると、正面の奉行も一眼。いわく、「御同役、これは珍しい、こやつ二ツ目である。さっそく見せ物にいたそう」

 これら寓意性にみちた小説/噺にはいろいろな解釈をほどこすことができる。
 第一は、ストレートに解釈するなら、視覚が欠損してもそれなりに普通の生活を営むことができる、という思想である。事実そうなのだ。ただし、H.G.ウェルズ(1866年生、1946年没)の生きていたころにはノーマライゼーションという言葉はなかったし【注】、当然その思想は普及していなかった。ましてや、バリアフリーもユニバーサルデザインも登場していなかった。この意味で、『盲人の国』はSFであり、しかもH.G.ウェルズらしく当時としては先進的な思想を盛り込んだ、ともいえる。
 第二は、価値の相対化でもある。視覚的欠損のある集団の中では、視覚をもつ人はマイノリティになり、「劣っている者」となる。要するに、人数の多寡が正否を決める。視覚的欠損を別のものの寓意、例えばソクラテスを死刑にしたアテネの住民とするならば、「劣っている者」はソクラテスとなる。H.G.ウェルズの現実観察の眼のたしかさを示すが、これはこれで怖い思想である。

 【注】デンマークで、世界で初めてノーマライゼーションという用語をもちいた法律ができたのは1959年である。

□H.G.ウェルズ(阿部 知二訳)『盲人の国』(『ウェルズSF傑作集2 世界最終戦争の夢』所収、創元文庫、1970)
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【大岡昇平ノート】大岡昇平の松本清張批判

2010年08月25日 | ●大岡昇平
 大衆文学も推理小説も現象として存在するだけである。それらは読者の要求に応えるという意味で阿諛の一形式であり、阿諛は常に人を堕落させるのである。(「大衆文学批判」、「群像」1961年7月号)

 松本清張の推理小説は、これまで私の読んだ英米の傑作と比べては、至極お粗末なものだが、私は彼の一種の反骨が好きである。味噌汁のぶっかけ飯が好きな老刑事なんて常套的善玉は少し鼻について来たが、とにかく彼が旧安保時代以来、日本社会の上層部に巣喰うイカサマ師共を飽きることなく、摘発し続けた努力は尊敬している。『日本の黒い霧』が「真実」という点で、いかに異論の余地があるとしても、私はこの態度は好きだ。どうせほんとの真実なんてものは、だれにもわかりはしないのである。(「推理小説論」、「群像」1961年9月号)

 日本交通公社発行の『旅』に連載された出世作『点と線』は、当然鉄道を取り入れ、列車時刻表と小荷物発送手続の知識を土台にしていた。『霧と影』以来水上勉がしつこく書くのは若狭一帯の未開の自然である。今のところこの二人の作家が、推理小説ブームの中で、ずば抜けた売行を示しているのは、これ等地理的要素のためもあるだろう。(前掲論文)

 しかし、私は松本清張や水上勉の社会的推理小説は、現代の政治悪を十分に描き出していない、彼らの描くものは一つの虚像であるという意見である。伊藤の論点【引用者注:伊藤整「『純』文学は存在し得るか」、「群像」1961年11月号】に、大体において賛成しながら、この点は譲ることは出来ない。それを述べるのが「松本清張批判」と題した今回の目的である。(「松本清張批判」、「群像」1961年12月号)

 後日社会的推理小説家になってから書いた「小説帝銀事件」「日本の黒い霧」は、朝鮮戦争前夜の日本に頻発した謎の事件を、アメリカ謀略機関の陰謀として捉えたものであり、栄えるものに対する反抗という気分は、初期の作品から一貫している。
 しかし、松本の小説では、反逆者は結局これらの組織悪に拳を振り上げるだけである。振り上げた拳は別にそれら組織の破壊に向かうわけでもなければ、眼には眼の復讐を目論むわけでもない。せいぜい相手の顔に泥をなすりつけるというような自己満足に終わるのを常とする。初期の「菊枕」「断碑」に現れた無力な憎悪は一貫しているのである。(前掲論文)

 しかし私は松本にはこういう本当の意味の人生観照【引用者注:平野謙のいわゆる「「現世的な妄執をこえる精神の確乎たる領域」「自他を客観視する無私の眼」、東都書房版『日本推理小説体系』松本清張篇解説】はないと思う。彼の小説が読者にアピールするのは、もっと生な、荒々しいものである。敗者の運命は一応客観的に描かれているが、それは社会の片隅に窮死した個人の中の潜在的破壊力を誇示するという形になっている。例えば原子核という物質の状態で、エネルギーを暗示するような手法である。彼のいわゆる即物性は、怨恨とか執念とか、人間の感情を、生のまま提示する手段なのである。
 松本の主人公は大抵こうした孤独な狼だが、この立場から、どうして社会小説が生まれるのか、松本自身が次のように説明している。
 「未知の世界から(?)少しずつ知って行くという方法。触れたものが何であるか、他の部分とどう関聯するか、という類推。これを推理小説的な構成で描いた方が、多元的描写から生じる不自由を、かなり救うように思われる。少しずつ知ってゆく、少しずつ真実の中に入って行く」(「推理小説の魅力」中央公論社版『黒い手帖』所収)
 これは極めて実際的な考え方で、小説作法として、近代小説の常道からはずれていない。彼の小説が一種の安定感を持っているのは、こういう彼の手法の保守性のためである。しかしその結果読者に提供される社会や組織の姿は、必ずしも正しい輪郭を持っていないのである。
 「少しずつ入って行く」「未知の世界」といっても、それは読者にとって、未知であるにすぎず、作者には既知である。松本個人の立場から見た世界である。
 これを松本は意識していないらしく、その結果出てくる欠陥を、最初に突いたのは、松本の礼讃者である平野謙なんだから、私は少し狐につつまれたような気分である【引用者注:平野謙「政治小説覚え書」、同人雑誌『声』、1960年9月第9号】。(前掲論文)

 松本にこのようなロマンチックな推理【引用者注:下山事件替え玉説】をさせたものは、米国の謀略団の存在に対する信仰である。つまり彼の推理はデータに基いて妥当な判断を下すというよりは、予め日本の黒い霧について意見があり、それに基いて事実を組み合わせるという風に働いている。
 同じような例が『小説帝銀事件』にもある。(前掲論文)

 松本の推理小説と実話物は、必ずしも資本主義の暗黒面の真実を描くことを目的としてはいない。それは小説家という特権的地位から真実の可能性を摘発するだけである。無責任に摘発された「真相」は、松本自身の感情によって歪められている。「菊枕」や「断碑」等初期の作品以来一貫していた怨恨があり、被害妄想患者の作り出す虚像に似ている。CICも旧安保時代の官僚の腐敗も事実である。ただ松本の推理小説はその真実を描き出してはいない。彼は「社会機構の深部の真実は知り得ない」と逃げているが、これは多くの社会小説を目指す作家が、殺されても口にしなかった言い訳である。(前掲論文)

 松本や水上の小説の流行を、日本の社会史的段階として論じることも出来るはずである。松本や水上のひがみ精神と、その生み出した虚像が、これだけ多くのホワイトカラーと女性を誘惑する時代は健全とは言えない。(前掲論文)

 松本のようにひがみから資本主義全体を組織体として捉える心理傾向は、安保デモに参加した小市民の一部にあった。同時に激情を導いて、大衆行動に持っていく指導者の行動にもあったのである。右翼テロに見られた日本人の「古い質」の溢出は、日本の大衆社会が西欧の大衆文化論では割り切れない二重構造を持っていることを示したが、これらを文学の対象に扱った文学者はいなかった。(前掲論文)

【出典】大岡昇平『常識的文学論』(講談社文芸文庫、2010)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、常識の誤り+非正規雇用がもたらす年金制度の危機

2010年08月24日 | ●野口悠紀雄
<常識の誤り>
 ・非正規雇用者の増加は、一般に考えられているように「雇用調整をしやすいから」ということではない。
 ・企業の立場から整理したいのは、非正規労働者よりは、賃金コストが割高な正規雇用者である。

(1)非正規雇用の増えた原因
 雇用と社会保険は密接に関連している。
 日本でいま雇用されている5,472万人のうち正規雇用者は3分の(3,386万人)、非正規雇用者が3分の1(1,699万人)である。長期的にみると、日本の雇用者は、非正規雇用者を中心として増加してきた。
 正規雇用者は、1980年代中頃には約3,300万人だったが、1990年代に増加し、1990年代中頃には約3,800万人となった。しかし、1990年代後半から減少しはじめ、最近では約3,300万人と、1980年代中頃とほぼ同水準に戻っている。
 これに対して非正規雇用労働者は、1980年代中頃には約600万人だったが、傾向的に増加し、1990年代中頃には1,000万人を越えた。そして、2003年には約1,500万人となり、2008年には1,700万人を超え、1,800万人に近づいた。
 つまり、1900年代中頃以降の日本の雇用者の増加は、ほぼ非正規雇用者の増加によって実現してきたのである。

 経済危機の雇用調整で正規雇用者と非正規雇用者の減少率にあまり大きな差がない。
 よって、非正規雇用者の増加は、一般に考えられているように「雇用調整をしやすいから」ということではない。

 より大きな要因は、社会保険料の雇用主負担であろう。
 正規雇用者の場合、とくに厚生年金保険料の雇用主負担は賃金コストを引き上げる大きな要因になっている。
 法人税が日本企業にとって重い負担になっている、と言われる。しかし、法人税は利益にかかる負担なので、これが生産コストを高めることはあり得ない。実際に問題になるのは、利益のあるなしにかかわらずかかる社会保険料負担、ことに年金保険料の負担だ。負担の大きさは、いまや法人税よりも重くなっている。国際競争力を下げていることは間違いない。

 1990年代以降、中国をはじめとする新興国の工業化によって低賃金労働による安価な製造業の製品が増えた。
 これに対抗するため、賃金コストの引き下げが必要とされた。その手段として社会保険料の雇用主負担が低い非正規労働差に頼った。・・・・というのが実態ではなかろうか。
 
 そうだとすると、企業の立場から整理したいのは、非正規労働者よりは、賃金コストが割高な正規雇用者である。
 民主党の労働政策で、雇用確保の観点から非正規労働者に否定的な態度をとっているのは見当違いということになる。

(2)雇用と社会保険料との関係
 厚生年金の被保険者は、1987年の2,800万人弱から、1990年代末の約3,300万人まで500万人増加した(1997年の旧3公社の統合、2002年の旧農林共済組合の統合の影響は除去して推計)。この期間に正規労働者が500万人弱増加していることと対応している。
 厚生年金の被保険者の増加は、雇用者総数増加の半分程度でしかない。これは、増加した非正規雇用者の一部(推計3分の1)しか厚生年金に加入しなかったことを示す。
 非正規雇用者が厚生年金に加入できないのは、厚生年金の制度からして不可避な結果である。日雇い派遣、週労働時間または労働日が正社員の4分の3未満のパート、2か月未満の短期契約社員、請負人は原則的に厚生年金に加入できない。

 2000年から2009年までの間に、非正規雇用者は400万人増加している。うち、3分の2の270万人は厚生年金に加入していない。
 他方、この間に、自営業主およびその家族従事者は200万人減少している。また、農業従事者は170万人減少している。
 国民年金の被保険者は、2000年以降ほとんど変化していない。
 以上を考え合わせると、厚生年金に加入しなかった非正規雇用者は国民年金に加入した。・・・・と考えることができる。

 しかし、問題は、加入したものの、保険料を完全に支払っているとは思えない点である
 国民年金の保険料納付率は、1980年代中頃まで90%を超えていた。その後、1990年代末には70%台になった。さらに、2000年頃から急激に低下して60%台となった。
 非正規雇用者の所得が低く、保険料が支払えなかったのが大きな原因ではないか。事実、年齢層でいえば、30~40代は正規雇用者が多いが、若年層と高齢者で非正規雇用者が多くなっている。

 60%台の納付率であるにもかかわらず保険料の引き上げや給付の引き下げがおこなわれないカラクリの基本は、基礎年金制度における財政調整のしくみにある。簡単にいえば、被用者年金(厚生年金と共済年金)が国民年金を財政的に補助しているのだ。
 こうしたしくみをとる理由は、非正規雇用の問題があるからだ。
 年金制度は労働者の福祉のためつくられた。→それを維持するにはコストがかかる。→雇用主負担を回避するため、企業は非正規雇用への依存を強めた。→非正規雇用者の多くは厚生年金から排除され、国民年金に追いやられた。→保険料を負担できず、未納に陥る者が増えた。
 かくて、第一に、大量の年金難民が発生した。第二に、国民年金財政を支えるため被用者年金が本来の負担を超えて負担を負うことになった。

(3)収支を悪化させる要因
(ア)給付が減る要因はなく、むしろ増える可能性が強い。
 ことに在職老齢年金制度との関係で給付は増える。
(イ)保険料が減少する可能性が強い。
 雇用者が減少すれば、厚生年金の加入者は減り、保険料収入も減る。また、企業負担も減る。厚生年金の財政状況はさらに逼迫する。
 企業の海外移転が加速すれば、雇用者はこれまでの見通しより大幅に減り、保険料収入も大蒲に減る可能性が高い。保険料の高さが企業の海外移転を早め、それが保険料収入を減少させるという悪循環に陥る可能性がある。

(4)公的年金の問題は日航企業年金と同じ
 日本航空の再建に関して、企業年金の削減が最重要課題となった。年金・退職金債務の積立不足は、2009年3月末で3,000億円を超える、とされた。金融機関からの借入などである有利子負債が約8,000億円であることと比較して、これは大変大きい。
 とくに問題なのは、予定していた利回りを実現できないことだ。日航の年金の積立金の給付利回りは、年4.5%とされていた。しかし、これは長期国債利回り(現在1.2%台)と比較して、いかにも高い。日本の低金利は1990年代以降継続している現象だ。日航の企業年金は高度成長期のままで、1990年代以降の経済情勢にはまったく不適合になっていることがわかる。
 
 国が運営する公的年金にも似た問題が存在する。厚生年金は、4.1%の利回りを仮定している。
 もっとも、公的年金は積立方式ではなくて賦課方式で運営されているので、金利の影響よりは人口構造の影響が大きい。
 賦課方式は、ある世代の年金を次の世代が負担する、という一種のねずみ講である。人口が増加する社会では問題がないが、人口が減少する社会では、負担者が受給者より少なくなるため破綻する。日本の現状は、まさにこの状態にある。
 企業と国とでは、年金が破綻するメカニズムに差がある。ただし、順調に成長していいた時代につくった制度を維持できなくなってしまった、という点では同じである。

   *

 以上、『日本を破滅から救うための経済学』第4章「6 非正規雇用の年金難民化がもたらす年金の危機」に拠る。

【参考】野口悠紀雄『日本を破滅から救うための経済学 -再活性化に向けて、いまなすべきこと-』(ダイヤモンド社、2010)
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書評:『雇用崩壊と社会保障』

2010年08月23日 | 医療・保健・福祉・介護
 本書の構成は、次のとおりである。
 著者の問題意識は、まず第1章に提示される。現在の雇用・社会保障の加速する危機状況である。
 そもそも雇用・社会保障はどのようなしくみなのか。この点を第2章で解説し、全体を展望させる。
 では、雇用破壊はなぜ生じたのか。その経過を労働者派遣法の制定、改正に焦点をあてて第3章で浮き彫りにする。
 他方、社会保障が順次ととのえられていった経過が第4章に記される。
 その社会保障が機能的不全にいたったわけを、小泉政権の「改革」に焦点をあて、第5章で明らかにする。
 さらに、民主党政権の雇用・社会保障政策を点検し、今後の見とおしを第6章で示す。
 終章で、雇用、社会保険(ことに医療と年金)、公的扶助、社会福祉の各分野に係る提言をおこなう。併せて提言する施策を裏づける財源についても著者の案を提示する。

 本書でもっとも力がこもるのは、第3章(雇用破壊はなぜ生じたか)である。1980年代後半から労働環境が悪化していく経緯を剔抉して、粛然とさせられる。
 高度成長期の日本型雇用システムとそれを前提とした労働制・税制は、直接雇用・長期雇用の原則に立っていた。
 しかし、1980年代なかばから産業構造の変化や少子・高齢化の進展による労働市場の変化が顕著になり、戦後労働制の根幹部分の改変と再編がはじまる。その嚆矢となったのが、労働者派遣法の制定であった(1985年)。労働基準法は直接雇用を前提とし、使用者に法的責任を課していた。ところが、労働者派遣法は「間接雇用」を認め、職業安定法が禁止していた労働者供給事業を一部合法化したのである。
 派遣事業が許される業務は、専門的業務と特別の雇用管理を必要とする業務に限定された(ポジティブリスト方式)。当初、政令が定めるところにより13業務だったが、1990年代にはなし崩し的に規制が緩和されていく。
 労働者派遣法制定と同じ年、男女雇用機会均等法が制定された(1985年)。これに伴い、労働基準法上の女性保護規定が縮小された。そして、男女雇用機会均等法改正(1987年)と同時に、労働基準法の女性労働者の時間外・深夜業の禁止の諸規定が廃止された。男性の長時間労働を減らすのではなく、女性に男性なみの長時間労働を認める方向で「改正」されたのである。また、1987年の労働基準法改正は、変形労働時間制を拡大し、専門業務型裁量労働のみなし労働時間制を導入し、労働時間規制の弾力化がおこなわれた。
 1990年代、バブル経済崩壊による不況の長期化を背景に、労働分野での規制緩和が推進された。法人税引き下げをはじめ、企業に対する法的規制が排除されていった。日本型雇用システムは過去のものとなりつつあった。1995年、日経連は「新時代の『日本的経営』」を発表し、長期蓄積能力型(正規労働者に相当する)を減らし、非正規労働者に代替していくことを提唱した。非正規労働者の増加を加速させた制度は、労働者派遣法のさらなる規制緩和であった。
 労働者派遣法施行令改正(1996年)により、派遣対象業務が26業務に拡大された。労働者派遣法改正(1999年)により、対象業務が原則自由化され、例外的に禁止される業務のみ列挙するネガティブリスト方式へ転換した(製造業は「当分の間」禁止され、「専ら派遣」は一般労働者派遣事業として認可されない)。これに対応する職業安定法施行規則改正(1996年)により、有料職業紹介事業を営める職業の範囲が、ポジティブリスト方式からネガティブリスト方式に転換し、手数料規則も緩和された。さらに、職業安定法改正(1999年)により、前述の省令改正を法律上追認し、さらに対象範囲を拡大した。
 1999年の労働者派遣法改正は、「日本型雇用システムの解体を促し、常勤雇用の正社員を低賃金・不安定雇用の派遣労働者に置き換えていたという意味で、戦後の雇用政策の分水嶺をなしていた」。
 2000年代、規制緩和から制度拡充へと進む。労働者派遣法改正(2003年)により、「物の製造」への派遣が解禁された(2004年3月施行)。また、実質的に3年まで派遣が可能になった(2007年3月施行)。かくて、派遣労働は常用労働の代替と化し、企業にとって格好のコスト削減の手段、景気の調整弁として位置づけられる。同年、労働基準法も労働者派遣法改正と符帳を合わせた改正がおこなわれ(2003年)、有期契約社員も派遣労働者と同様、企業にとって使い勝手のよい雇用の調整弁と位置づけられた。  
 あいつぐ規制緩和の結果、約107万人(1999年)だった派遣労働者は、約399万人(2008年)と4倍近く増加する。
 本書第3章は、派遣労働者が社会保険に加入できない実態、企業の違法派遣にもメスを入れるのだが、以下は本書に委ねよう。

 序章と第1章および第2章の現状分析、第3章から第5章までの歴史的考察の延長に、第5章の将来の見とおし、終章の「処方箋」が出てくる。
 「処方箋」は、雇用については、労働者派遣法の廃止・・・・基本的には労働者派遣法より前に「戻す」のである。そのうえで、労働者派遣法を前提とした昨今の雇用保険法拡充をさらに進める。そして、雇用保険と生活保護のあいだに「第二のセイフティーネット」たる失業扶助制度を提言する。
 生活保護制度については運用面のアクセスしやすさ、保護基準の民主的コントロールなどを提言する。
 年金については、最低保障年金は全額税方式、これに上乗せする所得比例年金は保険料方式を提言する。つまり、最低保障年金は実質的に公的扶助(生活保護)とするわけだ(ただし、ミーンズテスト・所得制限の提言はない)。
 医療については、医療費増大、医師増員、後期高齢者医療制度を廃止して老人保健制度に「戻す」ことを提言する。老人医療費は無料に「戻す」べきだと。
 介護については、介護療養型医療施設の削減を凍結し、むしろ逆に病床数を増やし、介護保険から訪問看護や老人保健施設などを医療に「戻す」ことを提言する。
 このように「戻す」提言が多いのだが、きわめつきは社会福祉である。医療を切り離した介護保険を廃止して高齢者福祉に一本化させようとするが、これも介護保険法以前の高齢者福祉に「戻す」提言だ。その上で障害者福祉を合体させる高齢者・障害者総合福祉法を打ちだすが、合体の正否はさておき、具体的に提言される設備・人員基準に係る常勤換算廃止にしても報酬基準に係る月単位制にしても、「契約」制度の前の「措置」制度をモデルとしてこれに「戻す」ものだ。さらに、高度成長期さながらに、高齢者福祉施設と認可保育所の増設も謳う。
 国・地方自治体労働・医療・福祉に携わる公務労働者を増やし、もって雇用創出、成長戦略とする提言もあるから、著者がめざすのは「大きな政府」にあることは明らかだ。

 問題は財源である。雇用から福祉まで、これら「抜本的改革」に要する莫大な費用をどう調達するのか。
 著者は、法人税を消費税導入前の1988年までの率に「戻し」、所得税を1986年まで15段階、最高税率70%(住民税の最高税率18%)に「戻す」ことを考えているらしい。法人税率改定による大企業からの増収分で4兆4,414億円、所得税率改定による高額所得者からの増収分で1兆2,152億円の財源が確保できる・・・・という試算(2008年度)を紹介している。それでも不足する分を消費税で補うことこととするが、それもぜいたく品に係る物品税(消費税導入時に廃止)や企業の付加価値に課税する付加価値税のような税体系に改変したうえで増税するべきだと釘をさす。
 
 しかし、2009年度に企業が巨額の損失をだし、損失は将来に繰り越せるから、少なくとも当分の間は本書が説くほど法人税税率改定による歳入増が可能か、疑問である。
 しかも、国の2010年度予算は歳出92兆円余りに対して、税収はわずか37兆円しかない。国債は44兆円だが、税外収入10兆6,000億円の大部分は「埋蔵金」だから、国債は実質55兆円におよぶ。仮に法人税の増収があっても、ただでさえ自然増の顕著な社会保障費にどこまでまわすことができるか、心許ない。
 財源が確保できなければ、著者の提言は絵に描いた餅で終わる。小冊子という制約はあるものの、提言を実現するための財源について、もう少し丁寧に論じてしかるべきだと思う。

 【参考】雇用崩壊と社会保障ミニ年表
     雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~雇用崩壊への処方箋~
     雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~安心できる所得保障制度に向けて~
     雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~医療保障制度の再構築~
     雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~社会福祉の再構築~
     雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~財源問題と今後の課題~

□伊藤周平『雇用崩壊と社会保障』(平凡社新書、2010)
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【読書余滴】雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~財源問題と今後の課題~ 

2010年08月22日 | 医療・保健・福祉・介護
 著者は、『雇用崩壊と社会保障』終章で、雇用崩壊・社会保障危機への処方箋を交付する。
 ここでは、財源問題と今後の課題に係る提言を抜き書きする。

(1)財源
 施設整備、公務労働者の増員、社会保障給付の拡充などに必要な財源をどう確保するか。
 消費税のような逆進性の強い税を雇用保障や社会保障のための主な財源、ましてや社会保障目的税とすると、給付抑制が強まる。雇用保障・社会保障が機能不全に陥りやすい。
 英米では所得税の最高税率の引き上げや株式配当などへの課税が強化されている。
 日本の所得税率は、1986年まで15段階、最高税率70%(住民税の最高税率18%)だった。2007年現在、6段階、最高税率40%(住民税の最高税率10%)である。累進制が大きく緩和されている。不況とはいえ、この10年間で年収2,000万円以上の高額所得者は増加している(貧富の格差が拡大し、中間層が減少した)。累進性を強化すれば、かなりの財源が確保できるはずだ。
 また、法人税の基本税率は、消費税導入前の1988年まで42%だったが、1999年から30%に引き下げられている。法人税の実効税率(約40%)が他国より高いとしても、大企業はさまざまな税制上の優遇措置によって実質的な法人実効税の負担は30%程度にとどまっている。
 法人税率改定による大企業からの増収分で、4兆4,414億円、所得税率改定による高額所得者からの増収分で1兆2,152億円の財源が確保できる・・・・という試算もある(2008年度)。

(2)今後の課題
 所得税や法人税の累進性を強化し、それを雇用保障・社会保障の主な財源とする。
 それでも財源が不足する場合、消費税増税ということになる。その場合でも、食料品など生活必需品まで一律に課税する現在の消費税(こうした形態をとるのは日本のみ)を、ぜいたく品など限定的な物品に課税する物品税(消費税導入時に廃止)や企業の付加価値に課税する付加価値税のような税体系に改変したうえで増税するべきである。
 こうした税制改革、本書が提言する雇用保障・社会保障を再構築する政治が望まれる。
 「運動の側からも、望ましい税・社会保障制度や法制度のあり方を積極的に提示していくべきである」

【参考】伊藤周平『雇用崩壊と社会保障』(平凡社新書、2010)
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【読書余滴】雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~雇用崩壊への処方箋~

2010年08月21日 | 医療・保健・福祉・介護
 著者は、『雇用崩壊と社会保障』終章で、雇用崩壊・社会保障危機への処方箋を交付する。
 ここでは、雇用保障に係る提言を抜き書きする。

(1)労働者派遣法の廃止、当面の抜本的改革
 1985年制定の労働者派遣法に代表される労働法の大幅な規制緩和が非正規労働者の拡大、その結果としての雇用破壊の原因となった。
 よって、(ア)労働者派遣法を廃止する。失業の増大には、失業時の生活保障の拡充で対応しつつ、政府による雇用創出施策で労働市場改革を同時に進めていく。これを前提としたうえで、労働者派遣事法は廃止する。労働者派遣事業そのものを禁止する。
 (イ)当面は同法の抜本的改正と派遣労働の徹底した例外化をおこなう。日雇い派遣、スポット派遣は弊害が多い。これらのみならず、登録型派遣、製造業派遣も例外なく禁止する。
 (ウ)派遣労働自体を例外化する。当面は、1999年の労働者派遣法改正前のポジティブリスト方式(限定列挙方式)に戻す。
 (エ)これらと並行して、労働者派遣事業に対する規制を強化する。たとえば、届出受理方式による特定等同社派遣事業を廃止する。すべて厚生労働大臣の認可を要件とし、雇用実態のない派遣業者は許可しない。
 (オ)派遣労働者も、派遣先で直接雇用されている労働者との同一以上の待遇保障を義務づける。
 (カ)違法派遣(無許可派遣、期間を越えた派遣、対象業務外派遣)がある場合には、派遣先に直接雇用義務があることを明確にする。
 派遣労働のような低賃金・不安定雇用を残すと、労働条件がかぎりなく切り下げられていく。失業の増大よりも弊害が大きい。
 ILO活動の目標「ディーセントワーク(働きがいのある仕事)」の保障にも反する。
 適職・生活可能な職で働く権利は、労働者の人権である(世界人権宣言第23条)。
 失業の増大には、失業時の生活保障の拡充で対応しつつ、政府による雇用創出施策で労働市場改革を同時に進めていく。
 これを前提としたうえで、労働者派遣事法は廃止する。労働者派遣事業そのものを禁止する。

(2)企業の直接雇用責任の強化
 派遣先=受け入れ企業の直接雇用責任を拡大する。
 製造現場を中心に偽装請負方式での違法派遣が蔓延した(2006年頃から明らかになった)。こうした違法派遣には、派遣先と派遣労働者との間に労働契約関係が存在することを明確にする。派遣先企業の直接雇用責任を果たさせる(大阪高裁判決「松下プラズマディスプレイ事件」)。

(3)有期契約の規制
 合理的な理由がない限り解雇できない(労働契約法第16条)。その一方で有期契約が拡大している。
 業務が恒常的であるにもかかわらず労働契約に期間を設定する合理性はない。有期雇用自体が、期間満了という形で労働契約法の解雇規制をまぬがれるための脱法行為である。
 そもそも、労働契約は期間の定めのない契約を原則とするべきである。
 有期契約は、代替的、一時的、季節的な特別な業務の場合など、契約期間を定める合理的な理由のある場合にしか締結できないことを労働契約法に明記する。
 そして、有期契約の場合にも、契約の締結に際し、期間の定めをする理由や更新の有無などについて、書面により労働者に通知することを義務づけるとともに、有期契約更新拒否についても一定の規制を加える。

(4)同一価値労働同一賃金原則の法定化
 (ア)労働基準法に同原則の明示規定を盛りこむ。
 (イ)それと並行して、客観的な職務評価制度を構築する。
 同一価値労働同一賃金は、EU諸国の賃金体制には確立した原則である。
 ILO100号条約は、同一価値労働同一賃金原則を規定する。日本は、批准したが(1951年)、とくに正規労働者と非正規労働者との賃金格差が先進諸国のなかでもきわめて大きく、しかも拡大傾向にある。

(5)最低賃金の引き上げと労働時間規制の強化
 (ア)最低賃金を引き上げる。
 2007年の最低賃金法改正により、生活保護との整合性を図る条項が盛りこまれた(第9条第3項)。しかし、最低賃金の機能が強化されたとはいえない。現状では生活保護基準の法的保養は不十分である。生活保護基準が引き下げられれば、最低賃金も引き下げられることになる。最低賃金を確実にするには、生活保護法の改正も併せて必要になる。
 最低賃金決定過程の透明化、全国一律の最低賃金決定の方式も検討されてよい。
 最低賃金の大幅な引き上げが必要だが、当面は生活保護との逆転現象の解消に重点をおいて女女に引き上げていく。
 大企業や官庁の非正規労働者については、現時点でも最低賃金の大幅な引き上げは可能ではないか。 
 (イ)労働時間規制を強化する。
 2010年の労働基準法改正で、月60時間超の時間外労働の割増賃金率は現行の25%から50%以上に改正された。残業抑制の実効性に疑問がある。サービス残業を強いられるおそれもある。
 時間外労働の上限を法定し、一定以上の残業を禁止する規制が必要である。
 (ウ)労働法令を遵守させる監督行政を強化する。
 労働法令が適用される事業所は450~500万か所、役員を除く適用労働者は推定5,000万人。かたや、労働基準監督署は約350か所、労働基準監督官は約3,000人。
 ILOの基準(監督官一人当たりの労働者数を最大1万人とする)にしたがえば、日本には最低5,000人の労働基準監督官が配置されなければならない。

(6)雇用保険の拡充と失業扶助制度の創設
 (ア)雇用保険を拡充する。
 非正規労働者を含め、労働者すべてを雇用保険の適用対象とすることが望ましい。
 また、再就職できない人が多数にのぼる現在、給付日数の弾力的延長などをおこなう必要がある。
 (イ)失業扶助制度を創設する。
 英独仏端の各国では、失業給付期間を超えても、減額はされるが、一定額の給付が失業者に支給される失業扶助制度がある。失業保険の給付期間を超えた失業者だけではなく、失業保険に加入していなかったり、給付要件を満たさない失業者にも、一定の条件を満たせば給付される。
 現在の日本では、生活保護への負荷がかかりすぎている。同じ公費支出であるならば、稼働能力のある人については、一定の職業訓練などを条件に、収入・資産要件を大幅に緩和した「第二のセイフティーネット」を創設するべきである。

【参考】伊藤周平『雇用崩壊と社会保障』(平凡社新書、2010)
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【読書余滴】雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~安心できる所得保障制度に向けて~ 

2010年08月21日 | 医療・保健・福祉・介護
 著者は、『雇用崩壊と社会保障』終章で、雇用崩壊・社会保障危機への処方箋を交付する。
 ここでは、生活保護制度と年金の改革に係る提言を抜き書きする。

(1)生活保護制度の運用の改善
 生活保護制度は、生存権保障の最後の砦、最後のセイフティーネットである。必要な人は誰でも利用できるよう拡充する。運用面では・・・・
 (ア)住居がなくても利用できることとする。ホームレスでも、アパート入居の敷金や家具・布団・被服の費用を支給する。
 (イ)窓口に来た申請者に手持ち金も持ち合わせの食糧もない場合、職権ですみやかに保護を開始する(急迫保護は法に定めがある)。
 (ウ)稼働能力があっても働く場がないとき、また就労しても資産がなく給与が最低生活費に満たない場合にも生活保護を利用できることを周知徹底する(特に稼働能力のある失業者に対して)。
 (エ)申請方法を簡略化する(口頭で申請しても、便箋などに必要事項を記入する形でも申請しても、適法なのだ)。

(2)生活保護法の抜本的改正
 運用の改善のみならず、法改正も必要である。
 (ア)「生活保護」という用語はスティグマの意識を生みやすい。「生活保障法」や英国の「所得補助法」に変更する。
 (イ)申請があれば必ず受理しなければならないことを明記する。併せて、必要な助言や支援を請求する権利、それに対する行政の情報提供義務も明記する。
 (ウ)保護基準を法律の別表とする(現行は告示)。保護基準の民主的コントロールが不可欠である。また、老齢加算を復活させる。第4条補足性の原則の「資産」等について、行政の裁量を統制するため、法に原則規定を置く。とくに医療扶助や住宅扶助などを個別に利用する場合、収入・資産要件を緩和する。
 (エ)福祉事務所のケースワーカーが担当する人員を遵守するべき基準として法定化する(そして、ケースワーカーを増員する)。

(3)最低保障年金の確立
 (ア)現行の基礎年金は、最低保障年金としたうえで、全額税方式とする。最低保障年金の財源は、消費税ではなく、累進性の強い所得税や法人税などを充てるのが望ましい。
 現時点でも、約12万人の無年金障害者、約60万人の無年金高齢者が存在する。現在の膨大な保険料滞納者・免除者は、将来無年金・低年金となる可能性が高い。もはや社会保険方式は限界にある。老後の所得保障という年金制度の趣旨からして、保険料免除期間の年金額も満額支給にする措置が早急に必要だ。
 (イ)基礎年金に、社会保険方式の所得比例年金を全額上乗せする(積立方式)。

【参考】伊藤周平『雇用崩壊と社会保障』(平凡社新書、2010)
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