(1)今年2月に起きた川崎市中1男子生徒災害事件は、多くの耳目を引いた。同情の声も多く寄せられたが、被害者の母親(シングルマザー)に対する批判が寄せられたのも特徴的だった。その代表例は林真理子「夜ふけのなわとび」(「週刊文春」2015年3月19日号)に見られる意見だ。
母の愛の欠如がこの悲劇を招いた、という指摘は、ネット上にも数多く見られた意見だ。心情的には分からなくもないが、残念ながら林の「義憤」は、シングルマザーが抱えるさまざまな問題に係る無知から発している部分が大きい。
「母の愛」は、ときに「時間」と「お金」にあっけなく負けてしまうのだ。
(2)残酷な事実を検証してみよう。現在、日本のシングルマザーは、経済的にも時間的にも圧倒的な貧困状態にある。
(a)8割以上が就労しているのに、5割以上が貧困状態にある。
(b)2012年の1世帯あたり平均所得を比較してみると、母子世帯は一般世帯の4割しか年収がなく、稼働所得は3割以下なのだ。
①18歳未満児がいる平均家庭・・・・総所得673.2万円(稼働所得603万円)【注1】
②母子世帯・・・・総所得243.4万円(稼働所得179万円)【注2】
(c)全世帯累計の平均所得金額(537.2万円)以下の割合は
①児童のいる世帯・・・・41.5%
②母子世帯・・・・95.6%
(d)元夫からの養育費を継続的に受けているシングルマザーは、2割以下だ。金額が決まっている場合でも平均月額43,000円ほど。たとえ受けても、働かずに育児に専従することはできない。
(3)12ヶ国の生活時間を比較すると、日本のシングルマザーは最も「仕事」時間が長い。さらに、平日「仕事」時間が長く、「土日」は長時間「育児」に費やす傾向がある。この特徴は、日米の夫婦世帯の夫に近いものだ、という。【注3】
日本のシングルマザーは、男性中心の雇用環境に適応して「子どもを食べさせる」ため、「男性並み」の生活時間配分で働いているのだ。子どもへの愛情があっても、異変に気づきにくい日常が積み重なっていくのだ。
被害者の母のコメント
「(被害者が)学校に行くよりも前に私が出勤しなければならず、また、遅い時間に帰宅するので、(子どもが)日中、何をしているのか、十分に把握することができていませんでした」
のひと言に、問題は集約されている。
(4)シングルマザーの貧困は、子どもは両親そろって安定した「標準世帯」で育つはず、という前提からこぼれ落ちる数々の問題の結節点にある。それは、
男性が片働きで妻子を養うべきだ、という前提によって作られた「家族賃金」モデル
や、それゆえに女性就労を周辺労働に押し込める雇用環境にも起因する。
日本の企業で「主流」とされる労働者は、「妻にケアワークを丸投げできる男性社員」が標準であるため、子育てや介護などのケアワークを抱える従業員にはきわめて不利に働く。わけても、結婚や出産を機に離職した女性がが、育児の負担を抱えながら「一家の大黒柱」相当の稼ぎを得る水準で就労するのはきわめて困難だ。
(5)子どものいる男女(フルタイム就労者)の賃金格差の国際比較では、日本は「子どものいる女性労働者の賃金」は同男性労働者の39%しかない。これは経済協力開発機構(OECD)諸国で最大の格差だ。【OECDジェンダーギャップ関連報告(2012年)】
現在、女性の被雇用者の6割は非正規雇用だが、40代後半以上の中高年層は7割となる。これは、日本では正社員の女性でも第一子出産後に6割が離職するため、「子どもの手が離れてからの再就職」層が多いことによる。日本の雇用環境では、いったん離職すると低待遇低賃金の非正規雇用職にしか就けない。こうした雇用環境が、子どもを持つ女性の就労にいかに不利かが示唆される。
(6)マジェラー・キルキー・英ハル大学研究員は、母子世帯の雇用労働とケア提供の関係から、先進20ヶ国について比較検証し、次の4パターンに分類した。
(a)「貧困な母親」グループ・・・・オーストラリア、アイルランド、ニュージーランド、イギリス
(b)「貧困でない母親」グループ・・・・オランダ
(c)「貧困な労働者」グループ・・・・オーストリア、ドイツ、ギリシャ、イタリア、日本、ルクセンブルク、ポルトガル、スペイン、アメリカ
(d)「貧困でない労働者」グループ・・・・ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ノルウェー、スウェーデン
(7)(6)において、
(a)は社会保障制度を利用して、大多数が育児に専従している。
(b)はオランダのみだが、母子世帯のみならず就労貧困者や失業者全般への生活保障と就労支援を行い、福祉依存でも単なる就労インセンティブ型でもない総合的社会復帰型の社会保障制度を確立し、かつ、雇用の場で労働時間による差別を撤廃し、同一労働同一賃金を確立したため、結果的にシングルマザーも社会的に包摂され得るようになっている。
(c)日本はここに属し、総体的に雇用率が高いのが特徴だ。つまり、就労支援以上に就労により貧困から抜け出すための施策を必要としているのだ。
(d)雇用労働に就くシングルマザー比率が6割から8割へと高く、かつ、貧困リスクが低いのが特徴だ。
(8)日本のシングルマザーの現状は、諸外国のシングルマザーに比較して周到貧困型が突出している。「時間貧困」【注4】にも陥っている点が浮き彫りになる。
女性全体の低賃金構造と就労貧困の在り方、さらにケアワークを抱える雇用者を周辺へと追いやる日本企業の雇用環境など、さまざまな問題の結節点にある。
(9)現在、日本ではひとり親世帯はけっして数の上では多数派ではないが、「特殊」で「例外的」な家族のかたちではない。
「子どものいる世帯」は1,180世帯だが、母子世帯は推計1,238,000世帯。父子世帯は推計223,000世帯。子どものいる世帯の8世帯に1世帯はひとり親世帯で、学校で1クラスに数名は必ずいる数値となる。このうち、母子世帯は過去30年弱の間に52万世帯増加している。、
「子ども最優先で時間を投入できる主婦の母」を前提とした現状の学校、家族、地域社会の編成は困難であることが分かる。最大の貧困、それはシングルマザーへの想像力の貧困かもしれない。
【注1】「国民生活基礎調査」。
【注2】前掲調査。
【注3】田宮遊子・四方理人「2007 母子世帯の仕事と育児--生活時間の国際比較から」(『季刊社会保障研究』第43巻第3号)
【注4】仕事や家事などの時間が長く、自由に使える時間が少ない状態。
□水無田気流(詩人・社会学者)「シングルマザーの貧困問題を再考する」(「週刊金曜日」2015年5月22日号)
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