語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】基地への見解違いすぎる ~沖縄と政府の集中協議~

2015年08月25日 | ●佐藤優
 (1)8月7日、菅義偉・官房長官は、1ヶ月間(8月10日から9月9日まで)米海兵隊辺野古新基地建設に関わる工事をすべて中断し、沖縄と集中的に協議を行う、と記者会見で述べた。
 同日、翁長雄志・沖縄県知事も、工事中断中は、県として新たな法的・行政的手続きを行わない、と記者会見で述べた。

 (2)今回の中央政府側のシナリオについて、重要なヒントを田原総一朗・ジャーナリストが述べている。
 <沖縄の問題で今、安倍内閣がやるべきことは、やっぱり安倍さんが沖縄に行って土下座することだよ。そして工事をいったん中断して「沖縄振興のためにできることは何でもする」と約束するのがスタートだ。>【注1】
 本書は7月上旬に上梓された。出版スケジュールから逆算すると、この本の原稿は5月末には完成していなければならない。田原ジャーナリストは「権力党員」なので、菅官房長官とも昵懇の関係だ。5月末の時点で、首相官邸は、辺野古新基地建設の一時中止と沖縄との再協議というシナリオを固めていたのだろう。
 もっとも、沖縄が求めているのは、安倍晋三・首相の土下座ではない。辺野古新基地建設の白紙撤回だ。田原ジャーナリストの認識(沖縄振興予算と米軍基地受け入れのバーターが成立する)は根本的に誤っている。

 (3)8月12日、沖縄県庁で、翁長知事と菅官房長官の集中協議が行われた。
 仲井間弘多・前知事の会談は、常に那覇市内のホテルで行われていた。このような密室会談に翁長知事が応じず、県庁という公の場で会談を行ったことも大きな変化だ。
 マスメディアの取材は、冒頭のみで、会談自体は閉ざされた扉の中で行われた。このような外交交渉と同じ方式で会談が行われる、という外形的な事実自体が、沖縄と中央政府の関係が準国家間交渉になっていることを示す。

 (4)<普天間問題の原点をめぐり、菅官房長官が「(19年前、県内移設による普天間飛行場閉鎖を決めた)橋本・モンデール会談が原点だ」と述べたのに対し、翁長知事は「沖縄戦で強制接収されたことが原点だ」と述べ、見解の違いがあらためて浮き彫りとなった。さらに集団的自衛権行使に向けた安保法制が国会で審議されていることを念頭に「私からすると、冷戦時代は今よりずっと厳しい時代だった。今の時代に基地を拡充していくということはおかしいのではないか。中東のホルムズ海峡まで視野に入れて沖縄の基地があるということになると、県民の思いとの乖離(かいり)が大きすぎてとても耐えられない」と述べた。
 協議後、記者から「協議の中で辺野古以外の県内移設へ歩み寄ることはあるか」と問われたのに対し、翁長知事は「(普天間飛行場の)県外移設という認識をしっかり持っている。(県内の)どこそこと言われてもこれは難しい、できないと伝えている」として、県内移設で決着する可能性を否定した。
 翁長知事は協議の中で、米軍の抑止力や在沖海兵隊の役割について「沖縄1県にこれだけ米軍基地を押し付けると、日本全体で安全保障を守るという気概が他国からは見えない」「防衛省は海兵隊が沖縄にいる理由として機動性・即応性・一体性を挙げているが、沖縄の海兵隊には揚陸艦がないのでそういう働きもできない」などの疑問点を具体的に列挙して、菅官房長官に伝えたという。>【注2】

 (5)今後、沖縄県と首相官邸の間に入って、ブローカーのような動きをする政治家が、緊急避難を口実に、普天間の海兵隊の嘉手納基地への統合、下地島への移設のような変化球を投げてくる可能性がある。
 このことを踏まえ、翁長知事が菅官房長官に、「県外移設という認識をしっかり持っている。(県内の)どこそこと言われてもこれは難しい、できない」と明確に伝え、その事実をマスメディアに明らかにした。この意味は大きい。
 既に朝日新聞主催のシンポジウム(7月29日、於東京)の席で、翁長知事は、嘉手納統合、下地島への移設というシナリオを明確に否定している。いかなる形態でも、米海兵隊普天間飛行場の
   県内移設というシナリオはない
ことを首相官邸、外務省、防衛省と東京のマスメディアに認識させることが、沖縄にとって今後の重要な課題になる。

 (6)仲井真前知事による埋め立て承認について検証した沖縄県の第三者委員会は、
   承認手続きに「瑕疵が認められる」
とする報告書を翁長知事に提出している。今回の集中協議が決裂したとしても、翁長知事は、次の段階(埋め立て承認取り消し)へ進めばよいだけのことだ。
 翁長知事による埋め立て承認の取り消しは、沖縄の自己決定権を反映したものだ。この自己決定権を、翁長知事は、沖縄にもっとも有利になるタイミングで発動することになろう。

 (7)翁長知事が埋め立て承認を取り消した場合、中央政府が行政代執行に踏み込む可能性がある。法律で定められた義務を沖縄県知事が執行しないので、国が代わって執行する、ということだ。
 国の行政代執行によって辺野古新基地建設が可能になる、というのは、沖縄の底力を軽視した非現実的な想定だ。沖縄人にとって辺野古新基地建設は、中央政府による沖縄差別の象徴的事案だ。
 日本の陸地面積の0.6%を占めるに過ぎない沖縄県に、在日米軍基地の73.8%が所在する。中央政府は、沖縄の負担軽減を口にするが、政府の計画が実現しても、沖縄の基地負担は73.1%になるに過ぎない。
 しかも、辺野古新基地は航空母艦が着岸可能で、オスプレイも100機常駐できる。普天間基地に比べ、基地機能が飛躍的に強化される。普天間飛行場の辺野古への「移設」という中央政府の説明は不正確で、実際は「新基地の建設」だ。
 新基地建設の阻止は、沖縄人の名誉と尊厳を保全するために不可欠だ。

 (8)ここで起きているのはシンボルをめぐる闘争だ。
 政治、国防、経済に係る問題ならば、沖縄にとっても妥協の余地がある。しかし、沖縄に対する構造的差別のシンボルとなった辺野古新基地建設を沖縄人が認めることは絶対にない。
 仮に日本の中央政府が、力を行使して埋め立てを強行するような事態になっても、沖縄人は土砂を撤去し、辺野古の青い海を取り戻す。沖縄人の底力を中央政府は軽視している。行政代執行に対して、沖縄は自己決定権で対抗する。

 (9)戦後70周年談話(8月14日に閣議決定)で、安倍首相は「植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない」と述べた。
 もともと独自国家(琉球王国)のあった沖縄県に73.8%の在日米軍基地があるという現実と、さらに沖縄県名護市の辺野古に新基地を建設しようとする安倍政権の姿勢に対して、沖縄人が、
   「安倍首相は植民地支配から永遠に訣別するとの約束を履行せよ」
と迫るのは必至だ。

 【注1】猪瀬直樹/田原総一朗『戦争・天皇・国家』(角川新書、2015)pp.215~216
 【注2】記事「知事「基地拡充おかしい」 辺野古初協議で菅氏に強調」(琉球新報電子版 2015年8月13日)

□佐藤優「基地への見解違いすぎる 沖縄と政府の集中協議 ~佐藤優の飛耳長目 第110回~」(「週刊金曜日」2015年8月21日号)
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【佐藤優】正しいのはオバマか、ネタニヤフか ~イランの核問題~
【佐藤優】日中を衝突させたい米国の思惑 ~安倍“暴走”内閣(10)~
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【佐藤優】民主主義と相性のよくない安倍政権 ~安倍“暴走”内閣(7)~
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