語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~

2014年06月23日 | ●佐藤優
 (6)ユニエイト教会は、ソ連による占領の翌1946年、自発的にロシア正教会に合同した。合同しない人たちは、殺されるかシベリア送りになるのであった。
 このユニエイト教会と、(1)のナチス・ドイツ協力者(ウクライナ民族解放軍)とが、1950年代半ばまで反ソビエト武装闘争を続けた。
 最終的には、この闘争を支持していたウクライナ独立運動の指導者(ステパン・バンデラ)が、KGBの刺客によってミュンヘンで暗殺され(1959年)、闘争は終わった。バンデラはナチスに一時期協力するが、その後ウクライナ独立を宣言してナチスに捕まり、戦後釈放されて、ミュンヘンで運動を続けた。ウクライナの暫定政権に協力するスヴォボダ(全ウクライナ連合「自由」)の映像で、肖像写真が掲げられているのあバンデラだ。
 ロシア側で「バンデラ主義者」といえば、ほぼナチスと同じ意味で使われている。
 キエフではファシストが権力を取った、というのは、このバンデラ主義者たちを指している。
 
 (7)ユニエイト教会を直訳すると統一教会だが、日本語で統一教会というと、独特のニュアンスがある。よって、帰一教会とか東方典礼カトリック教会と呼ぶ。
 このユニエイト教会の人たちとウクライナの民族主義者は、ソ連の支配を潔しとせず、亡命した。亡命先の多くは、カナダとブラジルだった。ブラジルのウクライナ人は、ほとんど亡命ウクライナ人だ。カナダのウクライナ人は、エドモントンという街を中心に120万人ほどいて、今でもウクライナ語を喋っている。カナダで一番よく喋られているのが英語、次が仏語、その次がウクライナ語だ。

 (8)カナダのウクライナ人たちが、ペレストロイカで往来が自由になった1980年代末、西ウクライナに行った。当時、西ウクライナでは高校教師の給与が月500円くらいだった。カナダの標準的労働者でも3万円、5万円のカンパは容易にできる。そのカンパでえウクライナの民族運動ができる。
 これはアイルランドのIRAと、米国のアイルランド系移民との関係に非常に似ている。民族問題の用語では、「遠隔地ナショナリズム」と言う。

 (9)遠隔地ナショナリズムの構造ができているところで、現在のウクライナの情勢が出てきて、西ウクライナの人々の比重が高まってきている。
 東、南ウクライナの人々は、自分がウクライナ人なのかロシア人なのか、民族意識が未分化だった。ところが武力闘争が始まったことによって、ウクライナ人なのかロシア人なのか、明らかにせざるを得なくなっている。
 こういうときに危険なのは、殺す側に回った方が不利になることだ。
 いまはウクライナ暫定政権が殺している側だ。たとえ考えは違っても、自分が知っている人たちが殺されていると、心情的には殺している方の逆の側につく。
 オデッサで親ロシア派住民の集まった建物に暫定政権側の右派が放火して48人が死亡した。暫定政権はこれを認めず、親露派が自分で火をつけた、と言うなど、あまりにもひどい形での介入や暴力行為を行っている状況においては、ロシアの評判がよくなってくる。
 ところが逆に、ロシアがもし国境を越えて入ってきたら、ウクライナ正規軍とロシア軍と比べたら、ボーイスカウトと正規軍の闘いだ。
 例えば、OSCEの代表団たちがロシア系住民に拉致された、米国は背後でロシアが手を引いている、というが、まったく逆だ。ロシア人が関与していたら、そんな稚拙なことはしない。OSCEの監視団や記者たちを拉致していいことは何もない。あれはキエフ政権に対する反発で、自然発生的に生じている。

 (10)ウクライナ東部ではロシア語しか喋れない人たちがほとんどだ。キエフの中央政権が、ウクライナ語だけを公用語にする、と言う。そうすると公務員は失職するし、民間企業でも役所とのやりとりはウクライナ語になる。幹部は全員ウクライナ語ができないといけない。ついこの間までキエフで火焔瓶を投げていた兄ちゃん姉ちゃんが来て幹部になるわけだ。
 つまり、エリートの入れ替えの問題なのだ。自分たちの米びつを失いたくないから、住民投票とか普段やらないようなエキセントリックなことをやる。しかも、慣れていないから、いくらでもエスカレートする。

 (11)ロシアは、相当のこと(<例>ロシア系住民のジェノサイド)がない限り軍事介入しない。
 なぜか。介入したことで、ウクライナ人かロシア人か民族意識が未分化な人々の前で、ウクライナの政権に忠誠を誓っている人を殺すと、今度はウクライナ人たちの意識が反ロシアになるのだ。それは、インターネットや報道を通じて、ロシア国内のシベリア、極東、サハリン、北方領土などに統計上210万人いると言われているウクライナ人たちに跳ね返る。ロシアの中でウクライナ人とロシア人の民族対立が始まって、殺し合いが始まる。そうなれば、ロシアの権力基盤の根本がおかしくなる。
 だから、プーチンは東ウクライナには慎重なのだ。
 
 (12)クリミアは、ウクライナの他の地域とは歴史的経緯がまったく違う。プーチンが強気に出ている理由は4つ。
  (a)クリミアではウクライナ人とロシア人の仲がよい。先住民族のクリミア・タタール人を追い出した経緯があるからだ。戻ってきたクリミア・タタール人の半数は、ウクライナよりロシアの方がいい、と思っている。本当に住民の支持を得ている、ということが、プーチンが併合を認めた最大の理由だ。
  (b)キエフ政権には力でひっくり返す実力がまったくない。
  (c)プーチンは、昨年のシリア空爆をめぐる交渉を通じて、米国には介入できる力がない、と思っている。
  (d)ロシアのプーチン支持が向上しすぎてしまっている。失地回復におけるプーチンの力がすばらしいと、支持率は85%だ。クリミアの住民たちが編入・併合を要求しているのに、国際社会の圧力があるからと拒否した場合、この支持率は弱腰プーチンを叩く方向へ向かう。これは恐ろしいことだ。

□佐藤優「反射し連動する世界を読み解く ウクライナからスコットランド、そして沖縄へ」(「世界」2014年7月号)
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 【参考】
【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 
【佐藤優】独裁者の「再選」が放置される理由 ~バッシャール・アル=アサド~
【佐藤優】経済と政治を行き来する新大統領の過去 ~ペトロ・ポロシェンコ~
【佐藤優】安倍首相とイスラエル首相「声明」の意味 ~ベンヤミン・ネタニヤフ~
【佐藤優】ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~ウラジーミル・ルキン~
【佐藤優】ロシアは日本をどう見ているか ~日本外相の訪露延期~
【佐藤優】ウクライナ衝突の「伏線」 ~オレクサンドル・トゥルチノフ~
【ウクライナ】危機の深層(2) ~ブラック経済~
【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~
【ウクライナ】エネルギー・集団自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~
【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~
【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~
【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」
【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~
【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~
【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~
【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~
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