語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】大学にも外務省にもいる「サンカク人間」 ~『文学部唯野教授』~

2016年09月07日 | ●佐藤優
 
 筒井康隆『文学部唯野教授』(岩波書店、1990/後に岩波同時代ライブラリー、1992/後に岩波現代文庫、2000)

 (1)本書が刊行された1990年に比べ、今の大学生は授業によく出席するようになったし、<大学の講義は12分遅れて始まり12分早く終わるのが常識とされている>のも完全に過去の話になった。文科省の締め付けが厳しくなったので、大学教師は時間いっぱい講義する。休講すると必ず補講するようになった。
 しかし、大学が社会から隔離された場所で独自のローカルルールで動いているという本質には変化がない。
 本書は大学人の生態を多少デフォルメして面白おかしく描くとともに、主人公である唯野仁・早治大学文学部教授の口を通して鋭い文学論を展開している。娯楽小説と学術エッセイの結合に見事に成功している。

 (2)大学の特殊な文化は、外務省もかなりの部分を共有している。特に興味深いのが文学部長で国文学が専門の河北教授だ。
   ・とにかく非常識で、原辰徳を原節子の息子だと思っている。
   ・ポスト・モダンというと新築の郵便局と解釈する。
   ・自分が書いた文学概論のテキストを学生に買わせるため、その高価な本の表紙の隅を切りとり式のシールにして、それを答案用紙に貼らせる。貼ってない答案は採点を拒否する。
   ・頑迷固陋、その上尊大で幼児性が強く、しかも非常識。
   ・学部長になれたのは、その極端に走る性格ゆえに研究をまったく放棄し、前学部長の下でなりふり構わず学内政治に走ったことが今日の地位の獲得につながった。
   ・恫喝まがい、脅迫まがいもあって、敵を数多く作ってしまい、彼を好いている者はもはや一人もいない、という状態。

 (3)「義理をかき」「人情をかき」「平気で恥をかく」ような「サンカク人間」は、大学だけでなく、霞が関(官界)にもときどきいる。その代表が、杉山晋輔・外務事務次官だ。
 鈴木宗男氏が絶頂にいるときは、恥も外聞もなく擦り寄った。宗男バッシングが始まると、先頭に立って叩く側にまわった。北方領土交渉に関連し、安倍晋三・首相と宗男氏が頻繁に接触するようになると、杉山氏は人を介して「かつて宗男叩きに加わったのは当時の竹内行夫(外務事務)次官に言われて嫌々やっていたに過ぎず、本意ではなかった」というようなメッセージを伝えてくる。こういう行為が顰蹙を買うことすら杉山氏には理解できていない。こういう輩が事務方トップで北方領土交渉がうまく進むか、疑問だ。

 (4)唯野の指導教授の蟻巣川も河北といい勝負の人物だ。
 助手時代、唯野は蟻巣川から理不尽なこき使われ方をした。
 <「おい。この資料のコピーをとれ。それからオリジナルを破棄しろ」
「はい」
「待て。それからコピーも破棄しろ」
「あのう、それだと何も残りませんが」
「なんだと」
「それだと何も残りませんが」
 いきなり蟻巣川の平手打ちが唯野の顔にとぶ。
「同じことを二度言うな。しつこい奴だ」
 暴君であり、そうしたことが日常であった>

 (5)佐藤優も外務省に入ったばかりの頃、まったく同じ経験をした。ぶつぶつ文句を言いながら破棄する秘密文書をシュレッダーにかけていると、
「佐藤、この程度のことで腹を立てるんじゃない。こういう仕事をすれば根性がつく」
と諭され、目が点になった。

 (6)文芸批評に関して興味深いのは、唯野の「面白さ」に関する認識だ。
 <言語活動から起こる面白さは、話の流れからは起こりません。現代的な小説を読むには、早読みしない、ゆっくり食べる、はしょらない、丹念に摘みとる、これが大切です。つまり昔のような、時間をもてあました貴族的な毒差になるってことが必要なんだけど、今言ったようなしろうとはもちろんのこと、評論家にだって、今の日本にはそんな貴族的な読者はいません>
 「言語活動から起こる面白さは、話の流れからは起こりません」というのは、小説だけでなくノンフィクション、思想書、哲学書にも共通している。テキストの細部をゆっくり楽しむことが読書の醍醐味だ。

□佐藤優「唯野教授が苦しんだ大学にも外務省にもいる「サンカク人間」 ~名著、 ビジネスパーソンの教養講座 第7回~」(「週刊現代」2016年9月17日号)
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