語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

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【加賀乙彦】ある死刑囚との対話

2016年07月31日 | ●加賀乙彦
 p.14
 <なぜに、この世のやみは濃いのでしょうか。神がないから、神が死んだからというニイチェの叫びは、深いニヒリズムを私たちに残しましたが、このニイチェのニヒリズムを克服する手だてを、私たちはまだもっていないのです。おそらく、世界中の哲学者の誰もが、まだこの手だてを、人々の解放されていく方角を示せないでいます(少なくとも私の知る限りではそうです)。早い話が、19世紀のヒューマニズムや科学精神は沢山の植民地戦争や不幸をつくりだしただけだったし、マルキシズムも本当に幸福な国をつくりはしませんでした。さて宗教はどうか。これについてはどうか。これについては私には語る資格はありませんから沈黙いたします。むしろいろいろとお教えください。
 いずれにしろ、人々のおちこんでいるにせの光の世界、心ある人々の濃い闇の世界、この二つの世界の人々が相互に無関係に生きている、これが現代の世界でしょう。お互いに相手を知らず異端者あつかいするのです。
 ではどうしたらよいか。その一つの道が、表現の世界でしょう。闇の中から光の方に手をさしのべるのです。私の文学への執心はここから来ます。そのためには、評論よりも詩や小説のほうが表現できる。なぜといって、闇の世界の自覚は決して抽象的な思惟ではないのですから、それは議論では到底表現できないことなのですから、なによりもそれを表す言葉がないのですから、私の尊敬する思想家森有正の用語をかりれば、それは「経験」であって「体験」ではないのですから>

□加賀乙彦『ある死刑囚との対話』(弘文堂、1990)
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【加賀乙彦】フランスの妄想研究

2016年07月31日 | ●加賀乙彦
 加賀乙彦の本名の小木貞孝名義の論文集。3編の論文で構成される。
 (a)「フランスの妄想研究」・・・・妄想の症候論の歴史的考察、妄想の病因論、2~3の現象学的考察及び当時における全体的展望が記される。加賀/小木のフランス留学時における読書覚書がもとになっている。
 (b)「ミンコフスキーの妄想論とその周辺」・・・・フランスの現象学受容の下地にベルグソンの存在があった、と哲学者木田元は言うが、こうした流れは精神医学でも同じで、ミンコフスキーがその傍証となる。
 (c)主としてガストン・バシュラールをめぐる物質的想像力論、心象夢論。ドロマール「妄想の拡散と放射」も紹介されている。『フランドルの冬』の博識にして奇癖をもつJ・V・ドロマール医長のモデルか。

□小木貞孝(加賀乙彦)『フランスの妄想研究』(金剛出版、1985)
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【佐藤優】アフリカを収奪する中国、二種類の組織者、日本的ナルシシズムの成熟

2016年07月31日 | ●佐藤優
   
 ①トム・バージェス(山田美明・訳)『喰い尽くされるアフリカ 欧米の資源収奪システムを中国が乗っ取る日』(集英社 1,900円)
 ②佐藤優『現代の地政学』(晶文社 1,500円)
 ③堀有伸『日本的ナルシシズムの罪』(新潮新書 700円)

 (1)①のあとがきで著者は強調する。
 <東アフリカで新たに発見された天然ガス田には、アラブ首長国連邦の全埋蔵量どころか、アメリカの埋蔵量に匹敵する天然ガスが存在すると推定されている。鉱業企業は地下をさらに深くまで掘り進め、アフリカの内陸全域を試掘している。今やアフリカには、原油の産出や試掘が行われていない国は五か国しかない。こうした新たな発見とともに、資源取引がもたらす腐敗効果はさら広まっている。それを示す兆候はすでにある>
 アフリカからの搾取と収奪の動きを強めている中国に対して、国際的な圧力をかける必要がある。

 (2)②では、マッキンダーの地政学論に対する掘り下げた分析がなされている。
 <組織者には二種類ある。一つは組織を維持運営する人。もう一つは社会のメカニズムをつくり出す人で、これがいわゆる革命家とか天才と呼ばれるような人たちです。時代の停滞が長く続いていて自己革新ができないような社会になったときは、突出した人が社会を変えなければいけなくなってくる。だからオーガナイザー、組織者といっても、二種類の組織者にはそれぞれ別の資質が必要とされる>
 こうマッキンダーは考えるが、危機に直面している日本でも社会の新しいメカニズムを構築することができる突出した人材が必要だ。

 (3)③は、ナルシシズムの否定的側面のみならず、肯定的側面にも光をあてている。精神科医でもある著者は、次のように指摘する。
 <もともと日本では「日本論」がとても活発です。その要因は、社会における人間関係の調整が「道徳」に深く依存していることにあります。
 社会の中で道徳的な優位を維持することが人間関係を有利に進める上で重要になる。したがってこの社会に生きる者として、日本的な「道徳」がどのように働いているのかに常に強い関心が向けられるのです。
 しかし、実は「日本論」に依存する精神性そのものが問題なのです。成熟したナルシシズムは自己へのとらわれを減らし、他者へのより積極的な関心をもたらします。その意味では、「日本的ナルシシズム」が成熟するということは、内輪目腺の日本へのこだわりから離れて、客観的に問題と向き合えるようになることです>
 自分を愛することができない人に、他者を愛することはできない。その点で、煮詰まった自己愛であるナルシシズムについて、深く考えてみる必要がある。著者のオリジナリティが光る優れた作品だ。

□佐藤優「日本的ナルシシズムの成熟 ~知を磨く読書 第160回~」(「週刊ダイヤモンド」2016年8月6日号)
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 【参考】
【佐藤優】キリスト教徒として読む資本論 ~宇野弘蔵『経済原論』~
【佐藤優】未来の選択肢二つ、優れた文章作法の指南書、人間が変化させた生態系
【佐藤優】+宮家邦彦 世界史の大転換/常識が通じない時代の読み方
【佐藤優】人びとの認識を操作する法 ~ゴルバチョフに会いに行く~
【佐藤優】ハイブリッド外交官の仕事術、トランプ現象は大衆の反逆、戦争を選んだ日本人
【佐藤優】ペリー来航で草の根レベルの交流、沖縄差別の横行、美味なソースの秘密
【佐藤優】原油暴落の謎解き、沖縄を代表する詩人、安倍晋三のリアリズム
【佐藤優】18歳からの格差論、大川周明の洞察、米国の影響力低下
【佐藤優】天皇制を作った後醍醐、天皇制と無縁な沖縄 ~網野善彦『異形の王権』~
【佐藤優】新しい帝国主義時代、地図の「四色問題」、ベストセラー候補の研究書
【佐藤優】ねこはすごい、アゼルバイジャン、クンデラの官僚を描く小説
【佐藤優】外交官の論理力、安倍政権と共産党、研究不正が起きるシステム
【佐藤優】遅読家のための読書術、電気の構造、本屋大賞
【佐藤優】外山滋比古/思考の整理学
【佐藤優】何が個性で、何が障害か
【佐藤優】大宅壮一ノンフィクション賞選評 ~『原爆供養塔』ほか~
【佐藤優】英才教育という神話
【佐藤優】資本主義の内在的論理
【佐藤優】米国の戦略策定、『資本論』をめぐる知的格闘、格差・貧困問題の起源
【佐藤優】偉くない「私」が一番自由、備中高梁の新島襄、コーヒーの科学
【佐藤優】フードバンク活動、内外情勢分析、正真正銘の「地方創生」
佐藤優】日本の政治エリートと「天佑」、宇宙の生命体、10代が読むべき本
【佐藤優】組織成功の鍵となる人事、ユダヤ人の歴史、リーダーシップ論
【佐藤優】第三次世界大戦の可能性、現代東欧文学、世界連鎖暴落
【佐藤優】司馬遼太郎の語られざる本音、深層対話、米政府による暗殺
【佐藤優】著名神学者のもう一つの顔 ~パウル・ティリヒ~
【佐藤優】総理が靖国参拝する理由、NPO活動の哲学やノウハウ、テロ対策の必読書
【佐藤優】今後、起こりうる財政破綻 ~対応策を学ぶ~
【佐藤優】社会の価値観、退行する社会
【佐藤優】夫婦の微妙な関係、安倍政権の内在的論理、警察捜査の正体
【佐藤優】情緒ではなく合理と実証で ~社会の再構築~
【佐藤優】中曽根康弘、21世紀の資本主義分析、北樺太の石油開発
【佐藤優】日本人の思考の鋳型、死刑問題、キリスト教と政治
【佐藤優】中国株式市場の怪しさ、イノベーションの障害、ホラー映画の心理学
【佐藤優】普天間基地移設問題の本質、外務省犯罪黒書、老後に快走!
【佐藤優】シリア難民が日本へ ~ハナ・アーレント『全体主義の起源』~
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【佐藤優】アフリカを収奪する中国、二種類の組織者、日本的ナルシシズムの成熟

2016年07月31日 | ●佐藤優
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【佐藤優】アフリカを収奪する中国、二種類の組織者、日本的ナルシシズムの成熟
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【食】甘いが低カロリー、偏食に要注意 ~果物~

2016年07月30日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)健康にいいと思われがちな果物だが、最近は果物に含まれる果糖が吸収されやすいため、むしろ太りやすい、糖尿病によくない、などの悪玉説もある。
 果物と野菜を比べると、野菜のほうがカロリーが少ないという先入観が働くが、実際はどうか。100g当たりを見ると、
   リンゴ・・・・57kcal
   ゴボウ・・・・65kcal
   ワサビ・・・・88kcal
 味覚で感じる甘さとカロリーは直接の関係はない。果物のカロリーはだいたい30~70kcalだ。
 むろん、ナスやほうれん草など果物より低カロリーの野菜も多いが、野菜はそのままではなかなか食べない。ドレッシングをかけるなどすることを思えば、何もかけない果物のほうが圧倒的に低カロリーだ。

 (2)果物は品種改良で昔より甘くなっているから太りやすいか。
 否、1982年と2010年を比べても、リンゴは4kcal増えただけ。キウイフルーツは3kcal減った。

 (3)確かに果糖はすぐに分解されて肥満の原因になることが懸念されるが、果糖を含むリンゴを摂取すると中性脂肪が減少するという研究結果もある。
 「食事バランスガイド」(農林水産省および厚生労働省、2005年)で初めて果物の摂取目標が定められた。それまでは野菜摂取量を増やそうと告知されるだけで、果物には触れていなかった。果物の1日の適量は、
   温州ミカン、柿、桃・・・・2個
   リンゴ、梨・・・・1個
   ブドウ・・・・1房
 日本の場合、1日当たり野菜は350g、果物は200gを目標としている。対してWHOでは、果物と野菜を分けていない。心臓病や脳卒中を減らせるとして1日当たり600g摂取するのがよいと勧告している。果物も野菜と同様に効果があると考えられている。

 (4)夏バテ防止には、水分の多い梨やスイカなどがよい。夏はそうめんや冷麦など淡泊な食事になりがちなので、ビタミンやミネラルが豊富な桃、ブドウを一緒に食べると栄養価が高まる。
 二日酔いを和らげるにはタンニンを含む柿が最適。
 注意も必要だ。果物に含まれる果糖は代謝が早く、満腹感も得られやすい。そのため他の食べ物が食べられなくなって食が偏る原因になることもある。食後に食べるのがよい。 

□柳堀栄子(編集部)「甘いが低カロリー 偏食には要注意 ~食べていい・悪いの境界線~」(「AERA」2016年7月25日号)
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 【参考】
【食】1日3杯までなら死亡リスクを低下させる ~コーヒー善玉説~
【食】トランス脂肪酸は10年前の10分の1 ~マーガリン~
【食】グルテンの中毒性、仮説を明確に否定 ~パンやうどん~
【食】野菜は水にさらし、炒めるより蒸す ~アクリルアミド~
【食】毎日ハム5枚は多すぎ、気にすべきは量 ~亜硝酸ナトリウム~
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【食】1日3杯までなら死亡リスクを低下させる ~コーヒー善玉説~

2016年07月30日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)コーヒーは、最近の研究で健康によいことがわかってきた。
 WHOは、2016年6月、「コーヒーは癌を引き起こす可能性がある」とした1991年の発表を取り下げ、「コーヒーに発癌性はなく、逆に癌を抑制する可能性がある」と発表した。
 日本では、国立がん研究センターによる9万人を対象とする追跡調査で
   「1日4杯までであれば、飲む量が増えるほど死亡リスクが低下する」
   「1日3~4杯飲む人の死亡リスクは、全く飲まない人に比べて24%も低い」
ことが明らかになっている。特に心疾患、脳血管疾患などの死亡リスク低下が顕著だ。

 (2)別の研究では、コーヒー摂取が肝癌リスクを低下させるのは「ほぼ確実」で、子宮体癌についても低下させる「可能性あり」という結果も出ている。
 コーヒーは糖尿病を抑制するという報告もある。肝癌や子宮体癌は、糖尿病になるとかかりやすくなる癌。つまり、コーヒーによって糖尿病リスクが下がり、肝癌や子宮体癌のリスクを下げているとも考えられる。

 (3)コーヒーがさまざまな病気の発症を抑えるメカニズムはまだよくわかっていない。ただ、ポリフェノールの一種、クロロゲン酸の抗酸化作用が関係していると考えられる。
 スターバックスなどのチェーン店だけでなく、コンビニも挽きたてのコーヒーが飲めるようになり、日本国内のコーヒー消費量は2015年、過去最高を記録した。
 だが、たくさん飲めばよい、ということではない。カフェインの大量摂取は危険。事実、2015年、エナジードリンクを頻繁に飲んでいた男性がカフェイン中毒で死亡した。
 体に悪影響を及ぼさないカフェインの1日最大摂取量について日本には基準がないが、海外では健康な大人であれば400mgとされ、コーヒーだと3杯程度。癌リスクを下げる効果と、カフェインの悪影響と、双方を考えると1日3杯までが適量といえそうだ。
 エナジードリンクのカフェイン含有量は1本当たり80~180mgなので、エナジードリンクを飲む日はコーヒーを控えめに。
 また熱い飲み物は食道癌のリスクを「ほぼ確実に上げる」とされているので、熱々を飲むのも避けたほうがいい。
  
□石臥薫子・柳堀栄子(編集部)「コーヒー善玉説に一日3杯までが○ ~食べていい・悪いの境界線~」(「AERA」2016年7月25日号)
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 【参考】
【食】トランス脂肪酸は10年前の10分の1 ~マーガリン~
【食】グルテンの中毒性、仮説を明確に否定 ~パンやうどん~
【食】野菜は水にさらし、炒めるより蒸す ~アクリルアミド~
【食】毎日ハム5枚は多すぎ、気にすべきは量 ~亜硝酸ナトリウム~
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【食】トランス脂肪酸は10年前の10分の1 ~マーガリン~

2016年07月30日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)マーガリンの中に含まれているトランス脂肪酸が健康被害を引き起こすとの報道がよく見られる。
 トランス脂肪酸摂取量が総エネルギーの2.8%に達する人は1.3%の人に比べて冠動脈性心疾患のリスクが1.3倍増加したという米国の調査もあり、心筋梗塞の原因になると考えられている。ただ、トランス脂肪酸が直接の原因だとする根拠は不明だ。

 (2)米国ではトランス脂肪酸を多く含む部分水素添加油脂を食品にするには2018年から新たに米国食品医薬局(FDA)の承認が必要になる。
 1990年を過ぎたころから米国ではマーガリンの使用量が大きく減少している。代わりに安価なパーム油に置き換わっているようだが、パーム油の安全性も確立していない。

 (3)日本人のトランス脂肪酸平均摂取量は、総エネルギー比の0.3%。「マーガリン害悪説」が影響してか、摂取量は低下傾向にある。WHOが目標値としている1%より少ない。

 (4)マーガリン類を販売している各メーカーによれば、トランス脂肪酸の含有量は商品10g当たり0.06~0.3g。企業努力によって、10年前に比べて10分の1程度と大幅に減少している。
 トランス脂肪酸には、①工業経由のものと②反芻動物経由のものの2種類がある。 
 ①は、コーンや大豆、菜種などの植物油脂などに水素を添加して硬さを調整したも硬化油の製造時に生じるもの。マーガリンなどに含まれる。
 ②は、反芻動物の胃で微生物によりつくられたもの。バター、チーズにも含まれる。
 ①に心筋梗塞リスクがあるとされる。
 リスクがあるかもしれないので摂取は少なくしたほうがいいという現状だが、心筋梗塞のリスクを考えるとタバコは5倍もある。禁煙、受動喫煙防止の徹底が先だ。

 (5)トランス脂肪酸はビスケット類、マヨネーズ、クリーム類などにも含まれている。知らず知らず多量に摂取してしまう可能性もある。
 原材料名には、ファストスプレッド、ホイップクリーム、植物油脂などとあるが、何かわかりにくい。原料の植物油が大豆なのか、菜種なのか、油種名も分からず、表記には問題がある。
 日本でもマーガリンの材料にコーン油や大豆油、菜種油、パーム油が使われているが、そのリスクもある。
 最近では、対図油や菜種油の水素添加の過程でビタミンK1が変化し、ジヒドロ型ビタミンK1がつくられ、それが糖尿病や動脈硬化などの原因になることがわかってきた。実は悪いのは植物油のほうなのであった。

□石臥薫子・柳堀栄子(編集部)「トランス脂肪酸は10年前の10分の1 ~食べていい・悪いの境界線~」(「AERA」2016年7月25日号)
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 【参考】
【食】グルテンの中毒性、仮説を明確に否定 ~パンやうどん~
【食】野菜は水にさらし、炒めるより蒸す ~アクリルアミド~
【食】毎日ハム5枚は多すぎ、気にすべきは量 ~亜硝酸ナトリウム~
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【佐藤優】キリスト教徒として読む資本論 ~宇野弘蔵『経済原論』~

2016年07月29日 | ●佐藤優
 (1)宇野弘蔵は、マルクス『資本論』研究の第一人者だ。しかし、『資本論』から革命の指針を見出そうとするイデオロギー過剰なマルクス主義経済学者ではなかった。宇野は、
  (a)マルクス主義経済学
  (b)マルクス経済学
を区別する。(a)は、共産主義革命を実現するという認識を導く関心の下で革命の指針を見出そうとするイデオロギーだ。宇野はこういう(a)を否定し、
 <『資本論』の偉大なる科学的業績を現代に生かすものではないと思っている>
と強調する。
 ここでいう科学とは体系知(ドイツ語のWissenschaft)のことだ。宇野は、『資本論』を資本主義社会の内在的論理を実証主義的に解明した体系知の本だと捉えたのだ。マルクスが『資本論』で展開した科学(体系知)の方法に『資本論』の記述が矛盾している場合(<例>資本主義の発展とともに労働者階級が窮乏するという窮乏化法則)、その記述を改め、純粋な資本主義の運動を記述した「現理論」に再編する必要があると考えた。そして、自ら『経済原論』を二度上梓し、「現理論」の分野で多くの業績を残した。

 (2)宇野は、マルクスには二つの魂があると考える。
  (a)観察者として資本主義の内在的論理を解明しようとする魂。それはマルクスの主著『資本論』に端的に現れている。
  (b)共産主義社会を実現しようとする魂。『資本論』にも革命家としてのマルクスのイデオロギーが混在するが故に、論理が崩れている部分がある。そうした部分については、論理を重視して宇野は『資本論』を現理論として純化した。宇野によれば、経済学の原理とは、
 <資本家的商品経済が、あたかも永久的に繰り返すかの如くにして展開する諸法則を明らかにする>
ことなのだ。

 (3)ここで鍵になるのが労働力の商品化だ。労働力の商品化が生産様式を支配するようになると、資本主義は好況と恐慌を繰り返し、「あたかっも永久的に繰り返すかの如」きシステムとなるのだ。『経済原論』の結論部で宇野は、
 <社会主義の必然性は、社会主義運動の実践性にあるのであって、資本主義社会の運動法則を解明する経済学が直接に規定しうることではない>
と強調するが、この内容に納得した後、佐藤優は『資本論』の論理に立ちながらキリスト教徒であることに何ら矛盾を感じなくなった。
 資本主義社会の構造は、宇野流に『資本論』を読み解くことによって客観的に解明できる。ただし、そのことから資本主義体制を打倒する革命運動に加わらなくてはならないという結論が導き出されるわけではない。
  (a)むろん、「こんな社会で生きるのは嫌だ」と革命を志向する人もいるだろう。
  (b)他方、「利潤を生み出す源泉は労働力しかないのだから、人材派遣会社を経営して、他人の労働力を徹底的に搾取して金持ちになる」という処方箋を『資本論』から見出すことも可能になる。
  (c)あるいは、予見される将来に資本主義システムが崩れることはないのだから、資本主義が暴走するのを避けるようにしつつ、いつか資本主義に代わる社会が到来する日を「急ぎつつ、待つ」という選択をする人たちもいる。

 (4)さて、現実に存在する資本主義は純粋なものではない。
 宇野は資本主義の純粋化傾向は19世紀末には止まり、国家が経済に積極的に介入する帝国主義の時代が到来したと考えた。
 <資本主義は19世紀70年代以後漸次にいわゆる金融資本の時代を展開し、多かれ少なかれ旧来の小生産者的社会層を残存せしめつつ益々発展することになったのであって、もはや単純に経済学の原理に想定されるような純粋の資本主義社会を実現する方向に進みつつあるものとはいえなくなったのである。すなわち経済学は、ここにおいて原理のほかに原理を基準としながら資本主義の歴史的発展過程を段階論的に解明する、特殊の研究を必要とすることになるのであった>
 そして、歴史的発展とともに経済政策が重商主義、自由主義、帝国主義と質的に異なる位相で発展するという発展段階説を唱えた。
 さらに、現実には存在する資本主義を分析するには、現理論、段階論の考察に、政治勢力や労働運動の状況、国際関係などを加味した現状分析を行わなくてはならないと考えた。現理論・段階論・現状分析という三段階論で重層的に資本主義を分析する体系知としての経済学を確立する必要があると宇野は説いた。段階論については、国家の経済に対する政策で当該資本主義の特徴が顕著にシメされるので、国家論と言い換えてもよい。

 (5)宇野の体系知としての経済学というアプローチは正しい。宇野はこう述べている。
 <資本家と労働者と土地所有者との三階級からなる純粋の資本主義社会を想定して、そこに資本家的商品経済を支配する法則を、その特有なる機構と共に明らかにする経済学の原理が展開される。いわゆる経済原論をなすわけである>
 資本主義システムは、搾取する者と搾取される者という階級関係を必然的に包摂する。しかし、自由な市場で労働力商品を賃金に交換するという形態をとるので、この交換の中に階級関係が隠されている仕組みがよく見えない。宇野は、搾取の構造について、
 <資本にとっては、労働は無産労働者の労働として、商品形態をもって購入した労働力の資本のもとにおける消費としての労働である。したがって賃銀は、労働賃銀の形態をとるにしても、決して労働に対する報酬としての所得ではなく、労働力商品の代価にすぎない。賃銀は資本--利潤に対応する所得をなすものではない>
 『資本論』の論理では、賃金は生産段階で決まる。賃金を対価に購入した労働力を資本家が最大限に活用して利潤を上げても、それが労働者に分配されることにはならない。分配は、資本家と地主、異なる部門の資本家の間でなされるものであって、労働者には関係ない。したがって、企業がいくら業績を上げてもmそれが労働者の賃金上昇に直接つながることはない。
 このような階級社会を克服することは容易ではない。
 ソ連社会は、国家の暴力を背景に、すべての人びとを強制労働に就かせるという監獄社会を作り出してしまった。
 現実にソ連型社会主義が失敗した理由は、人間が自らの力によって理想的な社会を構築することができる・・・・という原罪観を欠いた楽観的なヒューマニズムのせいだ。
 むろん、資本主義が人間にとって理想的なシステムとは言わない。資本主義は、英国のエンクロージャー(囲い込み)運動という外部からの契機によって生まれたのだ。論理的に考えれば、与件が変化すれば、資本主義社会を超克することは可能だ。マルクス主義者の間違いは、システムの転換が内部から可能であると考えたことだ。資本主義は、キリスト教の千年王国が説くように外部からのきっかけによって崩れる。人間を疎外するシステムである資本主義に振り回されないように細心の注意を払いつつ、いつか千年王国が到来することをキリスト教徒は「急ぎつつ、待つ」という態度をとらなくてはならない。

□佐藤優「宇野弘蔵/経済原論 科学的業績としての資本論 ~ベストセラーで読む日本の近現代史 第35回~」(「文藝春秋」2016年8月号)
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 【参考】
【佐藤優】ペリー来航で草の根レベルの交流、沖縄差別の横行、美味なソースの秘密
【佐藤優】原油暴落の謎解き、沖縄を代表する詩人、安倍晋三のリアリズム
【佐藤優】18歳からの格差論、大川周明の洞察、米国の影響力低下
【佐藤優】天皇制を作った後醍醐、天皇制と無縁な沖縄 ~網野善彦『異形の王権』~
【佐藤優】新しい帝国主義時代、地図の「四色問題」、ベストセラー候補の研究書
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【佐藤優】資本主義の内在的論理
【佐藤優】米国の戦略策定、『資本論』をめぐる知的格闘、格差・貧困問題の起源
【佐藤優】偉くない「私」が一番自由、備中高梁の新島襄、コーヒーの科学
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【食】グルテンの中毒性、仮説を明確に否定 ~パンやうどん~

2016年07月29日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)パンやうどんなどの原料である小麦を「食べてはいけない」とする説が、最近、本やネットで流れている。
 小麦をめぐって
  (a)その糖質に着目した「糖質制限」の話
  (b)小麦に含まれるタンパク質の一種グルテンが一部の人に引き起こす病気の話
  (c)万人にグルテンは危険とする説
が混同して流布している。
 (b)については、①セリアック病、②グルテンアレルギー、③グルテン過敏症があり、基本的にはグルテン除去食で症状が改善する。
 ③の患者に、テニスの世界王者ノバク・ジョコビッチ選手がいる。グルテンを抜いた食生活で劇的に改善したという。
 ①は、特定の型の白血球抗原をもつ人がグルテンを構成するタンパク質グリアジンを摂取した場合に起こる自己免疫疾患で、小腸の炎症によって栄養吸収ができなくなり、神経障害なども引き起こす。米国では近年患者が増加し、130人に1人いる。ただし、遺伝的要因が大きく、日本人には稀だ。

 (2)(1)-(c)において、特に注目されるのは、「グルテンには麻薬のような中毒性があり、記憶障害や情緒不安定、鬱などを引き起こす」という説。
 1979年に、グルテンを摂取した際、モルヒネと似た作用をするオピオイドペプチドが消化管内で派生することがわかった。これが「グルテンは麻薬のよう」という仮説の論拠になった。
 しかし、1991年にグルテンオピオイドペプチドの構造を解明した吉川正明・京都大学名誉教授はこの仮説を明確に否定する。
 「オピオイド受容体にはデルタ、ミュー、カッパの3種類あるが、グルテンオピオイドペプチドが結合するのは、モルヒネが結合するミュー受容体ではなく、デルタ受容体であり、モルヒネのような中毒作用を示すことはありません。マウスに比較的大量のグルテンオピオイドペプチドを経口投与した実験では、記憶増強やストレス低下など、むしろ好ましい作用を示すこともわかっています」

 (3)グルテン害悪説派は、現在流通する小麦の大半を占める「半矮性種」を問題視する。1960年代以降の品種改良で、グルテンの含有量が従来種より格段に高まり、(1)-(b)-①や認知症などが増えた一因だ、との主張だ。しかし、
 「米カンザス州の小麦を1949年から2011年まで調べた論文もあり、品種改良の後でグルテン含有量が格段に高まったという事実は見当たりません」【国立研究開発法人「農業・食品産業技術総合研究機構」の担当者】

 (4)グルテンと様々な疾病との関連について、日本では大規模な疫学調査はほとんど行われていない。原因不明の不調が続く人は、グルテン過敏症かどうか検査するのも手だが、日本では一部の病院でしか行っておらず、保険適用外。日本アレルギー学会は、その検査自体の有用性を公式に否定している。 

□石臥薫子・柳堀栄子(編集部)「グルテンの中毒性、仮説を明確に否定 ~食べていい・悪いの境界線~」(「AERA」2016年7月25日号)
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 【参考】
【食】野菜は水にさらし、炒めるより蒸す ~アクリルアミド~
【食】毎日ハム5枚は多すぎ、気にすべきは量 ~亜硝酸ナトリウム~
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【食】野菜は水にさらし、炒めるより蒸す ~アクリルアミド~

2016年07月28日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)多忙な共働き家庭の定番メニュー「野菜炒め」に発癌性がある?
 2016年2月、内閣府食品安全委員会の発表にギョッとした人も多いだろう。問題になっているのは、野菜などを高温で加熱調理したときに発生する「アクリルアミド」だ。
 アクリルアミドについては、これまでJARCなどが「人に対しておそらく発癌性がある」と指摘してきた。
 今回食品安全委員会は、日本人のアクリルアミドの平均摂取量を割り出し、発癌性のリスクを評価した。その結果、
   日本人の摂取量は海外と比べて「同じか少ない程度」で、リスクは極めて低いものの、
   「懸念がないとは言えない」
と結論づけた。

 (2)アクリルアミドはスナック菓子、パン類、コーヒー、お茶などにも含まれるが、日本人のアクリルアミド摂取の56%を占めるのは高温調理した野菜。
 むろん、野菜はビタミンやミネラルが豊富で癌の予防効果もあると言われているので、アクリルアミドが出るから摂らないというのはナンセンス。食材の準備段階と調理法の工夫で、極力アクリルアミドが生成されないようにすればよい。

 (3)アクリルアミドは、炭水化物を含む食品を120度以上の高温で調理した際、アミノ酸の一種であるアスパラギンが、ブドウ糖、果糖などの還元糖と反応してできる。ポイントとなるのは120度という温度だ。似る、蒸す、ゆでる、といった水を使う調理法なら、食材の温度は120度を超えることはないため、アクリルアミドはできにくい。
 揚げる、炒める場合は、還元糖とアスパラギンを準備段階で減らすこと。
 揚げ物の場合、加熱時間は短めが基本だ。フライドポテトは軽く色がつく程度が目安。天ぷらやフライの場合は、具の部分に水分が残っている限りアクリルアミドはほとんど生成しないので、神経質になる必要は無い。
 市販のフライドポテトなどのアクリルアミド濃度も、販売業者の努力で減っている。2013年度は2006,2007年度に比べて4割以上減少していた【農林水産省の調査】。
 カリカリに揚げたり、高温で炒めたりした野菜はおいしいが、風味を損なわずにリスクを減らす方法は覚えておいたほうがいい。

 (4)炒める、揚げる場合のアクリルアミド低減策のポイント(農林水産省まとめ) 
  (a)じゃがいもは常温保存・・・・長時間冷蔵庫で保存するとアクリルアミド生成の原因となる還元糖が増加する。
  (b)いも類や野菜類は切ったあと水にさらす・・・・いもや野菜の表面から還元糖やアスパラギンを落とす効果がある。
  (c)炒める時はよくかき混ぜる・・・・120度以上の高温調理が危険。よく混ぜることで高温化が防げる。
  (d)炒めたあと、蒸し煮にするとよい・・・・水分があると高温化を防ぐことができる。
  (e)揚げる時は短時間で、色は薄めに・・・・高温で長時間になるほどリスク大。具の中の水分を飛ばさない。 

□石臥薫子・柳堀栄子(編集部)「野菜は水にさらし炒めるより蒸す ~食べていい・悪いの境界線~」(「AERA」2016年7月25日号)
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 【参考】
【食】毎日ハム5枚は多すぎ、気にすべきは量 ~亜硝酸ナトリウム~
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【食】毎日ハム5枚は多すぎ、気にすべきは量 ~亜硝酸ナトリウム~

2016年07月28日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)流通しているハム・ソーセージには、発癌性が一部では指摘される発色剤「亜硝酸ナトリウム」が含まれている。
 世界保健機構(WHO)傘下の国際癌研究機関(JARC)は、昨年、「ハム・ソーセージなどの加工肉の発癌性には十分な根拠がある。毎日50mg食べると、大腸癌になるリスクが18%増える」と発表した。
 加工肉メーカーは、ホームページなどで次のように説明する。「肉の色を固定するほか、獣臭さを消し、ボツリヌス菌などの細菌の増殖を抑制する」
 しかし昨年、JARCの発表によって、多くのスーパーで買い控えが広がった。
 昨年10月、首都圏を基盤とする食品スーパー「オーケー」は、販売するハム・ソーセージを原則として「無塩せき」とした。「無塩せき」には、発色剤「亜硝酸ナトリウム」が使用されない。

 (2)買い控えには、JARCの分類が一部で誤解された面が強い。
 JARCは、さまざまな食品や生活習慣と癌のリスクとの関連について、「科学的根拠の強さ」に応じて、5つのグループに分けている。世界中の研究論文のうち、人に対する発癌性について「ある」と認めて論文が相当数あれば「発癌性の十分な証拠がある」としてグループ1に、動物実験で十分な証拠はあるが、人では「限定的な証拠」にとどまるのであればグループ2Aに、といった具合だ。
 今回、加工肉はグループ1に分類されたが、同じグループにリスクが極めて高いとされる喫煙やアスベストも含まれていたため、騒ぎが大きくなった。
 だが、分類基準はあくまで「科学的根拠の強さ」であって、「発癌リスクの高さ」ではない。
 発癌リスク自体は、世界の、喫煙に起因する癌死亡率が年間100万人であるのに対し、加工肉は3万4千人。決して同等ではない。
 それでも、加工肉の摂取によって癌で死亡している人が世界に年3万人以上いる。

 (3)一番気にするべきは、食べる量だ。
 JARCが評価対象とする論文の中には、大量に加工肉を食べる地域での研究も含まれているが、日本の平均摂取量は1日当たり13gと世界の中では最も低い水準だ。
 さらに国立がん研究センターが日本人8万人を10年間追跡した調査では、加工肉と大腸癌に関連は見られなかった。
 つまり、日本人の平均的な摂取量の範囲であればリスクは小さい。
 逆に言えば、日本人でもハム・ソーセージを毎日のように50g(ハムならば5枚、ソーセージなら3本、薄切りベーコンなら3枚程度)を食べる、という人は、量を減らしたほうがいい。
 日本の加工肉メーカーは、亜硝酸ナトリウムを法律で定められた基準よりはるかに少ない量しか使っていない、という。
 気になる人は「無塩せき」を使うこと。
 ただし、何より食べる分量に注意して。

□石臥薫子・柳堀栄子(編集部)「~食べていい・悪いの境界線~」(「AERA」2016年7月25日号)
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【保健】機能性表示食品がトクホを上回るペースで増加 ~野放し~

2016年07月27日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)機能性表示食品の聖域化がますます顕著になってきた。
 ライオンの商品誇大広告は、消費者庁が再発防止策を勧告した【注1】。
 国(食品安全委員会)が、効果効能や安全性を審査して合格したものであっても、「医薬品のごとく効果を宣伝することは許されない」と、消費者庁は、初めてトクホにメスを入れたのだ。
 「トクホであっても聖域ではない。何をしても構わないということではない」という消費者庁の強い意志の表れだ。

 (2)保健機能食品(トクホ、栄養機能食品、機能性表示食品)に属さない健康食品も、消費者庁は、今までに何度も景品表示法違反で摘発している。
 景品表示法違反に該当しない場合でも、水素水を作るとうたった装置【注2】のように、国民センター自らが実験し、「飲用におる効果を表したものではない」と消費者に注意を喚起した例もある。
 食品ではないが、2014年3月には、二酸化塩素を使った空間除菌グッズも、消費者庁はメーカー側の実験結果を調査し、「合理的根拠がない」として景品表示法違反で摘発している。
 いずれも罰則のない行政処分だが、根拠のない健康食品や健康グッズを氾濫させないための抑止力にはなっている。これが、国(消費者庁)の本来の姿だ。

 (3)一方、機能性表示食品について、消費者庁は、
  (a)届出資料を基に寄せられる疑義情報
  (b)消費者庁による予算事業(機能性に関する科学的根拠の検証--届け出られた研究レビューの検証事業、買い上げ調査を実施)
などの結果を踏まえ、事後確認を行っている。しかし、今のところ、事後確認の検証結果については何ら公表されていない。

 (4)品目数は、
  (a)トクホ・・・・1991年にスタートし、25年後の2016年4月現在、表示が認可された商品は1,241品目。
  (b)機能性表示食品・・・・2015年4月にスタートし、1年後の2016年3月末で273品目が届出を受理され、6月には320品目を超えた。
 どうしてこんな短期間で(b)が販売されているかというと、
   ①トクホよりはるかに少ない開発費で済む。
   ②短期間で市場に出せる。 
   ③機能性表示食品なら摘発されない。
 特に③の実態が大きな要因になっている。

 (5)事業者からすると、トクホよりカネがかからないのに、トクホと同じように機能性(効果効能)を訴えることができ、しかも行政に摘発されないのだから、こんなありがたい商品はない。トクホより機能性表示食品を販売したほうが、はるかにメリットが大きいので、競って届出する。
 事後確認が一切されていない機能性表示食品制度は、まったく機能していない。まさに野放し状態だ。
 このまま進めば、機能性表示食品は「一切審査も調査もされない聖域」になってしまう。一刻も早く、一つの商品でよいから、事後確認をした結果を公表すべきだ。

 【注1】「【保健】勧告すべきはライオンのほかにも ~トクホ商品誇大広告~」 
 【注2】「【食】「水素水」ブーム便乗商品に気をつけろ ~効果は疑問~

□垣屋達哉「トクホを上回るペースで増える機能性表示食品 このまま野放しで大丈夫か?」(「週刊金曜日」2016年7月1日号)
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【中国】脅威論の「虚」と「実」 ~中国海軍の実力~

2016年07月27日 | 社会
 (1)中国は国防費を急増させ、必死で軍艦を造っているような印象が日本にはあるが、実際はどうか。
 中国の国防費は2,979億元(2006年)から9,543億元=14兆円余(2016年)に。10年間で3.2倍。だが、中国のGDPは2005年から2015年までの10年間に3.7倍、歳出は6.4倍だから軍拡に必死というわけではない。抑制が利いているほうだ。日本の高度成長期、1970年から80年にはGDPが3.4倍、防衛予算は3.9倍になった。急成長した他の国々でも同じ現象が起きた。税収、予算が拡大すると軍への分け前も増えるのは自然の勢いだ。

 (2)中国だけが特別ではないとしても海軍の増強は事実ではないか。
 数的には中国海軍はこの10年間で潜水艦が58隻から61隻(うち旧式15隻)になり、駆逐艦は27隻から19隻に、それより小型のフリゲートは44隻から54隻(うち旧式22隻)になった。かつては何百隻もあったミサイル艇、魚雷艇を整理して、代わりにコルベットを18隻建造している。
 潜水艦、水上艦とも旧式を廃棄しつつ、新型を入れているが、装備の更新は、よほど貧しい国は別としてどの国の軍も行うことだ。「近代化による戦力向上」は他国でも起こるから、基本的には相殺される要素だ。
 中国海軍の近代化は日本、韓国、台湾などに比べてひどく遅れ、いまやっと追いつきつつあるが、技術的に課題が多い。建造中の艦から数年先を見通せば、数的には微増だろう。

 (3)中国海軍が米海軍に対抗し、西太平洋やインド洋で海上覇権を狙うという人もいるが。
 米海軍相手ではまったく勝負にならない。空母は「遼寧」はJ15戦闘機約20機を搭載できるが、それを発進時に加速する装置「カタパルト」は米国しか造れない。それがないから戦闘機はミサイル、爆弾を少しだけ付けるか、燃料を減らしてやっと発進できる。艦載の空中早期警戒機も、運用できない。米海軍の原子力空母10隻(近く11隻になる)は戦闘攻撃機F/A18を55機搭載できるから、計600機に対しJ15が20機程度では話にならない。ほかにも空母を建造している様子だが、「カタパルト」はないようで、外洋では米空母と対決すれば単なるカモだ。外洋で制空権をとれないから、中国の水上艦は戦時に地上基地戦闘機の行動半径1,000kmから出れば全滅は必至、いわゆる「第一列島線」を超えて出られないだろう。

 (4)中国は精密誘導が可能な弾道ミサイルを開発し、それで陸地から米空母を狙うとも言われている。
 空母の位置、針路、速力をリアルタイムで知るのは容易ではない。偵察衛星は時速27,000kmで各地上空を1日に約1回通過するだけだから移動目標はつかめない。偵察機や潜水艦で空母を発見し、陸上のミサイル基地に通報して発射させるなら、発見から弾着まで30分ほどかかるだろう。その間に空母は20kmほど移動するし、針路を変えることもあるので狙えない。航空機や潜水艦から対艦ミサイルを発射するほうがよほど現実的だ。

 (5)米空母の近くに中国の潜水艦が浮上、「音が低い中国潜水艦は脅威だ」と騒がれたことがある。
 「通常推進」型の潜水艦は浮上してか、または吸気筒を海面上に出し、ディーゼル機関で走って蓄電池に充電し、潜行中は電気モーターで走るから、原子炉を積む原潜より潜行中の音が一般的には低い。空母が通る地点に、低速でひそんでいると発見しにくいのは当然だ。しかし、水中を高速で走るとすぐに電池がカラになるから空母を追いかけることはできず、待ち伏せにしか使えない。
 中国は実用になる艦船攻撃用の原潜2隻と、通常潜水艦39隻を持っているが、原潜は旧ソ連が1970年代に造った「ヴィクターⅢ」がモデルで、なお音が大きいようだ。
 米、英海軍と海上自衛隊は冷戦時代に400隻近い旧ソ連潜水艦隊を主な仮想敵としていたから、潜水艦の探知技術や、懐中での音波の伝播状況を研究する「水中音響学」が非常に発達し、旧ソ連とは大差があった。中国海軍はロシアとフランスの技術を取り入れているから、相手の潜水艦を探知するソナーの技術は低いようだ。P3Cのような対潜哨戒機もほとんどないし、駆逐艦の艦載ヘリも小型で対潜水艦作戦能力は乏しいから、米、日の潜水艦には対抗できないだろう。

 (6)それでも「米中衝突」を予測する議論が多い。
 中国は中東からの原油の第一の輸入国で、他の資源も大量に輸入する最大の貿易国家だ。世界的な制海権を握る米海軍に対抗し、インド洋などの長大な通商路を守ることは不可能だから、経済が発展するほど、米国とは協調せざるをえない。
 米国にとっても、中国からの投資、融資や中国市場は不可欠だから、大局的に見れば両国衝突の要素はない。

 (7)しかし、南シナ海で中国が人工島を造り、要塞化を進めているのは何のためか。
 海南島に中国の弾道ミサイル原潜4隻の基地がある。米海軍は万一に備えてその「音紋」を収集したり、海中の音波の伝播状況のデータを蓄えようと努める。中国は、それを妨害しようと人工島の基地を築いている。米国のいう「航行の自由」とは、実は「偵察の自由」なのだ。日本にとり二台輸出市場である米中がもし武力紛争を起こせば、双方の経済は大混乱、日本の経済に致命的打撃となり、尖閣諸島とは比較にならない。日本が米中の対立を助長するのは愚策だ。

 (8)尖閣や離島が中国に「占拠」されたら、自衛隊が奪還するという構想を描いているようだが。
 南シナ海正面の中国東部戦区は「台湾正面」だから、戦闘機約400機(6割は新型機)が配備され、尖閣はゆうにその行動半径だ。自衛隊は那覇に40機だから、決め手となる制空権の確保が難しい。
 日本が制空権をとれるようなら中国は攻めてこないし、中国軍が奇襲上陸しても補給が切れて全滅する。
 日本が制空権をとれないようなら、水陸両用車「AAV7」やオスプレイを買い、「水陸機動団」による逆上陸を考えるのは、自殺行為、頓珍漢な戦略だ。

□語り手:田岡俊次(軍事評論家)/聞き手と構成:成澤宗男(編集部)「中国脅威論の「虚」と「実」」(「週刊金曜日」2016年7月22日号)
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【後藤謙次】幹事長の入院が人事に波及、「ポスト安倍」めぐり早くも火花

2016年07月26日 | 社会
 (1)7月14日、東京都知事選が告示された(投票日は31日)。
 選挙の現場を尻目に、安倍晋三・首相は一足早く夏休み入りした(24日まで)。北朝鮮の相次ぐミサイル発射、トルコのクーデター未遂など国際社会は激動しており、党内から不満が聞こえる。
 7月16日、谷垣禎一・自民党幹事長が自転車転倒事故を起こし、政界全体を驚かせた。谷垣は野党自民党の総裁時代にも転倒事故を起こしている。搬送先は、聖路加病院(東京・中央区)。検査入院と発表されていたが、17日になって谷垣の転院の事実が伝わると一変した。転院先の総合病院(東京・港区)に脊椎治療で日本を代表する名医がいたからだ。
 7月19日、出席が予定されていた自民党総務会に谷垣は姿を見せず、同時に脊椎の手術を受けたという話が流れた。
 情報がきちんと公開されずにいたことで、脊椎に損傷があるのではないか、などの憶測が飛び交い、混乱に拍車をかけた。

 (2)自民党幹事長は、政権ナンバー2の権限をもつ。かつて田中角栄は自民党幹事長の重みをこう語っていた。「政党政治かにとって最高の栄誉は総理になることではない。政権与党の幹事長になることだ」
 国会、党内運営の最高責任者が幹事長だ。ましてや今の時期は参院選が終わった直後で、臨時国会の召集時期や国会内の人事、さらに安倍が企画している党役員人事、内閣改造など重要決定事項が目白押しだ。いずれもが「安倍-谷垣会談」から始まる。
 その谷垣がけがで不在だ。憶測と思惑が絡み合い、自民党内でさまざまな動きが表面化した。中でも注目はポスト安倍の動きを誘発させたことだ。
 今や谷垣を凌ぐほど存在感を発揮する二階が口火を切った。
 「(安倍が)余人をもって代え難しという状況が生まれてくれば、対応を柔軟に考えていくのは大いに検討に値する。(総裁任期延長の)必要があると大方が認めれば、延長も考慮に入れていいのでは」
 これに対し、安倍と距離を置く野田聖子・前総務会長は反対の立場を鮮明にした。
 「かつて相当人気のあった小泉純一郎・元首相ですら、任期を守った。安倍首相も守る人だ」
 早くも2年後の自民党総裁選をめぐって火花が散った。
 今のところ安倍は静観の構えを崩さない。

 (3)幹事長の入院によって政治の流れが大きく変わった、という歴史がある。
  (a)1984年10月、田中六助・幹事長(当時)が病気入院した。幹事長不在の中、中曽根康弘・首相(当時)の追い落としを図った「二階堂擁立劇」が表面化した。中曽根を退陣に追い込み、二階堂進・副総裁(当時)を首相にしようとする企てだった。この“クーデター”を田中に代わって封じたのが、金丸信・総務会長(当時)。金丸は中曽根を守った論功でそのまま幹事長に昇格した。これを契機に金丸が政権運営の主導権を握り、盟友だった竹下登の総理総裁への道を切り開くことになった。
  (b)1989年4月、竹下政権末期、竹下が宿願の消費税導入を果たしたものの、リクルート事件に直撃され、政権は弱体化し、限界にきていた。とどめをさしたのが、安倍晋太郎・幹事長(当時)の入院だった。病名は「胆管結石」。竹下は退陣表明に追い込まれ、安倍幹事長代行職に、幹事長代理だった橋本龍太郎を指名した。橋本は、その後竹下の後を継いだ宇野宗佑政権の幹事長に就任した。急場しのぎに見えながら、幹事長の代役はそのまま幹事長に就くという流れが生まれた。幹事長という政権中枢のポストを動かすと、政権全体のバランス、カラーが崩れるからだ。 

 (4)安倍も、父、晋太郎の病気入院当時の状況と重ねたに違いない。幹事長代行の細田博之に谷垣の代行を委ねた。細田は事実上の安倍派といっていい細田派会長で、幹事長経験者でもある。安倍にとって最も使い勝手のいい人材だ。そのまま幹事長への昇格もあれば、岸田文雄・外相の登用など多くの選択肢を手にした。
 これにより、安倍は「ポスト安倍」をにらんだ政局絡みの人事で、手の内を明かさずにこの局面を乗り切ることが可能になった。むろん谷垣を続投させるシナリオもあるが、党内の大勢は幹事長交代を前提に動き始めている。安倍にとって谷垣はあらゆる面で「安全牌」だったが、転倒事故という予期せぬ自体が政治の歯車を大きく動かすことになった。

□後藤謙次「幹事長の転倒事故が人事に波及 「ポスト安倍」めぐり早くも火花 ~永田町ライブ!No.301」(「週刊ダイヤモンド」2016年7月30日号)
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 【参考】
【後藤謙次】参院選大勝も激戦12県で大敗 ~劣る「勝利の質」~
【後藤謙次】都知事選で与党分裂の理由 ~自民党内の反安倍勢力~
【後藤謙次】日本が直面する「ABCリスク」 ~英EU離脱で顕在化~
【後藤謙次】甘利大臣辞任をめぐる二つのなぜ ~後任人事と直後のマイナス金利~
【政治】不可解な時期に石破派が発足 ~その行方は内閣改造で~
【政治】震災後2度目の統一地方選 ~異例なほど注力する自民党本部~
【政治】安倍が描いた解散戦略の全内幕 ~周到な準備~
【政治】安部政権の危機管理能力の低さ ~土砂災害・火山噴火~
【政治】「地方創生」が実現する条件 ~石破-河村ラインの役割分担~
【政治】露骨な安倍政権へのすり寄り ~経団連が献金再開~
【政治】石原発言から透ける政権の慢心 ~制止役不在の危うさ~
【原発】政権の最優先課題 ~汚染水と廃炉作業~
【政治】「新党」結成目前の小沢一郎の前にたちはだかる難問
【政治】小沢一郎、妻からの「離縁状」の波紋 ~古い自民党の復活~
【政治】国会議員はヤジの質も落ちた
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【櫻井よしこ】中国、裁定直後フィリピンを恫喝 ~強める軍事的色彩~

2016年07月25日 | 社会
 (1)ロドリゴ・ドゥテルテ・フィリピン大統領が、7月19日、「南シナ海問題で中国とは交渉しない」と、マニラを訪れた米国議員団に語った。
 南シナ海のほぼ全域が自国の領有だとする中国に対して、ドゥテルテ大統領は、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所がどのような裁定を下しても話し合いで臨む、と明言してきた。氏は、大統領選挙のキャンペーンで、「中国が貧しいフィリピンの鉄道建設に資金提供するなら、南シナ海問題について口を閉ざしてもよい」とまで語った人物だ。
 7月12日に、中国の主張を全面否定する画期的な裁定が示されたときも、フィリピン政府は抑制されたコメントを発表しただけだ。これはドゥテルテ大統領が話し合いを進めようと考えていたことを示すものだろう。

 (2)歴史を振り返れば、フィリピンは融通無碍な国だ。
 2004年、アロヨ政権は、中国と秘密協定を結んで多額の資金を受け入れ、その代わりに、スプラトリー礁を含むカラヤン諸島のほぼ全域を中国企業が中国の法律に基づいて開発する権利を認めるという驚くべき決断をした。
 ドゥテルテ大統領も同様の道を選ぶのかと懸念されていたところに、中国とは交渉せず、という話が流れてきた。
 一体何が起きたのか。見えてくるのは、中国外交の非常識だ。

 (3)フィリピンと中国は裁定直後に外相会議を開いたが、王毅・中国外相はペルフェクト・ヤサイ・フィリピン外相に対して次のように語った。裁定に関して一切のコメントを発表すべきでない、裁定とは無関係に二国間協議に入るべし、うんぬん。
 ヤサイ氏、答えていわく、そのようなことはフィリピンの国益にもフィリピン憲法にも合致しない。
 王氏、返していわく、
 「もしフィリピンが裁定に拘り、その線上で議論しようとするなら、われわれは対立(confrontation)に向かうだろう」
 これは恫喝というものだ。
 スプラトリー諸島問題からいったん離れて、ヤサイ氏は次にスカボロー礁に言及した。同礁は3年前から中国が実効支配しており、今年中に埋め立て作業に着手するのではないかと懸念される注目の岩礁だ。中国がこれを埋め立てて軍事基地化すれば、南シナ海全体を中国にとられる。
 「フィリピン漁民の同礁周辺での漁業を認めてほしい」
 ヤサイ氏のこの要請に対して、王氏は突き放した。
 「話し合いには応ずるが、話し合いは裁定の枠外でのみ可能だ」
 そして裁定から2日後、中国はスカボロー礁海域をブロックした。報告を受けたドゥテルテ大統領は明らかに態度を硬化させ、中国との話し合いを拒絶したと推定される。
 中国の発言はフィリピンを見下したものだ。フィリピンは中国の指示に従え、と支配者然として告げたのだ。

 (4)なぜ中国はここまで尊大なのか。彼らはまず、フィリピンを含むASEAN諸国の対中非難の背後に米国と日本の存在を見てとりながらもオバマ政権が続く間、米国は軍事行動には出られないと読み切っている。他のアジア諸国と同様、日本も米国なしには中国抑止などできないと、これも読み切っている。
 国際法や国際世論では中国の四面楚歌は明らかだが、それを突破する軍事力が中国にはあると考えているのだ。裁定から1週間後、中国人民解放軍は戦闘爆撃機を南シナ海に展開し、以降、戦闘爆撃機の監視飛行を常態化すると発表した。
 国際法と国際社会を理解できない中国が、軍事的色彩を強めながらASEAN諸国その他の国々の前に立ちふさがる。

□櫻井よしこ「裁定直後はフィリピンをどう喝 軍事的色彩強め立ちふさがる中国 ~オピニオン縦横無尽~」(「週刊ダイヤモンド」2016年7月30日号)
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 【参考】
【櫻井よしこ】南シナ海問題で完敗でも拒否する中国 常軌を逸した習近平体制の暴走
【櫻井よしこ】米でも絶賛の中国の要人が豹変 ~永遠なのは国益~
【櫻井よしこ】西側は自国第一主義を深め、中国は民主主義の限界に自信を深める ~英国のEU離脱~
【読書余滴】櫻井よしこ『異形の大国 中国』(2) ~商売上手な中国、政治主導の経済~
【読書余滴】櫻井よしこ『異形の大国 中国』(1) ~踏んだり蹴ったり~
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