語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】自民党の沖縄差別 ~安倍政権の言論弾圧~

2015年07月13日 | 批評・思想
 (1)6月25日、自民党は深刻な事件を引き起こした。自民党勉強会「文化芸術懇話会」において、自民党国会議員&百田尚樹・作家による沖縄蔑視発言は、自民党に沖縄差別が構造化されていることを可視化させた深刻な事件だ。
 「文化芸術懇話会」は、
 <設立趣意書によると、芸術家との意見交換を通じ「心を打つ『政策芸術』を立案し、実行する知恵と力を習得すること」を目的としている。>【注1】 
ということだが、そもそも「政策芸術」という発想自体、ナチス・ドイツやスターリン・ソ連におけるプロパガンダ戦略(政治目的で芸術や文化を利用する)だ。「政策芸術」が可能だという発想自体に、自民党の反知性主義的体質がもろに現れている。

 (2)東京の政治エリート(国会議員・官僚)、全国紙の記者は気づいていないようだが、6月27日「琉球新報」と「沖縄タイムス」は編集局長名で共同抗議声明を掲載した。前代未聞の、異例なことだ。
 共同抗議声明は、
 <百田尚樹氏の「沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない」という発言は、政権の意に沿わない報道は許さないという”言論弾圧”の発想そのものであり、民主主義の根幹である表現の自由、報道の自由を否定する暴論にほかならない。
 百田氏の発言は自由だが、政権与党である自民党の国会議員が党本部で開いた会合の席上であり、むしろ出席した議員側が沖縄の地元紙への批判を展開し、百田氏の発言を引き出している。その経緯も含め、看過できるものではない。
 さらに「(米軍普天間飛行場は)もともと田んぼの中にあった。基地の周りに行けば商売になるということで人が住みだした」とも述べた。戦前の宜野湾村役場は現在の滑走路近くにあり、琉球王国以来、地域の中心地だった。沖縄の基地問題をめぐる最たる誤解が自民党内で振りまかれたことは重大だ。その訂正も求めたい。>【注2】

 (3)百田・作家から「本当に沖縄の2つの新聞社は絶対つぶさなあかん」という発言を引き出すきっかけを作った長尾敬・衆議院議員(近畿比例ブロック)の発言を再確認しておかねばならぬ。
 長尾議員は、次のように百田・作家に助言を仰いでいる。
 <沖縄の特殊なメディア構造をつくったのは戦後保守の堕落だ。先生なら沖縄のゆがんだ世論を正しい方向に持っていくために、どのようなアクションを起こすか。>【注3】
 それに対して、百田・作家は、
 「本当に沖縄の2つの新聞社は絶対つぶさなあかん」
と答えたのだ。
 百田・作家は、「軽口、冗談のつもりだった」というコメントで逃げようとしているが、長尾議員とのやりとりの前後関係からして、軽口や冗談で片付けるわけにはいかない。

 (4)懇話会における百田発言において、沖縄と沖縄人に対する蔑視が露骨に現れている。
 <沖縄の米兵が犯したレイプ犯罪よりも、沖縄県全体で沖縄人自身が起こしたレイプ犯罪の方が、はるかに率が高い>【注4】
という発言だ。
 ここで百田・作家は「沖縄人」という呼称を用いている。そもそも日本の統計区分に「沖縄人」というカテゴリーは存在しない。にもかかわらず、レイプ犯罪を犯したのが、日本人ではなくて沖縄人である、という前提で話している。
 <公務員であり日米地位協定で守られている米兵と、一般県民を同列に比較することを疑問視する声がある。米兵による性犯罪に詳しい宮城晴美氏は「性的暴行の起訴率も十数%という米兵と日本人とは罰せられ方が違う」と話す。
 (中略)宮城氏は在沖米兵の性的暴行の発生率は不明としながら「そもそも単純に比較するものではなく、戦後70年間、米兵が女性に好き放題してきた歴史を考えなければいけない」と強調した。>【注5】
 というような反論は、百田・作家や勉強会に参加していた自民党国会議員の胸には響かない。なぜなら、この人たちは客観性や実証性を軽視ないし無視し、自らが欲するように物事を理解する反知性主義者だからだ。

 (5)自民党報道圧力問題については、二つの側面がある。
  (a)自民党の保守派を自認する人びとが、安倍政権に批判的なマスメディアを封じ込めることを意図している、という側面だ。言論の自由と民主主義全般に危機をもたらす問題だ。【注6】
  (b)政権に近い日本の政治エリートと有権者が、沖縄の新聞を標的にして、沖縄2紙の読者の「知る権利」を剥奪しようとしている側面だ。県民や県外の沖縄人からすると笑止千万の妄想だが、
    「琉球新報」と「沖縄タイムス」が左翼によって支配されているので、沖縄の世論が誘導されている
という妄言を信じている国会議員、全国紙記者、有識者は意外と多い。この前提には、県民に判断力がなく、新聞の誘導によって容易に扇動されるという沖縄人蔑視がある。
 同様に、
    沖縄独立論は中国によって操られている
という妄想を真面目に信じ、危機感を抱いている国会議員、全国紙記者、有識者が少なからずいる。沖縄人は内発的に政治意思を表明することができず、外部によって操縦される存在だ、という妄想的理解がなければ、かかる見解は生まれない。

 (6)自民党報道圧力問題に潜んでいる沖縄差別については、沖縄人が声を上げないかぎり、日本人は認識しない。事態を放置しておくと、差別が深刻化するばかりだ。
 7月2日、沖縄県議会で、懇話会に参加した自民党国会議員、百田・作家らを非難する決議が採択された。
 <宛先は安倍晋三自民党総裁。野党自民党は勉強会での発言が不穏当だとして発言者に反省を求める決議を提出したが、賛成少数で否決された。
 与党側は決議の質疑で報道圧力の発言が自民党の勉強会の場で出されたことを挙げ、議員個人の問題ではなく党の責任者である安倍総裁に抗議が必要だと強調した。自民党は勉強会が議員有志による私的な場であったことなどから安倍総裁への抗議には当たらないと主張した。
 与党の決議は自民党を除く与党、中立、無所属の31人の賛成し、自民党の13人は反対した。採決時に席にいない「離席」が2人いた。自民党の決議は自民党13人が賛成し、そのほか31人が反対した。>【注7】
 自民党沖縄県連会長は、島尻安伊子・参議院議員だ。島尻議員は、仙台出身で、沖縄にルーツを持たず、中央政府の利益代表と化している。その事実を踏まえれば、県連としては想定外の激しい対応で事態に臨んでいる。
 しかし、懇話会が自民党の行事であるにもかかわらず、安倍晋三・自民党総裁に抗議できないような組織は、植民地総督府の出先にすぎない。沖縄人多数派の支持は集まらない。

 【注1】記事「安倍首相支持の勉強会「文化芸術懇話会」が発足」(産経ニュース 2015年6月25日)
 【注2】記事「百田氏発言をめぐる琉球新報・沖縄タイムス共同抗議声明」(琉球新報 2015年6月26日)
 【注3】記事「「マスコミ懲らしめるには…」文化芸術懇話会の主な意見」(朝日新聞デジタル 2015年6月26日)
 【注4】前掲朝日新聞デジタル記事。
 【注5】記事「性的暴行件数:単純比較できずに疑問」(琉球新報 2015年6月27日)
 【注6】安倍首相の反応はきわめて遅かった。当初、責任回避しようとしたが、世論の反発が予想以上に大きく、7月3日、陳謝した。 実は、谷垣禎一・自民党幹事長、棚橋泰文・幹事長代理ら党執行部は、懇話会での発言がマスコミに報道されるや否や、関係者の処分の検討に入った、という。谷垣・棚橋の両名は、木原稔・議員(当時・党青年局長)に辞任を促したが、木原議員は拒否した。木原議員の背後には、自称・首相最側近の萩生田光一・総裁特別補佐が控えていて、木原議員に「辞めるな」と言い続けてきたからだ。萩生田は、衆院解散前の11月には在京テレビキー局に、報道は「公平中立」「公正」にするよう“お願い文”を出した人物だ。安倍政権に批判的なメディアを抑えようとする発想は、以前から一貫しているのだ。【本誌取材班「自民党「言論弾圧」事件」(「週刊金曜日」2015年7月10日号)】
 【注7】記事「県議会、自民報道圧力問題で抗議決議を可決 与党、中立など賛成多数 自民党の決議は否決」(琉球新報 2015年7月2日)

□佐藤優「構造化している自民党の沖縄差別が可視化された ~佐藤優の飛耳長目 第109回~」(「週刊金曜日」2015年7月10日号)
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