語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】これから重要なのは地政学と未来学 ~昭和史(8)~

2015年11月07日 | ●佐藤優
 (承前:昭和史を武器に変える10の思考術)

(8)これから重要なのは地政学と未来学
 『小説 日米戦争未来記』は、1920(大正9)年に書かれた近未来小説だ。若者を中心に大ベストセラーになったらしい。反米論がかなり出始めていた当時において、勝つのは「そう簡単じゃない。米国は強いぞ。勘違いしないほうがいい」と戒めているのだ。
 20世紀の終わり頃、移民問題や対シナ問題をめぐり、日米両国の利害が衝突。排日主義を掲げて経済的にアジアを侵略し始めた米国に対し、国際連盟加盟各国は日本を支援。ついに両国は開戦する。
 米国は新兵器「電波利用空中魚雷」、今でいうところの誘導式巡航ミサイルを開発していて、ハワイとフィリピンに向かった連合艦隊の精鋭は、緒戦で全滅してしまう。日本政府はこの事実を明らかにすべきかどうか迷う。「第二戦で勝利してから、真実を発表すべきではないか」「いや、国民にはすべてを明らかにしなければ」というような議論のあげく、後者が勝つ。米国を甘くみて熱狂していた日本国民は、たちまち士気を粗相喪失してしまう。
 朝鮮半島では独立運動が本格化。中国とは対立し、満州日本軍も全滅。日本は窮地に追い込まれていく。戦火は拡大し、世界大戦となる。そこへ登場した天才・石仏博士が、宇宙の引力と斥力を利用した燃料不要の新兵器「空中軍艦」を建造。米国太平洋艦隊が本土へ迫り来る中、日本軍は反撃に出る。
 ・・・・という物語だ。
 国際情勢をもとにしたシミュレーションとストーリーの組み立ては、とてもよくできている。
 著者は樋口麗陽。詳細不明の人だが、興味深いのは、日米対決の帰結が、公開情報をベースにしていたはずの著者にも読めていたことだ。国際情勢の基本が分かっていた当時の人たちは、日米決戦になった場合、そう簡単には勝てないと見抜いていた。
 佐藤優はこの小説を現代語に書き換え、解題をつけて出版した(『この国が戦争に導かれる時 超訳 小説・日米戦争』、徳間文庫)。
 この本には、現代日本で欠けている二種類の「知」を見てとることができる。
  (a)軍事、外交、経済など様々な要素を総合して未来を予測する未来学。
  (b)地政学。
 樋口の発想の基本には(b)がある。
 海洋国家であるイギリスと米国は、いつもくっついている。それに対抗して、大陸国家であるドイツとロシアがくっつく。同じく大陸国家のフランスは。独露と立ち向かうために英米側につく。海洋国家である日本の利害は英米と衝突するから独露の側につく。
 ・・・・というのが樋口の描いた構図だ。
 のちに、1940年、日独伊三国同盟が結ばれたとき、ソ連をそこに加える構想が実際にあったから、樋口の見立てはなかなかあなどれない。
 地理的条件は、人間には変えることができない。時代が経っても変わらない。だから地政学的発想は、時代を超えて応用が利く。
 戦前の日本では地政学がそれなりに学ばれていた。しかし、陸軍の対象はシベリアや大陸支配に向けられ、海洋戦略はほとんどなかった。だから、南方に進出してイギリスの権益を侵しても、米国は出てこないだろうといった甘い見通しを捨てられなかった。
 また、縄張りと地理が極端に異なっているのは危険だ、と地政学では考える。メインランドから遠く離れた土地を自らの縄張りにすると余計なエネルギーが要るからだ。
 米国が遠い中東に兵を出したり、地理的に近いキューバと外交関係を持たなかったのは、地政学に反していた。しかし今、米国が中東から事実上退き、キューバと関係を正常化するのは地政学に適った政策だ。
 ところが、日本は今、地政学的におかしなことばかりしている。<例>安保法制。
 集団的自衛権行使の例として、政府はホルムズ海峡での機雷の撤去の協力を挙げた。しかし、
   ①安保法制の是非が国会で議論になっている頃、国際社会では米英露中仏独の6か国とイランが13年間ものマラソン交渉の結果、核開発問題の合意に至っている。
   ②しかも、オマーンとイランの伝統的な友好関係からしてオマーンの領海内にイランが機雷を敷設するのは、日本の海上自衛隊とフィリピン海軍が衝突する可能性と同じぐらいの確率だ。
 日本政府の地政学レベルは、大正時代の空想小説にも及ばないレベルだ。

□佐藤優「昭和史を武器に変える10の思考術」(「文藝春秋SPECIAL」2015年秋号)
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 【参考】
【佐藤優】近代戦は個人の能力よりチーム力 ~昭和史(7)~
【佐藤優】戦略なき組織は敗北も自覚できない ~昭和史(6)~
【佐藤優】人材の枠を狭めると組織は滅ぶ ~昭和史(5)~
【佐藤優】企画、実行、評価を分けろ ~昭和史(4)~
【佐藤優】いざという時ほど基礎的学習が役に立つ ~昭和史(3)~
【佐藤優】現場にツケを回す上司のキーワードは「工夫しろ」 ~昭和史(2)~
【佐藤優】実戦なき組織は官僚化する ~昭和史(1)~

  



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