語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】【沖縄】知事訪米を機に変わった米国の「安保マフィア」

2015年06月16日 | ●佐藤優
 (1)5月27日から6月4日、翁長雄志・沖縄県知事が米国を訪問した。
 日本の中央政府は、翁長訪米が失敗だった、という印象を醸し出そうとしている。
 <菅義偉官房長官は4日の記者会見で、翁長知事が一連の訪米日程を終えたことについて、「知事が時間をかけて米国まで行ってきたのだから、辺野古移設は唯一の解決策であるということも認識して帰ってこられたんじゃないか」と発言した。>【注1】
 翁長知事が「辺野古移設は唯一の解決策であるということも認識して帰ってこられたんじゃないか」・・・・と菅官房長官が本気で思っているなら、菅官房長官の分析能力は基準に達していない。官房長官がこの程度の認識しか持っていない中央政府の良識に期待しても無駄だ。

 (2)今回興味深いのは、普段は沖縄に「同情的」な素振りをする朝日新聞が、冷淡な姿勢を露骨に示していることだ。
 <米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の辺野古移設反対を訴えようとした知事を待っていたのは、米政府のかたくなな対応だった。県は世論を喚起する一定の成果があったとするが、苦い現実に直面した訪米となった。
 「国と国との関係なので、中堅どころが『わかりました』と言うわけにはいかず、結論的には良い形にならなかった。だが、これだけ話をさせてもらったのは大きな結果だ」
 翁長知事は5日夜、到着した那覇空港で記者団にこう語った。ワシントンでは国務省のヤング日本部長、国防総省のアバクロンビー次官補代理代行に「辺野古反対」を訴えたが、「唯一の解決策」とする米側とは平行線。日米両政府の「壁」の厚さが浮き彫りとなった。>【注2】
 沖縄県は「世論を喚起する一定の成果があった」と肯定的評価をしているのに対し、朝日紙は「苦い現実に直面した」と否定的評価を下している。
 <県が「成果」と胸を張るのが、ジョン・マケイン上院軍事委員長(共和党)との会談だった。基地政策に影響力を持つ重鎮で、「辺野古反対」への理解は引き出せなかったものの「対話の継続」では一致。翁長氏は「画期的なこと」と自画自賛した。
 (中略)政治家らの反応は総じて厳しかった。会談時に協力的と受け止められるような発言をした議員が、すぐに「辺野古(移設)が唯一の解決策」とするコメントを出す一幕もあった。同行県議はこう漏らした。「沖縄問題への無関心や誤った見方が多いのを痛感した。だが、それを知ったこともまた成果だ」>【注3】
 
 (3)日本人植民者の視座に立つ朝日紙は、翁長訪米に冷淡な見方を終始示している。これに対し、沖縄の新聞は現実を等身大で評価している。
 3日、公式日程をすべて終えた翁長知事は、ワシントン市内で記者会見をした。
 <知事は米政府当局者ら会談相手に沖縄の基地問題への理解が深まったと総括した上で「来る前に比べれば大きな上乗せがあった。それを糧にして、一歩一歩前に進んでいきたい」と述べ、移設阻止への決意を新たにした。
 一方、翁長雄志知事と米国務省のヤング日本部長、国防総省のアバクロンビー副次官補代行が会談した後、米国務省は声明を発表し、辺野古移設を推進する方針を強調した。
 翁長知事は「日米両政府が『辺野古が唯一』だと言うので、必ずやり遂げられると信じている人が多いが、実際はいろんな理由で(移設)工事はなかなか進まないというのを理解していただいた」と訪米の成果を強調した。上院軍事委員会のマケイン委員長と対話を継続することで一致したことを挙げ、今後も粘り強く米側と直接交渉する意向をあらためて示した。>【注4】
 成果あるいは訪米の意義を整理すると、
  (a)沖縄県民の直接選挙によって選出された翁長知事が、ワシントンの米国政治エリート(政府高官・上下院議員・シンクタンク関係者)に沖縄の声を直接伝えることができた。
  (b)米国の沖縄系同胞が翁長知事を強く支持した。

 (4)ワシントン入りする前の5月29日(日本時間30日)、翁長知事はイゲ・ハワイ知事と会談した。同日、ホノルルで記者会見した翁長知事は、次のように述べた。
 <前半は交流の話をし、後半は基地の話をした。一つ違うのは、基地問題は州知事の直接的な権限ではない点。だが同じウチナーにルーツを持つ者として、沖縄の今の基地問題の現状を理解いただきたいと説明した。先方は日米両政府の問題ではあるが、ワシントンDCで頑張ってくださいと。在米海兵隊2700人のハワイ移設は、日米両政府が決めれば積極的に受け入れたいとのことだった。>【注5】
 重要なのは、翁長知事の立場を理解した上でイゲ知事が「ワシントンDCで頑張ってください」と激励したことだ。
 ハワイ州には沖縄出身者が多い。彼らは沖縄人としてのアイデンティティを強く持っている。一方、日本人としてのアイデンティティは、無いか、あっても希薄だ。
 イゲ知事は、ハワイ州の公式ウェブサイトにも「沖縄系米国人の初めての知事」と記され、沖縄人としてのアイデンティティを明確に持つ政治家だ。イゲ知事は、沖縄人の民意を代表する翁長知事を最大限に支持し、沖縄人の国際連帯を推進している。

 (5)翁長知事は、5月27日(日本時間30日)、ハワイで同州選出のヒロノ上院議員、ガバット下院議員と相次いで会談し、辺野古新基地建設の撤回に向けて協力を求めた。
 <会談後の知事によると、ヒロノ氏は「日本政府の対応に問題があるようだ。もっと(沖縄の)話を聞くべきだ」と述べ、新基地建設阻止を掲げる県の立場に理解を
示した。ガバッド氏は「沖縄の言うことはとても理解できる。米議会でも話していきたい」と述べ、議会でも取り上げていく考えを示した。
 ヒロノ氏は翁長知事に対し「力強く訴えてもらいたい」と激励した。>【注6】
 今回の翁長訪米の最大の成果は、
    沖縄にとって死活的に重要な事柄については、沖縄人自身が決定する。
という沖縄の自己決定権に係る認識が、国際的広がりを持つようになったことだ。、

 (6)翁長知事訪米をきっかけに、米国の「日米安保マフィア」の対応にも変化が出ている。
 <米クリントン政権で普天間返還の日米合意を主導したジョセフ・ナイ元国防次官補(現・米ハーバード大教授)は本紙取材に「沖縄の人々の支持が得られないなら、われわれ、米政府はおそらく再検討しなければならないだろう」と述べ、地元同意のない辺野古移設を再検討すべきだとの見解を示した。>【注7】
 ナイ教授やリチャード・アーミテージ・元国務副長官は現実主義者だ。所与の条件下で、米国が安定的に沖縄で基地を使用することを考えている。
 日本政府は、辺野古新基地建設を沖縄人の血を流してでも強行する気構えだ。
 しかし、そんなことになれば、沖縄の反中央政府に対する姿勢が、反米に転化し、嘉手納基地の使用に支障が出る。そのことを米国の「日米安保マフィア」が真剣に懸念し始めている。

 【注1】記事「「辺野古反対」米に直談判 翁長知事、当局者と会談」(朝日新聞デジタル 2015年6月5日)
 【注2】記事「「辺野古NO」通じず、米の冷遇実感 沖縄知事が帰国」(朝日新聞デジタル 2015年6月5日)
 【注3】前掲記事。
 【注4】記事「知事訪米が終了 新基地阻止、直接交渉継続へ」(琉球新報電子版 2015年6月5日)
 【注5】2015年5月31日付け琉球新報
 【注6】記事「辺野古移設阻止へ協力要請 翁長知事が米議員と会談」(琉球新報電子版 2015年5月28日)
 【注7】記事「辺野古悲観論再び 元米高官、政治環境の変化指摘」(琉球新報電子版 2015年5月28日)

□佐藤優「知事訪米を機に変わった米国の「安保マフィア」」 ~佐藤優の飛耳長目 第118回~」(「週刊金曜日」2015年6月12日号)
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