語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【映画字幕】は翻訳ではない ~清水俊二の、要約術~

2018年08月28日 | □映画
 <スーパー字幕を仕事にするには語学のほかに三つの条件がどうしても必要である。
 1 映画を愛し、映画を理解する力をそなえていること
 2 日本語、とくに話し言葉に熟達していること
 3 百科辞典的な雑知識に好奇心をもっていること
 この三つのうち、1と2は当然のことだが、3の条件については案外忘れられている。この条件はスパー字幕をつくるときほどではないにしても、翻訳という仕事には多かれ少なかれ必要なことなのである。>【注1】

 <この“文法”--スーパー字幕づくりの“きまり”はふつうの翻訳の場合とだいぶ違う。(中略)

  JULIET:
   What's in a name? That which we call a rose
    By any other name would smell as sweet.

 ご存じ『ロミオとジュリエット』第二幕第二場のジュリエットの有名なせりふである。どの引用句辞典にも出ていて、ごまかしのきかぬせりふである。坪内逍遙から小田島雄志まで日本語訳はいろいろあるが、中野好夫訳は次のようになっている。

   「名前が一体何だろう。私たちがバラと呼んでいるあの花の、
     名前が何と変わろうとも、薫りに違いはないはずよ」
        
 『ロミオとジュリエット』は何回も映画につくられているが、われわれにはイタリーのフランコ・ゼフィレッリ監督がつくったのがもっとも印象に残っている。ジュリエットはこの映画で売り出したオリビア・ハッセー。歌手布施明と結婚したあおのオリビアで、彼女はこのせりふをおよそ8秒でしゃべった。したがって8秒で読みきれるスーパー字幕をつくらなければならない。入場料を払って映画を観にくる観客が8秒で読みきれなければならないのである。試写室で映画を見る先生がたの字幕を読む速度は標準にならないのだ。
 観客がスーパー字幕を読む速度を計算してみると、2秒で7、8字、3秒で10字、5秒で20字ということになる。8秒あれば30字は読めるわけである。中野好夫の日本語訳は49字になっているから、およそ三分の二の30字ほどに要約すればよいわけである。
 スーパー字幕は1行10字、2行までということにきまっている。「モロッコ」のときに1行13字だったのが、50年のあいだに1字ずつ減らされて、10字になったのである。私たちスーパー字幕屋が観客の反応を見ながら減らしていったわけだが、シネマスコープ、トッドAO、ビスタビジョン、シネラマなどという横に長い画面が多くなって、1行の字数を少なくした方が読みやすくなったのが大きな理由である。日本人の学力が低下して、文字を読む速度がおそくなったのだろうという人もいる。あるいはそんなこともあるかもしれない。
 1行10字にすると、30字の字幕をつくるには字幕を2枚か3枚にわけなければならない。
 俳優はせりふをしゃべるとき、一気にしゃべるのでなく、多くの場合、ところどころ間をおいてしゃべる。字幕をその間にしたがってわけると、しゃべられているせりふにぴったり合ったスーパー字幕ができ上がる。
 このジュリエットのせりふをスーパー字幕にすると、次のようになる。

   「名前が何なの?」  
   「バラという花が何と変
   ろうと」
   「香りは変わらないのよ」

 スーパー字幕は本を読むのとちがって読み直しがきかないのだから、一枚一枚の字幕を観客の立場に立って読みやすくつくらなければならない。意味がよくのみこめぬうちに次の字幕があらわれると、頭が混乱してきて、映画を満足に鑑賞できなくなる。字数が多くなりすぎたり、読みにくい字を使ったりすることは絶対に避けなければならない。“翻訳”の話をしているのにわき道にそれすぎるようだが、“字幕スーパーの文法”について語るからにはぜひと頭に入れておかなければならぬことである。>【注2】

 【注1】本書の「スーパー字幕よもやま話」から一部引用
 【注2】本書の「字幕スーパーの文法」から一部引用

□戸田奈津子/上野たま子・編、清水俊二『映画字幕は翻訳ではない』(早川書房、1992)

 【参考】
【映画字幕】の中に人生 ~戸田奈津子の、要約と達意~

 

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【映画字幕】の中に人生 ~戸田奈津子の、要約と達意~

2018年08月28日 | □映画
 <どの程度の文字を画面に入れるかも問題だった。ふつうの観客がどのくらいの文字数を読みきってゆけるか。その見当がつかなかったので、ごく平均的な日本人として新橋の芸者さん(!)に映画を観てもらい、とりあえず1秒に3、4文字、1行13文字というルールをつくった。フィルムはいわゆるスタンダード・サイズで、天地は現在と変わらないけれど、横が短いものだった。13文字というと、画面の上から下までぎっしりで、映写の状態によっては天地が切れてしまうこともあって、12文字、11文字とだんだん字数が減り、いまは縦1行10文字で落ち着いている。>【注1】

 <さて、平均的な日本人は映画館で意識を集中した状態でスクリーンを見ているとき、1秒3文字から4文字なら無理なく読みとれて、画面にも意識を配る余裕がある。この字幕の「物差し」はこの道の先輩たちが、試行錯誤のすえ算出したもので、だれにも無理なく文字の読みとれるスピードである。これを超えて文字数を多くすると、「字幕が忙しい」「読みきれない」という不都合が生じてくる。>【注2】

 <観客は瞬時に字幕を読み取るのだから、二つ以上の解釈が可能な文章であってはならない。百人なら百人に一つの同じことを理解してもらわなければならない。初歩的なこの例で言えば、「バスケットは籠のバスケット」「ナンシーという人物は私」であることをきちんと伝える字幕でなくてはいけないのである。>【注3】

 <字数が決められている以上、省略、意訳はやむをえないが、だからといって、それが過ぎてはいけない。
 “I haven't met her for six months.”
 これを「ずっと会っていないの」のようにしてしまう字幕はいけない。「彼女には半年会っていない」、つまり“six months”というディテールが大事なのだ。
 ディテールを大切に訳すことが字幕をリッチにし、その映画を観客にとって見応えのあるものにする。>【注4】

 【注1】本書「第1章 映画字幕というもの」の「三 映画字幕の生い立ち」から一部引用
 【注2】本書「第1章 映画字幕というもの」の「四 字幕が画面に入るまで」から一部引用
 【注3】本書「第3章 字幕という日本語」の「一 うまい字幕とへたな字幕」から一部引用
 【注4】前掲の章節

□戸田奈津子『字幕の中に人生』(白水社、1994)

 【参考】
【映画字幕】は翻訳ではない ~清水俊二の、要約術~

 

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【映画】同じ仕事を通じて気持が通い合う父と子 ~「山の郵便配達」~

2016年01月01日 | □映画
   
 ときは1980年初頭、ところは中国は湖南省西部の山奧。
 永年、徒歩で郵便配達した男が隠退することになった。男の息子は、あとを継ぐ、と言う。業務の厳しさを知る男は他の進路を勧めるが、息子は耳をかさない。男は、危ぶむと同時に嬉しさを覚える。
 就労一日目、ひとたびは見送った息子の後ろ姿に危惧をおぼえたのか、男は息子とともに旅立つこととする。じつに、これが息子との初の旅である。
 重い郵便袋、峻険な山、険しい隘路。2泊3日、集配の手続きから何からこまごまと指導する父とともに数々の村をよぎり、さまざまな人々と言葉をかわすうちに、職業柄不在がちで、したがってとかく疎遠になりがちな父を息子はようやく理解する。そして、なぜ母が父を信頼するかも。行く先々の村人から、父は満腔の信頼を寄せられていた。
 自然に口にだす「とうさん」という言葉。
 寡黙な男は、息子が抱くわだかまりをしいて解こうとはしていなかったが、つい顔がほころび、独り言ちた。「初めてとうさんと呼んでくれた・・・・」。

 映画は大衆芸術だ。名もなき大衆の一員である、という幸福を映画は増幅する。
 ことに、この映画、父子のあいだの感情のもつれ、その解消、夫婦愛といった大衆の家族における永遠のテーマが前面におし出されているから、なおさらだ。
 さらにいえば、一隅を照らす者、これ国宝なり、といった古風な倫理が全編をつらぬいている。
 この作品や俳優に、1999年中国金鶏賞(中国アカデミー賞)最優秀作品賞、同最優秀主演男優賞が授与されたのは、政府の人民統治方針に迎合する志向があったからかもしれない。

 政治的解釈はさておき、映像美はたしかだ。中国の奥地における自然と田園は、まことに美しい。父子のあいだの言葉のやりとりは限りなく節約されているから、ますます自然美に重みが増す。
 人里に入っても、言葉は最小限にしか交わされない。歩きにあるく二人の姿は、求道的と見えなくもない。
 この映画、ウォーキング映画と名づけてもよい、と思う。日本のウォーカーには、この映画の父子のような使命はないが、人間に原始的にそなわっている二本の足の価値を信じる点では共通している。

□「山の郵便配達」(中国、1999)
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【映画】「白銀は招くよ」

2016年01月01日 | □映画
 雪の山はともだち
 招くよ若い夢を
 ホーヤッホー
 ホーヤッホー
 歌声も招く

 雪の山はともだち
 走れ若い心を
 ホーヤッホー
 ホーヤッホー
 歌声も走る

 湧き上がる雲
 樹氷の林
 輝く銀のスロープ
 あふれる力
 飛ばせスピード
 雪煙を蹴散らそう
 何かすばらしいことに
 ヤー今日は出会いそうだ


 Ich bin der glücklichste Mensch auf der Welt 

 Ich bin der glücklichste Mensch auf der Welt,
 denn gute Laune ist mehr wert als Geld:
 Heut liegt was
 heut liegt was
 was Schönes für mich in der Luft:

 Ich bin so heiter, so frei und so froh,
 ich glaub', ich weiss auch, warum und wieso:
 Heut liegt was
 heut liegt was
 was Schönes für mich in der Luft!

 Plötzlich hab' ich das Gefühl,
 oder bild' ich mir's nur ein,
 mir begegnet irgend wo das grosse Glück!
 Es kann heute morgen sein,
 es kann morgen morgen sein
 oder auch im nächsten Augenblick schon! Ja!

 die Liebe,
 die lass' ich nie vorübergehn!
 Ja die Liebe
 macht erst das Leben schön

 Ich bin der glücklichste Mensch auf der Welt,
 denn gute Laune ist mehr wert als Geld:
 Heut liegt was
 heut liegt was
 was Schönes für mich in der Luft:

 die Liebe,
 die lass' ich nie vorübergehn!
 Ja die Liebe
 macht erst das Leben schön

□「白銀は招くよ」(オーストリア、1959)
 原題「12人の娘と1人の男」 "12 Mädchen und 1 Mann"(1959)
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【映画】アルプスに住むデフの子どもとその一家 ~『山の焚火』~

2015年12月31日 | □映画
   
 スイス・アルプスの一角、人里離れた山岳地方でひっそりと農業を営む四人家族。「癇癪もち」フランツとその妻、子供たち(姉ベッリと弟「坊や」)が淡々と生活を営む。
 十代の「坊や」はデフで、時折自他に対する不満からか、家族には思いがけないふるまいをすることがあるが、おおむね、教師を目指したやさしい姉が担う教育のもと、健やかに育っている。
 とある日、壊れた草刈機に立腹した「坊や」は、それを投げ捨て、父の怒りを買った。家を出され、山小屋で一人暮らしを強いられた彼に、姉が食料ほかを届け、世話を焼いた。二人にとって楽しい時間だったが、星が散りばめる夜、大自然の中で、ひょっとした拍子にひょっとしたことが起こってしまう。
 季節はめぐり、人を家の中に閉ざす冬となった。弟は再び同居する。腹のせりだした姉は母親に告白するが、母親はすでに察知し、赦し、秘かに祈りさえ捧げていた。
 しかし、父親は違った。妻から事の次第を告げられた「癇癪もち」フランツは、銃を手にして娘を追う。止めに入った「坊や」とくんずほぐれつするうちに、暴発する。崩れ落ちる父親。夫の死に衝撃を母親は、間もなく後を追う。
 冬深く、人里離れた山あいの一軒家でのできごと。深く積もる雪は、何事もなかったかのように沈黙を保っていた・・・・。

 映画の舞台は山岳民族の多いウーリ州とされる。
 毎日、まわりをとり巻く岩山を眺め、勾配の大きい丘陵を耕し、隣家とは双眼鏡を通してしかあいさつできない。ちょっとした買い物もカタログで注文し、しかも荷を背におってはるばる登ってこなければならない。それがアルプスの山々に住む人々の日常である。絵葉書のアルプスでもないし、ハイジのアルプスでもない。観光客のためのスイスとは別のスイスをこの映画で見ることができる。
 1985年度ロカルノ映画祭グランプリ受賞作品。
 監督・脚本はフレディ・M・ムーラー。視聴覚器官に対する省察の試みとして、全編目隠しをして、音響をたよりに映画を撮影したことがある(『盲目の男のヴィジョン』、1969年)。

□『山の焚火』(スイス、1985)
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【映画】不幸な男たちの最高の時間 ~『パリの天使たち』~

2015年12月30日 | □映画
 幸福な家庭は互いに似かよっているが、不幸な家庭はそれぞれの不幸を異にする。
 他の家庭と似かよった家庭の主ミシェル・ベルチェ(ジェラール・ジュニョー)は、ある日、業績不振を理由に、寝具メーカーの管理職をリストラされてしまった。
 ミシェルは、航空会社スチュワーデスの細君にほんとのことをいえない。ウソを重ねているうちに、細君の預金を遣いこんでしまった。
 なにもかもバレてケンカになり、売りことばに買いことばで、家出する。

 夜の公園で出会ったホームレス3人にそそのかされ、男をクビにした職場から毛布を盗むことにした。
 しかし、仲間の一人が、男の唯一の財産を運転して遁走。車を勝手に処分したあげく、麻薬でショック死寸前となる。
 男たちは、彼をみつけて、あたふたと病院へ運んだ。

 ふたたび窃盗に挑戦するが、あわや逮捕寸前となった。元の同僚は憐み、ミシェルは見逃してもらった。
 逃げたもう一人の仲間は、後に単独で盗みにはいったところ、事故死。
 逮捕された仲間の一人は、警官に移送される途中で格闘し、転落死する。
 逮捕されたもう一人の仲間は、出所後、警備員の定職に就いた。

 ミシェルは、定職に就いた仲間から諭され、細君とよりを戻すことにする。その仲間は、ミシェルとたまたま再会したその息子から「帰ってきて」と乞われる様子を目撃していたのだ。
 ミシェルは偶然をよそおって細君と再会するが、豪勢な生活をしていたというウソは、すぐさまバレてしまった。見え見えだったのである。
 だが、「淋しかった」と泣き出す細君。右であれ左であれ、わが祖国。いや、失職しようがホームレスだろうが、わが夫・・・・。

 誰にでも起こり得る失業。ことに昨今の日本で増加している失業者、ホームレス。
 きみたちに明日はない。きみたちの背後にあるのは 社会の最底辺だ。

 とはいえ、この映画、暗い話なのに、全編が妙に明るい。ほのかなペーソスというか、墓掘り人夫のような陽気さというか。人は最悪のときにもっともよく笑う。これが監督・主演のジュニョーの哲学らしい。
 邦題は、よくできた意訳だ。原題は、“Une Epoque Formidable”、「素晴らしい(最高の)時間」。
 ミシェルたちホームレスは生活が切迫しているわりにノンシャランだし、シャルル・ドゴール空港やノートルダム寺院といった名所に出没して映画の観客を楽しませてくれる。
 余談ながら、識者によれば、フランスではホームレスのことを今ではSDF(Sans Domicile Fixe、決まった住居がない者)と呼ぶらしい。従来は、クロシャール(clochard、浮浪者)と呼ばれていた。1980年代、フランスのホームレスに質的な変化があって、呼称が変わったという。

□『パリの天使たち』(仏、1991)
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【映画】好き同士の神は細部に宿りたまう ~『映画千夜一夜』~

2015年12月29日 | □映画
 映画好きなら、たまらない鼎談集。「千夜一夜」と銘打つが、一夜で読みつくしてしまう。
 蓮實重彦及び山田宏一はサヨナラおじさんのひきたて役をつとめようとしているが、自ずから蘊蓄が口をついて出る。

 たとえば『第三の男』のラスト・シーンは秋か冬かにはじまって、
 「秋そのもので、しみじみしたものが西洋にはないねえ」
と淀川長治が言えば、
 「フランスでは秋の夕暮れは19世紀にならないとない」
と仏文学者の蓮實重彦が解説する。
 象徴派の詩人がうたうまで、フランス人は秋の夕暮れに詩情を感じなかったらしい。

 しかし、こうした知識もさりながら、作品の見どころを拾いだす手際がすばらしい。
 見てない映画でも見た気になる。

 たとえば『青髭八人目の妻』。
 「ゲーリー・クーパーが高級洋品店にパジャマを買いに入って、結婚するんだから下のほうはいらない、だから安くしろと値切るところは笑ってしまいました」
と蓮實重彦。これに
 「ゲーリー・クーパーが誠実そうな顔をしてやるからおかしかったですね」
と山田宏一が和す。当然ながら、俳優についても一家言がある。
 「(イングリッド・)バーグマンは階段を降りるとき、いつも素晴らしいと思います」
と山田宏一。

 この鼎談から、映画は細部までしゃぶって、なおかつ、しゃぶり尽せぬ奥行きのある芸術であることを知る。
 じつに奥が深い。ゆえに楽しみは大きい。

 淀川長治は、いつでも、たちまち映画のストーリーを生き生きと再現する。無数に見てきた映画が、さきほど見てきたように鮮やかに記憶の棚にしまいこまれているらしい。彼は、まさに映画の中を生きてきた。

 いまでは見る機会に恵まれない古い映画の話題が多くて、いささか縁遠く感じさせられるのが難点といえば難点だ。
 しかし、言葉によって伝えられる昔の映画は、繊細で、しっとりとした情緒に包まれていたらしい。
 このあたりの機微が、打てば響く者同士のかけあいでしみじみと伝わってくる。

□淀川長治、蓮實重彦、山田宏一『映画千夜一夜』(中央公論社、1983、後に中公文庫、2000)
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【映画】子どもたちとともに ~ 『コルチャック先生』~

2015年12月26日 | □映画
 筆名ヤヌシュ・コルチャックこと本名ヘンルィク・ゴールドシュミットのことは、今日ではよく知られている(たとえば「コルチャック資料館」)。
 史的事実を要約すると、コルチャックは1878年にワルシャワの高名なユダヤ人弁護士の家に生まれ、1942年にトレブリンカ強制収容所でガス室の煙となった。
 医師、教育家、作家、孤児院長。子どもに関わる何でもやった人で、国連「子どもの権利条約」の原型をなす「子どもの権利の尊重」案を1929年に発表した。
 映画でもちらと言及されるが、三度の従軍歴がある。26歳のとき、日露戦争においてロシア軍医として中国東北部へ。36歳から40歳にかけて、第一次世界大戦において再びロシア軍医としてウクライナ前線へ。42歳のとき、1920年のソビエト対ポーランド戦争において、ポーランド軍医として。
 61歳のとき、1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドに侵攻した。第二次世界大戦の開始である。9月17日、ソ連軍がポーランドに侵攻し、ポーランドは独ソ両国によって分割占領された。
 62歳のとき、1940年11月、独軍はワルシャワ中心部にゲットー(特別居住区)を設け、50万人のユダヤ人を追いこんだ。コルチャックが院長をつとめる孤児院もゲットーに移った。
 64歳のとき、1942年1月、ヴァンゼー会議で決定された「ヨーロッパにおけるユダヤ人絶滅政策」により、8月6日、高名ゆえに与えられた特赦を敢然としりぞけて、コルチャックは孤児たちとともに強制収容所へ移送された。

 高野悦子『エキプ・ド・シネマ Part2』pp.222-223に『コルチャック先生』の作品紹介がある。
 岩波ホールは、この作品を1991年9月14日から12月13日にかけて上映した。
 この上映期間中に私は上京している。

 映画は、58歳のとき、1936年、コルチャックが「老博士」の名で出演していた人気ラジオ番組が突然うち切られるエピソードからはじまる。
 その後、主としてゲットーにおける子どもたち、コルチャックや職員に焦点があてられるが、ゲットー内外の他のユダヤ人の動きも描かれる。
 その業績により市民はもとより敵軍の軍医からも敬意を表されていたのだが、コルチャックもまたユダヤ人の一人として同朋とともに苦難に耐えなければならなかった。しかも、彼に全面的に頼る孤児と孤児院の職員がいた。食糧調達のため、屈辱的な行動もとらざるをえない。ユダヤ人抵抗組織から難詰されて、「誇りなどない、200人の孤児がいるだけだ」と答える。その孤児のために、コルチャックは彼を慕う者たちが手配した亡命の機会を敢えて捨て、子どもたちと運命をともにする。
 孤児たちには無限にやさしく、しかし時には厳しく、独軍の横暴には毅然と抗議して殴打されたりもする。孤児の食糧を確保するためには債鬼のごとく執拗に金持ちのユダヤ人やユダヤ人組織と交渉した。そのコルチャックも悩みで打ちひしがれる時があり、疲労で立ちあがれなくなる時もあった。一個の特異な人格のこうした多様な側面を主演のヴォイチェフ・プショニャックはあますなく演じきる。
 暗い運命を漠然と感じとりつつも子どもたちの瞳は煌めく。少年少女にも幼い恋と深い絶望があり、コルチャックは慈しみをもってくるむ。答えるには困難な問い、子どもも自殺するか、の問いかけにも、はぐらかすことなく、コルチャックは真剣かつ誠実に答える。・・・・母が亡くなったとき自殺したかった、と。そして、大人以上に尊厳をもって子どもは死ぬことができる、と。
 1942年7月、コルチャックは孤児院でタゴール作『郵便局』を子どもたちに上演させた。死というものを身近に感じさせるために。その1か月後、飢餓に苦しみつつもまだ人間の尊厳を保つことができたゲットーから子どもたちは追われた。
 あえて白黒で終始した地味な映像が、かえって歴史の重み、コルチャック先生の骨太な生きざまを鮮やかに浮き彫りにする。

 アンジェイ・ワイダ監督、ヴォイチェフ・プショニャック、エヴァ・ダルコウスカ、ピョートル・コズロウスキー、マルツェナ・トリバラ、ヴォイチェク・クラッタ出演。
 第43回カンヌ国際映画祭特別表彰受賞。

□ 『コルチャック先生』(ポーランド・西独・仏、1990)
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【映画】理念に憑かれた男 ~『アギーレ/神の怒り』

2013年03月22日 | □映画
   

 ヴェルナー・ヘルツォーク監督、クラウス・キンスキー主演。
 タイム誌が選ぶ歴代映画ベスト100(2005年選出)。

 1560年、キトを立ったゴンサロ・ピサロ指揮下の征服者たちが、アンデス山脈最後の峠を越えようとしていた。彼らは、先住民が語る伝説の都市、エル・ドラドを発見しようと、アマゾンの奥地に向かっていた。
 苛酷な自然に阻まれ、前進できなくなった。ピサロは40人の先遣隊を選び出し、その副隊長にドン・ロペ・デ・アギーレを任命した。
 分遣隊は、3艘の筏で川を下るが、先住民の攻撃に1艘の兵士が全滅。残り2艘は夜のうちに水嵩が増した川に流された。ここでアギーレは暴走を始める。彼は、退却を命じた隊長に謀反し、隊長に従う兵士を射殺。フェリペ2世王の廃位を宣言し、隊員のうち高位のものをエル・ドラド皇帝に就けた。傀儡政権だ。
 川の流れは遅々たるものになり、食料は底をついた。先住民の攻撃によって隊員が次々に斃れていく。15歳の娘フローラの胸にも矢が。
 唯一人生き残ったアギーレは、あたりを睥睨しながら、「俺こそ怒れる神だ!」・・・・。

 理念に憑かれた男の末路だ。
 世には数多くのアギーレがいたし、今もいる。これからも。

□『アギーレ/神の怒り』(独、1972)
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【映画】「ニーチェの馬」 ~存在そのものを描く~

2012年11月25日 | □映画
(1)作品
 (a)「ニーチェの馬」(ハンガリー・フランス・スイス・ドイツ合作、2011)。
 (b)第61回ベルリン国際映画祭銀熊賞 (審査員グランプリ)、国際批評家連盟賞(コンペティション部門)受賞。

(2)スタッフ
 (a)監督・・・・タル・ベーラ
 (b)脚本・・・・タル・ベーラ/クラスナホルカイ・ラースロー
 (c)主演・・・・エリカ・ボーク、ヤーノシュ・デルジ

(3)作品
 (a)導入部・・・・(真っ暗な画面におけるモノローグ)1889年1月3日、トリノでのこと。フリードリヒ・ニーチェは、カルロ・アルベルト通りの部屋を出て、散歩か、それとも郵便局へ行ったのか、その途中、間近に、あるいは遠目に、強情な馬に手こずる御者を見た。どう脅しつけても、馬は動かない。ジョゼッペかカルロか、恐らくはそんな名の御者は烈火のごとく怒り、馬を鞭で打ち始めた。ニーチェが駆け寄ると、逆上していた御者はむごい仕打ちの手を止めた。屈強で立派な口ひげをたくわえたニーチェは、泣きながら馬の首を抱きかかえた。ニーチェは家に運ばれ、2日間、無言で寝椅子に横たわった後・・・・お約束の最後の言葉をつぶやいた。「母さん、私は愚かだ」。精神を病んだ最後の10年は、母と看護師に付き添われ、穏やかであった。馬のその後は誰も知らない。
  (b)時期・・・・年代不明、強い寒風がやみ間なく吹きつけ、落葉が一日中舞い上がる季節。
  (c)場所・・・・どこかの国のどこかの荒野、丘陵のふもとの農場、井戸、母屋より大きな厩、石造りの古い家。家の窓から見える一本の木。
  (d)上映時間・・・・2時間34分。
  (e)映画の中を流れる時間・・・・6日間。
  (f)登場人物・・・・右腕が動かない初老の農夫(デルジ・ヤーノシュ)、30代なかば見当のその娘(エリカ・ボーク)、アル中の隣人、ジプシーの一団。
  (g)生業・・・・父娘の唯一の収入源は老馬と荷馬車だ。父の仕事は重労働、単調。家事を担う娘の仕事もそれに劣らない。馬具を片づけ、あるいはとりつけ、父の着替えを手伝い、井戸から水を汲み、洗濯し、裁縫し、食事を作る。
  (h)一家の家計・・・・極貧。二人が食べるのは茹でた大きめの馬鈴薯1個だけ。味つけは塩だけ。
  (i)家族関係・・・・父親は、黙って服の着脱を娘に任せ、娘も黙って介護する。父親は、左手で馬鈴薯の皮を剥き、叩いて砕き割りながら、ガツガツと食らう。娘は無口、二人の間で会話は稀れ。父親による「食え」「寝ろ」といった命令が主。ただし、コミュニケーションの断絶はない。コミュニケーションが断絶するほど、二人の生活は乖離していない。
  (j)転機・・・・老馬が飼料を食べず、鞭をあてても動かなくなる。突然、井戸が干上がる。Welt Schmerz.
  (k)脱出・・・・水がなければ暮らしていけない。二人は荷車に荷を積み、ただし馬には引かせず、徒歩で移住を図る。しかし、わきたつ砂塵が行く手をはばみ、引き返す。油は入れてあるものの、何故かランプは灯らない。種火も消え尽くし、暖をとることもできなくなった。食事の馬鈴薯は生のまま。追い詰められた一家。父親は、無言で窓外を眺めつづける。Ich habe meine Sache auf nichts gestalt.

(4)所見
 神が死んだ此の世。確実なものは何もない。単調だが、日々確実に同じことを繰り返す(24時間の永劫回帰)。父娘とも無駄のない挙措。言葉は重要ではない。荒涼たる自然、迫り来る老い。老いは、まず一家の生活の手立てである馬にやってくる。詩篇121篇の独白者のように父親が丘を仰いでも、救いはどこからもやって来ない。井戸が涸れても、エクソダスは叶わない。
 時代がかったモノクロームが、かえって濃厚な存在感を全篇に横溢させる。新藤兼人・監督映画「裸の島」に通じるモチーフがあると思うのだが、「ニーチェの馬」に比べると「裸の島」は、言葉はなくても人情に満ちた世界だ。

(5)公式サイト
ニーチェの馬

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【映画】パレルモ・シューティング ~デジタル処理~

2012年04月24日 | □映画
 アートからモードまで手がける世界的写真家、フィンは、デジタル処理を駆使して「現実」を改変し、これまでにない世界を創造する。しかし、活動拠点の
デュッセルドルフでは常時どこでも注目を浴び、携帯電話を手放せず、唯一心を落ち着かせるのはイヤホンから流れくる音楽だけだった。
 多忙なためか、眠りは浅い。そして、いつも死がからむ夢の始まりで目覚める。
 とある日、車を走らせながらあたりを撮影していると、ある男の姿がカメラに跳び込んできた。すると、たちまち車はコントロールを失い、あわや大事故の寸前で停まった。
 損壊した車を捨て、フラリと立ち寄ったパブで、フィンはさらに奇妙な体験をした。
 フィンは旅立つ決意を固めた。たまたま目撃した船に記されていたパレルモに。
 パレルモでミラをモデルに撮影後、スタッフと別れ、「休暇」に入った。
 そこで、不思議な男から弓矢で執拗につけ狙われた。
 街の写真家とも出会う。年配の彼女は、死者の記憶を映像にとどめる、という。彼の場合は、と問われて、今は「混乱」だ、とフィンは答える。
 街の一角で眠りこんでいたフィンが目覚めると、彼をスケッチする女性が目に入った。お茶に誘うが、自分の名「フラヴィア」を残して、彼女はスクーターで去る。
 街をさまよい歩いているうちに、そのスクーターが目に入った。美術館に足を踏みいれると、フラヴィアは巨大な壁画「死の勝利」を修復中だった。絵の中では、王の背に死神から放たれた矢が突き刺さり、民衆は、どうか矢を抜かずにそのままにしておいてくれ、と祈るのだ。
 死神の顔も修復の対象であり、どう描くかはとても大事だ、とフラヴィアは語る。
 彼女もまた、恋人の死に悩んだ過去があった。二人には因縁があったのだ。
 矢に襲われたフィンの体験を聞き、フラヴィアは彼をガンジに誘い出す。今は亡き祖母の家に。フラヴィアにとって、安心と幸福を感じさせる唯一の場所なのだ。
 そこでついにフィンは、彼をつけ狙う男と対面する。男は死神だった。

    *

 「パレルモ・シューティング」(2008年、独伊仏)は、ヴィム・ヴェンダース監督が12年ぶりに欧州を舞台に撮り上げた作品だ。
 フィン役のカンピーノは、斯界では知られたボーカルらしい。抑えた演技は悪くない。
 フラヴィア役のジョヴァンナ・メッツォジョルノは、「コレラの時代の愛」ほか多数の出演作があるが、作品の多くは日本では公開されていない。貴族的な優雅さがある。
 死神役のデニス・ホッパーが怪演している。平気で人に矢を放ち、死に引き入れるくせに、自分は解放への出口だ、などと言いくるめる。このあたりの厚かましさは、ホッパーの独擅場だ。死神は人間の内に棲んでいる、などと謎めいた言葉で攪乱させるのも、そうだ。愛されて然るべきなのに忌み嫌われる、と愚痴るのだが、フィンから「何か手助けできることはないか」と歩み寄られると、不意に表情が変わり、穏やかに別れをフィンに告げる。荘重に、「次に会うときが最後だ」と。
 ホッパーは嫌いなタイプだが、いい役者だ。

 死と真っ向から対決してこそ、生がその意義を顕す・・・・といった哲学は、ここでは措こう。
 むしろ、ホッパー演じる死神が、(ネガのある)写真は生死を象徴する、と持ち上げたとき、フィンが「今はデジタルの時代だ」とそっけなく退けたシーンが興味深い。死神は、うまく言葉を返せない。
 そもそも、この映画で死神が放つ矢はデジタル処理されている。
 21世紀は、死が医療機関でメカニカルに処理される時代だ。畳の上で成仏する人は少ない。そして、葬祭は商業化されている。どこか、画像/映像のデジタル処理と通じるところがあるのではないか。

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【映画談義】『八月の鯨』

2010年07月03日 | □映画
 リンゼイ・アンダーソン監督。出演者は、リリアン・ギッシュ、ベティ・デイヴィス、ヴィンセント・プライス、アン・サザーン、ハリー・ケリー・Jr・・・・という豪華な顔ぶれである。
 ただし、彼らの年齢は、上記の順に90歳、79歳、76歳、78歳、66歳である。
 この老優たちが快演する。老人たちによる、老人たちの、万人のための映画である。

 舞台は米国メイン州の小さな島。ここにあるセーラ(ギッシュ)の別荘で、セーラとリビー(デイヴィス)の姉妹は毎年避暑する。
 8月になると鯨がやってくる。
 少女時代、姉妹は鯨を見るべく大騒ぎしたのだ。今もセーラは胸が騒ぐ。
 だが、失明したリビーは、万事辛辣になって、あまつさえ死をしばしば口にする。
 永年いっしょに暮らしてきたセーラも、もうやっていけない、とさえ思うにいたる。

 それが、別荘を手放すか否かの決断を迫られたとき、セーラの気持ちは一転する。リビーも殻を脱ぎ捨てる。二人の気持ちが融けあう。このへんの呼吸がすばらしい。

 坦々たる日常のうちに小さな事件があり、人と人の間に波立ちがある。そして美しい自然。
 一登場人物は語る。・・・・月光で煌めく海面には、銀貨が散りばめられている。手を伸ばしても届かない宝物だ、と。

□『八月の鯨』(米、1987)
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【映画談義】『カラスの飼育』

2010年07月02日 | □映画
 たんなる観客、タダの大衆が映画について語るのことができるのは、ストーリーか、科白か、俳優のいずれかである。
 まず、ストーリーについて語ろう。

 舞台はマドリード、その中心部にある中規模の屋敷。
 主人公アナは9歳。姉妹に11歳の姉イレネ、5歳の妹マイテがいる。父は軍人、母は元ピアニスト、祖母は四肢が不自由でしかも失語症(脳血管障害の後遺症か)。
 父に顧みられない母は、不遇のまま数年前に亡くなり、代わって叔母が一家をみている。叔母は慣れぬ役目に苛立つ。幸い、昔から忠実につとめる女中ロザが家事を上手に切り盛りし、子どもたちもなついている。
 こうした人間関係のうちに日常的な営みが進行し、これにアナの幻想と回想とが随所に挿入される。
 9歳の少女にも過去があるのだ。暖かく自分を慈しんでくれた生前の母、父の不倫。茂みの中の他人の妻と情事にふける父親を目撃して眼をみはるアナ。その見開いた眼が印象的だ。
 父の裏切りは、母の不幸を招いた。その記憶ゆえに、頓死した父の葬式で棺の中の父に口づけしない。
 幼いがゆえに強情である。情熱は、暗いものだ。ラテン民族の血は激しい。
 姉妹と隠れん坊する回想の一シーンでは、鬼のアナは見つけた姉妹に「死ね!」と叫ぶ。これがスペインふうの隠れん坊らしいが、「死ね!」の叫びの何と激しいことか。
 重曹を毒薬と誤って信じたアナは、「死にたい」と意思表示する祖母に重曹を持参する。祖母はかすかに笑って首をふるが、死を望む者に、愛情からだとはいえ(自分が信じるところの)毒薬を渡そうとするその無邪気さが怖い。
 叔母の姦通シーンを目撃し、目撃された叔母が後でアナに辛くあたると、重曹をミルクに入れて叔母にさしだす。翌朝、叔母は何ごともなく子ども部屋を訪れる。その叔母を硬直したようにジッと見つめるアナの大きな眼。

 科白は少なく、行動によって人物の、ことにアナの心理の微妙なあやを浮き彫りにする。言葉数の少ない子どもゆにえ、ことに効果的な撮影法だ。

 カルロス・サウラ監督、アナ・トレント、ジェラルディン・チャップリン出演。
 アナは、7歳で主演したビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』(1973)で、フランケンシュタインの怪物の存在を信じる無垢な少女を演じて絶賛された。
 ナタリー・ポルトマンとスカーレット・ヨハンソンが豪華共演する『ブーリン家の姉妹』(英、2008)では、ヘンリー8世の最初の妻、キャサリン・オブ・アラゴンを演じ、気品、権威、剛い意志をみせていた。さすがだ。

□『カラスの飼育』(西、1975)
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【映画談義】『真昼の決闘』 ~大衆操作~

2010年06月08日 | □映画
 ある結婚式のたけなわ、新郎が新婦にキスしたとき、電報を手にした駅員が駆けこんできた。かつて町で暴れまわり、新郎の保安官ケイン(ゲーリー・クーパー)に逮捕されたミラーが、出獄して一味とともにお礼参りにやってくるのだ。
 結婚式に列席した人々から石もて追われるように、慌ただしく一度は町を脱出したケインだが、荒野に馬車を走らせているとき翻意する。敵に後ろを見せたくない、と。
 町のいまの平和をケインが苦労して実現した経過を知る町民は、ケインを支持するであろう。
 これが、翻意のもうひとつの理由であった。

 ところが、町民は次々と背を向けた。
 尊敬する前任者は、老いのため銃をもてないと。
 また、自分のよき理解者と思いこんでいた友人は、居留守をつかった。
 この危機を取引材料にして自分を次期保安官に任命させようともくろんだ保安官補は、若すぎるからと断られ、腹いせに辞任する。
 唯一駆けつけた臨時保安官も、集まりの悪さに恐れをなして及び腰になり、去る。
 孤影悄然。

 ケインは死を覚悟して遺書をしたため、単身無法者たちへ立ち向かう。
 運が味方をして、かろうじて、一人また一人と斃す。残る一人、悪党の親玉は、愛する妻アミー(グレース・ケリー)の機転で撃ちたおすことができた。
 ラスト・シーン、「ハイ・ヌーン」の静かなメロディにのって、ケイン夫婦は町を去る。
 保安官バッジを地に投げ捨てて。

  *

 映画が公開された1952年には、非米活動調査委員会による第2次喚問が行われた。リリアン・ヘルマンも呼び出しを受けた一人である。リベラル派のフレッド・ジンネマン監督が、こうした時代精神を意識しなかったはずはない。
 マッカーシズムの特徴のひとつは、大衆操作である。目立つ言動をする者をあぶりだし、孤立させる。

 映画において、「無法者帰る」の報が入ったとたんに、町民たちはつぎつぎに保安官に背を向けはじめる。その変わり身の早さは、マッカーシズムのさなかの大衆そのものである。
 5年間の任期いっぱい治安維持に尽力し、その成果は誰もが認めていたのだ。
 しかるに、盟友であったはずの判事も、引き返したケインを阿呆あつかいし、遁走する。
 きわめつけは町長(トーマス・ミッチェル)である。

 その日は日曜日。ケインは教会へ出むき、助っ人を求める。
 即座に応援の意思表明をする者、我関せずの論陣をはる者、役員の無能をなじる者、町の安全につくしたケインの業績を称揚する者・・・・まさに民主社会アメリカの縮図である。
 ケインにとって、そして実は町民すべてにとっても危機が刻々と迫っている、という事態の緊急性に対応していないズレようはさておいて。

 ここで、町長が立ち上がり、皆を制して、ケインののかたわらに立ち、演説する。
 「ケインは立派な人物である。町をきれいにした実績があり、この度も法を守って立ち上がった」と誉めたたえる。
 が、急に論調がおかしくなる。
 「しかし、ヤクザな4人が町にやってきたらドンパチが始まり、新聞に載る。新聞にのれば、物騒な土地だと東部の企業家が敬遠する。東部の企業家から見はなされたら町はさびれる。しかるがゆえに、ケインは去れ」
 なんたる詭弁。

 この町長の演説、さながらシェークスピア劇のようだ。シーザーの亡骸を前にローマ市民に演説するアントニーのように、見事な世論誘導だ。
 悪党が退治されたラストシーン、安全を見きわめてからぞろぞろとケインのまわりに集まる町民たちの姿は象徴的だ。

 ケインの立場を視覚的に示すのは、黒が基調のその服装である。
 この映画が公開されるまでは、西部劇では伝統的に、黒一色の服装は悪役が着ていた。正義の側に立つ保安官を黒ずくめに仕立てあげたのは、西部劇映画史上「真昼の決闘」が最初である。
 黒主体の服装は負の立場、すなわち少数派の立場を象徴する。
 そして、普遍的な正義は、状況に流される多数の側ではなく、小数の側にこそあった。
 決闘はたいがいの西部劇では山場なのだが、この映画では比重が軽い。
 ケインのガンさばきはぎこちない。ケインの勝利は、運が味方しただけのことだ。
 とはいえ、その運は、孤立のなかで闘いを貫く意思がひき寄せたものである。

□『真昼の決闘』』(米、1952年)
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【映画談義】『謀議』

2010年04月16日 | □映画
 1942年冬、モスクワで戦線が膠着し、破竹の勢いで進撃してきたナチス・ドイツの軍勢にはじめて翳りが生じた。
 その頃、ヴァン湖畔の館に軍人や高級官僚が参集した。ケネス・ブラナー演じるラインハルト・ハイドリッヒ保安長官以下15名である。大多数は呼集の理由を知らなかった。
 最後に到着したハイドリッヒ長官にアイヒマン中佐が耳うちした。折りよくモスクワの戦況に話題が逸れていまして、云々。

 議題はユダヤ人の処遇であった。
 と知ると、管轄下のユダヤ人を一刻もはやく一掃してくれ、という声が早速あがった。
 かたや、ノイマン4年計画局長は労働力確保に固執する。
 ニュルンベルグ法制定の中心者ストッカート博士は法の遵守を強調した。法はユダヤ人に一定の制約を設けるが、同時に法の執行者にも一定の制約を課するのだ。内閣官房付クリンツィガー博士もまたユダヤ人問題は既に決定済みのことだと、不快の念を隠さない。

 だが、ハイドリッヒ長官とその手足となって動くアイヒマン中佐は、腹案を用意していた。この方針にそぐわない質問、意見に対しては、「それは後で」とかわしつつ、ヒトラーが公式には否定している抹殺と実質的には同一の概念、言葉だけ違う「退去」を一同に押しつける。「退去」は定義しない。その執行を委ねられたSSが恣意的に「退去」のなかみを決めるのである。

 同様に、ユダヤ人の定義も曖昧なままにしてハイドリッヒ長官は結論を急ぐ。
 ニュルンベルグ法ではハーフ、4分の1ハーフを定義し、待遇に差をつけた。ハーフは半分はユダヤ人だけれども半分はドイツ人だ、とストッカート博士は注意を喚起する。
 しかし、ハイドリッヒ長官は意に介しない。ユダヤ人の定義は先送りにし、その結果、SSの恣意に委ねられた。
 ハイドリッヒ長官の念頭にある「退去」は、効率的に多数を抹殺するガス殺であった。

 議論の流れがこの構想実現に思わしくないと見てとると、休憩を宣言して一同の注意を逸らした。
 そして、抵抗するストッカート博士とクリンツィガー博士に対して個別に圧力をかける。二人とも沈黙を余儀なくされた。いや、隠然たる影響力をもつクリンツィガー博士に対しては協力以上のものを強要し、クリンツィガー博士は恫喝に屈する。

 リトヴィアでユダヤ人2万人を射殺した結果兵士の士気が低下した、と指摘する少佐には、方法の変更、つまりガス殺を提示して大量虐殺の基本方針に議論を及ぼさせない。住民との意志疎通を重視するホフマンSS中将には、恫喝によって本音を吐かせない雰囲気にもっていく。
 かくて会場は、ハイドリッヒ長官の言うがままに、一個の意志の支配されるに至った・・・・。

 会議資料は廃棄され、後日参加者に配布された会議録も破棄を義務づけられた。公表できない政策であることは、ハイドリッヒ長官も承知の上なのであった。
 ただし、1部だけヴァンゼー文書が残存し、映画はこれに基づく、と末尾で説明がある。
 事実か否かは不明だが、歴史的事実はさて措き、集団の意志決定のありようを・・・・もっと正確にいえば、言論がねじ曲げられる力学を知るに格好の映画である。あたかもシェークスピア劇を見るかのように。反面教師として。

 フランク・ピアソン監督。ケネス・ブラナー、スタンリー・トゥッチ、コリン・ファース、ジョナサン・コイ 、 ブレンダン・コイル、 ベン・ダニエルズ出演。

□『謀議』(米・英、2001)
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