語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 

2014年06月22日 | ●佐藤優
 (1)第二次世界大戦時、ウクライナ人は30万人がナチス側、120万人がソ連側に分裂した。
 ナチス側についた人々は、ユダヤ人虐殺、ポーランド人やチェコ人殺害に関与した。西ウクライナではこの勢力が強く、1945年にソ連に占領された後も1955年頃まで武装反ソ闘争をやった。
 ソ連赤軍がウクライナに入って来たとき、その将校コミッサールには、裁判なくして即決で銃殺する権限が付与されていた。ナチス・ドイツに協力したウクライナの幹部をほとんど殺してしまった。
 この時、対ナチ協力に関わりのあるウクライナ人は、極東にもかなりの数が移住した。サハリンや北方領土も、この系統の人たちが多い土地だ。
 ウクライナで激しくトラブルが起こると、ロシア内部にも反映してくる。特に極東、サハリン・北方領土はウクライナ人とロシア人の民族紛争が今後生じうる地域だ。
 
 (2)ウクライナ最西部のガリツィア地方は、第二次世界大戦が終わるまで、ソビエトやロシア帝国の版図になったことはない。歴史的にはハプスブルグ帝国の版図で、ウクライナ語を喋っていた。
 もともとウクライナのどこでもウクライナ語を喋っていたが、19世紀にロシア帝国が強力にロシア語化政策を推進したために、ウクライナ語は農村でしか喋られなくなった。新聞や雑誌や教育の現場から、ウクライナ語は除去されていった。それが100年間続き、みんなウクライナ語を忘れてしまった。
 他方、ハプスブルグ帝国は多言語化政策を採って、ドイツ語、ハンガリー語だけでなく、ポーランド語やチェコ語、スロバキア語など、それぞれの援護で初等教育や出版などの言論活動が行われた。
 ガリツィア地方でも、リヴィウ大学を中心にした高等教育が行われて、人々はウクライナ語を操る。加えて、このガリツィア地方の人々はカトリック教徒だ。ただ、ちょっと「訳あり」のカトリックなのだ。

 (3)ガリツィア地方に基盤を持つ排外主義的なウクライナ民族至上主義者の危険性を、欧米諸国は過小評価している。
 (2)の「訳あり」のカトリックとは、儀式は正教と似ているけれど、ローマ教皇に帰属するカトリック教会(ユニエイト教会/東方典礼カトリック教会/東方帰一教会)だ。
 ユニエイト教会は、16世紀の終わりに今のベラルーシのブレストで始まり、通常ブレストユニオンと呼ばれる。一見、カトリックではない。見た目はロシア正教とそっくりで、イコノスタス(聖障)があって、聖職者が聖霊のシンボルである香を焚いている。神父はカトリックでは完全独身制だが、ユニナイトは①キャリア組と②ノン・キャリア組に分かれていて、すぐ修道院に入る①は終生独身で、幹部になる。一般信徒と付き合う②は、妻帯が許されている。
 
 (4)16世紀に宗教改革が行われ、ポーランド、チェコ、ハンガリーは一度プロテスタント圏に入った。
 カトリックはトリエント公会議でイエズス会を作り、巻き返し作戦に出た。その結果、ポーランド、チェコ、ハンガリーは完全にカトリック圏になった。
 イエズス会は力が余って、ウクライナまで入って行ってしまった。イエズス会は実に融通無碍なところがあって、原則さえ守られればいくらでも解釈は変えてよい。イエズス会は、インドで布教するときにはキリストはバラモンの子と言った。馬小屋で生まれたなんて、そんな身分の低い所にいる宗教なんて誰も信じないからだ。中国にいたっては、乾隆帝の前に土下座して頭を擦りつけながら挨拶した。これは後に典礼問題という大問題になるが、どのようにでもその土地の中へ入ることができる。
 中南米に行った時には、例えばイグアスの滝の横、ブラジルとパラグアイの国境地帯、かつてポルトガルとスペインが争ったところで、イエズス会の宣教師たちは先住民の側に立って、ポルトガル・スペインの奴隷商人と全面戦争を展開した。その村は今世界遺産になっている。最も優れた宗教映画の一つとされる「ミッション」(英、1986)はここを舞台にしている。

 (5)(4)のようにイエズス会は、ものすごく幅が広くて融通がきき、現地の状況に適応していく。その究極がユニエイト教会だ。
 ①ローマ教皇がいちばん偉い、②三位一体の教義において聖霊が父だけでなく子からも発出する・・・・その2点さえ守ってくれれば、今までどおりでまったく構わない。結婚しても、教会スラブ語で典礼を行っても構わない。
 ロシア正教は、このユニエイト教会をいちばん憎んでいる。見た目はロシア正教と同じなのに、指令はローマから来ている。ロシア語のイェズイットを辞書で引くと「イエズス会」とある後に「ウソつき、ペテン師」とある。

□佐藤優「反射し連動する世界を読み解く ウクライナからスコットランド、そして沖縄へ」(「世界」2014年7月号)
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