語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

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【佐藤優】イエス・キリストは「神の子」か ~ キリスト教の限界(1)~

2015年11月14日 | ●佐藤優
 『あぶない一神教』は序章を含めて6つの章で構成されている。
  序章 孤立する日本人
  第1章 一神教の誕生
  第2章 迷えるイスラム教
  第3章 キリスト教の限界
  第4章 一神教と資本主義
  第5章 「未知なるもの」と対話するために

 ここでは第3章をとりあげる。第3章は次の各節からなる。
 (1)イエス・キリストは「神の子」か
 (2)ユニテリアンとは何か
 (3)ハーバード大学にユニテリアンが多い理由
 (4)サクラメントとは何か
 (5)何がキリスト教信仰を守るのか
 (6)第一次世界大戦という衝撃
 (7)なぜバルトはナチズムに勝ったのか
 (8)皇国史観はバルト神学がモデル?
 (9)米国が選ぶのは実証主義か霊感説か
 (10)無関心の共存は可能か

(1)イエス・キリストは「神の子」か
 キリスト教とイスラム教は、同じ一神教で、同じ神様を信じているはずなのに、物語のフレーム、文化のフレームが違う。だから対立が続くのだ。その原因を一点に絞れば、イエス・キリストの存在に行き着く。
 イスラム教にはイエス・キリストに当たる存在がない。この差がもっとも大きい。
 イエス・キリストとは何か。
 人間である。間違いない。
 ただし、正統のキリスト教によれば、イエス・キリストは天地創造のはじめから“神の子”である。神から生まれて、とき至って、聖霊によってマリアから生まれ、肉体を得て人となった。つまり、人となる前は、神だった。人として処刑され、のちに復活した。イエス・キリストが神であることは、終始一貫している。人だったのは、人として生まれてからだ。
 しかし、いまは人間だ。神の右の座に就いているけれど、人間として座っている。人間だけれど、まことの神である。
 ここから「三一論/三位一体論」(トリニティ)で議論になる【注】。
 そもそもキリスト教では、一神教でありながら、唯一の神を信じるという形態をとらない。神様はひとつであるが、父なる神、子なる神(イエス・キリスト)、聖霊なる神がいるという三一論だ。ひとつの神だけれど、三つある。一で三だ。
 この問題の神学的処理は簡単だ。わからないから、不合理だから、信じるしかない。こう結着をつけている。
 この考え方の基本になっているのが「受肉」論だ。神の子であるイエス・キリストが人間として生まれてきたことを「受肉」という。なぜ肉の形(人間の形)をとらざるをえなかったのか。仏教の輪廻転生とは違う一回限りのできごとだ。
 ここがキリスト教の一番の特徴だ。イスラム教にもユダヤ教にもない考え方だ。米国型キリスト教であるユニテリアンにも「受肉」という考え方はない。

 【注】東京神学大学では「三位一体論」、同志社大学神学部では「三一論」という術語を使う傾向がある。トリニティに「位」や「体」に相当する言葉は入っていない。「三一」のほうが正確だ。

□佐藤優『あぶない一神教』(小学館新書、2015)/共著:橋爪大三郎
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 【参考】
●第3章 キリスト教の限界
【佐藤優】イエス・キリストは「神の子」か ~ キリスト教の限界(1)~
【佐藤優】ユニテリアンとは何か ~ キリスト教の限界(2)~
【佐藤優】ハーバード大学にユニテリアンが多い理由 ~ キリスト教の限界(3)~
【佐藤優】サクラメントとは何か ~ キリスト教の限界(4)~
【佐藤優】何がキリスト教信仰を守るのか ~ キリスト教の限界(5)~
【佐藤優】第一次世界大戦という衝撃 ~ キリスト教の限界(6)~
【佐藤優】なぜバルトはナチズムに勝ったのか ~ キリスト教の限界(7)~
【佐藤優】皇国史観はバルト神学がモデル? ~ キリスト教の限界(8)~
【佐藤優】米国が選ぶのは実証主義か霊感説か ~ キリスト教の限界(9)~
【佐藤優】無関心の共存は可能か ~ キリスト教の限界(10)~

●第4章 一神教と資本主義
【佐藤優】資本主義は偶然生まれたのか ~一神教と資本主義(1)~
【佐藤優】なぜ人間の論理は発展したのか ~一神教と資本主義(2)~
【佐藤優】最後の審判を待つ人の心境はビジネスに近い ~一神教と資本主義(3)~
【佐藤優】15世紀の教会はまるで暴力団 ~一神教と資本主義(4)~
【佐藤優】隣人が攻撃されたら暴力は許されるのか ~一神教と資本主義(5)~
【佐藤優】自然は神がつくった秩序か ~一神教と資本主義(6)~
【佐藤優】働くことは罰なのか ~一神教と資本主義(7)~
【佐藤優】市場経済が成り立つ条件 ~一神教と資本主義(8)~
【佐藤優】神の「視えざる手」とは何か ~一神教と資本主義(9)~
【佐藤優】なぜイスラムは、経済がだめか ~一神教と資本主義(10)~

  

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1 コメント

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三位一体は「神」の実体に非ず (閲覧者)
2019-07-24 02:47:21
御ブログの「【佐藤優】イエス・キリストは「神の子」か ~ キリスト教の限界(1)~」を閲覧しました
>トリニティに「位」や「体」に相当する言葉は入っていない。「三一」のほうが正確だ。
・・・「位」や「体」に当たる概念は聖書にはありませんし、神(GOD)を「三」とか「一」とかいった数詞で表わすこと自体、比喩ですから、けっして神(GOD)そのものが「三位一体」ではないのです。この点を理解できない福音派(の特に根本主義者・原理主義者)は、「三位一体」が「神」(GOD)の実像だと思い込んでいます。でもこれは実像でもなければ実体・本質でもなく、写像でさえない。この点は佐藤優さんの本よりも八木誠一さんの本に学ぶことです。

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