語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

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【佐藤優】守られなかった「停戦合意」 ~ウクライナ~

2015年02月28日 | ●佐藤優
 (1)2月12日、ミンスク(ベラルーシの首都)で、ロシア、ウクライナ、欧州安保協力機構(OSCE)、親露派(ウクライナ東部を実効支配)代表が停戦合意に署名した。
 この合意は、プーチン・ロシア大統領、ポロシェンコ・ウクライナ大統領、メルケル・ドイツ首相、オランド・フランス大統領による16時間にも及ぶ長時間交渉の結果まとまった。
 <「主要な事柄について合意することができた。すなわち、2月15日0時からの停戦に合意した」とウラジーミル・プーチンは、ミンスクにおける交渉の結果に関する記者たちのためのコメントの冒頭で述べた。
 「第2の点は、これを私は非常に重要と考えるが、ウクライナ軍が接触する本日現在の前線から重火器を引き揚げることで、ドンパスの義勇軍が去年9月19日のミンスク合意で明示されたラインから引き揚げることである」とロシア大統領は付言した。
 さらに紛争の双方の側に対して、ロシア大統領は、「できるだけ早く合意の遵守に着手し」、憲法改正と国境問題を含むドンパスの状況の長期的正常化の過程に移行するようにと呼びかけた。
 政治的正常化において、いくつかの条件といくつかの立場がある。第一に、これは、ドンパスに住んでいる人々の法的権利を考慮した憲法的改革でなければならない。さらにこれらの領域、すなわちドネツクとルガンスクの特別の地位に関して以前に採択された法律を実現する人道的問題であり、最終的に、経済的、人道的な性格を帯びた諸問題のすべてを統合することであるとプーチンは指摘した。>【「イズベスチヤ」電子版 2015年2月12日】

 (2)プーチン大統領の説明((1)の「 」内)からすると、停戦合意は親露派にとって有利な内容になっている。去年9月19日のミンスク合意(ウクライナ政府と親露派代表者との停戦合意署名)後、双方とも合意を遵守せず、戦闘を続けた。 その結果、前線は9月19日よりも西に移動した。つまり、親露派が優勢で、ウクライナが劣勢な状況になった。ウクライナ側は、劣勢になったこのラインから重火器を引き揚げなくてはならない。要するに、親露派の攻勢を事実上承認する、という意味だ。
 さらにプーチン大統領が以前から主張していたウクライナの連邦化も、事実上承認することになる。

 (3)2月12日のミンスク合意に、ウクライナの民族主義者が激しく反発している。
 <「親ロシアのテロリストとの合意は憲法に反し、法的効力を持たない。ロシアに占領された土地を完全に解放するまで戦闘を続ける」。ウクライナの極右連合「右派セクター」代表で、昨年10月の選挙で最高会議(国会)議員となったヤロシ氏は13日、フェイスブックにこう書き込んだ。ヤロシ氏は、ウクライナ政府軍から停戦や重火器撤去の命令が来ても応じない考えを示している。
 右派セクターは昨年2月にヤヌコビッチ前大統領を追放した政変で重要な役割を果たし、親露派と対峙する東部に現在も戦闘員を多数派遣している。>【注】

 (4)停戦合意後も、ウクライナ東部の交通の要衝デバリツェボなどで激戦が続いている。
 この責任は、親露派武装勢力だけでなく、ウクライナ側にもある。

 【注】記事「ウクライナ:新停戦合意、国内で批判 親露派に譲歩しすぎ」(毎日新聞電子版 2015年02月14日)

□佐藤優「ウクライナ 守られなかった「停戦合意」」 ~佐藤優の人間観察 第102回~」(「週刊現代」2015年3月7日号)
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コメント

【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか(2) ~法人企業統計~

2015年02月27日 | 社会
 (1)「資本所得の比率αの上昇」と「資本収益率rがあまり変わらない」
 というのが、ピケティの中核的な主張だ。しかし、前回【注】GDP統計のデータを中心に検証したところ、日本では確認できなかった。
 今回は、法人企業統計のデータを用いて、同じ点を検証する。
  (a)資本対所得の比率βは、
    ①βは上昇している。特に1990年代以降の上昇が顕著だ。
    ②固定資産の付加価値に対する比率を見ると、1990年代の初めに1.5程度であったものが、最近では3程度になっている。・・・・これは、GDP統計で見た経済全体とは異なる姿だ。法人部門だけに限ってみると、(ピケティが指摘するとおり)資本の蓄積が進んでいるわけだ。
    ③GDP統計で②の結果が得られなかったのは、
      ・GDP統計では、法人部門以外に生産活動に対する寄与が小さいセクター(政府部門や家計部門など)も含まれているため。
      ・また、「資本」として正味財産(国富)を取ったため。
      ・②は法人企業統計の固定資産のデータを取ったが、有形固定資産を取っても付加価値に対する比率は上昇している。
  (b)資本収益率rは顕著に低下している。前回【注】(1)-(a)-②で示したように、総資本営業利益率は1960年代において7%程度だったが、1990年代後半以降は3%程度になっている。「資本蓄積によって資本主駅率が低下する」という結果は、標準的なモデルから導かれる結論だ。
  (c)資本所得と労働所得の分配率は、ほぼ一定だ。
    ①法人企業統計における「従業員給与」を労働所得、「営業利益」を資本所得と考え、かつ、景気変動による影響をならして見ると、1970年代以降、資本所得は労働所得のほぼ3倍だ。
    ②1960年代と比べると、資本所得の労働所得に対する比率は上昇している。

 (2)ピケティが指摘する「資本所得の比率αの上昇」という傾向は、前回【注】示したようにGDP統計では確かめられなかった。今回示したように、法人企業統計でも確かめられなかった。
  (a)資本所得対所得の比率βが上昇するにもかかわらず、なぜ分配率が変化しないのか。それは、資本収益率rが低下するからだ。そのため、r・βで表されるαが上昇することにはならないのだ。
  (b)資本蓄積が進んでも分配率に変化がない、という結論は、標準的な経済モデルから導かれる。
  (c)ピケティは、資本所得αが上昇しているとした。そうなるのは、βが上昇するにもかかわらず、rが低下しないためだ、としている。しかし、標準的な経済モデルからは、こうした結論は得られない。最も簡単なコブ・ダグラス生産関数の場合には、次のようになる。
    ①所得分配率は、資本整備率にかかわらず一定である。
    ②資本整備率の上昇に伴って、資本収益率rは低下する。  
  (d)(1)で見た法人企業統計のデータは、まさに(c)-①や②の姿を示しているのだ。つまり、所得分配率と資本収益率に関する限り、現実の日本のデータは標準的なモデルで説明できる。・・・・ピケティは、彼の集めたデータは、コブ・ダグラス生産関数では説明できないことから、「コブ・ダグラス型生産関数を超える」としている。しかし、その代わりにどのような生産関数を想定しているか、具体的な形では示していない。

 (3)では、経済成長率gと資本収益率rの関係はどうか。
 ピケティは、r>gであることを強調している。
 しかし、最適経済成長論では、これとは異なる結論を導いている。すなわち、
   一定の条件の下で、
   資本収益率が潜在成長率と等しくなることが、
        r = g となることが、
   1人当たり消費を最大化する、
という意味で合理的な選択である、という結論を導いている。
 最適条件を課さなくても、「コブ・ダグラス生産関数のような標準的な生産関数の場合には、資本蓄積の進展に伴って資本収益率rが低下する。
 つまり、一方において資本蓄積が進ことを認めながら、他方において資本収益率rが一定にとどまる、というのは、かなり特殊な状況を想定しないと導かれない結論だ。・・・・ピケティは、これについても、具体的な答えを与えていない。

 (4)ローレンス・サマーズ・元米財務長官が、自然利子率の概念を用いて問題としたのも(3)の点だ。
 つまり、人口成長率の低下や技術進歩率の低下に伴って、潜在成長率が低下する。それが、自然利子率の低下をもたらし、金融政策の無効性などの問題を引き起こす・・・・としたのだ。
 自然利子率は現実の利子率ではないが、長期的な均衡値としては、実際の利子率と深い関係がある。
 つまり、サマーズが心配しているのは、経済成長率が低下すると利子率も低下せざるを得ない・・・・ということだ。
 ピケティは、経済成長率gは低下するが、資本収益率rは低下しない、としている。これがいかなる経済モデルから導かれるのか不明だが、少なくとも日本のデータで見る限り、gの低下に伴って、rは低下している。

 (5)法人企業統計で注目されるのは、資本所得の構成にかなり大きな変化が見られることだ。具体的には、支払利子の減少と社内留保の増大だ。
 企業が借り入れを減少させ、また金利も低下しているから、こうした変化が起きている。
 社内留保の増大は、実現キャピタルゲインや未実現キャピタルゲインの形で資本所得を増大させる。

 (6)(5)は税制上の扱いが異なる。
  (a)利子所得・・・・分離課税だが、所得税において課税の対象とされる。
  (b)配当所得・・・・幾つかの特例措置がある。
  (c)キャピタルゲインの課税・・・・かなり不完全。
    ①実現キャピタルゲイン・・・・さまざまの軽減措置がある。
    ②未実現キャピタルゲイン・・・・まったく非課税(どこの国でも同じ)。

 (7)(6)からして、資本所得が
    利子所得という形 → キャピタルゲインという形
に以降していくことは、資本所得の課税が不完全になることを意味する。
 こうした事態を踏まえて税制の見直しが必要だ。

 (8)格差の問題は、これまでも重要だった。経済分析の主要なテーマだし、経済政策論においても重要な地位を占めてきた。
 ただし、格差は主として税制、社会保障制度、産業政策(特に反独占政策)などの制度的要因によって決まる、と考えられてきた。
 それに対してピケティは、格差はマクロの変数で説明できる、として注目を浴びたのだ。
 しかし、日本の場合、税制をはじめとする制度の役割は、依然として極めて重要だ。

 【注】「【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか ~GDP統計~

□野口悠紀雄「ピケティが描く経済は法人統計でも見られず ~「超」整理日記No.747~」(「週刊ダイヤモンド」2015年2月28日号)
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 【参考】
【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか ~GDP統計~
【佐藤優】【ピケティ】『21世紀の資本』が避けている論点
【ピケティ】本には手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~
【ピケティ】なぜ米国で大きな反響を呼んだか ~世襲財産制批判~
【ピケティ】富裕層の地位は揺らぐことがない
【ピケティ】理論の本ではなく、歴史的事実の本
【ピケティ】の“capital”は「資本」ではなく「資産」 ~誤読の危険性~
【ピケティ】討論会「格差・税制・経済成長 『21世紀の資本』の射程を問う」
【ピケティ】をめぐる経済学論争 ~米英で沸騰中~
【ピケティ】格差を決める持ち家、社会は6対4で分断 ~日本~
【ピケティ】池上彰の3ポイントで解説 ~ そうだったのか!『21世紀の資本』~
【ピケティ】アベノミクス批判 ~金融緩和・消費税~
【ピケティ】シンプルで明快な主張 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告~
【ピケティ】総特集号(「現代思想」2015年1月増刊号)の目次
【ピケティ】『21世紀の資本』詳細目次
【ピケティ】に対するインタビュー ~失われた平等を求めて~
【ピケティ】勲章拒否の警告 ~再構築される「世襲的資本主義」~
【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】『21世紀の資本』に係る書評の幾つか
【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~
【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~
【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~
【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~
【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~
【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~
【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~
コメント

【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか ~GDP統計~

2015年02月26日 | 社会
 (1)トマ・ピケティは、幾つかの簡単なマクロ変数の関係で所得の格差現象が説明できるとし、大きな反響を呼んでいる。だが、彼が指摘する関係は、日本では成り立っていない。
  (a)「資本収益率rがあまり変わらず、経済成長率gが低下する」・・・・という関係が成立しない。資本収益率rを幾つかの指標で見ると、高度成長期から現在に至る間に、顕著な低下傾向が見られるのだ。経済成長率gも低下しているが、それと共に資本収益率rも低下しているのだ。
    ①国民経済計算における営業余剰の国富に対する比率で見ると、1960年代末には10%を超えていたが、1970、80年代を通じて継続的に低下している。現在では1.5%程度だ。
    ②法人企業統計における総資本営業利益率を見ても、同様の傾向が見られる。1960年代において7%程度だったものが、1990年代後半以降は3%程度になっている。

  (b)貯蓄率sが著しく低下している。これを国民経済計算における貯蓄と国民可処分所得の比率で見ると、1960年代末には30%を超えていたが、2011、12年度には1%を下回るようになった。

  (c)所得中の資本所得のシェアαは、r・s/gで表すことができる。ピケティは、低成長経済への移行によってαが上昇するとしているのだが、その際、rとsは一定と考えている。しかし、その仮定が日本では満たされないのだ。
    ①αの値を直接データで見ると、日本の場合には時系列的に上昇するのではなく、逆に低下している。国民経済計算における営業余剰の対GDP比を見ると、1950年代から1980年ごろまでの期間に、40%から20%へとほぼ半減した。2000年ごろ以降は、営業余剰の対GDP比は20%程度で安定的だ。
    ②経済学では、要素所得の比率は安定的だとされる場合が多かった。ピケティはそれを批判しているのだが、2000年以降の日本は、従来の経済学が考えている世界に近い。

  (d)資本所得は、労働所得に比べて格差が大きい。しかも相続によって子孫に受け継がれる。したがって、αが高ければ格差が拡大する。・・・・それはその通りだ。しかし、
    ①資本所得のシェア拡大現象は、日本では見られない。つまり、ピケティの理論は日本では当てはまらない。
    ②格差の拡大が顕著だと指摘されるのは米国だが、この主たる原因は「スーパー経営者」の著しく高い給与だ。・・・・このことは『21世紀の資本』でも指摘し、クリスティア・フリーランド『グローバル・スーパーリッチ』でも同じ指摘をしている。
    ③米国ではさらに、成功したベンチャー企業の新規株式公開(IPO)の影響もある。これも、資本所得というより、労働所得の一種だ。つまり、労働所得の枠内において、著しい格差が発生しているのだ。

 (2)日本において資本収益率や貯蓄率が低下したのはなぜか。
  (a)資本蓄積が進んだため、資本収益率が下がった(「限界性生産力逓減則」)。
    ①新興国の工業化で、高度成長期の製造業のビジネスモデルが時代遅れになった。
    ②その証拠に、資本収益率の低下は貿易の影響を直接受ける製造業で著しい。
    ③製造業の利益率は、1960年代の8~10%程度から、2010年の3%未満にまで低下した。低下が最も急激だったのは1990年代前半だ(中国の工業化の影響が顕在化し始めた時期)。
    ④非製造業は、同期間に6%程度から3%程度への低下だ。製造業に比べて穏やかだ。これは、非製造業が世界経済変化の影響を製造業ほど強くは受けなかったからだ。

  (b)貯蓄率が低下した。
    ①その大きな原因は、世界でも稀に見るほど急速かつ急激に生じた人口構造の高齢化だ。人は若年期に労働所得を貯蓄し、退職後にそれを取り崩して生活資金に充てる。したがって、人口高齢化が進むと貯蓄率が低下する。
    ②その別の原因は、政府の財政赤字が著しく拡大したことだ。政府財政赤字の大きな原因は社会保障支出の増大だ。よって②もやはり人口高齢化が進んだ結果だと考えることができる。

  (c)ピケティは、資本/所得比βが時系列的に上昇することを強調し、その理由を次のように説明している。
 β=s/gだが、貯蓄率sが一定である半面、経済が低成長時代に入ってgが低下する。このためβが上昇する。21世紀におけるβは、18、19世紀に並ぶほどの高水準になる。
 しかし、日本の場合には、(b)のように貯蓄率sの低下が著しい。このためピケティの言うようにはならない。
 実際、資本として国民経済計算における「正味財産(国富)」を取り、これとGDPの比率を見ると、バブル(1980年代後半)で8程度の値になったものの、バブル崩壊で急低下した。2000年代前半には6を切る水準まで低下した。その後若干回復したが、いまでも6をやや上回る水準でほぼ一定だ。
 民間の正味資産だけ取っても同じ傾向が見られる。

 (3)格差問題が重要ではない、ということではない。まったく逆で、日本においても格差はますます重要な問題になっている。ジニ係数で見た所得の不平等度は、悪化している。
  (a)(1)と(2)で指摘したのは、日本の格差問題がピケティのいうようにマクロ変数によって説明できるものではない、ということだ。実際、格差の要因としてこれまで指摘されてきたのは、税制を始めとする経済制度的要因だ。日本の場合も、それらは重要だ。
  (b)ジニ係数(2011年)は、当初所得の0.55から、税と社会保障による再分配政策で0.38へ改善している【厚労省「所得再分配調査」】。つまり、再分配政策は、格差に大きな影響を与えるのだ。格差是正のための政策的な努力が必要だ。
    ①日本の税制は、労働所得に対する課税が中心になっている。その半面、相続税や固定資産税など資産に対する課税は不十分だ。そして、金融資産からの所得は分離課税されている。
    ②①の状態を変える必要がある。また、社会保障給付(特に介護保険給付)に資産制約を導入すべきだ。
    ③最近では、円安によって製造業の収益が増大し、株価が上昇した。しかし、大企業と小企業で著しい格差がある。円安は所得分布を悪化させている。
    ④③の状態を変える必要がある。法人税減税は配当所得を増やし、内部留保を増やすことで株主の資産を増大させることにも注意が必要だ。
  (c)ピケティは、一律の資本課税を提唱している。確かにそれは重要だ。しかし、それは現実離れした提案だ(ピケティ自身もそれを認めている)。富の捕捉は困難だし、資本は海外に逃避する。
  (d)効果は限定的であっても、(a)や(b)の地道な努力を積み重ねていくしかない。

□野口悠紀雄「日本では成立しないピケティの格差理論 ~「超」整理日記No.746~」(「週刊ダイヤモンド」2015年2月21日号)
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【佐藤優】【ピケティ】『21世紀の資本』が避けている論点

2015年02月25日 | ●佐藤優
 (1)ピケティは、過去300年の膨大な統計を処理し、二度の世界大戦の時期を除き、資本主義は格差を拡大する傾向があり、しかもこの格差を持続させることはできなくなると主張する。
 資本主義が崩壊するのを防ぐためには、国家が所得税、相続税の累進課税を強めるとともに、資産家から毎年、資産税を徴収することで、富の再分配を実現すべきと考える。典型的な西欧社会主義者の提言だ。
 最近の経済学者が、数学的操作によって、経済学においても、あたかも自然科学のような法則が導き出されるような研究をしているのに対し、ピケティはビッグデータを処理し、資本主義の傾向性を読み解く新カント派のような個性記述をしているところが特徴だ。

 (2)ピケティは、二つ基本法則によって資本主義を読み解くことができると考える。
 <資本主義の第一基本法則--α=r×β
 これで資本主義の第一基本法則を提示できる。これは資本ストックを、資本からの所得フローと結びつけるものだ。資本/所得比率βは、国民所得の中で資本からの所得の占める割合(αで表す)と単純な関係を持っており、以下の式で表される。
   α=r×β
 ここでrは資本収益率だ。
 たとえば、β=600%でr=5%ならば、α=r×β=30%となる。
 言い換えると、国富が国民所得6年分で、資本収益率が年5パーセントなら、国民所得における資本のシェアは30パーセントということだ。
 α=r×βという式は純粋な会計上の恒等式だ。定義により、歴史のあらゆる時点の社会に当てはまる。トートロジーめいてはいるが、それでもこれは資本主義の第一基本法則だと言える。というのも、これは資本主義システムを分析するための三つの最重要概念の間にある、単純で明解な関係を表現したものだからだ。その三つの最重要概念とは、資本/所得比率、所得の中の資本シェア、資本収益率だ。>(56頁)【注1】

 (3)ここでピケティは、
   資本をストックすなわち、<ある時点で所有されている富の総額(総財産)に対応する>(54頁)と規定し、
   所得をフローすなわち、<ある期間(通常は1年)の間に生産され分配された財の量に対応する>(54頁)と規定する。

 (4)さらに長期的分析を行うために貯蓄率と成長率を加味することによって、もう一つの資本主義の基本法則が導き出せるとする。 
 <資本主義の第二基本法則--β=s/g
 長期的には、資本/所得比率βは、貯蓄率s、成長率gと以下の方程式で示される単純明快な関係をもつ。
   β=s/g
 たとえばs=12%、g=2%ならβ=s/g=600%となる。
 つまり、毎年国民所得の12パーセントを蓄え、国民所得の成長率が年2パーセントの国では、長期的には資本/所得比率は600パーセントになる。この国は、国民所得の6年分に相当する資本を蓄積することになる。
 資本主義の第二法則ともいえるこの公式は、当然ではあるが重要なことを示している。たくさん蓄えて、ゆっくり成長する国は、長期的には(所得に比べて)莫大な資本ストックを蓄積し、それが社会構造と富の分配に大きな影響を与えるということだ。
 別の言い方をしよう。ほとんど停滞した社会では、過去に蓄積された富が、異様なほどの重要性を確実に持つようになる。
 だから21世紀の資本/所得比率が、18、19世紀の水準に並ぶほど構造的に高い水準になってしまうのは、低成長時代に復帰したせいだと言える。だから成長--特に人口増加--の鈍化こそが、資本が復活をとげた原因だ。
 基本的な点は、成長率のわずかなちがいでも長期的には資本/所得比率に大きな影響を及ぼすということだ。>(173、175頁)

 (5)成熟した資本主義は、低成長が基調だ。よって、資本収益率が産出と所得の成長率を上回るようになる。
 そのため、資本主義は自動的に、恣意的で持続不可能な格差を生み出すというのがピケティの結論だ。

 (6)ピケティは、経済学者として、事態を純粋に観察するという姿勢をとらない。政治経済学者として、問題を解決することに強い関心がある。
 彼が重要な処方箋として提示しているのが資本税の導入だ。
 資本税を徴収するためには、国家的もしくは超国家的な権力執行機関が人民の権利、自由を不当に侵害する可能性を防ぐための仕組みが必要だ。この点、<直ちに実行することはできないとしても、理性的に思考し、段階的に実現できるようになることを期待している>とピケティは考える【注2】。
 彼は、理性を信頼する啓蒙主義者なのだ。

 (7)ピケティは、格差を論じるにあたり、ある論点を避けている。
 『21世紀の資本』には、ジェンダーに係る記述がない。格差問題における女性労働、ジェンダー差別の問題をピケティは捨象している。
 さらに植民地問題については、18~19世紀のフランス、イギリスなど巨大植民地を持っていた諸国の資本蓄積を可能にした過去の歴史的事実としてしか取り上げていない。ポストコロニアリズムやカルチュラル・スタディーズで問題とされている旧宗主国と旧植民地の間で現在も続く構造的差別の問題は取り扱われないのだ。
 具体的に言えば、『21世紀の資本』を援用しても、沖縄が抱える格差問題を解明することができない。政策的にも国家が税を徴収して、在日米軍を過重に負担する沖縄に重点的に分配するという以上の政策は出てこない。

 【注1】トマス・ピケティ『21世紀の資本』(山形浩生・守岡桜・森本正史・訳)『21世紀の資本』(みすず書房、2014)。以下、同じ。
 【注2】トマ・ピケティ×佐藤優「民主主義のモデルチェンジだけが資本首位をコントロールできる」(「AERA」2015年2月23日号)

□佐藤優「ピケティ『21世紀の資本』が避けている論点がある ~佐藤優の飛耳長目第104回~」(「週刊金曜日」2015年2月13日号)
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 【参考】
【ピケティ】本には手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~
【ピケティ】なぜ米国で大きな反響を呼んだか ~世襲財産制批判~
【ピケティ】富裕層の地位は揺らぐことがない
【ピケティ】理論の本ではなく、歴史的事実の本
【ピケティ】の“capital”は「資本」ではなく「資産」 ~誤読の危険性~
【ピケティ】討論会「格差・税制・経済成長 『21世紀の資本』の射程を問う」
【ピケティ】をめぐる経済学論争 ~米英で沸騰中~
【ピケティ】格差を決める持ち家、社会は6対4で分断 ~日本~
【ピケティ】池上彰の3ポイントで解説 ~ そうだったのか!『21世紀の資本』~
【ピケティ】アベノミクス批判 ~金融緩和・消費税~
【ピケティ】シンプルで明快な主張 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告~
【ピケティ】総特集号(「現代思想」2015年1月増刊号)の目次
【ピケティ】『21世紀の資本』詳細目次
【ピケティ】に対するインタビュー ~失われた平等を求めて~
【ピケティ】勲章拒否の警告 ~再構築される「世襲的資本主義」~
【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】『21世紀の資本』に係る書評の幾つか
【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~
【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~
【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~
【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~
【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~
【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~
【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~



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【ピケティ】本には手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~

2015年02月24日 | 社会
(1)1989年(ピケティ18歳)のベルリンの壁崩壊
 影響多大。1990年2月(チャウシェスク独裁政権崩壊2か月後)、ルーマニア訪問(地元の若者と交流)。1991年夏、モスクワ訪問。
 共産主義に魅力を感じたことはない。明らかに社会のシステムがまったく機能していないし、フランスに来て自由になりたい、もっとチャンスがほしいと考えている若者たちに出会ったから。
 格差の研究を進めたのは、「このようなシステムがデザインされた理由」「人々が資本主義に対する怒りのあまり私有財産制を廃止しようとした理由」を知りたい、と思ったこともある。なぜそんな結論に行き着いたのか。次はもっとうまくできるのか。不平等と資本主義をコントロールする、より良い方法を見つけられるのか。これらは興味深い論点だ。

(2)1991年に起きた湾岸戦争
 ベルリンの壁崩壊とはまったく違った意味で、強い影響を受けた。西側の「偽善」を感じた。これらの国々の政府は「タックスヘイブンを規制する力はわれわれにはない」と主張する。しかし、クウェートに石油を取り戻させるためだけに、数ヶ月のうちに100万人に近い軍隊を派遣することはできるわけだ。
 中東は石油資源の配分における不平等のために、歴史を通じて、また世界中で最も経済的不平等の大きな地域の一つになっている。西側諸国の軍隊による保護がなければ、石油資源の再配分が行われていたはずだ。

(3)「労働力商品」のみが価値を作り出す特殊な性質を持つ(マルクス『資本論』)
 「労働力だけが価値を作り出す」という意味がよくわからない。「生産物から生じる儲けはすべて労働者が取るべきだ」ということか。
 私有財産の廃絶は間違った「答え」だ。私有財産をなくせば、例えば完了に権力を与えることになり、労働者がよりいっそうの自由を得ることにはつながらない。

(4)賃金は生産過程で資本家と労働者との力関係で決まる(マルクス『資本論』)
 資産のタイプに応じて、その所有者と労働者の間の力関係は異なる。農地をめぐる歴史は、産業に投下された資本や、資産としての奴隷の歴史とは異なる。賃金の水準や資本の所有者への利益配分の水準は常に、技術や、社会的、制度的力関係があいまって決まる。『21世紀の資本』で語ろうとしたのは、異なるグループの人たちが常に「何を得るべきか」についての理論的な根拠を作り出そうとしてきた、という人類の歴史なのだ。

(5)旧植民地における低賃金
 植民地主義や、国際社会における力関係にはもっと重点を置くべきだったかも。ただ、第一次世界大戦のころまで、英国とフランスは国外から利子、配当、地代といった巨額の資本所得を得ており、それは両国の貿易赤字を埋めてなお余りあるほど大きかったことは強調した。
 植民地の政治的・軍事的支配や低賃金、巨額の資本所得の移転といったことは、『21世紀の資本』でも重視している。この本のもっとも重要なメッセージの一つは、戦後において、経済開発に成功した国々は国外からの投資に過度に頼ることなく、国内の貯蓄を活用してきた、ということだ。日本、韓国、現在の中国がそうだ。
 一方、外国に多くの資産を握られているラテンアメリカやアフリカのサブサハラ(サハラ砂漠以南)地域では政治が混迷状態だ。不平等の解消はそもそも難しいのだが、資産の所有者が外国だと、さらに問題は複雑だ。ラテンアメリカやサブサハラで見られるように、政治的な緊張や搾取、保守主義的な「革命」を引き起こす。

(6)格差問題における女性労働、ジェンダー差別の問題
 ジェンダーによる不平等の問題も、もっと大きく扱ってもよかった。
 本では人口動態の変化についても論じているが、このテーマにおいてジェンダー格差はとても重要な問題だ。人口減少は、日本だけでなく欧州諸国にとっても大事な問題だ。日本や独逸の若い女性があまり子どもを持たないのは、世間に「子どもがいる女性は早く家に帰るべきだ」という声があり、彼女らはそれを望んでいないからだろう。
 解決策は、若い男女が仕事と家庭生活を両立できるようにジェンダー間の格差をなくし、勤務時間を調整して子育てにもっと関われるようにすることだだろう。ジェンダー間の平等はそれ自体がとても大切なことだが、出産に関する意思決定においても重要だ。本では、人口減少によって、子どもが減ると1人あたりの相続財産が増えるため、資産の相続の重要性が高まり、不平等を広げかねないことを強調している。、
 人口が減っている日本では特に、相続がとても大きな要素となる可能性がある。しかし、人口を増やす方向へ転じさせることはできると思う。フランスの合計特殊出生率は2.0を上回り、フランス人は「2030年にはドイツより人口が多くなるだろう」と盛り上がっている。

(7)「平等という考え方は家族制度に規定されている」(エマニュエル・トッド) 
 単純化すればフランスの(中央部から北部にかけての)パリ盆地などを除き平等相続をする家族制度はほとんどない、というトッド(ピケティの友人)と違って、「変化」の可能性にもっと楽観的だ。家族のあり方や、平等・不平等に関する人々の意見は変わり得ると考える。トッドの主張は少し保守的すぎる。

(8)「資本税」徴収に必要な国家的・超国家的機関が人民の権利、自由を不当に侵害することを防ぐ仕組み
 近い将来、世界政府と世界共通の資本税が実現するとは自分も考えていないが、段階的なアプローチは可能だと信じる。まずは各国政府がもっと協力し合えるかどうか、というところから始めるべきだ。
 現代における最も大きな課題の一つは、巨大な政治共同体を民主的かつ個人の権利を尊重し得る手法によって組織することだ。スウェーデンで900万人の政治共同体をつくる方が、フランスで6.500万人の政治共同体を組織したり、EUで5億人の政治共同体をつくったりするよりも簡単だ。
 しかし、巨大な政治共同体を組織し、その政府がすることを信頼できるような仕組みを見つけなければならない。さもなければ、私たちの命運を強力な資本家に握られることになる。金融資本主義の世界で、小さな国々は「隙間産業」として生きていくため、自らの基本的な価値観と正反対のことをしなければならないことも多い。わずかな分け前にあずかろうと、喜んでタックスヘイブンになるのだ。フランスは、ルクセンブルグなどをタックスヘイブンだと批判している。一方で、世界経済全体から見ると、フランスやドイツも小国だ。
 超国家的な官僚機構は危険かもしれない。巨大な政治共同体を組織するのは確かに難しいのだが、今日の世界では、小さな政治共同体として生きていくことも難しい。どちらかの困難を選ばねばならない。巨大な政治共同体を組織できる可能性はある。EUは政治的な統合をより進めていくべきだ。その国だけの利害やナショナリズムを超えて、民主主義がうまく機能するようにモデルチェンジすることはできる。そうすることで、グローバルな金融資本主義を民主的な手法によって規制できる。
 欧州の場合、各国の議会をベースにした、新しい形の民主的な議会をつくる必要がある。各国議会の主権をベースにした、欧州議会の主権をつくりだすためだ。複雑な作業ではあるが、民主主義をモデルチェンジする手法を繰り返し考え抜くことは、民主主義が再び資本主義をコントロールするための、たった一つの選択肢なのだ。マーケットも民主主義も信じられなければ、何が残るのだろう?

(9)一気に物事を解決すべきだという考え方への対処法
 グローバルな解決法はない。地域ごとに解決を図るしかない。むろん、相互に関連するが、民主的な闘いや社会運動のあり方は同じではない。フランスでは連続テロが示すように「現状が極めて深刻だ」。年末に地方選挙がある。国民戦線(ナショナル・フロント:フランスの右翼政党で2014年の欧州議会選で国内第一党となった)が国政レベルで権力を握るとは思わないが、多くの地域で勝ち、議会で多数を占めることはあり得る。これは大きな政治ショックを与えるだろう。
 パリやベルリン、ブリュッセルの政治指導者たちは、EUが各国に強いてきた緊縮財政によって若者の失業問題が深刻化し、社会的な緊張が生じ、きわめて危険な状態にあることに気づくべきだ。これは中東で起きていることや、30代の若者らが17人を殺したフランスの連続テロ事件と密接な関係がある。犯人の一人は20歳ぐらいのころ、米国と戦うために中東へ行こうとした。10年たった今、再び戦おうとしたのだ。
 政治共同体をより大きくしていかねばならない。中東諸国の国境は、欧州列強の植民地開拓者たちによって恣意的に引かれた。その一部は取り消されるべきだ。きわめて平和的に、というわけにはいかないかもしれないが、そうなっていくだろう。

□トマ・ピケティ×佐藤優「民主主義のモデルチェンジだけが資本首位をコントロールできる」(「AERA」2015年2月23日号)
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 【参考】
【ピケティ】なぜ米国で大きな反響を呼んだか ~世襲財産制批判~
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【佐藤優】「イスラム国」は今後どうなるか ~イスラム国との「新・戦争論」(2)~

2015年02月23日 | ●佐藤優
(4)最大の脅威は中東全域の核武装化
 (a)今後、空爆の効果は相当見込める。いまは一昔前とは空爆の意味合いが変わってきている。<例>ドローン(無人攻撃機)が進化し、イスラエルも小型で攻撃の精度が高いUAV(無人飛行機)を沢山作っている。これで相当程度、手を汚さないで攻撃できる。
 (b)【池上】有志連合が考えている方策は三つ。いずれにせよ、長期化は避けられないが。
   ①クルド人、特に勇猛果敢で知られる「ペシュメルガ」(イラク北部クルド人自治区の治安部隊)に最新の武器を与える。クルド人は早速、1月27日に「イスラム国」からアインアルアラブ(シリア北部の要衝)を取り戻すなど、一定の効果が出ている。
   ②イラク政府軍をもう一度鍛え直す。
   ③「自由シリア軍」(シリアの反政府勢力のうち穏健派)に軍事訓練を施す。
 (c)有志連合には当然入ってないイランが、本格的に地上部隊を入れる可能性もある。それを長年敵対している米国も黙認するという流れだ。
 (d)イランが入ってくる意味はとりわけ大きい。「イスラム国」と戦うことで、イランと、米国やイギリスの利害が一致する。すると、イランに対して核開発を止めさせる圧力がかけにくくなり、既成事実化されかねない。イランに言わせれば、「こういう情勢だから核保有国にならなければならない」となるだろう。
 (e)いま、インテリジェンス・コミュニティが最も恐れているのは、「イスラム国」が核を持つ可能性だ。その技術を提供するのはパキスタンだ。パキスタンの統合情報局(ISI)内には、イデオロギー的に「イスラム国」に共鳴している人はかなりいる。イランや北朝鮮への技術流出で話題となったパキスタンのカーン博士の「核の闇市場」は、大いなるブラックボックスだ。今でも、パキスタン国内で、核の管理がどうなっているかは分からない。
 (f)パキスタンの核開発は、サウジアラビアが資金提供したと言われている。イランが核を持つなら、サウジアラビアは、スポンサーとしてパキスタンの核を移転することだって現実に可能だ。
 (g)「イスラム国」と中途半端な形で、対話や統治地域を認めるべきではない。完全に解体しなくてはいけない。ナチス・ドイツでも解体できたのだから、できないわけがない。イランの核開発に、米国から事実上のゴーサインが出れば、米国の同盟国であるにもかかわらずイスラエルは、対イラン戦争を考えなくてはならない状況に追い込まれる。いよいよ中東情勢が一気に流動化する。
 (h)【池上】レバノンは大シリアの一部だが、シリアのアサド現政権に対抗する勢力もあれば、ヒズボラ(イランから援助を受けるシーア派の原理主義者)もいて、内戦になりかけている。そのヒズボラでは、年に一度「アーシューラー」という行事を行う。男たちがみな上半身裸になって、わざと鎖やナイフで自分たちの身体を傷つけ、血を流しながらパレードする。7世紀のカルバラの戦いで殉教したイマーム・フセイン(ムハンマドの孫)の辛い思いを追体験しようとする儀式だ。男たちが血を流すのを女たちはうっとり眺め、カルバラの戦いにおけるフセインの悔しさに係る演説を聞いて、ヒゲ面の大の男たちがワンワンと泣き出す。
 (i)こういう儀式を毎年繰り返すことで、カルバラの戦いが、あたかも昨日あったかのように思える。日本人は例えば「関ヶ原の戦い」と言われても大河ドラマの世界のこととしか思わないが、それとは感覚が全く違う。彼らの歴史観は「進歩史観」ではなく、「下降史観」だ。社会は時間が経てば経つほど悪くなる。近代的な価値観はなく、昔ほどいいと考える。
 (j)かつてのアルバニアや現在のトルクメニスタン、北朝鮮のように国民が独裁政権の圧政下にある地域はほかにもある。しかし、「イスラム国」が問題なのは、人類の普遍的価値観に反する論理を世界に強要する点だ。「革命の輸出」を行っていることだ。人質を取って彼らが日本に要求したのは、「革命の阻害をするな」ということ。彼らは基本的人権をはじめとする現代の普遍的価値に挑戦しているのだ。

(5)日本人はついに戦争の当事者となった
 (a)「イスラム国」を倒すのに最も効果的なのが空爆なら、それと併用すべきなのは周辺地域の難民支援だ。「イスラム国」がどんなに強いことを言っても人がいなければ成り立たない。域外に食べ物と生活できる場所を準備して、「そんなところにいないで、外へ出てこいよ」と住民に呼びかけ、足元から揺さぶるのだ。
 (b)「イスラム国」と戦う国を支援するため、シリア、イラクなどの周辺国に2億ドルの人道支援を行う場合、日本政府が自覚しなければならないのは、人道支援は「イスラム国」からすれば大変な敵対行為であるということだ。日本は、この意識が薄い。今回の事件でも、2億ドルが人道支援であることを繰り返し強調していた。人道援助であることを強調すればするほど、敵対していることが露わになるだけだ。
 (c)日本も、この戦争の当事者であることを忘れてはならない。この当事者性は切実だ。この当事者性は切実だ。日本でも「『イスラム国』は正しい」と公言している人がいるが、「イスラム国」から見れば、彼らは口先だけで決起していない中途半端な存在だ。彼らを追い詰めて、いつかは決起させたいと考えているだろう。日本政府は、テロ勢力の蜂起を国外の問題と考えず、日本国内の「イスラム国」シンパを必要以上に追い込まないために何をするかを考えなくてはいけない。日本にもモスクがあり、イスラム教に改宗した人がいる。「イスラム国」からすれば、日本も十分にイスラムの地だ。地理的領域ではない。日本においてムスリムが迫害されているとなれば、日本でジハードが展開されることになる。
 (d)そもそも、日米同盟がある時点で、米国の仲間と認識されている。そこを理解した上で、どこまで積極的に「イスラム国」問題に介入していくのか、歩留まりも考えた上で行動したほうがいい。彼らは極めて合理的に行動している。無駄なことはしない。日本の微妙な動きもしっかり見極めている。
 (e)安部総理は、中東のホルムズ海峡での機雷除去も可能にしたい考えのようだ。公明党は中東へは行かずに日本有事の寸前に限定したい。まだ、どちらの流れで決着するか不明だが、その結果次第で「イスラム国」へのコミットの具合が変わってくる。

□池上彰×佐藤優「イスラム国との「新・戦争論」」(「文藝春秋」2015年3月号)から主として佐藤優の意見を要約
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 【参考】
【佐藤優】「イスラム国」は今後どうなるか ~イスラム国との「新・戦争論」(1)~
【佐藤優】ヨルダン政府に仕掛けた情報戦 ~「イスラム国」~
【佐藤優】ウクライナによる「歴史の見直し」をロシアが警戒 ~戦後70年~
【佐藤優】国際情勢の見方や分析 ~モサドとロシア対外諜報庁(SVR)~
【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した
【佐藤優】「イスラム国」の正体 ~国家の新しいあり方~
【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~
【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~
【佐藤優】米国とイランの接近  ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~
【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~
【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~
【佐藤優】の実践ゼミ(抄)
【佐藤優】の略歴
【佐藤優】表面的情報に惑わされるな ~英諜報機関トップによる警告~
【佐藤優】世界各地のテロリストが「大規模テロ」に走る理由
【佐藤優】ロシアが中立国へ送った「シグナル」 ~ペーテル・フルトクビスト~
【佐藤優】戦争の時代としての21世紀
【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~
【佐藤優】米国の「人種差別」は終わっていない ~白人至上主義~
【佐藤優】【原発】推進を図るロシア ~セルゲイ・キリエンコ~
【佐藤優】【沖縄】辺野古への新基地建設は絶対に不可能だ
【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~
【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~
【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~
【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~
【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~
【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~
【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~
【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~
【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~
【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~
【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~
【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず
「森訪露」で浮かび上がった路線対立
【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~
【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」
【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~
【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~
【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~
【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~
【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~
【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~
【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~
【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ
【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 
【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 
【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~
【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 
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【佐藤優】「イスラム国」は今後どうなるか ~イスラム国との「新・戦争論」(1)~

2015年02月22日 | ●佐藤優
(1)安部総理の対応に問題はなかったか
 (a)後藤健二さんらの人質事件について、安倍政権に積極的なミスはない。どの政権も今回と同じ対応しかとれなかっただろう。特に「イスラム国」が公表した後藤さんらの画像の分析について、官邸は自信を持っていて、信憑性に問題がないことなど、的確に判断していた。発生当時安部総理が中東歴訪中でイスラエルにいたことを考えれば、イスラエルにインテリジェンス協力を頼んだのではないか。
 (b)外務省が今回の事件が起きることを読めなかったとしても仕方ない。というのも、1月7日にフランスで起きた連続銃撃テロ事件で局面が大きく変わったからだ。この事件をもって、「イスラム国」は戦争を始めた。この認識は、日本に限らず世界中で弱かった。
 (c)1月8日のロイター通信が、アンドリュー・パーカー・イギリス情報局保安部(MI5)長官がフランスのテロ事件を受けて記者会見した、と伝えた。そもそも、彼が会見すること自体が異例なのだが、イギリスでも同様の事件が起きる可能性を指摘し、「シリアのアルカイダ系グループが、西側に対する無差別的攻撃を計画している」と発言した。これは、今回のテロがフランス特有の問題やムハンマドのカリカチュア画を書いたから引き起こされたわけではなく、実は戦争が始まっていて、彼らは世界中で標的を探しているから警戒するように、という意味合いがあった。世界のインテリジェンス・コミュニティに対する、かなりはっきりした声明だった。
 (c)今回の事件では、日本の世論やマスコミは二つの「疑似問題」【注】に振り回された。
   ①2億ドルの身代金・・・・銀行振込というわけにはいかない。現金での受け渡しだと、100ドル札なら、百貨店の紙袋に400袋になる。密かに受け渡すのは不可能だ。金塊だと4.5トンになる。そもそもできない要求を日本に突きつけたのだ。
   ②サジダ・リシャウィ死刑囚の釈放・・・・2005年の自爆テロ実行犯で、一連の事件で約60人が死亡している。「イスラム国」の前身「イラクのアルカイダ」の指導者、ザルカウィの側近の親族だという。
  ①、②は要するに、「イスラム国」は最初から無理な要求をすることで、日本国内を分断し、さらには日本とヨルダンを分断したかったのだ。また、世界に「イスラム国の行動は阻止できない」という無力感を抱かせたい。彼らは考え抜いた上で、極めて目的合理性に基づいて行動している。
 (d)「イスラム国」は、ヨーロッパの中堅国程度のインテリジェンス能力を持っている。<例>後藤さんが湯川さんの遺体の写真を持った画像を流したのは1月24日23時過ぎ。27日に後藤さんの画像が流されたのも23時過ぎ。この時間を選んだのは、日本の新聞の締め切り時間を意識した上で、紙面で最大限大きく扱われるように考えた結果だろう。20日に公表された最初の動画も、安倍首相のイスラエルでの会見の数時間前にYou Tubeに投稿されている。つまり、会見日程も把握している。すると、日本のメディア事情に通じた協力者がいると見たほうがいい。

 【注】「ウサギの角の先は尖っているか、それとも丸いか」といった、そもそも解答が存在しない問題。ウサギに角はないので議論しても答えようがない。

(2)後藤健二さんのキリスト教的博愛精神
 (a)後藤さんは、日本基督教団に属するクリスチャン。ネットメディア「クリスチャントゥデイ」に掲載された記事を読むと、しっかりした信仰を持った人であることがわかる。その記事に書かれていることは、喩えるなら、99匹の羊を残してでも1匹の迷える羊を探しに行かないといけないという感覚が強い。
 (b)クリスチャンである後藤さんには、イスラム教徒も同じ「神」を信じている、という思いがあったのではないか。それまでの経験も踏まえて、自分なら「イスラム国」の活動家とも共通の言葉を見出せるのではないか、と考えていたのではないか。
 (c)2004年のイラクにおける人質事件では「自己責任」論が出たが、今回はネットで一部出たものの、大勢では出てない。後藤さんは、万一のとき自己責任論が出てくることを前提に、シリアで「イスラム国」支配下地域に入る直前に「自己責任で行く」旨を画像に残している。流石だ。逆説的に、自己責任論を封じるのに最善の手段だ。
 (d)今後、紛争地域の取材も変わってくる。今回の事件では、ジャーナリストが現地に入っても拘束されて放送できない。通信手段を没収され、何も発信できない。これでは、ハイリスク・ノーリターンだ。今回の事件では、ウェブを見ることでしか「イスラム国」の情報を得る手段がない。この「ウェビント(ウェブ・インテリジェンス)が、今回の事件で出てきたポイントだ。

(3)「イスラム国」が旧ソ連化する悪夢
 (a)これまでの過激派組織との違い・・・・<例>「アルカイダ」が主敵を米国やイスラエルなどの外部に置いたのに対し、「イスラム国」は、シーア派を殲滅しなければイスラム革命はできないという「内ゲバ」の論理を持っている。これに魅力を感じる人も少なくないらしい。800万人の住民を暴力だけで統治しているわけではない。
 (b)シリアにもキリスト教徒が10%もいる。アサド現政権の基盤となっているアラウィ派は12%だから、キリスト教徒の比率は少なくない。
 (c)アブ・バクル・アル=バグダディのバグダディはバグダッド出身という意味。「イスラム国」は、「イラクのアルカイダ」を母体としている。だから、宗教、出身地、部族のアイデンティティが重要なのだ。バグダディが「カリフ」という預言者ムハンマドの後継者を自称していることは重要だ。インパクトはあるが、みなが従っているわけではない。「イスラム国」のような集合体では、バグダディの機能を果たす人は次から次へと出てくる。
 (d)「イスラム国」の最初のカリフはアブ・オマル・アル=バグダディだった。その後任がアブ・バクル・アル=バグダディだ。彼らは、「あ、やっぱりカルフだったのか」と思わせるために、さまざまな情報を自分たちにちりばめている。だから、彼らはムハンマドと同じく由緒正しい「クライシュ族」であることも強調している。
 (e)最大限の要求は、地球全体を彼らの帝国にすることだ。多くの人は、圧倒的多数のムスリムは平和愛好的で、過激なのはごく一部だけだという。しかし、なぜこんなに過激な人が出てくるのか。仏教でもキリスト教でも過激な人が出てくるが、影響力は限定的だ。イスラムでは明らかに過激派が影響力を拡大しつつある。宗教の構造自体に踏み込んでみた場合、特有の問題点がある。
 (f)「イスラム国」もスンニー派に4つある法学派のうちハンバリー法学派に属している。その特徴は、『コーラン』と『ハーディス』にすべてが書いてあり、この中にしか真理はないということ。この二つの書に書いてある通りにやっています、と言われれば、信者は何となく納得してしまう。
 (g)軽々に「イスラム国」とイスラム穏健派との対話が可能で、そこから影響力が行使できると単純に思わないほうがいい。
 (h)「イスラム国」が今後どうなるかのシナリオは三つある。
   ①「イスラム国」が勝利して、地球の全員がイスラム教徒になる。
   ②「イスラム国」がなくなる。
   ③「イスラム国」がソビエト化する。初期のソ連は国際連盟に加入せず、国際法はブルジョワジーが作ったものだと認めなかった。それが途中から、ソ連は国家としてやっていき、革命はコミンテルンが担うという分業体制になった。「イスラム国」も今後国家ができて、その背後でイスラム革命を輸出する組織が生まれる、というのがこのシナリオ。このシナリオが実現したら、想像を超える悪夢が始まる。マルクスとエンゲルスが屋根裏で作った思想で、世界は70年もの間煩わされ続けてきた。それがイスラムとなれば、桁違いの伝統と、全世界的な裾野の広がりを持っているから、千年は付き合う覚悟が必要だ。

□池上彰×佐藤優「イスラム国との「新・戦争論」」(「文藝春秋」2015年3月号)から主として佐藤優の意見を要約
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 【参考】
【佐藤優】ヨルダン政府に仕掛けた情報戦 ~「イスラム国」~
【佐藤優】ウクライナによる「歴史の見直し」をロシアが警戒 ~戦後70年~
【佐藤優】国際情勢の見方や分析 ~モサドとロシア対外諜報庁(SVR)~
【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した
【佐藤優】「イスラム国」の正体 ~国家の新しいあり方~
【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~
【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~
【佐藤優】米国とイランの接近  ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~
【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~
【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~
【佐藤優】の実践ゼミ(抄)
【佐藤優】の略歴
【佐藤優】表面的情報に惑わされるな ~英諜報機関トップによる警告~
【佐藤優】世界各地のテロリストが「大規模テロ」に走る理由
【佐藤優】ロシアが中立国へ送った「シグナル」 ~ペーテル・フルトクビスト~
【佐藤優】戦争の時代としての21世紀
【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~
【佐藤優】米国の「人種差別」は終わっていない ~白人至上主義~
【佐藤優】【原発】推進を図るロシア ~セルゲイ・キリエンコ~
【佐藤優】【沖縄】辺野古への新基地建設は絶対に不可能だ
【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~
【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~
【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~
【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~
【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~
【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~
【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~
【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~
【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~
【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~
【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~
【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず
「森訪露」で浮かび上がった路線対立
【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~
【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」
【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~
【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~
【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~
【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~
【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~
【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~
【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~
【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ
【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 
【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 
【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~
【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 
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【古賀茂明】報道自粛に抗する声明

2015年02月21日 | 社会
 (1)2月9日、報道関係者や学者らが記者会見を開いて、発表した。
   「翼賛体制の構築に抗する言論人、報道人、表現者の声明」
 インターネットなどを通じて名を連ねたのは、
   是枝裕和、坂本龍一、香山リカ、内田樹、吉田照美、福岡政行、
   森永卓郎、前泊博盛、青木理、今井一、古賀茂明
など各界で活躍する人々。現職のNHKや民放のプロデューサーやディレクター、新聞記者も名を連ねた。
 声明は、
   「現政権を批判することを自粛する空気が国会議員、マスメディアから日本社会まで支配しつつある」
   「『非常時』であることを理由に政権批判を自粛すべきだという理屈を認めてしまうなら、
   あらゆる『非常時』に政権批判ができなくなる」
などと警鐘を鳴らしている。
 ネットで署名を呼びかけてから1週間で1,200人の署名が集まった。その後も続々増加中だ。
 今日の状況に危機意識を抱いている人々がいかに多いか、ということがわかる。

 (2)最近、政権批判をすると激しいバッシングが起こる。
 「バカ」「極左」という誹謗中傷にとどまらず、「死ね」「次はお前だ」などと生命に危険を感じるような言葉も浴びせられる。
 大手テレビ局のプロデューサーやディレクター、新聞記者は悩みを抱えている。
 <例1>「子どもが小さいので、先のことを考えると、どうしても名前を出す勇気がでない。社内での立場が悪くなるから」という声が意外と多い。
 <例2>「賛同者として名を連ねたいが、社内の手続きが必要だ」という人に、「では、その手続きをとったらどうですか」と訊けば、 「そういう雰囲気ではないんです」という答え。
 ・・・・いずれのケースも、上からの命令ではない。具体的な圧力でもない。ただの「雰囲気」に支配されている。

 (3)先進国では考えられない事態が生じている。今日では、各社のトップが、これ見よがしに安倍晋三・総理と会食し、中にはゴルフに興じて、親密ぶりを競い合うのだ。
 ここまで露骨に経営トップが政権に擦り寄れば、役員クラスは出世のために経営トップの意向を忖度し始め、その雰囲気はすぐさま全社に蔓延する。
 かくて、官邸や自民党から日常的に揚げ足取りのようなクレームが入ると、多くの記者はこれまでのように無視したり反論したりできず、その対応に追われることになる。
 彼らの日々の仕事は時間との勝負だ。そんな中で、過去の記事や過去の放送のクレーム処理に追われていては、仕事に大きな支障になるし、精神的にもストレスになる。さらに、取材先の役所や政治家に情報をもらえなくなるかもしれない、という恐怖感も胸をよぎる。
 その結果、特に具体的な圧力がかかっていなくても、自然と政権に問題視されそうなことは避ける行動をとるようになる。それを繰り返しているうちに、こうした行動がもつ問題点すら認識できない記者が増えつつある。

 (4)悩みを打ち明けてくる記者は、かなり良心的なほうだ(実情)。
 彼らが自由に政権批判をできる環境を整えるためには、各社のトップを監視し、おかしな経営者には辞任を求めていくような国民運動も必要だろう。
 今、先の声明文への賛同者有志の間で、マスコミ各社の会長や社長に、声明文を携えて面会に行こうという相談が行われている。

□古賀茂明「報道自粛に抗する声明 ~官々愕々第143回~」(「週刊現代」2015年2月28日号)
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 【参考】
【古賀茂明】「戦争実現国会」への動き
【古賀茂明】日本人を見捨てた安倍首相 ~二つのウソ~
【古賀茂明】盗人猛々しい安倍政権とテレビ局
【古賀茂明】安倍政権が露骨な沖縄バッシングを行っている
【古賀茂明】官僚の暴走 ~経産省と防衛省~
【古賀茂明】安倍政権が、官僚主導によって再び動き出す
【古賀茂明】自民党の圧力文書 ~表現の自由を侵害~
【古賀茂明】自民党が犯した最大の罪 ~自民党若手政治家による自己批判~
【古賀茂明】解散と安倍政権の暴走 ~傾向と対策~
【古賀茂明】解散と安倍政権の暴走
【古賀茂明】文書通信交通滞在費と維新の法案
【古賀茂明】宮沢経産相は「官僚の守護神」 ~原発再稼働~
【古賀茂明】再生エネルギー買い取り停止の裏で
【古賀茂明】女性活用に本気でない安部政権
【古賀茂明】【原発】中間貯蔵施設で官僚焼け太り
【古賀茂明】御嶽山で多数の死者が出た背景 ~政治家の都合、官僚と学者の利権~
【古賀茂明】従順な小渕大臣と暴走する官僚 ~原発再稼働~
【古賀茂明】イスラム国との戦争 ~集団的自衛権~
【古賀茂明】「地方創生」は地方衰退への近道 ~虚構のアベノミクス~
【古賀茂明】【原発】原子力ムラの最終兵器
【古賀茂明】【原発】凍らない凍土壁に税金を投入し続けたわけ
【古賀茂明】【原発】勝俣恒久・元東電会長らの起訴 ~検察審査会~
【古賀茂明】安倍政権の武器輸出 ~時代遅れの「正義の味方」~
【古賀茂明】またも折れそうな第三の矢 ~医薬品ネット販売解禁の大嘘~
【古賀茂明】「1年後の夏」に向けた布石 ~集団的自衛権~
【古賀茂明】法人減税で浮き彫りにされる本当の支配者 ~官僚と経団連~
【古賀茂明】都議会「暴言問題」の真実 ~記者クラブによる隠蔽~
古賀茂明】集団的自衛権とワールドカップ
【古賀茂明】野党再編のカギは「戦争」
【古賀茂明】電力会社の歪んだ「競争」 ~税金をもらって商売~
【原発】【古賀茂明】規制委員会人事とメディアの責任
【古賀茂明】医師と官僚の癒着の構造
【古賀茂明】電力会社「値上げ救済」の愚 ~経営難は自業自得~
【古賀茂明】竹富町「教科書問題」の本質 ~原発推進教科書~
【古賀茂明】安部総理の「11本の矢」 ~戦争国家への道~
【古賀茂明】理研は利権 ~文科官僚~
【古賀茂明】「武器・原発・外国人」が成長戦略 ~アベノミクスの今~
【古賀茂明】マイナンバーを政治資金の監視に ~渡辺・猪瀬問題~
【古賀茂明】東電を絶対に潰さずに銀行を守る ~新再建計画~
【古賀茂明】「避難計画」なき原発再稼働
【古賀茂明】「建設バブル」の本当の問題 ~公共事業中毒の悪循環経済~  
【古賀茂明】安倍政権の戦争準備 ~恐怖の3点セット~
【原発】【古賀茂明】利権構造が完全復活 ~東日本大震災3年~
【古賀茂明】アベノミクスの限界 ~笑いの止まらない経産省~
【古賀茂明】労働者派遣法改正前にすべきこと
【古賀茂明】時代遅れな、あまりにも時代遅れな ~安部政権のエネルギー戦略~
【古賀茂明】森元首相の二枚舌 ~オリンピックの政治的利用~
【古賀茂明】若者を虜にする「安部の詐術」 ~脱出の道は一つ~


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【ピケティ】なぜ米国で大きな反響を呼んだか ~世襲財産制批判~

2015年02月20日 | 社会
 (1)上位1%への富の集中・・・・という主張は、米国において大きな波紋を投げかける。米国人の持つ平等神話に抵触するからだ。
  (a)平等神話・・・・米国は、欧州のように貴族や国王がいる階級社会ではない。自由を求めて入植し、自らの汗と労働によってつくりあげた社会だ。誰もが平等な社会。「丸木小屋伝説」(かつて丸木小屋に住み、幼児期をすごした人が社会のトップになる)の上に、機会の均等を求める平等社会だ、という信念だ。
  (b)自由競争神話・・・・米国社会は自由競争の社会だ。
  (c)(a)および(b)の神話は、米国の一部の人にはイデオロギーにまで高まっている。

 (2)バーリー&ミーンズ『近代株式会社と私有財産』(1932年)は、米国の自由競争市場神話を崩そうとした。本書は、米国経済の実証の上に立って3つのことを明らかにした。
  (a)1929年、米国には30万の非金融会社がある。ところが、そのうちの200社(0.07%足らず)が全会社の富の半分を支配している。この経済力の集中は、結果的には1億2,500万人の国民のうち、2,000人の個人が全産業の半分を支配する地位についていることを意味する。
  (b)この支配する資産は、他のそれよりも2~3倍の速度で成長している。
  (c)この巨大企業の経営を支配しているのは、株主ではなくて経営者だ。株式は広く分散し、大株主でもその所有割合は数%にすぎず、会社を支配していない。
 ・・・・バーリー&ミーンズの主張は、神話を信じる人たちから激しい反撥を受けた。「バーリー&ミーンズ」対「反撥者」の対立は20世紀の終わりまで、そして現在までも続いている。それらの代表的経済学者は、
   「バーリー&ミーンズ」・・・・ガルブレイス
   「反撥者」・・・・フリードマン
 巨大産業への富の集中は、ガルブレイスの主張するように、バーリー&ミーンズの時代よりさらに進んでいる。

 (3)ピケティの本が激しい反撥を受けたのは、バーリー&ミーンズの本が激しい批判を受けたのと同じだ。ピケティを擁護する経済学者も、ヒステリックな批判を受けている。
 ピケティが提案した資産に対するわずかな課税ですら、ティーパーティの支持者には許しがたい。彼らにとって、人の資産を税で奪うことは共産主義者と同じなのだ。
 かかる批判は、非米活動委員会の嵐が吹き荒れた1950年代ならば、社会的な力になっただろう。こうした批判によって、オッペンハイマーは全ての公職から斥けられた。アチソン(トルーマン大統領下の国務長官)も、ホワイト(戦後の国際金融経済体制をめぐってイギリス代表のケインズとわたりあった米国代表)も、このような批判を受けた。
 恐ろしいのは、それを今もって信じる人間が米国にいることだ。左派よばわりをし、言論抹殺を図るのは、アメリカン・ファシズムの一種だ。
 だが、2014年は1950年代ではない。ピケティの本は、米国の神話に挑戦することができた。それが、この本をクローズアップさせた。

 (4)問題はピケティの本自体だ。
  (a)巨大企業・・・・ピケティの本には巨大企業は登場しない。しかし、米国の20世紀は、巨大企業登場の世紀である。1930年代はその内部留保が巨額になり、大企業は銀行からの融資に依存しないまでになった。この巨額の企業の所得が、
   αY=rK・・・・(1)
の左辺である国民所得Yの中には入っているが、右辺の資産Kからの収益rKの中には入っていない。したがって、この式は成り立たない。
  (b)企業家の報酬のとらえ方・・・・ピケティの本の第9章「労働所得の格差」として「1970、80年代に超高額重役報酬などへの甘さ・・・・」が問題になっている。むろん、これは国民所得の一部を構成する。よって、(1)式の左辺に入る。しかし、資本からの収益ではない。したがって右辺には入らない。この点でも、両辺は等しくならない。ピケティにあっては、成功報酬を含む重役報酬が、労働報酬の格差の中でとらえられている。これはイギリスの経済学の伝統からみるならば明らかにおかしい。それは企業利潤からの分岐であって、賃金と同列に扱われる労働報酬ではない。
 ピケティの経済学の知的水準が問題になる箇所は、ケインブリッジ資本論争・・・・ジョーン・ロビンソン(英)らポスト・ケインズ派と対サムエルソン(米)やソロー(米)の新古典派の間での論争の帰結が逆である等、かなりあるが、これもその一つだ。

 (5)この本の最終部分「おわりに」で、ピケティは「資本主義の中心的な矛盾」として
   r>g
と書いている。これは世襲財産が減ることなく、増大し続けることを意味しているにすぎない。そこに資本主義の矛盾なぞ存在しない。あるのは世襲財産社会批判だ。それは彼が提案する対策を見れば明らかだ。
 ピケティは、軽い累進富裕税を国際統一課税として提案する。これによって富の増加を抑えようというのだ。
 <例>フランス・・・・100万ユーロまでは無税。500万ユーロまでが1%。それ以上が2%。1億ユーロまたは10億ユーロ以上にはさらに累進課税をかける。
 一見軽いと見えるが、実現されている利益に課するものではないので、実態は重い。何より問題なのは、課税の原則に反するから、実現性はほとんどないことだ。税は実現した所得、利潤、利益に課するものだ。たとえ不動産の市場価格が上がっても、未実現の所得には課税しないのが定説だ。その不動産を販売し、利益が実現した時点で課税されるのだ。未実現の利益に課税すると経済の混乱を招きかねない。
 二つの手段を組み合わせるならば、問題解決は容易だ。
  (a)累進性を持った相続税。
  (b)均等相続。
 (b)は、民主主義の原則だ。一子相続、長子相続によって西欧では遺産が分割されないことが続いた。これを改めるのだ。そして、これに(a)を課すのだ。
 1980年代までの日本がこれだった。たとえかなりの遺産が残されても、三代たつとその影響はほとんどなくなる、と言われていた。米国でもニューディール期には、日本以上の高い累進性の所得税、相続税が課せられていた(ピケティも指摘)。実現不可能ではない。これで対処可能だ。

 (6)ピケティから学ぶべきは何か。
 経済的不公正を正すこと。世襲財産の自己増殖は公正ではない。公正であることは民主主義の原則だ。・・・・このことは多くの人の支持を得られる。
 この本に欠けているものは何か。
 1980年以後、新自由主義(市場優位の経済政策)がもたらした所得格差の拡大だ。そこには資本主義の病がある。ピケティは、資本主義の病はとりあげていない。資本主義自体についても分析のメスをふるってはいない。
 新自由主義の登場は、先進諸国の中産階級の不平等を等しく上昇させた。それはジニ係数の値が上昇することで、数量的にどの程度かが示されている。この場合注意しなければならないのは、ジニ係数は極端な富裕層、低所得層の変化には敏感には反応せず、中産階級の不平等の変化をよく示すものだということだ。
 よって、ジニ係数でとらえられないところをピケティは問題にしている。現在の先進国はピケティの問題提起とは別に、新自由主義の病への対策を打たねばならないのだ。

 (7)日本の現状はどうか。
 市場優位の新自由主義的経済政策を行った中曽根内閣以降、再分配前の所得の日本のジニ係数は著しく上昇した。先進国の正常値は0.3台だ。日本では長く0.3台だったが、
  1981年 0.3491
以後、急速に上昇しだし、
  1987年 0.4049
と0.4台にのり、
  2005年 0.5263
  2011年 0.5536(最新の調査)
という異常な高さを示している。
 日本のジニ係数が上昇しだしたとき、高齢化のためだと言われたが、0.4台から0.5台という異常な値は、それ以外の要因を考えざるをえない。
 最大の要因は、1980年代末から1990年代にかけて始まった労働市場の変化だ。具体的には非正規雇用の増加だ。正規労働者の3分の2から2分の1という年収の人が、現在では従業員の40%近くまで達した。
 たしかに正規労働者については格差はほとんど拡大していない。しかし、非正規雇用者を含めると、雇用者の所得格差は拡大しているのだ。同じように働いていながら、このような収入格差はピケティのいう不公正だ。それは正さなければならないことの一つだ。
 日本では、正規・非正規の雇用以外、課税の不公正・・・・脱税だけではなく、合法的租税回避による不公正がある。それが、国民所得に対する税の割合が低いにもかかわらず、租税負担感を強くしている。
 正さなければならない不公正は多々ある。

□伊東光晴「誤読・誤謬・エトセトラ」(「世界」2015年3月号)
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 【参考】
【ピケティ】富裕層の地位は揺らぐことがない
【ピケティ】理論の本ではなく、歴史的事実の本
【ピケティ】の“capital”は「資本」ではなく「資産」 ~誤読の危険性~
【ピケティ】討論会「格差・税制・経済成長 『21世紀の資本』の射程を問う」
【ピケティ】をめぐる経済学論争 ~米英で沸騰中~
【ピケティ】格差を決める持ち家、社会は6対4で分断 ~日本~
【ピケティ】池上彰の3ポイントで解説 ~ そうだったのか!『21世紀の資本』~
【ピケティ】アベノミクス批判 ~金融緩和・消費税~
【ピケティ】シンプルで明快な主張 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告~
【ピケティ】総特集号(「現代思想」2015年1月増刊号)の目次
【ピケティ】『21世紀の資本』詳細目次
【ピケティ】に対するインタビュー ~失われた平等を求めて~
【ピケティ】勲章拒否の警告 ~再構築される「世襲的資本主義」~
【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】『21世紀の資本』に係る書評の幾つか
【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~
【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~
【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~
【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~
【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~
【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~
【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~

   

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【ピケティ】富裕層の地位は揺らぐことがない

2015年02月19日 | 社会
 (1)ピケティは、「資本主義の第一基本法則」として、 α=r×β を示している。
 「α:国民所得のうちで資本からの所得の割合」と定義されているら、αYは資産Kに、そこからの収益率を掛けたものに等しい、とピケティは考える。つまり、
     αY=rK ・・・・(1)
となり、
     α=rK/Y
したがって、
     α=rβ ・・・・(2)
となる。(2)式をピケティは「資本主義の第一基本法則」と呼ぶ。
 資本産出高比率βは、2010年の数値が6であり、資本収益率γが経験的に5%とすると、α(国民所得の中に占める資本からの比率)は5%×6=30%ということになる。
 ただし、それは、ピケティのいわゆる資産からの収益と、国民所得中の資本に帰属するものが等しい場合に言えることだ。
 だが、両者は一致しない。
 (1)式の左辺は、国民所得(Y)のうち資本に帰属する利潤(P)部分だ。いま賃金部分をWとすれば、外国貿易が存在しないクローズド体系を前提とすれば、
    Y=P+W
 で、この利潤の中には、企業の内部留保も、この広い意味の利潤から支払われる配当も利子も企業が支払う不動産の賃貸料も入っている。(1)式の左辺はこのようなものだ。だが、右辺は資産家がその資産から手にする収入だ。したがって、利子、配当はあっても企業の内部留保は入っていない。
 また、右辺には個人の所得から支払われる不動産の賃貸料が入っているが、これは左辺に入っていない。
 右辺と左辺とでは抽象の段階が違う。右辺は資産家が手にする具体的な収入であり、左辺は配当や利子に分けられる前の利潤なのだ。
 左辺の国民所得のうちの利潤となると、それを決定するものとして、ケンブリッジ分配論(ケインズから、カレッキー、カルドア。パシネッティへの流れ)が存在している。内外の理論研究者のピケティ批判は、この点を衝いている。

 (2)だが、ピケティに好意的に考えるならば、彼の主張は「資本主義の第一基本法則」がなくとも成立する。
 彼がこの本で言わんとしているのは、社会の富裕層が所持する富が増大し続けている、ということだ。資産K対所得Yの比K/Yは、所得の増加率が1%と低い中で、わずかずつであるが、上昇し続けているというのだ。

 (3)上位1%の富裕層の富の成長・・・・それは、それから得られる収益のかなりの部分を蓄積していくならば、増大し続ける。所得の増加は低い(1%)というのが、彼が経験から得た数値だ。収益率は5%というのだから、それは充分に可能だ。なぜなら、所得の増加率と同じ増加率を資産が続けるためには、5%の収益のうち資産の1%分を蓄積すればよいのであり、4%分の余裕があるから、所得の増加率を超えて資産が増加することは容易だからだ。

 (4)富裕層の地位は揺らぐことがない・・・・この結論は、フランス人ならば、別に驚くに値しない。なぜなら、フランスが極端な富を持つ少数の人によってその経済が支配されている、というのは、フランスの「百家族」あるいは「二百家族」としてよく知られているところだからだ。
 この言葉が生まれたのは、フランス銀行(フランスの中央銀行)が設立されたときだ(1800年)。その株式に投資した百家族から生まれた。その極端な富裕層がフランス経済を支配している、というのだ。当時のフランス銀行の定款によれば株主総会で投票権を持っているのは(株主全員ではなく)大株主の200人だけだった。こうしたところから、フランスの社会は富と権力を象徴する「二百家族」に支配されている、という通念が生まれた。
 フランス銀行はその後、人民戦線内閣によって定款が変更された(1936年)。理事会のメンバーに、経営者、私企業の代表、労働者、生活協同組合の代表が加わり、投票権が株主全体に拡大した。
 このような歴史的、社会的背景があるから、ピケティが第一次世界大戦以前のベル・エポックに一国の資産が上位1%の者に集まり、その資産は国民所得の7倍ほどだと言われても、また第二次世界大戦後、富の集中が次第にかつてに近づきだしたと言われても、驚くフランス人は少ないのだ。
 このことは、イギリスにおいても類推できる。貴族による大土地所有が、長子相続から継嗣限定相続制(estate tail)によって一子に遺産が相続され、土地と財産の集中が続いたからだ・
 加えて日本では考えられない階級社会であるのは、イギリスのみならず、フランスも、そしてヨーロッパも同じだ。

□伊東光晴「誤読・誤謬・エトセトラ」(「世界」2015年3月号)
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 【参考】
【ピケティ】理論の本ではなく、歴史的事実の本
【ピケティ】の“capital”は「資本」ではなく「資産」 ~誤読の危険性~
【ピケティ】討論会「格差・税制・経済成長 『21世紀の資本』の射程を問う」
【ピケティ】をめぐる経済学論争 ~米英で沸騰中~
【ピケティ】格差を決める持ち家、社会は6対4で分断 ~日本~
【ピケティ】池上彰の3ポイントで解説 ~ そうだったのか!『21世紀の資本』~
【ピケティ】アベノミクス批判 ~金融緩和・消費税~
【ピケティ】シンプルで明快な主張 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告~
【ピケティ】総特集号(「現代思想」2015年1月増刊号)の目次
【ピケティ】『21世紀の資本』詳細目次
【ピケティ】に対するインタビュー ~失われた平等を求めて~
【ピケティ】勲章拒否の警告 ~再構築される「世襲的資本主義」~
【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】『21世紀の資本』に係る書評の幾つか
【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~
【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~
【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~
【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~
【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~
【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~
【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~

   
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【佐藤優】優先順序は「イスラム国」かウクライナか ~ドイツの判断~

2015年02月19日 | ●佐藤優
【佐藤優】優先順序は「イスラム国」かウクライナか ~ドイツの判断~

 (1)米国の外交が迷走しているのと比べ、ドイツ外交が活性化している。米国にとって「イスラム国」が最大の敵であることは明白だ。
 「イスラム国」は欧米諸国だけでなく、ロシアも打倒の対象としている。しかし、「イスラム国」に対する戦いで、米国とロシアはまったく連携がとれていない。ウクライナ情勢をめぐって、米国が対露強硬姿勢を取っているからだ。

 (2)2月10日、オバマ・米国大統領は、プーチン・露国大統領と電話会議をした。
 <ホワイトハウスによると、オバマ氏は、停戦実現に向けた独仏やウクライナとの協議について、「この機会をつかむべきだ」と述べて、停戦実現に取り組むよう求めた。
 また、オバマ氏は「ロシアが親ロ派勢力を支援するため部隊の派遣や武器供与、資金提供を続けるのであれば、ロシアにとっての代償は、より高くつく」とも発言。オバマ政権は、ウクライナへの武器供与を検討しており、ロシアが停戦を受け入れない場合は、武器供与や制裁の強化に踏み切る考えをプーチン氏に示唆したとみられる。>【注1】
 オバマ大統領は、ロシアに対して最後通牒的なアプローチをしている。プーチン大統領もロシア国民も、かかる恫喝外交に対しては忌避反応を示す。

 (3)ドイツは、米国のこうした対露外交とは一線を画している。
 オバマがプーチンに電話する前日(2月9日)、欧州連合(EU)はブリュッセルの外相理事会で、新たにロシアの個人19人と9つの企業・団体を資金凍結や域内への渡航禁止の対象に加えることを決定した。
 <11日で調整中の停戦合意に向けた独仏、ロシア、ウクライナの四者会談の成り行きを見極めるため、16日まで発動を延期することでも合意した。
 ロイター通信によると、制裁対象には、アントノフ国防次官が含まれているという。モゲリーニ外交安全保障上級代表は会見で「外交的な努力に余裕を与えるため、全会一致で発動を延期することに決めた。最優先されるべきは事態が改善することだ」と述べた。>【注2】
 対露制裁の延期については、ドイツがイニシアティブを発揮したと見られる。

 (4)2月11日夜(日本時間12日未明)、ミンスク(ベラルーシの首都)で、プーチン、ポロシェンコ・ウクライナ大統領、メルケル・ドイツ首相、オランド・仏大統領の4か国首脳会談が開かれた。16時間の協議を経て、停戦合意文書にはロシア、ウクライナ、欧州安保協力機構(OSCE)、親露派の代表者が署名した。
 重要なのは、メルケル首相とオランド大統領が連携して、ウクライナ問題の沈静化を本気で考えていることだ。なぜなら、「イスラム国」が欧州を標的とした本格的なテロ戦争を開始したからだ。

 (5)「イスラム国」(1月7~9日にフランスでテロを起こした)やイエメンのアルカイダを支持するイスラム原理主義過激派・・・・といった者によるテロを封じ込めるためには、ロシアとの連携が不可欠と独仏は考えている。
 しかし、米国は、ウクライナに対する梃子入れを止めず、「イスラム国」とロシアの二正面対決に進もうとしている。
 メルケル首相は、今後ロシアへの接近を強めることになる。

 【注1】記事「オバマ氏、親ロ派への支援停止を要求 プーチン氏に電話」(朝日新聞デジタル 2015年2月11日)
 【注2】記事「EU、ロシアへの制裁発動延期で合意」(朝日新聞デジタル 2015年2月10日)

□佐藤優「「イスラム国」かウクライナか ドイツの「判断」 ~佐藤優の人間観察 第101回~」(「週刊現代」2015年2月28日号)
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 【参考】
【佐藤優】ヨルダン政府に仕掛けた情報戦 ~「イスラム国」~
【佐藤優】ウクライナによる「歴史の見直し」をロシアが警戒 ~戦後70年~
【佐藤優】国際情勢の見方や分析 ~モサドとロシア対外諜報庁(SVR)~
【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した
【佐藤優】「イスラム国」の正体 ~国家の新しいあり方~
【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~
【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~
【佐藤優】米国とイランの接近  ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~
【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~
【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~
【佐藤優】の実践ゼミ(抄)
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【佐藤優】戦争の時代としての21世紀
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【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 
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【ピケティ】理論の本ではなく、歴史的事実の本

2015年02月18日 | 社会
 (1)経済学は、現存の理論の上に立って、その理論を発展させるか、パラダイムの転換を図るかしてきた。この本は、こうした本ではない。これに基づいて経済理論が発展する、という本ではない。
 この本の主張を支えているのは、歴史的「統計」だ。それを広く丹念に調べた努力の結果に立って、有意な結論を引きだそうというのだ。
 その中心をなすのは、フランスの遺産相続の統計だ。フランス革命後、新しく興ったブルジョワジーにとって、「自由、平等」に加わるのは「博愛」ではなくて「財産」だった。
 財産権が確立し、全国に登記所が設けられ、所有権の移転をオーソライズする公証人がいて、遺産はわずかな登記料(税金)によって所有者が明確にされる。これによる遺産相続の記録が、この本の基礎にある統計だ。ピケティの本は、経済理論の上に書かれた本ではなく、一種の税務統計の上に書かれた本だ。注目すべきは二つ。
  (a)資産所有者間の格差・・・・ピケティは重点を置いてないらしいが、フランスについては19世紀から今日まで調査可能だ。
   ①1910年(第一次世界大戦前)の欧州について、資産所有の上位10%の人(「支配階級」)が総資産の90%を所有し、最上1%の人が総資産の50%を所有していた、とピケティは書き(表を示し)、この時代を超高格差としている。
   ②2010年の欧州について、上位10%の人が60%を、最上1%の人が25%だ。
 ①と②の間に資産保有はどう変化したか。これを示すのが第二の統計だ。

  (b)国民所得に対する資産総額の比・・・・フランスで次のような変化が見られた。イギリスでも同様な変化が見られた。
   ①普仏戦争の終わり(1871年)から第一次世界大戦開始(1914年)までの間(つまりベル・エポック)において、社会全体の所得分布のうち、最上の1%の人が持つ資産が、国民所得の6倍程度から7倍程度だった。
   ②第一次世界大戦から第二次世界大戦の終結までの間は、3倍程度に落ち込んだ。
   ③1950年代から急速に上昇に向かった。
   ④2010年には6倍超となった。

 (2)問題点
  (a)フランスで所得税が実施されたのは1916年だ。1914年7月15日(邦訳p.285)は、法案が通った日だが、すぐには実施されなかったのではないか。
 米国では1913年から所得税が課せられている。ドイツでは1920年から。イギリスでは1842年から。
 ピケティは所得税統計のない時代について、「大胆な仮定」の上に推測を行ったのに違いない。

  (b)フランスの所得税は西欧では一番脱税が多い。だから、送り状付きの付加価値税がフランスで考案された。してみると、第一次世界大戦後についても、統計はかなり誤差があると思わなければならない。このことはピケティも認めている。他の国についても、徴税されたものの一部が途中で消えていたという。

 (3)こうして推計された国民所得Yと資産Kの比K/Yをピケティはβとする。
    β=K/Y
 この値がイギリスとフランスについて1700年から2010年までが図示されている。しかも、その資産の内訳が①純外国資産、②その他の国内資産、③住宅、④農地の4つとなっている。
 都市の土地は資産家に所有されていないのか、という疑問が生まれる。

 (4)ロンドンの土地は、ほぼ百人によって所有されていて、それが長期契約で貸し出されている。百人の中には女王もいる。そのいずれも巨額の資産所有者だ。
 農地の資産に占める割合は、1700年には資産の60%、70%と高く、それが1980年以後はとるに足らない割合になっている。しかし、大都市の土地の値段は高騰しているはずで、有力な資産になってリース料を生んでいるのではないか(第8章の最終節「地価の謎」に言及はある)。
 これを含め、βの値(所得の何倍の資産であるか)が、
   ①1910年以前・・・・7程度(フランスでもイギリスでも)
   ②第一次世界大戦から第二次世界大戦が終わるまで・・・・3程度(大きな落ち込み)
   ③2010年・・・・6超
と回復している。これがピケティの本の重要な主張となっている。

 (5)2つの戦争と戦間期に大きく落ち込む・・・・それは容易に推測できる。戦争の影響とロシア債に代表される外債の無価値化、そして1929年恐慌、さらにインフレーション(国によって異なる)。
 ピケティは、資産からの収益率rは5%で、年1%の経済成長率があると、資産対所得の比K/Yであるβは上昇するという。

□伊東光晴「誤読・誤謬・エトセトラ」(「世界」2015年3月号)
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 【参考】
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【ピケティ】の“capital”は「資本」ではなく「資産」 ~誤読の危険性~

2015年02月17日 | 社会
 (1)ピケティ“21世紀の capital ”は、歴史的経済統計のうえにつくられた本だ。
 要点は、次のとおり。
 欧州では1910年以前は、上位1%の富裕層が国民所得の7倍程度の富を所有していた。二度の大戦と、世界経済の混乱は、この富裕層の富を大きく減らした。しかし、再び富は集中しだし、21世紀には6倍ほどまで達した。富者の資産からの収益率rが経済成長率gより大きい現状では、富はさらに富裕層に集まっていく。これを正すには、世界の国々が協力し、累進富裕税を課さねばならない。
 ・・・・ということで、資本主義を分析した経済学の本ではない。市場原理主義がもたらした所得格差拡大を問題にしたものでもない。いわんや21世紀の資本論でもない。
 それは、「世界の富裕層上位1%が所有する資産が、2014年に全世界の48%を占め、2015年には50%超となる」という国際NGOオックスファムの報告(2015年1月19日)に通じる。

 (2)ピケティの本(大著)がフランスで出版されたのは2013年9月だった。その英語版が2014年4月に米国で出版されると、保守系は猛反発した【赤木昭夫「ピケティ・パニック--『21世紀の資本論』は予告する」(「世界」2014年8月号)】。「ピケティ・パニック」と呼ばれる狼狽ぶりがこの本を社会的に有名にし、その影響がイギリス、本国フランス、日本へと伝播した。
 英文でインデックスまで入れると685ページの大著は、そう短期間では読めない。要約版があり、多くはこれに拠ったふしがある。フェルドシュタイン・ハーバード大学教授の反論も、この本を読まずに書いた。資産に高率の課税を提案している、という誤読書評に引きずられて書いたものであることがわかる、というオチまでついた。
 ピケティを高く評価し、擁護するクルーグマンを、ティーパーティの一員らしきがインターネット上で、共産主義者とヒステリックに咬みついた。
 ビル・ゲイツは、言わんとするところはわかるが、資産への課税は困ると言ったよし。
 このような状態を生み出したのは、多くは誤読のせいだ。
  (a)本の題名がマルクス『資本論』を連想させた。だが、この本は「資本」のことを扱った本でも、21世紀の『資本論』でもない。それどころか、ピケティはマルクスの思想にも、いわんや彼の経済学にも、今に残るその思想にも関係ない。
  (b)もっと重要なのは、彼がこの本でいう“capital”は、「資本」のことではないことだ。

 (3)この本でいう“capital”は、国債、株式・社債などの有価証券、土地や家屋などの不動産を含む。だから、マルクスがいう資本でも、近代経済学がいう資本でもない。
  (a)マクロ経済学は、一国全体をアグリゲイトして問題を考える。社会全体を合計した所得と、貯蓄、投資の関係を考えるやり方は、ケインズ『雇用、利子、貨幣の一般理論』に始まる。資本は実物資産の増加である投資の累積以外の何者でもない。国債や有価証券は含まれない。
   ①株式は株式会社が株主から資金を借りたことを明記した有価証券だ。会社の貸借対照表には、株主からの出資として借方に、その金額が記載される。よって、社会全体を合計すれば、貸しと借りとが相殺されてゼロになる。
   ②国債も同様に相殺される。
  (b)マルクスの言う資本は、利潤を求めて形を変えて動いている。生産過程に投入された資本は、機械設備、原材料となり、労働者に支払う賃金となり、造られた製品は、商品として売られ、貨幣に変わる。それは利潤を生み、再び生産過程に投ぜられる。
   ①商品の形をとったのが商品資本だ。
   ②貨幣の形をとったのが貨幣資本だ。
   ③やがて①、②は自立して、循環の一翼を担う商業資本となる。
 (c)ケインズの場合も、資本は形を変えていく。生産から消費者に財が渡るまでの流れを考え、固定資本を goods in use と呼び、生産の流れの中にある財のうち正常なものを goods in proces と呼んで、経営資本(working capital)と呼んだ。過剰に保有される製品在庫(goods in stock)は、流動資本(liquid capital)と呼ぶ。

 (4)ピケティの“capital”は、(3)-(a)~(c)の資本とは違う。それは、富者が持つ「資産」なのだ。その中に、国債も株式も不動産も含まれる。そして、この資産からの収益率をピケティは「資本(正しくは資産)の収益率(r)」と呼ぶが、その収益には配当、利子、不動産の賃貸からの収入も含まれる。富者の所有によって生まれる収益であって、その大部分は経済活動ゆえのものではない。資本は動的なもの、資産は静的なものだ。しかも、その収益が何によって決まるかを明らかにすることなく、歴史上5%ぐらいである、とピケティは書く。
 むろん、経済学でいう資本の収益率は、国民所得Yが賃金Wと利潤Pに二分され、この利潤を資本K(投資の累積したもの)で割ったものだ。それは利子率とは直接関係ない。
 要するに、ピケティのいわゆる“capital”や「資本収益率」は、従来の経済学のタームとは異なるものだ。大文字ではなくて小文字の“capital”は、言葉本来の意味の「資産」ないし「財産」だ。
 この本の“capital”を資本と読むことで、誤読が始まる。そうした論者が、米国にも日本にも多い。

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【ピケティ】討論会「格差・税制・経済成長 『21世紀の資本』の射程を問う」

2015年02月16日 | 社会
【ピケティ】討論会「格差・税制・経済成長 『21世紀の資本』の射程を問う」

 トマ・ピケティ・パリ経済学校教授は、2015年1月29日から3泊4日、来日した。4日間の滞在中、会見【注】や講演などを4本、取材15本、サイン会1本というハードスケジュールをこなした。その一つに以下の討論会がある。

 (1)討論会「格差・税制・経済成長 『21世紀の資本』の射程を問う」
 主催:(公財)日仏会館と日仏会館フランス事務所
 期日:1月30日(金)【注】
 場所:東京・日仏会館

 (2)ピケティ教授が語るところによれば、
   ・米国は1920年代よりも現在の方が、富の集中が高い水準で上位4%の人に集中している。
   ・1980年代に、「日本やドイツに抜かれるのではないか」という危機感を持ったレーガン政権が富裕層への所得税率を下げるなどしたことから格差が拡大してきた。  
   ・レーガン政権の選択は正しくなかった。あまりに不平等だとイノベーション(革新)に役立たない。
   ・欧州でも経済格差は拡大しているが、米国ほどではない。
   ・日本の格差は米国と欧州の中間ぐらいである。
   ・資産の世襲の割合は、米国より日本や欧州の方が高い。

 (3)橘木俊詔・京都大学名誉教授(経済学)も、
   ・先進国で貧困率が一番高いのは17%の米国だ。
   ・日本は世界で2番目の貧困大国だ。15%の人が貧困にあえいでいる不平等な国だ。

 (4)ピケティ教授はさらに語る。
   ・格差はお金だけでなく、アイデンティティも失わせる。
   ・格差拡大に対する解決策は、さまざまな形の再分配があるが、累進課税の強化を推す。

 (5)橘木名誉教授→ピケティ教授との質疑応答
 【橘木】日本は福祉を家庭に押し付けてきたが、今後は北欧のような福祉国家をめざして消費税率を25~30%にしていくべきだと思うか?
 【ピケティ】消費税率を上げることには反対だ。日本の税制については、高齢者と若い人の世代間のリバランス(再均衡)をすることが大切だ。若い世代は相続資産がなければ、労働所得はわずかで賃金は上がらないまま、財産形成をすることができない。

 (6)日本では、ピケティ教授がアベノミクスを評価しているのか否かという議論がある。
 竹信三恵子・ジャーナリスト/『ピケティ入門』(週刊金曜日、2014)の著者によれば、
   ・安倍晋三・首相やアベノミクス支持者は、ピケティが経済成長を否定しないことで評価されたと強弁している。
   ・しかし、ピケティの主張の重点は成長ではなく、成長の成果を再分配する仕組みの強化だ。
   ・安倍首相らの、焦点ずらしの曲解による世論誘導は不誠実だ。  

 (7)『21世紀の資本』では、世界的に広がる経済格差を解消するため、富裕層の資産に対して国境を越えた「世界的累進課税」の導入を提案している。
 この提案に対して、安倍首相は1月28日、参議院本会議で「導入に当たって執行面で難しい」と答弁した。
 (1)の討論会でも、会場から「世界的累進課税」の導入は「実現可能だと思うか」と質問があった。
 これに対し、ピケティ教授は「実現可能だ」と言い切った。「不動産には財産税がかけられているが、なぜ金融資産にはかけられないのか。税金は数百年以上前に導入されたが、当時の資産は不動産だった。それを変えてこなかった」と、世界的に金融の透明性を高めていく必要性を語った。

 【注】例えば、1月31日に日本記者クラブ(東京都千代田区)で会見が行われた。

□赤岩友香「「世界的累進資産課税は可能」(「週刊金曜日」2015年2月6日号)
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 【参考】
【ピケティ】をめぐる経済学論争 ~米英で沸騰中~
【ピケティ】格差を決める持ち家、社会は6対4で分断 ~日本~
【ピケティ】池上彰の3ポイントで解説 ~ そうだったのか!『21世紀の資本』~
【ピケティ】アベノミクス批判 ~金融緩和・消費税~
【ピケティ】シンプルで明快な主張 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告~
【ピケティ】総特集号(「現代思想」2015年1月増刊号)の目次
【ピケティ】『21世紀の資本』詳細目次
【ピケティ】に対するインタビュー ~失われた平等を求めて~
【ピケティ】勲章拒否の警告 ~再構築される「世襲的資本主義」~
【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】『21世紀の資本』に係る書評の幾つか
【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~
【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~
【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~
【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~
【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~
【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~
【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~
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【労働】搾取の19世紀へ回帰 ~「消費増税で福祉を」と「残業代ゼロ」~

2015年02月15日 | 社会
 (1)第三次安倍内閣初の国会は、名づけて「19世紀回帰国会」だ。
 消費増税の先送りを理由に、「社会保障の充実」の約束反故にした。他方で「残業代ゼロ」などの労働権剥奪法案が驀進し、工場法以前の社会へ踏み出す国会になる。

 (2)消費税8%への引き上げ(2014年度)と10%への引き上げ(2015年度)を決定した際、政府は「消費増税で福祉を」と宣言した。
 消費増税によって待機児童解消のための「子ども・子育て支援制度」が実施されるはずだった。しかし、消費増税の先送りによって、10%増税後に穴埋めする「つなぎ国債」で対応となった。

 (3)医療・介護となると、「つなぎ国債」による対応さえない。
 昨年11月18日、安倍首相は「引き上げを延期する以上、社会保障を充実させるスケジュールも見直しが必要」だと開き直った。経団連も、11月17日、高齢者向けから少子化対策へ予算配分の見直しを求める提言を行った。
 福祉は消費増税分を超えるな、ということだ。

 (4)ここに、巧妙なすり替えがある。
 「消費増税を福祉に」なら、消費増税分を福祉にあてた上で、軍事費などを削ってでも公約を実現しなければならない。
 ところが、「消費増税で福祉を」では、福祉は消費税でまかなうもの、となる。
 2字違いで、消費税が足りなければ福祉はできなくても仕方ない、ということになる。
 政府の意図は、「消費増税」であって、「消費増税を」ではない。
 これで、福祉の費用は低所得者・貧困者を含む一般の消費者から調達すべきものとなり、生活困窮者が増えれば一般人からの拠出が増えるだけとなる。
 財界は高みの見物だ。生活保護叩きは一段と激しくなるだろう。

 (5)いま、国会で安倍政権が力を入れているのが、「新たな労働時間制度」と称する残業代ゼロ制度だ。
 「時間ではなく成果による評価なら、成果を上げた人は早く帰宅できる。だから1日8時間労働にとらわれない制度を」という理屈が大手メディアを通じて流されている。
 だが、成果による仕事の評価は、すでに実施されている。働き手が長時間働くのは、人員削減で一人当たりの仕事量が大幅に増えているからだ。労働組合の弱体化で会社に迎合する真理が強まっているし。
 いずれも、労働基準法の有無に無関係だ。

 (6)そもそも1日8時間を超えて働かせたらペナルティ(残業代)が発生する仕組みは、働き手が勝ち取った基本的な権利だ。長時間労働で過労死が続発した19世紀の工場労働の過酷な体験が底にある。
 残業代ゼロ制度は、労働者の基本的権利の剥奪だ。

 (7)企業と富裕層を福祉負担から外し、長時間労働を合法化する。
 これは労働者を搾取した19世紀の再来だ。
 19世紀への回帰をめざす大きな流れの最初に一歩に私たちは立ち会っている。

 (8)鎌倉時代、北条政子は「朝敵」呼ばわりを恐れて天皇との闘いに尻込みする武士団に、
 「武士が奴隷のように貴族に追い使われていた時代のことを忘れたか」
と叱咤激励した。
 21世紀の私たちは、19世紀の過酷な労働、過労死が続発した長時間労働を忘れたか。

□竹信三恵子「「消費増税で福祉を」と「残業代ゼロ」 二つが示唆する搾取の19世紀への回帰 ~竹信三恵子の経済私考~」(「週刊金曜日」2015年1月30日号)
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