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2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

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【野口悠起雄】神の問い掛けにこそ答える価値がある ~モンティ・ホール問題~

2017年12月16日 | ●野口悠紀雄
 (1)「モンティ・ホール問題」とは、三つの箱のどれにダイヤモンドが入っているかを当てるゲームだ。解答者は一つの箱を選ぶ。司会者はその後で、残りの箱のうち空の箱を一つ見せる。ここで解答者は選択を変えるべきか?

 (2)友人の一人、M君は論理を基に、直ちに「変えるべきだ」と正解を出した。
 このように鮮やかに解くことはできなくても、正解にたどり着くことはできる。この問題が「ベイズ統計学」の応用問題であると気付けば、「ベイズの定理」と呼ばれる公式に当てはめていけば、正しい答えを得ることができる。
 ベイズ統計学とは、「情報がない場合の事前確率を、得られた情報によって修正し、事後確率を得る」という考えに基づく統計学だ。伝統的な統計学では、「確率は実験で知られる」とされる。しかし、ベイズ統計学の立場からすると、確率判断は情報によって変わる。
 火星が望遠鏡でも小さくしか見えない時代に、「火星に生物がいる確率は2分の1」というのは、ベイズ統計学の立場では意味がある見解だ。そして、データが得られるたびに、確率判断を修正していく。

 (3)ここで指摘したいのは、ベイズ統計学の有用性ではない。知識の重要性だ。「知識に基づいて地道に公式に当てはめていけば、機械的に正解にたどり着ける場合もある」ということである。
 知識は、われわれが問題を解くときに助けになってくれる。天才的頭脳を持っていなくても、知識を持っていれば、愚直なやり方ではあっても、着実に問題を解決できる。同じことが、他の多くの問題について言える。
 生まれつき頭が良い人は、あまり勉強しなくても問題を解くことができる。彼らは成功する確率が高い。しかし、頭が良くないからといって、失望することはない。勉強して知識を増やせば、それに近い成果を挙げることができるのである。

 (4)他のアプローチはどうか?
 常識的な答えは、「選択を変えても変えなくても勝てる確立は同じ」ということだ。しかし、これでは面白くない。
 わざわざ問題を出しているからには、正解はこれとは違うものであるに違いない。つまり、正解は「選択を変えれば勝てる確率が上がる」ということだろう。「質問者は何らかの意図を持っているから、それを推し量ればよい」と考えるのである。
 「メカニズムを理解しないで正しい答えだけ出しても、それは本当に問題を解いたとはいえない」との意見があるだろう。しかし、その点で言えば、ベイズ統計学の援用も大同小異だ。機械的に公式に当てはめただけだ。

 (5)会社の中での生存競争を勝ち抜いてきた人たちのほとんどは、本能的に質問者の意図を推し量る。これは、多くの場合において、単なる「忖度」であり、処世術にすぎないであろう。しかし、そうした場合ばかりとはいえない。質問者の意図に、問題を解く鍵が潜んでいることもあり得るのだ。
 上で述べたケースは、その一例だ。問題を解く第一歩は、その問題を放棄せず、納得がいくまで考え続けることだ。質問者は、正解を仄めかし、それが正解である理由を考える価値があると示唆し、考え続けることを勧めているのである。

 (6)まとめれば、モンティ・ホール問題の正解にたどり着くのに、三つのアプローチがあったことになる。
  (a)頭の良さを活用して直ちに正解を得る方法。
  (b)愚直に公式に当てはめていく方法。
  (c)質問者の意図を推し量る方法。

 (7)「神はたくらみ深いが、悪意を持たない」
 (c)のアプローチでは成功しない場合もある。それは、質問者が特定の意図を持っていない場合だ。
 アインシュタインは、「神はたくらみ深いが、悪意を持たない(Raffiniert ist der Herrgott,aber boshaft ist Er nicht.)」と言った(この言葉は、プリンストン大学数学科ホールの大理石に刻まれている)。「悪意がない」とは、次のようなことだろう。
 神の質問は、幼子の質問と同じで、特定の意図を持っていない。いわば真空の中から発せられている。だから、質問者の意図を推し量ろうとしたり、背景を調査したりしなくてもよい。また、そうした方法を取っても、答えは得られない。

 (8)自然科学や数学の研究では、(7)の意味における神の質問に答えなければならない。だから、(c)の方法は、明らかに無効だ。(a)の方法を取れる天才が成功する確率が高いが、(b)の方法で愚直にアプローチしても、成功する可能性がある。
 現実の社会生活では、(c)の方法は、多くの場合に有効だ。組織の中で仕事をしている場合には、たぶん不可欠の方法だろう。
 しかし、そうした世界を生き抜いてきた人は、たとえ成功しても、(c)の方法だけに頼ることに、やがて満足できなくなるのではないだろうか? 悪意を持つ人間とのゲームでなく、悪意を持たない相手との勝負がしたくなる。
 トルストイの『戦争と平和』に登場するニコライ・ボルコンスキイ公爵(主人公の一人であるアンドレイ・ボルコンスキイの父親)は、領地「禿山」にこもって高等数学の研究に没頭している。そして、令嬢マリアに数学の勉強を強制する。
 彼は、宮廷生活が嫌になったのではなく、物足りなくなったに違いない。だから、たくらみ深く、そして悪意が存在しない対象を強く求めたのだ。
 事業でも同じだろう。(c)の方法で成功しても、それだけでは満足できないと、多くの成功者は考えるのではないか? 彼らが最終的に求めるのは、自然科学者や数学者と同じように、悪意のない質問に答えることではないだろうか?

□野口悠紀雄「神の問い掛けにこそ答える価値がある ~「超」整理日記No.886~」(「週刊ダイヤモンド」2017年12月23日号)
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1 コメント

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Unknown (ベイズ)
2019-07-21 13:06:11
モンティ・ホール問題は、条件付確率を求める問題ではありません。
したがって、モンティ・ホール問題にベイズの定理を使ってはいけません。

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