語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】【ピケティ】『21世紀の資本』が避けている論点

2015年02月25日 | ●佐藤優
 (1)ピケティは、過去300年の膨大な統計を処理し、二度の世界大戦の時期を除き、資本主義は格差を拡大する傾向があり、しかもこの格差を持続させることはできなくなると主張する。
 資本主義が崩壊するのを防ぐためには、国家が所得税、相続税の累進課税を強めるとともに、資産家から毎年、資産税を徴収することで、富の再分配を実現すべきと考える。典型的な西欧社会主義者の提言だ。
 最近の経済学者が、数学的操作によって、経済学においても、あたかも自然科学のような法則が導き出されるような研究をしているのに対し、ピケティはビッグデータを処理し、資本主義の傾向性を読み解く新カント派のような個性記述をしているところが特徴だ。

 (2)ピケティは、二つ基本法則によって資本主義を読み解くことができると考える。
 <資本主義の第一基本法則--α=r×β
 これで資本主義の第一基本法則を提示できる。これは資本ストックを、資本からの所得フローと結びつけるものだ。資本/所得比率βは、国民所得の中で資本からの所得の占める割合(αで表す)と単純な関係を持っており、以下の式で表される。
   α=r×β
 ここでrは資本収益率だ。
 たとえば、β=600%でr=5%ならば、α=r×β=30%となる。
 言い換えると、国富が国民所得6年分で、資本収益率が年5パーセントなら、国民所得における資本のシェアは30パーセントということだ。
 α=r×βという式は純粋な会計上の恒等式だ。定義により、歴史のあらゆる時点の社会に当てはまる。トートロジーめいてはいるが、それでもこれは資本主義の第一基本法則だと言える。というのも、これは資本主義システムを分析するための三つの最重要概念の間にある、単純で明解な関係を表現したものだからだ。その三つの最重要概念とは、資本/所得比率、所得の中の資本シェア、資本収益率だ。>(56頁)【注1】

 (3)ここでピケティは、
   資本をストックすなわち、<ある時点で所有されている富の総額(総財産)に対応する>(54頁)と規定し、
   所得をフローすなわち、<ある期間(通常は1年)の間に生産され分配された財の量に対応する>(54頁)と規定する。

 (4)さらに長期的分析を行うために貯蓄率と成長率を加味することによって、もう一つの資本主義の基本法則が導き出せるとする。 
 <資本主義の第二基本法則--β=s/g
 長期的には、資本/所得比率βは、貯蓄率s、成長率gと以下の方程式で示される単純明快な関係をもつ。
   β=s/g
 たとえばs=12%、g=2%ならβ=s/g=600%となる。
 つまり、毎年国民所得の12パーセントを蓄え、国民所得の成長率が年2パーセントの国では、長期的には資本/所得比率は600パーセントになる。この国は、国民所得の6年分に相当する資本を蓄積することになる。
 資本主義の第二法則ともいえるこの公式は、当然ではあるが重要なことを示している。たくさん蓄えて、ゆっくり成長する国は、長期的には(所得に比べて)莫大な資本ストックを蓄積し、それが社会構造と富の分配に大きな影響を与えるということだ。
 別の言い方をしよう。ほとんど停滞した社会では、過去に蓄積された富が、異様なほどの重要性を確実に持つようになる。
 だから21世紀の資本/所得比率が、18、19世紀の水準に並ぶほど構造的に高い水準になってしまうのは、低成長時代に復帰したせいだと言える。だから成長--特に人口増加--の鈍化こそが、資本が復活をとげた原因だ。
 基本的な点は、成長率のわずかなちがいでも長期的には資本/所得比率に大きな影響を及ぼすということだ。>(173、175頁)

 (5)成熟した資本主義は、低成長が基調だ。よって、資本収益率が産出と所得の成長率を上回るようになる。
 そのため、資本主義は自動的に、恣意的で持続不可能な格差を生み出すというのがピケティの結論だ。

 (6)ピケティは、経済学者として、事態を純粋に観察するという姿勢をとらない。政治経済学者として、問題を解決することに強い関心がある。
 彼が重要な処方箋として提示しているのが資本税の導入だ。
 資本税を徴収するためには、国家的もしくは超国家的な権力執行機関が人民の権利、自由を不当に侵害する可能性を防ぐための仕組みが必要だ。この点、<直ちに実行することはできないとしても、理性的に思考し、段階的に実現できるようになることを期待している>とピケティは考える【注2】。
 彼は、理性を信頼する啓蒙主義者なのだ。

 (7)ピケティは、格差を論じるにあたり、ある論点を避けている。
 『21世紀の資本』には、ジェンダーに係る記述がない。格差問題における女性労働、ジェンダー差別の問題をピケティは捨象している。
 さらに植民地問題については、18~19世紀のフランス、イギリスなど巨大植民地を持っていた諸国の資本蓄積を可能にした過去の歴史的事実としてしか取り上げていない。ポストコロニアリズムやカルチュラル・スタディーズで問題とされている旧宗主国と旧植民地の間で現在も続く構造的差別の問題は取り扱われないのだ。
 具体的に言えば、『21世紀の資本』を援用しても、沖縄が抱える格差問題を解明することができない。政策的にも国家が税を徴収して、在日米軍を過重に負担する沖縄に重点的に分配するという以上の政策は出てこない。

 【注1】トマス・ピケティ『21世紀の資本』(山形浩生・守岡桜・森本正史・訳)『21世紀の資本』(みすず書房、2014)。以下、同じ。
 【注2】トマ・ピケティ×佐藤優「民主主義のモデルチェンジだけが資本首位をコントロールできる」(「AERA」2015年2月23日号)

□佐藤優「ピケティ『21世紀の資本』が避けている論点がある ~佐藤優の飛耳長目第104回~」(「週刊金曜日」2015年2月13日号)
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 【参考】
【ピケティ】本には手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~
【ピケティ】なぜ米国で大きな反響を呼んだか ~世襲財産制批判~
【ピケティ】富裕層の地位は揺らぐことがない
【ピケティ】理論の本ではなく、歴史的事実の本
【ピケティ】の“capital”は「資本」ではなく「資産」 ~誤読の危険性~
【ピケティ】討論会「格差・税制・経済成長 『21世紀の資本』の射程を問う」
【ピケティ】をめぐる経済学論争 ~米英で沸騰中~
【ピケティ】格差を決める持ち家、社会は6対4で分断 ~日本~
【ピケティ】池上彰の3ポイントで解説 ~ そうだったのか!『21世紀の資本』~
【ピケティ】アベノミクス批判 ~金融緩和・消費税~
【ピケティ】シンプルで明快な主張 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告~
【ピケティ】総特集号(「現代思想」2015年1月増刊号)の目次
【ピケティ】『21世紀の資本』詳細目次
【ピケティ】に対するインタビュー ~失われた平等を求めて~
【ピケティ】勲章拒否の警告 ~再構築される「世襲的資本主義」~
【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】『21世紀の資本』に係る書評の幾つか
【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~
【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~
【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~
【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~
【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~
【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~
【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~




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