語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】フランスにイスラム教の政権が生まれたら恐怖 ~『服従』~

2015年10月03日 | 批評・思想
 (1)シリアからの難民流出がヨーロッパを震撼させている。
 マスメディアの報道によれば、ドイツ、フランス、イギリスなど西欧諸国は、人道的観点から難民の受け入れに積極的である、という印象を受ける。
 たしかに、自由や人権は、ヨーロッパの基本的価値観になっている。
 しかし、本音では、ヨーロッパ人はイスラム教徒を恐れている。そのことを可視化したのが『服従』だ。純文学と大衆文学の中間くらいの作品なので読みやすい。

 (2)2022年のフランス大統領選挙の第1回投票で、極右でファシズムに近い国民戦線と、イスラム同胞党の候補者が1位と2位を占める。社会党と保守・中間派が、ファシズムだけは避けたいと考えて、究極の選択としてイスラム同胞党のモアメド・ベン・アッベス候補を支持する。
 フランスに初めてイスラム政権が生まれる。
 アッベス大統領をサウジアラビアをはじめとする湾岸諸国が財政支援するので、フランスは福祉を充実させることになった。
   ・義務教育は12歳までになった。
   ・女性は専業主婦になると、外で働くよりずっと多くの助成金を得ることができる。
   ・一夫多妻制が導入された。
   ・イスラム教徒ではない大学教員は全員解雇された。
   ・もっとも、十分な年金が支払われるので、解雇によって経済的に困窮することはない。

 (3)主人公のフランソワは、パリ第三大学で文学を担当する大学教授だ。19世紀末、フランスで活躍したデカダン作家ユイマンスの研究者で、完全なノンポリではないが、政治からは距離を置いたインテリだ。
 アッベス政権の成立によって、非イスラム教徒のフランソワも大学から解雇されたが、生活には不自由しない。最終的にフランソワもイスラム教徒に改宗し、大学に復帰することを選ぶ。
 改宗への説得にあたったルジュディ教授は、フランソワにこう言う。
 「女性が男性に完全に服従することと、イスラームが目的としているように、人間が神に服従することとの間には関係があるのです。お分かりですか。イスラームは世界を受け入れた。そして、世界をその全体において、ニーチェが語るように『あるがままに』受け入れるのです」

 (4)人間が自己同一性を保つ上で、知識や教養がいかに脆いものであるか、が本書から伝わってくる。現実の生活と結びつき、信者を殉教に追い込むことができるイスラム教が想定する超越的神の力に、ヨーロッパ人は、心の底から怯えているのである。

 【注】ミシェル・ウエルベック(佐藤優 /大塚桃・訳)『服従』(河出書房新社、2015)

□佐藤優「フランスに、イスラム教の政権が生まれたら--ヨーロッパの恐怖を映す世界で話題の「問題作」 ~日本一の書評~」(週刊現代」2015年10月10日号)
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