語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【ピケティ】本には手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~

2015年02月24日 | 社会
(1)1989年(ピケティ18歳)のベルリンの壁崩壊
 影響多大。1990年2月(チャウシェスク独裁政権崩壊2か月後)、ルーマニア訪問(地元の若者と交流)。1991年夏、モスクワ訪問。
 共産主義に魅力を感じたことはない。明らかに社会のシステムがまったく機能していないし、フランスに来て自由になりたい、もっとチャンスがほしいと考えている若者たちに出会ったから。
 格差の研究を進めたのは、「このようなシステムがデザインされた理由」「人々が資本主義に対する怒りのあまり私有財産制を廃止しようとした理由」を知りたい、と思ったこともある。なぜそんな結論に行き着いたのか。次はもっとうまくできるのか。不平等と資本主義をコントロールする、より良い方法を見つけられるのか。これらは興味深い論点だ。

(2)1991年に起きた湾岸戦争
 ベルリンの壁崩壊とはまったく違った意味で、強い影響を受けた。西側の「偽善」を感じた。これらの国々の政府は「タックスヘイブンを規制する力はわれわれにはない」と主張する。しかし、クウェートに石油を取り戻させるためだけに、数ヶ月のうちに100万人に近い軍隊を派遣することはできるわけだ。
 中東は石油資源の配分における不平等のために、歴史を通じて、また世界中で最も経済的不平等の大きな地域の一つになっている。西側諸国の軍隊による保護がなければ、石油資源の再配分が行われていたはずだ。

(3)「労働力商品」のみが価値を作り出す特殊な性質を持つ(マルクス『資本論』)
 「労働力だけが価値を作り出す」という意味がよくわからない。「生産物から生じる儲けはすべて労働者が取るべきだ」ということか。
 私有財産の廃絶は間違った「答え」だ。私有財産をなくせば、例えば完了に権力を与えることになり、労働者がよりいっそうの自由を得ることにはつながらない。

(4)賃金は生産過程で資本家と労働者との力関係で決まる(マルクス『資本論』)
 資産のタイプに応じて、その所有者と労働者の間の力関係は異なる。農地をめぐる歴史は、産業に投下された資本や、資産としての奴隷の歴史とは異なる。賃金の水準や資本の所有者への利益配分の水準は常に、技術や、社会的、制度的力関係があいまって決まる。『21世紀の資本』で語ろうとしたのは、異なるグループの人たちが常に「何を得るべきか」についての理論的な根拠を作り出そうとしてきた、という人類の歴史なのだ。

(5)旧植民地における低賃金
 植民地主義や、国際社会における力関係にはもっと重点を置くべきだったかも。ただ、第一次世界大戦のころまで、英国とフランスは国外から利子、配当、地代といった巨額の資本所得を得ており、それは両国の貿易赤字を埋めてなお余りあるほど大きかったことは強調した。
 植民地の政治的・軍事的支配や低賃金、巨額の資本所得の移転といったことは、『21世紀の資本』でも重視している。この本のもっとも重要なメッセージの一つは、戦後において、経済開発に成功した国々は国外からの投資に過度に頼ることなく、国内の貯蓄を活用してきた、ということだ。日本、韓国、現在の中国がそうだ。
 一方、外国に多くの資産を握られているラテンアメリカやアフリカのサブサハラ(サハラ砂漠以南)地域では政治が混迷状態だ。不平等の解消はそもそも難しいのだが、資産の所有者が外国だと、さらに問題は複雑だ。ラテンアメリカやサブサハラで見られるように、政治的な緊張や搾取、保守主義的な「革命」を引き起こす。

(6)格差問題における女性労働、ジェンダー差別の問題
 ジェンダーによる不平等の問題も、もっと大きく扱ってもよかった。
 本では人口動態の変化についても論じているが、このテーマにおいてジェンダー格差はとても重要な問題だ。人口減少は、日本だけでなく欧州諸国にとっても大事な問題だ。日本や独逸の若い女性があまり子どもを持たないのは、世間に「子どもがいる女性は早く家に帰るべきだ」という声があり、彼女らはそれを望んでいないからだろう。
 解決策は、若い男女が仕事と家庭生活を両立できるようにジェンダー間の格差をなくし、勤務時間を調整して子育てにもっと関われるようにすることだだろう。ジェンダー間の平等はそれ自体がとても大切なことだが、出産に関する意思決定においても重要だ。本では、人口減少によって、子どもが減ると1人あたりの相続財産が増えるため、資産の相続の重要性が高まり、不平等を広げかねないことを強調している。、
 人口が減っている日本では特に、相続がとても大きな要素となる可能性がある。しかし、人口を増やす方向へ転じさせることはできると思う。フランスの合計特殊出生率は2.0を上回り、フランス人は「2030年にはドイツより人口が多くなるだろう」と盛り上がっている。

(7)「平等という考え方は家族制度に規定されている」(エマニュエル・トッド) 
 単純化すればフランスの(中央部から北部にかけての)パリ盆地などを除き平等相続をする家族制度はほとんどない、というトッド(ピケティの友人)と違って、「変化」の可能性にもっと楽観的だ。家族のあり方や、平等・不平等に関する人々の意見は変わり得ると考える。トッドの主張は少し保守的すぎる。

(8)「資本税」徴収に必要な国家的・超国家的機関が人民の権利、自由を不当に侵害することを防ぐ仕組み
 近い将来、世界政府と世界共通の資本税が実現するとは自分も考えていないが、段階的なアプローチは可能だと信じる。まずは各国政府がもっと協力し合えるかどうか、というところから始めるべきだ。
 現代における最も大きな課題の一つは、巨大な政治共同体を民主的かつ個人の権利を尊重し得る手法によって組織することだ。スウェーデンで900万人の政治共同体をつくる方が、フランスで6.500万人の政治共同体を組織したり、EUで5億人の政治共同体をつくったりするよりも簡単だ。
 しかし、巨大な政治共同体を組織し、その政府がすることを信頼できるような仕組みを見つけなければならない。さもなければ、私たちの命運を強力な資本家に握られることになる。金融資本主義の世界で、小さな国々は「隙間産業」として生きていくため、自らの基本的な価値観と正反対のことをしなければならないことも多い。わずかな分け前にあずかろうと、喜んでタックスヘイブンになるのだ。フランスは、ルクセンブルグなどをタックスヘイブンだと批判している。一方で、世界経済全体から見ると、フランスやドイツも小国だ。
 超国家的な官僚機構は危険かもしれない。巨大な政治共同体を組織するのは確かに難しいのだが、今日の世界では、小さな政治共同体として生きていくことも難しい。どちらかの困難を選ばねばならない。巨大な政治共同体を組織できる可能性はある。EUは政治的な統合をより進めていくべきだ。その国だけの利害やナショナリズムを超えて、民主主義がうまく機能するようにモデルチェンジすることはできる。そうすることで、グローバルな金融資本主義を民主的な手法によって規制できる。
 欧州の場合、各国の議会をベースにした、新しい形の民主的な議会をつくる必要がある。各国議会の主権をベースにした、欧州議会の主権をつくりだすためだ。複雑な作業ではあるが、民主主義をモデルチェンジする手法を繰り返し考え抜くことは、民主主義が再び資本主義をコントロールするための、たった一つの選択肢なのだ。マーケットも民主主義も信じられなければ、何が残るのだろう?

(9)一気に物事を解決すべきだという考え方への対処法
 グローバルな解決法はない。地域ごとに解決を図るしかない。むろん、相互に関連するが、民主的な闘いや社会運動のあり方は同じではない。フランスでは連続テロが示すように「現状が極めて深刻だ」。年末に地方選挙がある。国民戦線(ナショナル・フロント:フランスの右翼政党で2014年の欧州議会選で国内第一党となった)が国政レベルで権力を握るとは思わないが、多くの地域で勝ち、議会で多数を占めることはあり得る。これは大きな政治ショックを与えるだろう。
 パリやベルリン、ブリュッセルの政治指導者たちは、EUが各国に強いてきた緊縮財政によって若者の失業問題が深刻化し、社会的な緊張が生じ、きわめて危険な状態にあることに気づくべきだ。これは中東で起きていることや、30代の若者らが17人を殺したフランスの連続テロ事件と密接な関係がある。犯人の一人は20歳ぐらいのころ、米国と戦うために中東へ行こうとした。10年たった今、再び戦おうとしたのだ。
 政治共同体をより大きくしていかねばならない。中東諸国の国境は、欧州列強の植民地開拓者たちによって恣意的に引かれた。その一部は取り消されるべきだ。きわめて平和的に、というわけにはいかないかもしれないが、そうなっていくだろう。

□トマ・ピケティ×佐藤優「民主主義のモデルチェンジだけが資本首位をコントロールできる」(「AERA」2015年2月23日号)
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 【参考】
【ピケティ】なぜ米国で大きな反響を呼んだか ~世襲財産制批判~
【ピケティ】富裕層の地位は揺らぐことがない
【ピケティ】理論の本ではなく、歴史的事実の本
【ピケティ】の“capital”は「資本」ではなく「資産」 ~誤読の危険性~
【ピケティ】討論会「格差・税制・経済成長 『21世紀の資本』の射程を問う」
【ピケティ】をめぐる経済学論争 ~米英で沸騰中~
【ピケティ】格差を決める持ち家、社会は6対4で分断 ~日本~
【ピケティ】池上彰の3ポイントで解説 ~ そうだったのか!『21世紀の資本』~
【ピケティ】アベノミクス批判 ~金融緩和・消費税~
【ピケティ】シンプルで明快な主張 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告~
【ピケティ】総特集号(「現代思想」2015年1月増刊号)の目次
【ピケティ】『21世紀の資本』詳細目次
【ピケティ】に対するインタビュー ~失われた平等を求めて~
【ピケティ】勲章拒否の警告 ~再構築される「世襲的資本主義」~
【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】『21世紀の資本』に係る書評の幾つか
【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~
【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~
【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~
【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~
【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~
【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~
【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~



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