語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【原発】原発利権で豊かな東電人生 ~原発フィクサー~

2013年03月31日 | 震災・原発事故
 (1)小菅啓嗣・東京電力元幹部社員の経歴。
  (a)東電社員時代・・・・報酬1,000万円~2,000万円(推定)、退職金数千万円。
    ①福島事務所長のとき、プルサーマル導入を働きかけた。
    ②立地部長のとき、原発施設の建設業務に携わった。
  (b)退職後、東電子会社に天下り
    ①東京リビングサービス社(当時東京リ社)社長・・・・報酬2,000万円以上(推定)。
    ②ニューテック(原発警備会社)監査役。
 
 (2)(1)-(b)の業務など
 ①に小菅啓嗣が社長を務めたのは、1999年から2005年まで。東京リビングサービス社の業務は、「厚生施設、社宅」などの管理業務のほか、「労働者派遣」や「警備業」など多数。取引先は東電関連。原発への労働者派遣や原発警備を行っている(推定)。
 小菅啓嗣が白川司郎・東京リビングサービス社会長が実質経営する②(ニューテック)の監査役となったのは、2010年5月。同社は原発警備を行う。青森県作成の資料によれば、核燃料サイクル施設の「関連業務」を行う会社として紹介されている。ニューテックは、また、東電、青森県、むつ市が共同出資した原発警備会社「六ヶ所原燃警備」を設立し、日本原燃から受注している。

 (3小菅啓嗣・ニューテック監査役の周辺には原発利権が漂う。「週間金曜日」は、白川司郎・東京リビングサービス社会長を「大物フィクサー」と紹介した【注】。
 これに対し、白川会長が、「大物フィクサー」などの表現は名誉毀損にあたる、と田中稔・ジャーナリストを提訴した。
 小菅啓嗣は、提訴直後の2012年6月、ニューテック監査役を辞任した。

 【注】田中稔「最後の大物フィクサー」白川司郎氏 東電原発利権に食い込む」(「週間金曜日」2012年12月16日号)

□三宅勝久(ジャーナリスト)「原発スラップ訴訟第7回口頭弁論 豊かな東電人生紹介」(「週刊金曜日」2013年3月29日号)
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【本】『スエズ運河を消せ』 ~イリュージョンという武器~

2013年03月30日 | ノンフィクション
   

 (1)言い伝えによると、16世紀の英国の農場主ジョン・マスケリンは、黒魔術をもって農場を繁栄させた。その子孫も尋常でない力を発揮した。
 8代目のジョン・ネヴィル・マスケリンは、現代マジックの父と謳われる。彼の披露した“魔法の箱”は、二人の人物が一瞬のうちに入れ替わる、という当時としては驚くべきトリックだった。その並外れた発明の才は、実用にも発揮され、のちの業界標準となるタイプライターのキーボードの配列を発案したりもした。また、大砲の逆火から砲兵隊の兵士の手を守る軟膏を開発し、あるいは“マジシャンスパイ”を養成してアラビアのT・E・ロレンスに送り、英国の戦いにも貢献した。
 10代目のジャスパー・マスケリンが本書の主人公である。
 英国が独国に宣戦布告した1939年、ジャスパー38歳は、ショービジネスで成功したマジシャンだった。従軍したい、と一念発起するが、彼が得ていた名声がその希望の実現を妨げた。しかし、F・A・リンデマン教授/内閣府科学顧問が、ステージマジックを戦場に応用したい、というジャスパーの熱意を受け止めた。
 1940年、ジャスパーは応召し、カモフラージュ訓練開発部隊で軍事訓練を受けた。訓練教官のリチャード・バックリー少佐は、カモフラージュを視覚芸術である、と考え、その方面に能力のある人材を集めていた。その一人に動物の擬態を専門とするフランク・ノックス・オクスフォード大学教授がいて、後にジャスパーとチームを組む。

 (2)1941年1月、ジャスパーとフランクを乗せた船が出港した。彼らはエジプトの英国西方砂漠軍(後の第8軍)に派遣されることになったのだ。
 派遣された当座は、厄介者と見なされたらしい。しかし、ジャスパーは最初の任務で成功をおさめた。「魔法」という名の奇術をあやつる地元の長老とマジック勝負に勝利し、彼の影響下にあるデルビーシュを通って英軍が撤退できるようになったのだ。エルヴィン・ロンメル将軍隷下の独国アフリカ軍団が、1941年4月30日からトブルクを攻撃していた。トブルクが陥落すれば、英軍はカイロから撤退せざるをえない。
 だが、戦線は膠着状態に陥った。
 ジャスパーとフランクは、アフリカ軍団にトリックとイリュージョンをもって対抗すべく、チームを組織した。彼ら7人は後に「マジックギャング」と呼ばれるようになる。
 戦力があるように見せかければ、それは実際の戦力と同じ効果がある。それができれば、敵をこちらの思うがままに操れる。攻撃の方向を変えさせたり、攻撃を遅らせることもできる。偽のターゲットを攻撃させて弾薬を無駄遣いさせてもよい。そのターゲットを作るのがマジックギャングの仕事だ、とジャスパーは上官を説得した。

 (3)ジャスパーら7人のサムライの奇計は、実績を積むにつれ上層部の信頼を獲得し、次第に困難かつ大かがりなものになっていく。次の(c)が成功した後、擬装工作のための工場「魔法の谷」が建設された。
  (a)搬入された新しいマチルダ戦車を砂漠向きに色を塗り替えた(顔料は何とラクダの糞)。
  (b)戦車をトラックに擬装した(「サンシールド」)。
  (c)アレクサンドリア港を移動させた。・・・・夜間の爆撃に対し、近くにダミー港を擬装し、アレクサンドリア港を守った。
  (d)トブルクの重要な施設、浄水プラントが完全にダメになったと思わせる擬装をした。・・・・プラントの屋根に瓦礫の絵、側面にひび割れを描き、建築用ブロックのクズを周辺にばら撒き、偽の爆弾穴を掘った。
  (e)ダミー兵士、ダミー戦車、ダミー大砲を量産し、軍勢が増強され配備されたと擬装した。・・・・ダミー兵士はボール紙とキャンパス地、チューブで作られた)。
  (f)スエズ運河を消した。・・・・夜間、21機の“目くらましライト”が160km余りのスエズ運河を端から端まで守った。渦巻く光のカーテンを独軍の飛行機は終戦まで突破できなかった。なお、この技術は石油タンク集積地の防御システムともなり、また、本土のに導入されて英国空襲防御システムにおける重要な武器となった。
  (g)軍情報部第9課に協力し、ことに脱走の道具に手品のトリックを応用し、新たな道具を創出した(コンパスから弓のこまで)。
  (h)ダミーの潜水艦を作り、独軍が港を偵察しても活動中の潜水艦の実数を把握できなくした。
  (i)ダミーの戦艦を作り、補給船団の動きを規制した。・・・・実際には存在しない戦艦を巡洋艦に(容易に見破れる)擬装しているように見せかけて、戦艦が存在するものという錯覚を与えた(「騙しのテクニック」)。
  (j)補給物資を1,000m上空からパラシュートなしに落下させる方法を編みだした。・・・・衝撃を吸収する箱の中に紙張り子を詰め、吹き流しを箱の外部に取り付けて落下を安定させた。
  (k)前線観測所の偵察兵を隠すダミー砂丘とダミー木を大量生産した。

 (4)(3)はマジックギャングの仕事の一部にすぎない。
 戦況を変えるほどのイリュージョンは、エルアラメンの戦いで実現した。史上最大のマジック。論理的で、実用的で、突飛な計画だった。
 そこで必要とされるのは、(a)敵に致命傷を与えられる本物の軍。もうひとつは、(b)ボール紙と糊で作った軍。(b)は戦場に配置して敵の目に馴染むまでさらしておく。やがて敵はこちらの目的になかった結論を出してくれる。しかる後、頃合いを見計らって、黒いベルベットの夜のカーテンのなかで二つを取り替える。要は、巨大なステージの上で観客の注意をほかへそらす、という実に単純なトリックにすぎなかった。
 計画は、バートラム作戦と名づけられた。戦闘力のない輸送車や資材運搬トラックがラインの北側に集結していると見せかける一方、本物の装甲部隊は南側へ向かっていると見せかける。そして、最後はタイミングよく両者の入れ替えを行い、北側で攻撃を始める。
 マジックギャングは舞台をセットし、ダミー軍を生産し、南側に水のパイプラインを引くという擬装まで行った。他方、弾薬、軍需品、食料品が1ヵ月をかけて備蓄されていった。
 戦闘の細部は略すが、マジックギャング自ら、ボール紙の戦車と銀紙で作った鏡を用いて敵戦車の一分隊を撃退したことを付け加えておこう。
 ロンメル不在のアフリカ軍団は敗走した。

 (5)古来、戦さに奇計は付きものだ。本書は、科学と技術を支えにしたトリックとイリュージョンという武器を語る。それと同時に本書は、第二次世界大戦中のアフリカにおける英独の戦史である。そしてまた、ジャスパー・マスケリンという一人の魅力的な男の、生彩溢れる伝記でもある。

□ デヴィッド・フィッシャー(金原瑞人/杉田七重・訳)『スエズ運河を消せ ~トリックで戦った男たち~』(柏書房、2011.10)
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【原発】事故被害賠償請求9人で96億円、115人で・・・・ ~米国人の要求~

2013年03月29日 | 震災・原発事故
 昨年末、米空母「ロナルド・レーガン」乗組員9人が東京電力を米連邦地裁に提訴した。「ウソの情報で被曝した、うんぬん」。請求額は96億円。
 3月11日、原告の弁護士は、現時点で原告数が115人を超えたことを明らかにし、さらに増える見通しを語った。

 東電は、二本松ゴルフ場が除染を求めて東電を提訴した裁判において、「原発から飛び散った放射性物質は、東電の所有物ではない(無主物である)から東電に除染する責任はない」と主張した【注】。

 東電は、米国民に対しても同じ主張をするか。
 それとも、山下俊一・福島県立医科大学特命教授/副学長(休職中の長崎大学に復帰見込み)を証人に立てて、「 ニコニコ笑っていれば放射能の被害は受けなかったはず」と証言させるか。

 【注】
震災】原発>賠償を拒否する東電側の理屈 ~裁判~
【原発】除染を妨げる経済学 ~「費用対効果」~

□室井佑月「おなじことをいってみ? ~しがみつく女 第203回~」(「週間朝日」2013年4月5日号)
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【本】『シビル・アクション -ある水道汚染訴訟』

2013年03月29日 | ノンフィクション
      

 ジョナサン・ハーは、米国マサチューセッツ州在住のノンフィクション・ライター。9年間を費やして完成した処女作である本書で、全米批評家賞最優秀ノンフィクション賞を受賞した。
 環境問題を踏まえつつ、米国の法律家の生態を描き、さらに司法システムに内在する問題を剔抉した入魂の作である。

 ウォーバーン市は、人口3万6千人、ボストンの北20キロに位置する。古くから製革のまちとして知られ、大規模な化学薬品工場も建設された。しかし、第二次世界大戦後、皮革産業は衰退一途で、1966年現在、市内で操業する製革所は一か所のみであった。
 1964年、ウォーバーン市の水道に新しい水源Gから汲み上げられた水が流れはじめた。
 住民は、まもなく味の異変に気づく。
 3年後、同じ帯水層の水源Hも揚水を開始する。
 水源GとHの水は、もっぱら東ウォーバーンへ流れた。味はまずく、異臭がして、錆色ににごっていた。水道管の腐食もはげしかった。
 1972年、3歳のジミー・アンダーソンが白血病と診断された。発症率10万人に4人以下の病気である。母親アンは、同じ病気にかかった子どもが近所に複数いることを知る。
 1979年春、産業廃棄物の不法投棄事件をきっかけに、州の環境調査官が水源GとHの水質を検査した。2か所とも、大量のトリクロロエチレンが検出された。発癌物質の疑いがある工業用溶剤である。
 同年7月、砒素ほかの重金属で汚染された池が発見された。製革所のなごりともいうべき動物の皮や毛が捨てられたまま腐敗していた。新聞による報道を契機に、ここ15年間に白血病に罹患した子どもをもつ親の集会が開かれた。12件の情報が集まった。うち8件は、東ウォーバーンの住民である。

 まことに戦慄的な事実だが、これは序曲にすぎない。
 幕あけとともにシビル・アクション、すなわち民事訴訟がはじまる。
 原告、住民側の弁護士は、ジャン・シュリクトマン、31歳。こなした事件はまだ多くはないが、勤勉、かつ、「ブルドッグみたい」に一度つかんだら最後絶対に離さない粘りで成功をおさめ続けていた。
 受けて立つ被告、多国籍企業の化学薬品メーカーであるW・R・グレース社、巨大複合企業体のベアトリーズ・フーズ社の2社は有能な弁護士をたてる。

 本書は、これら法律家を活写する。莫大な私費を投じて不眠不休の努力をするシュリクトマンに焦点をあてながらも、彼とチームを組む同僚の弁護士や事務員たちにも目配りしている。巨大資本を背後に激しく巻きかえす大企業側の弁護士も、「一方的にこちらに不利な裁定をする」とシュリクトマンを怒らせる裁判官も、偏りなく描く。
 こうした冷静な筆致が、米国司法制度がかかえる問題をも浮き上がらせる。

 小説ならば、読者は多岐にわたる調査や法廷闘争であの手この手をつくすシュリクトマンに感情移入して、「主人公」の勝訴を予想するだろう。その予想はおおむね充たされるだろう。正義は住民の側にあり、正義は最後には勝利するはずだ・・・・。
 が、本書はノンフィクションである。読者の予想、あるいは期待は必ずしも充たされない。
 かと言って、裏切られるわけでもない。
 ことは、もう少し複雑だ。この複雑さをていねいに解きほぐす過程が、読みどころである。その面白さは、凡百のリーガル・サスペンスをしのぐ。なお、本書はジョン・トラヴォルタ主演で映画化された。

□ジョナサン・ハー(雨沢泰訳)『シビル・アクション -ある水道汚染訴訟(上・下)』(新潮文庫、2000)
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【本】『縛り首の丘』 ~スペイン怪異譚~

2013年03月28日 | 小説・戯曲
   

 本書は、『大官(マンダリン)を殺せ』及び『縛り首の丘』の二つの短編を収録する。
 『縛り首の丘』の主人公は、カスティリアの若き騎士ドン・ルイ・デ・カルデーナス卿である。

 エンリケ4世治下の1474年、叔父からセゴビアの屋敷を相続した。信仰厚いドン・ルイは、毎朝夕ピラール聖母教会に参詣する。ほどなく教会で一人の女性を見そめた。ドン・アロンソ・デ・ラーラ卿の奥方リオノールの君であった。
 気を引こうと試みるが、返ってくるのは無垢な、というより無関心な視線のみ。ドン・ルイは、希望なきことを悟って身をひく。
 しかし、彼の情熱は嫉妬深い夫の注意を引いた。ドン・アロンソは妻とともに田舎の別荘へ移り、厳重に防備したが、憎悪と猜疑に心はなぐさまなかった。ある日、妻に強要して一通の書状をしたためさせる。愛の告白と密会の手配を告げたものである。リオノールの君は夫の詭計に気づき、同時に、自分に熱い視線を送っていた若者を記憶の底から掬い上げる。彼女は、若者のために聖母に祈った。
 ドン・ルイは宵闇の訪れとともに出発した。月明りの道は縛り首の丘を通る。丘で呼びとめる声がした。声の主は、丸太から吊り下がっている死体であった。別荘まで供をした死体は、ドン・アロンソの一撃を受ける。ドン・ルイの身代わりとなったのだ。
 翌日、ドン・アロンソは、ドン・ルイが健在で、自分の短剣は死体の胸に突き刺さっていることを知る。畏怖の余りしだいに衰弱していったドン・アロンソは、聖ヨハネの日の明け方、石のバルコニーの下でついに息絶えた。
 ドン・ルイとリオノールの君は華燭の典をあげた・・・・。

 要約すればかくのごときストーリーだが、じつのところ、要約しては妙味が洩れてしまう。
 細部の味つけが抜群なのだ。
 嫉妬に狂うドン・アロンソの奇矯な行動は、ドン・ルイ暗殺(未遂)の伏線となって説得力がある。
 しばり首の丘の不気味な情景のていねいな描写は、読者を気づかぬまにすんなりと幻想へ入りこませるし、ひとたび幻想のうちに入りこめば、動く死体になんら奇異の念を抱かせない。聖母への祈りが間奏曲のようにくりかえし挿入されて、宗教とは縁のない読者にも、だんだんと奇蹟を受容できる素地をつくっていく。
 神は細部に宿りたまう。
 幻想小説も細部に宿る。

□エッサ・デ・ケイロース(彌永史郎訳)『縛り首の丘』(白水uブックス、2000)
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【本】『少年キム』 ~異文化に暮らすという冒険~

2013年03月27日 | 小説・戯曲
   

 ときは19世紀末、英国人の孤児キム少年(13歳)は、生来の身軽さと才知、たっしゃな現地語を駆使してインド社会の底辺をしぶとく生きぬいてきた。亡父ゆかりの英国連隊に拾われて英才教育をほどこされ、密偵となった。英露、そして英領インドと国境を接する藩侯諸国との激しい諜報合戦に加わる・・・・。

 北インドを舞台とする冒険活劇は、時代が時代だけに、おおらかだ。せわしない21世紀に生きる、こせこせした人には悠長な筆の運びに見えるかもしれない。
 しかし、世知辛い世の中だからこそ、一夜、悠然たる物語に身をまかせてよい人には、濃密な時間をすごすことができる。
 すくなくとも、第一次世界大戦前の英国を舞台とするスパイ小説、ジョン・バカン『三十九階段』や、同じ主人公が欧州を駆けめぐる冒険小説『緑のマント』を愛する人は、きっと楽しめる。

 本書の冒険は、単に諜報にとどまらない。
 キムが出会うインド社会各層の人々、世相が生き生きと活写されていて、興味深い。英国人が異文化のなかに分け入る。これもまた冒険といえる。
 しかも、英国の手先であるアフガン系馬商人、伝説の聖なる河を探索するラマ僧、曖昧宿の女たちなど、登場人物は各自固有の運命をもっているかのように動いている。
 柔軟に目の前の現実を受け入れていくキムに対して、頑迷固陋な連隊付神父も登場する。英国人は一律ではないのだ。
 他方、キムが出会うのは生き馬の目をぬく人々ばかりではなく、ラマの学僧はキムを我が子のように慈しむ。学僧は、東洋的な寛容とでもいうべき深い心の持ち主であった。インド人も一律ではないのだ。

 著者は、インドのムンバイ生まれ、英国人初のノーベル賞文学賞受賞作家。原著は1901年刊。
 本書は、著者の最高傑作と称される。評者としては、子どもの頃になじんだ『ジャングル・ブック』 のほうが好みだが、灼熱の土地に生きる人々とその混沌たる文化への共感は、本書のほうに色濃くあらわれている。

□ラドヤード・キプリング(斎藤兆史訳)『少年キム』(晶文社、1997。後に、ちくま文庫、2010.3)
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【本】『ロスト・ケア』 ~介護問題に正面から取り組んだミステリー~

2013年03月26日 | 小説・戯曲
   

 (1)第16回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。

 (2)掛け値なしの傑作。脱帽ものです。【綾辻行人】
 デリケートな問題を扱う公正さに簡単。【近藤史恵】
 構成の見事さにうまく騙された。【今野敏】
 作者の批評精神が素晴らしい。【藤田宜永】
 少子高齢化、介護問題、長期介護による金銭的・精神的負担、介護疲れ殺人・・・・そんな高齢化社会を描ききったミステリー。さまざまな立場とその背景、その信念や論理をていねいに描く群像劇。主人公的位置づけの大友秀樹・検事の性善説も佐久間功一郎・「フォレスト」営業部長の性悪説も相対化され、特定の誰かに収斂させることなく、現代社会の構造的な問題を立体的に浮かび上がらせ、読者各自に考えさせることに成功している。【千街昌之「介護の理想と現実の間で謎を追う」(「週間朝日」2013年3月29日号)】

 (3)介護をめぐる問題をたんねんに調べてある。
 21世紀に急増する要介護者、不足する介護の人手。
 2000年に創設された介護保険制度に内在する問題・・・・報酬改定という名のサービス切り下げ、など。
 介護における格差・・・・富裕層対応の介護ビジネス。
 介護ビジネスにおける不正・・・・過剰請求、など。
 家族による介護の現実・・・・認知症の家族と長期間向かい合う介護者の過労、アンビバレンツな感情。
 介護事業の現場・・・・劣悪な労働条件。
 これらのほか、オレオレ詐欺の巧妙化、原発事故などの社会問題も取り込んでいる。ただし、その分、焦点がボケるきらいがある。

 (4)本書が大きく紙数を割く大手の介護事業者「フォレスト」は、九州から全国へ事業展開した出自、厚生労働省による処分といった点からして、グッドウィル・グループに発する株式会社コムスンをモデルとしていると思われる。

 (5)究極のケアが殺人という発想は不気味だ。老婆に斧をふりかざすラスコーリニコフが不気味であると同じように。
 他人の生死の与奪権を勝手に握る権利は、誰にもない。癌などに苦しむ患者の自殺を幇助する行為に対してさえ異論が多い。パターナリズムの負の側面だ。
 とはいえ、無意識的手落ち、意識的手抜きが目につく今日の介護、事業としての介護を思うと、この小説における解決法が妙にリアルに迫ってくる。

□葉真中顕『ロスト・ケア』(光文社、2013.2)
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【原発】福島で衰えゆく生態系サービス ~いかに回復させるか~

2013年03月25日 | 震災・原発事故
 (1)「ミレニアム生態系評価」報告書【注1】に代表的な生態系サービス【注2】が24項目列挙されている。

 (2)福島第一原発事故は、(1)の24項目にどんな変化を与えたか。
 全体の6割が明らかにサービス低下した。①、②、③、④、⑤、⑥、⑧、⑪、⑫、⑰、⑲、⑳②~⑳④。
 他方、サービス向上はゼロだった。
 むろん、福島県全域でこのような低下が一様に起きているわけではない。また、サービス低下と断じた項目も、場所によって低下の度合いがかなり違う。
 帰還困難区域、居住制限区域、避難指示区域では、あらゆる生態系サービスを受け取れない状態が続いている。
 その外側に、居住制限こそかかっていないものの、海、農地、森が汚染され、地元産の魚、野菜、獣肉、山菜などが出荷も消費もできない地域がある。ここでは①~⑪に属する供給サービスの劣化がひどい。
 さらにその外縁に、被曝の最小化を望む住民たちが不安にかられて離脱した跡地が広がる。【注1】(a)と(b)は受けられるにしても、森林浴を楽しんで精神的な癒やしを得るといった(c)は損なわれたまま、と映っていることだろう。その範囲は、県境をあっさり突破している。

 (3)原発災害からの回復をめざすとき、放射能汚染によって断ち切られてしまったこれらの生態系サービスを少しでも取り戻さないことには始まらない。
 野生動物に関わりの深い⑤、ことにイノシシに焦点をあてて修復の道筋を考えてみる。
 放射能には物理的な半減期があって、全体量は時間の経過とともに減少しているはずだが、一部の生物では核種の崩壊ベースを上回る勢いで吸収が進み、体内の放射能濃度がむしろ増大している個体も見つかっている。その代表格がイノシシなのだ。
 今年2月20日、南相馬市で捕獲されたイノシシから、他の調査対象種(狩猟鳥獣8種)を含めても過去最高値の56,000Bq/kgの放射性セシウムが検出された。
 仮にこのイノシシ肉を300g、ぼたん鍋や焼き肉にして食べたとすると、16,800Bqを経口摂取するいことになり、大人の場合、だいたい0.2から0.3mSvを被曝する勘定だ。年に4~5回食べたら、国際放射線防護委員会が勧告する講習の年間線量限度(1mSv)に達してしまう。
 こんな状態では、事故前のような「供給サービス」の復旧は遠い。それがハンターたちの狩猟意欲減退に直結しているのだが、このことが今後二次的に【注1】(b)の一層の低下を誘発する可能性がある。
 狩猟は食料調達の手段であり、かつ、野生動物たちの数を抑え込んで山に追い上げて里への侵入を防ぐ役割を担っている。そのパワーが弱まれば、農地は野生動物の襲撃を受けやすくなり、地元で培われてきた狩猟技術や文化が失われてしまいかねない。
 一部のサービスが停止すると、連鎖的に他のサービスも滞ってしまうわけだ。

 (4)「ワイルドライフ・マネジメント(野生動物保護管理)」という技術を福島に適用することで、生態系サービス低下の連鎖を食い止めるべきだ。
 相手動物の群の健康を保ちつつ、食害の規模を住民が受忍可能な範囲内に止めおくことを目標とし、相手動物の個体数と分布範囲をいつも最適レベルに維持するため、捕獲圧力をこまめに調整するのだ。
 体内に放射能を帯びたイノシシの群をコントロールすることが、生態系サービス低下の連鎖をくい止める一つの答になる。(a)個体数を今以上に増やさない。(b)分布域を広げない。・・・・の2点が管理目標となるだろう。
 生態学的モニタリングにせよ、実際の捕獲作業にせよ、従業者を守るため放射線被曝管理が欠かせない。従事者に、「プロの行政ハンター」として公務員なみの身分を保障するなど、新たな仕組みづくりが必要だ。
 捕獲したイノシシの処理も課題となる。福島県内で捕獲した野生イノシシの放射能濃度別割合は、100Bq/kg未満が11.1%、100~500Bq/kgが39.9%、500Bq/kg以上が49.0%だ(2012年3月~2013年2月)。

 【注1】2001年から2005年にかけて世界95ヵ国の研究者1,360人が協力し合って実施した地球規模の生態系に関する環境アセスメント。代表的な生態系サービス24項目は次のとおり。
 (a)供給・・・・①作物、②家畜、③漁獲、④栽培漁業、⑤山菜・木の実・狩猟肉、⑥材木、⑦綿・麻・絹、街薪炭、⑨遺伝資源、⑩生物化学製品・自然薬・医薬品、⑪水
(b)調整・・・・⑫きれいな空気の調整、⑬地球レベルの気象の調整,、⑭地域レベルの気象の調整,、⑮水の調整、⑯浸食作用の調整、⑰水による浄化・分解、⑱疾病の調整、⑲害虫/害獣の調整、⑳授粉、⑳①自然災害の調整
 (c)文化・・・・⑳②精神的・宗教的価値、⑳③美の価値、⑳④休息の場・エコツーリズム

 【注2】生物多様性が人類の利益になる機能(サービス)。「エコロジカルサービス」。「生態系の公益的機能」。

□平田剛士(フリーランス記者)「「福島の幸」を取り戻すまで ~福島の森と海は今第5回~」(「週刊金曜日」2013年3月22日号)

 【参考】
【原発】福島の里に進出する野生鳥獣 ~崩れる生態系~
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【IT】ノンフィクションと電子書籍 ~日本版 Kindle Singles ~

2013年03月24日 | 社会
 (1)電子書籍が普及するには、文庫本の利便性を越える専用端末が出てこないと難しい。
 だが、書籍のデジタル化が進んでいくことは間違いない。
 国会図書館の蔵書970万冊の電子化が完成すれば、安価に、今では入手できなくなった良書を読むことができる。

 (2)2年ほど前から、「Amazon」では Kindle Singles というジャンルが拡がりつつある。ワンテーマのノンフィクション(一部フィクションも含まれる)で、5,000字から30,000字程度の短いものだ。タイムリーなテーマ、知っておきたい情報などが要領よくまとまっている。価格も99セントから5ドル程度で、手軽に買って読める価格設定だ。これが「Amazon」の主流になりつつある。

 (3)ノンフィクションが「冬の時代」と呼ばれて久しい。ノンフィクションを掲載する場である雑誌が相次いで休刊し、ノンフィクションを志す若手はおろか、中堅、ベテランのノンフィクション・ライターでさえ発表の場を確保することに苦労している。
  
 (4)昨年の暮れ、 Kindle Singles の日本版をやることにした。ノンフィクションに特化して、 e- ノンフィクションと命名し、電子書籍販売サイト「eBook Japan」と」組んでやるのだ。
 「eBook Japan」は、小学館にいた鈴木雄介がそこを飛び出して始めた。今ではマンガ配信では世界最大規模を誇っている。
 その「eBook Japan」の中に、「元木昌彦のジャーナリズムの現場から(略称<ジャナ現>)のコーナーを開設し、ノンフィクションを発表する場として提供するのだ。
 いま、佐野眞一、田原総一朗、小出裕章ほかと、どういうコンテンツにするかを打ち合わせている。

□元木昌彦(元「週刊現代」編集長)「「eBook Japan」でノンフィクションを発表する場を ~ギャンブル親父の業界地獄耳vol.12~」(「週刊金曜日」2013年3月15日号)
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【原発】福島の里に進出する野生鳥獣 ~崩れる生態系~

2013年03月23日 | 震災・原発事故
 (1)「計画的非難区域」の集落は無人だ。そして、農地は地面が見えないほど雑草が生い茂る。わずか2シーズン耕作されかっただけで、農地の姿を保てなくなったのだ

 (2)人の抑圧を解かれたのは、田畑の雑草だけではない。野生動物に対する抑止力も大きく低下した。
 福島県内の狩猟者登録証交付数は、福島第一原発事故を境に、31%も減少した。その結果、県内の主要な狩猟対象獣であるイノシシの捕獲数は、2010年度の3,736頭に対し、2011年度は3.038頭と18%落ち込んだ。
 事故原発を擁する浜通り(福島県東部)の狩猟家は避難生活を余儀なくされ、その多くが登録を見送った(推定)。仮設住宅では「銃ロッカー」などの設備を調えるのが難しいし、生活再建に負われて狩猟意欲を失ってしまった人が少なくない。その事情は、中通り(中部)や会津(西部)の狩猟家も同じだ。
 こうした事情以上に「狩猟離れ」を促進した原因は、肝心の獲物が放射能にひどく汚染され、捕獲しても肉を食べたり販売したりできなくなってしまったことだ。
 政府の原子力災害対策本部による野生鳥獣肉の出荷制限は、2011年11月9日に始まり、対象範囲が拡大し続け、2013年2月18日現在、イノシシ(浜通り、中通り)、ツキノワグマ(中通り、会津)、キジ・ヤマドリ・カルガモ・ノウサギ(県内全域)の肉が出荷制限されている。解除のめどは立っていない。
 県も、狩猟鳥獣の自家消費の自粛を要請している。
 こうした状況下では、狩猟意欲は削がれる、当然。

 (3)手つかずになった田畑には、野生動物も進入してくる。
 <例>イノシシは、耕作放棄地に真っ先に生え出すススキやクズなどの植物が大好物だ。
 こうした場所は、動物の新たな繁殖場、隠れ場となって、個体数の増加を助ける。
 原発事故は、人と野生動物との勢力関係を大きく変化させてしまった。

 (4)(3)の事態は、地域にどんな影響を及ぼすか。
 除染し、営農を再開しても、野生鳥獣の集中攻撃を受ける可能性が高い。
 原発事故前まで、福島の農地では年間1億数千万円の鳥獣被害が報告されていた。県内農家にとっての最強の敵はイノシシで、例年5,000万円前後の損害が出ていた。
 ただし、全国的にみれば1県当たりの鳥獣被害額は比較的小さい。つまり、福島では、これまで野生動物からの攻撃を比較的うまくかわすことができていた。
 さらに、2009年には、従来阿武隈川以東に限られていたイノシシ分布域が西方に広がる兆しが見つかったため、「県イノシシ保護管理計画」を策定して個体数を増加させない(同川以東)現状以上に拡大させない(同川以西、農業被害を現状以上に拡大させない(全域)といった目標を掲げて捕獲圧力をよりきめ細かくコントロールしようと努めてきた。
 県は、外にクマ、サル、カワウの保護管理計画も立てている。

 (5)(4)の管理計画は、捕獲従事者(地元狩猟者)の存在が不可欠だ。
 その抑止力がなくなり、東北の伝統的な社会構造の崩壊の構図が目の前に現れてきた。狩猟者の人口減少と高齢化によって、動物を山へ追い上げる力が弱まった。近年の、里地へのクマやサル、シカなどの大量出没がその証拠。野生動物と緊張感を保ちながら持続的に何百年も共存し続けてきたが、原発事故によってこの構図が根本的に壊された。これから始まろうとしているのは、負の連鎖だ。農地に手が入らなくなり、動植物の進入を許し、それを抑止する力が弱まり、共存のバランスがとめどもなく崩れていく。【田口洋美・東北芸術工科大学東北文化研究センター長】
 農業の再興はいっそう困難になる。

 (6)「警戒区域」に指定された双葉郡富岡町では、人気のない歩道を大型の獣が往来している。町内の飼育場から逃げ出したイノブタだ。イノブタは、今後、在来イノシシとの交雑も行う可能性がある。
 これまでの野生動物行政とは、まったく違うレベルの対応が求められている。【酒井浩・福島県生活環境部自然保護課野生生物担当主幹】

□平田剛士(フリーランス記者)「里が山に飲み込まれる ~福島の森と海は今第4回~」(「週刊金曜日」2013年3月15日号)
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【映画】理念に憑かれた男 ~『アギーレ/神の怒り』

2013年03月22日 | □映画
   

 ヴェルナー・ヘルツォーク監督、クラウス・キンスキー主演。
 タイム誌が選ぶ歴代映画ベスト100(2005年選出)。

 1560年、キトを立ったゴンサロ・ピサロ指揮下の征服者たちが、アンデス山脈最後の峠を越えようとしていた。彼らは、先住民が語る伝説の都市、エル・ドラドを発見しようと、アマゾンの奥地に向かっていた。
 苛酷な自然に阻まれ、前進できなくなった。ピサロは40人の先遣隊を選び出し、その副隊長にドン・ロペ・デ・アギーレを任命した。
 分遣隊は、3艘の筏で川を下るが、先住民の攻撃に1艘の兵士が全滅。残り2艘は夜のうちに水嵩が増した川に流された。ここでアギーレは暴走を始める。彼は、退却を命じた隊長に謀反し、隊長に従う兵士を射殺。フェリペ2世王の廃位を宣言し、隊員のうち高位のものをエル・ドラド皇帝に就けた。傀儡政権だ。
 川の流れは遅々たるものになり、食料は底をついた。先住民の攻撃によって隊員が次々に斃れていく。15歳の娘フローラの胸にも矢が。
 唯一人生き残ったアギーレは、あたりを睥睨しながら、「俺こそ怒れる神だ!」・・・・。

 理念に憑かれた男の末路だ。
 世には数多くのアギーレがいたし、今もいる。これからも。

□『アギーレ/神の怒り』(独、1972)
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【本】決断するペシミストの逸話 ~後藤田正晴~

2013年03月21日 | ノンフィクション
   

 後藤田正晴は老いてなお頭脳明晰にして決断力があり、責任をとることを恐れない人だった。戦前、応召し、同期の3分の1は還らなかった。この国がふたたび戦さを起こす羽目に陥らないようにすることを自分の使命としていたらしい【注】。
 ひとは「カミソリ後藤田」と恐れたが、身近にあって鍛えられた者には別の側面も見せていた。従僕に英雄なし。 

 後藤田正晴は、頭がよい人だったが、しばしばど忘れした。
 ある日、佐々敦行が出かけている出先に、
「すぐ電話せよ」
という後藤田指示が伝わってきた。折り返し返電すると、
「あれ、何ていった? あの長ァーいことやっていた奴よ」
「はあ?」
「君、アメリカに行って会っただろう。なんとかいう奴だ、名前が思い出せない」
「もしかしてFBIのフーバー長官のことですか?」
「おお、それよ、それ。ありゃフーバー大統領の親戚か?」
「ちがうと思います。ところで用件は?」
「もうすんだ。そうだ、フーバーだよ」

 警察庁長官時代、退室する刑事局捜査第一課長とすれ違いに長官室に入るや、いきなり佐々淳行に訊いた。
「いまの、オイ、君、誰じゃった?」
「いまの、って、捜査一課長じゃないですか。刑事局の筆頭課長なのに“誰じゃった?”はないでしょう」
 「そんなことはわかっとる。名前をきいとるんじゃ、名前を。ど忘れしてしもうた」
 ど忘れは瞬間的にうつる。佐々も「宮地直邦」という姓名がすぐ出てこない。
 佐々は慌ててドアの外にいる女性秘書に訊いた。
「いま、出ていたの、誰だっけ?」
「捜査一課長さんですよ」
「それはわかっている。名前は?」
 ど忘れは伝染する。
「えーと、お名前は・・・・あら、ど忘れだわ」

 【注】
【読書余滴】後藤田正晴回顧録(1) ~行政改革~
【読書余滴】後藤田正晴回顧録(2) ~震災復興と危機管理~
【読書余滴】後藤田正晴回顧録(3) ~政治家の質疑応答能力~

□佐々淳行『わが上司 後藤田正晴 ~決断するペシミスト~』(文春文庫、2002)
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【本】『日本赤軍とのわが「七年戦争」』 ~日野原重明とハイジャック~

2013年03月20日 | ノンフィクション
   

 本書のハードカバーは2010年11月に刊行された。佐々淳行は1930年12月11日生まれだから、当時、近く満80歳の誕生日を迎えようとしていたころだ。どうやら、生涯現役の「危機管理マン」を貫くらしい。
 その彼が、本書で、畏敬をこめて生涯現役ドクターの逸話を語っている。

   *

 日野原重明・聖路加国際病院理事長は、100歳を超えてなお現役医師として名高い。
 58歳の時、当時は同病院内科医長だったが、「よど号事件」の人質になった。福岡市で開催される日本内科医学会に出席するため搭乗していたのだ。
 彼がパステルナーク『ドクトル・ジバゴ』を読み耽っていたら、赤軍派の一人がアジ演説を始めた。
「我々は・・・・この日航機をハイジャックした、うんぬん」
 定番の長い長い演説を終えると、犯人は「何か質問は?」と131人の乗客に訊いた。
 すると乗客の一人が、
「ハイジャックって何ですか? 何語でスペルは?」
と尋ねた。
 当時、まだハイジャックは日本語になっていなかった。警視庁の警備無線の第一声も「乗っ取り事件」だった。
 犯人は答に窮し、黙り込んだ。
 そこで、日野原医師が、
「君は学生だろ? ハイジャックやるなら、その意味やスペルぐらい勉強しておきなさい。それは英語で、昔英国で起きた馬車を狙った路上強盗のことだよ。スペルは、H、I、J、A、C、K」
と講義した。
 犯人は、「どうもすみません」と頭を下げた。

□佐々淳行『日本赤軍とのわが「七年戦争」 ~ザ・ハイジャック~』(文春文庫、2013.3)
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【TPP】国家主権の放棄 ~国民の知らないところで~

2013年03月19日 | 社会
 (1)TPPへの参加は、総合的に見ると日本の国益を大きく害する。TPPによるメリットはほとんどない。
  (a)TPP参加による主たる市場は米国だが、日本の対米輸出は過去15年間ほぼ横ばいだ。さらに、米国の関税は2~3%にすぎず、撤廃は輸出にほとんど影響しない。
  (b)2010年の日本の対米輸出は全体の15.3%だ。他方、中国・香港・台湾・韓国の比率は38.8%だ。貿易によって日本経済を浮揚させるのであれば、まずは東アジアに注目すべきだ。これらの地域がTPPに参加することはほぼない。
  (c)欧州、BRICKなど、他の地域に関してもTPPとは無関係の地域だ。

 (2)TPPは、関税引き下げなどの単なる自由貿易の推進にとどまらない。社会の根本的変革を招く。
 TPP問題は農業という印象が作られている。しかし、TPPは農業だけが対象ではない。サービス(金融)、労働、環境、政府調達、権益などの経済活動のほぼ全域に影響が出る。最も深刻なのは医療だ。TPP参加によって国民健康保険が実質的に崩壊することが懸念される。
 むろん、TPP参加であからさまに国民健康保険制度が消滅するというのではなく、実質的に機能しなくなっていく、ということだ。その流れを予測すすると、
  (a)現在でも、米国は官民あげて日本の医療改革を激しく要求している。それは、2012年の日米財界人会議などで明確になっている。
  (b)TPP参加の下においては、この米国側の要求がいちだんと「正当性」を持つ。
  (c)日本の経済界・政界・官界などで国民健康保険を実質的に崩壊させていく改革への動きが強くなる。
  (d)最終的にはISD条項の形で要求を担保する。

 (3)(2)-(a)の日米財界人会議は、昨年11月8日、都内開催された。
 ここで、「日本がTPP交渉に参加することを強く支持する」とした共同声明を採択した。
 米側議長は、レイク・「アフラック」日本代表だった。「アフラック」は、生命・医療保険会社である。ここにこそ、米国がTPPで何を目指しているかがもっとも明確にあらわれている。
 というのも、国民健康保険が機能しなくなることによって、日本の多くの人は民間の医療保険に入らざるを得なくなるからだ。
 TPPの旗振り役の陣頭に、米国の保険業界が立っていることは象徴的だ。ちなみに、2008年の「アフラック」の収益は166億ドルで、うち70%が日本からのものだ。

 (4)こうした動向に対し、日本医師会や日本歯科医師会は医療をTPPの対象とすることには強く反対している。しかし、国民にはほとんど伝わっていない。
 日本医師会は、従来から「日本医師会としても、米国が公的医療保険そのものの廃止を要求してこないことは想定済みである。株式会社の参入を要求したり、・・・・薬価決定プロセスに干渉したりすることを通じて、公的医療保険制度を揺るがすことが問題である」としている。
 さらに、次のような立場を表明してきた。すなわち、総論的に公的医療保険を俎上に上げないとしても、金融サービスで公的医療保険に対する民間保険の参入、投資分野で株式会社の参入、知的財産分野で薬価や医療技術等が対象にならない保証はない。個別分野の規制改革が、蟻の一穴になるおそれがあることから、全体的にTPPを否定する必要がある・・・・。
 米国は、高額医療で進出してくる。そして、「米国が参加・経営する病院は高額医療である。低額医療は国民健康保険の対象になっているが、高額医療はその対象になっていない。これは不平等である」と主張するだろう。
 最悪のケースは、ISD条項に米国企業が訴えるケースが想定される。ISD条項では、「投資家の期待利益」が国家主権にも優先するのだ。TPP参加は、国家主権の喪失を意味する。
 日本は、ほんとうにそれでいいのか。

□孫崎亨(元防衛大学教授)「国家主権を投げ捨てる安部政権」(「世界」2013年4月号)

 【参考】
【TPP】条件闘争は不可、途中下車も不可 ~韓米FTA~
【TPP】1%の1%による1%のための協定 ~医療・食の安全~
【TPP】安部首相の二枚舌 ~信じがたい事態~
【TPP】医療制度崩壊を招くTPP参加
【TPP】その先にあるFTAAP ~国家ビジョンの不在~
【TPP】米国製薬会社の要求 ~日本医療制度の営利化~
【TPP】蚕食される医療保険制度 ~審査業務という盲点~
【経済】TPP>米韓FTAの「毒素条項」 ~情報を隠す政府~
【経済】TPPは寿命を縮める ~医療と食の安全~
【経済】中野剛志の、経産省は「経済安全保障省」たるべし ~TPP~
【経済】中野剛志『TPP亡国論』
【震災】原発>TPP亡者たちよ、今の日本に必要なのは放射能対策だ
【経済】TPPをめぐる構図は「輸出産業」対「広い分野の損失」
【経済】TPPで崩壊するのは製造業 ~政府の情報隠蔽~
【経済】中国がTPPに参加しない理由 ~ISD条項~
【社会保障】TPP参加で確実に生じる医療格差
【社会保障】「貧困大国アメリカ」の医療 ~自己破産原因の5割強が医療費~
【経済】TPPとウォール街デモとの関係 ~『貧困大国アメリカ』の著者は語る~
【経済】TPP賛成論vs.反対論 ~恐るべきISD条項~
【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~
【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~
【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判
【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~
【震災】復興利権を狙う米国
【読書余滴】谷口誠の、米国のTPP戦略 ~その対抗策としての「東アジア共同体」構築~
【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済再生の方向づけ ~外資・外国人労働力・TPP・法人税減税~
【読書余滴】野口悠紀雄の、中国抜きのTPPは輸出産業にも問題 ~「超」整理日記No.541~
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【原発】動燃の裏工作部隊 ~「洗脳」と「カネ」~

2013年03月18日 | 震災・原発事故
 (1)動燃は、ウラン残土撤去を主張する東郷町(現・湯梨浜町)方面地区の住民に対して、「工作」を仕掛けた【注】。
 動燃の「工作」は、これだけではない。

 (2)1991年、岡山県の動燃・人形峠事業所(現・人形峠環境技術センター)に「回収ウラン」構想が持ち上がった。「回収ウラン」は、核燃料サイクルの一環で、原発から出た使用済み核燃料から再利用可能なウランを取り出したもの。動燃は、「回収ウラン」を茨城県東海村から人形峠事業所へ運び込み、再濃縮して核燃料に加工する試験を計画した。
 ところが、「回収ウラン」には微量のプルトニウムが含まれることなどから、市民グループが反発。岡山県内で大々的に「回収ウラン100万人反対署名運動」を展開した。岡山県内の市町村議会でも、これに賛同の声が上がり、動燃は窮地に立った。

 (3)動燃は、署名運動に対抗せんと、回収ウラン事業の実現のために世論を形成すべく、特命チームを組織し、「工作」を託した。「西村ファイル」の資料の一つ「K機関特務隊のアクションプログラム 第1案」(1992年2月19日付けの手書きのA4用紙3枚)には、次のような文言がみられる。ちなみ、作成者は本社核燃料サイクル技術開発部の幹部(当時)だ。
 <K機関で確保しているタレントとの会談を企画し、洗脳する>
 <財界ラインの利用 笹川系ドン「○○氏(原文は実名)」を動かす>
 <3月中に本社作戦、津山拠点の確保を終了 (中略)津山圏は水面下でゲリラ戦とする>

 (4)(3)の「第1案」の5日後、2月25日付けで、本社総務部は、「人形峠事業所業務の円滑な推進を支援するための特命チームの設置について」なる文書を作成した。
  (a)チーム設置は、「第1案」が全面的に採用された(ただし、特命チーム名は「Kチーム」と変えられた)。
  (b)反対運動への敵意を示す。“よそ者嫌い”の地域性を利用し、反対運動の全国への拡大を阻止する作戦を高らかにうたう。
  (c)Kチームは、トップに理事長、実働部隊のトップ「本部キャップ」は当時の総務部次長、その下に各部署から集めた2班計12人が就いた。
  (d)Kチームの身分は、当時存在していなかった「岡山連絡事務所」の所長、特任主管、特任主査などの名称を使うこととされた。
  (e)動燃は、予算を数千万円程度必要と予想し、簿外処理の裏ガネを用意することとした。

 (5)Kチームはどんな「工作」を企画したか。
  (a)青年会議所ラインを利用してタレントと会談し、あるいは会食し、「洗脳」する。
  (b)竹村健一、石原慎太郎にアプローチする。
  (c)動燃と関係が深い大手ゼネコンに「協力隊」提供を求める。
  (d)<78市町村への試験内容説明と反対派主張の論理矛盾説明>
  (e)<各議会自民系オピニオンリーダーへの理解促進策>
  (f)<大手60社支店長への協力要請(於岡山)>
  (g)<岡山に支店を持つ動燃の取引会社へ協力依頼>

 (6)工作にはテクニックが必要だ。
 地元紙などに一般市民を装って「やらせ投書」を行うにあたり、詳細な「投稿マニュアル」まで作成した。そして、各部署に投書の「ノルマ」を課し、催促も行った。
 動燃は、「やらせ投書」のような工作に弱かったが、ノウハウのある電力会社などから、こうした手法を学んで実施した。

 (7)「やらせ」程度は序の口で、地元へカネをばらまいた。
  (a)地元の有力者(津山商工会議所副会頭)を会長に据えた動燃支援団体(「動燃安全連絡協議会」)を設置し、計1,000万円を流し込んだ。
  (b)「村営会社」を通じて、地元の上斎村へ実質的な利益供与を行った。・・・・今も動燃・人形峠事業所(現・人形峠環境技術センター)に隣接して事務所をかまえる「人形峠原子力産業株式会社」は、事業所の警備や周辺整備、公用車の管理運営などを行う動燃の下請け会社だ。1978年に地元・上斎村(現・鏡野町)が出資して設立した第三セクターで、歴代社長には上斎村長が、役員には地元自治会の区長ら有力者が就いている。社員は100人ほど。給料は役場の職員くらい。役員報酬は月20万~30万円(かつてはもっと高かった)。

 【注】「【原発】動燃による反対派つぶし「工作」の記録 ~「西村ファイル」~

□今西憲之+本誌取材班「動燃裏工作部隊 「K機関」の「洗脳」と「カネ」」(「週刊朝日」2013年3月22日号)
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