語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

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【読書余滴】野口悠紀雄の、新興国バブル ~「超」整理日記No.539~

2010年11月30日 | ●野口悠紀雄
(1)QE2
 リーマンショック直後、米国連邦準備制度理事会(FRB)は金融市場の流動性危機に対応して大量の資金供給を行った(QE1)。
 10年11月初め、FRBは第二段の量的緩和(QE2)に踏み切った。2011年6月までの米国国債6千億ドル(約49兆円)を買い上げる措置だ。
 QE2の措置は、米国の失業率が目立って低下しないからだ(10年10月で9.6%)。他方で、消費者物価上昇率が低下しているので、インフレを起こす可能性は低い、と判断された。

(2)新興国のバブル
 この金融緩和によって、米国から新興国へ資金移動が生じた。
 それによって、新興国でバブルが惹起し、各国の株価が上昇している。特に新興国で時価総額増大が顕著だ。インドネシア、フィリピンでは、昨年末から5割増となった。中国では不動産価格のバブルが起きている。
 金価格、原油先物、非鉄金属、農産物も値上がりしている。
 日経平均株価が9,000円弱(9月初め)から9,800円(11月中旬)に上昇したのも、この過程の一環だろう。バブルである可能性が高い。
 米国企業の利益は伸びているから、米国の株価はバブルとは言えない。
 米国国内では、金利が低下しても投資は増えない。資金が流出し、銀行貸出しや住宅購入が増えないからだ。失業率低下という目標が達成できるか、大いに疑問だ。

(3)ドルキャリー
 国際間の資本移動が自由な現代の世界では、金融緩和しても国内の経済活動は活発化しない。利回りの高い国や商品を求めて資金が流出してしまうのである。
 金融危機前、日本の金融緩和は「円キャリー」を引き起こした。めぐりめぐって、米国の住宅価格のバブルを加速した。
 今生じているのは、「ドルキャリー」である。資金が新興国や金、原油に流入している。金融緩和がキャリー取引をもたらした点で、危機前に生じたことと本質的には同じだ。
 危機前と違うのは、中国が財政支出を増やし、人民元の増価を防ぐために介入している点だ。元安にはならないだろう。金利平価式が働けばドル高になって損失を被るはずのドルキャリーの投機性が薄れている。逆に、将来の元切り上げによって多額の利益が得られる可能性がある。
 危機前の円キャリーには、日本政府が介入したのだが、結局は経済危機によって円高が生じ、投機取引は巨額の損失を被った。
 現在のドルキャリーは、比較的安全だ。だから、大規模に起きる可能性がある。
 中国は、バブルをコントロールするべく金融を引き締めようとしている。投機的な住宅購入を規制している。しかし、引き締めて金利が上がれば、投機マネーの流入が増える。05年頃に米国が陥ったのと同じジレンマに直面している。

(4)世界的なマクロ不均衡
 米国からすれば、中国の介入で為替レートが歪んでいることが問題だ(米国はネットの輸入国なのでドル安は望ましくない。元安で中国の経常収支黒字が拡大することが問題だ)。
 中国からすれば、米国の金融緩和が投資資金の流入をもたらすから問題だ。
 日本では、ドル安が輸出産業の利益を減少させる、とされる。
 これは、世界的なマクロ不均衡である。
 02年以降のバブルは、世界的なマクロ不均衡を背景として生じた。これが崩壊して金融危機が起きた。それへの対処として欧米諸国が金融緩和したことが、新しいバブルを引き起こした。結局、不均衡は是正されなかった。

(5)バブル崩壊
 危機前には、欧米の金利が高く、日本の金利が低かったから、キャリー取引は日本から欧米に向かった。危機後、欧米の金利が低下したため、こうしたキャリー取引はもう起こらない。
 現在のキャリー取引は、先進国から新興国へ向かう。新興国では投資需要があるから、高金利国になる。だから、先進国が金融緩和すれば、金利差がさらに拡大し、不可避的にそこに資金が流入する。
 要するに、先進国でいくら金融緩和しても、資本移動を起こすだけだ。自国経済を活性化できない。新興国のバブルを増殖するだけに終わる。
 そして、バブルはいつか崩壊する。
 米国のバブルは、5年続いて崩壊した。
 中国のバブルも、いずれ崩壊するだろう。金融危機と同じようなハードランディングになる危険が大きい。世界経済が再び大混乱に陥る可能性は否定できない。

【参考】野口悠紀雄「QE2がもたらすのは新興国バブルだけ ~「超」整理日記No.539~」(「週刊ダイヤモンド」2010年12月4日号所収)
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【読書余滴】追悼、森澄雄の生涯と仕事

2010年11月29日 | 詩歌
 「俳句」2010年12月号は、森澄雄を特集する。
 森澄雄、1919年2月28日生、2010年8月18日没。

(1)思い出を語る
 金子兜太、眞鍋呉夫、辻井喬ら錚々たる俳人、作家、詩人、批評家たち7人が回顧している。
 冒頭に措かれた金子兜太「花眼」が、やはり冴えている。
 飯田龍太との比較が興味深い。以下、そのさわり。
 「私は飯田龍太の俳句と澄雄俳句は決定的にと言ってよいほど違っていると見ている。それは、龍太の句は、『集落共同体の内部の鋭敏な目が捉えた句』(川名大の評言)であるのに対し、その生まな直接性を排して、いわば「花眼」による表現操作をほしいままにした俳句。そのことは<生ま>を野暮と見ていた句作姿勢ということでもある」(引用者注:< >内は傍点)
 そして、そのことに二人とも気づいていたようだ、と付言する。

 中村稔は、「静謐なる孤心」で、中原中也や宮澤賢治たちの鑑賞を通じて鍛えた批評の冴えを見せる。
 彼は、このたび森の晩年の句集を丁寧に読みかえした、という。以下、その要旨。
 たとえば「花萬朶をみなごもこゑひそめをり」(第十句集『白小』)を引き、「私は森さんの作から詩心をそそられることが多い。それは森さんの句には、作品の奥にじつに豊穣な心情がひそんでいるためであり、措辞は的確、厳密で揺るぎなく、抒情の核心ともいうべきものがつかみとられて提示されていることに、私はいつも魅力を感じてきたのであった」と書く。
 あるいは「水仙のしづけさをいまおのれとす」(第十一句集『花問』)を引き、「いったい森さんの句は、写生のようにみえる句でも、花鳥風月を越えた人間性があり、つねに『私』が、また『人間』がくっきりと存在している。この性格が森さんを他の俳人と区別する最大の特徴ではないか、と私は考えている」と書く。
 「われもまた露けきものおひとつにて」(第十二句集『天日』)の無常観、哀感。「美しき落葉とならん願ひあり」(第十三句集『虚心』)の絶唱。「水澄むや天地にわれひとり立つ」(『虚心』)の気高く勁い孤心。その孤心は「生きてをり草蜉蝣のごとくあり」(第十四句集『深泉』)において、はかなさにたじろぐことなく向かい合う。そして、「けふ白露しづかに去るやつばくらめ」(第十五句集『蒼茫』)において、去るのははたして燕か、森澄雄自身か、作者はあきらかに重ね合わせている、と指摘する。
 引用される句はいずれも秀逸で、短評は適確だ。
 最後に「凩や胸に手を置く一日かな」(『蒼茫』)を引き、「この一日には森さんの生涯の日々が凝縮している。手を置いて、生涯をふりかえり、死を思っている。その心情に私はほとんど涙ぐまずにはいられない」と共感を示すのだ。

(2)森澄雄の俳句鑑賞 
 7人の俳人が鑑賞する。大峯あきら、友岡子郷、綾部仁喜、廣瀬直人、小島健、橋本榮治、今井聖、榎本好宏である。
 綾部仁喜「澄雄俳句の文体」に注目したい。以下、その要旨。
 
   さくら咲きあふれて海へ雄物川  森澄雄

 著名句だが、同時に森澄雄の文体の特徴を端的に示す代表句でもある。一句を上五で一度切り、中七は別個の内容の述部だけをやや浮いた表現で展開し、最後に下五の主部で全体を一気に統括して完成する手法である。
 この句をものした頃、森は造化ということを強く意識していた。ものの写実ではなく、ものをも包みこんだもっと大きな空間そのものを掴みとり、それを俳句に表現する。その結実がこの文体だった。
 この文体は、森の独創だったが、一面古典の踏跡でもあった。芭蕉の「象潟や雨に西施がねぶの花」の全体の構造は森と同様だが、中七の助詞づかいがいっそうダイナミックで、中七自体の浮き加減がさらに鮮やかだ。この表現は連句の短句的表現に通じるものがある。長句における短句的表現、ないし立句における付句的表現ともいうべき文体上の特徴だ。
 「田を植ゑて空も近江の水ぐもり」「三月や生毛生えたる甲斐の山」「浮寝していかなる白の冬鴎」・・・・森がこの文体にこだわっていた頃、俳壇では前衛俳句、造型俳句などの主張が燃え熾っていた。その中でひとりこの伝統的な文体の再生に努める森の姿は、まことに雄々しいものであった。

(3)森澄雄の200句
 精選された200句の中から、さらに敢えて選ぶなら次の10句だ。

   冬の日の海に没る音をきかんとす  第一句集『雪礫』
   年過ぎてしばらく水尾のごときもの  第二句集『花眼』
   雁の数渡りて空に水尾もなし     第三句集『浮鴎』
   白をもて一つ年とる浮鴎        同上
   炎天より僧ひとり乗り岐阜羽島    第四句集『鯉素』
   すぐ覚めし昼寝の夢に鯉の髭     同上
   よきこゑにささやきゐたる古女かな 第五句集『游方』
   われ亡くて山べのさくら咲きにけり  第八句集『所古』
   なれゆゑにこの世よかりし盆の花  第九句集『餘日』
   黒子にも雪のふるなり初芝居     第十一句集『花問』

(4)俳人38人による追悼句
 もっとも胸に響いたのは、次の一句だ。

   白芙蓉いまのいままで咲きをりしに  小田切輝雄

【参考】「追悼特集 森澄雄の生涯と仕事」(「俳句」2010年12月号所収)
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【読書余滴】ル・モンド・ディプロマティークの、日欧米を痛打した中国のレアアース戦略

2010年11月28日 | 社会
 世界のレアアース(希土類)需要は、年に10%以上の伸びを見せている。過去10年間で年間4万トンから12万トンに増えた。米国、日本、欧州の産業はもはやレアアースなしでは立ちゆかない。
 トヨタのハイブリッド車プリウスのバッテリーだけで、年間1万トンのレアアースが必要とされる。

 中国のレアアース保有量は、世界の埋蔵量の40~50%にとどまる。米国やオーストラリア、カナダ、カザフスタン、ヴェトナムなど多数の国にレアアース鉱脈がある。
 では、どうして、日本など世界各国は、この問題にこうも過敏になるのか。
 2010年現在、世界で年間12万5000トン採掘される希土類酸化物のうち、97%が中国産だからだ。

 バヤン・オボ(白雲鄂博)に莫大なレアアース鉱脈が発見された1927年から、60年代までの間は、中国はこの競争上の優位性にあまり関心を払わなかった。当時は、米国がレアアースの生産を牛耳っていた。
 中国政府は、小平の時代に長期戦略へと舵を切った。「863計画」(1986年)により、レアアース開発分野の恒久的支配をめざすようになった。
 1987年、「中国レアアースの父」徐光憲は、中国初のレアアース応用化学の研究機関を発足させた。1963年に設立された包頭希土研究院を強化する体制が整った。1978年から89年の間に、中国の生産量は年40%のペースで伸び、すでに退潮傾向にあった米国を抜いた。
 採掘が容易で埋蔵量も豊富な内モンゴルの鉱脈を擁する中国は、数年にわたって安値攻勢をかけ、次第に他国の生産者を追い詰めていった。彼らは比較優位の法則に従って「競争力の観点から」撤退を決め、中国に拠点を移すことで、自国のレアアース産業を放棄した。

 レアアース産業を維持する負担は、過去20年間に大きくなりすぎた。これも、(中国から見て)外国の競争相手が消え去った原因の一つだ。
 レアアースの分離と加工は、多大な資本を食ううえに、環境に有害だ。分離に必要な化学物質はきわめて汚染性が高く、放射性の廃棄物を残す。
 中国は、包頭の鉱山労働者の健康も近隣の自然環境も犠牲にすることで、あえて大量生産の道を選んだ。包頭鋼鉄の鉱山から黄河に流れ込む廃棄物は、今や途轍もない大問題となっている。労働者の発癌率は、まったく異常な水準だ。

 小平は、1970年代に、これら17種類の金属が「中国の石油」になると予見していた。消費国に対しては、供給国が優位に立つ。この力関係は、いずれ政治的に利用される可能性をはらむ。それを示したのが尖閣の事件である。

 中国は、レアアース輸出を過去7年間で40%も削減した。2010年7月には、下半期の輸出をさらに70%以上も減らし、昨年同期の約2万8千トンに対して8千トンに抑える、と予告している、
 こうした動きは、意図的な理由(政治的影響力を強める戦略、産業上の野心)と、想定外の理由(国内消費の増大)が絡み合ったものだ。WTO規則に抵触するおそれがあるし、諸国政府からの抗議を招き、世界各地で中国謀略論を引き起こしている。

 日欧米の産業界の懸念には、客観的な根拠もある。
 2010年8月以来、中国のレアメタル産業は、国営大手数社を中心に再編されつつある。再編は独占の強化をもたらす。市場に完全に君臨することになる。
 高度製品を作る外国メーカーは、材料製品を安定的に入手するためには、中国に生産地を移転するしか打つ手がなくなる。すでに多くの企業がそうしている。
 もっと悪い事態も想定される。中国政府は、独占時代を引き延ばすため、レアアース産業に多かれ少なかれ関連する外国企業の経営権を奪取するよう、国内企業に奨励しているらしい。
 2009年、中国投資(CIC)はカナダ鉱山大手テック・リソーシズの資本の17%を取得した。中国は、オーストラリアでも攻勢を仕掛け、ライナス・コーポレーションの経営権を握ろうとして、2009年末に同国政府の猛反発を食らった。にもかかわらず、同じ年に別の中国企業が、現地のレアアース生産企業、アラフラ・リソーシズの資本25%の取得している。
 米国の「休眠中」のレアアース鉱脈の筆頭、マウンテン・パスですら、あやうく中国の支配下に降りかけたことがある(2005年)。

 中国政府は、ここ数年来、全体戦略を精緻に組み立て、それをうまく実現してきた。
 半面、西側諸国のエネルギー自立政策は協調性を欠いていた。近視眼的な資本主義の論理と長期的戦略とは水と油の関係にあるのだ。

 米国は、1965年から85年まで、レアアース産業の一貫体制を築いていた。「基礎部門」が「高度部門」にレアアースを供給していた。前者はマウンテン・パスのカリフォルニアの鉱山など、後者はインディアナ州のマグネクエンチ社など。GM関連企業の同社では、今日すべての自動車に不可欠な、ネオジム・鉄・ホウ素からなる永久磁石を生産していた。ところが、昇龍の中国により、価格圧力が激しくなった。
 1995年、環境問題に直面していたマウンテン・パスは、ダンピングにあって、採算がとれなくなった。中国の2つの企業がマグネクエンチを買収した。それから5年後、従業員は解雇され、同社は文字通り解体されて、中国の天津へと移転した。
 ドイツや日本など他の諸国の企業も米国工場をたたみ、やはり中国に移転した。現在、レアアース産業は、米国からほぼ完全に消え去った。
 市場の「論理」が戦略ミスを招いたのだ。

 目下、米国はレアアースの話で持ちきりだ。というのも、1995年以降、中国が軍事的に台頭してきたからだ。
 精密誘導弾、レーザー、通信システム、レーダーシステム、航空電子工学、暗視装置、人工衛星など、使用分野はおびただしい数にのぼり、しかも増える一方だ。防衛産業の研究所で開発中の製法や素材には、必ずと言っていいほどレアアースが使われている。
 国防総省によれば、レアアース(特にランタン、セリウム、ユーロピウム、ガドリニウム)を使用する部品の中には、ここ数年不足しているものがあり、米国の軍事計画の一部に遅れが出ている。
 通信やステルスなどのブレークスルー技術と関わりの深い空軍は、早くも2003年に、ネオジムを用いた強力磁石への依存状態を懸念している。

 米軍にとって重要な24種類の兵器システムを対象に、国防総省主導で行われたレアアース依存度の「大検討」は、2010年9月末か10月初めに完了したらしい。しかし、これは遅きに失した。
 米国がレアアース産業全体を再興するには、最短でも15年はかかる。

 米国は、2011年にはマウンテン・パスの操業再開にこぎ着けるだろう。
 トヨタは、今やヴェトナムその他の国からレアアースを買い付けているし、日本の経済産業省はカザフスタンやカナダの鉱山に投資している。
 フランスのローディア社は、オーストラリアとの関係を深めている。
 しかし、こうした試みが実を結ぶためには、これらの国や民間企業が、長期投資を継続できることが必要だ。その保証はない。市場論理を離れ、戦略的で強力な積極的介入を行わないかぎり、米欧日の産業は、中国産品が圧倒的多数を占めるレアアースと基本部品に、ますます依存することになるだろう。

【参考】オリヴィエ・ザジェク(日本語版編集部・訳)「日欧米に痛打を見舞った中国のレアアース戦略」(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2010年11月号所収)
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【大岡昇平ノート】『野火』のレトリック、首句反復 ~英訳『野火』~

2010年11月27日 | ●大岡昇平
 拙稿「『野火』の文体」にはレトリックの実例を挙げていない。
 反復・・・・反復には首句反復と結句反復があるが、ここでは首句反復(アナフォーラ)の実例を挙げる。

----------------(引用①開始)----------------
 もし私が私の傲慢によって、罪に堕ちようとした丁度その時、あの不明の襲撃者によって、私の後頭部を打たれたのであるならば--
 もし神が私を愛したため、予めその打撃を用意し給うたならば--
 もし打ったのが、あの夕陽の見える丘で、飢えた私に自分の肉を薦めた巨人であるならば--
 もし、彼がキリストの変身であるならば--
 もし彼が真に、私一人のために、この比島の山野まで遣わされたのであるならば--
 神に栄えあれ。
----------------(引用①終了)----------------

 「39 死者の書」の末尾であり、『野火』全編の末尾でもある。
 丸谷才一の引用は歴史的仮名遣いだが、ここでは大岡昇平全集に基づいて現代表記に改める。
 「もし」が首句反復となっている。
 あまり詩的な雄弁になりがちなせいか、それとも翻訳臭を嫌ってか、現代日本の散文では敬遠される手だが、『野火』では一箇所、上記のとおり大がかりに遣われている。この派手な高揚が、長い抑制のあげくになされていることを学ばなければならない。
 ・・・・と丸谷才一はいう。こう解説する前に、『ジュリアス・シーザー』から10行引用し、併せて翻訳を添えている。訳者名は明記されていないが、夫子の訳だろう。
 エリザベス朝の劇作家たち、特にシェークスピアは、このたたみかけていく技法を好んだ。

----------------(引用②開始)----------------
But if you would consider the true cause
Why all these fires, Why all those gliding ghosts,
Why birds and beasts from quality and kind,

 もし君が、なぜ火の雨が降るのか、なぜ亡霊がうろつくのか、
 なぜ鳥や獣が異常なことをするのか、
 なぜ老人が愚かしくなり子供が未來を予見するのか、
----------------(引用②終了)----------------

 ここでは丸谷の引用を3行しか孫引きしないが、引用①の英訳は次に全文引用する。シェークスピアの原文と比べると興味深い。訳者は Ivan Morris である。
 ちなみに原文では「もし」の後に読点が打たれているのは1箇所(引用①の4行目)だけだ。他方、英訳で“If”の後にコンマが入るのは2箇所(引用③の1行目と2行目)だ。原文だと「キリストの変身」という大胆な仮定に踏みこむ前にひと呼吸置く感じだが、英訳の場合、仮定が既定の事実であるかのように、最初の2行は緩やかな口調で、3行目以降は切迫した口調になる感じだ。順次盛り上げている。
 キリスト教にあまり縁のない極東の日本人としては、やはり原文の呼吸を大事にしたい。

----------------(引用③開始)----------------
If, at the moment I was about to fall into sin through my pride, I was struc on the back of my head by that unknown assailant ・・・
If, beacause I was beloved of God, He vouchsafed to prepare this blow for me in advance ・・・
If he who stuck me was that great man who on the crimson hilltop offered me his own flesh to relieve my starvation ・・・
If this was a transfiguration of Christ Himself ・・・
If He had indeed for my sake alone been sent down to this mountain field in the Philippines ・・・
Then glory be to God.
----------------(引用③終了)----------------

【出典】丸谷才一『文章読本』(中央公論社、1977、後に中公文庫)
    Shohei Ooka (translated by Ivan Morris) “Fires on the Plain”, Charles E. Tuttle Company, 1957, 1983 (7th printing)
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       英訳版『野火』
     
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【読書余滴】野口悠紀雄の慨嘆と日本経済の行方 ~『経済危機のルーツ』の「おわりに」から~

2010年11月26日 | ●野口悠紀雄


 『経済危機のルーツ』は、日米の、経済危機に先立つ大繁栄の時代を振り返る。
 そして、この経済史に、その時代を生きた野口悠紀雄が自ら目にしたもの、聞いたものを挿入している。他の著書と異なって、個人的要素が含まれるのだ。
 だから、次のように慨嘆する。

 「私はいま、40年を経て元の地点に戻ってきた思いを強く持っている【注】。日本は再び世界から忘れ去られ、登用の小さな島国に戻りつつある(10年2月のトヨタリコール事件に関して、海外メディアからのインタビューが異常というほどにあったのだが、そのとき『これまで10年以上、日本は忘れ去られていた』と、改めて感じた。08年秋に『日本の金融危機の経験がアメリカに役に立つ』と思われたときにも海外からの取材があったのだが、そのときには日本はすぐに忘れ去られてしまった)。
 ただし、いまと40年前のすべてが同じであるわけではない。
 最大の違いは、40年前にわれわれが持っていた『希望』が、いま日本にないことだ。40年前われわれは、『明日は今日より豊かになる』と確信していた。
 それは、われわれが貧しかったからである。貧しさこそが、われわれの希望の源泉だった。
 そえから日本は豊かになった。もはや、そのときの貧しさに戻ることはできない。では、豊かになってしまった日本に希望はありえないのか?
 決してそうではあるまい。40年前にわれわれが持っていたのは、貧しさだけではない。われわれは、謙虚さや率直さをも持っていた。アメリカの豊かさに圧倒されはしたが、『こうなるには、どうすればよいか?』と考えた」(「おわりに」)

 【注】野口は、米国で5年間学び、1972年経済学博士号を取得した(イェール大学)。

 だが、物質的に豊かになる過程を通じて、わけても80年代の拡張期を通じて、日本は謙譲さと率直さを失った、と野口はいう。
 米国は今後も成長する、と言えば、「米国かぶれ、日本のよさに目を向けろ」といった反応が返ってくる。
 米国、英国だけではなく、他の国に学ぶことも重要だ。特に韓国に学ぶことが重要だ。アメリカの大学院には、中国人口の3.6%しかない韓国の留学生が中国人留学生と同じくらいいる。その半面、90年代の初めまで米国の大学キャンパスで目立っていた日本人留学生の数はめっきり減った。
 韓国の元気のよさは、留学生だけではない。サムスン電子、LG電子、現代自動車の躍進ぶりも目を見張る。そして、トリノ、北京、パンクーバーのオリンピックでは、メダル数で日本を圧倒した。
 日韓の間のこうした差は、基本的には、「外国に学ぶ」という謙虚さを日本人は失ったが、韓国人は持ち続けていることだ・・・・と野口はいう。
 謙虚さを取り戻し、優れたものに学ぶ勇気をもう一度もつこと。それが、いまの日本でもっとも求められる。
 本書、『経済危機のルーツ』が、そのための足がかりになれることを心から願う・・・・。

 野口の嘆きと願いは、1940年に生まれた野口の同時代人の嘆きと願いでもあるだろう。

 世界経済危機は、資本主義が壊滅する過程でもなく、米国退場、中国が世界経済をリードする幕開けでもなかった。選別の過程だった。ブームへの便乗組とニセモノが振り落とされる大規模なストレステストだった。
 これが本書の立場である・・・・と野口はいう。
 米国の金融機関が選別された。敗者は、リーマンブラザーズ、メリルリンチ、シティグループ、AIGである。勝者は、ゴールドマンサックス、JPモルガン・チェース、ウェルズファーゴだ。
 金融業以外でも選別があった。GMなど古い製造業の企業は破綻した。その半面、グーグル、IBM、アマゾン、アップルなど先端IT企業が絶好調だ。
 今後、先端金融と先端ITが残る。製造業の姿は変わり、その変化に対応できる企業が将来に生きのびる。
 先進国の中で、米国はその内部で選別を進め、成長を続けるだろう。成長の核がある。この点で日本のバブルと最大の違いがある。
 英国やアイルランドも勝者だ。他方、明白な敗者はアイスランドだ。日本やヨーロッパ大陸の大国も敗者かもしれない。
 日本経済の問題が明らかになった。日本人が探究しなければならないのは、脱工業化への道筋だ。日本経済を基本から変える必要性は、焦眉の急である・・・・。

【参考】野口悠紀雄『経済危機のルーツ ~モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか~』(東洋経済新聞社、2010)

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書評:『セポイの乱』

2010年11月25日 | 小説・戯曲
 「不屈」は西洋の独占物ではない。
 東洋にも敗れざる者がいる。

 17世紀初頭にはじまる英国のインド征服は19世紀なかばにほぼ完成した。土地は収奪され、かつては英国を凌駕した手工業は荒廃し、政治的権利は皆無・・・・これが当時のインドであった。
 1848年に総督に就任したダルハウジーは、支配をさらに強化した。インド人の不満は高じ、小競り合いが随所で発生し、ついに大爆発がおきた。ミールートにおける蜂起である(1957年5月)。
 英国への抵抗勢力はわずか1か月間で北インドの英国支配を烏有に帰しめ、さらに中央インド、ボンベイまで席巻した。初期の兵士の反乱は、農民戦争へと性格を変えていた。
 英国は同年2002年9月にデリーを奪還、翌年3月には抵抗勢力の最後の拠点ラクナウを制圧した。
 しかし、ゲリラ戦は続く。英国が平定宣言を発したのは、ようやく1859年7月に入ってからである。

 以上は、中野好夫による解説の、事実に係る部分の要約である。
 サヴァルカールの原著は1908年刊。翌年英訳がオランダで印刷されパリで発売された。公刊は第二次世界大戦後の1946年。英国側の資料に多くを依拠しながら、つまり当然ながら英国支配に不都合な反乱と位置づけた資料に基づきながら、まったく逆の視点から2年3か月間を逐一点検している。すなわち、民族革命という視点である(英訳の原題は「インド独立戦争」)。
 著者は冒頭で説く。「宗教の自由のない独立はいやしむべく、独立のない宗教は無力である」と。
 全編を貫く火のような情熱は、ほとんど叙事詩に近い語り口だ。「トランペットをならせ。いま歴史の舞台にはいま二人の偉大な英雄が登場するからである」。
 かたや、皮肉も強烈だ。「このような美しくも豊かな土地を手に入れないのは賢明なイギリス人ではない。ダルハウジーは、1856年アウドの併合を命令した」

 著者は、クマール・シングたち英雄の活躍を礼賛する一方では、インド人側の弱点も看過しない。
 指導者が欠けるとたちまち烏合の衆と化してしまう。他人まかせ、自律性の欠如といってもよい。
 あるいは、英国人は意見を異にしても行動においては一致協力するが、インド人は意見が異なると行動も別行動をとる。
 また、英国人は一人の死を無駄にしないで、後に10人が続くが、インド人の英雄的な行動は単発的に終わる。
 情熱と冷静な分析、加えて小説よりも奇なエピソード(幼ななじみの男女、ナナ・サイブとラクシュミ・バイが後に革命軍の指導者として立つ)もまじえるなど、これが弱冠24歳の著書かと思われるほどだ。

 ところで、セポイの乱をはじめて知ったのは小学生時代、児童向けにアダプトされた『四つの署名』による。わけがわかららないが、とにかく恐ろしい事件、というのがそのとき受けた印象だった。万能のシャーロック・ホームズが安心させてくれた。
 そして、本書を読んだのは中学1年生の時。大地にねむる死者をよみがえらせるかのような格調高い文体が一気に読みとおさせた。
 歴史を相対化してみる眼は、たぶん、この時からはじまった、と思う。

□ヴィナヤック・ダモダール・サヴァルカール(鈴木正四訳) 『セポイの乱』(『筑摩ノンフィクション全集第7巻』所収) (筑摩書房、1960)
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【読書余滴】佐藤優の、菅直人首相の情勢論的思考法~

2010年11月24日 | ●佐藤優
 文庫の新約聖書は、講談社学術文庫に共同訳がおさめられている。このたび、新書に新共同訳が収録された。すなわち、本書である。
 その『新約聖書Ⅰ』の長文の解説で、佐藤優は 菅直人首相の思考法を分析する。

 佐藤は、情勢論と存在論を対比し、私たちは情勢論で物事を見るのに慣れている、という。
 しかし、存在論的に考えるためには、常識の背後にある「見えないもの」をつかみとらなくてはならない。無意識あるいは集合的(普遍的)無意識の世界まで踏み込まなくてはならない。
 私たちの中に眠っている存在論的な感覚を呼び起こすために聖書は有益だ。

 現下の日本人は、存在論的思考が苦手になっている。その典型的な例が菅直人首相だ。
 菅には、「大きな政府」や「新自由主義」の政策に入る以前の問題がある。政治に夢や理想、ユートピアを託することを初めから諦めている。菅は、すべてを情勢論で判断する。存在論が欠如している。そこから「出来ることを着実に実効すればよい」という実践が導かれる。この情勢論的思考が菅を官僚と結びつけた。無意識だから、この連携は強い。

 左翼、右翼が現在のような政治的意味をもつに至ったのは、フランス革命以降だ。
 国民議会で、議長席からみて左側に座っていた議員を左翼と呼んだ。左翼は、すべての人間が等しく理性をもつ、と考えた。完全情報が共有されている下で理性に基づく討論を虚心坦懐に行えば必ず真理は一つに収斂する、と。
 これに対し、右翼は理性に限界がある、と考えた。各人、各グループは偏見を克服できないので複数の真理が出てくる。だから、互いの偏見を認め合う多元的な社会を右翼は承認する。理性によりうまく説明できない存在も、これまで存在してきたからには何らかの意味があるはずだと、その存続を承認する。多元性と寛容が右翼の特徴だ。伝統尊重から、保守主義と親和的になる。

 マルクス主義は、典型的な左翼思想ではない。マルクス主義者を動かしたのは、不正に対する怒り、疎外された人々の解放、理想社会の建設などだ。外部から人間を突き動かす何かが、マルクス主義に多くの人々を惹きつけた動因だ。これを超越性と言い換えてもよい。むしろ超越性を重視する。この点でキリスト教と親和的だ。
 菅は、理性を基準に物事を評価する左翼だ。しかし、マルクス主義を敵視する。

 労農派マルクス主義者だった江田三郎は、自民党政権打破を目論む全野党共闘で共産党排除を主張した。1976年の衆院選で落選後、社会党を除名された。江田は、菅とともに社会市民連合(社会民主連合の前身)を結成した。
 労農派マルクス主義を経由した江田には、理想社会建設の夢があった。目に見えない超越的なものに対する思いがあった。

 いずれのマルクス主義にも知的、思想的関心をもたなかった菅には、労働力商品化を克服し、労働者階級とともに資本家階級も支配・被支配の構造から解放しようとする夢がない。むしろ、このような夢や理想やユートピアに対して冷ややかだ。
 菅は、目に見えない世界の論理である形而上学、人間の心情の論理である無意識の心理に関心を払わない。「目に見えないもの」があることがわからない。
 菅にとって、官僚は道具である。自民党政権は、官僚=道具を誤った目的のために用いていた。菅は、その政治哲学から、権力掌握後は官僚=道具と対立する必要はない、とした。
 菅の発想は、戦前に陸軍と提携した左翼政党、社会大衆党と親和的だ。菅の下で21世紀の日本ファシズムが育まれるかもしれない。それは、独り菅のみならず、現下日本の政治エリート共通の問題なのだ。
 この危機から抜け出すために、一方では現在の社会構造を冷徹に存在論的に分析し、他方では目に見えるこの社会を支える背後にある「見えない世界」を感知する力を取り戻さなくてはならない。
 いま新約聖書を読む意味は、まさにこの焦眉の課題を解決するためなのだ。
 
 国家は、官僚が担う。官僚は税金によって生活する。税金を払わないと、国家は暴力を行使して徴収する。
 『資本論』は、資本主義社会は資本家、労働者、地主の3大階級によって構成されている、という。これは、あくまでも社会構造の分析だ。現実に存在する資本主義社会には、国家と結びついた第4の階級、官僚階級が存在するのだ。
 官僚組織は、社会から税金を収奪する。その際、過剰な収奪を行い、一部を社会に還元することで、官僚は自らが再分配機能を果たす中立的存在であることを装う。しかし、官僚は、資本家を含む社会全体から収奪する存在なのだ。私たちは、無意識レベルでこのことに気づいている。だから、官僚以外の国民は、基本的に官僚に対して違和感をもつのだ。
 民主党の「事業仕分け」のような、官僚を標的とする政策に国民が共感するのも、官僚=収奪する階級に対する違和感が国民の意識の底に流れているからだ。

 菅の最小不幸の社会は、国家という枠を固め、不幸を最小化する条件を整えたうえで、残余は自由競争に委ねるという発想だ。略取と再分配、商品交換で政治を運営する。菅の思想は、国家主義、新自由主義と親和的である。
 かかる思想は、日本を閉塞状況に追いこむ。「目に見えないもの」に対する配慮が完全に欠如しているからだ。 
 
【参考】共同訳聖書実効委員会・訳(佐藤優・解説)『新約聖書Ⅰ』(文春新書、2010)
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【読書余滴】聞き書きの傑作、『きつねうどん口伝』 ~元祖・プロフェッショナル仕事の流儀~

2010年11月23日 | 社会
●はじめに(抄)
 私の世代は、戦争があったり、世の中がガラリと変わったりで、実にいろいろなことを体験しました。
 しかし変わらんのは「うどんという食べもんは、百点満点やと窮屈でおいしいない」ということなんです。百点満点の腕を持ちながら、どこかを引くことで、九十点か八十五点の味をお出しする。これやと「我」もでまへん。
 百点は誰でもつくれるけど、それを引く方がむずかしい。うどんみたいな大衆的なもんは最高の味やと真一には食べられへんのです。

●序章  きつねうどんの誕生(抄)
 「きつねうどん」いうても、今では全国にいろんな味がおます。しかし大阪の「きつねうどん」はあっさり、こってり、まったりが三位一体になった「はんなり」した味が出てないとあきまへんな。
 「あっさり」は、口に入れた時そこはかとのう上品に感じる味。「まったり」は、深いコクとなめらかな舌ざわり。「こってり」は、口に残るしつこさがありながら全体にあっさりして余韻のある味。関西のうす味ちゅうのは、この三つの味がうまく調和してるんですな。

●第一章 うどんとだし(抄)
 船場では昔から、「天水」という雨水をろ過したものでだしを引く方法があります。今の雨水はあきませんけれど、昔の雨水はにおいがなく、桶に集めておだしを取ると、とてもおいしかったんです。天水は八方美人。その人その人に会うような性質を持っています。
 この天水に昆布、砂糖、塩などの材料を入れて、自然発酵させます。一晩置くと発酵しますのでそこへ薄口醤油を入れ、直火にあてずに、そのまま湯せんするんです。濾してからも湯せんします。これがいちばんおいしいでんな。

●第二章 うどんの合縁気縁(抄)
 今のおじやうどんは戦時中ものとは違い、具もいろいろ入っております。もちろんご飯もおうどんと添うよう吟味して、岡山の朝日米を使(つこ)うております。
 このお米はササニシキやコシヒカリの品種の元になっているお米で、おいしいですよ。これ一升に佐賀県のもち米をひと握り加え、お酒を入れて圧力釜で炊くんです。
 南部の鉄鍋にうどんのおだしとお酒を入れ、ご飯とうどんを加えて、あなご、鶏肉、焼きどおし、大分産のどんこ椎茸、細かく切ったおあげさんを入れてサッと煮て、仕上げに根深ネギを散らせ、甘酢生姜をあしらい、卵を一個割り入れます。
 甘酢生姜は、寿司屋のガリよりちょっと濃いピンク色をしています。この甘酢生姜が出来るまではほんとうに苦労しました。あと口をさっぱりさせるための生姜ですから、酸っぱすぎても辛すぎてもようないんです。彩りもそうで、これより濃くても薄くても、おじやうどんには合いません。それで今は、高知県の安芸郡でとれる土生姜を農家で漬けてもろてるんです。
 おじやうどんにサワラと大阪の泉南沖で獲れる活シラサエビを入れたんが「大阪おじやうどん」、エビの天ぷらを入れたんが「天麩羅おじやうどん」、ほかに季節によって旬のカキを入れたものなどもつくっております。

●第三章 素材の本質を知る(抄)
 こうまでしてなんで材料を吟味するかと申しますと、ええもん使うたら余計な材料いりませんし、かえって経済的やからです。それが船場の商いというものなんです。

●第四章 仕事と道具(抄)
 私たちプロはお味にこだわると同時に、仕事のしやすさということを大切にせんとあきません。それは手を抜くということとは違います。手を引くということなんです。
 つまりええ材料を使うと量が少なくてすむ。技術を磨き、手順を考えることによって、同じものをつくるにも時間をかけないですむ、ということなのです。上手な引き算をするには、自分の片腕となる道具のことを考えんとあきまへん。

●第五章 船場の思い出(抄)
 昆布はだしを取ったあとためておいて、醤油で炊きます。かつお節がついてたら、ちょっと水で洗(あら)て陰干ししといて、ある程度たまった時、色紙切りにして炊き上げるんです。
 味つけはお醤油だけで結構です。弱火で一時間以上炊きましたら、おいしく出来上がります。
 ええもんを使(つこ)てたら、最後まで生かすことができて、結局は得なんです。大阪の人はケチやといわはりますけど、贅沢するところと、始末するところを、しっかり考えているんです。

●第六章 出会い、そして今(抄)
 座禅をしたことによって人生観が大きく変わりました。
 それまではどちらかというと恵まれた生活をしていましたし、本当に店を継ぐかどうかまだ決めておりませんでした。全然違う全の世界を初めて知り、禅の修行を通じてうどん屋をやりと思いました。うどん屋も修行、つまり起きてから寝るまで、物との出会いの修行なんです。例えば、今日うどんを打つ小麦粉と昨日の小麦粉とは、おなじ袋の物でも出会いが違うんです。
 毎日毎日が新しい出会いなんです。そう思うと心を引き締めてうどんを打たないかん、その時その時を賢明にやることが大切になる訳なんです。このように、自然の大切さを禅を通して感じたことが多いと思います。

【参考】宇佐見辰一(三好広一郎/三好つや子・聞き書き)『きつねうどん口伝』(ちくま文庫、1998)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、経済回復から独り置き去りにされた日本 ~「超」整理日記No.538~

2010年11月22日 | ●野口悠紀雄
(1)日米経済の基本的な違い
 米国の失業率は、高止まりしている。この点で米国経済が大きな問題を抱えているのは事実だ。
 その半面、米国企業の利益は、記録的な水準を更新しつつある。ダウ平均株価は、リーマンショック前の水準を取り戻した。
 日米のパフォーマンスに大差があることに注意が必要だ。このことは、株価をみれば明白だ。11月第2週の日経平均株価は9,700円程度だ。リーマンショック直前の値12,000円(08年9月12日)の4分の3程度でしかない。
 米国企業は、人員整理によって経済危機による利益の急減から回復した。そのために失業率が高くなっているのだ。その半面、企業利益は顕著に回復した。「ジョブレスリカバリー」が進んでいるのだ。経済全体の観点からは問題だ。しかし、企業利益が高水準であることは、将来に向けて成長するエンジンが健在であることを示す。
 翻って、日本は、経済成長の牽引力たるべき企業が利益を回復できないままでいる。
 これが、日米経済の基本的な違いである。

(2)日米経済の具体的な違い
 日本の全産業の純利益は、10年度上半期でもリーマンショック前の95%にしかなっていない。電機産業大手8社は1.4倍になったが、エコポイントの影響があったからだ。つまり政府支援の賜物である。自動車大手7社は、エコカー購入支援があったにもかかわらず、98%の水準にとどまっている。
 米国国内企業の利益の回復は、日本企業より早く、回復率も高い。08年4~6月期と10年同期とくらべると、48.1%の増加で、うち金融業は48.2%の増加、製造業は71.5%も増加である。
 「コンピュータ」はなんと10倍の増加だ。アップルやシスコシステムズなど、他国の企業が追随できない先進的な製品を送り出せる企業が存在することの反映だ。米国経済は、未來に向けて成長する産業をもっていることが、はっきりわかる。
 上記と同期間の日本企業の経常利益は、全産業(金融保険を除く)で15.4兆円から13.2兆円へ、製造業は6.5兆円から4.6兆円へ減少している。個別の企業も同様の傾向がみられる。
 税引き前当期純利益について、直近の四半期決算の値を4倍したものと、リーマンショック前の年次決算の値との比をとってみると、次のとおりだ。
 米国の先端企業グーグルは1.9倍、アップルは3.2倍だ。かなり利益が増大している。
 他方、ソニーは0.62倍、トヨタ自動車は0.67倍だ。リーマンショック前の6割程度にしかなっていない。これまでの利益回復は、政府の購入支援策によるところが大なので、10年度下半期では利益が減少するだろう。

(3)先進国の中で独り置き去りにされた日本
 経済危機から回復したのは、米国だけではない。英国も独国も、株価でみるかぎり、リーマンショック前の水準を取り戻した。
 リーマンショック前の水準より3割低い水準から這いあがれない日本が、世界の先進国の中で例外的存在なのだ。
 なぜか。これらの諸国と日本とで明らかに違うのは、為替レートだ。ここに大きな原因があるのは間違いない。
 だが、経済危機前(07年夏頃まで)に日本円だけが異常に安かったのである。日本企業は、その恩恵を受けて、一時的に利益を増やしたのだ。経済危機後、やっと正常なレベルに回帰しつつあるのだ(実質レートでみれば、1990年代中頃にくらべて、まだ3割ほど円安である)。
 09年以降、中国への輸出が回復し、他方では政府の援助があった。そのために、問題が再び見えにくくなっていた。支援策が終わった今、やっと問題の本質がはっきり見えるようになった。

(4)隠蔽の限界
 現在日本経済が抱えている問題は、本来であればずっと前に顕在化していたはずのものだ。90年代後半以降の為替介入(とりわけ03年頃の大規模な介入)による円安で隠蔽し、経済危機勃発後は政府の補助で隠蔽してきた。
 もやは問題を隠蔽できなくなった。
 企業は、日本国内での生産では対応できないことにようやく気づいた。そして、いま製造業は雪崩をうって日本から脱出しようとしている。
 この結果、日本国内に残されるのは、大量の失業者と過剰な生産設備だ。

【参考】野口悠紀雄「危機前に回復した世界、置き去りにされた日本 ~「超」整理日記No.538~」(「週刊ダイヤモンド」2010年11月27日号所収)
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書評:『世界の民話』~モンゴルの馬頭琴~

2010年11月21日 | 神話・民話・伝説
 民話にはお国柄がもろにあらわれる。
 モンゴルを例にとろう。
 小沢俊夫の解説によれば、(1)動物や魔法が重要な役割をはたす。(2)知恵、悪知恵、特殊な能力で相手をまかす主人公が多い。(3)主人公には次の2つのタイプがある。
 すなわち、(a)単純な少年、貧しい親の子、父親のいない子、若い狩人、馬飼い少年で、かつ、いつも正義を愛し、よこしまな領主をこらしめる(領主や長老はつねに悪漢とされる)。(b)人生経験が豊かで知恵に満ちた老人。
 たしかにモンゴル民話には馬、牛といった動物が頻繁に登場し、しかも家族同然の身近さで語られる。
 たとえば、「馬頭琴はどのようにしてでき上がったか」

 スホーという17才の牧童は人気のある歌手でもあった。
 スホーは草原で拾った仔馬を育てた。仔馬は雪のように白く美しく丈夫なポニーに成長した。狼退治を契機に、一人と一匹はそれまで以上に親密な友だちとなった。
 王さまがラマの寺院で競馬を開催した。勝てば王の娘をめとることができる、という。スホーは参加し、真っ先にゴールを駆けぬけた。
 しかし、王さまはスホーの身分をさげすんで、金貨3枚だけ与えて下がらせようとした。
 スホーは違約をなじった。
 王は怒り、家来にスホーを痛めつけさせ、追い出した。ポニーは王さまに奪われた。
 ある夜、ポニーがスホーの貧しい家に逃げ戻ってきた。7、8本の矢が体に突きささっていた。ポニーは死んだ。
 嘆いて眠れず、転々とするスホーの枕元にポニーがあらわれて言った。
「私の骨で胡弓をつくってほしい」と。
 翌朝、スホーはポニーの骨を刻んで馬の頭をつくり、その腱で弦をつくって張った。そして歌った。ポニーに乗って走った時のすばらしい気持ちを。悪い王さまに対する怒りを。スホーの胡弓は民の声となった。みんなは、仕事を終えた夜、スホーの胡弓を聞くために集まるようになった・・・・。

 この昔話は、民族になじみ深い道具の起源を説明する。説明は胡弓の構造に及ばず、楽器としての機能からすると副次的な装飾の説明をもっぱらとする。装飾は説明しやすく、音楽は説明しがたい。
 先年、知人の画廊を訪ねたら、モンゴル人の家族連れが馬頭琴を演奏していた。うら寂しい音色だが、底力のある響きで、広大なステップの住民にふさわしい、と思われた。

 本書は、世界の民話シリーズ全12巻の中の一。中国、モンゴル、シベリア、朝鮮の4か国の民話61編をおさめる。

□小沢俊夫編(笹谷雅訳)『世界の民話3 アジア1』(ぎょうせい、1971)
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【読書余滴】櫻井よしこ『異形の大国 中国』(2) ~商売上手な中国、政治主導の経済~

2010年11月20日 | 社会
●技術大国・日本は「中国の下請け」になる
 日本は、いまや経済、技術分野においてさえ敗北しつつある。21世紀の地球経済を支配する戦略的枠組、「国際標準化」競争でとり残されつつあるからだ。

 身近な例は、携帯電話だ。
 第3世代(3G)は、第2世代(2G)にくらべて通信速度が10倍以上だ。テレビ放送を含め、データ量の大きい動画も送受信できる。テレビはすでにパソコンに組みこまれているが、3Gの携帯電話はパソコンにとって代わる可能性を示す。
 携帯電話の国際標準化で、日本は大敗を喫した。国際標準化で勝利したGSMの規格に、日本はまったく参加していない。NTTドコモのiモード端末は、海外で使えないし、売れない。

 国際標準は、「フォーラム標準」または「デファクト・スタンダード」という形で米国が主導してきた。前者は、複数の企業が自分たちの技術やシステムを国際規格として確立する方法だ。後者は、市場を席巻することによってルール以前に事実上の国際標準になるものだ(例:マイクロソフトの「Windows」)。
 WTOで「TBT協定」の発効(1995年)によって、世界標準市場に大変化が起き始めた。TBT協定とは、貿易に関する技術的障害を取り除く協定の謂いである。ある規格が国際標準をとっていれば、WTO加盟国は皆、その規格の製品が自国に参入することを妨げることができない。
 国際標準は、ISO(国際標準化機構)、IEC(国際電気標準会議)、ITU(国際電気通信連合)などが決定する。米国がいかにデファクト・スタンダードの規格をもっていても、国際標準をとらないと効力を発揮できないしくみになった。米国は、それまで距離を置いていた国際標準を取りにくるようになった。

 知的財産権の目にあまる侵害で各国から訴えられ、膨大なロイヤリティの支払いを求められていた中国は、逆にロイヤリティを支払わせる手を見つけ出した。
 01年、中国政府はWTOに加盟するとともに、国務院直轄組織として「国家標準化委員会」を設けた。科学技術振興だけではなく、その技術を国際標準として国際社会に認めさせ、中国が21世紀の経済を支配する意図が透けてみえる。
 中国の国家標準化委員会は、秘密に閉ざされている。しかし、すでに具体化された事柄から、その手法が見てとれる。ある規格を中国独自の国家標準とし、次の段階でこれを国際標準に格上げしていくのだ。
 たとえば、EVDだ。日本の、次世代DVDであるHD-DVDの変復調器の標準を少しだけ変えたものを、中国はChina-H-DVDと名づけ、独自の標準だ、と主張して、国家標準にもっていった。ロイヤリティの支払いを逃れるために。「非常にズルいやり方です」
 これを、中国が厚顔にも国家標準と定めてIECに申請し、国際標準になった場合、TBT協定によって、日本のDVDの中国市場への参入を拒否することができることになる。そして、外国企業が中国市場へ参入するには、巨額のロイヤリティを支払わなくてはならなくなる。
 元々の技術はこちらが開発した、という自負があればあるほど、納得できないやり方だ。しかし、3G同様、国家標準や国際標準は、取ったものの勝ち、である。

 中国が狙うもうひとつの国際基準は、無線LANである。
 同分野は、米国がWiFiという規格で、事実上市場を支配していた。ところが、中国はWAPIという国家標準を作った。もし中国政府が国内はWAPIでなければダメだといえば、米国はWiFi製品を売れなくなる。かくて、米中間に深刻な摩擦が起きた。

 中国は、開発または模倣した技術を国家標準とし、さらに国際標準に格上げしようとする。そのために、国際標準化機構の幾十もの委員会に代表を送りこむ。
 幹事国のポジションをとって自国有利に導くべく、人材を育ててきた。
 委員会では、一国一票である。あらゆる手段でアフリカ、アジア諸国に支持を広げてきた。
 標準化を審議する委員会でも、中国の国ぐるみの対策が奏功しつつある。
 三流国は、製品を売り物にする。二流国は、ブランドを売り物にする。一流国は、国際標準を売り物にする。・・・・これが中国の方針だ。
 経済のしくみは大転換したのだ。

【参考】櫻井よしこ『異形の大国 中国 -彼らに心を許してはならない-』(新潮文庫、2010)
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【読書余滴】櫻井よしこ『異形の大国 中国』(1) ~踏んだり蹴ったり~

2010年11月19日 | 社会
 謝礼は、3,000ポイント。
 さっそくウンベルト・エーコ『バウドリーノ(上下)』を発注。
 さて、『異形の大国 中国』である。

●悪夢のような中国進出の実例
 「旭エンジニアリング」は、資本金2,500万円、社員75名の農機具メーカー。2006年現在は自動車生産用ロボットを中心とする精密機械製造が重点だが、この話の当時は農機具が主力だった。
 バブル崩壊前の90年代初め頃から、海外の拠点を探し始めた。1996年、中国進出を決めた。
 幾つかの候補地を視察し、中山威力集団公司に行きついた。香港から珠海を経由し、さらに車で5時間ほどの経済開放区である。
 建物はあったが、がらんどう。日本から持ちこんだ機会を据えて農機具を作った。96年に契約を締結し、もっとも簡単な田の土掘り機を作らせた。社員4名を派遣して指導した。中国人社員は650名にのぼった。
 部品製造の機械の図面をわたし、金型を貸与し、社員を送りこんで指導した。中国側からの支払いは一切なかった。
 3年目にようやく生産開始となったが、旭エンジニアリングは驚いた。値段が当初の予定より数倍も高かったのだ。 
 それだけではない。
 中国ではどうしても作れない部品があり、4,000個送った。ところが、紛失した、という。至急同じものをもう一度送った。すると、2週間待ってくれ、同じものを中国で調達する、という。旭エンジニアリングの技術の粋を集めた部品だのに。
 2週間して出てきたのは、旭エンジニアリングが送った部品だった。公安当局に訴える、という「旭エンジニアリング」側に通訳が宣うた。「怒ってはならない、日本は日中戦争でひどいことをしたじゃないか」
 スッタモンダの末に、農機具ができあがった。その第一陣が日本で販売された途端に苦情が殺到した。ネジを圧力で加減せず、力いっぱい締めて切っていた。それを隠すために新聞紙を巻いてハンマーで叩き、塗料を塗ってごまかしていた。目視検査ではわからない。入れた燃料が漏る、という苦情を受けて分解すると、ネジ山がつぶれ、折れていた。
 説明を求めると、中国側は言った。「我々はそんなことは絶対していない。日本人の仕業に違いない」
 旭エンジニアリングは、ネジの欠陥部分を埋めるのに使用された新聞紙を広げて写真を撮り、突きつけた。「中国語の新聞じゃないか。これでもシラを切るのか」
 それでも彼らは言い張った。「日本人の陰謀だ」
 持ちだした費用はすでに3億円を越えていた。中堅企業には痛手だが、撤退を決めた。
 機械類の撤収の準備を始めると、中国側が待ったをかけた。置いて行ってくれ。
 代金を払うわけでもない。断ると、「輸出許可を出さない」と言い始めた。
 旭エンジニアリングは、主要な部品や金型をすべて破壊した。
 同社は、中国人労働者の中の優秀な人材を6名、日本に呼んで勉強させ、技術を伝授した。中国に戻った途端、彼ら全員が他企業に高い給与を求めて移った。「経費も払ってもらって世話になったと感謝し、少しでも報いようとした中国人は、一人もいなかったのである」

【参考】櫻井よしこ『異形の大国 中国 -彼らに心を許してはならない-』(新潮文庫、2010)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、日本のものづくりを冷静に考え直そう ~「超」整理日記No.537~

2010年11月18日 | ●野口悠紀雄
(1)日本の製造業をめぐる条件
 このところ、急速に変化している。
 (ア)9月の鉱工業生産指数が4ヵ月連続低下となった。背景に、エコカー補助金廃止と対中国輸出の伸び悩みがある(2009年春からの景気回復の要因)。
 (イ)円高を背景に、生産拠点の海外移転が加速している。日本の製造業の大企業は、今後の生産は海外拠点で行う方針に転換したようだ。

(2)最近の状況の底流にあるもの
 製造業の性格が長期的なトレンドとして変質しつつある。最近の状況変化で加速され、はっきり見えるようになった。
 だから、必要なのは、日本の企業がビジネスモデルを変更することだ。事態悪化を政府の責任にするのは、言い訳であり、責任転嫁にすぎない。
 こうした変化は、今急に始まったことではない。20年前から徐々に生じていたことだ。製造業の分業化が進み、新しいタイプのものづくりが主流になりつつある。こうした変化に対応できなかったからこそ、「失われた20年」になってしまった。

(3)日本の半導体産業敗退の理由
 1980年代末、日本の半導体産業は世界を制覇していた。米国の半導体メーカーは、見る影もなかった。
 それから20年たち、トップは米インテルで、第二位は韓国のサムスン電子だ。この2社が世界の20%以上のシェアを占めている。
 日本の半導体産業敗退の理由は、世界経済と技術の条件が90年代から大きく変化したからだ。半導体が、先端的製品と低価格製品に分化したからだ。そのどちらにも、日本は対応できなかった。
 日本が覇権をとっていた頃の半導体の主力製品は、大型コンピュータ向けの信頼性の高いDRAM(記憶素子)だった。ところが、90年代になって、パソコン用のDRAMの需要が増加した。これは、低価格が求められる製品だ。たまたまこの頃に新興国が台頭し、低賃金で安価な製品を供給できるようになった。にもかかわらず、日本は信頼性の高いDRAMの生産から転換できなかった。かくて、日本の半導体メーカーはサムスンに敗れたのである。
 他方、パソコン用演算素子MPUが新しい半導体製品として登場した。インテルは、この生産に特化した。そして、日本はこの面でも対応できなかった。なぜなら、MPUはDRAMと違って製造過程だけでなく演算素子に書きこまれているソフトが重要な意味を持つ製品だったからだ。日本は、製造過程の効率化には強いのだが、先端的なソフトには弱い。かくて、日本の半導体メーカーは、インテルに置き去りにされた。
 要するに、半導体をめぐる条件に大変化があったにもかかわらず、それまでと同じ製品を作りつづけた日本の半導体メーカーは、低価格製品では韓国に敗れ、先端的製品では米国に遅れをとることになった。

(4)製造業に生じている変化 ~ソフトの比重~
 製造業においてソフトの比重が高まっているのは、半導体に限らない。
 ルーターはソフトの比重が高い。そして、米シスコシステムズが圧倒的な力を発揮している。
 iPodは、iTunesというネットワークに支えられている。ソフトに弱い日本は、携帯用音楽機器の分野でも遅れをとっている。、

(5)製造業に生じている変化 ~水平分業化~
 パソコンの生産は、10年以上前から水平分業化している。その一端を担う米マイクロソフトやインテルが高収益を上げている。
 水平分業は、エレクトロニクスの他の分野に広がっている。それを実現した米アップルは高収益を実現している。
 水平分業のなかでソフトの比重が高い企業が高収益を上げているのである。
 こうした展開ができない日本企業の収益性が落ちている。
 日本の電機産業も対前年比では高い伸びを示しているが、水準は低いし、エコポイントの恩恵が大きい。日米のエレクトロニクスやIT関連産業の収益率には大差が生じている。

(6)製造業の構造の再編成
 日本は、古いタイプのものづくりから脱却できていない。失われた20年の基本的原因である。
 これから脱却するには、日本の比較的優位がどこにあるかを認識することが必要だ。低価格製品は新興国に任せ、日本は高付加価値製品をめざすべきだった。
 日本の比較優位を冷静に分析し、それを実現するよう製造業の構造を再編成しなくてはならない。

【参考】野口悠紀雄「日本のものづくりを冷静に考え直そう ~「超」整理日記No.537~」(「週刊ダイヤモンド」2010年11月20日号所収)
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【読書余滴】佐藤優の、尖閣ビデオ流出問題批判

2010年11月17日 | ●佐藤優
 佐藤優は、 2010/11/05付けのコラム【眼光紙背】で尖閣ビデオ流出問題を論じているが、以下は流出した者に焦点をあてて論じる。
 題して、「同情にも称賛にも値しない」。

 犯行に至る経緯を徹底的に究明し、形式にのっとって厳正に処分するべきである。
 理由の第一、ユーチューブに流れたデータは国民の知る権利に応えるものではない。国民の目にふれたのは、人の手によって編集済みのデータだ。海上保安庁の行為を正当化しようとする意図が入っている。
 理由の第二、歴史の教訓に学べ。1932年、5・15事件のとき、「動機はわかる」という声に押されて軽い処分で収束した。この対応が後に2・26事件を誘発した。武力を行使できる公務員が統制を乱す行為の危うさを国民は肝に銘じておくべきだ。海上保安庁は機関砲を所持する官庁である。独断専行を許したツケは国民にまわってくる。
 このたびの流出責任者は、国民の知る権利に応えようとするならば、まず上司に公表を求め、許可されない場合には辞表を出して一私人となってからデータを流すべきだった。
 国家的機密情報を国民に知らせるべきであるか否かは、個別に具体的に判断するしかない。尖閣沖追突事件に関しては、中国人船長を超法規的措置で釈放したタイミングで国民に全データを発表すればよかった。中国人を罪に問うことを放棄しているのだから。対中国を考えても、今ビデオが流れることは、マイナスにしか働かない。

   *

 以上は、朝日新聞「耕論」欄掲載の佐藤優の談話である。
 他の談話の要点は、次のとおり。

●鈴木謙介・関西学院大准教授
 政府の情報管理の甘さだけ批判するのは的外れだ。情報の透明性や説明責任が重視される時代に、外交上重要だから出せない、とっても国民は納得しない。他方、情報をオープンにしすぎるとガバナンスが成り立たない。情報をどこまで出せば国民が納得するか、それを判断する能力を政府は欠いていた。これが本質的な問題だ。

●西山太吉・元毎日新聞記者
 国家公務員の守秘義務の対象となる秘密は、「一般に知られていない(非公知)」「保護に値する」の2要件を満たす場合に限定される(最高裁判例)。事件は当初から発表されていた。また、類似の映像を一部国会議員が視聴した後に流出した。よって、非公知ではない。また、捜査上の秘密とも言えない。
 日本の領海で海上保安庁の公務執行を妨害してきた中国戦をはじめ外国船は数知れない。自民党政権は、見て見ぬふりをしてきた。自民党は、沖縄返還をめぐる密約はないと37年間偽証し続けてきた。自民党が情報をめぐる危機管理のあり方を糾弾するとは、矛盾もはなはだしい。

●長谷部恭男・東京大学教授 
 知る権利は、裁判所は成熟した権利だと考えていない。当局との交渉などの際の政治的スローガンとして使われてきた。だから、知る権利を振りかざす異べきではない。
 上意下達の公務員組織で、組織体の判断、決定に反するような行為を個々のメンバーが行った懸念がある。政府と公務員の信頼関係の崩壊が背後にある。根底に民主党政権への不信感がある。管理の強化、法的仕組み作りでは効果は上がらない。信頼関係回復が先決問題だ。

【参考】2010年11月12日付け朝日新聞「耕論」欄
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書評:『ベ平連と脱走米兵』

2010年11月16日 | ノンフィクション
 著者は、同志社大学を中退し、東京でクズ屋に就職した。その年、1965年4月、ベ平連こと「ベトナムに平和を! 市民連合」の最初の反戦デモが行われ、著者も参加する。開高健の知遇を受け、ベ平連の事務局員となった。同年11月、ベ平連はニューヨーク・タイムズのまるまる1ページに反戦広告を載せた。
 こうした活動を支えた個性ゆたかな「市民」たちが回想される。
 また、脱走米兵の逃避行に付き添った体験談も綴られている。
 1967年10月、空母イントレピッド号から4人の兵士が脱走した。これを契機に、ベ平連の中に米兵脱走を支援する「JATEC」が組織された。2年間に16人の脱走兵がスウェーデンにわたった。著者も、ジャテックに関わった2千人の一人であった。
 全5章のうち2つの章は他とやや異質で、ベトナムとそこで出会った日本人に焦点をあてている。1966年12月、著者はベ平連の仲間に推されてベトナムに渡り、半年間を過ごした。砲撃され、爆撃される側の農民、じつは元日本兵をスケッチし、その元日本兵が50年ぶりに一時帰国した模様を伝える。
 本書の主題は、ベ平連事務局、脱走米兵、ベトナムの元日本兵・・・・の三つに拡散しているから、一冊の本としては統一感に欠ける。少なくとも最初の二点にテーマを絞りこむべきであった。
 しかし、勃興する市民運動の魅力は、しかと伝わってくる。その魅力とは、次のようなものである。「『ベ平連』は、さながら万有引力が働くように、人と人とが互いに通じあい、作用を及ぼしあうコミュニケーションの『場』であった」(あとがき)

□阿奈井文彦『ベ平連と脱走米兵』(文春新書、2000)
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