語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

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【原発】「依存度15%」の目標設定は無意味 ~財界の錯誤~

2012年09月30日 | 震災・原発事故
 (1)政策提案者は、政策策定に当たっては問題を正しく設定しなければならない。
 先般、政府が決めた原発に係る新戦略は不適切な問題設定の見本だ。「2030年における原発依存度を①20~25%、②15%、③0%のいずれかから選べ」・・・・

 (2)この問に対する答は、電力需要の総量がどの程度になるかによって大きく変わる。よって、依存度をいずれかの値に決めても、その意味は需要総量によって大きく違う。
 <例>(1)-②とした場合、今後とも原発の整備を進めることになる。しかし、経済成長率が1%ポイント低くなったら、電力需要は2割減る。だから、原発が担当すべきとされていた電力は不要になる。よって、原子力以外の発電量を変えずとも、原発依存度をゼロにすることができる(脱原発が自動的に達成される)。かくて、整備してきた原発施設は、結果的には過剰投資となる。
 需要総量に係る合意なしに原発依存度だけを目標にするのは、無意味だ。その目標が経済にどれだけ負担を与えるのか、実現にはどれだけのコストが必要なのか、etc.は電力需要に依存するため、はっきり決まらない。

 (3)依存度ゼロ目標では経済活動に必要とされる電力が得られない・・・・と財界は反対するが、(2)のとおり、経済成長率が1%ポイント低くなったら格別の負担増にはならない。
 政府のエネルギー基本計画でまず問題とすべきは、「電力総需要量の想定は合理的か?」だ。

 (4)財界が原発ゼロに抵抗するもう一つの理由は、電気料金上昇を抑えたいからだ。
 確かに、福島原発事故以前のコスト計算方式を用いれば、原発依存度の引き下げによって発電コストは上昇する。
 しかし、その計算は、原発の安全性確保を十分に織り込まない時代のものだ。十分な安全対策のための費用や燃料再処理費用を含んだ式で計算すれば(1)-①や(1)-②が発電コストを現状維持ないし下げることにはならない。
 発電コストが今後上昇するのは不可避だ。それは主として福島原発の事故処理費から生じるものだ。これは、将来の原発依存度をどのように設定しても、それとは無関係に負担せざるを得ない費用だ。過去の原発費用の見積もりが低すぎたのを、これから修正する、ということだ。なお、負担を電気料金に転嫁せず、公的負担で行うとしても、国全体で負担が生じることに変わりはない。

 (5)政府は、
  (a)「日本再生戦略」(2012年7月31日閣議決定)において、2020年度までの平均で、名目3%、実質2%の成長を目指す、とした。
  (b)エネルギー・環境会議が6月に発表した選択肢で、実質成長率を2010年代1.1%、2020年代0.8%と設定した。
 (a)と(b)とは整合的でないが、じつは(b)の示す成長も実現できない可能性が高い。その大きな理由は、労働力の減少だ。
 日本の15~64歳人口をXとすれば、Xは2010年の8,173万人から2030年の6,774万人へと17%も減少する。年率0.94%の減少だ。労働力率に相当大きな変化が生じないかぎり、労働力人口は避けられない。資本蓄積、技術進歩の貢献が経済成長率低下を緩和するとしても、たいして期待できない。
 実際、経済全体で年率1%の成長とは、X一人当たり年率2%の成長だ。これだけの成長を実現できるか。
 2000年から2010年までの10年間にXは6.2%減少し、実質GDPは7.7%増加した。X一人当たり1.4%の成長だ。経済成長率とX一人当たりの成長率の関係が今後も変わらないとすれば、将来は経済全体としてはマイナス成長になる。

 (6)電力需要に影響を与える他の要因は、産業構造だ。
 製造業は、電力多使用産業だから、その比重が低下すれば電力需要は減少する。過去のデータによれば、付加価値当たりの電力使用量は、製造業はサービス産業の3.4倍だ。
 製造業の比率は、これまで低下してきた。今も生産拠点の海外移転が著しいスピードで進んでいる。今後もこの傾向が続き、GDPに占める割合が10%程度まで下がる事態は、大いに生じ得る。これらの数字を用いて計算すると、産業用の電力需要は12%程度減少する。

 (7)電力利用に係る構造変化もある。
 これまで電力使用量を増加させてきた大きな要因は、家庭用や業務用のエアコン普及とIT機器の導入だ。今後は、これらに起因する電力需要の増加は頭打ちになる。
 
 (8)さらに、技術進歩による火力発電の効率上昇も期待できる。わけてもガスタービンの効率上昇はめざましい。これにより、燃料輸入や温暖化ガスの発生を抑えつつ、火力発電量を増加させることも可能だ。
 その他、発電技術の進歩や電力利用の効率化により原発依存度を引き下げることは可能だ。

 (9)以上のほか、原発について議論すべきことが幾つかある。
 その一つは、使用済み燃料の再処理問題だ。しかし、「再処理が必要だから原発を続ける」というのは、目的と手段を取り違えた議論だ。本末転倒だ。これは原発依存度とは切り離して議論すべき問題だ。

 以上、野口悠紀雄「原発依存度だけの目標設定は無意味 ~「超」整理日記No.629~」(「週刊ダイヤモンド」2012年10月6日号)に拠る。
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【原発】子どもや女性は福島から避難を ~「核戦争防止国際医師会議」勧告書~

2012年09月29日 | 震災・原発事故
 (1)このほど、ティルマン・ラフ・メルボルン大学準教授/「核戦争防止国際医師会議」共同代表ら30人の医師・学者が福島県を視察し、その後、勧告書を発表した。
 「年間1mSv以上の被曝をしている子どもや妊娠可能期の女性に対する移住支援」等を求める、と。

 (2)ヘレン・カルディコット博士(オーストラリア)(「核戦争防止国際医師会議」の母体、「社会的責任を果たす医師団」の創立者)も、8月に、「放射能汚染下における日本への14の提言」を発表した。
 「高線量放射能汚染地区にまだ居住しているすべての人々、特に子ども、妊婦や妊娠が可能な女性は、ただちに日本国内の放射能汚染がない場所へ避難してもらうべき」だ、と。
 カルディコット博士は、
  (a)日本国内全土の土壌・水の放射能検査の実施。
  (b)放射能を帯びたゴミ・ガレキの焼却の無条件禁止。
なども求めている。
 しかし、政府は今も勧告をすべて無視している。「計画的避難区域」を年間20mSvに達するおそれがある区域と設定し、それまでは「居住は安心」として、子どもや妊婦の避難を拒否している。

 (3)福島県内の子どもの健康悪化が懸念される。
 福島県が実施している18歳未満の全県民甲状腺検査では、嚢胞・結節ができて何らかの異常が認められる割合は、次のように上昇している。これらの数値は、他県平均の40~50倍に達する。
   今年3月発表・・・・35.8%
   今年8月発表・・・・43.6%
 さらに、8月の二次検査で、1人に甲状腺癌が初めて発見された。18歳未満の甲状腺癌はきわめて珍しい。

 以上、成澤宗男(編集部)「子どもや女性は福島から避難を」(「週刊金曜日」2012年9月21日号)に拠る。

 【参考】
【原発】「避難する権利」 ~原発事故がもたらした分断~
【原発】「避難する権利」の考え方に対する批判と反論
【原発】「避難する権利」の背景 ~日本社会の「リスク社会」化~
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【原発】放射能汚染に警鐘を鳴らした市議が失職

2012年09月28日 | 震災・原発事故
 (1)群馬県桐生市議会(定数22)は、今年6月20日、1人の市議に対する「除名を求める懲罰動議」を反対2、棄権1の大差で可決した。
 その理由・・・・庭山由紀・市議(当時)が、前月、献血に関して「放射能汚染地域に住む人の血って、ほしいですか」とツイッターで発信したことが、「議会の品位を著しく汚」し、「公職の立場にふさわしくない」。

 (2)桐生市が「放射能汚染地域」かどうかについて言及した報道は皆無に近い。
 だが、市が公表した数値では、下水処理施設から出る焼却灰から、この6月に、2,910Bq/kgのセシウムが検出されている。
 さらに、土壌についても、8月に、市内の公園から25,000Bq超の高い数値が出た。
 一番強調したかったのは、桐生が放射能汚染地域なのだ、ということ。しかし、市や多数派議員は「汚染状況重点調査地域」などとして汚染の事実を認めず、市民に注意も呼びかけない。そのためか、市全体としても意図的に現実から目をそらそう、考えないようにしよう、という雰囲気が強い。放射能問題を指摘すると、逆に嫌がられる傾向がある。学校給食も、昨年度まで月に2回、1回につき3品目程度しか食材検査をしていなかった。昨秋には、群馬県産の白菜から18Bq/kgという数値が出たのに、市は公表していない。議会で追及したら、「地元農家の風評被害を懸念したから」という回答だった。【庭山前市議】
 桐生市は、「風評被害」を懸念し、消費者の実害を懸念しない、という構図だ。
 昨年6月から、月2回定点モニタリングを実施し、分布マップを作成して公開している。市民から申込みがあれば、自宅や事業所を訪問して線量を測定し、高い場合は除染も行っている。給食についても、現在すべての食材の測定結果をホームページで公開している。【桐生市市民生活部放射線対策室】

 (3)庭山前市議がツイートした内容は、除名に値するか。
 庭山前市議は、これまで「行政視察」と称した物見遊山など、「議員の怠慢と腐敗が蔓延化している実態」を市民に明らかにし、議会でも追及してきた。他方、問責決議などが6回可決されている。
 だが、地方自治法で定められる懲罰の理由は、議会内での言動に限られる。
 庭山前市議が、多数派の横暴や議員の不勉強など問題だらけの議会でそれを指摘してきた存在だったのは事実。議会外の行為を議会に持ち込んで除名するなど、ルール違反で、絶対やってはいけない。こんなことがまかり通ったら、民主主義が破壊される。【西牧秀乗・議員(自民党)/懲罰動議に反対した一人】

 (4)庭山前市議は、PTAなどでも子どもに対する放射能汚染の危険性を訴えてきた。しかし、
 大半の親たちが無関心なのに驚いた。そのため、市役所前の献血車を見て、危機意識のなさに警告を発したのがツイートのきっかけだった。【庭山前市議】 
 それが過剰反応を惹起し、議員失職まで至った。これら一連の経緯は、「暴言市議」とレッテルを貼ってすませるほど軽くはない問題を社会に示す。

 以上、本誌編集部「なぜ、ツイッター発言が理由にされたのか」(「週刊金曜日」2012年9月21日号)に拠る。
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【原発】弱者切り捨ての嵐の中で ~福島の障害者~

2012年09月27日 | 震災・原発事故
 (1)先日、甲状腺第二次検査で細胞診をした14人のうち1人に甲状腺癌が見つかった。
 福島県民、そして福島県の子どもたちは、これから否応なく低線量被曝の環境の中で生きていくことになった。

 (2)健康問題、被曝に関連する疾病や障害を予防し、被害を最小化するために、さまざまな市民の努力が重ねられてきた。
 その一方で、疾病や障がいに対する忌避感が高まり、差別が助長されるのではないか、という懸念がある。

 (3)鈴木絹江(福島県田村市)は、障害者の自立支援活動家。自分にも障害がある。3・11後、いのち・生活の危機に瀬する障害者や難病を持つ人々の生活を支えるため、さまざまな困難と闘い続けてきた。自分も被曝によって体調を崩し、仕事を辞めなければならない瀬戸際に立つ。
 彼女は、総理大臣、厚生労働省、復興庁に宛てて要望書を出した。
 その要望書を読めば、3・11から今までに、障がい者や要援護者に何が起きたかを知ることができる。
 要望は3つ。

  (a)障害や難病を抱える人や要援護者が生き延びられるような緊急避難計画。
  (b)これらの人々を子ども同様、原発事故におけるハイリスクグループとした支援救済計画の実施。
  (c)誰もが安心して暮らせるための脱原発。

 (4)個々に具体的な要望事項がたくさんある。
 緊急時には、手話通訳士の確保、1日24時間の介護支給、車いすごと載せられる車両の確保、避難先で薬などが入手できる体制、等。
 どれも生死に直結する。
 どの教訓も、実際の被害、犠牲の上に得られたものだ。
 支援救済策としては、避難先や仮設住宅が障害者に対応していない問題、人工透析の水の安全性確保などがある。

 (5)要望書を読むと、この原発事故がどれだけ苛酷なものであったかが分かる。
 放射能がいのちに対して大きな負荷となっていることも感じ取れる。

 (6)生のために真剣に戦い続けてきた障害を持つ人々が、今、被曝と弱者切り捨ての嵐の中で闘っている。
 それは、福島県民、福島県の子どもたちの、未来の人々の闘いでもある。

 以上、うえのさえこ(「ハイロアクション福島原発40年実行委員会」委員長)「弱者切り捨ての嵐の中で ~福島から遠く離れて第11回~」(「週刊金曜日」2012年9月21日号)に拠る。     ↓クリック、プリーズ。↓
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【新聞】政策を不十分にしか伝えていないマスメディア ~質問力が弱い~

2012年09月26日 | 社会
 (1)政治の季節だが、政策に関する報道が極めて不十分だ。政策に関する論議のあり方を再検討すべきだ。

 (2)各政党が選挙に向けて準備する政策綱領やマニフェストは、これまでお飾りにすぎなかった。
 本来は、政策実現のために政権をとるのだが、日本では「政権を取るために政策を並べる」だけだ。政権が目標であって、政策は手段にすぎない。
 しかも、日本の政策論議は、ディベートの形をとらない言い放しが多いので、無責任になりがちだ。とりわけ、政権を取る可能性が低い政党の場合、そうなる。いいとこ取りで、整合性がない。このため、
  (a)財源の裏付けのない政策、必要性の疑わしい人気取りのための政策が堂々と主張される。<例>2009年の民主党のマニフェスト。
  (b)抽象的な文言が多い。<例>「住みよい社会をつくる」「日本の活力を復活させる」・・・・問題は、住みよさや活力を具体的にどのようにして実現するか、だ。それを欠く政策綱領は、一方的で空虚な宣伝文書にすぎない。
 こうなるのは、政治理念がはっきりしないからだ。

 (3)自民党政権時代の選挙民と政党との意思疎通は、利益団体(<例>農業関連団体などの職業団体)の政治家に対する陳情ないし要請、その見返りとしての票の提供という形で行われてきた。
 民主党政権になって、この構図には変化が生じた。しかし、政策を要求するのが職業団体であることに変わりはなく、よって政策は依然として生産者・供給者の側からのものに偏っている。逆に言えば、消費者の立場は政治に反映されない(例外は脱原発官邸デモ)。
 この状況を変えるには、利益団体と政治の間で非公開のチャンネルを通じて行われてきた政策論議=票と交換での政策要求をオープンなものとする必要がある。

 (4)日本のマスメディアは、政党の政策を伝えるに、伝え方が不十分だ。
  (a)政党の政策をそのまま伝えるだけであって、積極的に質問して問題点を指摘することが少ない(政府が推進しようとする政策についても、同じく)。
  (b)「質問力」が弱い。「経済政策の基本方針は?」といった質問をしている。これでは総花的、非整合的、抽象的な答を許すだけだ。勉強不足だ。正しい質問は、問題を正確に捉えて、初めてできる。
  (c)実に容易なレッテル貼りをする。賛成派、反対派に区別したがる。脱原発、消費税、TPP、すべてそうだ。最初から分析を放棄し、政策提案者の路線に取り込まれている。
  (d)前提によって答が大きく変わる問題も多いのだが、これに留意しない。<例>電力需要量は今後の経済成長率や製造業の比重によって大きく変わる。真に重要な論点は「今後どの程度の製造業活動を日本に残すか」なのだが、日本のマスメディアは、原発依存度だけを取り出して「脱原発か否か」だけを訊く。まったく無意味な質問だ。

 (5)選挙民は、受動的に政党のマニフェストや政策綱領を受け取るだけでなく、積極的に政党に質問すべき。具体的な政策に関して、数字を訊くほうがよい。<例>経済政策に関しては、次の3つ。
  (a)社会保障制度、ことに年金制度をどう改革するか。それによって、10年後の国の一般会計社会保障関係費をいくらにするか。
  (b)税制をどう構築するか。10年後の国の一般会計税収をいくらにするか(今後10年間の年間名目成長率を2%と仮定)。
  (c)10年後の国の一般会計の赤字をいくらにするか。 

 (6)(5)は、財政運営に係る質問だが、経済政策の基本的な方向は(5)に集約される。為替レート、産業構造は、基本的には市場が決めるべきもので政府は関与しないほうがよい。
 なお、(5)は公約にしなくともよい。選挙の際の判断材料にすぎない。状況が変われば、あるいは目標が誤りだったとわかれば変更すればよい(ただし、次の選挙でマイナスに考慮される)。

 以上、野口悠紀雄「政策論議のやり方を考え直す必要がある ~「超」整理日記No.628~」(「週刊ダイヤモンド」2012年9月29日号)
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【原発】国会事故調報告書を読んでいない東電幹部 ~新生東電の実態~

2012年09月25日 | 震災・原発事故
 (1)下河邊和彦・東京電力会長および廣瀬直己・同社長は、9月11日の会見で、原子力改革に向けた新体制を発表した。
 新体制は次のようなもので、「原子力ムラと呼ばれる体質から脱却し、苛酷事故は二度と起こさない」と下河邊会長はあいさつした。
  (a)取締役会の諮問機関として「原子力改革監視委員会」が、対策を提言する。同委員会は、下河邊会長、米原子力規制委員会の元委員長、櫻井正史・元国会事故調委員などで構成される。
  (b)「調査検証プロジェクトチーム」が、4つの事故調を踏まえて、(a)と一体で事故を検証する。同チームは、社内外の実務家・専門家から構成される。
  (c)結果と提言を受けて、「原子力改革特別タスクフォース」が実行する。同タスクフォースは、廣瀬社長を長とする。

 (2)質疑で、
  (a)(1)-(c)の目的を問われると、
    ①安全意識の向上のため、会社上層部のリーダーシップが不足していたことなどへの対策。
    ②(1)-(b)の仕事となる(丸投げ)。【廣瀬社長】
  (b)国会事故調では原子力ムラを象徴する電気事業連合会が規制庁に働きかけて規制逃れを諮ったことを「人災」だと呼んだ点に関する質問に対しては、
    ①そうした「誤解」が生じることのないようにしたい。【廣瀬社長】
    ②過去のそのような疑念をクリアできるようにした。【下河邊会長】
  (c)苛酷事故を前提に、無用な被曝を避けるフィルターをベント弁につける海外の知見を既存施設に導入せず、規制逃れをしたことについて、国会事故調では「人災」と認定した過程を見ていなかったのか、という追撃質問には、
    ①全然、つつがなくは見てない。【廣瀬社長】
    ②諸々、時間的な制約もあって、フォローしていない。【下河邊会長】

 (3)「調査検証プロジェクトチーム」に仕事を丸投げする「原子力改革特別タスクフォース」。
 かつての東電が行った規制逃れを「誤解」と呼ぶ廣瀬社長。
 国会事故調の追及から目を逸らしている廣瀬社長および下河邊会長。
 これが、6月に始まった「新生東電」の実態だ。

 以上、まさのあつこ(ジャーナリスト)「報告書を読んでない新幹部 ~東電が原子力改革新体制を発表~」(「週刊金曜日」2012年9月21日号)に拠る。
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【沖縄】オスプレイ43機が行方不明

2012年09月24日 | 社会
 (1)6月29日付け「沖縄タイムス」は次のように報道した。2008会計年度までに予算承認された米海兵隊調達のMV22オスプレイ126機のうち、事故・故障の12機を除いて43機が行方不明・・・・これが米議会で指摘された。
 2009年度米海兵隊航空計画でオスプレイ保有数が71機と記されていることで発覚した。米会計監査院や課員監査政府改革委員会が米海兵隊に情報開示と説明を求めたところ、拒否され、問題化した。
 議会が独自に調査した中では、破損などの報告を避けるため、訓練などでダメージを受けた機を倉庫に保管し、未報告としていた、などという海兵隊員らの情報もあった。【米議会関係者】

 (2)調達総数の3分の1以上がリタイアして編成から外されているのは、軍用装備として運用面で重大問題だ。
 予算執行後も、メーカー側の都合で引き渡しが遅れることが米国製装備ではよくある。【現職自衛隊幹部】
 事実、日本が自衛隊に装備するため米国から購入した兵器やその構成品が、代金支払い後何年も引き渡されないケースが多発していて、国会でも問題になったことがある。しかし、

 (3)別趣旨のコメントもあった。
 おそらく、生産初期ロットで不具合調整が仕切れていないため、編成から外してあるのだろう。後に予算措置できたら、改善措置を施して現役復帰させるものと思われる。【在日米軍海兵隊筋】
 実用後も不具合だった機体が重大事故を起こす前に予防的に編成から外した、ということだ。実際にインシデント(事故にはならなかったが、重大事故につながる事態が発生した状態)が生じてのことだ。

 (4)軍用機に係る事故発生率について、「バスタブ曲線」という現象がある。
  (a)生産開始後の運用初期には、事故件数が多い。まだ未発見の問題箇所があったり、使用する側が不慣れだったりするからだ。
  (b)ある程度の気管の運用を経ると、事故件数が低い状態で落ち着く。故障傾向や使用のコツが把握されるからだ。
  (c)運用末期には、事故が起きやすい。故障・不具合が多発するからだ。

 (5)今回の事態は、(4)-(a)と説明できるが、事故発生を当然見込むべき、ということになる。
 だいたい日本の防衛省が独自に調査し説明すると言っても、オスプレイは自衛隊が持たないまったく新しいジャンルの航空機。ヘリコプター運用では説明できない問題もあるのに、何を理解して安全性を保証するというのか。お謹話の負担軽減にもオスプレイがどう関わってくるのかを含め、問題点も改善する立場で米軍と共にしっかり説明していかねばならない。【自衛隊元将官】

 (6)10月めどでのオスプレイ運用開始後、日本全国で6コースある低空訓練コースで年に各50回程度、全体で300回ほどの低空飛行訓練を実施する・・・・と米海兵隊は発表している。「低空訓練コース」は、日米取り決めに基づく訓練のための「提供施設」ではなく「基地間移動のためのコリドール(回廊)」として説明されてきた。
 危険な訓練を行う合意など、日米間には存在しない。日米安全保障条約や地位協定に照らしても、根拠がない。
 「43機行方不明」問題は日本国民をしてオスプレイの安全性に対する危惧の念を募らせるし、根拠のない「低空訓練コース」問題は米軍ひいては米国に対する不信に拍車をかける。

 以上、古是三春(軍事評論家)「オスプレイ43機が行方不明 ~日本への「低空飛行訓練」押しつけに向け準備着々」(「週刊金曜日」2012年9月21日号)に拠る。
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【原発】「避難する権利」の背景 ~日本社会の「リスク社会」化~

2012年09月23日 | 震災・原発事故
(1)背景事情の分析 ~日本社会の「リスク社会」化~
 (a)日本国内の、決して狭くはない一定の地域で、原発事故由来の放射線被曝が生じている。政府発表の外部放射線線量はそれを裏づける。<例>福島市在住の子どもの尿からもセシウムが検出されている。
 (b)ただし、長期にわたる低線量被曝の健康影響がどの程度のものなのか、議論が分かれる。
 (c)しかし、いずれにせよ、被曝事態は事実だ。
 (d)放射線被曝という「目に見えない」リスクの増大をどう考えるか。・・・・ウルリッヒ・ベックによれば、1970年代以降に「産業社会」から転換した「リスク社会」は、「リスク発生の不可避性」「リスクの不可視・不可知性」「リスクの収束不能性」という特徴を有する。その最たるものが原発や放射線被曝の問題だ。
 (e)日本社会は「リスク社会」化している。にもかかわらず、問題解決の仕組みが全くそれに対応していない。適応不全を起こしている。・・・・これが、今回の原発事故とそれに続く一連の出来事のなかで露わになった。
 (f)これまでも不安(リスク)に対しては排除で対応してきた日本は、リスク社会への移行ができていない。【樫村愛子】・・・・が、今回の原発事故後の様相は単純ではなかった。人々は、必ずしも手に余るリスクの前に絶望し、手を拱いていたわけではなかった。自ら被曝の状況を計測し、その結果を共有し、複数の専門家の意見を参照しながら、自らの頭で判断し、自らの決断で行動を選択し始めている。<例>原発被災からの自主避難。
 (g)危険社会への転換に伴う国家と住民との関わり方はどうあるべきか。シロかクロかを国家が決めて、、住民に対してそれを示す、という従来のあり方ではなく、「グレー」なものはそうであることを前提に、徹底的な情報開示と、それに基づく自己決定権の保障を基軸としたあり方を構想すること。それは、震災が顕在化させた「リスク社会」の実相を前提に、住民を統治の客体ではなく、真の意味での主体として承認する新しい住民と国家のあり方の提起ではないか。

(2)救済の客体ではなく権利の主体として
 (a)「支援」という言葉を使ってきた。確かに、放射能汚染地の住民や被爆者のための社会的政策は必要だ。しかし、行政府による特別な施しを求めているのではない。避難する者も留まる者も、リスクを受容して故郷に戻る者も、皆等しく自分らしく人間らしく生きる権利を行使する主体なのだ。
 (b)原発事故の放射能汚染により、避難、保養、防護など、被災者はこれまでと同じようには生きることができなくなった。しかし、それは人として他者と対等に、平等に生きる可能性を奪われたことを意味しない。
 (c)困難の克服を被災者の自助努力に委ねることなく、人権保障の政策として行うことは、国家の責務だろう。原発を推進してきた国家であれば、なおのこと重い義務がある。
 (d)原発事故被災者支援法は、そのための根拠となる法律にならねばならない。現在国会に諮られている法案は、個々人の権利を直接根拠づけるものではない点で、権利法と呼ぶ水準にはないが、権利の主体である被災者が、当事者としての運動を通して、「不断の努力」により育てていくものだ。

 以上、中手聖一/河崎健一郎「日本版チェルノブイリ法の可能性と「避難する権利」」(「現代思想」2012年7月号)に拠る。

 【参考】
【原発】「避難する権利」 ~原発事故がもたらした分断~
【原発】「避難する権利」の考え方に対する批判と反論
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【原発】「避難する権利」の考え方に対する批判と反論

2012年09月22日 | 震災・原発事故
(1)コミュニティ崩壊論からの批判
 【批判】
 「個々人の勝手な行動を認めては、地域コミュニティが崩壊する」・・・・これは、特に地方自治体などの、住民流出を食い止めたいという思惑と重なって主張される。避難を選択しようとする人を苦しめてきた強い同調圧力の背後にある論理だ。

 【反論】
 (a)この問題を社会のありようの問題として考えるのか、個人の人権の問題として考えるのか、という根本的な立ち位置のとり方の問題に収斂する。憲法上の人権は、多数者の意思にかかわらず守られなければならないが故に、憲法上の人権なのだ。
 (b)実際には、避難支援の現場では、できる限り従来からのコミュニティのつながりを維持し、また、新たなコミュニティ形成を支援する形での取り組みが試行されている。<例>学校単位のサテライト疎開、人的つながりを保ったままでの避難者定住地の確保。最近では、避難先と福島を結ぶラジオ番組がスタート。バーチャルな形も含め、新たな意味でのアイデンティティ強化の試みも始まっている。

(2)予防原則重視に対する批判
 【批判】
 予防原則の強調は弊害をもたらす。【開沼博】

 【反論】
 (a)避難は絶対善・・・・とはしていない。開沼が批判の対象とする「絶対避難」論者とは立場を異にする。
 (b)(a)を踏まえて言えば、確かに予防原則の考え方が無限定に適用されたとき、社会の他の局面(<例>警察行政分野)に転用され、安全・安心の掛け声のもとに、他者の人権を抑圧する武器にも容易に転化し得る。しかし、この点こそ、行政側の裁量に基づく「避難の義務」という議論で構成せずに、市民の側の「自己決定・自己選択の権利」としての「避難の権利」という構成に重きを置く理由の一つだ。

(3)自己決定など本当に可能なのか、とする視座からの批判
 【批判】
 そもそも、自己決定・自己選択には限界がある。自己決定の主体となりえない、or不完全な主体とならざるを得ない者がいる。<例>子ども、知的障がい者、認知症患者。・・・・自己の自由意思が限定的なものにとどまる者には、むしろパターナリスティックな介入が必要だ。自己決定権など幻想ではないか。

 【反論】
 (a)この批判は、長期にわたる低線量被曝の不確実性という問題設定を前提とした際に、自己決定・自己選択に基づく対応という提案に対して、何らかの有効な代替手段を提示するわけではない。権力主体によって行われる措置的施策をすべて否定するわけにはいかないが、全住民に対して一律に線を引くこと、強制が行われることによる弊害に比べて、結局は可能な限りの自己決定に向けて丁寧なエンパワメントや相談支援が行われるべきだ。
 (b)「自己決定・自己選択のための支援」の重要性が増していることは間違いない。それは、障がい者支援の取り組みなどの文脈で、すでに議論が重ねられてきた問題でもある。
 (c)自己決定・選択の可否は、個々人の能力の問題だけに矮小化されるものではなく、選択肢の充実度合いや心理支援の有無など、環境要因と相関することは、市民団体等の行ってきた避難相談の実情からも明らかだ。

(4)自己責任論への回収の危険性
 【批判】
 自己選択権を前面に出したがために、「自己責任論」に回収され、公的な責任が後退してしまうのではないか。

 【反論】
 (a)社会福祉政策の例に見られるように、このおそれは多分にある。しかし、裏返してみれば、この点はまさに、国家に対する請求権としての「避難する権利」をどれだけ実質をもって充実させることができるかにかかっている。
 (b)「選択的避難区域」においては、避難・残留・帰郷のいずれの選択をも人権として定立されることが想定されている。そのいずれの選択に対しても保障すべき責任が国にある。避難・残留をめぐる支援策の絶対的不足が、自由な選択を妨げ、地域の分断を引き起こしているのだ。
 (c)国家による被災者への直接的支援は、あくまで物的・経済的側面にとどまらざるを得ない。
 (d)人は、関係性の中で社会生活を営んでいる。避難や移住を可能にする非国家の、社会的支援の仕組みが、重層的に構築される必要がある。これに対する支援策も、「避難する権利」確立の一部とすべきだ。

 以上、中手聖一/河崎健一郎「日本版チェルノブイリ法の可能性と「避難する権利」」(「現代思想」2012年7月号)に拠る。

 【参考】
【原発】「避難する権利」 ~原発事故がもたらした分断~
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【原発】「避難する権利」 ~原発事故がもたらした分断~

2012年09月21日 | 震災・原発事故
(1)原発事故がもたらした分断の現在
 原発事故により放出された放射能が、汚染地の住民間にもたらした亀裂、その痛みは計り知れない。「避難/残留(帰郷)」「補償される/されない」「外で遊ばせる/遊ばせない」「地元産物を食べる/食べない」・・・・汚染度合いの異なる地域間、同一地域内でも世代・家族・夫婦などの間に、埋めがたい認識の違いを生んだ。
 「分断」が個々の住民の意識の問題にすり替えられないよう、注意しなければならない。現在起こっている分断は、放射線被曝の健康への影響(一つの答に収斂し得ない)という問題について、、行政府による「一方的な立場の押しつけ」と「画一的な線引き」により、強制的に作出された分断だからだ。
 福島県内の多くの自治体では、「避難」「移住」はもとより「保養」の2文字が入っているだけで、市民団体が行う活動に行政の協力が得られない。子どもたちのためのリフレッシュ企画も、「放射能」の文字を削除することを条件に配布協力がされる(検閲もどき)。そんななか、住民は不安を口にすることができず、心を閉ざし、思考停止に追い込まれてしまう。
 分断の現状に対するこれ以上の不作為を、政府に対して許すことはできない。

(2)自己決定・自己選択の尊重
 放射線被曝の健康影響に単一の正解を出せないのであれば、各自の自己決定・自己選択を尊重しあうしか、分断を乗り越える道はない。
 政府も、科学的にシロ・クロ付けがたく住民の選択が分かれる問題については、各自の自己決定・自己選択の尊重を基本としえ政策を実施する姿勢が求められる。納得の得られる情報開示をしっかりと行い、住民自身が主体的に判断できる環境を積極的に整えていくべきだ。そして、それぞれの決定・選択を差別なく平等に保障していく必要がある。どちらか一方の立場だけを後押しして、分断を助長する愚を繰り返してはならない。 

(3)自己決定を実現する枠組みとしての「避難する権利」
 (a)一定線量以上の放射線被曝が予測される地域の住民には、避難する権利/避難の権利/選択的避難権が認められるべきだ。
 自らの行動を選択するために必要な情報を受け、避難を選択した場合に必要な経済的・社会的支援を受ける権利が認められるべきだ。
 
 (b)ロシア、ウクライナ、ベラルーシのチェルノブイリ法は、三国とも①選択的避難区域の設定、②避難の権利の実質的保障、の2つの要素が含まれている。選択的避難区域の住民が、避難を選んだ場合には避難先での住居や雇用の手当など社会的な保護が与えられ、留まることを選んだ場合には被曝リスクに対する補償として一定の給付がなされるなど、国家の責任による対応が保障される。

 (c)自らと子どもたちの健康と生命を守りたい気持ちは、憲法の保障する基本的人権の一つだ。それを具体化する日本版チェルノブイリ法の立法が求められる。
 「福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク」は、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」などと連名で、2012年2月15日、「原発事故によって生じた放射線被曝の被害者に対する恒久的な対策立法の制定を求める立法提言」を公にした。その中で、年間1mSv超地域の選択的避難区域の指定、避難者の生活再建支援施策、累積線量を管理するための健康管理手帳交付、健診・医療費の無料化など適切な措置を講じることを求めている。
 なお、「避難する権利」は「避難する義務」ではない。誰にも通用する正解を容易に措定できない状況にあることこそが問題の本質なのだ。とどまるか、避難するか、どちらの選択が正しいとも間違っているとも言いきれない。グレーゾーンが広がっている。
 環境法の主要な考え方の一つ、「予防原則」に従うならば、「科学的証明が不確実」であっても、健康への悪影響を懸念して対応を行うことは、十分に根拠づけられる。

(3)「原発事故被災者支援法」
 (a)野党7党により、「平成23年東京電力原子力事故による被害からの子どもの保護の推進に関する法律案」が参議院に提出された。
 健康診断などの個別項目の具体性において優れていたが、対象を子ども・妊婦に限定し、内容をあくまで個別の政策に限定しており、「避難の権利」という枠組み設定に踏み出すものではなかった。

 (b)与党から谷岡郁子・議員が中心となって、「東京電力原子力事故の被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律案」が参議院に提出された。
 一定線量以上の地域(支援対象区域)に居住する個々人に「避難する権利」があるという前提で、その権利の実質を保障するよう行政に求める内容だ。もっとも、政府との調子を経る必要がある与党案は、総じて抽象的な規定にとどまり、具体的な予算措置が講じられていない。

 (c)与野党による一本化協議が行われてきた。2012年6月初旬の段階で、与野党調整は整った。

 (d)「原発事故被災者支援法」がおおむねこのままの形を保ったまま成立した場合、次に課題になるのは個別政策の充実だ。
 予算措置の前提として、第一に定めることが必要となるのは、「支援対象区域」をどの範囲で画するか、という点だ。チェルノブイリ法と同等の水準、年間1mSv超の地域が含まれるかどうか。
 第二に問題となるのは、支援対象地域からの移動、住宅の確保、就労や就学に関する支援、無料の健康診断、医療費の減免等の具体的な施策の実現だ。加えて、支援対象地域内に留まって生活する場合の学校給食への被曝検査機器の導入、長期にわたる保養プログラムの提供、無料の健康診断、医療費の減免などの具体的な施策が示されなければならない。支援事業の策定過程への被災者・支援団体の参加が確保できるか否かも重要なポイントとなう。また、それら施策の実施状況をモニタリングして、過不足や調整課題について適宜・適切に行政に対してフィードバックできる仕組み作りも必要となる。

 以上、中手聖一/河崎健一郎「日本版チェルノブイリ法の可能性と「避難する権利」」(「現代思想」2012年7月号)に拠る。
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【社会保障】医療費抑制のあの手この手 ~一体「改革」の危険性~

2012年09月20日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)医療・介護を財政面で見ると、給付の重点化と効率化が打ち出されている。社会保障・税一体改革案(2011年6月)別紙「社会保障改革の具体策、工程及び費用」によれば、
  (a)平均在院日数の減少等(4,300億円削減)
  (b)外来受診の適正化等(1,200億円削減)
  (c)介護予防・重度化予防と介護施設の重点化(1,800億円削減)
  (d)介護納付金の総報酬制の導入や保険給付の重点化等(1,600億円削減)
などの「重点化・効率化」で、1.2兆円の削減が可能、とされている。

 (2)政府の試算。
 (1)-(a)では、①2011年の平均在院日数(19~20日程度)が、2025年には高度急性期15~16日程度、一般急性期9日程度に減少。②精神病牀については、2025年には在院日数1割程度減少。
 (1)-(b)では、生活習慣病予防、保険者機能の強化などにより、外来患者数が2025年には現行ベースより5%減少。
 (1)-(c)では、要介護認定者数が同じく3%程度減少。

 (3)(1)-(a)は、1病床あたりの医師数・看護師数の増大などの医療資源の集中投入が不可欠となる。それは医療費増大につながる。
 平均在院数短縮にともなって病床数を大幅に削減できるのであれば、医療費のある程度の削減も可能だが、病床数は現状維持とされている。医療費の削減は期待できない。
 医療資源の集中投入なしに、強引に平均在院数短縮を進めようとすると、医療が必要な患者の強制的退院が加速する。

 (4)(1)-(b)の生活習慣予防、つまり現行の特定健康診査・特定保健指導による医療費抑制の効果は、未知数だ。保険者機能強化も期待できない。それにより外来患者が減少するとは考えにくい。
 むしろ、外来患者数の5%減少は、定額負担制度の導入とその段階的引き上げで、低所得者や複数の疾患を抱える高齢者の受診率抑制によって達成されることが見込まれているふしがある。定額負担制度導入の断念により、その達成は困難になった、といえる。

 (5)(1)-(c)の介護費抑制効果も未知数だ。期待できない。
 高齢化が進むのだから、要介護者は増えていく。被災地などでは介護施設の再建が進まず、仮設住宅などにおける閉じこもった生活で、要介護高齢者が急増している。
 結局、要介護認定者数3%減少は、要介護認定の厳格化によって達成しようとしている、と推察される。
 改正介護保険法で2018年3月末まで先送りされたとはいえ、介護療養病床(9万床)の廃止(介護施設の重点化)が実現すれば、介護費は大きく抑制されるだろう。さらに、社会保障・税一体改革案の別紙では、試算は示されていないが、要支援者に対する給付の重点化が挙げられている。将来的に、要支援者への保険給付外しによる介護費の削減が意図されている。

 (6)いずれも、医療・介護については給付抑制策が中心になっている。これでは、消費税が増税されるだけで、医療・介護は充実どころか、必要な医療や介護が受けられない患者や要支援者・要介護者が増大することになる。

 (7)特に高齢者医療については、医療費が年間12兆円に達し、給付費の増大が予想されるため、給付抑制策が強化されていく可能性が高い。
 介護保険のように、高齢者医療の給付(療養の給付)を現金給付化して、患者を区分し、区分ごとに給付上限を設定する方式が導入される可能性がある。ちなみに、患者の区分化と区分ごとの診療報酬設定は、2006年7月から、療養病床の長期療養患者に導入されている。

 (8)現行の後期高齢者医療制度の療養の給付は、各医療保険制度の療養の給付と同様、現物給付だ。
 そして、各医療保険制度では、保険外の診察と保険給付部分の療養の給付を組み合わせる混合診療は、原則禁止されている。
 しかし、高齢者医療制度の療養の給付を現金給付化し、保険給付でカバーできる医療の範囲を縮小し、介護保険の給付のように上限を設定すれば、上限を超えた保険給付外の部分と保健給付の部分を組み合わせる混合診療が、少なくとも高齢者医療においては可能になる。「高齢者医療の介護保険化」だ。事実、社会保障制度改革推進法では、医療保健制度について、「保険給付の対象となる療養の範囲の適正化を図る」(6条2号)と謳う。そうなれば、高齢者医療の給付の範囲は大幅に縮小され、高齢者医療費は大きく抑制される。

 (9)すでに、介護保険法・障害者自立支援法の施行により、高齢者福祉・障害者福祉における自治体の現物給付原則が廃止され、現金給付化が行われている。子育て支援分野でも、利用者補助方式への転換と、個人給付化(現金給付化)を内容とする子ども・子育て関連法が成立している。
 医療の現物給付(療養の給付)原則の廃止ないし縮小への外堀は埋められつつある。

 (10)TPPへの参加により、今後、医療分野で混合診療の解禁や保険給付範囲の縮小、株式会社の医療機関経営への参入など、規制緩和圧力が強まることが予想される。
 保険給付の範囲が縮小され、必要な医療が公的医療保険でカバーされなくなれば、それだけ民間医療保険に加入せざるをえない人が増える。米国の民間医療保険会社は、高齢化が進み、医療需要が増大する日本を最大の市場と見て、TPPを契機に日本への本格進出を虎視眈々と狙っている。
 高い保険料を払って民間医療保険に加入できない人は、必要な医療が受けられず、場合によっては命を落とすこともあり得る。
 すでに、皆保険と言いながら、現在でも「負担なければ給付なし」の保険原理に基づき、国民保険料の滞納があれば資格証や短期証を発行するなど、給付制限が強化されている。また、非正規労働者の増加により、保険証すら持たない無保険者が増加し、病気になっても病院に行けず、命を落とす事例が見られる【注】。
 社会保障・税一体改革は、こうした人々をますます増大させ、日本の皆保険制度の形骸化を加速させていく危険性がある。

 【注】全日本民主医療機関連合会が、2011年3月に公表した調査によると、2011年1年間に、経済的理由による手遅れで死亡した事例は71事例に上る(2009年調査に比べて大幅に増加)。そのうち、

 以上、伊藤周平「社会保障・税一体改革と生活保護制度改革」(「現代思想」2012年9月号)に拠る。

 【参考】
【社会保障】医療制度の「改革」 ~三党合意~
【社会保障】介護保険制度の「改革」 ~医療の代替策~
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【社会保障】介護保険制度の「改革」 ~医療の代替策としての介護~

2012年09月19日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)一体改革大綱においては「医療・介護」と併記されて改革案が提示されている。これが象徴するように、「医療と介護の連携」の名のもとに、介護保険による医療の安上がり代替策が進められようとしている。

 (2)そもそも、介護保険制度創設の最大の目的は、高齢者医療費の抑制にあった。老人保健施設の給付や訪問看護などを、老人保健制度(当時)の給付から介護保険の給付に移すことによって。事実、介護保険制度施行以降、高齢者医療費は減少している。
 しかし、高齢化の進展で、高齢者医療費は再び増え続けたため、介護保険の財政構造をモデルにした後期高齢者医療制度が創設されるなど、さらなる高齢者医療費抑制策が進められてきた。
 そして近年、医療費抑制策によって必要な医療が受けられなくなった高齢者の受け皿として、介護保険の給付を再編していく方向が、また、これまで医療保険の給付でカバーしていた医療行為を介護保険の給付に移していく方向が、ますます顕著になっている。
 介護報酬は、医療保険の診療報酬に比べて安い。介護保険の給付には、医療保険と異なり給付上限額が存在するため、医療費抑制には効果的なのだ。介護保険が医療の安上がりな代替とされている。

 (3)事実、2012年4月1日施行の介護保険法改正に連動して行われた同日施行の社会福祉士及び介護福祉士法改正は、介護福祉士が行うことのできる医療行為が「たんの吸引、経管栄養等」に拡大された。しかも、「等」の内容は、省令で定めることができるため、法改正なしに、医療行為の内容・範囲が際限なく拡大されていく可能性がある。
 改正介護保険法で新設された定期巡回・随時対応型訪問介護看護においても、看護職の配置が手薄で、看護職不在のまま、介護職のみで医療ケアを行う事例が増える可能性がある。
 さらに、2012年の診療報酬と介護報酬の同時改定において、急性期・回復期をすぎた維持期リハビリテーションのうち、脳血管疾患等および運動器リハビリテーションについては、2014年4月以降は介護保険の給付に移行することとされた(ただし、介護サービスの充実が前提)。

 (4)介護保険の給付から、訪問介護の生活援助などの福祉的支援が外された。それらは地域の自治会やNPO法人などのボランティア的な活動に委ねられ、介護職は「介護」という名の医療行為を担う「介護保険の医療化」が政策的に志向されている。
 しかし、これでは、給付上限のため、必要な医療やリハビリテーションが制限されたり、医療職による適切な医療が受けられなくなる高齢者が続出することになる。
 しかも、介護職が合法的にできるようになった医療行為の中には、「気管カニョーレ」の吸引など、看護職でもリスクの高い医療行為が含まれている。介護職による医療過誤事故が頻発する可能性がある。

 (5)医療ケアの必要な要介護者が増えているから、介護報酬を引き上げ、医療職を適切に配置・増員すべきだ。しかし、それは介護保険料引き上げにつながる、というジレンマがある。
 介護保険のもとでは、「介護の社会化」が進んで施設や高齢者のサービス利用が増え、また、介護労働者の待遇改善、人員配置基準を手厚くして安心できる介護を保障するために介護報酬を引き上げると、給付費が増大し、介護保険料引き上げにつながる仕組みになっている。
 介護報酬単価引き上げは、利用者負担(1割)引き上げにもつながる。
 しかし、保険料引き上げには限界がある。現行の介護保険の第1号被保険者の保険料は、定額保険料を基本とし、低所得の高齢者ほど負担が重いうえに、月額15,000円以上の年金受給者からは年金天引きで保険料を徴収する仕組みなのだ(特別徴収)。
 しかも、介護保険の公費負担部分(5割)は、消費税特定財源となるので、給付費増大は、介護保険料引き上げのみならず、消費税増税に繋がる仕組みだ。

 (6)第5期(2012年4月~2015年3月)の介護保険料は、第1号被保険者の平均月額は、第4期の4,260円から、全国平均で月額4,972円と、19.5%の大幅アップとなった。介護報酬の1.2%引き上げと、65歳以上高齢者数の増加を反映して。
 改正介護保険法に、2012年度に限って都道府県が財政安定化基金の一部を取り崩し、保険料上昇の緩和に充てることができる特例規定が設けられた。この取り崩しと、市町村の介護給付費準備基金の取り崩しで、保険料軽減効果が月額244円あった、とされる。つまり、実際には、月額5,000円を超えていたわけだ。

 (7)介護保険が社会保険方式を維持するのであれば、現在の逆進性の強い保険料負担の仕組みを低率負担に修正するなど、被保険者の負担能力に応じた介護保険料に設定し、ある程度の保険料引き上げに対応できる仕組みにしないと、介護保険のジレンマは解決できない。
 しかも、第5期改定では、第1号被保険者の給付費に占める負担率が21%に引き上げられた(第2号被保険者の負担率は29%)。高齢者の保険料負担は、ますます増大している。
 介護保険料負担の増大、年金水準引き下げ、消費税増税のトリプル・パンチを食らって、高齢者の生活不安が増大していくのは間違いない。

 以上、伊藤周平「社会保障・税一体改革と生活保護制度改革」(「現代思想」2012年9月号)に拠る。

 【参考】
【社会保障】医療制度の「改革」 ~三党合意~
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【社会保障】医療制度の「改革」 ~三党合意~

2012年09月18日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)8月10日、三党修正の内容のまま「社会保障制度改革推進法」が成立した。
 三党修正に至る過程で明らかになったことは、社会保障・税一体改革と称しながら、消費税増税と法人税減税のみが先行し、社会保障の拡充はなく、むしろ社会保障費の削減が「改革」のねらいにほかならないことだ。

 (2)当初、(a)医療の高額療養費の見直し(負担上限の引き下げ)による負担軽減と併せて、(b)受診時の定額負担制度の導入が検討されていた。
 (b)は、外来患者の窓口負担(原則3割)に、受診のたびに一定額を上乗せするものだ(当初は1回当たり100円程度)。
 (b)により、(a)の財源(1,300億円程度)を確保する予定だった。
 しかし、(b)は患者の受診抑制を招く、と日本医師会などから批判が続出し、民主党内でも反対が強く、見送りになった。
 本来は、(a)に必要な財源は、医療保険料の引き上げと公費負担の増大で賄うのが筋だ。しかし、賃金下落による保険料収入の減少に加え、後期高齢者支援金の増大などにより、大幅な保険料の引き上げを余儀なくなされている協会けんぽや健康保険組合側から、さらなる保険料引き上げに対する反発が強く【注】、財源の捻出が難しくなった。結局、(a)も先送りされた。

 (3)民主党がマニフェストに掲げていた後期高齢者医療制度の廃止は、都道府県などからの反対が強く、2012年度通常国会への見直し法案提出は中止された。そして、社会保障制度改革国民会議の議論に委ねられることになった。

 (4)高齢者医療制度の見直しは、高齢者医療制度改革会議が「高齢者のための新たな医療制度等について(最終とりまとめ)」を2010年12月に発表し、後期高齢者医療制度に代わる新制度案を提示している。それによると、
  (a)75歳以上の高齢者のうち、被用者保険に加入している被用者や扶養家族(200万人)・・・・引き続き被用者保険に加入。
  (b)残りの大多数(1,400万人)・・・・都道府県が財政運営する別枠の国民健康保険に加入。
 とはいえ、新制度案でも、高齢者は都道府県単位の国民健康保険に加入しつつも、別会計とされ、独自の保険料を負担するため、後期高齢者制度と同様、医療給付が増大すれば保険料引き上げにつながる仕組みが残っている。
 しかも、高齢者医療制度の公費負担部分(給付費の5割)は、「社会保障4経費」の一つとして、消費税ですべて賄うことになる。だから、医療給付費の増大は、消費税引き上げにも繋がる。

 (5)75歳以上の高齢者に賦課される後期高齢者医療保険料は、2012年4月から、全国平均5,561円(前年より312円増)、43都道府県で引き上げられている。
 にもかかわらず、一体改革大綱では、(a)現行の低所得者向け後期高齢者保険料軽減追加措置を段階的に縮小するとともに、(b)1割負担に据え置かれている70~74歳の高齢者の一部負担金を、2013年度に70歳に達した人から順次、法定の2割負担に引き上げる、とされている(2012年度は予算措置を継続し1割のまま)。
 
 (6)2012年度の診療報酬改定は、(a)薬価部分は至上価格を反映して1.375%引き下げ、(b)本体部分は、1.379%引き下げ、全体で0.004%引き上げにとどまった。
 (b)は5,500億円の増額で、病院勤務医などの処遇改善、癌治療、認知症治療の推進などに重点的に配分される。しかし、要望の強かった診療所の再診料の改定は見送られた。

 【注】特に協会けんぽ(健康保険協会管掌健康保険)の場合、2012年度の平均保険料率は10.04%(2011年度9.5%)で10%を超える水準となり、3年連続の引き上げとなっている。しかも、上昇分の半分以上は、後期高齢者支援金・前期高齢者納付金などの拠出金の増加だ。

 以上、伊藤周平「社会保障・税一体改革と生活保護制度改革」(「現代思想」2012年9月号)に拠る。
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【原発】問題山積みの高濃度汚染ゴミ ~栃木県の最終処分場~

2012年09月17日 | 震災・原発事故
 9月3日、環境省は、栃木県の国有林野(矢板市塩田)を「指定廃棄物」の最終処分場の候補地に選定した、と発表した。
 放射性物質汚染対策特別措置法の定める「指定廃棄物」とは、平たくいえば高濃度汚染ゴミのことだ。東電福島第一原発から放出された放射性物質は、大地、森、川に降り注いだ。これが、ゴミ焼却や水道・工業用水の浄水、下水処理の過程などで、8,000~10,000Bq/kgに濃縮され、高濃度汚染の灰や汚泥となった。
 その最終処分場を選定するには、問題が山積みだ。

 (1)最終処分場は、都道府県ごとに国が建設する。都道府県とは複数の候補地について協議するが、市町村とは協議しないし、住民との合意形成も行わない。
 今回、横光克彦・環境副大臣が、突然矢板市役所を訪れ、市長にその場で断られた。
 だが、環境省はこれに懲りず、今後他でもこのやり方を続ける、という。

 (2)最終処分場には、遮蔽型の埋立施設のほか、焼却炉が併設される。環境省が林野庁や国土地理院などのデータで適地を複数抽出し、現地調査で絞り込むが、水道水源からの距離は考慮しても、灌漑用水の水源は考慮しない。
 矢板市の場合、候補地は灌漑用の塩田ダムの集水域にある。

 (3)指定廃棄物が大量だ。8月3日現在に環境省が把握しているだけで次のとおりだし、今後も増え続ける。
  ・福島県・・・・31,993トン 
  ・栃木県・・・・ 4,444トン
  ・茨城県・・・・ 1,709トン
  ・千葉県・・・・ 1,018トン
  ・東京都・・・・   982トン
  ・新潟県・・・・   798トン
  ・群馬県・・・・   724トン
  ・宮城県・・・・   591トン
  ・岩手県・・・・   315トン

 (4)年間1mSvを下回るまでに100年はかかる、と環境省は考えているため、建設できたとしても、建設・管理費、地域が抱える健康・環境リスクは想像を絶する。

 (5)最大の問題は、指定廃棄物の処分場だ、との報道とは裏腹に、公表資料には「10万Bq/kgを越える廃棄物も処分する可能性がある」とも書かれていることだ。特措法には、処理体制に係る定めはない。
 一般ゴミや産廃施設でさえ、廃棄物処理法上、利害関係者は生活環境の見地から市町村長や知事に意見を出せる。ところが、指定廃棄物の場合にはほぼ無法状態で、地域の100年を左右する高濃度汚染ゴミを環境省の裁量だけで処理できる、としているのだ。

 以上、まさのあつこ(ジャーナリスト)「問題山積の高濃度汚染ゴミ」(「週刊金曜日」2012年9月14日号)に拠る。

    *

 処分場候補地は、昔はナラやクヌギの木が多い雑木林だった。戦後、満州から引き揚げてきた農民たちが木を切って開拓し、炭焼きで生計を立てた。それから林業を興そうと、スギやヒノキを植えた。
 茂みには細いせせらぎがあり、透明な水が音をたてて流れていく。数km下流の農業用水ダムに流れ入る。
 近くには湧き水の水源があり、矢板市民の飲料水となるダムもある。しかも、処分場候補地の真下には、関谷断層という活断層が走っている。
 処分場候補地から、わずか300mのところに人家が1軒ある。この家にはかつて阿久津川高一郎という人気力士が暮らし、「相撲道場」と呼ばれていた。今は高齢の男性が住まい、時々女性が訪れることもある。

 「寝耳に水だった」と遠藤忠・矢板市長は、9月6日の説明会で強調した。政府の体腔について、「極秘のうちに候補地を絞って一気に知らせる。一方的で地元を無視した極めて卑劣なやり方」と痛罵し、「オール矢板」で反対運動を繰り広げると宣言した。
 だが、市民は疑心暗鬼だ。
 福田富市・栃木県知事は、遠藤市長が高校教諭だった頃の教え子。二人は昵懇だ。11月に選挙を控える知事は、溜まる一方の放射性物質の解決にめどをつけなければならない。知事の応援もあって今春の選挙に勝ち、3期目に入った遠藤市長は、年齢(71歳)からして次はない。教え子をアシストするつもりかもしれない。市内の放射線量は高く、農産物の風評被害がひどい。8月には、地元経済と雇用を支えるシャープ工場の大幅縮小が決まった。さらに、野党の渡辺喜美・みんなの党代表の選挙区で、政治力も弱い。政府にとって攻めやすい。【矢板市幹部】

 以上、大場弘行(本誌)「彷徨う「放射性ゴミ」」(「サンデー毎日」2012年9月23日号)に拠る。

 【参考】
【原発】札幌市はなぜガレキ受け入れを拒否したのか ~内部被曝~
【原発】米子市の震災瓦礫受け入れ撤回要請書
【原発】ガレキ処理はなぜ進まないのか ~環境省の「環境破壊行政」~
【原発】放射能を全国にばらまく広域処理 ~バグフィルターの限界~
【震災】原発>亡国の日本列島放射能汚染 ~震災がれき広域処理~
【震災】ガレキ広域処理は真の被災地支援になっているか?
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【沖縄】の青い空は誰のものか ~オスプレイ問題~

2012年09月16日 | 社会
 (1)9月9日、沖縄県宜野湾市で「オスプレイ配備に反対する県民大会」が開かれた。
 参加者101,000人。

 (2)これで、10月に米軍が普天間飛行場にオスプレイを配備することは、客観的に不可能になった。
 オスプレイを沖縄に強行配備すれば、普天間基地ゲート前での座り込みなどの抗議行動が日常的に行われることになる。そして、地元住民の米兵に対する感情が悪化する。さらに、オスプレイが事故を起こせば、普天間基地の即時閉鎖だけでなく、米国が安全保障上もっとも重視する嘉手納基地の閉鎖を含む「島ぐるみ」での反基地闘争が展開される。

 (3)もっとも、一部の防衛官僚は、「MV22オスプレイを何としても予定どおり10月に沖縄に配備する」という情報を防衛省担当記者に流している。
 東京の政治エリート(国会議員、官僚)の沖縄に対する構造的差別に組み込まれ、沖縄の抵抗力を等身大で認識することができない記者は、防衛官僚の希望的観測を額面どおりに受け止めてしまう。

 (4)他方、防衛官僚よりも狡猾で自己保身体質が身についた外務官僚は、「オスプレイは筋悪案件なので、極力、防衛官僚に押しつける」という姿勢をとっている。
 外務官僚は、「MV22オスプレイを沖縄に強行配備した場合、反米感情、反自衛隊感情が拡大し、もしオスプレイが事故を起こし、沖縄県民に死傷者が発生すれば、全件規模での反基地闘争が本格的に展開され、日米安保体制の根幹を揺るがす事態になる」という分析を行い、それを首相官邸、米国国務省に伝達しているはずだ。
 鍵を握るのは米国だ。米国のジャパンハンドラー(日米安保専門家)や日本のタカ派評論家は、沖縄の抵抗力は見せかけで、「力とカネ」をカードにすれば懐柔可能と見ている。
 これに対し、日本外務省は、「もはや懐柔は不可能で打つ手がない」と諦めている。とにかく、こういう筋悪案件には極力関与しないように、と逃げ回るのがエリート外務省の文化だ。 

 (5)今回の県民大会は、事実上、保守陣営が主導した初の大会だった。
 登壇者から、沖縄差別、構造的差別、差別という言葉がこれほど多く口にされたことはない。【地元記者】
 MV22オスプレイの沖縄強行配備は、氷山の一角にすぎない。問題は、水面下にある東京の政治エリートによる沖縄に対する構造的差別だ。
 複数の登壇者が、日本の陸地面積の0.6%を占めるにすぎない沖縄に在日米軍基地の74%が所在する、という不平等な状態が差別だ、と訴えた。特に佐喜眞敦・宜野湾市長は、「私は日米安保を容認する立場だ」と断った上で、「オスプレイ配備計画を決して認めることができない」と強い調子で語った。
 沖縄国際大学の学生は、「沖縄の青い空は、米国や日本政府のものではなく、県民のものだ」と述べた。MV22オスプレイ配備強行のような暴挙を阻止するためには、沖縄の領空権を回復する必要がある、という主張だ。国際法的には、領空主権は領海主権よりも強く保護されている。日本の中央政府が沖縄の死活的利益を無視し続けるならば、沖縄の底流を流れる国家意識が甦ってくる。

 (6)沖縄には、そう遠くない過去に琉球王国という国家があった。琉米修好条約(1854年)、琉仏修好条約(1855年)、琉蘭修好条約(1859年)という3つの国際条約によって、当時の帝国主義列強から琉球王国は国際法の主体として認められていた。
 150年経て、県民大会の場で、沖縄人は「この青い空は、本来われわれの主権下にある:という真実を再発見したのだ。この歴史的意義は大きい。 

 以上、佐藤優「沖縄の青い空は誰のものか 再発見した沖縄県民大会 ~佐藤優の飛耳長目76~」(「週刊金曜日」2012年9月14日号)に拠る。

 【参考】
【沖縄】に対する構造的差別 ~オスプレイ問題~
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