(1)ローマ教皇(法王)庁(バチカン)が、キューバに対して積極的な外交攻勢をかけている。
5月10日、ラウル・カストロ・キューバ国家評議会議長がバチカンを訪問し、フランシスコ教皇と会見した。
(2)<カストロ議長のこのたびのバチカン訪問は私的な性格のもので、パウロ6世ホールの執務室で行われた教皇との会談は、和やかな雰囲気のもと、およそ50分に及んだ。
訪問後、カストロ議長が報道関係者に語ったところによれば、議長はこの会談で、キューバと米国の国交正常化に教皇が積極的に果たした役割に感謝を述べた。
また、教皇が9月に予定しているキューバ訪問に対する国民の期待と準備を伝えたという。>【注1】
ここで重要なのは、カストロ議長の訪問が「私的な性格のもの」と位置づけられていることだ。
「私的な性格のもの」であるにもかかわらず、記者会見など派手な演出を行った。なぜか。それは、米国とキューバの国交正常化交渉においてバチカンが重要な役割を果たしたことを可視化させたいからだ。
フランシスコ教皇は、9月にキューバを訪問する。その際に、キューバが無神論的政策を放棄し、宗教自由化に踏み込む・・・・といった問題についても、このたびフランシスコ教皇とカストロ議長の間で話し合われたのではないか。
(3)<続いて、ホールの応接室で、教皇はキューバの閣僚評議会副議長、外相ら、随行の政府関係者らともお会いになった。
この出会いで、カストロ議長は教皇に、ハバナ司教座大聖堂の記念メダルと、現代画家による絵を贈った。この画は難破船の残骸で作られた大きな十字架の前で、一人の移民が祈っている様子を表現しており、難民・移民問題に対する教皇の取り組みに喚起されたものという。>【注2】
現時点での米国・キューバ間の最大の懸案事項は、共産主義体制を嫌ってキューバから米国に難民となって亡命した人々が、依然としてキューバに対して激しい敵意を持っていることだ。
元難民にして現在は米国のキューバ系市民の、感情を取りなすための助力をカストロ議長がフランシスコ教皇に依頼したとも考えられる。
(4)<一方、教皇の側からは、ご自身の使徒的勧告『福音の喜び』と、聖マルチノ・トゥール司教を描いた大きなメダルが贈られた。聖マルチノが貧しい人を自らのマントで覆う場面を浮き彫りにしたこのメダルについて、教皇は、貧しい人を助けることはもとより、これらの人々に尊厳を与えることの大切さが込められていると説明された。>【注3】
この使途的勧告『福音の喜び』で、フランシスコ教皇は、教会、聖職者、そしてすべての信者に、自分自身の殻に閉じこもることなく外へと出向いて行き、弱い立場にある人、苦しむ人、貧しい人、すえての人に福音を伝えるよう強く促している。
社会主義国キューバは、貧しい人の味方であることを看板にしている。
フランシスコ教皇は、キューバの国家体制がキリスト教と矛盾しない、というシグナルを発したのだ。
【注1】記事「教皇、キューバのカストロ議長と会談」(「バチカン放送局」日本語版ウェブサイト 2015年5月10日)
【注2】前掲記事。
【注3】前掲記事。
□佐藤優「米・キューバ関係 バチカンの果たす「役割」 ~佐藤優の人間観察 第113回~」(「週刊現代」2015年5月30日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】日米安保(2) ~改訂のない適用範囲拡大は無理筋~」
「【佐藤優】日米安保(1) ~安倍首相の米国議会演説~」
「【佐藤優】日米安保(1) ~安倍首相の米国議会演説~」
「【佐藤優】外相の認識を問う ~プーチンからの「シグナル」~」
「【佐藤優】ヒラリーとオバマの「大きな違い」」
「【佐藤優】「自殺願望」で片付けるには重すぎる ~ドイツ機墜落~」
「【佐藤優】【沖縄】キャラウェイ高等弁務官と菅官房長官 ~「自治は神話」~」
「【佐藤優】戦勝70周年で甦ったソ連の「独裁者」 ~帝国主義の復活~」
「【佐藤優】明らかになったロシアの新たな「核戦略」 ~ミハイル・ワニン~」
「【佐藤優】北方領土返還の布石となるか ~鳩山元首相のクリミア訪問~」
「【佐藤優】米軍による日本への深刻な主権侵害 ~山城議長への私人逮捕~」
「【佐藤優】米大使襲撃の背景 ~韓国の空気~」
「【佐藤優】暗殺された「反プーチン」政治家の過去 ~ボリス・ネムツォフ~」
「【佐藤優】ウクライナ問題に新たな枠組み ~独・仏・露と怒れる米国~」
「【佐藤優】守られなかった「停戦合意」 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】【ピケティ】『21世紀の資本』が避けている論点」
「【ピケティ】本では手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~」
「【佐藤優】優先順序は「イスラム国」かウクライナか ~ドイツの判断~」
「【佐藤優】ヨルダン政府に仕掛けた情報戦 ~「イスラム国」~」
「【佐藤優】ウクライナによる「歴史の見直し」をロシアが警戒 ~戦後70年~」
「【佐藤優】国際情勢の見方や分析 ~モサドとロシア対外諜報庁(SVR)~」
「【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した」
「【佐藤優】「イスラム国」の正体 ~国家の新しいあり方~」
「【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~」
「【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~」
「【佐藤優】米国とイランの接近 ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~」
「【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~」
「【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~」
「【佐藤優】の実践ゼミ(抄)」
「【佐藤優】の略歴」
「【佐藤優】表面的情報に惑わされるな ~英諜報機関トップによる警告~」
「【佐藤優】世界各地のテロリストが「大規模テロ」に走る理由」
「【佐藤優】ロシアが中立国へ送った「シグナル」 ~ペーテル・フルトクビスト~」
「【佐藤優】戦争の時代としての21世紀」
「【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~」
「【佐藤優】米国の「人種差別」は終わっていない ~白人至上主義~」
「【佐藤優】【原発】推進を図るロシア ~セルゲイ・キリエンコ~」
「【佐藤優】【沖縄】辺野古への新基地建設は絶対に不可能だ」
「【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~」
「【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~」
「【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~」
「【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~」
「【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~」
「【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~」
「【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~」
「【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~」
「【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~」
「【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~」
「【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~」
「【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず」
「「森訪露」で浮かび上がった路線対立」
「【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~」
「【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」」
「【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~」
「【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~」
「【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~」
「【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~」
「【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~」
「【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~」
「【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~」
「【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ」
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
5月10日、ラウル・カストロ・キューバ国家評議会議長がバチカンを訪問し、フランシスコ教皇と会見した。
(2)<カストロ議長のこのたびのバチカン訪問は私的な性格のもので、パウロ6世ホールの執務室で行われた教皇との会談は、和やかな雰囲気のもと、およそ50分に及んだ。
訪問後、カストロ議長が報道関係者に語ったところによれば、議長はこの会談で、キューバと米国の国交正常化に教皇が積極的に果たした役割に感謝を述べた。
また、教皇が9月に予定しているキューバ訪問に対する国民の期待と準備を伝えたという。>【注1】
ここで重要なのは、カストロ議長の訪問が「私的な性格のもの」と位置づけられていることだ。
「私的な性格のもの」であるにもかかわらず、記者会見など派手な演出を行った。なぜか。それは、米国とキューバの国交正常化交渉においてバチカンが重要な役割を果たしたことを可視化させたいからだ。
フランシスコ教皇は、9月にキューバを訪問する。その際に、キューバが無神論的政策を放棄し、宗教自由化に踏み込む・・・・といった問題についても、このたびフランシスコ教皇とカストロ議長の間で話し合われたのではないか。
(3)<続いて、ホールの応接室で、教皇はキューバの閣僚評議会副議長、外相ら、随行の政府関係者らともお会いになった。
この出会いで、カストロ議長は教皇に、ハバナ司教座大聖堂の記念メダルと、現代画家による絵を贈った。この画は難破船の残骸で作られた大きな十字架の前で、一人の移民が祈っている様子を表現しており、難民・移民問題に対する教皇の取り組みに喚起されたものという。>【注2】
現時点での米国・キューバ間の最大の懸案事項は、共産主義体制を嫌ってキューバから米国に難民となって亡命した人々が、依然としてキューバに対して激しい敵意を持っていることだ。
元難民にして現在は米国のキューバ系市民の、感情を取りなすための助力をカストロ議長がフランシスコ教皇に依頼したとも考えられる。
(4)<一方、教皇の側からは、ご自身の使徒的勧告『福音の喜び』と、聖マルチノ・トゥール司教を描いた大きなメダルが贈られた。聖マルチノが貧しい人を自らのマントで覆う場面を浮き彫りにしたこのメダルについて、教皇は、貧しい人を助けることはもとより、これらの人々に尊厳を与えることの大切さが込められていると説明された。>【注3】
この使途的勧告『福音の喜び』で、フランシスコ教皇は、教会、聖職者、そしてすべての信者に、自分自身の殻に閉じこもることなく外へと出向いて行き、弱い立場にある人、苦しむ人、貧しい人、すえての人に福音を伝えるよう強く促している。
社会主義国キューバは、貧しい人の味方であることを看板にしている。
フランシスコ教皇は、キューバの国家体制がキリスト教と矛盾しない、というシグナルを発したのだ。
【注1】記事「教皇、キューバのカストロ議長と会談」(「バチカン放送局」日本語版ウェブサイト 2015年5月10日)
【注2】前掲記事。
【注3】前掲記事。
□佐藤優「米・キューバ関係 バチカンの果たす「役割」 ~佐藤優の人間観察 第113回~」(「週刊現代」2015年5月30日号)
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【参考】
「【佐藤優】日米安保(2) ~改訂のない適用範囲拡大は無理筋~」
「【佐藤優】日米安保(1) ~安倍首相の米国議会演説~」
「【佐藤優】日米安保(1) ~安倍首相の米国議会演説~」
「【佐藤優】外相の認識を問う ~プーチンからの「シグナル」~」
「【佐藤優】ヒラリーとオバマの「大きな違い」」
「【佐藤優】「自殺願望」で片付けるには重すぎる ~ドイツ機墜落~」
「【佐藤優】【沖縄】キャラウェイ高等弁務官と菅官房長官 ~「自治は神話」~」
「【佐藤優】戦勝70周年で甦ったソ連の「独裁者」 ~帝国主義の復活~」
「【佐藤優】明らかになったロシアの新たな「核戦略」 ~ミハイル・ワニン~」
「【佐藤優】北方領土返還の布石となるか ~鳩山元首相のクリミア訪問~」
「【佐藤優】米軍による日本への深刻な主権侵害 ~山城議長への私人逮捕~」
「【佐藤優】米大使襲撃の背景 ~韓国の空気~」
「【佐藤優】暗殺された「反プーチン」政治家の過去 ~ボリス・ネムツォフ~」
「【佐藤優】ウクライナ問題に新たな枠組み ~独・仏・露と怒れる米国~」
「【佐藤優】守られなかった「停戦合意」 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】【ピケティ】『21世紀の資本』が避けている論点」
「【ピケティ】本では手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~」
「【佐藤優】優先順序は「イスラム国」かウクライナか ~ドイツの判断~」
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「【佐藤優】ウクライナによる「歴史の見直し」をロシアが警戒 ~戦後70年~」
「【佐藤優】国際情勢の見方や分析 ~モサドとロシア対外諜報庁(SVR)~」
「【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した」
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「【佐藤優】の略歴」
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「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」