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2010年1月29日開設
読書
大岡昇平+社会問題・社会保障

【佐藤優】+池上彰 教養教育、帰属意識と社風、エリート教育 ~リーダー育成~

2016年10月29日 | ●佐藤優
 (1)育成がいくら難しいとしても、人間の社会や組織に、リーダーは不可欠だ。では、どうすればいいか。
 近代国家においては、すべての土台をなすのが教育だ。だから、教育の中に、リーダー論、リーダーシップ、愛国心を埋め込む必要がある。しかし、リーダーシップや愛国心をむき出しで鼓吹しても効果はない。これまでは、そこを文化に埋め込む形で自然に身に付くようにしてきた。
 ところが、その文化が弱くなっている。小説など読んでも無駄だと思っている。日本史も役に立たない。和歌など詠んでも意味がない。しかし、そういうところからは、リーダーは育たない。
 池上彰が東京工業大学で理系の学生を対象に教養教育を始めたのは、これまで、本当のリーダーを育てることができなかった、という危機感からだ。
 どうすればリーダーが育つのかは、よくわからない。しかし、少なくとも教養、リベラルアーツを備えていなければリーダーとして育たない。教養教育を始めたのは、そこだけはっきりしているからだ。海外のリーダーを見ると、皆、リベラルアーツを習得している。

 (2)トランプが書いたのも、トランプなりの俗流哲学だが、二宮尊徳、石田梅岩、あるいは松下幸之助くらいのレベルにはなっている。ロバート・キヨサキとの共著も、人にやる気を出させる方法や人間関係の構築の仕方を論じていて、なかなか説得力がある。通俗道徳に関しては、それなりの思想家なのだ。また、トランプが重視している価値は、「勤勉」だ。そこで金融資本とぶつかるわけだ。右から左にお金を動かすだけで儲けるようなのは、勤勉という価値に悖る、と。
 では、このレベルの通俗道徳を曲がりなりにも体系的に語られる日本の政治家が、一体どの程度いるのか。
 ただ、トランプは「優れた経営者」というより、「タフな交渉人」だ。「経営」というより「取引」だ。大統領になれば、プーチンとも取引できる、習近平とも取引できる、とトランプは思っているのだろう。
 それに対し、プーチンはトランプとは違うタイプだ。ロシアのインテリの系譜を引く、なかなかの教養人だ。ビザンツ帝国の伝統でもあるが、哲学者による政治、哲人政治を理想とするところがある。
 では、日本で教養のある首相は誰か。
 宇野宗佑・首相は、教養は教養でも、書を嗜むといった趣味の方の教養人だ。演説は雄弁だが、薄っぺらだった。
 日本の経営者にも、雄弁だけれど薄っぺら、というのが多い。
 大平正芳は本当の教養人だった。実は、彼の政策は、後に実現されたものが多い。田園都市構想などのプロジェクトも、設定したのは彼で、それが10年、20年経ってから動き出した。
 「あーうー」という意味不明の話し方も、実は、あれはあれで見事なのだ。「あーうー」を抜いて筆記すると、そのまま活字の文章になる。彼は書き言葉で喋っていた。「あーうー」でリズムをとりながら、頭の中で文章を書いていたのだろう。

 (3)ただ、個人がそれぞれ教養を身に付ければ、それでよいという話ではない。リーダー論もそこを考える必要がある。いきなりトップ・リーダーは出てくるわけではないのであって、まず社会の中堅やボトムのリーダーが育たなければならない。
 自民党でも、若手が派閥で鍛えられる、とぃうことがなくなっている。
 ジャーナリズムでも、書き手を鍛える場がなくなっている。
 官僚組織も、昔は「課長補佐が力を持っている」とか「主査が動かしている」と言われたものだが、そういう秩序が崩れている。
 どの組織でも、下士官クラスのリーダーがうまく育っていない。シールズのような運動では、下士官クラスのリーダーは生まれようがない。SNSで集まれと呼びかけて集まり、集会が終わると散り散りになる。これではノウハウは伝授されない。
 日本でもう一度システムを活性化させるには、やはり企業が重要ではないか。中小企業でも大企業でも、何らかの形で終身雇用制があって、帰属意識が生きている企業。そういうリーダーシップがある企業は生き残れるし、その企業がある地域は強くなっていく。あるいは職能組合や地域活動がしっかりしているのなら、そでもいい。人間が成長するには、やはり何かに帰属することが大事だ。企業でなければ、宗教団体でもいい。
 個人でも国家でもない、中間団体が大事だ、ということだ。
 それと、企業の価値は再認識においては、会社ごとの社風が持っていた意味も軽視できない。何となく皆で覚えていく社風や社訓も、馬鹿にできるものではない。
 NHKにも、社風のようなものがあって、いわゆる出世していく人間と、そうではない人間が、互いに認め合い、記者とディレクターなら方向性が違うけれども、互いに評価し合う文化があった。そういう文化が組織を支えていた。

 (4)「リーダー」と「組織」は、相互に補完的な関係にある。
 「ローマは一日にして成らず」で、理想的なリーダーも、突如、単独で現れることはない。促成栽培できるものではない。組織内で一つずつ経験を積んで、その組織にふさわしいリーダーが徐々に育っていく。
 その根底には、リーダーと組織の間、あるいは組織内のメンバーの間に相互の信頼がある。社風や帰属意識が大事だというのも、そういう意味だ。
 帰属意識ばかりで、個人が埋没してはいけないが、新自由主義によって個人がアトム化しているなかで、人間が「群れをつくる動物」として、「組織」と「リーダー」を必要とする存在であることを改めて認識する必要がある。
 人間が独りでは生きていけない社会的存在であることを忘れ、組織やリーダーというものを忌避すれば、自己利益と自己実現だけを追求するナルシシズムに陥るしかない。「向上心」の高いエリートほど、その罠に陥る危険がある。これこそ、現代社会の深刻な病理だ。エリート教育に必要なのも、実は、個々の知識や教養以上に、人間は「群れをつくる動物」であり、「独りでは生きていけない存在である」ということを教え、学ぶことではないか。

□池上彰×佐藤優『新・リーダー論 ~大格差時代のインテリジェンス~』(文春新書、2016)の「9 リーダーはいかに育つか?」
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 【参考】
【佐藤優】+池上彰 成功しているリーダーと集団の価値
【佐藤優】+池上彰 田中角栄は今日でもリーダーたりえるか?
【佐藤優】+池上彰 ルール破りの国会議員たち ~山尾志桜里・武藤貴也・上西小百合~
【佐藤優】+池上彰 メルケル首相を激怒させた安倍首相 ~伊勢志摩サミット~

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