【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~アレクサンデル・ストゥッブ~
「フィンランド化」・・・・東西冷戦中にこんな国際政治用語があった。
NATO加盟国のノルウェーとソ連との間にあるフィンランドの中立政策を指す言葉だった。
フィンランドは、ソ連と二度戦争をした。
①冬戦争(1939~1940年)
②継続戦争(1941~1944年)
ソ連が勝利した。フィンランドは独立を維持することはできたが、民族発祥の地(カレリア地方)を割譲することを余儀なくされた。
だから、フィンランド人の反ソ感情は強い。
フィンランドは、資本主義体制にとどまるが、西側の軍事同盟には所属せず、ソ連を刺激するような外交・安全保障政策を行わないように細心の配慮をしていた。
「フィンランド化」という言葉には、ソ連に配慮した中立政策に対して、国家主権の一部を自発的に放棄するようなもので、従属化だ、という批判的なニュアンスが伴っていた。
もっとも、ソ連のような危険国家に隣接しながら、独立を維持するための現実主義として「フィンランド化」を肯定的に評価する専門家もいた。
ソ連崩壊後、フィンランドは、かつてのソ連に対するような配慮をロシアに対して行うことはなくなり、西側との統合を進めた。しかし、NATO加盟のシナリオは封印していた。
この状況に変化が生じつつある。
6月24日、ニーニスト・フィンランド大統領は、議会の承認に基づきアレクサンデル・ストゥッブ欧州・貿易相を新首相に指名した。ストゥッブはNATO加盟が持論だ。
<ストゥッブ首相は毎日新聞と単独会見し、ロシアによるウクライナ介入は短期的な政策変更ではなく「欧州や世界への影響力低下を懸念し行動を起こしている」と分析。当面はロシアが「普通の西側の国になることはない」との現実を受け入れつつ、忍耐強くロシアとの共存を目指すべきだとの考えを示した。
ロシアによるウクライナ・クリミア半島編入や東部への軍事介入について、「(欧米諸国と)勢力圏を争う政策がロシア外交に戻った。こうしたゼロサムゲームが今後もロシア外交の基本になる」との見方を示した。また、「プーチン露大統領が、自分の望む政策を具体化する好機だった」と指摘した。>【注1】
ただし、ストゥッブ首相の対露強硬論は、口先だけで内実を伴っていない。その証拠に、フィンランドはロシアの技術を基にした原発建設を9月に認めている。
同首相は、<「原発は50?70年の寿命がある。それまでにウクライナの紛争が問題にならなくなることを希望する。これが忍耐の一例だ」と話し、ロシアとの相互利益をはかりつつ変化を待つ政策が必要と主張した>。【注2】
逆に言えば、ストゥッブ首相は毎日新聞を通じて、「原発が稼働する50~70年間は、フィンランドが本格的にロシアと対峙することはできない」というメッセージをロシアに送っている。
ロシアの帝国主義政策が自国に向かうのを避けるために、相互依存を強める・・・・というフィンランド外交の知恵は、ソ連崩壊から20年以上経つ現在も生きている。
【注1】記事「ストゥッブ・フィンランド首相:緊張続くロシア関係 忍耐強く共存目指す」(毎日新聞 2014年10月27日)
【注2】前掲記事。
□佐藤優「ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~佐藤優の人間観察 第88回~」(「週刊現代」2014年11月15日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~」
「【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~」
「【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~」
「【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~」
「【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~」
「【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~」
「【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~」
「【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず」
「「森訪露」で浮かび上がった路線対立」
「【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~」
「【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」」
「【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~」
「【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~」
「【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~」
「【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~」
「【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~」
「【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~」
「【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~」
「【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ」
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
「【佐藤優】独裁者の「再選」が放置される理由 ~バッシャール・アル=アサド~」
「【佐藤優】経済と政治を行き来する新大統領の過去 ~ペトロ・ポロシェンコ~」
「【佐藤優】安倍首相とイスラエル首相「声明」の意味 ~ベンヤミン・ネタニヤフ~」
「【佐藤優】ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~ウラジーミル・ルキン~」
「【佐藤優】ロシアは日本をどう見ているか ~日本外相の訪露延期~」
「【佐藤優】ウクライナ衝突の「伏線」 ~オレクサンドル・トゥルチノフ~」
「【ウクライナ】危機の深層(2) ~ブラック経済~」
「【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~」
「【ウクライナ】エネルギー・集団的自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~」
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
「【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~」
「【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」」
「【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~」
「【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~」
「【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~」
「【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~」
「【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~」
「【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~」
「【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~」
「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」
「フィンランド化」・・・・東西冷戦中にこんな国際政治用語があった。
NATO加盟国のノルウェーとソ連との間にあるフィンランドの中立政策を指す言葉だった。
フィンランドは、ソ連と二度戦争をした。
①冬戦争(1939~1940年)
②継続戦争(1941~1944年)
ソ連が勝利した。フィンランドは独立を維持することはできたが、民族発祥の地(カレリア地方)を割譲することを余儀なくされた。
だから、フィンランド人の反ソ感情は強い。
フィンランドは、資本主義体制にとどまるが、西側の軍事同盟には所属せず、ソ連を刺激するような外交・安全保障政策を行わないように細心の配慮をしていた。
「フィンランド化」という言葉には、ソ連に配慮した中立政策に対して、国家主権の一部を自発的に放棄するようなもので、従属化だ、という批判的なニュアンスが伴っていた。
もっとも、ソ連のような危険国家に隣接しながら、独立を維持するための現実主義として「フィンランド化」を肯定的に評価する専門家もいた。
ソ連崩壊後、フィンランドは、かつてのソ連に対するような配慮をロシアに対して行うことはなくなり、西側との統合を進めた。しかし、NATO加盟のシナリオは封印していた。
この状況に変化が生じつつある。
6月24日、ニーニスト・フィンランド大統領は、議会の承認に基づきアレクサンデル・ストゥッブ欧州・貿易相を新首相に指名した。ストゥッブはNATO加盟が持論だ。
<ストゥッブ首相は毎日新聞と単独会見し、ロシアによるウクライナ介入は短期的な政策変更ではなく「欧州や世界への影響力低下を懸念し行動を起こしている」と分析。当面はロシアが「普通の西側の国になることはない」との現実を受け入れつつ、忍耐強くロシアとの共存を目指すべきだとの考えを示した。
ロシアによるウクライナ・クリミア半島編入や東部への軍事介入について、「(欧米諸国と)勢力圏を争う政策がロシア外交に戻った。こうしたゼロサムゲームが今後もロシア外交の基本になる」との見方を示した。また、「プーチン露大統領が、自分の望む政策を具体化する好機だった」と指摘した。>【注1】
ただし、ストゥッブ首相の対露強硬論は、口先だけで内実を伴っていない。その証拠に、フィンランドはロシアの技術を基にした原発建設を9月に認めている。
同首相は、<「原発は50?70年の寿命がある。それまでにウクライナの紛争が問題にならなくなることを希望する。これが忍耐の一例だ」と話し、ロシアとの相互利益をはかりつつ変化を待つ政策が必要と主張した>。【注2】
逆に言えば、ストゥッブ首相は毎日新聞を通じて、「原発が稼働する50~70年間は、フィンランドが本格的にロシアと対峙することはできない」というメッセージをロシアに送っている。
ロシアの帝国主義政策が自国に向かうのを避けるために、相互依存を強める・・・・というフィンランド外交の知恵は、ソ連崩壊から20年以上経つ現在も生きている。
【注1】記事「ストゥッブ・フィンランド首相:緊張続くロシア関係 忍耐強く共存目指す」(毎日新聞 2014年10月27日)
【注2】前掲記事。
□佐藤優「ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~佐藤優の人間観察 第88回~」(「週刊現代」2014年11月15日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~」
「【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~」
「【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~」
「【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~」
「【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~」
「【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~」
「【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~」
「【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず」
「「森訪露」で浮かび上がった路線対立」
「【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~」
「【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」」
「【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~」
「【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~」
「【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~」
「【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~」
「【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~」
「【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~」
「【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~」
「【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ」
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
「【佐藤優】独裁者の「再選」が放置される理由 ~バッシャール・アル=アサド~」
「【佐藤優】経済と政治を行き来する新大統領の過去 ~ペトロ・ポロシェンコ~」
「【佐藤優】安倍首相とイスラエル首相「声明」の意味 ~ベンヤミン・ネタニヤフ~」
「【佐藤優】ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~ウラジーミル・ルキン~」
「【佐藤優】ロシアは日本をどう見ているか ~日本外相の訪露延期~」
「【佐藤優】ウクライナ衝突の「伏線」 ~オレクサンドル・トゥルチノフ~」
「【ウクライナ】危機の深層(2) ~ブラック経済~」
「【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~」
「【ウクライナ】エネルギー・集団的自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~」
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
「【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~」
「【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」」
「【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~」
「【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~」
「【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~」
「【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~」
「【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~」
「【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~」
「【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~」
「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」