語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

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【震災】原発>憲法学者の、日本の憲法文化において闘う

2012年03月31日 | 震災・原発事故
 大災害に際し、いろいろな事柄がいろいろに語られた。うち、憲法と関連するレベルで言えば、13条「個人の尊重」、25条「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」の2つから見ても明らかに原発は憲法違反である、といった主張がある。こうした考え方が広く支持されるほどに、原発反対の声が高くなってきている。
 ただし、憲法研究者の立場からすると、現行憲法が、原発という特定の制度あるいは設備を直裁に憲法違反とする条文を持っているかどうか、あるいはそういう憲法構造になっているかというと、なかなかそうだとは言えないところがある。
 原発の違憲・合憲問題はさておき、核武装・核兵器は、これは明々白々な違憲であって許されないと、これはもっと多くの国民は考えている。9条2項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」という明確な規定に反すると考えるからだ。核の有無に拘わらず「戦力」であるから「不保持」だと理解するわけだ。
 しかし、日本政府や日本を支配する政治権力は、9条について、これとまったく違った解釈をしている。彼らは、「自衛のための“実力”は憲法が禁ずる“戦力”ではない」という言い方で切り抜けている。最近は、堂々と「自衛戦力」という言葉がまかり通っている。こうした政府解釈によれば、じつは、核兵器・核武装も「自衛のために必要最小限であるかぎりは違憲ではない」ということになる。
 「非核三原則」は、多くの市民は憲法原則であると理解するが、「自衛のためには核武装は許される」という余地を残しておきたい日本政府・日本政治勢力は、これを憲法原則とはけっして認めたことはない。「日本国の“国是”」だと性格づけるにとどめる。この一事からみてもわかるとおり、日本の支配勢力は「原子核」への抵抗力がきわめて弱い。
 「原発のみならず、核兵器だっておかしいはずだ」という前提は、国民全体の言説ではなく、一部の人たちの言説であって、そもそも権力が承認する憲法上の原則ではないまま、ここまで来ている。
 憲法9条の内容とは、存外に曖昧模糊とされ、揺り動かされたまま来ているのだ。

 災害救助に出かける自衛隊は、なぜ迷彩服なのか。迷彩服はカモフラージュで、敵をごまかすためのものだ。敵と渡り合うための戦闘服であり、制服・正服だ。
 しかし、災害は、あの大規模な東日本の災害をもってしても、迷彩服を着なければ困るような敵はいない。ごまかす敵はいない。災害業務のためには、災害にふさわしい民間的(civic)な服装をして現れるべきだろう。

 もし「向こうっ方」がこちらの意に染まない憲法改正作業をしはじめ、それがトントンと進んで、憲法改正国民投票法の手続きのうえにそれが乗っかって、改憲運動がはじまる--もちろん改憲反対運動も出てくる--、そういう事態が生じたら、断々固として反対するだけではなくて、対抗案を出すべきだ。対抗案を出して、議会での議論のときにその改正の条項をつぶしていくことが必要だ。例えば、憲法1~8条の天皇の規定などについて改正を企画してきたときには、こちらは逆の改正を提案し、改正全体を空中分解させるのだ。
 対抗するときに、ただ単に「それは反対」という対案ではなくて、それにぶつけて、それを無効にするような対抗案(カウンターパンチ)を浴びせるべきなのだ。その方法の一つは、おそらく皆さんの賛同をその点では得られると思うが、今度ははっきりと「核武装反対」、そして「原発反対」の条文をオーストリア憲法のように掲げるのだ。
 憲法に「核兵器は持たない」と規定したら、およそ核兵器は持てない。オーストリアの憲法によれば、「核兵器の製造、貯蔵、運搬の禁止のみならず、原発の製造、稼働も禁止する」という条文があるらしい。これは歴史や経験が、そうさせたのだ。存外にわれわれの経験、われわれの要求は世界的になっているのだし、そういう世界の広がりをもっているのだ。

 憲法文化の質を高いものにもっていく。それが国民のやるべき仕事だ。
 さきほど澤地久枝さんも、独立した個人、人格がいかに大事な考え方であるか、とおっしゃっていた。独立した人格が平和を守り、健康で文化的な最低限度の生活をわれわれに権利として認めさせる国家を育て、展開させていくのだ。
 肝心かなめなのは、独立した人格をきちんと得ていくための原動力は、個人なのだ。しっかりした個人をつくっていく。それに対して民主主義教育を当てるということを前提にした憲法文化は、そうとう程度に煮詰められてきて、戦前や、戦後まもなくとは違ったものになっている。
 こうして、われわれが戦後60余年かけてつくりあげてきている憲法文化がある。その点において、まんざら悪くはなかった。一方では9条が崩されていったが、他方そうでない世界でそれ相応に、憲法でまんざら悪くない文化を育ててきた。文化の問題は、法的問題を超えた問題だ。

 憲法文化をつくっていく仕組みのなかで、裁判の働きは、憲法の性質上、重要だ。
 司法は、長い間、人権や平和の問題にすごく消極的だった。広くさまざまな領域にわたる市民の権利自由の法律制限は、戦後ある時期までは裁判所による違憲判断をほとんど受けることがなかった。裁判所は、権利自由に制限を加える法律をろくに吟味しないで、「こういった制約は“公共の福祉”の観点から必要なものだ」と判断してしまい、易々として合憲という結論を導き出してきた。“公共の福祉”が金科玉条の時代が、ずっとあった。
 しかし最近は、“公共の福祉”だけでは説明できない、という判断がくだされている。これは、人々がそれ相応に成熟し、それ相応に自分の自由、自分の権利を大事にし、それを法的に守って欲しい、裁判所に然るべき役割を果たしてほしい、と考えるようになってきたからだ。こうした市民の要求を前にして、裁判所は、“公共の福祉”アプローチを後退せざるを得なくなって以降、少しずつ意味ある司法になりはじめている、と感じられるようになっている。頼りになるものが、それなりにある、ということだ。
 「憲法の自衛のための実力は戦力ではない、違憲ではない」といった流れがありながらも、それに対して個別に闘っていく。というのは、裁判は個別に行われるから、個別の人間が原告あるいは被告になって立ち向かっていき、裁判所にその論理を認めさせる可能性が出て来た(最近の傾向)。
 まんざら捨てたものでもない。

□鶴見俊輔/澤地久枝/奥平康弘/大江健三郎『原発への非服従 ~私たちが決意したこと~』(岩波ブックレット、2011)のうち奥平康弘「日本の憲法文化において闘う」に拠る。
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【震災】原発>ひとりから始める ~原発への非服従~

2012年03月30日 | 震災・原発事故
 いま政治家たちは、国会で政治ごっこをやっています。この国に、「政治」はあるんでしょうか。私は、ないと思っています。どの党が出てくるにしても、言葉だけは厳しく相手を非難する。けれども、この大地震、大津波、それから原発事故という三重苦、かつてないほどの国難--この言葉は嫌いですけど--の非常な危機に直面しているときに、相手を攻撃するためにしか言葉をもたない、この政治の貧しさ。私はこのときに初めて、ものを言うのは、力があるのは市民だ、と考えることにしました。つまり、私たちです。
 あの政治家たちは、たとえば、内閣不信任案に賛成するにしても反対するにしても、原発をどうするかという問題をきれいに回避しています。

 この避難生活というものは、たとえば何年何月までと時間が区切られていれば、「あと何日」と勘定しながら耐えることができると思いますけれども、いま避難所で暮らしている人たちに、その年限がありますか。いつになったら自分の住んでいた元の場所へ帰って行くことができるか。それはない。原発事故で汚染されてしまって、雨になって降ったり、塵になって飛んでいった放射性物質は、全部大地に降りていくわけです。そこは、もしかしたら、チェルノブイリが25年経ったいまも人が住んではならないことになっている、そういう死の町と同じようなことになるかもしれないわけです。
 その場合には、ちゃんと国が税金を使って、元の村や町をどこかに再建する。日本列島は狭いから場所が問題かもしれないけれども、それにしてもよく考えて、被害を受けていないところに新しい町づくり、村おこしをして、そこで働いて正当な賃金を得ることで生きていけるようにする。それをやるのが、私は文化国家というものの姿だと思います。
 私が政治は駄目だなと思っているのは、何もそういう具体的なことがなくて、行き当たりばったりなことばかりするということです。

 過去に原発というものがつくられた初期のころに、やはり、水があふれたりしてしょっちゅう事故がありました。全国の原発でいろいろな事故が起きているのを隠していることがありますれども、最初のころの事故の話を聞いたら、あふれた水--もちろん放射能を浴びた水--をホウキとチリトリで片づけたというんですよ。信じられないでしょう? でも。何十年か前にはそういうときがあったんです。
 技術は進んできたかもしれないけれども、日本人は、というか人間はまだ、核が暴走したときにそれをコントロールして押しとどめるだけの技術や手段を持っていないということが、今度、はっきりわかったと思います。そんな危ないものが、もうずいぶん日本中にあります。景色のいいところだなぁと思うと原発があるというのは、過疎の、いわば貧しいところを狙って原発をつくってきたからです。そして、それを受け入れなければならなかった人々は、やはりつらかったと思いますね。

 亡くなった小田実さんは、「ひとりでもやる。ひとりでもやめる」と言いました。彼は、そのとおりそれを実行し、(中略)
 私は、そのひそみに倣うわけではないですけれども、「ひとりから始める」--。それ以外にないと思います。組織があって、「こうやろうぜ」と言ってやるのではないんです。一人ひとりが、自分で考えて、腹を立てたり、悲しんだりしながらでも、「私はこういうふうな政治がほしい」「こういう生活がほしい」と、自分のためだけではなくて、あの人のために、あの家族のためにと考えて、まずひとりがちゃんと考えるかたちができないと、弱いと思うんです。
 でも、そういうふうに自立したひとりが増えていけば、その人たちのネットワークがどこかでできていきます。

 これは一つのサジェスチョン(示唆)ですけれども、井上ひさしさんの、子ども向けにまとめられた『「けんぼう」のおはなし』(講談社)という絵本があります。私はそれを読んでいて、「あっ!」と思ったことがあるんです。そこを読みます。
 「国会議員も大臣も、私たち国民が税金でやとっています」。これ、いい言葉じゃないですか(笑)。国会のことを見るとき、怒るときに、「私たちが税金で雇っている。あなたたちは雇われているのに、何をしているのか」と思えばいいんですよね。

 こういうことを言うと、「共産主義」と言われそうだけれども、主義は何でもいいんです。ともかく、貧富の格差が大きいことは幸せなことではない。子どもたちに差別があることも、幸せなことではない。完全な平等はないかもしれないけれども、9条を守り、人権とか生活権というものをしっかり守ることで、一つになっていくことが重要なんです。

 沖縄密約の外交文書の公表を求める裁判で、国が被告で、第一審は私たち原告25人が勝ったんですけれども、国が控訴して、いま第二審をやっています(二審敗訴、現在最高裁へ上告手続き中)。その資料を見て驚いたんですが、日本の外務省にあたるアメリカの国務省の高官が、こういうことを言っています。「いま、ベトナムで追い出され、そしてまたこの沖縄から追い出されるなどということは、絶対に認めることはできない。領地--彼らは沖縄を戦利品だと思っているわけです--が、平和裏に返っていくというようなことは、人類の歴史上ないことだ」という言葉です。
 だから、日本とアメリカのいまの条約関係を変えない限り、沖縄の基地は永久になくなりません。そして本土の基地もなくなりません。でも、冷戦などはとっくに終わったことですし、変えるためのあたらしい話し合いをしていくべきだと思います。

 私は、15、6歳にかけての難民生活でしたけれど、40歳ぐらいの感性で生きていました。生きているとは言えないような状態で生きていました。私はそのときに、「ああ、国というのは何もしないものだ」と思ったんです。私の戦後は、たぶんそこから始まりました。

□鶴見俊輔/澤地久枝/奥平康弘/大江健三郎『原発への非服従 ~私たちが決意したこと~』(岩波ブックレット、2011)のうち澤地久枝「ひとりから始める」から抜粋引用した。
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【震災】原発>変えるべき日本の政治文化 ~「原発」国民投票~

2012年03月29日 | 震災・原発事故
 『原発をどうするか、みんなで決める』の5テーマのうち、なぜ原発をめぐる国民投票が必要なのか、という設問に係る飯田哲也・市民グループ「みんなで決めよう「原発」国民投票」賛同人/NPO法人環境エネルギー政策研究所長の意見は、このブログでもすでに伝えた【注】。
 要するに、従来型の代議制民主主義だけで、現代社会に広がっている多様なリスクに係る問題を決定できない。新しい政治、ウルリッヒ・ベックのいわゆる「サブ政治」が求められている、というものだ。そして、補完的回路の重要な一つとして国民投票がある、と。
 これに続く(2)から(5)までの問いに対する飯田・賛同人/所長の見解を、以下、追ってみたい。

 【注】「【震災】原発>政党政治で「原発」が争点化されない理由 ~「原発」国民投票~

(2)日本の政治文化を変えなくてはならない
 現代社会の複雑化やリスク社会化は世界で共通して進んでいる。どの国でも代議制への補完的回路が必要とされているが、日本の政治の機能不全ぶりをみると、補完的回路は殊にこの国で必要とされている。
 政治家が国民投票になぜこれほど反発するかといえば、①物事を決める権利を奪われることへの恐怖心、②強烈な愚民意識がある。①と②が不可分となっていることが、ほとんどの党が国民投票に反対している一番の原因だろう。
 国民の成熟度も問われている。国民投票で正しい答が出ないのではないか、という反対論があるが、現代社会において「正しい答」が確固として存在すると考えるのはナンセンスだ。また、自分に賛成する意見を言わない人たちを徹底的に排除し、議論しようともしない政治文化が日本では強い。
 1980年、スウェーデンにおける「原発」国民投票の選択肢は3つだった。(a)原発推進、(b)建設中の6基はつくるが長期的には無くしていく、(c)原発廃止。票はおおむね3つに分かれ、(a)と(b)をとれば原発推進が多数、(b)と(c)をとれば脱原発が多数という玉虫色の結果に終わった。
 このように社会は極めて複雑で、黒白で単純に割り切れない。出される結論は、これらの間の組み合わせでしかない。完全に自分の思い通りになる、というようなことはない。そうした複雑系の社会に私たちは生きている。そのなかで一つ一つ選択していかなくてはならない。
 だから、一歩引いたところから社会を立体的に見る成熟性を国民の側も持たなくてはならない。その結論は、その時点における暫定的なものでしかない。自分自身も一歩譲り合いながら合意し、その積み重ねの上に、たえずその次に向けて社会を進めていかなくてはならない。
 国民投票がそうした成熟した政治文化をつくるきっかけになれば、と思う。

(3)ポピュリズムという批判にはこう答える
 ポピュリズムという批判そのものが愚民意識と表裏一体だ。さらに、「ポピュリズム」というレッテル貼り以外に、国民投票を批判する言葉を持たない思考停止があるのではないか。
 社会の複雑性ということを政治家や官僚やメディアはまったく理解していない。ために、国民投票への要求がなぜ出てくるか、まるでわからない。
 スウェーデンでの国民投票(1980年)は、その前数年間、実施するか否かでめていた。スリーマイル島原発事故(1979年)が起こると、与党(社会民主党)は国民投票を実施した。投票まで1年間かけて、18歳以上の国民が徹底的に学習した。その過程ですべての国民が自己教育され、当事者性を持つようになった。
 国民投票においては、結論よりもこうしたプロセスが大事だ。この期間は、国民がアップグレードするための極めて重要な期間だ。日本でも原発を国民投票にかけるまで1年ぐらい時間があったほうがいい。徹底的に議論して考え抜く1年間だ。ポピュリズムになどなるわけがない。
 今抜け落ちているのは、どういう社会を目指すか、という議論だ。価値観が多様化するなかで、どうやって物事を決めていくか。そこが問われている。そのときに求められる考え方は「補完性原理」だ。(a)基本的には個人の意思決定に委ねる。(b)個人の手に負えない問題は共同体(身近な社会)に委ねる。(c)共同体でも無理な問題はその上の社会に委ねる(社会の多層構造)。(d)国は最後になって出てくる。
 補完性原理のためには、日本の統治原理を根本から変えなくてはならない。

(4)新しい市民自治をスタートできるか
 スウェーデンの経験を踏まえて言えば、国民投票によって政治と政策の中身がワンステップ、アップする。
 1970年代のスウェーデンでは、原発絶対推進と絶対反対の二項対立があった。ガチンコ勝負で、互いの理論家が相手のアラを徹底的に探し出す。結果として、それは何も生まない。
 1980年の国民投票では、結果はどちらが勝ったか分からないものだった。しかし、推進派も反対派も一種のカタルシスのようなものが得られた。同時に、対立的な議論だけではなく、議論を通じて何かをうまなくてはならない、という意識が広がった。
 社会を一つ前に進めるには、意見は違っても相手のよい部分を取り入れて生み出す、といった発想が必要だ。国民投票を経て、建設的で創造的な文化が生まれた。
 当時は、市場主義が世界を席巻し始めたころだったが、経済的な環境政策の手法が開発されていった。<例>環境税のように市場主義のなかに環境政策を埋め込んだり、NOx課徴金のように環境政策のなかに市場メカニズムを入れ込んでいく。
 これも建設的な文化が生み出したものだ。こうして社会のなかで知識創造が積み上がっていった。
 スウェーデンが30年前に経験したこの転換を、日本も成し遂げることができるのか。その大きな節目に私たちは立っている。

(5)「原発」国民投票をどうやって実現させるか
 スウェーデンでは、自国での事故ではなく、米国の事故を見て国民投票の実施に踏み切った。福島の事故を経て、ドイツではすぐに政策転換が起きた。昨年6月にはイタリアで国民投票が行われて脱原発の意思が明確になった。それに対し、日本では自国で事故が起きたというのに、動きが大きくならない。不思議だ。
 政治家も官僚も、今起きていることの深刻さをわかっていないのではないか。事故がまだ収束できずに放射性物質が漏れていることを、本当に理解しているのか。
 官僚、政治家、経済界、マスコミのあまりの認識の欠如、危機意識の欠如にそら恐ろしくなる。
 国民投票を実現する戦略は,二正面作戦がある。(a)国民投票法を国会に制定させて、次の総選挙のタイミングで実施する。(b)これまでもやってきた自治体レベルの住民投票で、国の原発政策を問う。これを各地で実施する。同時多発またはターゲットを絞って。パイロット的にどこかでまず行ってはどうか。(b)も住民投票条例をつくる必要はあるが、自主投票でもいい。全国一斉にやれば、事実上の国民投票ができる。
 大阪市など自治体で、国策である原発を問う住民投票をするならば、具体的に何をどのように問うか、法治国家としての論理的な必然性が必要だ。大きく二つ。
 ①生命権。福井にある原発が事故を起こせば琵琶湖の水が間違いなく汚染される。それでもいいのか。
 ②大阪市民は原発がつくった電気を使うことで原発立地地域の住民に危険を与えたくないとして、脱原発条例案の骨格をつくる。その条例案を住民投票にかける。名古屋市と世田谷区は実現の可能性があるかもしれない。

□飯田哲也/今井一/杉田敦/マエキタミヤコ/宮台真司『原発をどうするか、みんなで決める ~国民投票へ向けて~』(岩波ブックレット、2011)
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【TPP】米国製薬会社の要求 ~日本医療制度の営利化~

2012年03月28日 | 社会
 3月12日、TPPに係る国際シンポジウムが都内で開かれた。
 同じ日、TPP慎重派の国会議員と海外から招かれたゲストが有楽町駅前で街頭演説した。ピーター・メバードック・米NPO法人パブリック・シチズン医薬品担当課長いわく・・・・

 いま秘密裏に行われているTPP交渉の機密文書を一部入手した。これによれば、日本は、TPPの交渉のテーブルにつくことすらできない。にも拘わらず、米国や多国籍企業(製薬会社)は日本にTPPへの参加を求め、要求している。
 ●先発医薬品メーカーが治験データの独占権を持ち、ジェネリックを売りたい後発医薬品メーカーは治験をもう1回行わなければならない。
 ●日本の薬価を決める委員会(中央社会保険医療協議会)に米国の製薬会社を参加させること。
 ●政府が独自で決めたことについては、企業に異議申し立てする権利を与えること(ISD条項)。
 ●手術方法も特許にすること。特許を持つ企業の利益になる一方、医師の手術は制約を受けることになる。

 これは前代未聞の独占状態を招く。日本がTPP交渉に参加し、この提案が通れば、日本の医療制度は大きく変わる。【メバードック課長】
 米製薬会社の要求どおり独占権が強まると、医薬品価格がアジア太平洋全体で上昇し、安価な購入は阻害される。
 高齢者激増による医療費増大を抑制しようとしている厚労省は、ジェネリック薬品の割合を増やそうとしているが、こうした施策がTPP参加で進められなくなる。徹底した歳出削減が前提の消費税増税と、TPP参加は矛盾する。【山田正彦・前農林水産大臣】

 また、機密文書によれば、日本の厚生労働省や国民皆保険制度が標的にされている。健康を権利と考えている日本の医療制度は、営利モデルに置き換えられる。
 日本医師会は、3月14日、定例記者会見で、改めてTPP交渉参加に反対の立場を明らかにした。たとえ、米国が国民皆保険制度そのものの廃止は求めてこなかったとしても、医療に関係する特許や金融サービスなどの個別分野の制度改正によって国民皆保険制度の中身が空洞化する恐れがあるからだ。

 以上、横田一(ジャーナリスト)「TPP交渉の機密文書を入手 米企業が狙う日本医療制度の営利化」(「週刊金曜日」2012年3月23日号)に拠る。

 【参考】「【TPP】蚕食される医療保険制度 ~審査業務という盲点~
     「【経済】TPP>米韓FTAの「毒素条項」 ~情報を隠す政府~
     「【経済】TPPは寿命を縮める ~医療と食の安全~
     「【経済】中野剛志の、経産省は「経済安全保障省」たるべし ~TPP~
     「【経済】中野剛志『TPP亡国論』
     「【震災】原発>TPP亡者たちよ、今の日本に必要なのは放射能対策だ
     「【経済】TPPをめぐる構図は「輸出産業」対「広い分野の損失」
     「【経済】TPPで崩壊するのは製造業 ~政府の情報隠蔽~
     「【経済】中国がTPPに参加しない理由 ~ISD条項~
     「【社会保障】TPP参加で確実に生じる医療格差
     「【社会保障】「貧困大国アメリカ」の医療 ~自己破産原因の5割強が医療費~
     「【経済】TPPとウォール街デモとの関係 ~『貧困大国アメリカ』の著者は語る~
     「【経済】TPP賛成論vs.反対論 ~恐るべきISD条項~
     「【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~
     「【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~
     「【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判
     「【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~
     「【震災】復興利権を狙う米国
     「【読書余滴】谷口誠の、米国のTPP戦略 ~その対抗策としての「東アジア共同体」構築~
     「【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済再生の方向づけ
     「【読書余滴】野口悠紀雄の、中国抜きのTPPは輸出産業にも問題
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【震災】原発>政党政治で「原発」が争点化されない理由 ~「原発」国民投票~

2012年03月27日 | 震災・原発事故
 『原発をどうするか、みんなで決める』は、市民グループ「みんなで決めよう「原発」国民投票」の賛同人5人(飯田哲也・今井一・杉田敦・マエキタミヤコ・宮台真司)の座談会の記録だ。
 テーマは5つ。
(1)政党政治で「原発」が争点化されない理由
(2)日本の政治文化を変えなくてはならない
(3)ポピュリズムという批判にはこう答える
(4)新しい市民自治をスタートできるか
(5)「原発」国民投票をどうやって実現させるか

 ここでは(1)を取り上げる。
 まず、なぜ原発をめぐる国民投票が必要なのか。

(a)杉田敦
 このテーマが代議制や政党政治のなかで十分に争点化されないからだ。実際、民主党代表選挙の際にも、候補者のあいだでは原発をめぐる議論はほとんど行われなかった。今後、総選挙などがあっても原発をめぐる対立軸が政党間につくられることは望めない。私たちの現在の暮らし、これからの生き方に関わる重要な問題、原発が政党政治で問われないならば、国民投票で問うしかない。

(b)宮台真司
 脱原発解散・総選挙が近いうちにできる状況にないし、(a)のとおり政党政治では争点化されないので、国民投票法の是非を問うべきだ。
 なぜ日本の政党政治では原発が争点化されないか。電力の地域独占供給体制のもとで維持されている権益が理由だ。電力会社による多額の広告費がメディアを半ば支配し、国民世論にバイアスがかけられてきたからだ・・・・という説は間違いではないが、問題はもっと深刻だ。
 あらゆる権益やコミュニケーションの基盤が、電力の地域独占供給体制に依存している。電力会社の影響力が、政治・経済・社会・文化全体に根を張っている。広告費は氷山の一角だ。システム全体が電力会社に依存する体制ゆえに、問題が争点化されない。原発政策の合理性は、技術的なものではなく社会的なものだ。
 原発が技術的合理性があって(コスト的、リスク的、環境的に合理的だから)固執されているのではない。地域独占供給体制を維持するために固執されている。国家は、電源三法を用いて、電力コストに算入されない膨大な国家予算で原発をつくらせる。原発建設費は膨大だ。投資回収に30年以上かかる。投資回収を支えるべく電力会社の地域独占供給体制を維持するのが当たり前になる。そういう仕掛けだ。
 これはもはや政治文化の問題だ。原発をやめられない社会、わけても政治文化を何とかするために国民投票法に期待する。日本に民主主義をもたらすためにこそ、国民投票法が必要だ。
 日本には民主主義はない。民主主義には、「多数派政治」とともに「共同体自治」の側面がある。日本には後者はない。
 民主主義的な近代国家は「引き受けて考える社会」でなくてはならないが、日本は「任せて文句を言う社会」だ。また、「知識を尊重する社会」でなくてはならないが、日本は「空気に縛られる社会」だ。国民が「任せて文句を言う」だけで、任せられた側が「空気に縛られる」のでは、国家は出鱈目になる。
 社会全体に「参加と包摂」に支えられた共同体自治を拡げる必要がある。共同体の内部が「引き受けて考える」作法と「知識を尊重する」作法を貫徹できなければならない。
 今のところ、脱原発&再生可能エネルギー化が、こうした「依存から自立へ」とでも呼ぶべき民主主義の樹立、すなわち共同体自治の樹立をめぐる問題であることを、ちゃんと意識する日本人は少数だ。
 このままでは、日本の再生可能エネルギー化運動も、「エネルギーの共同体自治」から、独占的電力会社による電源選択の問題にすり替えられる。かくて、総括原価方式&地域独占供給体制が維持される。その結果、「特別措置法×特別会計×特殊法人(天下り先)×金銭配分」という日本独特の政策的誘導方式が手つかずのまま残る。政治家も国民も、巨大な行政官僚システムに手が出せないままになる。
 その意味で、脱原発&自然エネルギー化問題は、統治体制や経済体制全体に関わる巨大な問題だ。郵政選挙のようなシングル・イシュー(単一争点問題)ではない。

(c)飯田哲也
 国民投票が必要なのは、従来の政治が機能していないからだ。現代社会のあり方と政治のモードがまったく合わなくなっている。今の政治は、依然として富を分け合うためという古い時代の政治の延長線上にある。しかし、複雑化や高度科学技術の進展が加速する現代では、さまざまなリスクをどう分配するかという合意形成が新しい時代の政治における大きなテーマの一つでなくてはならない。
 産業社会的な時代には、限られたエリートだけで富の分配を考えていればよかった。現代では、高度な科学技術が関係する巨大なリスクの分配について、一部のエリートたちに任せることはできなくなった。
 社会も経済も科学技術も複雑化が加速するなかで、相対的に政治家はことごとく「素人」になってしまい、原子力の問題一つをとっても扱えるわけがない。他方、一般の人々の教育水準が高まり、個々人がそれぞれ情報を入手して考えを深め、それぞれが自分で決めたいと考えている。誰もがほとんどの分野でプロではなく、誰もが何らかの分野でプロだ、という時代に入っている。
 従来型の代議制民主主義だけで、現代社会に広がっている多様なリスクに係る問題を決定できない。新しい政治、ウルリッヒ・ベックのいわゆる「サブ政治」が求められている。
 北欧では、こうした現代社会のリスク化に対し、コンセンサス会議やシナリオ・ワークショップなど、補完的な政治回路(熟議民主主義)が模索されてきている。こうした補完的回路の重要な一つとして、国民投票がある。
 原発問題は、放射能汚染や放射性廃棄物を通じて、途轍もないリスクを現在のみならず未来の世代に追わせる。これをどうするかを一人一人が考えなくてはならない。極めて国民投票にふさわしいテーマだ。

□飯田哲也/今井一/杉田敦/マエキタミヤコ/宮台真司『原発をどうするか、みんなで決める ~国民投票へ向けて~』(岩波ブックレット、2011)

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【震災】原発>本>『プロメテウスの罠』 ~事実への接近について~

2012年03月26日 | 震災・原発事故
 優れた報道を顕彰し、支援する市民団体「メディア・アンビシャス」(代表世話人=山口二郎・北大教授)が選ぶ今年度の受賞作が決まり、2月7日夜、札幌市で表彰式が行われた。
 ・活字部門の大賞・・・・大間原発(青森県大間町)を取り上げた北海道新聞の連載「岐路 大間はいま」
 ・メディア賞・・・・朝日新聞で連載中の「プロメテウスの罠」
 ・アンビシャス賞・・・・同じく朝日新聞の「ウィキリークスにかかわる一連の報道」
が選ばれた【注1】。

 連載記事を神保太郎は次のように評する【注2】。
 <メディアの世界でも異変が起きている。(中略)また、朝日新聞は事故の収束のめどが立っていないなか、シリーズ「プロメテウスの罠」で、関係者の生々しい証言をほぼ同時進行で伝え始めた。この種の記事は、事故発生から何年かへて書かれるのが通例である。同じ朝日(夕刊)の連載「原発とメディア」では、原発報道の在り方を検証するために、先輩記者をも俎上に載せている。身内の批判をもっともしたがらないマスコミとしては、シリーズ「戦争と新聞」(2007年4月~08年3月)にも連なる試みだ。今度の原発事故は、取材する側にもされる側にも、放射能との“長い戦争”になるという予感を抱かせているのであろう。>

 「プロメテウスの罠」は、現在第9シリーズが進行中だ。
 第1シリーズから第6シリーズまでを収録したのが『プロメテウスの罠 ~明かされなかった福島原発事故の真実~』だ。依光隆明・朝日新聞特別報道部長は、「おわりに」で次のように書く。この連載ではいくつかの試みを行った、と。

 (1)連続テレビ方式・・・・日本の新聞は日々読者の手元に届く。少しずつ毎日読んでもらおう。次を読みたくなる書き方を工夫しよう。
 (2)事実にこだわろう。徹底的に事実を書き、主観は省こう。
 (3)分かりやすく書こう。凝った表現は要らない。官僚的な言いまわしなんてとんでもない。
 (4)目線を下に置こう。為政者の目から見た動きではなく、ふつうの国民の視点で書こう。
 (5)官の理屈に染まらない。官僚たちは匿名性に守られている。霞が関ではそれが常識かもしれないが、そんな常識は取り去ろう。「○○省が言った」「○○筋が言った」という表現はやめ、○○省の○○が○○と言った、と書こう。

 「第6章 官邸の5日間」から、実例を引く。
----------------(引用開始)----------------
 結局、【3月11日】午後9時23分、風向きとか地形などは考慮されず、原発から半径3キロの避難と3~10キロ圏内の屋内退避が指示された。まずはベント実施を見越した予防的避難だった。
 そのころ首相の菅直人は、電源車という特殊な車の手配状況に気をもんでいた。
 福島第一原発から半径3キロの住民の避難が発表された11日午後9時23分。この時間になっても電源車を使った復旧の見通しがつかなかった。
 原子炉内部は水蒸気で高圧になっている。そこにポンプで水を注入するには、強力な動力がいる。
 第一原発所長の吉田昌郎は「電源車があれば冷却機能は復活します」と東京電力を通じて官邸に伝えていた。高圧ポンプを動かすため電源車が必要だった。
 官房副長官の福山哲郎と首相補佐官の寺田学は、電源車を運ぶため、高速道路を先導する警察車両の手配などに追われていた。
 福山は地下の中2階の小部屋と5階の総理執務室を行き来して情報を集め、寺田は執務室に詰め切りとなった。電源車の状況は、首相の菅直人にも逐一報告された。
 「菅ノート」に電源車の手配状況が刻々と記録されていった。何台か見つかった。
 《東京電力20台 高圧》《柏崎 電池手配 取りはずし 1日かかる》《那須 3台》・・・・
 約8トンの大型電源車を自衛隊のヘリで空輸することが検討された。
 菅は防衛省から出向した秘書官に尋ねた。
 「飛ばせるか?」。電源車の仕様を伝えた。「どうだ?」。「重量オーバーで運べません」。米軍にも依頼したが無理だった。
 メルトダウンへの危機感が官邸中に広がっていた。
----------------(引用終了)----------------

 (2)の「事実にこだわろう」には成功していかのように見える。
 だが、一見客観的な「事実」にも解釈が加わっているのだ。

 不当な解釈による「事実」の一例は、一般財団法人「日本再建イニシアティブ」(理事長:船橋洋一)が設置した「福島原発事故独立検証委員会」の「報告書」【注3】に見ることができる。
 船橋らの「民間」事故調は、菅直人に厳しい。例えば、報告書は菅総理の行動は「国としてどうなのかとぞっとした」と同席者が証言した、とする。『プロメテウスの罠』の先の引用した場面において、必要なバッテリーのサイズや重さまで一国の総理が自ら電話で問うている様子に「国としてどうなのかとぞっとした」と同席者が証言した、と。読者は当然、こんな人物が一国の宰相であってよいのか、と受け取る。

 ところが、この同席者すなわち下村健一・内閣審議官は、ツイッターで次のように批判している。
 <意味が違って報じられている。><私は、そんな事まで自分でする菅直人に対し「ぞっとした」のではない。そんな事まで一国の総理がやらざるを得ないほど、この事態下に地蔵のように動かない居合わせた技術系トップ達の有様に、「国としてどうなのかとぞっとした」のが真相。総理を取り替えれば済む話、では全く無い。>【注4】
 詳細は不明であっても、3・11から「5日間」あるいは10日間、「地蔵のように動かない居合わせた技術系トップ達」の不作為を感じた国民は少なくあるまい。民主党の「政治主導」に責任を転嫁することはできない。前代未聞の大震災、チェルノブイリ級の原発事故にあたり、政治に責任を転嫁して動かなかった官僚たちは、震災ガレキとともに焼却して差し支えない。

 「福島原発事故独立検証委員会」は、民間団体の一つにすぎず、政府に対する国民という意味での民間ではない。我々の立場を代弁しているものではない。その『調査・検証報告書』は、親米保守の人たちが中心と思える「私的な報告書」だ。【天木直人・元外交官】【注5】 
 まことに、「事実」に接近するのは容易ではない。普通の市民にできることは、複数の「事実」を比較照合することくらいだ。

 【注1】記事「朝日新聞「プロメテウスの罠」がメディア賞受賞」(朝日新聞2012年2月8日3時14分)に拠る。
 【注2】神保太郎は「メディア批評」(「世界」2012年3月号)。
 【注3】福島原発事故独立検証委員会『調査・検証報告書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2012)。
 【注4】本誌取材班「露呈する東電のひとりよがり体質」(「週刊金曜日」2012年3月23日号)。
 【注5】前掲「週刊金曜日」誌。

□朝日新聞特別報道部『プロメテウスの罠 ~明かされなかった福島原発事故の真実~』(朝日新聞、2012)
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【震災】ガレキ広域処理は真の被災地支援になっているか?

2012年03月25日 | 震災・原発事故
 高瀬幸子・「ストップ放射能汚染がれき首都圏ネットワーク」事務局は、3月14日、都庁で会見し、「広域処理は真の被災地支援になっているのか」と疑問を投げかけた。
 佐藤れい子・「さよなら原発・みなと」事務局長も、「利権構造が原発立地の時と同じ。住民も分断されつつある」と、原発立地の際に受け入れ自治体の住民が分断された歴史になぞらえた。

 被災ガレキのうち、広域処理される割合は全体の2割弱。
 奈須りえ・大田区会議員は、異議を唱える。「復興が進まないのは広域処理が進まないからだとし、住民のNIBY【注】が原因とするのは責任転嫁ではないか」「がれきを受け入れるには科学的正当性が欠けている」

 【注】Not In My Back Yard(身勝手)。

 以上、野中大樹(編集部)「復興が進まないのは住民エゴか? 「かれき処理=支援」に疑問」(「週刊金曜日」2012年3月23日号)に拠る。

    *

 ところで、当の被災地は、はたして本当にガレキの県外処理を望んでいるのか?

 田中康夫・衆議院議員/「新党日本」代表はいう【注1】。
 戸羽太・陸前高田市長、伊達勝身・岩泉町長によれば、現行の処理場のキャパシティーを考えれば、全ての瓦礫が片付くまでに3年はかかる。そこで陸前高田市内に瓦礫処理専門のプラントを作れば、自分たちの判断で今の何倍ものスピードで処理ができる。そこで、国と県に相談したら、門前払いで断られた。<「現場からは納得出来ない事が多々有る。山にしておいて10年、20年掛けて片付けた方が地元に金が落ち、雇用も発生する。元々、使ってない土地が一杯あり、処理されなくても困らないのに、税金を青天井に使って全国に運び出す必要がどこに有るのか?」>
 公金を投入し、ガレキを岩手や宮城から遠隔地に遠隔地へ運ぶのは利権に他ならない。東京都でガレキ処理を受け入れる元請け企業は、東京電力が95.5%の株式を保有する「東京臨海リサイクルパワー」だ。
 仙谷由人・民主党政策調査会長代行とともに東電から献金を受け、父親が北関東の産廃業界で重鎮の枝野幸男・経産相、同じく東電が重用する細野豪志・内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償支援機構担当)よ、「李下に冠を正さず」だ。

 田中議員は、またいう【注2】。
 20%=400万トンの瓦礫を10トントラックで全国に運搬したら40万台。この驚愕すべき現実を再認識すべきだ。
 にも拘らず、被災地が求める焼却場の建設を事実上、政府は却下し続けている。
 被災地の瓦礫処理はあくまでも一時的な事業と政府は規定している。事業終了時までの仮設焼却場整備ならば相談に応じるが、常設焼却場建設は域内の人口等設置要件を満たさねばならず、仮に設置後10年未満で財産処分の場合は交付金の国庫返還を求める、と。
 が、この「規定」こそ、小泉純一郎政権時代に創設された「循環型社会形成推進交付金」なる“飴と鞭”がもたらした自家撞着の悪夢にほかならない。起債償還時の後年度交付税措置も含め、建設費用の7割を国庫負担する制度の下で、24時間燃やし続けねば施設機能に支障をきたす、身の丈を超えた巨大焼却施設が全国各地に林立した。
 市町村、複数自治体が「一部事務組合」を設置して運営する焼却施設は、日本全国に1,242。うち879施設が全連続式、準連続式だ。一旦動かすと電力需要が少ない深夜も稼働を止められない原発同様、「需給」に拘らず動かし続けねばならぬ全国各地の処理場は、燃やし続けるゴミの確保を切望しているのだ。

 あるいは、斎藤恭紀・衆議院議員(新党きづな)も同趣旨の指摘をしている【注3】。

 【注1】「笑止千万!「みんなの力で瓦礫処理」」(ブログ「日刊ゲンダイ」)
 【注2】「「絆」で瓦礫は処理できるのか」(ブログ「日刊ゲンダイ」)
 【注3】「瓦礫広域処理 私の考え」、「”みんなで瓦礫処理”の裏側」、「”広域処理について・記事を紹介」(以上、ブログ「衆議院議員・気象予報士 斎藤やすのりのBLOG」)

 以上、岩本太郎(ライター)「地元は県外処理を望んでいない!? 瓦礫をめぐる異論反論」(「週刊金曜日」2012年3月23日号)に拠る。
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【震災】誰が復興を殺すのか ~霞が関の便乗予算と重複予算~

2012年03月24日 | 震災・原発事故
 復興庁は、2012年度予算から新設される復興特別会計を管理する。既存の省庁が復興予算を要求、配分する顕現を一元化された。
 復旧・復興費は10年間で総予算23兆円だが、配分先について速くも各省庁に押し切られそうな気配だ。特別会計、11年度補正予算を含め、被災者のニーズとはかけ離れているように見える不要・不急な事業が盛り込まれている。

(1)防衛省
 ・自衛隊輸送機 8機 440億円。
 【批判】
  復興予算はあくまで被災者のために使うべき。輸送機に回すのは悪ノリ。例えば、仮設住宅5万戸の風呂に追い炊き機能をつけるには150~200億円かかる。輸送機の購入費の一部だけでも一般会計で処理するだけで風呂の改修工事が可能になる。これこそ被災者に寄り添う使途だ。【佐々木憲昭・衆議院議員(共産党)】
 ・(自衛隊)弾薬購入費 3億1,200万円。
 ・その他・・・・原子力災害に対処する無人航空機と無人車両の購入、遠隔操縦可能な施設作業システムの研究、洗濯機・乾燥機・庁内託児所用備品。

(2)国土交通省
 ・(海上保安庁)消防型巡視艇 6隻、巡視船 2隻 24億円。
 【批判】
  コンビナート火災が発生すれば海上から放水活動が行われるが、燃焼を制御するだけで、鎮火は困難なことが東日本大震災で明らかになった。液化石油ガスが燃え尽きて鎮火するまで10日かかった。巡視艇や巡視船を更新しても被災地復興には直接繋がらない。 

(3)農林水産省
 ・反捕鯨団体「シー・シェパード」の妨害活動の対策費や調査捕鯨経費の補填 23億円。

(4)財務省
 ・(国税庁)東京都・大阪府・兵庫県の3税務署の整備費 10億9,000万円。

 以上、鳴海祟郎(本誌)「「3・11復興予算」を弄ぶ霞が関の「血税ドロボー」」(「サンデー毎日」2012年4月1日増大号)に拠る。

   *

 (1)被災者の心のケア 37億円 【内閣府】 →(8)と重複
 (2)NHKワールドのコンテンツ強化 8.1億円 【総務省】 →(4)と重複
 (3)青少年11,425人の国際交流 72億円 【外務省】 →(7)と重複
 (4)米CNN政策の30分ドキュメンタリー番組を海外で放送 3.2億円 【外務省】 →(2)と重複
 (5)防災対策のノウハウなどを諸外国に提供、途上国の人材を育成 42億円 【外務省】 →不良
 (6)ビザ発給管理システムの改修 1.7億円 【外務省】 →不良
 (7)外国人大学(院)生の訪日など 1.3億円 【文部科学省】 →(3)と重複
 (8)被災者の心のケア 28億円 【厚生労働省】 →(1)と重複
 (9)シーシェパードの妨害活動への安全対策、調査捕鯨経費の補填 23億円 【農林水産省】 →便乗
 (10)被災にかかわらず国内企業の海外流出を防ぐ補助金 2,950億円 【経済産業省】 →便乗
 (11)経済合理性を欠く道路(三陸海岸)の整備 307億円 【国土交通省】 →不良
 (12)災害廃棄物処理事業 3,860億円 【環境省】
 (13)被災した装備品等の復旧 631億円 【防衛省】

 以上、記事「“死に金”と化する予算」(「週刊ダイヤモンド」2012年3月5日号)に拠る。
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【震災】原発>官僚の答弁 ~気象庁長官~

2012年03月23日 | 震災・原発事故
 産業に必要だから、という理由で、野田政権は原発を再稼働させようとしている。
 福島第一原発事故の実態・原因がまだ特定されず、また、事故の収束がまだ見えていないにも拘わらず。
 復興に必要だから、という理由で、野田政権は放射能ガレキを全国の自治体に受け入れさせようとしている。
 福島第一原発が放出した放射性物質をあまねく検査する体制が整わず、また、低線量放射線被曝による健康障害の可能性があるにも拘わらず。

 政府は信頼しがたい。
 国/政治家・官僚は、積極的にウソをつかない場合でも、事実を国民に伝えるに消極的な結果、真実を隠蔽する。
 それは例えば、次のような答弁に見ることができる。

(1)期日:2011年11月17日午後2時
(2)場所:気象庁(東京都千代田区大手町1丁目3-4) 1階 会見室
(3)内容:気象庁長官の定例会見
 羽鳥光彦(57)・気象庁長官が、冒頭数分間、災害情報について報告。その後45分間、質疑応答。

 Q:放射能調査研究費が止められたことで、福島原発から流れる放射性物質をとらえていた観測が止められる事態になりかねなかった【注1】。これをどう考えるか。
 羽鳥:文部科学省から要請があった。当時としての判断は正しかったと思う。

 Q:世界が注目する放射能観測の重要性についてはどう考えるか。 
 羽鳥: 政府全体の計画の中で優先順位もあろうかと思う。文科省にお聞き願う。

 Q:気象研究所では7月から、放射性物質が広がる様子をホームページに載せている。なぜそれまで公開できなかったのか。 
 羽鳥:原子力防災計画においてSPEEDIが位置づけられ、文科省が全体の対応を行っている。文科省がそれを利用して最善の対応を行っていくのが妥当だ。ホームページの公開は、直前まで私は知らなかった。 

 <一連の経緯について長官としての考えはほとんど示されず、「文部科学省の指示にしたがったまで」という趣旨の発言が繰り返された。会見中「文部科学省」という言葉は16回使われた。>
 <青山道夫らのネイチャー論文の掲載を、所長が認めなかった件【注2】でも質問が出た。しかし羽鳥は「所長を信頼しております」と繰り返すだけだった。>
 気象庁企画課も福島原発事故とチェルノブイリ原発事故との比較は問題があるという意見だ、と付言した。
 長官自身の考えを問われても、<答えは「詳細は聞いておりません」「事実関係は掌握しておりません」だった。>

 Q:早く情報を伝えてくれれば被曝量が少なくてすんだのに、という人が福島には多くいる。そういう人々への言葉はないか。 
 羽鳥:気象庁としてのメッセージは難しいと思います。

 【注1】青山道夫が所属する気象庁気象研究所は、1957年から大気と海洋の環境放射能の観測を半世紀以上続けてきた。福島原発で爆発が起きた3月12日以降、高すぎる放射能が計測され続けた。ところが、突然、3月31日18時に本庁企画課から気象研に電話が入り、新年度の明日から放射能観測の予算は使えない、と言い渡された。
 【注2】昨年4月、青山およびベン・ケッセラー(米国ウッズホール海洋研究所)らの共著論文「福島原発から出た放射性物質の海洋環境への影響」は、「ネイチャー」誌に掲載することが決まっていた。青山の上司、緑川貴・地球化学研究部長は草稿を承認した。しかし、その翌日、前例のないことに、韮澤浩・企画室長から説明を求められた。その6日後、こんどは加納祐二・所長に呼ばれ、チェルノブイリ原発事故との比較を理由に不許可が言い渡された。加納所長は、気象庁に論文を見せ、意見を求めていた。青山は自分の名を削って掲載するよう求めたが、所属長の不許可を理由に、「ネイチャー」誌は掲載を取り止めた。6月初め、日米共同で福島沖の放射性物質を調べることになり、青山も参加予定だったが、辞退を命じられた。気象庁は「参加する予定はなく、事実とは異なる」と提案書に記されていた青山の名前の削除まで求めた。

 以上、朝日新聞特別報道部『プロメテウスの罠 ~明かされなかった福島原発事故の真実~』(朝日新聞、2012)の「第3章 観測中止令」に拠る。
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【震災】原発>“東電派遣教員”大橋弘忠教授の東大話法

2012年03月22日 | 震災・原発事故
 大橋弘忠・・・・東京大学原子力工学科から同大学院を経て東京電力に入社。1986年1月、東大助教授に転身。現在、同大学院工学系研究科システム創成学教授。原子力安全・保安院「原子炉安全小委員会」委員長、「総合資源エネルギー調査会」委員など政府の委員を歴任。昨年10月には、北陸電力志賀原発「原子力安全信頼会議」委員に就任。その経歴から、一部に“東電派遣教員”と揶揄される。

 2005年12月5日、於佐賀県唐津市、九州電力玄海原発へのプルサーマル導入の安全を問う公開討論会で、大橋はうそぶいた。
 <事故の時どうなるかは、想定したシナリオにすべて依存する。(原子炉の)格納容器が壊れる確率を計算するのは、大隕石が落ちてきた時にどうするかという起こりもしない確率を調べるのと一緒。専門家になればなるほど、格納容器が壊れるなんて思えない。>
 <プルトニウムは実際には何にも怖いことはない。水に溶けないので飲んでも体に吸収されず、体外に排出されるだけだ。>

 『原発危機と東大話法』【注1】の著者、安冨歩・東大教授はいう。
 <国内初となる玄海原発へのプルサーマル導入に、大橋氏の“原発推進トーク”がひと役買ったと言われても仕方がない。その延長線上で10年9月には福島第一原発の3号機にMOX燃料が投入され、半年後にその3号機が水素爆発で大量の放射性物質をばらまいた。>

 大橋の一連の発言は、原発事故後に改めて注目を集めた。「大隕石が落ちる確率」と同じはずの格納容器の損傷が確実となった今、大橋は尻に帆をかけて遁走しなければならない立場だ。
 ところが大橋は、自身の研究室のホームページでこっそり反論していた【注2】。プルサーマル公開討論会の本質、説明責任、プルトニウムは飲めるか、話し方について、「やらせ」事件、マスコミ報道・・・・の6項目にわたり見解を綴っている。

<例1>「プルトニウムは飲んでも安全」発言について
 <プルトニウムは水に溶けにくいので、仮に人体に入っても外へ出ていく、と述べたのが、それならプルトニウムは飲めるのか、飲んでみろ、となっているらしい。文脈を考えればわかるのに、いまどき小学生でもこんな議論はしないだろう。>

 【コメント】
 これは、「スケープゴートを侮蔑することで、読者・聞き手を恫喝し、迎合的な態度をとらせる」(規則10)という東大話法の典型例だ。しかも、水に溶けないから安全というのは、それこそ文脈を考えてみれば、むちゃくちゃな議論であることは明らか。プルトニウムを吸い込めば肺の中にとどまり、放射線を出し続けるおそれがあるからだ。【安冨教授】

<例2>九電の「やらせ問題」発言について
 <この討論会について、九州電力のいわゆる「やらせ」が問題となった。私は、佐賀県から依頼されて登壇したもので、話す内容や質疑などについて九州電力からの連絡は一切なかった。/客観的にみれば、この種の討論会は、推進派も反対派も動員をしてそれぞれの立場から質疑を行うのは当然であり、違和感はない。国会答弁でも何でも同じだろう。目立ちたがり屋の弁護士さんが「やらせやらせ」と言い出し、それに社会全体が翻弄されただけではないだろうか。>

 【コメント1】
 小出裕章助教らの発言に噛みつき、ケチをつけているだけ。学者ではなく、「学者ゴロ」「原発ゴロ」にすぎない。発言がデタラメすぎて、論外。我々は徹底した調査で巧妙なやらせのカラクリを解明した。大橋にまともに反論できることがあれば、堂々と私たちに反論したらどうか。自分の身分、立場を隠して世論を誘導する質問を仕込んだ推進派と他の聴衆は一緒にできない。【郷原信郎・弁護士/元・第三者委員会委員長】

 【コメント2】
 あきれるばかり。こんな人物が東大教授なのだ。「技術的」「客観的」など何の根拠も示さないまま、自分勝手な論理を主張するだけで、「いまどき小学生でもこんな議論はしないだろう」。福島原発の事故が起きてしまっている現実をまず見るべきだ。自分がどういう役割を果たしてきたのか、胸に手をあてて考えよ。【小出裕章・京都大学原子炉実験所助教】

 【注1】「【震災】原発>原発危機と東大話法 ~傍観者の論理・欺瞞の言語~
 【注2】「プルサーマル公開討論会に関する経緯について」(HP「オオハシ ラボ」、2月28日掲載)

 以上、徳丸威一郎(本誌)「東電の“派遣教員”東大教授 “逆ギレ”反論の東大話法」(「サンデー毎日」2012年月日号)に拠る。
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【震災】原発>途方もないフクシマの潜在的リスク ~米国技術者の緊急提言~

2012年03月21日 | 震災・原発事故
 福島第一原発はマークⅠ型だ。
 米ゼネラル・エレクトリック(GE)社のマークⅠ型は、設計や運用上の危険性について何十年も前から警鐘が鳴らされていた。構造的な欠陥を抱えているのだ。

 米原子力規制委員会(NRC)の内部メモによれば、NRCは1972年にマークⅠ型の使用禁止を検討していた。原子炉が出力するパワーに比べ、格納容器のサイズが小さすぎるからだ。しかし、禁止すれば今後の米国の原子力産業の成長を妨げかねないという理由から口をつぐんでしまった。
 マークⅠ型の格納容器のサイズは、当初の設計では、現状の10倍だった。しかし、価格を抑えて競争力を高めるために、小さな格納容器にしてしまったのだ。
 格納容器が大きければ、メルトダウンによって発生する水素を巨大な格納容器内で再燃焼させ、炉内の圧力を下げることができるから、安全性が増す。小さい格納容器には、こうした余裕はない。水素と酸素が混じれば、火花が生じただけで爆発する可能性がある。
 そこで、マークⅠ型の小さすぎる格納容器には、内部の水素を逃がすためのバルブが側面に付け加えられた。
 しかし、福島第一原発では、うまく逃がすことができず、原子炉建屋内で水素爆発を起こし、放射性物質を撒き散らしてしまった。

 もう一つの問題は、冷却用海水ポンプに防水対策がなされていなかったことだ。福島で起きたのは、チェルノブイリのような原子炉の暴走ではなく、スリーマイルと同様の冷却機能の喪失だった。
 問題は電源の喪失ではない。
 福島第二原発も停電寸前だったが、冷却できる状況だった。冷却用海水ポンプの防水対策が厳重で、熱交換器建屋に設置されていたため、親水してもポンプ本体の損傷は免れたからだ。
 結局のところ、福島第一原発1~3号機は、冷却用海水ポンプが原因でメルトダウンが運命づけられた。ディ-ゼル発電機が津波で機能を喪失しても、ポンプさえ防護されていれば、バッテリーや電源車で動かして冷却できたはずだ。なぜ、東電はこの話を避けるのか。

 現在の一番の懸念は4号機だ【注】。4号機のプールには、炉心数個分もの核燃料が入っている。使用済み核燃料プールは遮蔽されていない。しかも、4号機の建屋は構造が弱体化し、傾いている。
 事故後プールを補強したが、ひとたび大きな地震が起これば倒壊する可能性が四つのうちでは最も高い。取り出してまもない炉心が入った使用済み核燃料プールで起きる火災を消し止める方法など、誰も研究すらしたことはない。
 大気圏内で行われた過去の核実験で放出された総量と同じくらいの放射性セシウムが4号機のプールに眠っている。

 長期的に見れば、原子炉から一度流出した核燃料を取り出す技術は、この世には存在しない。遠隔操作する必要があるが、核燃料を適切に処理するロボットはまだ設計すらされていない。
 スリーマイル島事故では、溶けた核燃料は圧力容器の底に残っていたし、稼働して3ヵ月しか経過していなかったので蓄積された排熱は高くなかった。それでも核燃料を取り出す技術を開発するのに10年かかった。1980年代の物価で20億ドル(1,400億円)要した。
 福島第一原発の場合、溶けた核燃料は原子炉の底部から外へ流出しているし、1~3号機の原子炉だけでも257トンのウランを回収しなければならない。格納容器の蓋から底までの高さは35mもある。
 取り出す技術の開発、設計、実施に20年はかかるだろう。
 取り出しに成功するまで、放射性物質の放出は続くだろう。
 取り出しても、どのように処理し、どこに保管するかも決まっていない。

 【注】「【震災】原発>いまだ収束せず ~米国が恐れる「核燃料火災」~

 以上、アーニー・ガンダーセン「米国技術者が緊急提言 途方もない「フクシマ」の潜在的リスクと日本の未来」(「朝日ジャーナル」2012年3月20日臨時増刊号)に拠る。
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【社会保障】実質増税を説明しない政府 ~健保「総報酬割の導入」~

2012年03月20日 | 医療・保健・福祉・介護
(1)「総報酬割の導入」による国民負担増
 「社会保障・税一体改革大綱」(2012年2月17日閣議決定)では、後期高齢者支援金と介護納付金の算定方法における「総報酬割の導入」がうたわれている。
 仮にこれが導入されれば、復興増税における所得税増税(年0.3兆円、25年計7.5兆円)を上回る規模の負担増となる可能性がある。

(2)後期高齢者医療制度・前期高齢者給付費の財源 ~現行~
 (a)日本の医療保険制度・・・・組合健保・協会けんぽ・共済組合・国保・後期高齢者医療制度の5つ、約3,500の保険者。
 (b)後期高齢者医療制度の財源・・・・①高齢者自らの保険料、②公費、③現役健保(組合健保・協会けんぽ・共済組合・国保の総称)からの後期高齢者支援金。
 (c)前期高齢者(その多くは国保に加入)の給付費の財源・・・・①高齢者自らの保険料、②被用者健保(国保を除く現役健保)からの前期高齢者納付金。

(3)後期高齢者支援金・前期高齢者納付金の算定方法 ~現行~
 (a)後期高齢者支援金・・・・3分の2は「加入者割」(被保険者数に基づいて算定)、3分の1は「総報酬割」(給与水準に基づいて算定)。総報酬割があることで、相対的に平均年収の低いB健保の負担が軽くなっている【注1】。
 (b)前期高齢者納付金・・・・全額「加入者割」。ちなみに、基礎年金拠出金も加入者割。

(4)後期高齢者支援金・前期高齢者納付金の算定方法 ~「大綱」の案~
 (3)-(a)は全額、総報酬割となる。この結果、組合健保は1,300億円、共済組合は800億円の負担増となり、他方、協会けんぽは2,100億円の負担減となる(政府試算)。
 ここまでなら、相対的に給与水準の低い協会けんぽを組合健保と共済組合が救済する、という改革だ。被用者健保間の助け合いの強化、能力に応じた負担、という意味では一定の意義を有する。組合健保、共済組合の1人当たり平均年収が、それぞれ434万円、511万円であるのに対し、協会けんぽは335万円と顕著な差があるからだ(2009年度)。

(5)隠された意図 ~国庫補助の削減~
 「大綱」には明記されていないが、厚生労働省の審議会における事務局の説明では、(4)による協会けんぽの負担減に伴い、同額の協会けんぽ向け国庫補助(一般会計の社会保障関係費の一部)が削減される。
 この場合、協会けんぽにとってはプライスマイナスゼロで、ちっとも助けにならない。そして、組合健保と共済組合の負担増だけが残るのだ。
 結局、総報酬割の導入は、協会けんぽに対する国庫補助2,100億円を組合健保と共済組合へ付け替える作業だ。政府の本音は、一般会計の社会保障関係費の抑制にある。
 復興増税における所得税増税3,000億円は、わが国の全課税世帯が負担し、かつ、25年の期間限定だ。他方、2,100億円は組合健保と共済組合の計1,929万世帯(2009年度)に的が絞られ、しかも恒久的な負担増だ。

(6)介護保険への総報酬割導入
 総報酬割は、介護保険における介護納付金にも導入される。「大綱」は、現行の加入者割から総報酬割への変更をうたう。それによって、組合健保と共済組合の納付金負担が計1,600億円増え、その分協会けんぽの納付金負担が減るものの、同額の協会けんぽ向け国庫補助が削減される。
 後期高齢者支援金と同じ構図だ。やはり、協会けんぽに対する国庫補助の組合健保と共済組合への付け替えだ。
 1,600億円は、「社会保障・税一体改革成案」において、計1.2兆円の社会保障の「重点化・効率化」の一部として計上されているが、一般会計という庭先のごみ(国庫補助1,600億円)を、組合健保と共済組合という隣の庭に掃き出しているだけ、と表現した方がふさわしい。

(7)本音を隠す政府
 かくて、組合健保と共済組合の負担増は、後期高齢者支援金+介護納付金=2,100億円+1,600億円=3,700億円となる。
 復興増税のスキーム策定の際には、収入階級別の家計の負担額が試算された上、毎年度の負担平準化を図るため、増税期間が当初案の10年から25年に延長されるなど、具体的な議論が展開された。
 他方、所得税増税を上回る規模となる「総報酬割の導入」に関しては、国民に真の狙いを開示していない。医療保険の保険料も、国民負担である点において税と同じだ。だから実質増税なのだが、政府は公平や重点化・効率化といった美辞麗句のオブラートで包み込み、その真の意図を国民に説明していない。「大綱」には、総報酬割導入の目的は公平のため、としか書かれていない。「介護費用を公平に負担する観点から、介護納付金の負担を医療保険者の総報酬に応じた按分方法とすること(総報酬割の導入)を検討する」

 【注1】<例>後期高齢者支援金9億円をA健保・B健保の2健保組合が拠出、A健保・B健保とも加入者は1,000人、平均年収それぞれ700万円・300万円と仮定する。(ア)加入割・・・・6億円 → A健保もB健保も3億円ずつの負担。(イ)総報酬割・・・・3億円 → A健保2.1億円(3×7/10)、B健保0.9億円(3×3/10)。(ア)+(イ)=A健保5.1億円、B健保3.9億円。
 【注2】より正確には、健康保険法第153条において国庫補助の割合は16.4%から20%のレンジで示されており、具体的な率は政令で定められる。

 以上、西沢和彦(日本総合研究所調査部主任研究員)「健康保険料・「総報酬割の導入」の背後に隠された実質増税の思惑 ~西沢和彦の税と社会保障抜本改革入門【第10回】 2012年3月13日~」(DIAMOND online)に拠る。
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【震災】産業廃棄物のゴミ捨て場と化す被災地

2012年03月19日 | 震災・原発事故
 あまり知られていないが、実は被災地で、産廃の不法投棄が深刻化している。
 集積場には、津波では明らかに出ていない鉄くずなどが日に日に増えていった。夜間も警備したが、無駄だった。【福島でガレキ処理のボランティアを務めた男性】
 不法投棄には、業者個々に独自のテクニックがある。震災直後には「災害派遣等従事車両証明書」を申請し、ボランティアのふりをして去り際に産廃を捨てていく不届き者も多かった。
 最近は難しいが、昨年ぐらいまでの狙い目は沿岸部や河口。いろんなものが流されているから。とにかく、そこらじゅうにあるんだから、ガレキの山が一つや二つ増えたところで誰も気づかない。【不法投棄業者】

 行き場を失った大量の鉄鋼スラグも、「ポイ」されているかもしれない。
 鉄鋼スラグとは、鉄や鋼の製造過程に出る残りカスだ。廃棄物処理法上は「産廃」だが、「リサイクル製品」として扱われている。再利用が製造事業として確立していたり、自ら有効利用している場合には廃棄物に該当しない。だから、鉄鋼スラグは道路工事などに年間3,800万トンも使われている。鉄鋼スラグの処理費を要しないおかげで、日本の鉄鋼メーカーは国際競争力を保てている、といっても過言ではない。
 元はゴミだから、工事業者としてもありがたい。
 <例>名古屋港飛島埠頭南側コンテナターミナルでは、鉄鋼スラグを使うことで18%のコスト削減につながった。

 だが、愛知県では、野積み保管された鉄鋼スラグの溶出水から環境基準を超す鉛やホウ素などが検出された。
 また、愛媛県では、塩田跡地の埋め立てに使用したところ、沿岸海域で魚が浮き、カキやエビが死に絶えた。 

 この2月、ある運送会社は、関西の港で受け入れが拒否されて青森でも断られた鉄鋼スラグを、岩手県沿岸部のある市に6万トン運び込んだ。復興でごたごたしている混乱に乗じたのだ。
 恐らく、地元の漁協は知らないでしょう。心が痛みますよ。【くだんの運送会社の幹部】

 以上、窪田順生(ジャーナリスト)「混乱に乗じて産廃をポイ捨て “ゴミ箱”と化す被災地の現実」(「週刊ダイヤモンド」2012年3月10日号)に拠る。
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【震災】原発>放射能がれき ~自治体受け入れの2つの条件~

2012年03月18日 | 震災・原発事故
 放射能は、閉じこめることが原則だ。薄めて広げるのではなく、極限化、コンパクトにして閉じこめるのが放射能に向き合うときの原則だ。
 だから、ガレキを全国にばらまくのは、原則に反している。特に国がやろうとしていることは、

   (a)全国の自治体の焼却場で燃やせ。
   (b)燃やして出てきた焼却灰はそれぞれの自治体が勝手に処分しろ。

という二本柱だ。その二つとも間違っている。

(1)設備
 放射能は、放射能を取り扱うために設計された施設以外で扱ってはいけない。普通の焼却場で燃やしてはいけない。そんなことをすれば、放射能が外に飛び出してしまう。
 もし全国の焼却場で燃やすのであれば、放射能が飛び散らないようになっているかどうか、まず確認する。飛び散ってしまうようであれば、飛び散らないように設備を追加する。
 たいていの焼却施設にはついているはずのバグフィルターが正しく運用されていれば、セシウムはそれなりに取れると思う。ただし、本当にフィルターで放射能を捕捉できるか、確かめなければならない。バグフィルターで駄目なら、セラミックフィルターなり高性能フィルターなりを追加して、放射能を閉じこめる必要がある。

(2)焼却灰
 出てきた焼却灰をそれぞれの自治体で埋めてはいけない。
 本来は、専用の焼却場を現地に作るのが望ましい。
 そして、福島第一原発に返すのだ【注】。今後建設されるべき石棺や地下ダムに使用されるコンクリートに焼却灰を使うとよい。

(3)ガレキの自治体引き受けは次善の策
 国は、ガレキ対策を一切やっていない。いまだにガレキが野ざらしになっている。この状態を放置してしまうと、汚染した地域の子どもたちが被曝し続ける。
 子どもの被曝を全体でどれだけ減らせるかが勝負だ。だから、全国で引き受けるのは仕方ないと思う。ただし、引き受けるには前記2つの条件を満たさなければならない。 

(4)廃炉の方法
 極端に言えば2つの方法がある。
 (a)原発をそのままそこで墓場にする。人が近づかないようにドアを封印して使えないようにする。比較的何もしないでいいし、被曝も少なくて済むが、原発そのものがゴミになってしまう。
 すると、国土の狭い日本でやるのは得策ではない。ということで、日本は正反対の方法をとる、としている。今までの法律によれば、廃炉は次のように行われることになっている。
 (b)原発をどんどん切り刻んでいって、①圧力容器のような猛烈に汚れているもの、②あまり汚染されていないもの、を仕分けする。①は手のつけようがないので、深い穴を掘って底に埋める。②は、放射能としてお守りしたら大変だから、一般廃棄物として取り扱う(「クリアランス」)。
 一つの原発を切り刻んでいくと、60万立米のゴミが出る。それを放射能の汚れ度合いごとに仕分けしていくと、90何%かはほとんど汚れていないから、一般ゴミにできるはずだ。
 <例>放射能で汚れた鉄材は、一般ゴミにして、くず鉄業者が買い取って再生する。それが例えば家庭用フライパンになり、そのフライパンを使って食べたときに、人間の被曝量が10μSv/年を超えないと計算できるならばクリアンスしていい、という理屈だ。

 ただ、福島第一原発事故の場合、これまでの話とは事情が全然違う。
 まず、使用済み燃料を掴み出せるかどうか、不明だ。解体することは、まずできない。いずれにしても石棺だろうが、今までの普通の何でもない原発を廃炉にするのでも、30年、40年、50年かかると言っていた。だから、福島第一原発を廃炉にするには、はるかに長い時間がかかる。

 【注】汚染を引き起こしたのは東京電力の所有物だ。だから、東京電力に返すのがいちばん筋が通る。もともと福島第一原発にあったものだから、福島第一原発に返すのがいい。広大な敷地があるので、そこに核のゴミを持って行って墓場にすればいい。ただ、現在は事故を収束させるための戦場になっているので、難しいかもしれない。では、どうするか。(1)東京電力の本店に持って行って、本店のビルを核のゴミで埋め尽くす。社長室から始めて、次々と埋めていったらいい。(2)福島第二原発に持って行く。そこも膨大な敷地がある。これだけの厄災をばらまきながら、まだ自分の原発を動かしたいなどと東電に言わせてはいけないし、自分が引き起こした事故の責任をとらせることが必要だ。【小出裕章「東電、政府、保安院、御用学者--この国ではなぜ「大権力であれば責任を取らなくてよい」ことになっているのか」(「SIGHT」2012年SPRING)】

 以上、小出裕章「私たちは放射能とどう闘えばよいのか」(「週刊金曜日」2012年3月16日号)に拠る。
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【震災】がれき受け入れの利権 ~島田市長と産業廃棄物業者~

2012年03月18日 | 震災・原発事故
 桜井勝郎・静岡県島田市長は、昨年12月、岩手県のガレキを受け入れる意向を表明し、一躍、時の人となった。
 島田市は、茶の産地だ。その7割が東北や関東で消費されている。昨年5月、桜井市長は茶を持って被災3県を回った。被災地の惨状を目の当たりにし、できる限りの協力をしよう、と思ったという。
 その後、川勝平太・静岡県知事が県内市町村に「ゴミ処理能力の余力の1%でガレキの受け入れを」と呼びかけた。これに呼応したのが桜井市長だった。
 島田市のゴミ焼却移設は高性能で、処理量に余裕があり、最終処分場も自前のものだった。受け入れるガレキは、岩手県山田町と大槌町の木材に限定。放射性セシウムが100Bq/kg以下、焼却灰で500Bq以下という国より厳しい独自基準を設けた。

 しかし、一般市民の不安は根強かった。
 島田市は、ガレキの「試験焼却」を実施した。焼却灰の放射線量を測定し、数値を公表した。市役所のロビーなどで公開した。
 数値は、島田市の家庭ゴミだけのものが48Bq、ガレキの木材を混ぜたものが64Bqだった。
 島田市は、灰を専門機関に鑑定してもらい、3月中に受け入れの是非を正式決定する【注】。
 「これは損得ではなく、善悪の問題だ」と桜井市長は語り、一歩も引かない姿勢を明らかにする。

 他方、受け入れに反対する市民も譲らない。放射性物質への不安や恐れだけが理由ではない。
 (a)行政は、自分たちに都合のよい情報しか流さない(情報を操作する)。
 (b)被災自治体内で本当に処理する方策はないのか。
 (c)ガレキの広域処理は、国や東電の責任を曖昧にしてしまう。国や東電が責任を持ってやるべきだ。

 【注】桜井市長は、3月15日、市役所で会見し、岩手県大槌、山田両町の震災がれき(木材チップ)の受け入れを正式に表明した。

 以上、記事「放射線量がゼロでなければノー 漂流するがれき広域処理の行方」(「週刊ダイヤモンド」2012年3月10日号)に拠る。

   *

 桜井勝郎は、桜井資源株式会社(産業廃棄物処理業)の元社長。現社長は、桜井の親族だ。
 桜井は、高裁および最高裁で「競争入札妨害」で違法性を認定された(2011年4月12日確定)【注】。廃棄プラスチック処理業務を、入札額漏洩、談合、癒着により親族会社に受注させたのだ。

 【注】「島田市民の皆さん・関係業者の皆さん、市職員の皆さん、高裁と最高裁で「競争入札妨害」で違法性を認定された桜井勝郎市長に怒りの声を上げませんか!「天の声」「談合」「癒着」に関する情報を求めます」(HP「藤森克美法律事務所」) 

 以上、「被災がれき受け入れの静岡県島田市長、親族が産業廃棄物処理業者(市長は元社長)で、市長も廃プラスチック処理に絡む入札額漏洩癒着に絡み、4月に判決確定したばかりのクズ!と話題騒然」(ブログ「日々雑感」)に拠る。

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