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生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

孤独を感じている人へ

2009-07-18 08:02:24 | エッセイ
 
昨日はOさん宅での家庭集会に出かけ、午後からは病院でした。先月受けた腹部エコー、レントゲン等の検査結果が出ましたが、異常なしでした。術後5年半、守られています。感謝です。

 
「ひとりぼっちだなあ」「さみしいなあ」「孤独だなあ」と感じること、ありませんか?

わたしが人生の最初に孤独を味わったのは、幼稚園に入ったときでした。母親と離れるのが辛くて細い糸で自分の指と母の指を結んでいたいと思っていました。

とことん孤独を味わったのは中学2年の時でした。ひとりも友達がいなくて、朝学校へ行って帰るまで一言も言葉を発しないことがしばしばありました。休み時間、ひとりでいることを知られたくなくて、ただ校舎のまわりを歩いたり、図書室で本を探すふりをしたり、トイレにゆっくり入って時間を潰していました。

本当は、さびしくてたまらず、友達がほしい、声をかけてほしいと思っていたのですが、まわりからは、ひとりが好きなのだと誤解されていたようです。

そんな経験のない人でも、都会の雑踏の中でふと孤独を感じること、ありませんか?

また、大勢の友達にかこまれ、楽しくおしゃべりしている最中にふと孤独を感じることはないでしょうか。

イルカの歌で「しあわせ」という曲があります。77年に出たアルバム「植物誌」の中に入っている曲です。(CDでなく、レコードです)20代のころ、わたしは毎日口ずさんでいました。


とっても楽しそうな 笑い声は悲しいね
なんだか 孤独にさせるよね
もし毎日が 楽しいだけの日々ならば
友だちなんて出来ないかもしれない 

という歌詞に共感していたのです。

愛する人がそばにいれば、孤独を感じないだろうと思っていました。確かに恋愛をしていて、好きな人と一緒にいる時は孤独を忘れています。
でもそれは、孤独でなくなったのではなく、一時的に孤独なことを忘れているだけなのです。

自分の思いを100%理解してくれる人はいなく、どんなに親しい人でも自分とは違うのだなあと感じたとき、孤独を感じます。
人間はもともと孤独な存在なのです。

わたしは、結婚してからの方が孤独を強く感じました。

 「孤独が怖ければ結婚するな」
というチェーホフの言葉がありますね。

孤独について三浦綾子さんは
 「孤独は単に淋しいなどというものではない。もっと深くすべてのものを拒絶する姿だ。人は孤独を凝視しつつ何かを求めねばならない」(「孤独のとなり」より)
と書いています。

孤独を凝視できずに、一時的に孤独を忘れさせるものを求めてさまよっている人が多くいます。本当の解決は、恐れずに孤独をみつめることから始まります。

人はみな神様によって造られました。神様はご自分の所へ帰ってきてほしいと思われて心に空洞を造られました。その空洞が埋まらない限り、人は孤独を感じるのです。

空洞を埋めるのは何でしょうか?それはイエス・キリストです。
孤独のとなりにはイエス様がおられるのです。

聖書の言葉
 
「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。(イザヤ49:15)」
「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。(ヨハネ14:18)」

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6 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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Unknown (美雨)
2009-07-18 10:49:07
昔読んだ本に、鳥島に漂着した船からたった一人取り残され、アホウドリの群れに囲まれて、孤独をひしひしと感ずる。
そんな場面がありました。

私も転勤で行った街の中で、そんな思いを味わったことがあります。

それでも、時には孤独になりたくなることもある。
矛盾していますね。
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美雨さんへ (文香)
2009-07-18 22:20:11
そうですね。
孤独はつらいと言いながら、なぜかひとりになりたいときがありますね。不思議です。
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しばらくです (さわちん)
2009-07-20 18:42:46
この記事を読んでサマリヤの女のことを思い出しました。
何度も結婚しては別れ次の相手と結婚を繰り返したけど、結局心の渇きは癒されず、そこにイエス様が来てくださりましたね。
イエス様の方から女に「私に水を下さい」と歩み寄った所に、イエス様のへり下った姿勢を感じます。

昨日のメッセージは山上の説教からでした。
心の貧しい者は幸いです。と聞いた時嬉しくなりました。最近、心の貧しさの中でもがいてたので。
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さわちんさんへ (文香)
2009-07-21 12:20:55
イエス様に出会うまでは、サマリヤの女は、とことん孤独を味わっていたことでしょう。
イエス様と出会ってからの彼女の明るい希望に満ちた顔が目に浮かぶようでます。

イエス様の光に照らされると、慰めが与えられますね。山上の説教を読むと、悲しみが喜びに変えられます。
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Unknown (Kazukiyo)
2009-07-21 17:59:52
めぐみ教会青年会会長のKazukiyoです。
文香さんが書いて下さったこの記事に、大変共感を覚えました。
シェアして頂き、ありがとうございます。
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Kazukiyoさんへ (文香)
2009-07-21 21:04:04
以前礼拝でKazukiyoさんのお証しを聞かせていただいたことを思い出しました。

共感していただいて嬉しく思います。

イエス様を信じる前は、孤独を恐れていました。
イエス様を信じてからは、孤独を恐れなくなりました。イエス様が共にいてくださるので、真の孤独にはならないことがわかったからです。
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