紫陽花から凌霄花へ

 2週間ぶりに森を歩きました。真夏の花、凌霄花(ノウゼンカズラ)が咲き始めていました。梅雨が明けるまでにはもう少しかかりそうですが、花は、そろそろ紫陽花から凌霄花にバトンタッチのようです。

☆☆☆

 今日、恩田の森で撮影した写真をこちらに掲載しておりますので、ぜひご覧ください。
恩田Now 
コメント ( 4 ) | Trackback (  )

ロベルト・クビツァ?

 ロバート・クビサなら知っているけれど、ロベルト・クビツァって誰?
 勿論同一人物。ポーランド人初のF1ドライバーだ。BMWのマシンを駆り今シーズン既に12ポイントを獲得し、ランキング7位に位置している。

 最近では6月10日に行われたカナダGPを大事故に遭遇しながら決定的なダメージも無く、今週末のフランスGPには元気な姿を見せてくれるであろうドライバーとして、さらに、クビサとは同国人であった前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の名前を記したヘルメットを着用していたことから、ヨハネ・パウロ2世が起こした「奇跡」によって生還できたのではないかと噂さしきりのロバート・クビサである。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070629-00000020-jij-int を参照されたし。

 それにしても「ロバート・クビサ」(Robert Kubica)ほど沢山の名前の「読み」を持っているドライバーは珍しいかも知れないな。ファーストネームのRobertは、英語読みなら「ロバート」、ドイツ語読みだと「ロベルト」となるのだろう(多分)。これはわかる。問題はKubicaだ。

 昨年デビューした当時には「クビカ」と標記される事が多かったが、その後「クビサ」と書かれる事が多くなり、今シーズンは「クビサ」が主流となっているようだ(まだ「クビカ」も見かける)。ここに来て新顔の「クビツァ」の登場である。イギリス在住の Kanaさんは、ご自分のblogの中で「ロバート・キュービッサ」と書かれている。おそらくイギリスではそのように発音されているのだろう。確かに「クビツァ」「キュービッサ」の方が、「クビカ」や「クビサ」よりも本物に近いような気がするけれど、「気がする」だけだ。ポーランド人が発音したKunicaを聞いた事が無いのだから判断のしようがない。

 クビカかクビサか。はたまたクビツァかキュービッサか。いったいどれに落ち着くことであろうか。そういえば、バリチェロと書かれる事が多いルーベンス・バリチェロだが、CGはいまだに「バリケロ」と書いている。確か、クルサードもクルタードだったんじゃないかな。

 かく言う郷秋<Gauche>も「ミハエル」ではなく「ミヒャエル」、「ライコネン」ではなく「ライッコネン」と書くことにこだわっている。でも「ライッコネン」は間違いなく「ライッコネン」ですよ。フィンランド人の友人が「巻き舌にしてライッコネン」と教えてくれたんだから、間違いない。

今日の1枚は、実家の庭で咲いていた「隅田の花火」。
コメント ( 4 ) | Trackback (  )

那須屋

 先週の土曜日、菩提寺での祖父の50年忌が終わった後、会食までの間、父の実家である「那須屋」でお茶を飲みながら、従兄弟(父から見ると、長兄の長男)の奥様が持ってきてくれた昔の写真を見せてもらいました。昭和初年から30年代半ばまでに撮影された写真です。

 その中でひと際目を引いたのが、開業当時の那須屋の写真。正確な撮影年は判りかねますが、父と伯母(父の姉)の話しからすると、昭和3、4年(1928-1929年)ではないかということです。左から3人目の女の子が、今年83歳になる伯母。どうして自分が写っていないのかという父の問いに、伯母は「あなたは写真を撮られるのを嫌がって逃げ回っていた」との返事。

 残念ながらこの写真はオリジナルではなく、「自分探しの旅」だと称して那須屋を訪ねてきた年配の方がお持ちになったコピーです。おそらくはキャビネ版程度の写真をA4に拡大コピーしたものです。コントラストが強くなっていますが、それでも開業当時に那須屋の様子をよく伝えてくれます。

 まず目を引くのは二階の窓際に設置された、右から「旅館那須屋」と書かれた大きな看板。洒落た飾りがモダンです。郷秋<Gauche>にも車種は判りかねますが、大型のセダンは何のために店先に止まって、この記念写真に写っているのかも不思議です。父の話では、村に1軒、今で言うタクシーの会社があったということですので、そこの自動車であったのかもしれません。

 女性が8人写っていますが、一人を除いて皆さん和服です。小さな旅館ですから女中さんもせいぜい2、3人だったと思います。だとすると、女性の多くは、当時はまだ珍しかったであろうか、記念撮影に写ろうとして集まった近所の方でもあるのでしょうか。

郷秋<Gauche>のルーツである、今から約80年前の那須屋。

那須屋についてお知りになりたい方はこちらをご覧ください。
その一
その二
その三
その四

矢祭町、矢祭もったいない図書館関連Site & blog
矢祭町役場
矢祭町役場(図書の寄贈のお礼)2007年6月現在、新たな寄贈の受付はしていないとのこと。
矢祭町Wikipedia
タダで図書館を作る方法(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
タダで図書館を作る方法(続報)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町図書館、1月14日開館(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(その2)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(その3)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
那須屋(矢祭町にある田舎宿屋)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
コメント ( 2 ) | Trackback (  )

菩提寺

 郷秋<Gauche>家の菩提寺、矢祭町東館の東慶寺の本堂(の屋根)と裏山です。私の父も私も、東慶寺に葬られることはありませんから正確には郷秋<Gauche>家、「本家」の菩提寺ですね。先週の土曜日、まだ6月だというのに、真夏かと思うほどの猛暑でしたが、こうして写真を見ると、何故か涼しげ。不思議です。


矢祭町、矢祭もったいない図書館関連Site & blog
矢祭町役場
矢祭町役場(図書の寄贈のお礼)2007年6月現在、新たな寄贈の受付はしていないとのこと。
矢祭町Wikipedia
タダで図書館を作る方法(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
タダで図書館を作る方法(続報)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町図書館、1月14日開館(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(その2)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(その3)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
那須屋(矢祭町にある田舎宿屋)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
コメント ( 0 ) | Trackback (  )

矢祭町「もったいない図書館」(その3・最終回)

 30万冊の本が集まり、それを収納するために予定外の書庫を造ることになってしまいましたから、最初から町民数に見合った数の本を購入した方が、結果としては安くついたのではないかと思いますが(1人当たり約3冊として2万冊。1冊3千円として購入総額6千万円)、これまで、誰も取組まなかった方法で図書館を作ったことには意義があるでしょう。

 ただし、本来、行政が税金でまかなうべき住民サービスを、民意に甘える形で提供する事が、果たして許されるのかという議論もあることと思います。一方で、個人宅で処分に困っている蔵書を、文化的あるいは教育的に価値あるものとして再利用することの意義は大いに認められるべきでしょう。

 書庫と閲覧室は分離されておらず、整然と並んだ書棚の間の何箇所かに閲覧用の机・イスが置かれたオープン形式の明るい図書室です。

 図書館は出来ました。でも「矢祭もったいない図書館」にとっての大きな課題はこれからやってくることでしょう。今後2年間は書籍の購入はせず、寄贈され書庫に入っているものを積極的に閲覧室に配架し、利用を促進するのだそうですが、ということは、これから2年の間に出版される新刊書を、図書館から借りるという形では読む事が出来ないということです。蔵書30万冊の立派な図書館はあっても、その図書館で新刊書が読めないというのは、何かおかしなものです。

 図書館運営のスタッフの問題もあります。現在その多くは、1時間当たり500円の「謝金」が支払われる「有償ボランティア」でまかなわれているようです。町民自らの手で図書館を創り、育てていくのだという意識は育まれても、レファレンスサービスや読書指導が正しく行われているのか、果たして「司書」の資格を持つ方がどの程度いるのか、気になるところです。

こちらは児童書、絵本のコーナー。
 
 今回、「もったいない図書館」のために幾人ほどの方が本を寄贈されたのか、お聞きするのを忘れてしまいましたが、北海道から沖縄まで、全国各地から善意の本が届いたことは間違いないようです。送り主には町からの礼状が届いているようですが、さらに、閲覧室と書庫をつなぐ廊下のガラス張りの壁にすべての寄贈者のお名前が、なかなかしゃれた形で記されていました。

 Zoom Upしてご覧いただくと、ガラスの中央上部に「矢祭もったいない図書館 図書寄贈御芳名」と書かれているのがお判りいただけることでしょう。その下一面に白い点があるのにお気づきかと思いますが、これは模様にあらず。寄贈者のお名前です。県別に掲載されておりますので、寄贈された方が図書館をお訪ねになられた際には、ご自分の名前を探すことも比較的容易だと思います。

 1月14日の開館から、まもなく半年になる「矢祭もったいない図書館」ですが、どの程度の利用があるのかお聞きするのを忘れてしまいましたが、全国の自治体の図書館関係者の注目を集め、見学は引きも切らないようです。館内を案内してくださる館長の慣れた口調がそれを思わせます。これからの課題も少なくない図書館運営だとは思いますが、関係の皆さんが知恵を出し、力を合わせて、蔵書の数に負けない、町の皆さんに愛される素晴らしい図書館に成長することを陰ながら祈りたいと思います。

矢祭町、矢祭もったいない図書館関連Site & blog
矢祭町役場
矢祭町役場(図書の寄贈のお礼)2007年6月現在、新たな寄贈の受付はしていないとのこと。
矢祭町Wikipedia
タダで図書館を作る方法(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
タダで図書館を作る方法(続報)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町図書館、1月14日開館(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(その2)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(その3)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
那須屋(矢祭町にある田舎宿屋)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
コメント ( 2 ) | Trackback (  )

矢祭町「もったいない図書館」(その2)

 寄贈された本は約30万冊。人口7千人の町に30万冊ということは、町民一人当たり42.86冊ということになります。この数字が多いのか少ないのか見当も付かないとおっしゃる方も多いのではないかと思います。って、かくいう郷秋<Gauche>もその一人。ですので、早速調べてみました。

 調べてみたのは矢祭町と同じ福島県の郡山市。郷秋<Gauche>の実家のある、福島県の中核都市ですが、この郡山市の図書館の蔵書数は80万冊。人口が34万人ですから、市民一人当たりの蔵書数は2.35冊。矢祭町の1/20というところですが、地方都市としては標準的なところのようです。比較対象として、学生数1万人程度の大学の図書館の蔵書数を調べてみると、80万冊程度というところが多いようです。学生一人当たり80冊ですね。

 矢祭町のもったいない図書館の蔵書数は、大学の一人当たり80冊の半分、標準的な地方都市の図書館の20倍というのがその蔵書規模ということになります。郡山市の基準で行けば矢祭町の蔵書は16,000冊で良いことになるわけですから、予算節約のために町長や教育長自ら庁舎内の掃除を行っているという(失礼ながら)貧乏町としては破格の規模ということになります。

 仮に、蔵書1冊当たりの単価(発売時)が3千円(所謂豪華本の比率が相当高いように思えましたので、平均単価は更に高いものと思われます)だとしても30万冊ですから9億円相当ということになります。矢祭町の一般会計予算が27億円ですから、その三分の一規模の予算を一気に投入したことになりますが、まっ、有り得ない図書予算ということですね。

 電動の書架です。この手の書架をご覧になったことのない方にはちょっと説明が難しいのですが、書架と書架の間の通路は無く、両面式の書架がぎっしりと並んでいます。写真は書架が閉じた状態です。本を取り出す場合には、見たい本のある書架(当然NDCで分類されています)の通路側側面にあるボタンを押して書架を移動させて隙間を作ってから人が奥に入るようになっています。この規模の書庫が3つあります。

 量的充実はわかったけれど、質はどうなの?ということになると、これも凄い。国内外の著名作家の個人全集、全30巻揃い、などが物によっては5セット、6セットあるのですから、ホントに凄いのです。個人宅で持て余し気味になっていたのではないかとは思いますが、全巻揃いで10万円、20万円などという画集、写真集も複数セット揃っています。
 
 人気作家の単行本、全集も豊富に揃っているようです。カウンターの近くでは陳舜臣氏の作品が「フェア」よろしく展示されていましたが、ざっと見たところでは、代表作はほぼ新品状態のものがすべて揃っているようで、更に通常の書架にも同じ本が複数配架されておりました。

 個人的には、相当多いのではないかと思っていた文庫・新書の類は意外と少なく、比較的高価な単行本、全集が多い印象です。当初、児童図書が少なかったようですが、そのことをHP呼びかけたところ海外で出版された絵本を含め、相当数の寄贈があったとのことでした。

 書架と書架の間に人の入ることの出来る通路部分をつくったところ。10数列ある書棚も、書棚と書棚の間の通路は2箇所ほど。間に必ず通路が必要になる固定式書架と比較すると、同じ床面積で2倍もの書籍を収納することが出来ます。ここは百科事典の棚。思いのほか百科事典の寄贈は少なかったようですが、それにしてもインターネット時代の今日、利用される事があるのかどうか・・・。(明日に続く)

矢祭町、矢祭もったいない図書館関連Site & blog
矢祭町役場
矢祭町役場(図書の寄贈のお礼)2007年6月現在、新たな寄贈の受付はしていないとのこと。
矢祭町Wikipedia
タダで図書館を作る方法(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
タダで図書館を作る方法(続報)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町図書館、1月14日開館(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(その2)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(その3)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
那須屋(矢祭町にある田舎宿屋)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
コメント ( 2 ) | Trackback (  )

矢祭町「もったいない図書館」

 昨日ご報告した通り、以前から何度かご紹介している福島県矢祭町の「もったいない図書館」に行ってきました。矢祭町は茨城県に接する福島県の最南端の町で、合併しない宣言で一躍有名になりましたが、昨今は、全国からの寄贈本で蔵書をまかなう図書館を設置することを表明し、取り分け本好き・図書館好きの間で有名になった町です。

 郷秋<Gauche>はこの「もったいない図書館」の蔵書集めの初期の時期から興味を持ち、度々紹介をしておりますので、これをご存じであるのみならず、このblog愛読の皆さんの中には愛蔵の書籍を寄贈された方も幾人かおいでのはずです。

 私はこれまで、通称名のつもりで「もったいない図書館」と言い、書いてきましたが、矢祭町の中心地である東館、JR水郡線の東館駅の目の前にあるその図書館に行って、びっくりしたのがその名称でした。看板には、なんと「矢祭もったいない図書館」と書かれているのです。つまり、「もったいない図書館」は通称名ではなく、正式名称であったのです。

 「矢祭もったいない図書館」の入り口。この建物の左半分は教育委員会事務局として使われているようで、図書館はこの入り口を入って廊下を右に進んだところにあります。

 郷秋<Gauche>の心積もりでは、こっそりと見て帰って来るつもりであったのですが、同行の父が、町内の那須屋の人間である事を名乗り、見学したいと申し出たからなのか、館長自らが館内を案内の上、詳しい説明をお聞かせくださるという思いもかけない厚遇を得ることとなりました。

 この図書館はもともと町営の武道場であったようですが、利用が少ないことから図書館への転用が決まったようです。外見はどことなくその出自を思わせる少々くたびれた建物ですが、中はすっかり改装されており、閲覧室には約5万冊の本が整然と配架させています。

 全国から約30万冊の本が寄贈されたそうですが、そのうち傷みの激しい一部の本は寄贈者に連絡をした上で廃棄したそうですが、多くは、特に全集物などは開いたこともないのではないかと思われるほど綺麗なものが多く並んでいるのには驚きました。寄贈者は圧倒的に個人が多いようでしたが、中には出版社が自社の出版物を寄贈したり、篤志家がこのために自ら新刊本を購入し、送ってきた例もあるそうです。

 いずれにしても人口7千人の町には十分過ぎるほどの量と質の本が送られてきたようで、約20万冊の本を納めるために1億数千万円をかけて書庫を造らざるを得ない状況になったとのことでした。その閉架書庫も見学させていただきましたが、この続きはまた、明日。

 2つの建物が「渡り廊下」でつながっているのをお判りいただけるかと思います。左側が武道館を改装した図書館本館(閲覧室)。更に左側に、上の写真の入り口のある建物があります。右側が新築した書庫です。書庫のすぐ後ろをJR水郡線が走っています。とは言っても、上り下り各2時間に1本ですが。

矢祭町、矢祭もったいない図書館関連Site & blog
矢祭町役場
矢祭町役場(図書の寄贈のお礼)2007年6月現在、新たな寄贈の受付はしていないとのこと。
矢祭町Wikipedia
タダで図書館を作る方法(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
タダで図書館を作る方法(続報)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町図書館、1月14日開館(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(その2)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(その3)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
那須屋(矢祭町にある田舎宿屋)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
コメント ( 3 ) | Trackback (  )

東館へ

 今日は父の実家のある東館まで行って来ました。東館は、福島県最南端の町であり、「合併しない宣言」「もったいない図書館」などで全国区でも有名になった福島県東白川郡矢祭町の中心にあります。私の実家のある郡山からはクルマで約1時間半程程の距離です。

 法事は、私の祖父の50年忌。死者の弔いは、普通は27回忌とか33回忌で終りとすることが多いようですが、父の実家が、小さいながらも「那須屋」という宿屋であったりすることから50年忌が営まれることとなったようです。

 今回は郡山から日帰りでの行き来でしたが、那須屋開業当時(昭和5年頃?)の写真を見たり、私の父が実家の父母に宛てて送り、那須屋で代々保存されていた、私の子どもの頃の写真を発見するなどの収穫もありました。

 法事の後には、このblogでも何度か取り上げた、蔵書のすべてを寄贈で賄うという、大胆な手法で会館した「矢祭もったいない図書館」を見学することも出来ました。こちらは思いもかけず、館長さんに館内を案内・ご説明頂く事が出来ました。このことについては帰宅して以降、blogでご報告させていただくつもりでおりますので、お楽しみに。


 今日の1枚は、道の駅「はなわ」で見つけた、ツバメの雛。余程おなかを空かせているのか、時折大きな口をあけて親鳥が餌を運んできてくれるの待っていました。

矢祭町、矢祭もったいない図書館関連Site & blog
矢祭町役場
矢祭町役場(図書の寄贈のお礼)2007年6月現在、新たな寄贈の受付はしていないとのこと。
矢祭町Wikipedia
タダで図書館を作る方法(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
タダで図書館を作る方法(続報)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町図書館、1月14日開館(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(その2)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
矢祭町「もったいない図書館」(その3)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
那須屋(矢祭町にある田舎宿屋)(「郷秋<Gauche>の独り言」内の記事)
コメント ( 2 ) | Trackback (  )

梅雨

 関東地方が梅雨入りだといわれて以来、初めての雨でしょうか。紫陽花の花が嬉しそうでした。

 法事のために、今日の夕方、実家に帰って来ました。ですから、今週末の恩田Now お休みです。楽しみにしてくださっている方、ごめんなさい。

コメント ( 1 ) | Trackback (  )

リンクのお知らせ

 郷秋<Gauche>が作るWebsite「恩田の森」、「郷秋<Gauche>のおもちゃ箱」、「郷秋<Gauche>の独り言blog版」をリンクのページ、ブックマーク等でご紹介いただいておりました皆様のWebsite、blogを、こちらでご紹介させていただきましたことをお知らせいたします。大変遅くなりましたことをお詫び申し上げます。
コメント ( 3 ) | Trackback (  )

ソノシート

 ソノシートを知っているのは、昭和で言えば40年代までの生まれ、つまり今の30代後半までの人だろうな。その、ソノシートが付いた雑誌や書籍を出版していた「朝日ソノラマ」が今年の9月末で廃業だそうな(詳しくはこちらを参照)。ソノシートは音しか出ないけれど、今で言えばがDVD付きの雑誌や書籍みたいなものだ。

 ソノシートは「朝日ソノラマ」の登録商標だが、エレクトーンやゼロックスと同じようにほとんど普通名詞化していて、本来の一般名詞であるフォノシート、シートレコードなどと呼ばれているのには出くわしたことがないね。

 ソノシートはほとんど紙のように薄いペラペラのビニールシートで出来た、多くは直径17センチのレコード盤で、音質は劣るが、非常に廉価に出来るために雑誌の付録によく付いてきたりしたものである。そんなソノシートも「朝日ソノラマ」から出されたのは1989年が最後だというから、ちょうどCDが普及し、LPが一気に姿を消した時代に同時に姿を消していたらしい。

 今でも古本屋で探せばソノシート付きに雑誌や書籍を見つける事が出来るかも知れないな。もっとも、再生装置の方がなかなか見つからないかも知れないけれど。

 ソノシートについてもう少し詳しくお知りになりたい方はウィキペディアのこちらのページをご覧あれ
 フリスビーよろしく投げて遊んだりはしたけれど、PCの外部記憶装置がカセットテープだった頃(パソコンではなく「マイコン」と呼ばれていた頃だ)に、プログラムをソノシートに記録(勿論アナログエンコード)して配布されたことがあるとは、さすがの郷秋<Gauche>も知らなかったぞ。

今日の1枚は、今年撮影した数少ない紫陽花の中から。
コメント ( 2 ) | Trackback (  )

薄暮時

 7時半、仕事で煮詰まった頭にフレッシュエアを供給しようと表に出た。表に出て驚いた。7時半だというのにまだ薄明るいのだ。西の空にはまだオレンジの華やぎが残っている。そうか、夏至が近いんだ。デスクに戻ってカレンダーを見れば、明後日が夏至であると、確かに書いてある。

今日の1枚は、若葉時はとうに過ぎたけれど、瑞々しい紅葉葉。
コメント ( 0 ) | Trackback (  )

猫と話した

僕:おい、ニャンコ、お前さんはいつも気楽でいね。僕もお前みたいにのんきに暮らしたいよ。
猫:ちょっと待てよ。初対面のネコに向かって「おい、ニャンコ」はないだろう。人間さらもう少し礼節を持った挨拶が出来ないものかね。
僕:おいおい、待てよ、ニャンコ。お前さんがいつもそこでお気楽に寝転んでいるところを僕は何度も通りかっているよ。その度にお前さんは横目で僕をチラリと見ているじゃないか。まっ、声をかけたのは初めてだけどね。
猫:そうかい。人間なんてみんな同じ顔をしているから気がつかなかったよ。
僕:僕に言わせりゃ猫だってみんな同じ顔をしているよ。まっ、いいや。とにかく僕はお前さんのお気軽な人生、じゃなかった、「猫生」が羨ましいって言ってるんだよ。
猫:冗談じゃないよ。あんたには帰る家があり、家に帰れば冷たいビールと食事が待っているんだろ?
僕:当たり前さ。汗水たらして働いているんだからね。こう見えたって、毎晩ビールが飲める位には働いているんだ。
猫:あんたの人生はお気楽でいいね。帰る家があって、毎晩冷たいビールが飲める。おいらなんてさ、雨露をしのげるのはこんな所しかないし、下手すりゃ二日も三日も食い物にあり付けないことだってあるんだぜ。
僕:それはお気の毒に。でもさ、嫌な上司や得意先に厭味を言われなくて済むだけ上等だよ。
猫:まっ、それは言えてるな。あんた、毎日そんなに厭味を言われているのかい。
僕:まあね。でもさ、住む場所と冷たいビールがあるだけでもありがたいのかも知れないね。
猫:そうだよ。あんまり贅沢を言わないことだね。
僕:お前さんもな。
猫:あんた、なんだか疲れた顔をしているよ。今日は早く帰って寝た方がいい。
僕:そうかい。確かにちょっと疲れているかな。お前さんの言うとおりにするよ。ところで、お前さんも随分腹を空かしているようじゃないか。これでよければ少し食べなよ。
猫:ありがとうよ。人様からの施しは受けないってのがおいらの哲学なんだけれど、今日はもらっておくことにするよ。悪いな。
僕:礼を言われるほどのものじゃないよ。それを食べて元気になれば、明日にはきっといい事があるよ。
猫:そうだね。あんたも人が言うことをあんまり気にするんじゃないよ。いちいち気にしていたら胃に穴が開いちゃうぜ。
僕:そうだね。気にしないことにするよ。
猫:うん、それがいい。今晩は早く帰って寝るんだね。
僕:うん、そうするよ。おやすみ
猫:あぁ、おやすみ。

今日の1枚は、今日、話した、猫。
コメント ( 2 ) | Trackback (  )

F1 2007年 第7戦 アメリカGPを振り返る

 振り返れば、セナ・プロスト時代の再来予見させるに十分なレースであった。
台頭する若き才能、アイルトン・セナに対するアラン・プロストのむき出しの対抗心。同じチームにあって、二人のドライバーをコントロールしないのは、それが昔も今もマクラーレンの流儀である。

 アラン・プロストは、最大のライバルであるチームメイトに体当たりしてでも勝ち、チャンピョンになることに固執した。時を経てそのプロストも敵わぬ金字塔を打ち立てたミヒャエル・シューマッハもまた、故意とは紙一重の華麗なるテクニックでコーナーの真ん中にマシンを止めてでも自分に有利なシーズンを演出しようとした。

 さて、昨日のフェルナンド・アロンソは如何に。デビューシーズンの僚友に対して果敢にアタックはするものの、昨シーズン、ミヒャエル・シューマッハに向けたような激しい闘志は見られず、常に良い先輩、良いチームメイトを思わせる走りを披露し、それは表彰台にまで及んだのだから驚きである。

 F1を含むモータースポーツは、その名の通り「スポーツ」である。コース上では闘志をむき出しにしても、ひとたびレースが終われば互いの健闘を称え合う。何と美しいスポーツマンシップであることか。それが真の心からいずるものであるとするならば。

 穿ち過ぎと言われればそれまでであるが、インディアナポリスにおけるそれは、かつてのアラン・プロストとアイルトン・セナの確執を思いだされるに十分なものであったと、郷秋<Gauche>は思うのである。2週間後のマニクールが見ものだ。

今日の1枚は、すみよしの森のメインストリート。
コメント ( 2 ) | Trackback (  )

杉林

 夏日となった日には日陰を探して歩くことになりますが、行く手に日陰がないことも勿論あります。だから、あそこから先はしばらく杉林、と思うとそれだけで嬉しくなるものです。

 杉林の中は涼しい風が流れていきます。
コメント ( 2 ) | Trackback (  )
« 前ページ