ベッテルのオーバーテイクは合法

 昨日、インテルラゴスのレースにおいて、ベッテルがイエローフラッグ区間でベルニュをオーバーテイクしたのではないかと云う疑惑が浮上し、フェラーリがFIAに抗議することを検討していると書いたが、FIAはベッテルのオーバーテイクが合法であることを確認した模様。つまり、2012年F1のワールドチャンピョンがセバスチャン・ベッテルであると云う事実は動かないと云う事である。良かった。レースの結果はコース上で決着を付けるものであり、それ以外の場所で語られるべきではないのである。

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2012-2013 日本カー・オブ・ザ・イヤーはマツダCX-5

 3週間程前に2012-2013年の日本オブ・ザ・イヤー(COTY)10ベストカーが発表されたことについて書いた。そして、今年のCOTYは「トヨタ86/スバルBRZで決まりだ!」と書いた。だが、郷秋<Gauche>の予想は見事に外れ、2012-2013のCOTYはマツダCX-5となったとの報道。

 いや、「見事に外れ」はちょっとオーバー。CX-5の363点に対して、トヨタ86/スバルBRZ は318点と小差の2位であったから「惜しくも外れた」と云っても良いかも知れない。その86/BRZに対しては、実行委員会特別賞が贈られることとなった。ほらね、やっぱり本当は選考委員会としては86/BRZがCOTYとなることの願っていたんだよ(^^)

 しかしだ、CX-5がCOTYってどうよ。いや、新技術の塊のようではあるし、所謂SUVであるにも関わらずドライブして楽しいらしいけれど、郷秋<Gauche>は自分で買ってまで乗りたいとは思わないな。なぜかって、だってCX-5はスポーツカーじゃないもの。郷秋<Gauche>が乗りたいのはスポーツカーの形をした、スポーツカーの名に恥じない性能、つまりクイックで正確なステアリング、胸のすく加速、官能的なエキゾースノート、思ったポイントで思ったスピードまで確実に減速してくれる信頼できるブレーキ、そう云いスポーツカーチックなクルマなのである。

 だから、空気の運搬車のようなうすらでかいクルマにはまったく興味がないのだ。まっ、CX-5がCOTYに選ばれたからって、郷秋<Gauche>に対して何が悪い影響があると云う訳でもないし、何だかこの頃(って、ほとんどいつもか)、パッとしないマツダの業績がこれで上向くなら、それはそれでおめでたいことだからいいけど。でも、CX-5がCOTYになったからと云って、CX-5が売れると云う事には、残念ながらならんだろうな。


 今日の一枚は例によって記事本文とは何の関係もない、銀杏の黄葉をバックにしたモミジの紅葉。首都圏の紅葉は週末で見頃は終わりとなりそうです。

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アロンソが逆転チャンピョン?

 2012年F1の最終戦、インテルラゴスでのフェルナンド・アロンソは予選8位から見事2位表彰台をものにしたものの、ベッテルが6位に入ったことから3ポイント及ばすシリーズチャンピョン2位に甘んじ結果となったことはご存じの通り。

 しかしだ、そのレースのイエローフラッグ区間でベッテルがベルニュをオーバーテイクしたのではないかと云う疑惑が浮上。フェラーリは証拠類を精査した上でFIAに抗議することを検討していると云う報道。もしFIAがベッテルのオーバーテイクが事実と認定すれば、彼には20秒のペナルティが課せられ、その結果リザルトは8位に訂正。3ポイントあったはずの差はアロンソに逆転され、2012年のチャンピョンはアロンソと云う事になる。

 しかしだ、そう云うことは止めた方がいい。レースの決着はコース上でつけるものである。近頃はどの競技でも試合終了後の抗議によって順位が入れ替わることが多いのは事実ではあるが、どれも後味が悪い。特にアロンソの場合には、2013年にはチャンピョンを獲得できることが半ば判っているのだから今ここで妙な細工などせず、レース結果はコースの上で決め、気持ちよくチャンピョンになっ方が良いと、郷秋<Gauche>は思うぞ。

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Nikon D300s/D7000 fusion

 Nikon(ニコン)D300sとD7000は統合される。24MP、8fpsであり、D300sに似たプロ仕様のボディを持ち、2013年1月もしくは2月に発表されるNikon Rumorsには書いてある(ような気がする)。

 D300sは改正電気用品安全法の要求項目に対応していないとして2011年11月19日をもって国内販売が終了して(海外では販売が継続されているかもしれない)既に1年。一方、D7000は2010年10月の発売から既に2年以上が経過しており、どちらも後継機種の登場を待っている方は多いことと思われる。

 郷秋<Gauche>は以前にD300sの後継機は「フルサイズがちょうどいい」と書いた。つまり、D800では大きく重く高価に過ぎるし3600万画素は必要ないけれどフルサイズに移行したいAPS-Cユーザーは多いはずだから、D300sの後継機はフルサイズに移行してその入門機となるのが良かろうと云う事だったのだが、今年9月にはD300sと大きさ重さもほぼ同じD600が登場した。

 D7000の後継機はやや上級に移行し、D300sの後を担う事になるだろうそして上級に移行したD7000の後継機(それは恐らくD7100と呼ばれる)とD5100(その後D5200が登場しているが)の間を埋める機種が新たに必要となるだろうとも書いた。

 Nikon Rumorsは”D300s/D7000 fusion”と書いているが、別の見方をすれば、D300sの後継機は既に登場している登場しているD600であり、D7000の後継機が上級に移行してD300sの後を担うと書いた郷秋<Gauche>の予想と同じこととも云えよう。

 APS-CのD7000の価格は現時点で7万円程度まで下落しているが、上級移行し高速連写性能に磨きをかけたD7100の価格は恐らくは現時点の実売価格の倍近くまで跳ね上がることだろう。一方フルサイズ機のD600の実売価格は20万円程度と、D300登場(2007年12月)の頃の価格まで下落して来てはいるもののまだまだ高価であり、今後、更に廉価なD500が登場する可能性も大いにある。

 となると、フルサイズ機とAPS-C機の価格が逆転することになるけれど、それはイメージセンサーの大きさが違う以上に、プロ仕様の堅牢なボディと良好な操作性を持つプロ機とフルサイズではあっても入門機と云う性格の違いと考えるべきである。ただし、初心者はどちらを選ぶべきか多いに悩むことになるだろうな。


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、冬に向かう今どき、何故か青々としている畑。そう、麦畑です。

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強かったのはアロンソ

 2012年F1は、セバスチャン・ベッテルの三連覇で幕を閉じた。特に後半戦、レッドブルRB8を駆るベッテルは確かに速かった。しかしだ、惜しくも三ポイント差で二位に甘んじたフェルナンド・アロンソはあの駄馬、フェラーリF2012をよくも操り速かった。僅か3ポイント差の速さならば、駿馬を操って易々と走ったベッテルよりも、駄馬で同等の走りをした君が、ドライバーとしては数段上手であることは間違いない。

 フェルナンド・アロンソ、F1 2012年シーズンにおいて君が最も速くかつ最も強いドライバーであったことを認定し、郷秋<Gauche>はここに最大の讃美を贈る。2013年は君が3度目の栄冠に輝く年であることを信じているぞ。

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山茶花

 山茶花と書いて「さざんか」と読む。郷秋<Gauche>はこれまで幾度も書いているので「耳たこ」の方もおいでのこととは思うが性懲りもなく、また、書く。山茶花と云えば「さざんかの宿」、ではなく「さざんかさざんか咲いた道、垣根が垣根だ・・・」と云う童謡「たきび」である。

 「たきび」の歌詞を想い出して欲しい。垣根にされた山茶花の花が咲いている。垣根のある屋敷の内には大きな欅の木があり、その落葉を掃き集めて焚き火をしているのである。そう、季節は晩秋。

 山茶花はツバキ科。椿と同類だが椿が春に花を咲かせるのに対して、山茶花は晩秋から冬が花の時期となる。また椿の花が咲き終わると花の付け根からぼとりと落花するのに対して山茶花は花弁が散っていくことでも区別することが出来るが、椿も山茶花も古くから日本人に愛されたことから多くの園芸種があり品種までを云い当てるのは、その道の愛好家以外には至難の業である。


 と云う訳で今日の一枚は、決して椿ではない晩秋の花、山茶花である。ちなみに童謡「たきび」の作詞者巽聖歌は1973年没、作曲の渡辺茂が2002年没と共に没後50年を経ていないために現在は著作権保護期間内であり、著作権者(遺族)の権利を侵害しないよう留意の必要がある。古いようで、実は新しい「たきび」なのである。

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2012年F1最終戦

 セバスチャン・ベッテルのマシンを、前戦で同僚ウェバーのマシンに起きたオルタネーターのトラブルが襲いリタイヤ。アロンソが雨の中をステディに走り切り表彰台を獲得すれば2012年の栄冠はアロンソの頭上に輝くことになる。果たして奇跡は起きるのか。

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郷秋<Gauche>、風邪で寝込む

 久しぶりに風邪で寝込みました。熱も咳も無いのですが、喉の痛みと全身の倦怠感。結局土日のほとんどをベッドの上で過ごすことになりましたが、怪我の功名とでも云いますか、読もうと思って買いはしたものの積んであるだけだった新書を二冊読むことが出来ました。


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、昨日ご覧いただいたすみよしの森にある「トトロの切通し」の脇にある柿の木の熟した柿を啄むメジロ。

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日本設計以外のThinkPadは信頼性に欠けるのだそうです

 lenovoの広告。「モバイルに信頼性をお求めなら。品質にこだわった日本設計、ThinkPad X230」なのだそうです。

 つまり、中国設計のThinkPadは信頼性に欠けるから買わないようが良いと、中国のメーカーであるlenovoが自ら云っているのであります。自社の存在を否定するような広告をよくもまぁ、平気でするものです。信じられませんな。

 ThinkPadはもともとIBMのPCブランド。IBMの大和事業所(神奈川県)で設計して中国で生産されていた。IBMが撤退したPC部門を買い取ったのがlenovoなのだが、同時にブランドも買い取っているので、現在はlenovo社製のThinkPadが出回っていると云う訳だ。

 かく云う郷秋<Gauche>も、ご存じの方はご存じの通り17年来のThinkPadユーザー。ThinkPadがlenovoに売却された現在もX201sと云うモデルを愛用している。何故か。それは、ThinkPadがトラックポインターと云う最強のポインティングデバイスを装備しているからである。これ以外に理由はありません。Macにトラックポインターが付いたら? 勿論、明日からMacユーザーです(^^)


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、すみよしの森にある「トトロの切通し」。冬至までにはまだ少し間があるけれど、低い陽が木々の間をぬって刺し込み切通しをいつになく明るくしている。

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小林可夢偉、ザウバーのシートを失う

 ザウバーF1チームが2013年シーズンのドライバー・ラインアップを発表した。マクラーレンに移籍するセルジオ・ペレスの後釜は既にニコ・ヒュルケンベルグであることが発表されていたが、そのニコのチームメイトに、現在ザウバーのサード・ドライバーであるエステバン・グティエレス(21歳)が昇格することが発表された。

 これによって小林可夢偉はザウバーのシートを失うことになる。ザウバーより上位のチームのドライバーはロータスの一つを除いて既に決まっており、現時点でドライバーが決まっておらず、辛うじて上位を狙える可能性のあるチームはフォースインディアとウィリアムズくらいだが、いずれもチームの台所事情は芳しくなく、ザウバー同様速いドライバーよりスポンサーを持ち込めるドライバーが優先されることは間違いない。誠に残念ではあるがここでも小林の苦戦が予想される。

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山茶花

 一見椿みたいですが、花びらが散ってものがあったことと、まだ11月であることを考えると山茶花(さざんか)だと思います。椿と比べて花びらが開いているのも山茶花の特徴ですね。もう少し詳しく葉を観察すれば良かったと、反省。

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皇帝ダリア


 この花を見かけるようになったのは10年位前からのように思うけれど、それは郷秋<Gauche>が気が付かなかったと云うだけなのかも知れない。気がつけば、晩秋の今どきにあちらでもこちらでも見かける、季節の花である。

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郷秋<Gauche>、ミサ曲を歌う(その二、T先生のこと)

 先週末に歌った「私たちの為のミサ曲」を作曲してくださったT先生は、音楽以外の事も本当にたくさんの事を教えていただいた、郷秋<Gauche>にとってはまさに人生の師でもある。思い起こせばもう38年ものお付き合いになるT先生なのだが、失礼を顧みず書かせていただくならば、最近では飲み友達ででもあるかのうようなお付き合いをさせていただいている、そんな敬愛するT先生なのである。

 T先生は、戦後の合唱の世界を牽引した故岡本敏明先生(玉川学園-くにたち音楽大学)の愛弟子である。ひと月ほど前に岡本先生のお孫さんでヴァイオリン弾きの中一乃さんの小さなコンサートでご一緒した折に、そのコンサートを企画された作曲家、ご自身の教え子でもある古曽志洋子さんに、「僕は作曲家じゃないから。家に帰ってから見てください」と云いながら、刷り上がったばかりのミサ曲の楽譜を手渡したT先生。

 T先生は岡本先生同様、合唱指導者であるとともに音楽教育者であるのだと、郷秋<Gauche>は思っている。事実、音楽教育に関する著書は少なくない。ご本人は自分は作曲家ではないと云われるけれど、合唱曲作品はいくつもあり「信濃の民謡によるコーラルファンタジー」「混声合唱組曲 津村信夫の詩による信濃の五つの詩」はその代表作であり、小品「風がフルルン」(浅田真知作詩)は多くの合唱団が愛吟するところとなっている。

 作曲家を名乗る方にあっても、ミサ曲を作曲された方は(少なくとも我が国では)多くはないと思う。その意味で、T先生は音楽教育者でありかつ作曲者であり、くにたちの行脚合唱団を率いて全国の小中学校をまわられた岡本先生の後を継ぐように、永年続けて来られた訪問演奏会活動を考えれば、何よりも音楽の、取り分け合唱音楽の伝道師であると云うべきであろう。


 今日の一枚は昨日に引き続き、そのT先生の手。楽譜を子細に点検した後に更に自らピアノを鳴らして確かめている図。

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郷秋<Gauche>、ミサ曲を歌う

 先週末の土日、河口湖畔の音楽宿で昔の仲間と「私たちの為のミサ曲」を歌って来ました。毎年この時期に行う一泊二日の合宿で歌うために、恩師にお願いして作曲していただいてきた「私たちの為のミサ曲」ですが、今年は終曲Agnus Deiが完成し全曲通しでの練習となりました。

 GloriaとCredoは難物でしたが、どうにか全曲を通して演奏することが出来ました。1年に1度だけ、一泊二日とは云え実質6時間程の練習5回であそこまで到達できたのはひとえにT先生のご指導のたまものです。「難きが故に尊い」と云う言葉がありますが、まさに「難き」に挑戦し、息絶え絶えながら頂上にたどり着いた達成感を味わうことができた一泊二日でした。


 今日の一枚は、休憩時間に自作のミサ曲の楽譜見つめるT先生の手。この時は、先生の頭の中で鳴っているオーケストラがピアノ譜に正確に反映されているかを確かめておられるようでありました。

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 かつらの森の小谷戸の畑の隅で咲く菊の花。春の日本を代表する桜に対して、秋を代表するのが菊。天皇家の紋章として使われることでも有名ですが、最近は美しい所謂洋花が沢山出回り相対的な人気が低下しているようです。郷秋<Gauche>が子どもの頃には秋になるとあちらこちらで「菊まつり」が開かれ、大菊や菊人形の品評会で賑わっていたように記憶していますが、近頃はもっぱら高齢者限定の趣味となっているようです。


 へそ曲がりな郷秋<Gauche>は、大切に育てられた豪奢な菊よりも道端や畑の隅で咲いている野菊の方が好きです。写真の菊は畑の隅で勝手に咲いてたとは云え、管物と呼ばれるらしい園芸種ですね。

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