オクラの花

 夏の花なのにまだ咲いています。一週間ほど前に、今年最後のつもりで収穫をしました。花は咲いてもさすがにこれからは結実はしないでしょうね。それでも健気に花を咲かせるのですから丹精込めた甲斐があったというものです。実はならずともまだ花を楽しませてくれるかもしれませんので、もう暫くはこのままにしておきたいと思います。

 さて、この冬は新たな野菜に挑戦してみることにしました。10日ほど前に播種したものが小さな芽を出し始めました。越冬できるように明日、ビニールトンネルをかけてやる予定です。日当たりの悪い場所ですのでどうなることやら。でも、遠方まで買いに行くほど好きな野菜なので、なんとか食べられるように頑張ろう!


 という訳で今日の一枚は、朝夕冷え込むようになったのにまだ美しい姿を見せてくれる、オクラ。

横浜市青葉区の里山「恩田の森」の四季の移ろいを毎週ご紹介する「恩田の森Now」も是非ご覧ください。今日撮影の写真は明日掲載の予定です。
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注目すべきはYAMAHA!

 注目すべきはHONDANSXでもCIVIC Type Rでもなく、ロータリーエンジン復活のマツダRX-VISIONでもなく、YAMAHAだ。

 名車中の名車、トヨタ2000GTに深く関わり、これまた名機2T-Gを作り、1991年にはOX99-11を発表し、F1用のV10エンジンOX11Aさえも作ってきたYAMAHA。幾度となく4輪スポーツカー市場への進出を噂されてきたそのYAMAHAから、ついに本気のプロトタイプが登場した。まだエンジンは積まれていないという噂だが、エンジン屋のことだからもうかなり完成度の高い試作品ができていることは間違いない。

 2020年以降に市販との事だが、その時点で果たしてどんなエンジンが搭載されて登場するのか興味深い。だってそうだろう。スポーツカーの代名詞であるフェラーリやポルシェでさえハイブリッドエンジン搭載車を世に問う時代なのだ。まさか純ガソリンエンジンを搭載するとも思えないが、一方ではますます純ガソリンエンジン搭載車が少なくなり自動運転車が登場しているはずの2020年だからこそ、ガソリンエンジンだけで、しかも「全手動」で走るクルマであったらさぞかし楽しいだろうなと思う郷秋<Gauche>である。


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、秋の陽に輝く八重咲の山茶花。

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書棚が少し空いた

 今月6日に、40年来溜まる一方であった蔵書の一部を初めて処分したことを書いたが、今日はその第二弾。ありがちな紙の手さげ袋に4つなので量的には前回と同じ程度なのだが、今回は人文社会学系のちょっとした全集が3点程あったので、冊数としては100冊くら。書棚に並べたときの長さは同じ程度であったか。

 家人には「もったいないわね。売ればどうせ二束三文でしょうけど、買うときには結構高かったんでしょ」と云われた。いや、確かにその通り。研究費が使えるわけでもない郷秋<Gauche>には結構高価な本もあった。しかしだ、ここでこっそり反論するならばだ、買って30年間ただ意味もなく書棚に並べておいた訳ではない。

 郷秋<Gauche>の場合、購入した本の多くはちゃんと読んでいる。読んで自分なりに確かめつつ、ある部分は知識として蓄積し、ある部分は新たに接するであろう知見の真偽を自分なりに判定するための「試薬」となった。ごくわずかの本は、私の、良し悪しは別としても性格や人格形成のために費やされたかもしれない。

 考えてもみれば、蔵書の意味や価値などそれらを買い集めた本人にしかわからないのだ。だってそうだろう。多くの場合、それらの本に興味を示すのは買った本人だけなのだから。それでも資源ごみ収集日に捨ててしまうのではなく古書店に持っていくのは、1億2000万人の中には一人くらい郷秋<Gauche>の蔵書の中に価値ある一冊を見つけてくれる人がいるかもしれないと思うからなのである。


 というわけで、250冊程を処分したらようやく書棚に少し空きができた。写真では本が積んであるように見えるかもしれないけれど、その奥に多少空きスペースができている(ここともう一箇所に少々)。このスペースに、床に積み上げてある本を押し込み、これまで陰に隠れてしまっていたCDや資料にアクセスできるようにしよう。少なくとも持っているはず、買ったはずなのに見つからずもう一冊、もう一枚買ったりすることがないようにしたいが、そのためにはもう少し空きスペースが必要だなぁ・・・。

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超軽量の逸品

 ご存知の方はご存知の通り、このところ毎週末に「ネジ」を11分も茹でておりますので、ガスがあっと云う間になくなってしまいます。おそらく市販品では最も小さな鍋の中にストーブのバーナーユニットと共にすっぽり収まってしまうサイズ(直径89.5mm、高さ70mm)の小さなカートリッヂです。ガスはわずか110gしか入っていないのに432円もします。ほとんど入れ物と充填の手間賃です。それでも500mlのお湯を沸かすだけなら10回以上いけるのですが、「ネジ」を11分も茹でるとなるとっという間に無くなってしまいます。

 と云う訳で、ガスのカートリヂを買うために登山用品店に行ったのですが、ついつい余計な買い物をしてしまいました。


 チタン製です。フォークが15g、スプーンが18gと超軽量です。プラスチック製かと思うほどの軽さです。持ち手が折り畳み式ではない分、清潔(ゴミ・汚物がたまらない)で強度的にも確実です。チャチと思う方もあるかも知れませんが、素材を考えると良い物感たっぷりです。でもお値段が・・・。素材の価格と加工にコストがかかることを考えるといた仕方ないでしょうね。でも、多分、一生物(いちせいぶつ、にあらず。いっしょうもの、と読んでください)です(^^;

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他人の云う事を鵜呑みにしない

 忘れもしない、中学一年の理科の実験の時のことである。何の実験だったが覚えてはいないが、初めてアルコールランプを使う時のことであった。理科の先生が「マッチの軸は、このように持って自分の身体の向こう側にむかって擦る」と説明した。私は「ん?」と思った。今ではマッチを擦ることなどないに等しくなったが、私が子供の頃には小学生も高学年なるとマッチを擦ってガスコンロや焚き火に火を付けるようなことが時々あった。そんな時のために父がマッチの擦り方を教えてくれていたのだ。

 父が教えてくれたマッチの擦り方は「自分の身体の方に向かって手首を小さく動かして擦る」であった。中学の理科の先生が教えてくれた擦り方は父が教えてくれたのとは逆であったのだ。

 私は父が教えてくれたやり方でマッチを擦ってアルコールランプに火を点けて実験を始めたのだが、授業が終わってから先生のところに行って、先生が教えてくれたマッチの擦り方は私の父が教えてくれたそれとは逆であることを申し出た。先生はむっとした顔で「俺の云う擦りかたが正しい。今後はそのようにすること」と、云った。私は、父が教えてくれ納得した通りに、「向こうにむけて擦ったマッチの軸が折れて飛んだとき、飛んだ先に可燃性の薬品などがあった場合には大きな事故になる。自分の方に飛んだときにはすぐに手で押さえて消すことができる」と説明した。

 まったく生意気な生徒だと思われたことだろうな。私は、人の話を鵜呑みにしない。その時点での自分の持てる知識と想像力を総動員して、果たしてそれが正しいことなのか、誤りである可能性が潜んではいないかを考える。その上で納得する、あるいは自分で更に調べてみる。だから、年長者から見ればやっぱり生意気であったり、謙虚でなかったり、可愛くなかったりする子供であっただろうし、それは今でも変わらない。

 最近になって「クリティカル・シンキング」(critical thinking, 批判的思考)と云う言葉が教育の現場で盛んに使われるようになってきた。インターネット普及以降の情報過多時代にあって、誤った情報を排除する必要が高まっていること、アクティブ・ラーニングが重要視されている中で間違った議論を排除するためにも必要な態度・能力と捉えられるようになって来ているのかも知れない。

 と云うわけで、郷秋<Gauche>が昔から生意気であるように見えたり、謙虚ではないように見えたり、人を容易に信じないように見えたりするのは、実は正しく物事を選別し、正しく理解しようとする性格・志向の結果であることをご理解いただきたいという今日の独り言なのでありました。


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、稲刈りの終わった田んぼで秋の陽を楽しむ山羊。

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オールド・ニコン(その10・最終回)FM3A+Ai 45mm F2.8P


 今日は「オールド・ニコン・シリーズ」の最終回です。最終回にご覧いただくのは昨日もご覧いただいたFM3Aですが、昨日のブラックではなくいかにも全金属製カメラらしい佇まいを見せてくれるシルバーモデルです。装着したレンズはFM3Aの為に設計されたAi 45mm F2.8P。

 ニコンFマウントは、世界最高峰のSLR(一眼レフ)Nikon Fと共に1959年に登場し、そのマウントは以来半世紀以上にも渡りサイズを変えることなく脈々と作り続けられ、その数は一億本に垂んとしています。しかし、そのFマウントも、マウントの機械的寸法そのものは変わらないものの、実は完全な互換性を保っているわけではなく、大きくは「カニの爪」の有無(Ai化)、「AFカップリング」の有無(AF対応)、「絞りリング」の有無(Gタイプ)によって、レンズとボディの組み合わせに制限があります。

 そんなニコンFマウントレンズの中でも異色なのが今日ご覧いただいているFM3Aに装着されたAi 45mm F2.8P。秘密は最後の一文字「P」に隠されています。マニュアル・フォーカスながらこのレンズにはCPU(Central Processing Unit)が内蔵され、CPUで演算された情報をボディ側に伝達するための電子接点を持っています。つまり、フィルムを使うAFボディや最新のDSLRに装着しても各種のAEを使用することができるのです。

 考えてもみれば、MF専用のボディであるFM3Aのために開発されたレンズであるにも関わらずCPUが内蔵されているのは不思議なことです。おそらく、開発段階では、AFボディでも使用されるモデルとなることも想定していたものと思われますが、開発初期の段階の想定に反して、AFの精度が向上するとともに世の中は完全にAFに移行しMFレンズの需要は全くなくなってしまったことによる生産・販売終了であったのだと思います。

 それはともかく、Ai 45mm F2.8Pのデザインは秀逸で、専用に設計されただけにFM3Aに装着した時の収まりの良さ、美しさは抜群ですね。数多いニコン製カメラとレンズの組み合わせの中でも五本の指に入るのではないかと思います。

 さて、16日からNikon(ニコン)のSLRを代表する7つのモデルをご覧いただきましたが、最新のDSLRにはない、伝統的な一眼レフの美しさをお楽しみいただけましたでしょうか。もう少し時間をかけて丁寧に撮ることができれば良かったのですが、それはまたいつかの自分自身の楽しみにとっておきたいと思います。そうそう、カメラ「を」撮るだけではなく、機会があればこれらのカメラ「で」撮ってもみたいものです。カメラは写真を撮るための道具。撮ってこそのカメラですからね。

 横浜市青葉区の里山「恩田の森」の四季の移ろいを毎週ご紹介する「恩田の森Now」も是非ご覧ください。本日撮影の写真は明27日に掲載の予定です。
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オールド・ニコン(その9)FM3A+Ai 50mm F1.4S


 今日ご覧いただくのは、Nikonの、と云うことは事実上この地球上で最後のメカニカルな一眼レフ、FM3A(レンズはいまだの新品が入手可能なAi 50mm F1.4S)です。(製品に刻印されている型番やカタログ等では最後のAの文字が小さく表記されます)

 FM3Aが登場した2001年は、SLR(一眼レフ)はすでにAF(オートフォーカス)化を完了し、DSLR(デジタル方式一眼レフ)の台頭が始まる、そんな年です。シャッター機構の低速側は機械式、高速側は電子式という非常に凝った、いわば究極の機械式SLRとも云えるカメラですが、2006年に発表されたNikonのフィルムカメラ事業の大幅縮小に伴いわずか6年で市場から姿を消すことになります。

 Nikonは1999年にD1を発売、2001年には高画素版のD1Xを送り出して以降、矢継ぎ早にプロ用の高性能DSLRを送り出します。アマチュア向けには2002年に当時としては低価格である30万円のD100を、2004年には価格を更に半分の15万円としたD70を発売、2005年にはフィルム版SLRを超えたかと思わせるD200が登場し、アマチュア用SLRも一気にデジタル化へと向かいます。

 そんな時代の流れの中でFM3Aの製造・販売が終了されるわけですが、New FM2の時と同様に、メーカーの在庫払拭と同時に程度の良い中古が新品価格を上回る現象が起きています。それ程までに完成度が高く貴重なFM3Aであったわけです。

 フィルムで、しかもマニュアル・フォーカスで写真を撮りたいと云う方には自信を持ってこのFM3Aをお勧めします。もちろん中古でしか入手できないのですが、販売台数が少ないこともあり良品~美品は5万円(ボディのみ)以上と、新品のD3300よりも高価となります。FM3Aで使えるMFレンズはいまだにメーカー純正が新品の入手が可能なだけでははく、たくさんの中古品が流通しておりますので心配ありません。

 横浜市青葉区の里山「恩田の森」の四季の移ろいを毎週ご紹介する「恩田の森Now」も是非ご覧ください。最新版は明日(26日)撮影、明後日の掲載を予定いたしております。
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オールド・ニコン(その8)FE2+MD-12


 今日は昨日ご覧いただいたFE2のシルバーモデルにモータードライブMD-12を装着した図。FE2現役当時、ということはnew FM2が活躍した頃までと云うことだが、一眼レフはシルバーモデルが基本で、3千円高程度でブラックモデルが用意されているのが普通だった。最近、シルバーをまとったクラシカルな出で立ちのカメラが登場してきているが、多くはプラスチックのボディにシルバーの塗装を施したものであり、1980年代の全金属製のシルバーモデルの美しさには到底かなわない。

 装着したMD-12はF3用のMD-4程の重さも仰々しさもなく、比較的普通に使うことができる。new FM2やFA、後に登場するFM3-Aとも共用できる。

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オールド・ニコン(その7)FE2+Ai 35mm F2S


 今日ご覧いただくのは、同世代の名機FM2と比べるとほとんど語られることのない、絞り優先AE機、FE2。レンズはAi 35mm F2Sです。ニコンの近代的中級機はNikomat FTに端を発しますが、メインストリームは手動露出調整方式で、FTn、FT2、FT3、1977年には大幅に近代化されたFMが登場、FM2を経て長寿にして名機の誉れ高いNew FM2が1984年に登場します。

 一方、時代の流れはオート化であることを見抜いたNikonは1972年に電子制御シャーッターを搭載、初の絞り優先AE機のELを世に送ります。ELW、EL2、マニュル露出のFMと基本的には同じ内容のFEを経て1983年にご覧いただいているFE2が登場します。露出の次の自動化はフォーカスへと向かい、一眼レフは更に新しい時代を迎えることになります。

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オールド・ニコン(その6)EM+MD+45mm F2.8P


 今日ご覧いただくのは、一昨日にご紹介しした「リトル・ニコン」EMにワインダーMD-EとEM登場の20年後に発売された、郷秋<Gauche>の記憶に間違いがなければ最新かつニコンにとって最後のMF(マニュアル・フォーカス)レンズとなったAi 45mm F2.8Pを装着した、勇ましい出で立ちの一枚。

 それでもMD-4を装着したF3のような凄みがないのは、素のEMが小さく愛らしいから。このカメラはワインダーなど着けずにできるだけ目立たないレンズでセカンドバッグに忍ばせておいて、いざと云う時にさっと取り出して撮る、あるいはおしゃれなストラップで斜めがけにして持ち歩くのが似合っているように思う。

 なお、光ってしまってしまいディテールが良くわからないのはAi 45mm F2.8P純正(同梱)のドーム型フード。次には外して撮ることにしよう。

 横浜市青葉区の里山「恩田の森」の四季の移ろいを毎週ご紹介する「恩田の森Now」も是非ご覧ください。ただいまは19日撮影の写真を掲載いたしております。
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もうクリスマス?!

 今日の愛すべき神奈川新聞に「早くもXマス商戦 ー横浜市内百貨店 ケーキ予約始まるー」と云うタイトルの記事。おいおい、いくらなんでも早過ぎではないかい?

 考えてもみれば、俳句もファッションも先取りが命。いち早く秋の気配を見つけて詠む。少々暑くても秋だから秋っぽく装う。そう云う意味では新聞記事も同じなのかも知れないな。他紙と足並み揃えてハロウィンの記事じゃぁ記者のプライドが許さないということなのだろう。

 件の記事によると、東日本大震災以降、クリスマスケーキの売り上げは毎年伸び続け、昨年の売り上げは前年比6%アップなのだそうだ。ケーキ販売担当者によると「家族だけではなく、親戚や友人と自宅でお祝いする人が増えている印象」とのこと。

 えっ、お祝い?!クリスマスって誰かの誕生日?

 そうです。クリスマスはイエス様の誕生日。だから日本中でお祝いするんです。でも、考えてもみれば実に変です。だってそうでしょう、日本のキリスト者の数はわずか100万人。全人口の1%にも満たないのです。なのに、日本中でイエス様の誕生を祝うんです。聞くところによると、仏教系の、つまりお寺さん付属の幼稚園にもクリスマスの飾り付けがされるのというのですから驚きです。

 こう云うことは、ホントは云わん方がいいんです。彼奴は小うるさい奴だと嫌われますから。日本じゃぁキリスト教徒でもないのに1億2千万人が私の誕生を祝ってくれていると、きっとイエス様もお喜びであると思うことにいたしましょう。

 ちなみに今年は11月29日がアドベント第一主日でこの日からクリスマス、より正確に云えば待降節となります。


 と云うわけで今日の一枚は、記事本文とは何の関係もない「招き猫」。と思ってよく見ると、挙げているのは前足ではなく後ろ足。毛繕いの最中に無遠慮にレンズを向けられ少々ご機嫌斜めの半ノラちゃんです。

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オールド・ニコン(その5)EM+SERIES E 50mm F1.8


 1980年、「スーパーニコン」のキャッチコピーと共に登場したF3と前後し「リトルニコン」を謳い登場したEMです(一部の海外では1979年発売。レンズはSERIES Eの50mm F1.8)。F3同様、ジョルジョット・ジウジアーロによるデザインです。女性でも扱える小型軽量機を目指し、ニコンの一眼レフとしては初めてボディの上下カバーにプラスチックが使用されたモデルです。

 小型軽量化のために、プラスチックの使用のみに止まらず、絞り優先AEのみと云う思い切った割り切りがされ、その甲斐あって460gと当時としては画期的な軽量ボディに仕上がっています。軽量化への努力はボディのみに止まらずレンズ他にも及び、Nikkorを名乗らない「SERIES E」レンズ、単四乾電池6本で作動する小型軽量なワインダーMD-Eも同時に登場しています。

横浜市青葉区の里山「恩田の森」の四季の移ろいを毎週ご紹介する「恩田の森Now」も是非ご覧ください。昨日撮影の写真は先ほど掲載いたしました。
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オールド・ニコン(その4)F3+Ai 135mm F2.8S


 1980年に登場したオリジナルの F3(レンズはAi Nikkor 135mm F2.8S)です。2年後に登場したF3HP(HPはHigh Eyepointの略)が2000年の製造発売終了までF3を代表するモデルとなるが、F3HPはEyepoint を25mmとするために大きなペンタプリズムを使っているためにペンタ部が高くなってしまい、本来端正なF3のボディデバランスをいささか崩す結果となっている。

 ただし、ニコンのフラッグシップSLRはFからの伝統でファインダーは脱着式であることから、HP用のファインダーであるDE-3とトリジナルのEyelevelファインダーDE-2は自由にコンバートが可能である。郷秋<Gauche>所有のこのF3も入手した時点ではF3HPであったが、別途入手したDE-2を装着しF3(Eyelevel)となっている。

 ちなみに、DE-2とDE-3でのペンタプリズムの大きさの違いから45gの重量差がありファインダーを装着した状態でのボディ重量はF3の715gに対してF3HPは760gとなる。

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オールド・ニコン(その3)F3/T+Ai 20mm F2.8S


 昨日ご覧いただいたF3Pが登場する前年、1982年に発売されたF3/T(装着のレンズはAi 20mm F2.8S)です。F3/Tの「T」はTitan(チタン)を表します。ニコンは、軽くて丈夫なチタン素材を積極的にカメラに使用してきました。まずS・Fシリーズのシャッター幕に使用され、さらにF2ではボディ外装にチタンを使用したモデルが登場しています。

 F3シリーズでは、ご覧いただいているチタンカラーのF3/Tが1982年に発売され、2年後にブラックモデルが登場しています。昨日ご覧いただいたF3Pは先に記した通りF3/T登場の翌年に発売されますが、F3Pで採用されたボディ内部の基板や接合部の防滴・防湿処理はこのF3/Tに先行採用されています。軽い素材であるチタンを使用していることから、オリジナルのF3HPの760gに対して20g軽くなっています。

 F3/Tが登場した1980年代はブラックボディ全盛期であったため「白チタン」と呼ばれたシルバーモデルは人気がなく、20年にも及ぶF3の歴史の中にあって僅か6年でその姿を消してします。そのため生産台数は非常に少なく、今では希少モデルとして珍重されています。

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オールド・ニコン(その2)F3P+Carl Zeiss Planar 1.4/50 ZF T*


 名機中の名機と云われるNikon F3ですが、その中でも最もスパルタンなモデルとして今でも多くのファンを魅了するF3Pです。オリジナルF3と一目でわかる外観の違いはホットシューが付いていること、シャッターボタンの防滴カバーでしょうか。実は、外観でわかる違い以上に内部にはプロのハードなニーズに応える数々の対策が施されているのですが・・・。

 1980年登場のF3(F3Pは1983年登場)は、オールドとは云ってもNikonの100年の歴史からすれば比較的最近の製品とも云えますが、その評価の高さからは歴代のNikon製品の中でも5本の指に入る重要なモデルの一つです。後継のF4、F5が登場してもなお、さらにはデジタル時代の入り口まで製造・販売が続けられたところにF3の偉大さが見て取れます。

 上のF3Pは勿論郷秋<Gauche>のコレクションです。昨日の記事からの流れですが、ついでですので、著しく偏ってはおりますがしばらく郷秋<Gauche>のNikonコレクションをご覧いただきましょうかね(^^)

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