正しい寿司の食べ方

 Kanaさんのblogで面白いものを見つけました。正しい寿司の食べ方です。面白過ぎます。明日まで待てませんので今日2度目の投稿。
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フィルム方式カメラは女性が救う?

 キヤノンからの「フィルム方式カメラの新規開発をしない」というは発表を受けた、27日の記事の中で「大学生や二十歳代の若い女性がマニュアル・フォーカス一眼レフを肩にかけている姿を最近よく目にする」と書いたが、私の気のせいばかりではないようだ。

 「(富士フィルムイメージングでは)5月からは団塊の世代を狙い、フィルム式限定の『アコースティック・フォト』という教室を始めた。予想に反し、一回目の参加者はほとんど若い女性だった。」(神奈川新聞2006年5月29日)と言うのだ。また「シャッターを押す時の緊張感、現像ができあがるまでの期待と不安の混ざった気分に引かれるのは女性だろう」と企画した、参加者を女性に限定した写真教室「フォトデイズ」はホームページで募集すると1週間で満員になるのだという。(富士フィルムイメージング、掲載紙は同前)

 やっぱり、郷秋<Gauche>の読みは当たっていたようだ。それにしても『アコースティック・フォト』って、初めて聞く言葉だけれど、実は「電気信号で画像を記録するデジタルカメラに対して、化学反応で光を定着させるフィルムは圧倒的に電気使用の数が少ないので、エレキギターに対するアコースティックギターと同様の意味で、(富士フィルムイメージングが)命名した」造語なのだ。この耳ざわりの良い言葉に惹かれて若い女性の参加者が多かったと言うことか。

 いずれにせよ「数少ない総合写真用感材メーカーとして、フィルム写真の良さや楽しさを伝えていくことは当社の義務と考えております」と、何とも心強い富士フィルム富士フィルムイメージングの健闘を大いに期待したい。

 で、実は・・・、『アコースティック・フォト』の受講申込みをしてみた。「これからフィルム写真をはじめてみようと思う初心者限定。ベテラン・経験者の方はご遠慮ください。」とのことだが、フィルム写真は30年前に白黒での経験があるだけでブランクが長いしリバーサルフィルムは使ったことがほとんどないから、郷秋<Gauche>も「リバーサルフィルム写真」的には初心者だ。「参加者はほとんど若い女性」にひかれたわけでは、決して、ない。為念。

今日の1枚は、紫蘭(しらん)。撮影はいつもの東京都下某所。
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三宅島TTレース!?

 石原慎太郎東京都知事が三宅村の平野祐康村長らを伴って、折りしもTT(ツーリスト・トロフィー)レースが開催されているマン島を訪れているらしい。何をしにかと言えば、マン島よろしく三宅島でオートバイのレースを開催し、三宅島復興の足がかりにしようというアイディアを都知事が持っており、そのための視察なのだという。何につけ破天荒な石原氏の考えそうなことだが、しかしこのアイディア、悪くないぞ。

 マン島TTレースと言えば、島内の公道を使って1907年から開催されている伝統あるロードレースだ。1959年からは当時二輪車メイカーであったHONDAが果敢にチャレンジし成功をおさめ、「日本にHONDAあり」と、日本のオートバイ技術の優秀さを世界に知らしめたのもこのマン島TTレースにおいてであった。このくらいのことは二輪車については疎い郷秋<Gauche>でも知っているぞ。

 その後のHONDAはと言えば、TTレースでの成功を足がかりにF1にも進出、時を同じく二輪車専業から四輪にも進出し、まさしく世界のHONDAへと成長していくわけだな。つまり、TTレースでの成功がなければ今のHONDAはなかったと言っても過言ではないわけだ。

 石原氏は来年からでもレースを開催したい意向のようだけれど、果たしてどうなることか。国内メイカーの協力は勿論欠かせないだろう。しかし公道を使ってのレース開催に際して一番の障害になるのは行政だ。ところがところが、今回は自治体の首長自らが開催を熱望しているのだから話は早いだろう。果たして2007年、「三宅島TTレース」開催はなるか。

今日の1枚は、久しぶりの東京都下某所から、モミジ若葉。
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F1 2006年 第7戦モナコGPを振り返る

 結果はアロンソのPole to Finish。しかし易々と手に入れた勝利ではなかったはずだ。特に50周目までは。私の期待通りライッコネンはアロンソに対して終始コンマ5秒以内で追撃、アロンソにミスがあればすかさずオーバーテイクの体制での50周であったがエンジントラブルで敢え無く戦線離脱。しかしレース後のアロンソは「ライッコネンに抜かれるとは思わなかった。タイヤを労りラップタイムをコントロールした」とコメント。若いとは言えまさに王者の風格である。

 <モナコGP決勝レースの結果>
 1位:フェルナンド・アロンソ / ルノー / Q1 / FL2 / Pit2 / MI
 2位:J-P・モントーヤ マクラーレン・メルセデス / Q4 / FL6 / Pit2 / MI
 3位:D・クルサード / レッドブル・フェラーリ / Q7 / FL19 / Pit1 / MI
 4位:ルーベンス・バリチェロ / ホンダ / Q5 / FL12 / Pit2 / MI
 5位:ミヒャエル・シューマッハ / フェラーリ / Q22 / FL1 / Pit1 / BS
 6位:ジャン-カルロ・フィジケラ / ルノー / Q9 / FL5 / Pit2 / MI
 7位:ニック・ハイドフェルド / BMW / Q15 / FL11 / Pit1 / MI
 8位:ラルフ・シューマッハ / トヨタ / Q10 / FL15 / Pit1 / BS

 Qnは予選順位、FLnはレース中のファステストラップ順位
 Pitnはピットストップ回数、BSはブリヂストン、MIはミシュラン。

 まず驚くのは、抜きどころのないモンテカルロのコースで最後尾から5位まで上がってきたミヒャエルである。中盤以降のウェバー、ライッコネン、トゥルーリの相次ぐ脱落に助けられた面もあるが、FLでもわかるとおり最も早く走ったことも確かではある。ピットスタート、1回給油で走りきるといったチームの戦略も効を奏したこともあるが、何よりもモナコの女神がマイスターを見捨てなかったというところか。

 次に驚くべきはクルサード。予選7位とまずまずの位置からの発進とは言え、ファステストラップタイム19位(後ろにはチーム名とのクリエンとSAの2台しかいない)のクルサードが3位表彰台。ミヒャエル同様ウェバー、ライッコネン、トゥルーリの脱落、更にはバリチェロのペナルティによる後退に助けられたとは言え、これこそがまさにベテランの妙味というところだろうか。これで来期のシートも確実か。

 スタート早々ライッコネンにパスされたとは言え3位を快走していたウェバーだったが、私の心配が見事に的中しリタイヤ。ロズベルクのエンジンは最後までもったようだが、果たしてその原因は如何に。

 バリチェロはピットレーンでの速度違反によるペナルティがなければ3位表彰台獲得の可能性もあったが、ファステストラップ順位は12番手と決して速かったわけではない。結果10位とまったく精彩を欠いたバトンのFLも10番手と、課題を残したホンダである。

 3位表彰台かと思われたトゥルーリだが、マシントラブルでリタイヤ、10番手スタートのラルフがなんとか8位に滑り込んだが、両者共に特に速かったわけではなく、ホンダ同様次戦までの宿題を抱えたトヨタであった。

 さて、次戦はモンテカルロ市街地コースとは打って変わって超高速バトルが繰り広げられるシルバーストンが舞台となる。ここに来て上り調子のマクラーレン・フェラーリはルノーに喰らい付いて行けるのか、ホンダ・トヨタは速さを手に入れることはできるのか。イギリスGPは2週間後、6月9日開幕である。

なるせの森の麦畑。収穫の時を迎えたが生憎の雨模様。
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F1 2006年第7戦モナコGP予選結果

 早いもので今年のF1も中盤戦突入。そして全18戦のレースの中でも特別なモナコGPである。ここでの3度以上の勝者はモナコ・マイスター(モナコ職人)と呼ばれ、歴代のチャンピョンの中でも特に敬意を表される。カードレールに囲まれエスケープゾーンのないモンテカルロ市街地コースはそれほどまでに難しく、だからこそドライバーとしては戦いがいのある特別なコースでもあるのだろう。

 最初にモナコ・マイスターと呼ばれたのはグラハム・ヒル。1963-65の3連勝を含んで5度勝利している。次のモナコ・マイスターが登場するのは20年後。アラン・プロストが1984年から3年連続で優勝し、二人目のモナコ・マイスターと呼ばれるようになるが、プロストはさらに1988年にも勝利し都合4勝をあげている。

 今の日本で一番有名なモナコ・マイスターはアイルトン・セナ(1960-1994)だろう。セナは特にこのモナコGPを得意とし1987年の優勝の後、1989 - 93年には5連勝し通算6勝
をあげている。甘いマスクと神懸りとも言えるほどに走りとで人気を博したことは記憶に新しい。

 さてもう一人、現役で唯一モナコ・マイスターと呼ばれるドライバーがミヒャエル・シューマッハである。1994-95年、97年、99年、2001年と通算5勝をあげている。4年ほどモナコでの勝利から遠ざかっているミヒャエルだが、ここに来て調子の良くなってきたマシンで勝利しモナコでの勝ち数がセナの6勝に並ぶことも期待された。

 ところが予選終盤、ヘアピンへの進入でマシンの体勢を崩しコーナーを曲がり切れずに直進、バリアにマシンを当ててコース上にマシンを止めてしまった(リプレイを見る限りではヒットしていないように見えるし、ミヒャエル程のドライバーがコントロールできないほどのことではなかったように見える。もっとも「故意」であれば話は別だが[5/29加筆])。このことが審議の対象とされ、8時間にも及ぶFIAの審議は「ドライバーが故意にマシンをコース上に止めた」と結論付けられたのである。これによって、セッション1でクラッシュしノータイムとなっていたマッサと共にミヒャエルは最後尾からのスタートすることになる。

 <モナコGP予選結果>
 1位:フェルナンド・アロンソ / ルノー / 1'14"648 MI
 2位:マーク・ウェバー / ウイリアムズ・コスワース / 1'14"082 MI
 3位:キミ・ライッコネン / マクラーレン・メルセデス / 1'14"140 MI
 4位:ファン-パブロ・モントーヤ / マクラーレン・メルセデス / 1'14"664 MI
 5位:ルーベンス・バリチェロ / ホンダ / 1'15"804 MI
 6位:ヤルノ・トゥルーリ / トヨタ / 1'15"857 BS
 7位:デイビッド・クルサード / レッドブル・フェラーリ / 1'16"426 MI
 8位:ジャンカルロ・フィジケラ / ルノー / 1'14"396 MI

 モナコで何よりも重要なスターティンググリッドの最前列に陣取ったこと、そして最大のライバルと目されていたミヒャエルが隣なりにいなここと。この若いドライバーには余り関係がないようにも見えるが、物理的な優位だけではなく精神的にも優位なレースを運べること。まずはアロンソの絶対有利である。

 2列目に陣取ったライッコネンには要注目。昨年の覇者であることを忘れてはならない。ルーベンス、7番手タイムは十分な結果ではないが3戦連続バトンの前であることの意味は大きい。3回目のフロントローを獲得したマーク・ウェバーの走りにも注目したいが、エンジンの信頼性が確保されていないのではと囁かれている中、果たして結果を残せるか。

 さて、ミヒャエル。FIAとフェラーリとの間には、他のチームとの間にはない「特別な何か」があると噂され、レギュレーションの変更が常にフェラーリにとって有利なものであることから、それは噂ではなく半ば真実であるとさて言われて長い。そのFIAが今回の厳しい裁定を下した。それも、通算5勝をあげるモナコ・マイスター、ミヒャエル・シューマッハに対してである。今シーズン後の去就が取りざたされるミヒャエルであるが、今回の裁定が彼の出す結論に影響を与えないとは、私には思えない。


 今日の1枚は、我が家の楠(くすのき)の花。艶やかなものだけが花ではありません。こんなに地味な花を咲かせる木だってあります。もっとも巨木の多い楠だけに下から見上げたのでは気がつかないかも知れませんね。
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ついにキヤノンも

 今年の1月に、Nikonがフィルム方式一眼レフのラインナップを大幅に縮小することが報道された。あれから半年、ついキヤノンもNikon同様の判断をしたようである。Nikon場合にはF6とFM10を残して撤退と言う直接的な発表であったために激震が走ったわけだが、今回の報道は「フィルム方式カメラの新規開発をしない」という言い方である。しかし、半年後には一部の機種を除いて製造中止という筋書きはNikonの場合と同じだろう。

 「キヤノンよ、おまえもか」と言いたいとこでだが、私としてはNikonよりも先にキヤノンがフィルム方式カメラから撤退するだろうと考えていただけに、半年前のNikonの発表はショックであった。キヤノンはよくここまで頑張った、と言いたいところではあるがNikonに遅れることわずか半年では大同小異であるし、企業としての体力は比べようもない。

 既にコニカミノルタがデジタルも含めてカメラ事業から撤退しているから、今の段階で撤退あるいは開発・製造の縮小を打ち出していないのは一眼レフに限ればペンタックスだけと言うことになる。しかしこれはペンタックスが頑張っているのではなく、Nikonが半導体製造装置、キヤノンがプリンターや複写機というカメラ部門以外に収益の上がる部門を持っているのに対して、ペンタックスにはそれがないだけの話である。

 ところで、昨日の神奈川新聞の1面にレコードがブームになっているとの記事が掲載されていた。「レコード」とはブラックディスク、つまりアナログのLPレコードの事である。これが団塊の世代に支持され静かなブームなのだという。日本でただ一社レコード盤を製造を続ける東洋化成では30年前のピーク時の1/50の製造枚数ながらここへ来て前年比5,000枚(一か月)ほど増えていると言うのである。

 同じことが果たして一眼レフカメラにも起こるのか、私の答えは「No」である。団塊の世代は20年前、つまり40歳の時にそれまで慣れ親しんだLPからCDへの移行を経験している。だからこそLPが懐かしいのだ。そしていま彼らはフィルム方式からデジタル方式へと代わっていくその時に遭遇している。その彼らがフィルム方式カメラにノスタルジィを感じ、再びフィルム方式カメラを使ってみたいと思うのはおそらくは80歳になった時だろう。

 いま、フィルム方式カメラを使ってみたいのは、物心ついた時から自動巻上げ、オートフォーカスのカメラに親しんできた世代である。大学生や二十歳代の若い女性がマニュアル・フォーカス一眼レフを肩にかけている姿を最近よく目にする。意外な取り合わせと思われるかもしれないが、カメラと言えばオートフォーカスが当たり前、更にはカメラ付き携帯電話が当たり前の世代がマニュアル・フォーカスの一眼レフをファッションとしてとらえる気持ちはわかるような気もする。

 いずれにせよフィルム方式カメラ受難時はまだまだ続く。しかし、東洋化成がLPレコードを作り続けているように、フィルム方式カメラを作り続けているメイカーも、ある。そして写真文化の基礎であるフィルム・印画紙の生産を切り捨てないと公言するメイカーもある。心強いではないか。


 今日の1枚は、赤花夕化粧(アカバナユウゲショウ)。古来から日本に住み着いているかのようなゆかしい名前を持っていますが、実は明治時代にアメリカから観賞用に持ち込まれ、その旺盛な繁殖力でいまでは野生化しています。

 今日、恩田の森で撮影した写真をこちらに掲載しております。雨の恩田の森をぜひご覧ください。
恩田Now 
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自己紹介バトン

 impreza98さんからバトンが回ってきました。
 実は私、バトンが好きではないのです。日本の女性にはファンが多いようですが大体が通算106戦に出場しながら未だに勝てないドライバーって・・・、失礼、このバトンの話ではありませんでした。

 「ねずみ講」や「不幸の手紙」まがいのバトンの話でした。つまり自分と同じ事をするよう、複数の人にお勧め(あるいは強要または脅迫)するものです。次の人が引き受けてくれないとそれ自身が消滅してしまいますので「ねずみ講」の場合には子分を増やさないと自分が損をするようになっている。「不幸の手紙」の場合には13人に回さないと「貴方は不幸になる」などと脅して自身の存続を図るわけです。

 blogの世界で流行っているらしい「バトン」は、多くの場合には最後の項目として次に回す5人を指名するようになっています。ところが、blogerと呼ばれる方にはお優しい方が多いらしく、強要することを控えて「よろしかったら」とか「ここにおいて置きますのでどなたか・・・」と言うケースも多いようです。これでは余程面白いものでない限りは連鎖せずに消滅してしまいます。

 ところがところが、impreza98さんが回してくださったバトンは、最初に次の5人を指名するようになっているのです。やるだけやって次に回さない、つまり消滅してしまう可能性を極力排除しているのです。blogという仮想空間で生存し続けていくために環境に適合・進化しているのです。種の保存の法則によれば、このように環境順応性の高い生物の種が存続することになりますので、同様に考えればこの「自己紹介バトン」はblog界において存続・繁栄する可能性が非常に高いものと言えます。

 って、やたらに前置きが長くなってスミマセン。ではでは、やってみましょう。

回す人を最初に書いておく(5人)
 ほらね、これがこのバトンのポイントなんです。最初に指名させるわけですよ。
ふつ~に考えて思いつく方にはimpreza98さんが私と一緒に回しちゃっていますので、まったく違う切り口から。

 ・ chikahachiさん
 ・ Takeniさん
 ・ うささん
 ・ demidemiさん
 ・ ケンさん

 こんなところでどうでっしゃろ。

お名前は?
 はいはい、“郷秋<Gauche>”でございまする。“と”は省略することが多いですが、正しくは“と”が付きます。<Gauche>は、自分で書く時に省略することはありません。名前の由来を知りたい方はこちらをご覧ください。

おいくつですか?
 精神年齢は17歳。ナニ的には27歳を自称するも、コレ的には69歳と言われても仕方がない状態です。トホホ。

ご職業は?
 フリーのウェブ・デザイナー兼フォトグラファーと言うのは真っ黒な嘘で、実はウェブ・デザイナー兼フォトグラファーの「フリ(ー)」をしているだけです。

ご趣味は?
 あったかなぁ・・・。F1以外のテレビ見ません。ゲームしません。ギャンブルしません。映画見ません。旅行しません。合コンしません。iPod持ってません。つまらん男です。

好きな異性のタイプは?
 これは愚問だと言わせてもらいたい!それはもう、女性はみんな素敵ですよ!!

特技は?
 小田急線の全部の駅を言えます。ただし覚えた時以来メンテナンスがされていないので「東海大学前」は未だに「大根(おおね)」のままだし「開成」は飛ばしがちです。この技で再履修の数学を見事にBでクリアしましたから、立派な特技だと信じています。

資格、何か持っていますか?
 第三級アマチュア無線技士の免許を持っています。送信出力50Wまでの無線局が開設できます。送信出力50Wと言えば、地方のUHF局やFMの中継局の何倍もの出力です。ちなみに-・-・ --・-といったモールス信号を打ったり聞いたりすることが出来ます。数学がまったくパーなので二級は無理でした。

悩みが何かありますか?
 人には言えない悩みをたくさん抱えながら生きております。人生は重きを背負いて遠き道を行くが如し。嗚呼・・・

お好きな食べ物とお嫌いな食べ物は?
 ビール!それにワイン、日本酒、ウイスキーも大好きです。って、これは飲み物か。食べ物では長い物が好きです。スパゲティ、ラーメン、うどん・蕎麦。スパゲティは自分でも作ります。スープ・汁物、酢の物好きです。ゲテ物は嫌いです。

貴方が愛する人へ一言
 本人に直接ならね。

回す人5人を指名すると同時に、その人の他者紹介を簡単にお願いします。
 簡単にと言うよりは「“郷秋<Gauche>”風」に。
・ chikahachiさん:創業寛政元年、金沢の由緒正しき古書店「近八書房」の店主。酒とMacの爛れた日々。
・ Takeniさん:F1とmotoGP、二刀流の図書館スペシャリスト。図書館とモータースポーツの相思相愛。
・ うささん:キーワードは30穴パンチのフランス在住。ガイドブックには出ていないフツーなパリの日々。
・ demidemiさん:フィルムからデジタルへ。F6とD50の不思議な関係又は忘れ去られたヘルメット。
・ ケンさん:NAとCB400、妻妾同居の怪しい生活。トンコツとチャーシューが彩る彷徨えるラーメン。


 今日の1枚は、なるせの森、黄色くなり始めた麦畑と森との間に咲くジャガイモの花。
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なに!?

 夜、珍しく長男坊が家にいた。

「今度の日曜はF1の仕事みたいなんだ。今度はどこでやんの?」
「どこでって、モナコに決まってるだろ。今日からもう始まってるよ。ほかは金曜からだけどモナコだけは木曜からなんだ」
「ふ~ん」
「それで、何するんだ」
「何って、向こうから送られてきた映像を・・・ナンタラカンタラ・・・」
「地上波で見るんだから結果がわかっても電話なんかしてくるなよ」
「そんなヒマね~よ」

 なんだかまったくF1には興味のない長男坊なのでありました。


 今日の1枚は、なんだかお茶の花によく似ているけれど、(たぶん)縁もゆかりもないキーウィーフルーツの花。こういうのを他人の空似と言うのでしょうか。
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インテグラ、おまえもか

 HONDAのインテグラが7月末で製造中止となるらしい。4代目の現行もでるの年間販売台数3,000台だというのだから止む無しと言ったところだが、HONDAは2005年末にNSXの製造も中止しており、残るスポーツカーがS2000だけではあまりにも寂しい。HONDAはミニバンメーカーではなくスポーツカーメーカーなのだから。

 初代インテグラは1985年に登場したスポーティークーペ&セダン。フロアパンは3代目シビックのものを利用したシビックの派生車ではあるが、オリジナルとの差別化に成功しようやく息を吹き返したDOHCエンジンを搭載したこともあり一世を風靡した。

 2代目はお約束どおり4年後の1986年に登場。3ドアクーペと4ドアハードトップの2本立て。世界初の可変バルブタイミング・リフト機構を搭載したVTECエンジンは1600ccながら160PS、L/100PSを達成している。初代と比べるとボディデザインは大人び、オーナーの平均年齢は初代よりも高くなっていたかも知れない。

 インテグラの真骨頂は93年に登場した3代目、遅れて追加された”Type R”である。シリーズ全体としては成功したと言いがたいが”Type R”だけは特別であった。これはもうスポーツカーそのものであり、”Type R”こそが本当のINTEGRAであった。上物はいまだに200万近い値が付けられるていることからも”Type R”の人気の高さをうかがい知ることができよう。

 そんなこんなのインテグラも4代、20年の幕を閉じることになる。繰り返すが、HONDAに残るスポーツカーはS2000一車種だけとなる。これでは40数年前に小さく独創的なスポーツカーで4輪の世界に進出し、かのTOYOTAに先駆けること40年、ヨーロッパのスポーツであったF1の世界に東洋の島国から殴りこみをかけたHONDAの名が泣くというものである。

 HONDAはミニバンメーカーであってはならい。HONDAはスポーツカーメーカーでなければならない。


 今日の1枚は、紅片喰(ベニカタバミ)。ブラジル原産のこの花がどうして横浜の空き地で群生しているのか、不思議。
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リベンジ

 日曜日に恩田Nowに掲載した「青虫」の写真がエラく不評だったようです。先入観なしでオブジェとして見ると実に素晴らしい形、質感、色彩なのですが、やはり特に女性には不評のようでした。そこで今日はリベンジの1枚。「虫」じゃやっぱりだめですか?


 今日の1枚は、葱坊主の蜜を集めに来た「ミツバチマーヤ」。レンゲやアカシヤのハチミツは美味しそうですが、葱ハチミツじゃなんだか不味そうですね。
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今日の神奈川新聞、第5面の対決

 我が家の「メイン新聞」は言わずと知れた神奈川新聞である(ちなみに「サブ」が朝日と日経)。その神奈川新聞の今日の第5面には二つの大きな記事。一つは「辛口時評」で「多様につながる事件」と題した竹中千春氏(明治学院大学国際学部教授)執筆の記事。もう一つは役重真喜子氏(岩手県花巻市教育委員会東和事務所長)が書く「論壇」で「こどもに『種』を蒔く~学ぶことは真似ること」題する記事だ。

 竹中氏は、本校こそ都内白金ではあるが横浜市戸塚に所在する同大学国際学部の教授であることから地元紙である神奈川新聞には度々登場著名人。一方、役重氏は中央官庁のキャリアの座を捨て地方に在住する論客として、どうやら神奈川新聞を初めとする地方紙では知られた存在であるらしい。

 竹中氏は最近紙面に登場した記事を例に取り「新聞をいかに読むか」を説く。新鮮味はないが、まぁ、悪くはない。しかしだ、「時評」とはその時々における批評・評論、つまりその時の旬な話題に対しての批評・評論ではないのか。新聞の読み方について論じることは悪くはないが、「時評」という的からはいささか外しているし、観念的に過ぎる。そもそも辛口でもない。

 役重氏は、「学ぶことは真似ることである」「真似られる社会をつくる地道な努力と汗こそ、こどもの中に本当の種をはぐくむ」と持論を展開する。いつもながら実体験に基づく論調は地に脚が着いており読むものを納得されるだけの力がある。そもそもが「論壇」であるから、時機に係わらず何を論じても良いとう有利さはあるが、実は学校・教育の問題に言及するなど時機に適している。

 というわけで今日の勝負、岩手県花巻市教育委員会東和事務所長の役重氏の勝ち。
 ちなみに、竹中氏は1957年、役重氏は1967年と生まれ年に10年の差のこそあるが、両名とも東京大学法学部の卒業、先輩・後輩の関係である。


 今日の1枚は、雪の下(ゆきのした)。雪などすっかり消えたころに咲くのに「雪の下」。上下非対称な花弁、そして葉は天麩羅にすると美味しいと言ういささかミステリアスな植物である。
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エゴの花

 我が家の庭のエゴノキの花は終ってしまいましたが、恩田の森ではまだ咲いていました。遠目には目立たない花ですが、良い香りと足元に落ちている花とで咲いているのに気付かされます。


 今日、恩田の森で撮影した写真をこちらに掲載しておりますのでぜひご覧ください。
恩田Now 
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月見草

月見草(ツキミソウ)
学名:Oenothera tetraptera
マツヨイグサ(オエノセラ)属
 月見草が咲きだしました。昨年採取した種は2週間前に蒔いてようやく芽が出始めたところですが、昨年の株から出てきた芽(月見草は二年草です)が伸びて早くも花をつけています。月見草についてはちょうど1年前にも書きましたのでご記憶の方もおいでかもしれません。

 「えっ?月見草は夏に咲く黄色い花ではないのですか?」とおっしゃる方も多いことかと思いますが、これが本当の月見草です。多くの方が、同じ時期に道端や荒地に咲く黄色い花、マツヨイグサあるいはオオマツヨイグサをツキミソウだと勘違いされており、一般的にツキミソウと言えばマツヨイグサあるいはオオマツヨイグサを指すことが多いようですが、これは誤りです。原因の多くは、あの太宰治にあるようです。詳しくはこちらをクリックして昨年書いた記事をご覧ください。

 今日の横浜の山の手(の奥の奥)は久しぶりの快晴でしたが、4時過ぎからにわかにかき曇り大粒の雨が落ちてきました。でもそれも1時間ほどのことでそのあとには久しぶりの虹の登場で大いに得をした気分の今日の郷秋<Gauche>でした。

 雨が降り出す時に暗くなったのを夕暮れ時と勘違いしたのか、早々と咲き出した月見草が今日の一枚。去年採取した種がまだ少しだけ残っています。プランターでもOK! まだ間に合いますよ。ご連絡は下記まで!

※種の配布は終了いたしました。

 月見草についての説明・育て方については資料(PDFファイル)をご用意いたしましたのでこちらをクリックしてご覧ください。

PDFファイルをご覧頂くためにはAdobe Readerが必要です。お持ちでない方は上のロゴをクリックしてダウンロードしてからご覧ください。

 以上、「本物の月見草を絶滅から守る会」の郷秋でした。

郷秋が書いた主な月見草関係の記事

郷秋の月見草の写真がNHK教育テレビに登場(再掲)2011/4/8/

師走の月見草2010/12/19

月見草2010/07/10

「太宰も筆の誤り」の現場を訪ねる2009/09/06

月見草2006/05/20

月見草2005/05/10

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こういうことって、やっぱりあるんだ

 新しい三脚を買いました。これまでは「おもちゃ」に毛の生えたようなものしか持っていなかったのですが、無理をしてちょっといいものを買いました。カメラやレンズにかなり注ぎ込んでいる人でも三脚はと言えば相当お粗末なものを使っていると言われるほどに二の次、三の次にされがちなものなのです。それでいながら三脚は風景写真やマクロレンズを使った接写では必須であり、どれだけちゃんとしたものを使っているかで、実はその人の写真観が量れるほどのものでもあるのです。

 郷秋<Gauche>がこれまで使っていたものはアルミ製の4段、重さ約1.5Kgと、毎週の散歩の時にデイパックに括りつけていくにはちょうどよい大きさ・重さで、草丈の低い花を接写するときには重宝だったのですが如何せんエレベーターを相当伸ばさないとファインダーが目の高さまで来ない代物だったのです。

 今回購入したのは3段でエレベーターを上げなくてもファインダーが目の高さに来るし、脚の径が27mmありますので結構がっしり安定しています。脚の素材がカーボンファイバーですからそれでいてテーブルを入れても2.190Kgとなかなかの軽量です。ただし、実際に使うときには安定させるためにエレベーター下部のフックにレンズの入ったウエストポーチをぶら下げたりストーンバッグに文字通り石ころを乗せたりする必要はありそうです。

 せっかく脚がカーボンファイバーで軽いんだからこれまで使っていた三脚の小振りなテーブルに付け替えたら総重量2Kgを下回るのではないかと思いついたのでしたが、今にして思えばそれが間違えの始まりだったようです。テーブルを外そうと垂直方向用のパンハンドルを握ってグイっと廻したところが、なんと・・・ポキリ。

 テーブルにねじ込まれている部分は勿論金属製なのですが、その先のゴム製の「握り」との間がなんとプラスチックだったのです。その部分でポキリ。勿論軽量化のためにそのような構造にしたのでしょうが、いささか強度不足。あるいは製造上の問題があってプラスチック部分が計算上通りの強度を発揮できなかったのかも知れません。

 新しい物を買おうとするとあるいは買うと、これまで使っていたものが途端に機嫌をそこねることは、クルマでもよく経験することですが「三脚よ、おまえもか」という気分の郷秋<Gauche>なのであります。仕方がないので今日の帰りにヨドバシに寄ってパーツとしての取り寄せを頼んで来ました。「大は小を兼ねる」という言葉はありますが、やはり最良の成果をあげるためにはその目的にもっとも相応しい道具が必要になります。時により使い分けができるように手持ちの道具はちゃんと整備しておきたい郷秋<Gauche>なのでありました。


 今日の一枚は、野薊(のあざみ)。葉も花もトゲトゲ。この棘で外敵から身をまもって来たのでしょうか。
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山法師

 亜米利加山法師(あめりかやまぼうし)に遅れること一か月、本家「山法師」(やまぼうし)の花が咲き始めました。4枚の白い花びらのように見えるのは実は総苞(葉の変形したもの)で、その中央にあるのが「花」の集合体です。山桑(やまぐわ)の別名があることからもわかるとおり、秋になるとほんのりとした甘みのある実をつけます。

 写真の山法師は我が家に2本あるもののうち、北側に植えてあるものの花。もともとは土地を造成し分譲された際に各区画1本ずつ植えられたもの。初めは北東側に植えてあったのですが、建物を建てる段に邪魔となり、引き抜かれ捨てられるところを救出し北東の端ギリギリのところに植え直してもらったのでした。

 ところが1年後に今度は駐車場を拡張するのに邪魔になり、外構屋さんに引き抜かれそうになってところを今度もきわどいタイミングで救出、北東の端に植え直してもらいました。伸びる間もなく根を切られ度々植え替えられたのにもかかわらずなんとか元気になりほっとしているところですが、街路樹として植えられることもあるくらいですからもともと丈夫な木なのかも知れません。

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