いーなごや極楽日記

極楽(名古屋市名東区)に住みながら、当分悟りの開けそうにない一家の毎日を綴ります。
専門である病理学の啓蒙活動も。

ついに混合診療解禁か

2007年11月08日 | 医療、健康
 昨日の最も重要なニュースは、東京地方裁判所が患者の訴えに対し、「混合診療を禁止する法的根拠はない」と判断したことだと思います。日本の医療は原則として保険診療ですが、保険で認められないオプション診療を追加すると、治療のすべてが保険の適用外になってしまい、通常なら保険でカバーされる治療まで自己負担になってしまうという、いわゆる混合診療禁止が守られてきました。

 これまでの制度では、オプション診療が利用されるのは例外的であり、歯科の材料(金歯、セラミック歯)や矯正、医科では未認可の治療薬をどうしても使いたい場合などに限られてきました(最初から保険適用外である出産や健康診断、美容外科などは除外)。

 今までにも保険からの給付を抑制する立場にある厚労省や、アメリカ型の民間医療保険にビジネスチャンスを見出した企業家からは、混合診療の解禁により高額な医療を公的保険から外そうとする動きがありましたが、利用者や医療従事者、とりわけ医師会の抵抗が強く進展していなかったものです。今回は思いがけない方向から風穴が開いたということです。

 これが判例として定着すれば、国民皆保険による医療政策は大きく転換することになります。混合診療でも通常診療に該当する部分は保険がカバーしてくれるということで、オプション診療の分だけ自費で負担すればいいことになり、気軽にオプション診療が利用できるようになるでしょう。気軽にと言うのは患者から見ても、医療機関や薬品メーカーから見ても、です。

 混合診療が一般化すれば保険制度がどうなるかは大きな関心事です。これは厚労省の運用次第であり、もし保険診療の範囲を狭めていくのであれば、アメリカのように民間の医療保険に頼らなければまともな医療が受けられなくなって、国民皆保険制度は瓦解します。ただ日本の国情から考えて、「あなたは胃癌だけど保険が足りないから手術は自己負担ですよ。」とは言いにくいですね。民間保険に入る余裕のない人にとって、高額な自己負担は死刑宣告に等しいからです。いくら自己責任の風潮とは言え、そこまで公的保険の範囲を縮小する可能性はありません。

 反対に、混合医療の対象を未認可の治療薬や特殊な移植医療などの例外的なケースに限定されるのでは、政府や財界の目論見が達成できないでしょう。裁判所の「お墨付」を頂いた以上、公的保険の支出を抑制する手段として混合診療の範囲を拡大してくるのは間違いありません。経済的余裕のある患者と余裕のない患者に格差を認めることで、払える人はオプションを追加するように誘導するはずです。これによって公的保険の支出が抑えられ、民間保険業者は潤い、慢性赤字に困窮している医療機関は高額なオプション診療の飴玉をもらって一息つける、という図式です。

 最も考えられるのは、治療ではなく検査で格差を認めることです。「あなたは胃癌だけど保険が足りないから手術できません。」ではなく、「あなたは胃癌の疑いがあるけど保険が足りないから内視鏡はできません。」となるわけです。例として挙げた内視鏡(胃カメラ)は極めて一般的な検査でありコストもそう高くないのですが、それでも「あなたの保険では研修医が内視鏡検査をして、研修医が組織を見て診断します。もっといい保険なら内視鏡専門医が検査して、病理専門医が組織を見るんですが。」という格差は可能性があります。

 治療に差を付けるのは難しい、とは書きましたが、それでも「あなたの保険だけだと研修医がお腹を切ることになりますけど、いいですか?」と言われたら、ほとんどの人は無理してでも自己負担で治療してもらおうとするでしょう。これが混合診療の狙い目であることは明らかです。

 医師の技量により保険点数に差を付けることは、既にアメリカでは導入されています。もちろん技量のない医師が治療しようが、医療ミスがあれば訴訟の対象にはなりますが、立証には大変な労力が必要ですし、お金をもらっても元の体に戻るわけではありません。

 それどころか、高解像度CTやMRI(核磁気共鳴画像法)、PET-CT(陽電子放射線CT)、FACS(フローサイトメトリー、細胞表面抗原検索)、遺伝子検索などの特殊検査を公的保険の適用外にしてしまえば、保険診療では最初から検査すらできないわけですから、誤診で訴えられることもありません。微小な肺癌を見逃したところで、「高解像度CTならわかったのに、保険が使えなくて残念でしたね。」と言うだけです。

 裁判では敗訴した国が、実は小躍りして喜んでいるだろうことは想像に難くありません。医療政策は「民営化、自己責任型」に大きく変わります。保険業界は大喜び、医療機関は儲かるオプション開発に躍起となるでしょう。医療負担が大きくなる反面、サービスは向上するかも知れません。

 アメリカのような医療サービスの極端な市場化はないと思いますが、政策に支持を与えるのは最終的には一般の有権者ですから、政府や財界の誘導によってはどうなるかわかりません。新しい制度の枠内で、保険料負担と医療内容のバランスをどう取るのか、国民に当事者として賢明な判断が求められています。
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