いーなごや極楽日記

極楽(名古屋市名東区)に住みながら、当分悟りの開けそうにない一家の毎日を綴ります。
専門である病理学の啓蒙活動も。

医療PFIはうまくいかないのか(後)

2008年01月24日 | 医療、健康
 日本の医療PFIであまり成功した例がない、と言ってもまだこの制度は始まったばかりです。ノウハウが蓄積されるにつれてより効率的な運営も可能になるでしょう。ただ、今の時点でも指摘できる問題点がいくつかあります。

 まず、誰がやっても公共病院の経営は難しいということです。損益分岐点が高過ぎて、どう頑張っても赤字、という施設が多いのではないでしょうか。私の勤める病院は何とか黒字ですが、平成18年度の病床利用率は93.2%でした。年によっては95%を越えています。一般にホテルの場合、客室稼働率が60%から70%で収支が均衡するらしいです。もちろん、大規模なシティホテルでは宿泊よりもバンケットが収益の中心だったり、観光旅館では季節変動が激しくて平均稼働率だけでは経営状態がわからない、という問題はあります。

 それにしても地域の基幹病院で、病床の稼働率が90%を越えてもコストダウンに汲々としなければいけないとなると、これは病院の努力を越えたところに原因があると言えましょう。病床利用率が90%を越えて赤字の病院は珍しくありません。これは保険診療による医療費を無理に抑制したためです。病床利用率が90%以上ということは、診療科によっては100%近くの場合もあるでしょう。こうなるともう新規の入院患者は受けられません。救急患者のために各科数床は空けておかないと危ないからです。

 それでも救急患者が次々入院するなどで、病院の能力を使い切ってしまうことがあります。これが大阪府などで立て続けに起きている「救急患者たらい回し」の原因です。もう少し病床利用率を下げても、つまりもう少し病床を増設しても倒産しないで済むだけの医業収入が確保できない限り、この状況の抜本的解決はないと思います。

 もう1つは、基幹病院運営のノウハウが民間に乏しく、適切なコストカッターがいないことです。そりゃ、社会保険庁という医療を滅多切りにするコストカッターはいますよ。でも、医療水準を下げてコストが下がっても誰も嬉しくありません。そうじゃなくて、お上に頼らず生きてきた民間企業の「節約の知恵」を生かして頂きたいんです。

 例えば前編で考察したように、役人や医療スタッフは建築コストを理解していない人が多く、病院建築の費用をいたずらに増大させがちでした。これに切り込んでこそ民間主導のPFIが利益を出せるのですが、民間企業も本気で医業を運営した経験がなく、PFI事業の初期費用を抑える力がなかったのではないでしょうか。もちろん、病院や診療所を運営している企業はたくさんありますよ。しかし従業員の福利厚生事業として運営するのと、営利事業として運営するのは違います。本気で利潤を上げようと思えば、赤字で結構の福利厚生事業のノウハウは通用しないのではないでしょうか。

 また、PFIと言っても「ウェブもりおか」にあるように契約形態は様々であり、民間企業が十分なリスクを負わない内容ではコスト低減ができません。例えば病院を建築してすぐに自治体が買い取る契約になっている場合、旧来の公共工事と同じく、過剰に大きく高価な「箱物」を作って儲けてやろうというインセンティブが働きます。自治体幹部への利益供与もあるでしょうね。これでは民間企業を活用したとは言えません。この点では自治体の側にも運営ノウハウが必要ですし、情報公開を通じた住民による監視も欠かせません。「民間の建築だから内容には干渉できない」などと逃げられては、無駄に立派な建物だけが作られ、関係者だけが潤う旧来の土建行政と変わりません。PFIの本来のスポンサーは自治体ではなく住民だと認知されるべきです。

 高知医療センターのケースでは、PFIの中で中核となる医療事業と、給食や清掃などのメンテナンス事業が分離されており、医療事業の赤字を自治体が補填するような仕組みになっているらしいです。ところがこの医療事業が赤字で、別会社にしたメンテナンス事業が黒字であり、この黒字は医療事業には還元されない契約になっているため、オリックス系のメンテナンス会社だけが利益を上げて、肝心の医療事業は大赤字という惨状だそうです。オリックスの方が一枚上だったということですが、自治体が経験を積んで賢くなるにつれてこのような失態はなくなることでしょう。

 医療PFIがうまく機能するにはまだ経験の蓄積が必要であり、いくつかの事例が失敗したことをもって、「駄目だったから次は株式会社病院の容認を」とするのは拙速です。PFIは30年の長期契約を基本としているようですが、日本での医療PFIを運営するにあたって、当面は契約内容を短期で見直せるように考慮しておくべきでしょう。官も民も経験の蓄積が進めば、いずれは日本中に鉄骨造りの安っぽい総合病院が増殖して、自治体の負担も少しは軽くなるのではないでしょうか。ただし、国家レベルでの医療費抑制政策は明らかに失敗であり、これが廃されない限りはPFIだろうが株式会社病院だろうが国民の期待に応えることは困難です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする