『DISTANCE』 是枝裕和監督 ☆☆☆☆★
DVDで再見。是枝監督の映画は『花よりもなほ』以外全部観ているが、どれもこれも素晴らしい。確かな感性と方法論を持った監督さんである。『幻の光』『ワンダフルライフ』は幻想的な作風だったが、本作は社会派的な題材を取り上げている。オウム真理教のサリン事件だ。最初聞いた時はどんな映画になるのかと思ったが、実際に映画を観てみると是枝監督らしい、静謐で美しい作品になっている。
カルト教団「真理の方舟」が無差別殺人事件を起こして数年後。加害者遺族の4人(ARATA、伊勢谷友介、寺島進、夏川結衣)は毎年集まって教団のあった湖に行き、そこで死んだ肉親の供養をすることにしていた。この年も4人は湖に行くが、車を盗まれて山を降りられなくなる。ちょうどそこに居合わせた元教団員(浅野忠信)もバイクを盗まれて帰れなくなり、5人は教団の信者達が暮らしていたロッジに行って一夜を過すことになる。5人はそこで事件の回想をしたり、教団や神や当時のことについて会話をする。翌朝5人は東京に帰り、新宿駅で別れる。基本これだけだ。エピローグとして、ARATAが実はずっと素性を偽っていて、最後に一人で湖に行って桟橋を焼く、という場面で映画は終わる。それまで自然体の映画だったのが、最後の最後にミステリアスなひねりを加え、幻想的な映像で締めくくられる。
淡々とした映画である。これまでの是枝監督の映画と同じくドキュメンタリー風映像で、手ぶれあり、自然光のみによる撮影、音楽なし。そして今回は「普通の人間関係と同じようにしたい」との監督の趣旨で、俳優はそれぞれ自分の台本しかもらえず、他人が何を喋るのか知らず、また自分の分も最低限のセリフしかないのでほぼアドリブ、という演出法がとられている。したがって役者達の喋りは非常にナチュラル、自然体だ。どもったり同じ言葉を繰り返したり、普通の私達の会話と同じである。この自然体演技がみんな実にうまい。特に感心したのは浅野忠信。裏切って逃げた元教団員で、二面性のある役柄だが、ものすごく自然。みんなに教団の生活とか聞かれてぼそぼそ答えるところもそうだし、回想シーンで取り調べを受けるところ、それから女性教団員のりょうに「逃げよう」と持ちかけるシーンもうまい。りょうとの会話では最初他の教団員を「ああいう人に限って逃げるんだ」とか「あっちの世界に未練なんかないでしょ」とか強がりながら、だんだん支離滅裂になってきて、突然「ねえ逃げない?」と言い出す。「ここまでけじめつけて決心したんだから、逃げたっていいわけじゃん」なんてわけわからない理屈を興奮して喋るんだけど、その自然さはもうパーフェクトである。そして取り調べシーンでは掌を返したように「あんなことに僕はとてもついていけないし」「あの人たちに何と思われても構わない」などと苦笑まじえながら訴えるという、狡猾さも見せる。
寺島進はいつものようにちょっと乱暴な男の役だが、妻が教団に行くと知った時の喫茶店のシーンは見事。激昂して妻と一緒に来た男を怒鳴りつけるが、ショックを受けた人間がそうなるように息づかいがハアハア不自然に激しくなり、言葉が何度も途中で切れてしまう。
やはり変化の少ないロッジのシーンより回想シーンが面白い。それぞれの兄や妻や夫が教団に入ると言って去っていくのだが、もう唖然とするほどにまったくコミュニケーションが取れなくなってしまう。特に夏川結衣の夫が強烈だった。夏川結衣が叫んでいるのに宮沢賢治の詩を大声で朗読している。異常だ。それから各人の事情聴取の場面。たとえば寺島進は妻が中絶していたという事実を取調官から初めて知らされるのだが、とても自然な抑えた演技を見せる。浅野忠信の場合は、先に書いたように教団員同士のやりとりが回想で出てくるが、湖のほとりの教団内部の世界には終末感と不思議なリリシズムが漂う。
一方、ロッジで過す5人の会話は退屈な部分も多い。会話といっても途切れがちで沈黙が多く、あまりまとまった話はない。どこまで台本でどこまでアドリブだったのか分からないが、ひょっとして監督のアドリブ演出が裏目に出たかな、という気もしないでもない。会話が展開しないのである。回想部分でも、「孤独な鳥」とか「サイレントブルー」とか、いかにもそれっぽいセリフの方がつまらない。むしろ異常な状況における普通の会話、の方が面白い。
主演のARATAは髪を短く切って、『ワンダフルライフ』の時とだいぶルックスが違う。でも喋るとやはり独特の雰囲気がある。ARATAと浅野忠信のからみは両方のファンとしては非常に嬉しい。
今回のアドリブで芝居させる手法がどこまで成功だったかは難しいところだが、こういう、従来の演出とか芝居に対する懐疑心を持ち続け、色々試行錯誤するところが是枝監督のクリエイターとしての誠実さだと思う。多少冗長なところもあるし、一般受けはしないだろう内省的で静謐な映画だけれど、面白い場面、美しい場面、そして素晴らしい演技がたくさんある。
DVDで再見。是枝監督の映画は『花よりもなほ』以外全部観ているが、どれもこれも素晴らしい。確かな感性と方法論を持った監督さんである。『幻の光』『ワンダフルライフ』は幻想的な作風だったが、本作は社会派的な題材を取り上げている。オウム真理教のサリン事件だ。最初聞いた時はどんな映画になるのかと思ったが、実際に映画を観てみると是枝監督らしい、静謐で美しい作品になっている。
カルト教団「真理の方舟」が無差別殺人事件を起こして数年後。加害者遺族の4人(ARATA、伊勢谷友介、寺島進、夏川結衣)は毎年集まって教団のあった湖に行き、そこで死んだ肉親の供養をすることにしていた。この年も4人は湖に行くが、車を盗まれて山を降りられなくなる。ちょうどそこに居合わせた元教団員(浅野忠信)もバイクを盗まれて帰れなくなり、5人は教団の信者達が暮らしていたロッジに行って一夜を過すことになる。5人はそこで事件の回想をしたり、教団や神や当時のことについて会話をする。翌朝5人は東京に帰り、新宿駅で別れる。基本これだけだ。エピローグとして、ARATAが実はずっと素性を偽っていて、最後に一人で湖に行って桟橋を焼く、という場面で映画は終わる。それまで自然体の映画だったのが、最後の最後にミステリアスなひねりを加え、幻想的な映像で締めくくられる。
淡々とした映画である。これまでの是枝監督の映画と同じくドキュメンタリー風映像で、手ぶれあり、自然光のみによる撮影、音楽なし。そして今回は「普通の人間関係と同じようにしたい」との監督の趣旨で、俳優はそれぞれ自分の台本しかもらえず、他人が何を喋るのか知らず、また自分の分も最低限のセリフしかないのでほぼアドリブ、という演出法がとられている。したがって役者達の喋りは非常にナチュラル、自然体だ。どもったり同じ言葉を繰り返したり、普通の私達の会話と同じである。この自然体演技がみんな実にうまい。特に感心したのは浅野忠信。裏切って逃げた元教団員で、二面性のある役柄だが、ものすごく自然。みんなに教団の生活とか聞かれてぼそぼそ答えるところもそうだし、回想シーンで取り調べを受けるところ、それから女性教団員のりょうに「逃げよう」と持ちかけるシーンもうまい。りょうとの会話では最初他の教団員を「ああいう人に限って逃げるんだ」とか「あっちの世界に未練なんかないでしょ」とか強がりながら、だんだん支離滅裂になってきて、突然「ねえ逃げない?」と言い出す。「ここまでけじめつけて決心したんだから、逃げたっていいわけじゃん」なんてわけわからない理屈を興奮して喋るんだけど、その自然さはもうパーフェクトである。そして取り調べシーンでは掌を返したように「あんなことに僕はとてもついていけないし」「あの人たちに何と思われても構わない」などと苦笑まじえながら訴えるという、狡猾さも見せる。
寺島進はいつものようにちょっと乱暴な男の役だが、妻が教団に行くと知った時の喫茶店のシーンは見事。激昂して妻と一緒に来た男を怒鳴りつけるが、ショックを受けた人間がそうなるように息づかいがハアハア不自然に激しくなり、言葉が何度も途中で切れてしまう。
やはり変化の少ないロッジのシーンより回想シーンが面白い。それぞれの兄や妻や夫が教団に入ると言って去っていくのだが、もう唖然とするほどにまったくコミュニケーションが取れなくなってしまう。特に夏川結衣の夫が強烈だった。夏川結衣が叫んでいるのに宮沢賢治の詩を大声で朗読している。異常だ。それから各人の事情聴取の場面。たとえば寺島進は妻が中絶していたという事実を取調官から初めて知らされるのだが、とても自然な抑えた演技を見せる。浅野忠信の場合は、先に書いたように教団員同士のやりとりが回想で出てくるが、湖のほとりの教団内部の世界には終末感と不思議なリリシズムが漂う。
一方、ロッジで過す5人の会話は退屈な部分も多い。会話といっても途切れがちで沈黙が多く、あまりまとまった話はない。どこまで台本でどこまでアドリブだったのか分からないが、ひょっとして監督のアドリブ演出が裏目に出たかな、という気もしないでもない。会話が展開しないのである。回想部分でも、「孤独な鳥」とか「サイレントブルー」とか、いかにもそれっぽいセリフの方がつまらない。むしろ異常な状況における普通の会話、の方が面白い。
主演のARATAは髪を短く切って、『ワンダフルライフ』の時とだいぶルックスが違う。でも喋るとやはり独特の雰囲気がある。ARATAと浅野忠信のからみは両方のファンとしては非常に嬉しい。
今回のアドリブで芝居させる手法がどこまで成功だったかは難しいところだが、こういう、従来の演出とか芝居に対する懐疑心を持ち続け、色々試行錯誤するところが是枝監督のクリエイターとしての誠実さだと思う。多少冗長なところもあるし、一般受けはしないだろう内省的で静謐な映画だけれど、面白い場面、美しい場面、そして素晴らしい演技がたくさんある。
私もです。
最近は、主演のみならず、脇役で出ているものでも、おっかけてみるようにしています。
「座頭市 the last」では、やくざものを演じていて、大声で脅したりレイプしたり。
大声出せる役者だったのね・・・
一番良かったのは、「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」(若松孝二)で演じた坂口弘役でした。
街のレンタル屋さんにはなかったのです。
ARATAの最後の台詞「お父さん」ってどういう意味なのでしょう。ひょっとして、教祖の息子だったの?
ドラマらしきドラマもなく、謎ときもなく、映画らしくないといえば本当に映画らしくないのだけれど、是枝らしさは随所にありました。