アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

処女の泉

2013-05-22 19:33:44 | 映画
『処女の泉』 イングマール・ベルイマン監督   ☆☆☆☆★

 『ある結婚の風景』と一緒に買ったクライテリオンのベルイマン・ボックス(「Ingmar Bergman: Four Masterworks」)には『処女の泉』『野いちご』『第七の封印』『夏の夜は三たび微笑む』の四作が入っている。これは楽しみだ。まずは『処女の泉』を観た。モノクロ作品。

 最初に「13世紀のバラッドにもとづく物語」みたいなのが出るので(ちなみに映画の中の時代設定は18世紀)、これは民話・説話の類ということが分かる。ある裕福な農家の娘が遠くの教会へ蝋燭を奉げにいくことになり、下女(というか下女同然に扱われている養女)と一緒に馬に乗って出かける。途中で下女と離れ離れになり、娘は一人で森の中を進んでいく。すると乞食のような羊飼い三人と出会い、純真で人を疑うことを知らない娘は三人に食事を振舞う。三人はそのお返しに娘をレイプし、石で殴って殺す。一方、娘の家では帰らない娘を心配しているが、そこへたまたま一夜の宿を乞いにやってきたのはなんと、逃げてきた羊飼い三人組だった。何も知らない一家は三人を泊めてやるが、中の一人が「妹のものだけれど買わないか」といって母親に持ちかけた服は、殺された娘のものだった。それに気付いた母親は三人の部屋に鍵をかけ、父親に知らせる。父親は怒りの慟哭を上げると、肉切り包丁を持って三人が眠っている部屋に入って行った…。

 ペローの赤頭巾ちゃんみたいな残酷童話の趣がある。モノクロ映像、説話的な世界観、美しい森と川、着飾った馬上の娘、荒くれた乞食、暴行、というような数々の要素が黒澤明の『羅生門』にそっくりだ。音楽も似ている。実際、当時ベルイマンは黒澤を意識し、黒澤はベルイマンを意識していたという説もあるようだが、それも当然と思いたくなるくらい感じが似ている。

 この映画はその後父親が復讐の殺人を行い、娘の遺体を発見し、神に祈りを捧げ、遺体を抱き上げるとそこから澄んだ泉が湧く、という場面で終わる。最後の場面はまさに宗教画のようだ。父親は、なぜ全能の神が罪のない娘のレイプや殺害というような、無残な出来事が起きることを許すのか理解できない。理解できないが、その疑問に苦しみながらも、神への信仰を捨てない。もともとの説話の主旨は知らないが、世界になぜ不条理と残酷が満ち溢れているのかという神への問いかけ、がこの映画のテーマと見ることができると思う。

 しかしその奥にまた別の問いかけがあって、それは映画のあちこちで暗示されているが、この悲劇の責任は一体誰にあるのか、悪いのは誰なのか、という問いである。殺害犯人である羊飼い三人、という答えは自明のようだが果たしてそうだろうか。嫉妬から娘を呪った下女は、そのために、娘が死んだのは自分のせいだと告白する。あるいは、行きたくないという娘に遠い旅をさせた父親だろうか。神より娘を愛した母親か。あるいは、男に対してあまりに無防備だった娘自身だろうか。

 罪と罰という観念は、常に、表面的にそう見えるほど単純ではない。この「見せかけ」と「真実」に関する問いかけも、やはり黒澤明と共通するものであり、またこうした多義性がこの映画に奥行きを与えているのは言うまでもない。

 なかなか古雅で素朴な、説話の味わいに満ちた映画だけれども、それに加えてあちこちに美しい、印象的な映像がちりばめられている。娘二人を乗せた二頭の馬が川辺を行く、一幅の絵のような光景。木漏れ日が揺れる森の美しさ。あるいは娘の死を知った父親が庭に出て行き、一本の木と格闘し、ついにはそれを倒す場面の独創的かつ劇的な悲哀の表現。

 ちなみにこの父親役はマックス・フォン・シドーという、ハリウッド映画などにも貫禄ある老人役で良く出てくる名優さんだが、若い頃こんな顔だったとは知らなかった。石から切り出した彫刻のような、ものすごく荘厳な顔である。荘厳顔、という言葉があるかどうか知らないけれども、この顔を見るとそう言いたくなる。


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2 コメント

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ベルイマン (海松)
2013-05-24 16:58:02
 ベルイマン・ボックスを購入されたなんて、羨ましいです。オカネモチですね。
『第七の封印』を買うべきか迷っておりますので、信頼するegoレビューを読んでから決めたいと思います。
期待して待っております。
Unknown (ego_dance)
2013-05-27 12:55:23
いえいえ、決してオカネモチではありません。それに私の好みはかなり偏っているので、世間の評価とかけ離れてしまうこともよくあります。買うかどうかの判断材料にされるのはいかがなものかと……

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