アブソリュート・エゴ・レビュー

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美しき結婚

2015-12-19 10:05:40 | 映画
『美しき結婚』 エリック・ロメール監督   ☆☆☆☆

 日本版DVDで鑑賞。ひとりよがりな若い女性が突然「結婚しよう」と思い立って相手を探す話で、なかなかアイロニーたっぷりで面白い。主人公のサビーヌを演じるのは『恋の秋』でマガリを演じていたベアトリス・ロマン。『恋の秋』では年頃の娘がいる母親の役だったが、この映画ではまだまだ若い娘っ子で、かなり印象が違う。但し我が強い感じは一緒。

 妻子ある画家と不倫をしていたサビーヌはある日その関係に嫌気がさし、「私結婚するわ」と言って画家と別れる。「誰と?」と聞かれると「まだ決めてない。これから見つけるわ」こうして結婚することだけ先に決めてしまったサビーヌ、親友のクラリスを通して弁護士エドモンと知り合い、彼を結婚相手と決めてしまう。「私を欲しがらない男なんている?」と自信満々のサビーヌ、勤め先のアンティークショップも店主と喧嘩して辞め、バッタリ再会した元彼にも結婚を自慢する。一方、多忙なエドモンは電話してもなかなか捕まらない。やっと誕生パーティーに来てくれたと思ったらすぐに帰ってしまう。しびれをきらしたサビーヌは弁護士事務所に押しかけるが、エドモンは彼女に、自分はまだ結婚するつもりはないと告げるのだった…。

 サビーヌはきわめてわがままな、子供っぽい娘である。衝動的で、自省というものがない。結婚することを先に決めてから相手を探すこともそうだが、日々の言動を見ていても、たとえば絵を描いているクラリスを見て「私も創造的な仕事がしたい」と言うが、アシスタントをして欲しいと頼まれると「アシスタントじゃイヤ」と断る。アンティーク・ショップの仕事は「商売なんて下らない」と馬鹿にし、店主と喧嘩して辞めてしまう。とはいえ他の仕事をする気もなく、結婚したら主婦になると元彼に宣言する。そして、元彼の家庭は共働きだから家の中が乱雑だと批判する。

 どうにも自分勝手だ。そして白羽の矢を立てられた弁護士エドモンにはその気がないのに、彼女の思い込みはどんどんヒートアップし、自分の中でエドモンとの結婚を既成事実化してしまう。エドモンのこともまだよく知らないくせに勝手に「やり手の弁護士で金持ちで紳士」とどんどんイメージを作り上げてしまい、それを誰彼構わず話して回る。デンジャラスな女だ。

 最後、押しかけたエドモンの事務所でエドモンに断られると「私が結婚したいって言ったかしら」「お友達のつもりだったけど、誤解させちゃったみたいね」「あんたは卑怯な男よ」とヒステリックに罵声を浴びせて飛び出してしまう。そしてその後クラリスに会うと「あんな男、最初から全然好きじゃなかったわ」

 いやー、もう勝手にしろよという感じだけれども、ここで私たちはこの映画のエピグラムを思い出してハッとすることになる。「夢想にふけらない人がいようか? 空想を描かない者があろうか? ―――ラ・フォンテーヌ」

 そう、私たちは誰もがサビーヌなのである。

 ところでこの映画を観ながら思ったのだが、ロメール監督の映画には登場人物が移動している場面がよく出てくる。サビーヌが通りを歩いてある建物に入っていく、車や電車で移動する。この映画に限らずロメールの映画はみんなそうで、部屋を出る、通りを歩く、ある建物に入っていく、部屋に入っていく、そしてようやく他の誰かと出会って会話が始まる。他の映画監督なら省略してしまうところだろうし、省略してもストーリー進行にはまったく差し支えない部分だが、ロメールは好んでこういうディテールを見せる。

 その主な理由はロメールが「街の表情」を描くことを好むからだろうと思うが、同時に、意図的かどうかは別にして、こうしたディテールがロメール作品のドキュメンタリー的な感触を強めて、映画にリアルな臨場感を付与する結果になっている。ロメールの映画は非常に「自然な」感じがし、その場所の本当の空気感を伝えてくるような感覚があるが、それは彼のオールロケーションや手持ちカメラの利用といった撮影方法以外に、こうしたシークエンスの構成方法やテンポのとり方などにもよるのだろうと感じる。他の監督ならストーリーテリングに関係ないからと端折ってしまうようなディテール、いわばとりとめのないディテールが、ロメールの映画を豊かにしているのである。もちろんそれはロメールのスタイルに調和しているからで、でなければただ冗長になって、映画のテンポを悪くしてしまうことだろう。

 最後にもう一つ。この物語はパリとル・マンが舞台になっているが、ル・マンの古びた街並みの美しさには本当にうっとりしてしまう。是非ブルーレイで鑑賞したいのだが、日本語版も英語版も出ていない。なんとかしてもらえないだろうか。



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