アブソリュート・エゴ・レビュー

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ある過去の行方

2016-01-29 22:26:07 | 映画
『ある過去の行方』 アスガー・ファルハディ監督   ☆☆☆★

 『別離』『彼女が消えた浜辺』のファルハディ監督の近作をiTunesのレンタルで鑑賞。今回はフランスが舞台で、役者もみんなフランス語を喋っているのでイラン映画色は薄れ、ちょっとフランス映画っぽい。とはいえやはり監督のカラーか、重くミステリアスなムードには変わりなく、瀟洒なフランス映画とは異質である。

 『別離』もそうだったけれども、序盤の空気はとても重苦しい。離婚手続きのために久しぶりに会った別居夫婦。細かい口論、諍い。母親の新しい男を嫌っている娘の反抗と、ヒステリックに怒鳴りつける母親なんて図はいかにもドロドロのメロドラマチックな家庭劇で、加えてこのやたら深刻なムードもあり、個人的にはどうも乗れないまま前半は進んでいった。この監督はドキュメンタリー風の生々しい演出を好むので、ますます鬱陶しいのである。

 やがて、妻の新しい男には昏睡状態の妻がいることが分かり、そうなった原因は自殺未遂だという。おまけに自殺の動機はこの2人の不倫が原因だったと娘が父親に告げるに及んで、もういい加減にしてくれといいたくなる鬱陶しさだ。げっそりする。お前は韓流ドラマかと突っ込みを入れつつも我慢して観ていると、中盤を過ぎた頃からようやくこの監督らしいミステリ的展開となる。

 母親の恋人を激しく嫌っている娘がある告白をする。それは母親の恋人の妻が自殺を図った事件に関係するもので、そのために自殺の動機に疑念が生じる。果たして、あの時本当に起きたのはどういうことだったのか? 男の妻はなぜ自殺を図ったのか? 関係者が伏せていた事実やついていた嘘などが次々と明らかになり、真相(と思われるもの)は二転三転する。

 このあたりのスリルは『別離』『彼女が消えた浜辺』でもおなじみのファルハディ監督の独壇場で、さすがの面白さだ。なるほど、これが本チャンで、前半のあの鬱陶しい家庭内不和のメロドラマは前フリだったのか。それにしても長かったな。と思いながら観ていると、やがて大体の真相は明らかになる。といっても、自殺未遂の本人は昏睡状態なので本当のところは分からず、当初の曖昧な状況に戻っただけとも言え、このあたりが非常にうまい。つまり、真相はこうだった、とはっきり謎が解けて終わりではない。また新たに曖昧な状況が出現し、それがこの二組の夫婦の心にまた別の波紋を広げることになる。

 特にそれが大きな意味を持つのは、昏睡状態の妻と別れ、今新しい女性と結婚しようとしている男にとってである。彼は妻が自分に無関心だった、妻と自分の間は冷え切っていたと思っていたのだが、実はそうではなかったのでは、という疑念が出てくる。おそらく彼は妻を誤解していた。ラストシーンは非常に意味深で、多義的で、感動的でありながらも苦いものだ。隠されていた人間の絆があらわれるという意味で感動的であり、夫婦の仲がもう元へは戻らないことを思えば苦く、それらすべてを超越したどこかに真実だけがもたらす癒し、もしかしたら赦しをも含んでいる。すべては、昏睡状態にある女性の目から奇跡のように流れ落ちる、ひとしずくの涙に凝縮されていく。

 こうして、主人公の一家を翻弄したさざ波は沈静化する。これからも人生と家族は続いていくだろう、それがどんな形になるとしても。結末の余韻は素晴らしく、『彼女が消えた浜辺』よりもはるかに上、『別離』に匹敵するレベルだと思うけれども、やはり前半の常套的かつ冗長なメロドラマ色が気になり、この星の数となった。
 


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