アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

鳴門秘帖

2011-03-21 21:58:06 | 
『鳴門秘帖(一、二、三)』 吉川英治   ☆☆☆★

 全三巻を読了。連載誌の発売を待ちかねて買いにいったのは『鳴門秘帖』と『あしたのジョー』だけ、と寺山修司が梶原一騎に言ったと聞き、究極の徹夜本かと思い読んでみたのだが、それほどでもなかった。まあ確かに面白い。主人公は美剣士でクールでかっこよく、その名も法月弦之丞。夕雲流の遣い手である。とにかくモテモテで、純情可憐なヒロイン・お千絵が一途に慕う一方で色っぽい女スリのあねさん・お綱も一目でメロメロになってしまう。その弦之丞が、倒幕を企む阿波藩主と戦う、というのが物語の骨子で、ついでにいうとこの阿波藩主、隠密であるお千絵の父を山の中の洞窟に幽閉している。

 その弦之丞に協力するのが女スリのお綱、そして律儀で頼りになる目明しの万吉などなど。一方、弦之丞に敵対しその命をつけ狙うのが、いつも頭巾をして顔を隠している剣客・お十夜孫兵衛、お千絵に横恋慕して監禁したりする陰謀男・旅川周馬、そして阿波国からやってきたツワモノ・天堂一角。これが悪のトリオである。こいつらがザコの手下を引き連れて弦之丞の行く先々に現れ、襲ってくる。中でもお十夜孫兵衛は辻斬りが趣味というアブナイ男で、いつも頭巾をかぶっていてその素顔を誰にも見せない。まるでダースベーダーみたいな奴である。この孫兵衛が頭巾をかぶっている理由はちょっとしたミステリーになっていて、最後に謎解きがある。

 ストーリーは波乱万丈で、大人数に待ち伏せされて絶体絶命になったり、監禁されている屋敷が火事になって焼け死にそうになったり、船に隠れて阿波国に渡ろうとして計画がバレてあわや串刺し、というピンチに陥ったりする。まあそういう起伏があるので飽きさせないが、この手のクリフハンガーはやはりパターンがあり、現代のミステリやキング、クーンツなどのエンタメ系を色々読み、あざとい盛り上げやどんでん返しの技巧をあれこれ経験していると、かなりオーソドックスだなあという印象を受ける。

 キャラクター的に面白かったのは、悪役だけれども、阿波藩主・蜂須賀重喜の屋敷に居候している公卿の竹屋三位卿である。居候のくせにやたら態度がでかく、神経が図太く、享楽主義者で、他の連中が不安がっていても平然としているし、藩主の重喜に叱られてもまったく動じない。潔い最期もいい。敵キャラながら、人間の器がでかい気がする。

 惜しいのは女スリのお綱で、弦之丞と行動をともにするようになってから急に殊勝な女になってしまう。前半の蓮っ葉なあねさんキャラの方が生彩があり、魅力的だったと思うのは私だけだろうか。かなりの腕前と思われるスリのテクニックも隠密活動には活かされない。そのへんが残念だった。

 主人公の弦之丞はとにかく強い。大勢に取り巻かれたり怪我をしたりしてハラハラする場面はあるが、腕前だけでいうともうダントツで、彼と一対一でいい勝負ができる遣い手は誰もいない感じだ。座頭市みたいなもんだ。彼が剣を抜いてチャンバラ・シーンになると安心して読んでいられる。やはり時代劇の主人公というのはこうでなくちゃ。圧倒的に強い、これがいいのである。

 ところで、私はこういう伝奇小説というものが妙に好きだが、これは子供の頃に観たNHKの人形劇『新八犬伝』の影響だろうと思う。あれはもうとてつもなく面白かった。犬と夫婦になった姫という奇怪な設定、八つの珠を持った八犬士がだんだん集まってくるワクワク感、悪人やワル侍から怨霊や妖怪変化まで登場する奔放さ(ミズチとかワザワイとか九尾の狐とか面白いのがいっぱい出てくる)。かっこいい八犬士たち、憎たらしい悪人たち(玉梓が怨霊、フナムシ、さもしい浪人網干左母二郎などが常連)。犬塚信乃の名刀・村雨は人を斬るとしっとり露を吹いて血を洗い流す、なんてのも良かったなあ。幻想怪奇耽美痛快、笑いあり涙あり、すべての要素が渾然一体となった一大物語絵巻だった。一部を除いてほとんどの映像が失われてしまっているらしいが、まったく残念だ。もうあれを観ることはできないのだろうか。

 まあとにかく、その洗礼を受けているので、本書などは伝奇小説としておとなしく感じてしまう。もうちょっとはじけている方が好みだ。チャンバラだけじゃ物足りない。

 個人的にこの手の伝奇小説でおススメなのは山田風太郎の諸作、それから谷崎潤一郎の『乱菊物語』である。山田風太郎は忍法シリーズの『甲賀忍法帖』『忍法八犬伝』『柳生忍法帖』が良く、そのものズバリ『八犬伝』というのもある。『乱菊物語』は渋澤龍彦も大好きと公言している伝奇小説で、海賊や幻術士や架空の動物なども出てくる奇想天外さが最高なのだが、未完なのが惜しい。


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