アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

忍法八犬伝

2006-12-06 19:38:47 | 
『忍法八犬伝―山田風太郎忍法帖(4)』 山田風太郎   ☆☆☆☆

 山田風太郎の忍法帖はどれもそれなりに面白いが、やはり出来不出来はある。私が思うに、最高に面白いのはまずオリジナルにして完成形の『甲賀忍法帖』、そして風太郎時代劇最大のヒーローである柳生十兵衛が一番魅力的で、かつ物語の盛り上がりが尋常ではない『柳生忍法帖』が双璧。『魔界転生』が有名だが、私はそれほどでもないと思う。そして『甲賀』『柳生』に続いて面白いのがこの『忍法八犬伝』だ。帯に清水義範の「とにかく、めちゃんこ面白いです。それだけは保証します」という推薦文があるが、これは誇大広告でもなんでもない。

 ちなみに『甲賀忍法帖』はせがわまさきによって『バジリスク』というタイトルで漫画化されたが、現在は第二弾として『柳生忍法帖』が漫画化されているらしい。そうきたか、やっぱ分かってんなあ、と思った。

 さて、タイトルから分かるようにこれは『南総里見八犬伝』に着想を借りている。というと、普通はあとがきで清水義範が書いているように八犬士を忍者に置き換えた小説になりそうだが、そうならないところが山田風太郎だ。主人公の八人は八犬士の子孫なのである。しかも全員里見家に対する忠義心などこれっぽっちもなく、修行から逃げて盗賊になったり乞食になったりして好き勝手に生きている。そこへ里見家の家宝である八つの珠がすりかえられ、それが原因で里見家が取り潰しの危機に見舞われる。ちなみに、すりかえられた珠に浮かぶ文字は「淫戯乱盗狂惑悦弄」というから人を喰っている。さらに面白いのは、それぞれの文字がこの小説における八犬士それぞれの個性を表していることだ。盗賊の犬坂毛野は「盗」、精力絶倫の犬飼現八は「淫」、劇団振り付け師の犬川壮助は「戯」てな具合だ。

 八人は里見家の危機を聞いても全然やる気にならないが、奥方の村雨姫が現れると全員豹変する。彼女への純愛のためだ。本作は自分勝手で奔放な八人の個性を反映してか、全体に軽快なムードで、コミカルな部分もあるが、その八人が村雨姫のために最強の伊賀組を敵に回して闘い、次々と笑って死んでいく姿は胸を打つ。

 もともと八犬伝が好きな私は八犬士や八房が出てくるだけでやられてしまうが、八人全員の個性が充分に活かされていないところが残念だ。全篇を通して活躍するのは犬塚信乃と犬村角太郎ぐらいで、他はどんどん死んでいってしまう。特に私が好きな犬坂毛野、犬山道節がはやばやと死んでしまうのが惜しい。原典では犬山道節は忍術使いで、一番忍法帖向きのキャラクターだと思うのだが、一番活躍しないで死んでしまう。八犬伝フリークとしては実に無念だ。しかしまあ、この八人の個性をすべて活かすエピソードを盛り込もうと思ったら、原典と同じくらいの大長編になってしまうだろうから、まあ仕方がない。

 単なる殺し合いでなく、期限付きの珠取り合戦というのが物語をひときわトリッキーにしている。終盤、刻限ぎりぎりで展開する犬塚信乃、犬村角太郎、犬川壮助の奪回作戦は最高にスリリングだ。そしてその結果は、痛快でありながらも哀感を漂わせる見事な幕切れ。良い。『甲賀忍法帖』でハマッった人はこちらもぜひ。


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