アブソリュート・エゴ・レビュー

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花よりもなほ

2009-02-18 20:44:38 | 映画
『花よりもなほ』 是枝裕和監督   ☆☆☆★

 日本版DVDをBOOK-OFFで買ってきて鑑賞。大好きな是枝監督の作品でずっと気になっていたのだが、なんとなく観そびれていた。

 さて、実際観てかなり驚いた。これまでの是枝監督の作品とあまりに感触が違う。『幻の光』『ワンダフル・ライフ』『DISTANCE』『誰も知らない』を撮ったあの是枝監督の作品とはとても思えない。繊細な映像美のところどころに面影がある程度だ。今回は時代劇ということで、これまでのドキュメンタリー・タッチとは違うだろうなと予想はしていたが、ここまできれいさっぱり是枝色が消えているとは思わなかった。映画監督のスタイルというものは、かなり融通無碍なものなんだなとある意味感心した。今回「楽しい嘘がつきたい」と監督は言ったそうだが、この変貌はヘビーだった『誰も知らない』の反動だろうか。

 映画全体を楽しくて暖かい雰囲気が包んでいる。舞台はある貧乏長屋で、そこに住む宗左衛門(岡田准一)は父親の仇討ちのため一人上京、もう二年以上も仇を探している。ただし剣の腕はなく、いささか心もとない。が、正々堂々と戦って敗れれば潔く散るまで、「仇を取ってくれ」の父の遺言にそむくことはできない、そう思っている。そんな彼がついに仇を見つけるが、その男が子供、身重の妻と一緒にいる幸せそうな姿を見てしまう。更に長屋に住む美人後家のおさえに「お父様があなたに残したのが憎しみだけだとしたら、悲しすぎます」と言われたりして、彼は悩む。悩んだ挙句彼は仇討ちを放棄し、仇討ちの芝居をすることで報奨金をせしめ、その金で追い出されそうになっている長屋のみんなを救おうとする……。

 「憎しみの連鎖を断ち切る」ことと、生命の大切さが映画のテーマであることは明瞭だ。キーとなる「桜がぱっと散るのは来年も咲くのを知っているから」のセリフは何度も繰り返されるし、寺島進の足軽が赤穂浪士の討ち入りから抜け出したり、長屋の男が「隠居したじいさんの寝込みを襲って殺したんじゃねえか、よってたかって一人をよ」と赤穂浪士を罵倒したりする。かなりメッセージ色が強く、これまでの是枝監督の映画が持っていた多義性は薄い。非常に分かりやすい。

 「楽しい嘘をつこう」というのは、是枝監督にとってまったく新しい映画作りを意味したのかも知れない。多分、嘘をつくのが苦手な人なのである。この映画にはまるで新人監督のような丁寧さと、正直さと、ある種の不器用さが漂っている。まるで娯楽映画の制作方法を一から勉強しているように。そういう意味では、これまでのミステリアスな作風に魅せられたファンにとっては拍子抜けする映画であることは間違いない。こんな娯楽映画を撮る監督は他にもいるだろうし、出来もまあまあ、手堅いけれども傑作とはいいがたい。ただし、決してつまらない映画ではないと思う。繊細な映像はさすがに心地よいし、何より、この長屋に住んでみたい! と思わせる楽しさと暖かさに溢れている。

 ところで加瀬亮がひねこびた遊び人みたいな役で出ているが、『それでもボクはやってない』と全然違う雰囲気だったので驚いた。あのマジメで気弱な雰囲気とは真逆である。俳優さんって色んな顔を持っているんだな、と感心。


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