アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

わるいやつら

2008-08-30 23:33:58 | 
『わるいやつら(上・下)』 松本清張   ☆☆☆☆

 久し振りに松本清張を読んだ。Amazonのカスタマー・レビューでイマイチの評価だったので期待していなかったが、思ったより面白かった。こんなこと言うと馬鹿にされるかも知れないが、正直言って名作の誉れ高い『砂の器』より愉しめた。私は『砂の器』のレビューで、清張ミステリでは謎解きよりドツボにはまっていく犯人の心理を描いたものに魅力を感じるみたいなことを書いたが、これはまさにそっち系である。渋めの倒叙物が好きな人は読んでも損はないと思う。テレビドラマにもなったらしいが観ていない。それなりに内容は変えてあったらしい。

 女たらしの病院の院長が色んな女から金を巻き上げて好き放題やっているがそのうち行き詰まり、状況に流されて殺人に手を染めるようになり、坂道を転げ落ちるように破滅に向かっていく。要はそれだけである。しかし娯楽小説は設定がすっきりしている方が面白いものだ。この小説のポイントは主人公の戸谷だけでなく、彼を取り巻く女達や友人の弁護士などもみんな悪い、というところだ。狐と狸の化かしあいである。

 しかもその化かしあいをすべて説明するのではなく、主人公の戸谷視点で描いているので、実際は裏で何が行われているのか、他の連中が何を考えているのかは分からない。そこが独特のスリルを生み出している。戸谷が相手をする女は人妻ばかりで40代の中年女性もいるし、どことなく昼メロみたいな雰囲気もあり、序盤はちょっとたるい感じもしたが、だんだん引き込まれる。さすが松本清張、手堅いストーリーテリングだ。最近の突拍子のないミステリを読みなれていると展開が遅いと感じるかも知れないが、このゆるゆると加速していくテンポは悪くない。そして、それがちゃんと後半で効いてくる。

 戸谷が犯罪に手を染めるまでが結構長いが、その間もこの戸谷という男のキャラクターの面白さで読ませる。悪人なのだが、極悪人というより小悪党で、図々しく、甘ったれで、しかもどことなく抜けている。計画性のかけらもない。女の落とし方にはやたら自信を持っていて、妙に楽観的で、病院が潰れる寸前なのに女から金を借りてその場しのぎすることしか考えない。なんという脳天気な奴だろうか。

 主人公はこういう奴だし、まわりの連中もワルイ奴らばかりなので、結末は早いうちから想像はつく。あっと驚くトリックもない。だから本書を低く評価する人もいるようだけれども、これはそういう本じゃないと思う。読者は戸谷の厚顔かつ身勝手で行き当たりばったりな行動を眺めて、よくもまあそんなことができるな、と呆れていればいいのである。そして驚くほどに楽観的な戸谷のバイタリティにある意味感心し、それがついに崩れ去る終盤には「やっぱりな」と納得する。そして本を閉じてぐっすり眠る。これはそういう小説でしょう。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿