アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

罪と罰 白夜のラスコーリニコフ

2016-12-26 20:36:25 | 映画
『罪と罰 白夜のラスコーリニコフ』 アキ・カウリスマキ   ☆☆☆★

 カウリスマキのデビュー長篇を再見。ドストエフスキーの『罪と罰』の映画化である。デビュー作がこれとは、すごい度胸だ。しかしこれを観ると独特のカウリスマキ・スタイルはすでに完成しており、ほとんど青臭いところがない。実に堂々としている。これには驚いてしまう。

 役者の無表情演技、ぶっきらぼうなセリフ。陰影と色彩に富んだ映像。シニカルで洒落た音楽。ふてぶてしいまでのアイロニー。すべてがここにある。端役だが、マッティ・ペロンパーもすでに出演している。後の作品と唯一違うのは、題材と映画のトーンがマジメで深刻であることだ。

 「罪と罰」の映画化ということで、ストーリーの大枠は分かっていただけると思う。貧しい青年が金持ちを殺す。ただし、金貸しの婆さんではなく富裕な実業家の男である。たまたま居合わせたケータリングサービスの娘に目撃されるが、娘は男を見逃がす。男は一応逃げるが、どうも捕まることを気にしていない模様だ。目撃者の娘のところへ平気で会いに行ったりする。案の定すぐに警察に目をつけられるが、目撃者の娘は彼をかばう。このあたりの、意図的に登場人物の心理をあまり描かないスタイルはすでに堂に入っている。「罪と罰」を映画化するならもっと苦悩や葛藤を描きそうなものだが、カウリスマキは見事にそれをしない。が、登場人物の矛盾した行動や言動がそれを暗示し、後の作品にはない文学的な、シリアスな苦悩の匂いが全体に醸し出される。

 青年が金持ちの実業家を殺す動機も、ドストエフスキーの原作のように思想的なものではない。青年の恋人がかつて実業家にひき逃げされ、死に、実業家は捕まったが無罪になったという過去の経緯があり、その復讐かと思わせるが、青年の言動を見ていると必ずもそうでもないようだ。どこか虚無的、無目的的である。

 という具合に、「罪と罰」の映画化といっても忠実ではなく、かなりアレンジが加えられている。カウリスマキ流の「罪と罰」になっていて、翻案といってもいいぐらいだ。相当にしたたかなデビュー作であることは間違いなく、カウリスマキ・ファンは十分に観る価値があると思う。物語性が強いので、二作目の『カラマリ・ユニオン』よりも後期の作品群に近い感触がある。ただし、彼のトレードマークであるオフビート感はあまり感じられず、そこだけがデビュー作らしいと言えるかも知れない。

 ちなみにマッティ・ペロンパーに加え、主人公の青年を追う刑事の役で『過去のない男』に銀行強盗をする工場経営者の役で出てきた役者さんが出ている。容貌がほとんど同じである。なんだかすごい。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿