崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

「日本人という病」

2009年08月07日 05時09分25秒 | エッセイ
 大学院集中講義で日本人の「いじめ」「差別」そして在日朝鮮人の差別の問題を扱って議論した。その隙間に大学を卒業して就職が決まったのに自殺した卒業生の両親と話をした。彼女が1,2年生の時に私の研究室を頻繁に訪ねていろいろな話をしていて、よく話を聞いていた。その後はクラスも変わって、接することはほぼなかった。両親に聞いたところではその後、病気が酷くなったという。私は彼女にもっと積極的に相談にのってあげられたら良かったのにと後悔した。
 日本で教鞭をとってから20年弱、その間、最も強く感じていることは心理的な問題を持っている学生が多いことである。私は韓国で生まれ育っていじめなどが問題や話題になったことが一度もなかった。なぜ日本では心理的な問題を持っている人が多いのだろうか。それは大学のキャンパスの中のことだけではない。臨床心理学者の河合隼雄氏は「日本人という病」ということに触れているが納得がいく。またアメリカ社会学者が日本人は「遠慮という病」を持っていると書いたのを思い出す。
 「閉塞した日本社会」に遠因しているのかもしれないといわれる。私は日本人の「文化病」と診断したいところが多い。それは西洋の人権思想を過剰に受け入れることで強く感ずる。「個人情報保護」「ハラスメント」などは幸せに暮らすために注意すべきではある。しかし私から見れば日本では強調し過ぎで「女性専用車両」など精神異常に過剰である。弱者を守ることはもちろん必要であるが、弱者自身が普通の人のように、あるいは強く育てて行くべきである。いくら病原菌が入っても、病気にならない人もいる。「遠慮」は日本人の美徳であり、同時に病気である。堂々と生きるように子供を育ててほしい。