雪うさぎのJunk Yard

へタレ地方私鉄モデラーの独り言と撮り鉄日記

足尾のスイッチャー

2011-09-29 20:36:01 | Weblog

 昔から足尾の主だった協三10t、どこにでもいた貨車移動機・・・と思ったら、良く考えるとこのクラスで「半キャブ」じゃないのって意外に珍しかったりします。

 こちらは普通の協三10t半キャブ、秩父セメントのコーポレートカラーが渋い感じ。

 日立15tは流石に10t移動機と並べると機関車らしいと言うか、巨大に見えます。


結局乗らず仕舞い…

2011-09-28 21:06:07 | 撮り鉄日記

 貨車やスイッチャーに気を取られて時間切れになってしまい、結局乗らず仕舞いになってしまいました。それはそうとバックの建物も何気に良い感じです。周辺にも色々面白そうな物件があるので、また後日再訪したいところです。


昭和的情景

2011-09-25 23:44:39 | 撮り鉄日記

 タラコ色のキハ35に木造のホーム上屋、旧いランクルで正に昭和的情景・・・

 足尾の周辺には鉱山住宅の廃墟が点在していますが、掛水倶楽部隣接の幹部用住宅を含むこの一角は保存されています。こういう板塀もほとんど見られなくなりましたね…


M車の床下機器

2011-09-23 18:11:09 | 大手・準大手私鉄

 最近全く模型工作の話題が無いので、お手軽工作の小ネタを一点。

 マイクロエースの電車のM車、床下機器の表現はどうにかならないものかといつも思いつつ(KATOやTomixの表現も決して褒められたものでは無いですが…)それを何とかしてみようと、名鉄5500を生贄にして考えてみました。

 一応床下機器がレリーフ状に表現はされ、機器以外の部分はブラックアウトして少しでも目立たない様に努力はしているものの、やっぱり巨大な箱に機器のシルエットが描かれている様にしか見えません…

 とりあえず動力ユニットから床下カバーを外します。

 容赦なく左右バラバラに。

 単純に余白部分をカッターで切り抜いて行くという、最も安易な方法に落ち着きました。

 とりあえず組み込んでみました。

 効果はどうでしょうか?機器が前に出過ぎな気もしますが、これ以上やろうとするとダイキャストブロックを削るしかありませんので、お手軽では無くなってしまいます。それでも以前よりは大分マシになったと自分では思っています。

 今度は車体の出来の素晴らしさと対比すると残念さが浮き彫りになるTomixのHG気動車でも同じ手でやってみようかな?


デキ

2011-09-18 21:42:21 | 撮り鉄日記

 上信デキの旧客イベント行って来ました。デキが走るのを見ること自体初めてですが、当然の如くデキの重連が旧客を2輌牽くのかと思っていたら、来たのは見ての通りデキ3単機+スハフ42が1輌のとても可愛い編成でした。これはこれで味があるかな?

 デキ1は不調との話だったので、そのせいか今日はこの様な状態で展示。

 オハ47は借りたけど終日ED316と連結して展示。バックの上信電鉄本社も昭和モダニズム的で、今となっては良い味出しています。ED316は一応綺麗に再塗装されていましたが、自走は現状厳しい様で。良く観察すると以前の塗装の塗り分けラインの痕跡があります。ぶどう色も良いけど、今度塗り直す時は昔のライトブルー?白帯も再現して欲しいです。

(2011年9月18日 タイトルカット:千平―下仁田、後2カット:高崎にて)


2011-09-17 20:23:42 | Weblog

 少し前に某掲示板に貼られた一枚の画像、見る限りでは某私鉄の大正期の電車なのだが、最初これを拝見した時には、どうせレプリカかカットボディだとスルーしていました。それからしばらく経ち、ふと気になって見直してみるとレプリカにしては妙にリアルなので、軽い気持ちでこれをちょっと検索してみると、意外な展開が待ち受けているのでありました。

この電車の所在はとある山中の、恐らく鉄道会社かその関連会社の所有地と推定される場所にある。
Webの航空写真で判定する限り、カットボディじゃ無く丸ごと存在すると推定。
少なくとも2008年時点では現存。恐らく今も同じ場所に存在すると考えられる。
保管場所は屋外だが放置車輛では無く、継続的にメンテナンスを受けていると思われる。

 当該形式は1輌が製造当時の姿に復元されて保存されているが、それ以外の保存車は各種リスト上でも、過去の記録にもそれらしい記述は見当たらず、鉄道会社絡みと考えられる保存車としては間違えなく最も謎に包まれた存在でしょう。同形式現役晩年の姿を留めていると思われるので、是非拝んでみたいとは思いますが、数十年間その存在を公にされる事が無かった事実から鑑みても、この会社のお偉方と仲良くならない限り無理なんでしょうね。

 尚、この記述は憶測が多々含まれておりますので、そんな噂があるんだ程度に軽く聞き流してください。また、質問されても答えられるような情報は持ち合わせていないので、この件に関する質問は御遠慮下さい。


あれからもう半年ですが

2011-09-11 22:00:38 | 撮り鉄日記

 関鉄常総線キハ350も来月上旬に運用を終えるので、友人の車同乗で再訪してきました。震災の日から今日で半年ですが、沿線の周囲を見回すと屋根瓦が損壊した家屋が多数見られ、原子力災害はおろか、まだ何も終わっていない、現在進行形の出来事なのだと改めて実感します。

 今日より定期運用復帰したキハ350にはヘッドマークが付いてカウントダウンを告げています。沿線も撮り鉄たちで賑わっていましたが、当該列車が走り去ると一斉にさっと立ち去ってしまうのはいつものことか。彼らは日常の情景には、例え近い将来確実に失われる事が分かっていても、魅力を感じないのでしょうか。

 おかげでその後のキハ101は静かに撮れましたが。私にとってはこれをこのポイントで順光で撮れる事の方を重視していたりして。と言っても曇りがちの天候では意味は薄かったかな?

(1枚目:2011年9月11日 関東鉄道常総線 南水海道(信)、2枚目:下妻-大宝)


もうすぐお終いなので

2011-09-03 19:17:18 | 撮り鉄日記

 江戸東京博物館で開催中の「東京の交通100年博」が来週までなので、見てきました。目的は勿論、函館のささら電車です。

 展示場所はやはり狭いですが、こちらは何とか形式写真風に撮れます。世界最初の実用的電車であるスプレイグ式電車が発明されてから百数十年を経た21世紀の今でも、走ることの出来るその末裔たちが相当数存在していると言う事実は、(しかもこの函館の雪1形2輌は動態保存では無い正真正銘の実用車)シンプルなシステムは強いという事を示しているのであろうか。半導体素子を多用した現代の電車、その最初の頃のサイリスタチョッパやGTO-VVVFなど、20年後には走行可能な車輛は残っていないだろうな…と。

 「魔改造」されていても、車内の造作には往時の面影を垣間見る事が出来ます。

 現役末期の匂いが残る6086号は暗くて狭い場所に押し込められちょっと残念。

(2011年9月3日 江戸東京博物館)


状況は限りなく厳しい様ですが…

2011-09-03 00:22:00 | 撮り鉄日記

 先日、十和田観光電鉄が支援を要請したのに対し、沿線自治体は難色を示している模様です。

 新幹線開業に伴う東北本線の経営分離で、接続する三沢駅が特急も停まる主要駅から、一ローカル駅に成り下がってしまった上に、大震災ショックのダブルパンチが大きく影響したのでしょうか。いや、傍目から見ても、駅周辺の賑わいに欠け、沿線にこれと言った観光資源も少なく、経営が厳しい事が感じ取れます。上記の事が無くても、このままでは早晩行き詰ったでしょうね。

 ローカル線が潜在的に抱える構造的問題が、震災で一気に顕在化して来た感じがします。地方自治体の財政難も深刻になり、公的助成も期待できず、今までのやり方では立ち行かなくなるのは明白です。そういう意味では、幾つかの三セク、地方私鉄の「新人」経営者がローカル鉄道の新たな可能性をどこまで追求できるか見守って行きたいと思います。