11月末にここで開催された、長電モハニ131とモハ604移設後初の公開イベント、やっとUPです。来春から改修工事と周辺整備に入るので、本来の電車としての姿を見られるのは最後になるということで、行ってきました。
地元以外はWEB上のみの告知で、取り上げた鉄道系サイトも少数だったので、東京近辺の鉄道イベントみたいに俄かマニアが大挙して押し寄せて殺気立つことも無く、少数の熱心な地方私鉄ファン?と地元民中心にまったりとした空気が流れます。
モハ604→上田クハ271を日なたで見るのは、30年前に上田駅構内で「あさま」の189系の車窓から見て以来です。長年暮らした小布施の屋根の下から、信濃川田の側線に移動した際にも、真っ先にブルーシートで覆われてしまいましたから。素晴らしいロケーションで、アングルをちょっと工夫すると、どこかのローカル私鉄で走っている姿の様にも見えてきます。架線が無いのが残念ですが…
小布施にいた時も見ましたが、車内も見ていきます。まずは604の方から。更に劣化が進んでいる気がしますが、屋根の下で過ごした年月が長いだけに、総じて状態は良好でしょう。もっと悪い状態の「現役車」も見てきた経験がありますし。
長い吊り革が揺れると網棚にぶつかってカチャンカチャン音を立てるのを憶えている方は、まず30代後半以上でしょう。上田に行って蛍光灯化されましたが、グローブ型白熱灯カバーを撤去するのが面倒だったのか、そのまま両方付いています。
続いてモハニの方を。荷物室の仕切りや、日除けの鎧戸、軋む板張りの床、何となくフルノッチで疾走する一畑デハニ53に乗って朝日に輝く宍道湖や出雲平野の情景を思い出します。
幼い頃、箱根のモハ2か3のかぶりつき席に座り、仄暗い白熱灯照明の下、何で電車にハンドルが付いているのか疑問に思ったことがありましたっけ。
破れたモケットの下から覗くビニールクロス、この電車のシートがビニール張りだった時期があったとは知りませんでした。
あくまでも地元民やファミリーを主な対象にしたイベントでしたが、最後の撤収前の短時間ではありますが、ファンの熱意に応えちょっとしたサプライズが…
車内に入るための脚立や周囲に置かれたベンチを片付け、ドアも全閉しての形式写真撮影タイム! 快晴の下、モハ604もばっちり順光で捉えることが出来ました。モハニ131(表記は旧番のデハニ201)は前面が完全に逆光になってしまいましたが、まあこれは川田で写すことが出来ましたし。
束の間の宴の跡の片付けタイム。春までブルーシートに包まれて眠りに就きます。
では、また逢う日まで。おやすみ。
この後、この2輌の電車は「電車教室」に改装される予定です。この計画を聞いた当初、「だるまさん」になるのではと危惧しましたが、台車や機器も一式付いた電車として五体満足な状態で移設されたことについては感謝します。計画では、車内はシートを撤去して大幅に改装するそうですが、余りピカピカに仕上げず旧い電車の持つ空気感を大切にして欲しいと願うばかりです。(この計画の発端となった童話の中に登場する電車教室も、実際にはそれほど大規模に手を入れたとは思えませんし)外観は基本そのままで屋根を補修し、床下機器や運転関係の機器はそのまま存置する方向だということです。(但し運転台は立ち入れないように普段は閉塞措置を取るかも、と言う話です) 折角機器が残っているのだから、低圧電源系や空気系を活用して灯具類の点灯やドアエンジン作動とかいろいろ遊んでみたいと思うのはマニアだけでしょうか…
姿かたちを変えども、この電車を後世に遺すことを決断された、当時の関係者の想いを踏み躙るようなことにならぬように…