いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」

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尼崎脱線事故―その後1

2005年07月28日 20時48分39秒 | 社会全般
脱線事故前後の経過時間に沿って、再現がある程度進んできたようです。当初、非常ブレーキのブレーキ痕が発見されていなかったことから、謎であったわけですが、どうやら非常ブレーキ作動が破損した電柱に接触直後ということのようです。つまりは、タイムラグを考慮すると、左に大きく傾いて、運転台の眼前に電柱がみるみる近づいてきて、その状態からブレーキレバーを「非常用」に入れたということでしょうか。

Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 尼崎脱線事故、ノーブレーキで現場カーブ進入か

記事を以下に転載します。

兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故で、脱線した快速電車(7両編成)の非常ブレーキが作動したのは、現場カーブで片輪走行となり、マンション手前約50メートルにある線路外側の電柱に接触した後だったことが27日、兵庫県警の捜査本部と国土交通省航空・鉄道事故調査委員会の調べでわかった。

常用ブレーキがかけられたのが、非常ブレーキ作動の3秒前だったことも判明。県警は、速度超過した快速電車がノーブレーキでカーブに進入した疑いが強いとしている。

非常ブレーキは当初、半径300メートルの急な右カーブに入る直前に作動したとされていたが、1、4、5、7両目の車両から回収した「モニター制御装置」に記録された時刻、速度などの誤差を修正して再分析した結果、カーブ入り口から、約130メートル入った線路外側の電柱を越えた直後に非常ブレーキが作動していたことが判明した。電柱には1両目後部の側面最上部が接触しており、非常ブレーキ作動時にはすでに車体が大きく外側に傾いていたことが確認された。



以前からブログをお読みの方は、脱線に関する記事を私が書いていたことをご存知かと思います。以前の記事(脱線原因の推測4)を振り返ってみますと、私の単なる空想では常用ブレーキ操作で、カーブ進入前に秒速35m(時速126km)から秒速30m(時速108km)に減速したことになっています。これがそもそも間違えておりました。

カーブへの進入速度が上の記事に出てないですし、常用ブレーキでの減速具合がよく判らないのですけれども、非常ブレーキが作動したのは電柱に接触直後、ということですから、仮に電柱の所で作動開始となったとすると、非常ブレーキ作動5秒前には電柱から約150~170m塚口側あたりに電車はいたのでしょうか(秒速30~34mくらいとするなら)。電車の動きは正確には判りませんけれども、前の私の記事に書いたのは、50mくらい違いますかね。これも、空想で書いているためですね。非常ブレーキ作動3秒前から常用ブレーキということは、電柱から約100m程度塚口側で常用ブレーキということですね。ということは、カーブ進入後にブレーキ開始だったということでしょうか。これも違ってましたね。


私の空想記事自体に殆ど意味などないのですが、公式発表前にある程度想像して書いておけば、自分の空想力の具合が判ります。予想は思ったより近かったけれども、このように何の根拠も無く感覚的に考えた事柄がたまたま近い現象であった場合に、これは予想が概ね当たったというのか?経済論争の如く、たまたま予想と似てたらどうなんだ?と。偶然の産物にしか過ぎないのです。こういう時には、何とも言いようがないですね。


いずれ公式の事故調査報告が出るでしょうから、全容はその時に明らかになるでしょう。


ブラフで終わらせない町村発言

2005年07月28日 16時16分09秒 | 外交問題
町村外相は随分と思い切って発言したようです。G4案とAU案の一本化に向けて努力を重ねていますが、うまくまとまっておらず、米国の「反対投票」要請発言まで出てましたから、苦しい現状を乗り切るには何か手が欲しいところでした。これくらいの牽制は、日本に言う権利があるでしょう。中々いいぞ、スマート町村。

Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <町村外相>「分担金削減世論強まる」理事国入りで“脅迫”


世界各国の注目を集めて、こうした日本の現状を知ってもらうことは意味がある。国民感情として、他の常任理事国がまるでカネを分担してなくて、それなりの責任を果たしてないくせに口ばかり偉そうならば、大幅に減額するべきであると主張したいところである。湾岸戦争の時には、「カネだけ出して、人を出さない」という米国のメディア戦術に嵌められたが、今後は日本もアナウンス効果をよく考え、メディア利用の戦術を用いるべきだな。町村発言については、「地道・地味な日本人」もさすがにキレたか(ぶち切れではなく、怒ってるということで)と、海外メディアが思うならばいくらか効果が期待できるかもしれない。日本の賛成派に回ってくれるかどうかは不明であるが。


もしも、大国が強硬にG4案への反対姿勢を崩さないとなれば、それなりの対応を考慮する必要が出てくると思う。国連に期待できないという失望を、現実的な形で表すことになるだろう。とか?


それから、米国のWTO協定違反に対して報復措置をとると報道があった。報復関税を検討するそうだ。

Yahoo!ニュース - 時事通信 - 初の対米報復関税発動へ=WTO協定違反に対抗-政府

彼氏彼女の関係であっても、いつも穏やかな訳でもなく、時には波風の立つ時もあるだろう。マンネリもあるし、たまには刺激くらいあってもよい。針で突付いてみる程度ですから。言われっぱなし、やられっぱなし、よりはずっとよい。

国連問題や六カ国協議は関係ないよ、と言いながらも、交渉材料として使っていくのは必然。使える手は何でも考えた方がいいですね。


日歯連事件と検察審査会

2005年07月28日 14時47分08秒 | 社会全般
政治献金疑惑で不起訴となったヤマタクが、検察審査会から「起訴相当」という議決を受けた。検察は捜査を慎重に行って、起訴するべきだろう。もしもこれで不起訴のままであれば、検察審査会の存在意義に関わる問題だろうと思う。郵政民営化法案の採決直前で、ヤマタクがしくじったのは確かに痛いが、これも止むを得ない。たとえ起訴となるにしても時間がかかるだろうから、参院採決は終了していると思う。

Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 日歯事件で3千万迂回献金疑惑「山崎拓氏、起訴相当」


本当に何度も失敗を重ねる人なんだな、この男は。今がどれほど重要な時期か知っておろうが。現時点では、説得工作に全力を傾けてもらって、いずれ起訴されたらその時には議員を辞めた方がいいよ、きっと。小泉さんの「温情」がアダとなったな。


検察審査会の議決というのは、「不起訴不当」しかニュースで見たことがなかったから、「起訴相当」なんてのがあると、初めて知りました。しかも、「起訴相当」というのは「不起訴なんかじゃ、ダメじゃないか」という不起訴不当に比べてもっときつく、「起訴があたりまえだろ?」という議決らしい。ということは、検察は起訴しない「相当の理由」がなければ不起訴処分には出来ないだろう。橋本さん他2名だって「不起訴不当」議決でしたもんね、確か。大体、検察の不起訴処分の方針というのもよく判らないからね。今後どうなるでしょうか?


それと「毒まんじゅう」村岡さんの裁判では、橋本・野中・青木三氏の証人出廷が決まったようで、村岡さんとの直接対決となっていくでしょう。こちらも、実際の裏金にする過程で決定権があったのは一体誰だったのか、明らかにして欲しいですね。

Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 1億円ヤミ献金公判、橋本元首相ら3人を証人尋問へ



郵政決戦に備ふ(激闘編)

2005年07月28日 00時53分04秒 | 政治って?
小泉は昔から続いていた系譜を分断するという作戦を、まずは目標にした。それは、政治家と官僚、財閥との人脈を政治中枢から極力排除することであった。そこで政府内の「経済マフィア」を組み直し、従来の権限よりも範囲を広げ、かつ「大蔵」支配の呪縛を解くことにした。その為の「軍師竹中」起用であり、「経済財政諮問会議」重視を掲げたのであった。前世紀末の金融危機と大蔵省腐敗問題、省庁再編によって、昔のような強い影響力を失った大蔵省は、財務省と金融庁に分割されていた(とはいえ、未だ大きな権限は残されているのであるが)。


旧大蔵官僚たちの力は弱まったが、大蔵省と双璧をなしていた外務省は、隠然たる影響力を有していた。その為、例の「国策捜査」と呼ばれた外務省への切り込みが行われたのであった。昔から続いてきた官僚政治の、中心的役割を担っていた大蔵・外務を弱体化させることは、抵抗勢力排除へのファースト・ステップであった。


「構造改革」の旗印の下、官邸と内閣府を中心とした体勢を作るとともに、逓信部門―つまりは本丸の郵政には麻生大臣(非大蔵)を、外務省の弱体化作戦には田中真紀子大臣(非外務)を配した。両者とも、過去の自民党の系譜を継承した議員であった。だが、決定的に違ったことは、大蔵・外務の影響力を受けていない別系統の人材を敢えてぶつけたのだった。財務省人事にも小泉の特徴が現れていた。内閣発足当初、塩川正十郎という、重鎮ではあったが財政政策には実績のない人選をした。これも大蔵の影響を受けない人材で、且つ強力な「ご意見番」を据えることで、抵抗勢力を抑え込もうという作戦であった。そして塩爺の後を受けたのは、かつて郵政や大蔵などを担当し、小泉とともに橋本内閣に入閣していた谷垣であった。彼は、党内では財政関係に実力を徐々に発揮し、金融再生委員会のトップも務め、信頼性や評価は概ね高かった。ただ、小泉が谷垣を登用した理由はそれだけではなかった。国会議員であった父親の、急逝の後を継いで弁護士から議員となった谷垣に、自分と同じ境遇を見出していたのだった。しかも谷垣が郵政も大蔵もよく知っていたことは、小泉改革の推進に役立つことになった。


竹中と小泉の就任当初から、郵政民営化実現のための素地が整っていた訳ではない。まずは経済状況の改善が優先される状況であったし、金融不安があるうちには取り掛かることはできなかった。それに、「9・11」の後の「テロ特措法」問題も直ぐに発生してきたため、「郵政改革」の外堀に辿り着くには長い時間を要することは確実であった。「経済マフィア」や軍師竹中は、「今はまだ早い」と小泉の逸る気持ちを抑えさせた。地道に「城攻め」の準備を整えていったのだった。


小泉の出足が好調過ぎたことで、内閣発足後には逆風が多かった。田中外相更迭の時には相当の非難を覚悟せねばならなかったし、支持率は当然急落した。自衛隊イラク派遣、年金改革で混乱は拍車がかかった。小泉が熱望していた「郵政改革」は、遅々として進まなかった。それでも、発足から2年が経過した03年の総裁選では、大差で再選された。自民党内に「小泉流」が浸透した結果とも言えるし、単に対抗馬不在という側面と、党内では小泉の政治手法が認知され始め、基盤が固まったことを示すものであったかもしれない。


04年の参院選挙では民主党の攻勢を受け、国民からの失望が大きいことが明白であった。しかも、自民党のマニュフェストには、「郵政民営化」を言葉を濁してしか書くことができなかった。小泉は、「今書けなくて、一体いつ公約として達成できるのだ」と怒り心頭であったが、竹中に「今が我慢の時です」と諭されると、「仕方がないな。分かった。今は耐えよう」と言って、選挙優先で堪えたのだった。今までにも、長く耐えてきたのだ・・・あともう少しの辛抱だ・・・
気がかりだったのは、小泉を担いだ大衆の支持が弱まってきていることであった。就任当初の勢いが失われていくことは、小泉にとっては焦りの原因ともなり得た。時間との闘いでもあったのだ。


参院選挙後には、遂に「本丸攻め」開始の準備が進んで行った。就任以来もう3年以上が経過していた。竹中も経済マフィアも攻めの時期に達したと判断したのだった。郵政民営化の法案作成に向けて、本格的に動き出した。年明けの通常国会で法案提出を目指し、党内の根回しも進められていった。秋には基本方針を示し、年初からの国会論戦でいよいよ「本丸攻め」が見えてきたのだった。小泉純一郎がかつて郵政大臣として城に乗り込み、郵政族の強烈な抵抗を受けてから既に13年が経とうとしていた。ここまで長く耐えてきたのであり、決戦を前にして小泉は覚悟を決めていた。自らの政治生命を賭けて改革を実現しなければならない、と。闡明するべきは、郵政という本丸であり、日本の政治体制なのだ・・・。「うつけ」が闡明とは・・・まさに「信長」だな・・・。


05年1月、小泉は又次郎や純也の墓前に報告をしに行った。前哨戦は過ぎました、いよいよ本丸攻めです、と。
施政方針演説で、小泉は明確な宣戦布告をした。それに対して、抵抗勢力は「籠城戦」を画策していた。小泉の挑発的な宣戦布告には、敵方も徹底抗戦の姿勢を見せ、たとえ内訌と取られても小泉などに追従などするものか、と強く反発して見せた。今までこの城は落ちたことのない、まさに難攻不落の城であったからだ。それ程この本丸は強力で、「奸佞の牙城」として存在し、どんな政治家たちも退けてきたことを籠城者たちは知っていた。様々な難癖を付けては、弓・鉄砲を放ってきた。攻め方の自民党執行部も手を焼くこととなったし、時には戦場から遠く離れた城下町にいる民主党が、軍師竹中に向けて竹槍を刺してきたり(笑)、と城攻めは困難を極めた。通常、籠城する方が守りやすく、攻め方は被害が出やすいし数倍の兵力がなければ攻め落とせない。持久戦の様相となって、攻め方は何度も作戦変更を余儀なくされた。小泉は、それでも耐えて待つことに同意していた。彼が今までに学んだことは、耐えることだった。機が熟するまで、待つことも必要なのだと知っていた。


党内手続きを過ぎる前に、非常に激しい抵抗があったが、4月には遂に「三の丸」が落ちた。与謝野政調会長などを先陣とする執行部が決死の突入を図り、門を打ち破って強行突破した。衆院への法案提出まで進むことが出来た。続いて総務会採決を経て、党議拘束というタガをはめたのだが、これが滅法甘かった。敵方もあらゆる手を尽くして籠絡を図り、内閣の一部にも食い込んで寝返り工作を施していた。この頃、国民支持は大きく高まってはいなかった。大衆が動いたのは、年金選挙となった昨年の参院選だけだ。大衆の力が弱まれば、当然小泉の担ぎ手が減ってしまうし、党内発言力も失いかねない。だが、ここで諦めて休戦する訳にはいかない。この難攻不落の城を落とせる人間が次に登場するのは、いつになるのか分からない。


情勢が混迷したまま「二の丸」落とし―衆院採決―が進められていった。今まで小泉は、信長の如く丹念に情報を集め、分析し、勝負を読んできた。しかし、「二の丸」の勝負の行方は、ギリギリまで読みきれていなかった。続々と入ってくる抵抗勢力の動きや、反対票の数。小泉は「いけるだろう。負けはないはずだ。だが、かなり近いな。採決でいい」と指示を出した。7月初旬、「二の丸」が落ちた。衆院採決結果は、激戦の5票差。肝を冷やす結果であった。それでもここまで来れたのだ。「大うつけ」が勝ついくさもあるのだ。


残るは本当の本丸―参院採決のみ。それもあと1週間の辛抱だ。
天下分け目の決戦まで、あとわずか。果たして本丸を落とせるのか・・・
小泉は勝てると信じている。落城は近い。

追記:
昨日まで祖父の名前が、「又次郎」じゃなくて「又二郎」となっていました。訂正しましたが、抜けてるところがあるかもしれません。お詫び致します。