都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

ルーヴル美術館

1993-03-07 | フランス 

1993 Europe日記
1993.3.7(Sun) Paris

 08:30 起床。
 09:00 朝食。
 10:00 出発。

 10:30 東駅にて切符の予約をしようとするがストライキで予約できず。そんなのありかよという感じだが、仕方がないので、荷物だけコインロッカーに預ける。S君は早速ヴェルサイユへ向かう。K氏と私はルーヴル美術館へ。

 11:00 ルーヴル美術館(Wikipedia)着。

ルーヴル美術館 ガラスピラミッド内の入口

 ガラスピラミッドの中に入ると螺旋階段があり、これで地階に下りるとチケット売場。当時はまだ全体が完成していなかったが、それでもそこから各時代のエリアに行かれるような仕組みが既にできていた。

 さすがにルーヴル美術館(ルーヴル美術館公式ページ)は人出が多い。私たちと同様の卒業旅行と思しき日本人も多数。日本語のガイドリーフレットもちゃんとある。音声ガイドもあったが、そちらには手を出さず。

 例によって、短時間でいろいろ見て回る特急ガイドを中心にして見て回る。ルーヴル美術館や大英博物館は一つ一つ丹念に見ると絶対一日では終わらないので、短期の旅行の場合に特急モードになるのは致し方ないことだ。

サモトラケのニケ

 サモトラケのニケ(Wikipedia)など、美術の教科書などに出てくるような有名なものがあちこちにある。大英博物館に行った時にも感じたが、ああ、これはルーヴル美術館にあるものだったのか、ということが何度もあるのだった。

 彫刻や絵画は、教科書や図集などで見ると大きさが分からないことが多い。もちろん、像高や絵のサイズが欄外に記されていたりもするのだが、それでも感覚的に大きさを把握していないことが多く、実際に現場で見ると、あれ?、こんなに大きいのか!とか、逆に、意外に小さいのだな~、と感ずることがしばしば。作品の記録写真としては他の見学者がいない方が良い写真になるのだろうが、見学者が写っている方が実際の大きさや高さがよく分かる。サモトラケのニケが、こんなに見上げるような位置どりで置かれているのも知らなかった。

 観光客が多いせいもあって、館内はややガサガサした雰囲気。

 常設展エリアでは、ストロボを用いなければほぼ写真撮影がOKだった。私自身はほぼどこでもストロボOFFなのだが、おばちゃん観光客などはオートでいつも撮っていてストロボOFFのやり方が分からず、ストロボをバンバンたいていたりする。人が多い状況ではいちいち注意をしている余裕もないのか、館員もなんだかお手上げみたいな感じ。

 広い館内でコンパクトカメラの小さなストロボを使っても、後方が真っ暗になって見た目と全然違う状態になるだけので、ストロボを使う気には全くなれない。自然光を上手く取り入れたりしているので、館内は比較的明るい。ISO400のフィルムを使えば、コンパクトカメラであっても、カメラをしっかりホールドして息を止めてそっとシャッターを押せば、それほどぶれずに撮れる。ただフィルムの場合、デジカメと違って現像してプリントしてみるまで手ブレしたかどうかは分からない。海外旅行などの場合、結果は帰国してからになり撮り直しもきかないので、ちゃんと撮れたか心配になることも多かった。

 昔からあった展示スタイルらしいのだが、絵が上下二段に並べられたりしていたのには、ちょっと驚いた。日本のように、恭しく一つ一つ並べて間を開けて・・・、なんてことがなく、どんどん並べてしまっている。たくさんの収蔵品があるので、出来るだけたくさん見られるように、ということなのだろうか? その辺のポリシーがよくわからん。

 後になって調べてみたら、昔は絵の展示は天井付近までびっしりということもあったようだ。「コルネリス・ファン・デル・ヘーストの収集室」(ヴィレム・ファン・ハーヒト)という絵などを見ると、壁全面を埋めるように絵が飾ってあって、ちょっと気持ち悪い感じさえする。ルーヴルの場合、敢えて昔のスタイルで展示しているのかもしれない。美術史などを専攻している人なら知っているのかもしれないが、そのあたりを知らずにいると、なんだか展示物の物量に圧倒されて、それだけでちょっともう疲れてしまうのだった。

 もともとが宮殿建築なので、展示されている絵画以外にも壁画や彫刻があり、そちらもなかなかのもの。西洋の古い絵画はこういう場所で鑑賞することが前提になっているのだなと改めて思う。しかし、部屋と部屋をつなぐ通路の上方、頭上高くに絵が展示されているのは、日本では見たことがない。高い壁面を見上げて鑑賞するというのはかなり意外な体験。

「カナの婚礼」ヴェロネーゼ(Wikipedia

 絵画の本などには、実際の大きさも情報として記されているが、ヨコ6mとかの巨大な絵画になってくると、なかなか写真では想像が付かない。現場で見ると、うわっでかいんだなぁと改めて思う。ルーヴルの場合、そういう絵がなんだか無造作に飾られている感じで、それにもちょっと驚かされる。

「7月28日-民衆を導く自由の女神」ドラクロワ(Wikipedia

 モナ・リザ(Wikipedia)なども見たのだが、周囲がやたら混雑していた印象しかない。絵自体はいろんなメディアを通して見ているせいか、「とにかく見たぞ」的な感じで、確認したというか、スタンプラリーでハンコを押して一段落、みたいな感じになってしまった。だから写真は撮っていない。

 ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」は超有名物件だが、この時はなぜかその周辺が空いていたので一枚。あと、記憶に割合はっきりと残っているのは、「ナポレオン1世の戴冠」(ダヴィド)や、「グランド・オダリスク」(アングル)あたりだろうか。

ミロのヴィーナス(Wikipedia

 今はどうか知らないが、1990年代に訪れた時は、ミロのヴィーナスもなんだか素っ気ない感じで展示されていた。有名な彫刻なのにこんな近くで見ても良いのかしら? という感じ。日本だと、地震で倒れたら大変、みたいな感じもあって、近くにも寄れないのだが・・・。でもこれ、レプリカ展示だったのかな?

 K氏は特急で見学。12時過ぎにルーヴルを出てしまう。私は少しのんびりして、13:30にルーヴルを出る。といっても私の滞在も2時間半弱。じっくり見たとはとても言えない。

 ルーヴル美術館から絵はがきを出したりもする。送料7.5FFr。意外に安かったので船便なのかもしれないとも思ったが、後で確認したらエアメールは3.7FFrだった。2通で7.4なので、0.1計算が合わないが、たぶんOKだ。

ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21
Google Map 1993.03 Europe

#新しい建物 海外  #古い建物 海外  #城・宮殿 
#吹き抜け・アトリウム  #屋内階段  #ミュージアム 
#現代建築  #I・M・ペイ  #世界遺産 
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Kensington Palace

1993-03-03 | イギリス 

1993 Europe日記
1993.3.3(Wed)

07:50 起床
08:20 朝食
09:30 出発

10:00~10:40 Kensington Palace見学。

Kensington Palace(南側正面)   Google Map
Wikipedia > ケンジントン宮殿

 見学したといっても建物内部の記憶はない。Wikiによれば、一般に開放されているのは一部の庭だけで、今も王室関係者が住んでいるそうだ。当時もそんな感じで、外側だけをなんとなく見て終わったような気がする。短期間にいろいろ見たので、個々の細かいことはやはり忘れてしまっているのだ。

 私達が訪れた1993年頃は、チャールズ皇太子とダイアナ妃が住んでいたのだそうだ。当時は、へぇ、ぐらいなもので、後々の事など知る由もないのだった。

東側から沈床池(Sunken Garden Pond)とKensington Palace

 王室関係者が住んでいるのに、比較的建物のそばまで行くことができ、周辺が公園のようになっているのは、やはり日本の皇室とは感じが異なる。

 天皇は江戸城の西の丸にお住まいなので、周囲にぐるりと濠が巡らせられ、土塁と石垣の向こう側の全く見えない中であるし、皇太子がお住まいの東宮御所も、周囲は塀や石垣で囲われ、邸内の様子はほとんど見えない。そういうのが当然だと思っていると、柵しかなく、建物群が容易に見える宮殿というのは、ちょっと不思議に思える。

 後々、ヨーロッパの宮殿にはそういうタイプも多いことを知るわけだが、一口に城とか王宮といってもいろいろなタイプがあるものなのだということが、バッキンガム宮殿前を訪れた時同様、印象的だった。

 この日はこの後3人それぞれが個別に行動することになり、18:00にNational Galleryの前で待ち合わせることにして、ここで解散する。

ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21

#城・宮殿  #パノラマ  #公園 
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ロンドン塔(Tower of London)

1993-03-02 | イギリス 

1993 Europe日記
1993.3.2(Tue)

 バスに乗ってロンドン塔へ。
 12:00~14:00 ロンドン塔を見学。拝観料4.8ポンド。

ロンドン塔全景   Google Map  Click → 800×331pixels
建設年:13C
Wikipedia > ロンドン塔

 夏目漱石の「倫敦塔」にも描かれているが、ロンドン塔は基本的にお城だ。牢獄としても使われていたことがあるという高い塀と堀で囲まれた要塞だ。いわゆる展望塔などではない。

 城はテムズ川下流の河畔近くにあり、外側は石造の厳めしい擁壁で固められている。

城門(Byward Tower)

 橋を渡って城門をくぐる。他に西洋城郭の城門を実際に見たことがほとんどないので、あまり比較のしようがないのだが、モスクワのクレムリンの城門に較べると、地味で古典的な印象。

クラウンジュエルが展示保管されているウォータールー兵舎(Waterloo Barracks)
武器博物館となっているホワイト・タワー

 ホワイト・タワーの名は、昔、この塔が漆喰で白く塗られていたからなのだそうだ。

 内部にはダイヤで飾り立てられた王冠(クラウンジュエル)、いわゆる西洋の甲冑、刀、ギロチン?などなど、昔の武器がたくさん展示されていた。日本人にはあまり馴染みのない武器類なので興味深い。

 少なくとも当時は写真撮影不可だったので、それらの写真は全くない。20年以上経つとそれらの記憶はぼんやりして全て怪しくなってしまうのだった。

塔内のらせん階段

 石造の狭く急ならせん階段というのも日本ではお目に掛からないものだ。現場ではわいわい言いながら上り下りしていたが、この窮屈で独特の圧迫感を持つ空間というのは、テレビなどで見て知ってはいても、実際に体験してみると、なんとも言えない感覚をもたらす。牢獄としても使われていた倫敦塔の記憶とも相俟って、死に近い香りがするかなり陰気な空間だ。

地下の教会

 地下教会はロマネスク様式だろうか。派手な装飾は全くなく、薄暗い。厳かな雰囲気の漂う空間である。祈りに集中できる空間だなぁとは思うのだが、陽気にポジティブにはなれない空間だ。ともするとネガティブ思考になったり、鬱になりそうで、正直言ってあまり長時間は居たくない。

The Queen's Houseと中庭

 外側は厳めしいが、中庭側は穏やかで静か。The Queen's Houseはハーフティンバーの木造3F+屋根裏の建物。ヘンリー8世(Henry VIII, 1491~1547)の時代に建てられたそうだ。

 石造の冷たく薄暗い空間にずっといたので、緑があって、木造の建物を目にするとなんとなくホッとする。

 ロンドン塔とイギリス王室の歴史に関して・・・。なんだかおどろおどろしい話があったな・・。

 帰国後、ヨーロッパ各地の観光地の記憶は何度も呼び起こしたりしたが、ロンドン塔はどうもあまり良い感じの記憶が引っ張り出されてこない。ロンドンの気候もあって、なんとなく陰気な場所だったという記憶ばかりが甦る。

 ダイヤ、武器、その他様々・・・。今日もまたいろいろ沢山のものを見てしまった。すごいなぁとは思ったが、なんとなく満腹感で一杯で、見物疲れしてしまった気分。

 疲れたので、ここで昼食。熱いジャガイモにミートソース、ホットチョコ。3.1ポンド。

 その後、昨日同様タワーブリッジに行ってみるが、結局今日もタワーには登れず。残念だが諦めて次へ進む。

近代文化遺産見学案内所 >
  ロンドン塔 行き方、見学のしかた
  ロンドン塔 ホワイト・タワー
ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21

#古い建物 海外  #教会  #城・宮殿  #塔  #屋内階段 
#13世紀  #ロマネスク  #世界遺産 
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バッキンガム宮殿(Buckingham Palace)

1993-03-02 | イギリス 

 10:30 Green Parkにて下車。
 公園内を通ってバッキンガム宮殿前へ。騎兵が目の前を通り過ぎる。

バッキンガム宮殿(Buckingham Palace)   Google Map
建設年:1837

 バッキンガム宮殿ってのはつまるところ日本の皇居みたいな所なのか?などと言いながら行ってみると、皇居とはかなり様子が違う。海外で宮殿に行ってみると、当たり前かもしれないが、日本の皇居が西洋の一般的な王宮や宮殿とはかなり異質なものだということに気づくことになる。

 日本の城や御殿は、門の奥深くに建物があって、門前からは建物が全然見えないことが多い。だが、バッキンガム宮殿は柵のすぐ内側に建物がある。都市全体が城壁で囲まれているので、その中はみんな身内という感覚からなのかもしれないが、徐々に奥へ進んで期待感を高める構造を持つ、日本の建築や都市などと較べると、やや拍子抜けしてしまう。やはり日本の都市は「みえがくれする都市」なのだろうか。

Wikipedia > バッキンガム宮殿
ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21

#古い建物 海外  #城・宮殿  #新古典主義 
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もういちど赤の広場

1992-10-14 | ロシア  

1992.10.14(Wed) Moscow

 14:00 午後の観光のため、またホテルを出発。最初に15世紀の寺院に寄る。

 小さい建物だが古い寺院だと聞いて、期待してバスを降りて中に入ってみると、内部が全部土産物屋になっていた。

 どうやらここはバスの運転手がつるんでいるところらしく、勝手に連れてこられてしまったということに気づく。露店で見たペンやマトリョーシカが大量に並べられていたが、露店では20円程度だったボールペンが1ドル(約120円)程度で売られているので、ばかばかしくなってすぐに建物を出てしまう。しかし寺院がこのように転用され、内部の壁も真っ白に塗られ、小綺麗になっているのは不思議な感じだ。

Big Stone Bridge(Большой Каменный Мост)から
クレムリンとモスクワ川。遠方はロシアホテル   Google Map

 バスでモスクワ川を渡って赤の広場へ向かう。橋の上では、車内からクレムリンの全貌を見ることができた。道路の渋滞に乗じて車内からパノラマを撮影する。

ロシアホテル前の広場から、トロリーバスと
コテルニチェスカヤ川岸通りの高層アパート   Google Map

 14:40 赤の広場に到着。昨日とは違って今日は天気も良く、午後はそれほどは寒くない。ロシアホテル前の広場からははっきりと遠くの景色が見えていた。

赤の広場   Google Map
左 クレムリン  中央 歴史博物館  右 グム百貨店

 広場のパノラマを撮影する。日本にはこのような広場は無い。真ん中に立ってみると、やはり広場というのは周囲に建つ建物によって活かされている物だと改めて感じるのだった。

聖ワシリー大聖堂   Google Map

 15:00になった時、広場にいた観光客が一斉にレーニン廟へ向かって走り始めたので、なんだか分からないまま、僕らも一緒になって走る。途中で日本のおばちゃん達に「あんた達どこから来たの?」と声を掛けられる。「東京の大学生です。」と答えると「あら、あたし達は名古屋から来たのよ、こんなところで一緒に走るなんておかしいわねえ。」などと、ケタケタと笑いながら走っていくのだった。

衛兵の行進。後方はレーニン廟   Google Map

 レーニン廟では衛兵の交代式を行っていた。観光客にしてみれば、この手の儀式はやはり見逃すわけにいかないものだ。銃を携えた衛兵が3人、独特の歩き方で歩いていく。レーニン廟の衛兵は、ソビエト時代に革命の英雄の遺体を安置した墓所を警備するために設けられたが、レーニン他の位置づけも変わり、観光客向けのショーのような側面もあるようだった。また後年、この衛兵は廃止されたとも聞く。

1992年10月 ロシア日記・記事一覧

#古い建物 海外  #パノラマ  #広場  #城・宮殿  #教会  #自動車 
#デパート・百貨店  #高層ビル  #ビザンティン  #スターリン様式  #世界遺産 
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赤の広場

1992-10-13 | ロシア  

1992.10.13(Tue) Moscow

 赤の広場の入口でバスを降りる。モスクワ川とこれに架かるウスチンスキー橋、そしてモスクワに建つ7つの超高層ビルの一つであるコテルニチェスカヤ川岸通りの高層アパート(Google Map)が、どんよりした空の中にぼんやり見えている。

スパスカヤ塔とクレムリン外壁

 午前中はいきなりクレムリンの中に入ってしまったが、今度は赤の広場側から壁越しにクレムリンを望むことになる。広場の周囲にはレーニン廟、クレムリン、聖ワシリー大聖堂(ポクロフスキー大寺院)、グム百貨店、歴史博物館などの壮麗な建物群が立ち並ぶ。

聖ワシリー大聖堂   Google Map
Wikipedia - 聖ワシリー大聖堂

 聖ワシリー大聖堂は、モスクワの映像で必ずといってよいほど現れる、カラフルなネギ坊主が沢山付いたあの寺院だ。

 時間とかの都合で、中には入れなかったが、あやしのその巨大な姿を見ることが出来て感動したのだった。

グム百貨店   Google Map
Wikipedia - グム百貨店
グム百貨店東南側の建物

  赤の広場   Google Map
  クレムリン(左)、レーニン廟(中央)と、ニコリスカヤ塔、国立歴史博物館(右)
  Wikipedia - 赤の広場

 赤の広場は想像以上に広い。幅もかなりあるが、なにしろ長い。ここで革命記念日に戦車やミサイルを伴って軍隊が行進し、赤一色になるのは確かに強烈な光景なのだろうなと思う。そしてそれはTV中継されてこれまで世界の人々に脅威を与えてきたのだ。

 しかし普通の日の赤の広場は人影もさほど多くなく、観光者ばかりだ。その雰囲気は日本の皇居前広場と似ていなくもない。後年、中国の天安門前広場にも行ったが、首都の中心部には何らかの形でこのような場所があるものなのだなと感じる。

 広場からはクレムリンの城壁越しにロシア連邦大統領府が見える。ドーム状の屋根の頂部には白青赤の三色旗が翻っている。広場にて記念写真を撮る。我々日本人はまさかこんなに寒いとは思ってもいなかったので、一様に寒そうにしていたが、地元のターニャさんは慣れているのとちゃんと準備しているので何ともないようだった。

赤の広場から、クレムリンのスパスカヤ塔
1992年10月 ロシア日記・記事一覧

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#16世紀  #19世紀  #20世紀  #デパート・百貨店 
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クレムリン

1992-10-13 | ロシア  

1992.10.13(Tue) Moscow

 12:00 ホテルから出発。早速クレムリン(Google Map)へ向かう。

Wikipedia - クレムリン
トロイツカヤ塔

 12:20 バスを下車。ユラさんがガイド。相変わらずめちゃくちゃ寒い。トロイツカヤ塔から旧城内に入る。

アルセナール(旧兵器庫)

 城門を通って最初に見えてくるのは旧兵器庫だが、これも立派な様式建築だ。ベースカラーは黄色で、窓周りや、付け柱が白い。

ロシア連邦大統領府(左)とロシア連邦大統領官邸(右)
左奥はニコリスカヤ塔

 昔はモスクワは城郭都市で、クレムリンが街の全てだったという。先程の城門は街の門だったのだ。現在、街は拡大し中に住む人はいない。教会や寺院、大統領府、大統領官邸などだけが残るクレムリン内部は意外にだだっ広い。小雪の中を足早に歩く。

「大砲の皇帝」前にて
Wikipedia - ツァーリ・プーシュカ(大砲の皇帝)

 「大砲の皇帝」と呼ばれる巨大な大砲の前で記念写真を撮る。この大砲は本当に使ったわけではないようだが、とにかく見応えのある代物だ。

「鐘の皇帝」
Wikipedia - ツァーリ・コロコル(鐘の皇帝)

 そばには「鐘の皇帝」と呼ばれるこれまた巨大な鐘もある。こちらもとにかく馬鹿でかい。こんなものを吊り下げて鳴らすことが出来たのか、はなはだ疑問だ。鋳造時か設置時に出来た裂け目が、人の背丈ほどの穴になっている。ここでも記念写真を撮る。雪で空が鈍色なので、露出が狂う。また、寒いので電池の消耗も気になる。何度も書くようだが、とにかくめちゃくちゃ寒い。K氏とO氏は手袋を持っていなかったので、ひどく寒そうにしてずっとポケットに手を突っ込んでいた。

イワン大帝の鐘楼

 場内にはいくつも寺院がある。まずイワン大帝の鐘楼を眺める。塔が立ち、大きな鐘がいくつも吊り下げられた鐘楼だ。ウラジオで見ていた寺院は、やはり地方の小さな建物だったのだという認識を新たにする。

ウスペンスキー大聖堂
Wikipedia - 生神女就寝大聖堂(ウスペンスキー大聖堂)

 次にウスペンスキー大聖堂を見る。ロシア正教の寺院建築にはいくつも金色のドームが載っている。たくさんのドームは集中式と呼ばれ、ビザンティンの教会建築の特色だ。外から見ると、軒先にはいくつもアーチが掛かっていて、内部の天井はドームと交差ヴォールトによって支えられているようだ。

 大聖堂入口には、モザイクタイルで描かれた巨大な聖像がある。内部に入ると、内陣の壁一面に描かれたイコンが非常に立派だ。内部の撮影が禁止され写真に撮れなかったので、記憶はひどく曖昧なものになってしまったが、思わず居住まいを正してしまうような荘厳さだった。外は小雪が舞い、どんよりして見通しも悪い。外が薄暗いので教会内部も暗く、数々のイコンが神秘的な印象を強く与える。中はやはり暖かい。モアーッとしてサウナに入ったような気分にさえなる。そういう意味で気持ち良いので、寒い外へは出たくなくなってしまうのだが、時間もないので意を決して外へ出て、他を見て回る。

ブラゴヴェシェンスキー大聖堂
Wikipedia - 生神女福音大聖堂(ブラゴヴェシェンスキー大聖堂)

 次にブラゴヴェシェンスキー大聖堂を、そしてアルハンゲリスキー大聖堂を見る。一つずつ内部を見て回ってそれぞれ感動したのだが、写真等には残しておくことが出来なかった。せめて絵葉書や全体のガイドブックを購入しておけばよかったと悔やまれる。

アルハンゲリスキー大聖堂
Wikipedia - 聖天使首大聖堂(アルハンゲリスキー大聖堂)

 クレムリンは広い。まだ見るところはあるようだ。とにかく寒いのだが、体を丸めてユラさんについていく。この日は今年の冬になって一番寒い日だと彼も言っていた。朝の最低気温は-8℃だったらしい。どうりで全く寒いわけだ。

ロシア大統領府(左)とスパスカヤ塔

 ロシア大統領府(旧ソ連最高会議幹部会館)とスパスカヤ塔のそばを通る。大統領府はロシア共産党の中枢なのだが、警備は特になく、何となくそばを通ることが出来てしまった。スパスカヤ塔には大時計がつく。城壁には見張り用の塔がいくつもあるが、その中でもひときわ大きく目立つ塔だ。塔の頂部につく赤い星が共産主義国家を象徴している。一党独裁の社会自体は好きではないが、建物的にみるとこれが格好良く見えてしまうから困ったものだ。顧みて、日本に国家の偉大さを示すような建物はあるだろうか?。なんだかみんなスケールが一回り小さいようだ。

大クレムリン宮殿(右)と武器庫(中央奥)、ボロビツカヤ塔(左)

 大クレムリン宮殿を外から眺め、武器庫(武器宮殿)のわきを通ってボロビツカヤ塔からクレムリンの外へ出る。大クレムリン宮殿は黄色い壁と白い柱の装飾が壮麗で、普通なら5~6階建てに相当する高さの3階建て(内部は2階建て)の巨大な建物だった。しかしこの時は残念ながら中には入れなかった。黒塗りのベンツが列をなして遠くを走っており、誰だか知らないが要人の出入りもあるようだった。

1992年10月 ロシア日記・記事一覧

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1992-01-10 | 記事一覧 
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Tokyo Lost Architecture
静岡の建築・土木構築物
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