都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

フェニックス空港

2021-05-18 | アメリカ 
フェニックス空港
撮影地:アリゾナ州 フェニックス
    Phoenix, State of Arizona
Photo 1962.9.18

 半世紀前に父が撮った写真
 父は時々不思議な写真を撮った。
 写真はフェニックス空港の駐車場(たぶん)。グランドキャニオンへの旅行の途中に立ち寄った際のものらしいが、何故撮ったのか全く分からない。何を記録に残したかったのかさっぱり意味不明な写真で、母も不思議がっていた。
 昔の車がたくさん写ってて、観光地でもない半ば日常の風景で、個人的には好みなんですが・・。

両親がアメリカで撮った街並み
#街並み 海外  #自動車 
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ボストンの家

2021-05-15 | アメリカ 
両親がボストン在住時に住んでいた家
撮影地:27 Maplewood St, Watertown, MA, United States
Photo 1960〜61

 50年以上前のことなので、両親も当時の住所などはうろ覚え。日記や手紙も残っていなかったが、Watertownという名前と当時の勤め先からの時間距離で、およその見当を付けて、Google Street Viewを見ていったら、当時と全く同じ建物を発見。木造2階建て家屋で、ほとんど変わらずに現在も使われているようだ。

 両親は写真の建物の2階の一部を間借りして住んでいたそうだ。
 現在の同所は以下。

Google Street View
両親がアメリカで撮った街並み
#街並み 海外  #住宅系  #戸建て住宅 
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Atlantic City Boardwalk

2021-05-12 | アメリカ 
Atlantic City Boardwalk
所在地:ニュー・ジャージー州 アトランティック・シティ
    Atlantic City, State of New Jersey
完成年:1870年
Photo 1960〜61

 父が昔撮った写真。両親が忘却していて、東海岸の海沿いの観光地ということぐらいしか覚えておらず、場所が全く分からなかったのだが、写真中の店の看板に画かれた文字を頼りに検索したら、数分で場所が判明してしまった。

 元の写真を拡大して見ると、看板ではJames'の筆記体と、Chocolate Sealed Salt Waterのゴシック体文字が読みとれる。Waterの後の文字は手前の建物で隠れてしまっているがかまわず検索すると、James' Chocolate Sealed Salt Water Taffy というキャンディメーカーの商品がヒットする。そこで、その商品名で画像検索に切り替えて検索を続けると、同じ場所で撮られた画像が出てきた。それで撮影場所がアトランティックシティにあるボードウォークだったことが約60年ぶりに判明した。

 手前の低層のお店は既に無いが、左奥にファサードが見える劇場(中央奥のアーチがホール部分)は今も残っている。Pabst Blue Ribbonはビールの銘柄。

 現在の同所は以下。

Google Street View
両親がアメリカで撮った街並み
#街並み 海外  #道 
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ニューヨークの街角

2021-05-09 | アメリカ 
ニューヨークの街角  Photo 1961

 半世紀前に父が撮った写真
 ロックフェラー研究所のそば。Google S.V.で探したら、1st Ave.とEast 65 St.の交差点付近から南方向に撮ったものだと判明。

 路上駐車してる車(右側)は、1952年式のDodge Regent。凹んでたりサイドモールが無かったりして結構ぼろい。父も中古のDodgeに乗っていたというが、この車ではなかった。

 現在の同所は以下。

Google Street View

 写真中央の奥、ビルのコーナー部にある店舗(Goldberger's Pharmacy)は現在も同様の看板を掲出して営業を続けているようだ。

両親がアメリカで撮った街並み
#街並み 海外  #古い建物 海外  #自動車  #道 
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セントラルパークのボートハウス

2021-05-06 | アメリカ 
ニューヨーク・セントラルパークのボートハウス
The Loeb Boathouse Central Park, New York City
Photo 1961

 実家にあったスライド写真。ニューヨーク・セントラルパークのボートハウスは、半世紀前とほとんど変わっていない。

 母親からセントラルパークの写真だと聞かされ、GoogleやGoogle Street Viewで池の畔に建物がある場所を探したらすぐに場所が分かった。風景があまり変わっていないのにびっくり。

両親がアメリカで撮った街並み
#街並み 海外  #公園  #海・川・池 
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ロックフェラー大学の大学病院から

2021-05-03 | アメリカ 
ニューヨーク、ロックフェラー大学の大学病院から西南方向
Photo 1961

 半世紀以上前に父が撮った写真(リバーサルスライドから)。下2枚は上写真の部分拡大。
 Google Mapなどで確認したところ、手前左の四角い高層ビルも、手前右のセットバックした少し古めかしいビルも共に現存するようだ。

 1枚目写真の遠方のビル群、左側がクライスラービル、中央がエンパイアステートビル、 そのエンパイアステートビルを隠している足場・鉄骨はパンナムビル(1963年完成)の建設現場。パンナムビルは1991年からはメットライフビルという名だそうだ。

 1枚目写真の遠方のビル群、右の方にはRCAビル(当時)などが見えている。
 RCAビルはGEビルになり、現在はコムキャストビルディングと名を変えている。

両親がアメリカで撮った街並み
#街並み 海外  #古い建物 海外  #高層ビル  #眺望 
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景山公園

1995-09-04 | 中国   


 電気店


 幹線道路を走る自転車

13:30〜14:40 景山公園見学。


 公園入口

 景山は、紫禁城が造られたときに堀を掘った残土を積み上げて造られた築山。紫禁城(故宮)の北側にあり、故宮を望む眺望スポットになっている。


 園内の丘へ階段を上っていく


 丘の上の東屋


 東屋から故宮を望む


 東屋から故宮(北東部)


 公園中央の展望楼閣へと上る


 公園内中央の丘から故宮

 北京市の都市軸とも言える景色を見る。日本ではあまり見られない景観。都市軸に対する強い意識が感じられる。グリッド状の街並みなので、なおさらそれが都市の中で明確になっている。パリなどの一本軸とも異なり、周辺も統一された強烈なものだった。


 景山公園は中国の人も行きたい場所


 記念写真をたくさん撮っていた


 景山公園から北海公園・白塔


 景山公園から中海方面


 景山公園から北方、地安門大街、鼓楼


 東屋


 丘からまた下界へ下る


 公園周囲の塀


 公園南側正面から、楼門と丘の上の楼閣

海外の建物と街並み
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北京市都市計画学会訪問

1995-09-04 | 中国   

9:00 北京市都市計画学会を訪問
 東安閑?というところにあるオフィスで北京市都市計画学会代表の方などと懇談し、北京市の現況と都市計画の概要、問題点について伺う。
 部屋には北京市の都市計画図が貼ってあり、スライド式で引っ張り出すと別の図も見られる。以下は、北京市都市計画学会の方による説明。


 北京市都市計画学会にて


 北京市150km圏の図で、北京の北西・北東、60〜70km付近のダムから水を得、二つの川の間にあるのが北京市だという。北京市内は海抜50m程度。南部は比較的平坦で、周囲の山には標高1,200m程度のものもある。

 ニュータウンが14、普通の街が140、衛星都市も10〜30万人規模のものがいくつかあるという。農民の流入も多い。万里の長城のある八達嶺方面は、沿道も賑わっているという。郊外との間はバイパス道路で繋げている。中心都市から郊外へは高速道路を全て造る予定。環状道路も10km、30km、60kmエリアで造り始めている。

 郊外の森林等は自然環境保護地区とされ、10カ所程度ある。市内にも点々と保存地区がある。また、北京市は首都として800年の歴史があり、中国の歴史文化都市に指定されている。城壁は最近は取り壊され、今は高速道路とされている。1945年の建国当時は、城壁の外にはほとんど建物はなかったが、その後、都市計画方針が考えられ、昔の旧市街地のグリッドを拡大継承することが考えられている。ただし周囲は放射道路にしている。

 北京から南東への道は天津に至り、その先まで続き、京津道特別地区になっている。北東は空港に繋がる道。南西への道は香港、広州へ至る道である。

 全体計画は分散集団式と言われている。中心区は300km2、周囲にはグリーンベルト、その外側に10ヶ所のベッドタウンが計画されている。鉄道は将来的には東西南北、4つのターミナルを作るという。外側には環状鉄道が走り、上海へは新幹線を作る予定。さらに南東にはコンピューター等の工業開発地区を作るという。

 北京の都市計画区域は1,040km2。北京市は政治・文化の中心であるだけでなく、経済的中心地でもある。しかし市内の重工業等は外へ徐々に移転していく予定。騒音や汚染が少なく、水電力を大量には使わず、生産性の良い工場を内部に入れる。土地利用は重要なことである。人口が多い一方で利用可能な土地はそれほど多くない。北京市域の人口は農業等の18区県を合わせると1,000万人。現在、市区の人口は500万人で、最大でも600万以内に規制する方針で、周辺からの流入規制を厳しくしている。また、北京でも高齢化は進んでいる。

 タクシーは約6万台。自動車は90年代に入って相当増えている。大気汚染、渋滞問題が深刻。第2環状道路はメインと側道で二重になっている。この道は昔の城壁の跡を活用しているが、ところどころには城門が残り、濠も一部残されている。この第2環状道路内は、面積63km2、人口174万人、オフィスの床面積は3,000万m2。

 職住近接が政策的に行われているので、日本のような遠距離通勤はあまりない。従って、昼間・夜間人口の差はあまりない。土地が国家所有なので道路などは通しやすい。土地収用はかなり強制的に可能である。1年で1,300万m2の床面積の建設が行われている。半分以上が住宅で、200ヶ所程度の住宅建設を国が同時に行っている。インフラサービス施設の建設も同時に行っている。

 市区内では高さ制限がある。故宮の周囲では6m以内。外側に向かって、6、9、12mと徐々に高くなっていく。第2環状道路の外では20m以上の高さ、第3環状道路の外では60m以上の超高層も建設可能。景観として高層と低層を組み合わせてリズムを作ることを考えている。

 高層はオフィスが多く、住宅は5、6階が多い。1階の階高は約2.7m、6階で約18m。6階建てまではエレベーターなしでも良い。日当たりはやはり結構気になる。人口密度は、600〜800人/ha である。1人あたり1m2の緑地を確保しようと考えており、緑の確保のために9階建てを進める案もある。そうする方がエレベーター付きになって良い面もある。現在、ほとんどの住宅は18階建て以下。住宅は50〜60m2。目標としては1人あたり18m2にするつもりだが、会社や所属によって異なり、5m2以下の人もいたりするから、その解決が先である。現在はほとんどの人が借家で、国か会社から家を借りている。長く住んでいると国から安く買うことができるが、買ってから5年以内は売ったり貸したりしてはいけない。

 新しい建物はほとんどが水洗トイレである。古い建物の中にはそうでないものもあるが、改善が進んでいる。日本の保存地区での改造(水洗化など)も参考にしている。故宮周辺など、密集地では一部住民を移転させて人口を減らしてから改造を行ったりしている。景観を守りながら住環境を向上させることが課題。ヨーロッパ式の現代的都市にするつもりはない。北京らしさを守り、特徴を持つべきだと考えている。

 故宮前には軸線があるが、これを南北にも伸ばしていくつもりである。大規模な建物の設計を審査する際には、伝統、多民族、時代の特徴、新しさを考慮する。北京市では147の建物についてアンケート調査を行った。認められているのは50程度である。

 民族文化宮は最も評判が良い。2番目は国会議事堂、3番目は天安門前の人民大会堂、4番目は五輪ホテル、5番目は毛沢東記念館、6番は昔の四合院を改造したもの、7番は中国美術館、8番が大観園。

 ゴミ処理は、いちど市内の集積場へ集めそれを郊外の処理場へ持っていく。やはりゴミ処理は問題になっている。



 北京市都市計画学会から


 北京市都市計画学会そばのアパートメント


11:10 マイクロバスで、第2環状線(長さ28km)を左回りに一周しながら街の説明を受ける。この道が旧市街と新市街の境なので、道の左右の景色が全く異なる。


 第2環状線から旧市街を囲む濠


 第2環状線

12:00〜13:10 市街西側の住宅街の中にあるレストランで懇親昼食会(北京ダック)。

海外の建物と街並み
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アクロポリスの丘周辺

1993-03-20 | ギリシャ 

1993 Europe日記
1993.3.20 Sat Athene〜

09:30 起床。最後の2、3日はスケジュールをゆったりさせて、のんびり起きた。
10:30 ホテルをチェックアウト。昼過ぎまで荷物をホテルの1Fで預かって貰う。

11:00 朝食。今日も例のお店にお世話になる。790Drs。本当に美味しい。

11:30 市内を散歩。金のネックレスに出会う。

 また昨日の丘の方へ向かう。破れた柵の間から入り込んだら、絵はがきでも見たアクロポリスの丘の景色に出会えて感激する。

 アクロポリスの丘を南側へ回り込み、劇場跡へ向かう。

12:00 200Drsを払って見学。今日も日差しは強く、暖かい。

 劇場跡の上段から(2枚の画像を合成)。

 最前列の座席部分

 劇場後方の丘から。菜の花?がたくさん咲いていた。

 劇場後方の丘からフィロハポス記念碑のある丘方面遠望

#街並み 海外  #眺望  #パノラマ  #山  #公園  #塔 
#ギリシャ  #野外劇場・スタジアム  #神殿  #世界遺産 
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ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21
Google Map 1993.03 Europe
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リカヴィトスの丘からの夜景

1993-03-19 | ギリシャ 

1993 Europe日記
1993.3.19 Fri Athene

20:00 ホテルをまた出て、一人でリカヴィトスの丘のケーブルカーに乗りに行く。

20:30 ケーブルカー(350Drs)に乗る。夜だが、結構観光客が来ている。日本人は全然いなかったが、上に行ってからしばらくしたら2人の日本人がやってきた。

 やはり夜景はきれいだ。アクロポリスの丘がライトアップされていた。残念ながらパルテノン神殿はライトアップされていなかったが、エレクティオン神殿が光を浴びて輝いていた。この丘じたいも照らし出されていたので、やや手前が眩しかったが・・・。

21:00 ケーブルカーで下山。麓の雑貨店で700Drsで小さな瓶を買う。ちまちました買い方が多いけれどまあよい。そのままホテルへ戻ろうとしたのだが、夜だったのでちょっと道に迷ってしまった。

21:40 ホテルに戻ってシャワーを浴びる。後半になったらぬるくなってしまった。途中、せかすように「Finished?」と聞いてきた奴がいた。

22:30 明日は帰国だ。荷物をまとめて寝る。

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ヨーロッパ旅行記 1993.2.28〜3.21
Google Map 1993.03 Europe
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